大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)243号 判決 1983年4月12日
控訴人(原告) 細田政夫
被控訴人(被告) 大宝タクシー株式会社
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一申立
控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金四一万八、三七〇円及び内金三六万八、三七〇円に対する昭和五五年一〇月一七日以降、内金五万円に対する判決言渡の日の翌日以降各完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに第二、三項につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。
第二主張
次に付加するほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。(但し、原判決二枚目裏末行目「5」の次に「と6の着手金」を、三枚目表二行目「6の」の次に「成功報酬金」を加え、六枚目裏一一行目「民法六二六条」を「民法六二七条」と訂正する。)
一、控訴人の主張
(一) 本件退職金支給規定(甲第一号証)七条(2)によると、会社の承認を得ずして一方的に退職した者には退職金を支給しないことになつているが、右規定は以下の理由で無効である。労働基準法は労働者が労働契約から脱することを欲する場合に、これを制限する手段となりうるものを極力排斥して労働者の解約の自由を保障しようとしている。解約申入れの効力発生を使用者の承認にかからせることを許容すると、労働者は使用者の承認がない限り賃金の後払的性格を有する退職金の不支給を受忍したい以上退職できないことになり、労働者の解約の自由を制約する結果となるものであるから、右規定は労働基準法一六条、三二条、民法九〇条に違反し無効である。
(二) 覚書(乙第三号証)の法的性質については検討を要するものがあるが、これが退職金支給規定(甲第一号証)七条(2)の解釈についての労使間の確認事項であるとすれば、前記の如く退職金支給規定第七条(2)そのものが無効であるから、右規定の解釈について労使間でどのような合意に達しても右合意は何らの法的効力を有しない。
(三) また覚書で、「退職願を提出した日より七乗務(一四日間)正常に通常勤務しなかつた者には退職金を支給しない。」とすることが、就業規則の変更であるとすれば労働者の既得権を奪い不利益な労働条件を一方的に課したもので合理性を欠く上に、手続的にみても労働基準法八九条及び一〇六条所定の手続を必要とするのに、右規定は控訴人に全く知らされてなく、又所轄労働基準監督署にも届出られていないから、その効力は未発生である。
(四) 更に右の覚書は被控訴人の主張する様な労働協約とは解し難いが、仮に協約であるとしても前記各事由により無効である。
二、被控訴人の認否と反論
右各主張はいずれも争う。
退職金は賃金性も有するがより強く報償金性を有するもので事案により労使の合意、就業規則、慣行によりその支給条件が決るものであるところ、被控訴会社の退職金支給規定は原審以来主張してきたとおり、従業員の退職前の不時の欠勤によつて生ずる保有車輛の遊休防止の為報償金性の強い退職金の支給と引替に退職届提出後は実働七乗務を求めているだけであつて、有給休暇や労働時間の点で影響がなくはないが若干早めに退職届を提出するとか二週間後に亘つて乗務するとかすることで解決できる等この七乗務義務は規定上でも運用上でも弾力性に富むものであり労働者に苛酷なものとの非難は当らず、これが無効をいう控訴人の主張は否認する。
控訴人は退職届提出後、乗務しない理由を明らかにせず無断欠勤を重ねるなど杜撰な勤務をしてをり被控訴会社としてはその為に乗員確保に困惑したのであつて、退職金を支給しないのはその目的に照らし当然である(後に根負けした形で和解的に大部分を支給した。)。右の通り控訴人は退職金受給資格を有しないから支給されなかつただけであり一且取得した退職金請求権を奪われたものではないから労基法一六条、二三条違反の問題が生ずる余地はない。
第三証拠<省略>
理由
当裁判所も控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却すべきものと判断するものであるが、その理由は、次に付加するほかは、原判決の理由説示と同一であるからこれを引用する。
