大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)2468号 判決 1986年3月26日
控訴人(原告) 久保賢市
訴訟代理人 原田永信 外四名
被控訴人(被告) 兵機海運株式会社 外一名
訴訟代理人 池上治 外二名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人の当審における予備的新請求を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人らは各自控訴人に対し原判決末尾添付物件目録記載の動産を引き渡せ。被控訴人らは各自控訴人に対し四九三万二四三八円とこれに対する昭和五四年五月九日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。前記動産の引渡しが不能のときは、被控訴人らは各自控訴人に対し一五二七万六〇〇〇円とこれに対する前記同日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人らは主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張は左のとおり附加するほか原判決の事実摘示と同一であるからこれをここに引用する。
(控訴人の主張)
第一当審における新主張
1 控訴人は本件線材引渡請求等の原因として予備的に新たに次のような主張をする(そして、これを(五)の請求原因とする。)。すなわち、控訴人はツシマスチール(なお、以下、ツシマと略称し、クムホジヤパンも単にクムホと略称する。)から本件線材を買い受けるにさいし、ツシマ所携の荷渡指図書(Delivery Order、以下、これをD/Oと略称し、特に本件取引に供されたD/Oについては、順次、(イ)指図人(寄託者)クムホ、被指図人(受寄者)東西上屋、荷受人(受取人)ツシマとするD/OをD/O1と、(ロ)同じく指図人ツシマ、被指図人被控訴人兵機、荷受人控訴人とするものをD/O2と、(ハ)同じく指図人東西上屋、被指図人被控訴人兵機、荷受人ツシマとするものをD/O3と、(ニ)同じく指図人被控訴人兵機、被指図人被控訴人藤原運輸、荷受人控訴人とするものをD/O4とそれぞれ略称することとする。)と引換えに現金決済をしなければならなかつたため、わざわざ三回にわたつて被控訴人兵機をツシマ代表者花山とともに訪ねD/O1、2を示したところ、同社大阪支店営業第一課の橋爪課長は自社に直接東西上屋から既到着のD/O3と照合のうえ、必ず引き渡すと確約したからこそ控訴人は本件取引に及んだのである。この約束は守られなければならない。このことは近代市民法の基本原理であり、もしこれを拒否できるのであれば、信頼の原則にも反すると考える。
2 控訴人は本訴請求原因の(一)として所有権に基き本件線材の引渡しを求めるにあたり(原判決第二、一3(一)の請求原因-原判決五枚目裏四行目から同六枚目表五行目まで-)、その所有権を理由あらしめる事実としてクムホからツシマへの売却、ツシマから控訴人への転売を主張