一、控訴人は、退職金支給規定(甲第一号証)七条(2)で、会社の承認を得ずに一方的に退職した者に退職金を支給しないことになつていることが、労働者の解約の自由を制約するもので右規定は労基法一六条、三二条、民法九〇条に違反し無効であるというのである。
そこで考えるに、被控訴人のようなタクシー会社にあつてはタクシー乗務員が予告なしに退職した場合に代替乗務員を採用する迄業務用車輛を休車させる事態を防止する必要のあることは見易い道理であつて、会社がその為の実効性のある措置をとることも是認されるべきである。本件退職金支給規定七条(2)(之は就業規則七七条(イ)をうけたものである。)は右の為に設けられた規定であるが、これについては引用の原判決認定のとおり労使間で合意された覚書(乙第三号証)が存しこれらが一体となつて運用されていることが認められるので、右七条(2)の規定の効力を検討するに当つてはこれら三種の規定を綜合考慮し更に運用の実態をも併せ考えた上で判断すべきである。
そしてその運用の実態については原審証人小野忠男の証言によると、被控訴会社においては従業員は退職しようと思えばいつでも自由に退職できるのであつて、病気とか近親者の弔事等で乗務できないやむを得ない場合を除いて、乗務できる状態であるのに通常の乗務を七乗務(一四日間)しなかつた場合には、退職金の支払を請求できないが従業員は退職届を一四日よりも前に提出することを禁じられているものでもないから、七乗務を予定して、それよりも前に退職届を提出することもできるし、退職後に乗務することもできたことが認められるので、その運用は弾力性に富むものであつたというを防げず、これらの諸事情と被控訴会社の退職金が報償金性の強いものであつたことを併せ考えると、前記退職金支給規定七条(2)の規定が控訴人の主張する様に労働者の退職を困難ならしめるものとは解し難くこの点から同規定の無効をいう所論は採用し難く、また同規定を損害賠償額の予約を定めたものは解し難いので労基法一六条二三条違反をいう所論も採用し難い。
二、次に控訴人は本件覚書(乙第三号証)の法的性質については検討を要するが、これが前記退職金支給規定七条(2)の解釈についての労使の確認事項とすれば同規定が無効であるから覚書も法的効力はないというが、成立に争いのない甲第四号証、原審証人小野忠男、同日下部昭次の各証言によると、右覚書は、労働協約書といつた名称を使用してをらず個別的な協定ではあるが、労使間において労働協約として認識され従前労使間において紳士協定化され慣行化されていたものを、大宝タクシー労働組合において組合大会(組合構成員の三分の二以上の出席で成立)に提案し、その議決(過半数以上の多数で成立)を経て文書化したもので、かつ労働組合法一四条所定の要件(書面の作成、両当事者の記名押印)も満していることが認められるので、右覚書は、その成立の経過、内容からみて体裁が整わない嫌いはあるが労働協約というを妨げないというべく、その有効であることは引用の原判決の説示するとおりであつて、これを前記規定七条(2)の単なる労使の確認事項であるとして無効をいう控訴人の主張は前提を欠き採用し難い。
三、更に控訴人は覚書(乙第三号証)で「退職願を提出した日より七乗務(一四日間)正常に通常勤務しなかつた者には退職金を支給しない。」とすることは、就業規則の変更ないし追加をなすものとして、労働基準法八九条及び一〇六条所定の手続を必要とするのに、それをなしていないからその効力は発生しないというのである。
しかしながら乙第三号証の覚書が退職金について定めた就業規則七七条(イ)これをうけた退職金支給規定七条(2)を変更しないしは退職支給の為の要件を追加したものとは認め難いので所論は立論の前提を欠き採用し難い。
四、控訴人が退職届を提出してから退職する迄四乗務(八日間)したにすぎないことは引用の原判決の認定するとおりであるから、控訴人は前記覚書にいう「七乗務(一四日間)正常に通常勤務しなかつた」者に当るから前に就業規則、退職金支給規定により退職金請求権を取得しなかつたというのほかはない。
五、そうすると、控訴人の請求を棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用につき、民訴法九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 今富滋 西池季彦 亀岡幹雄)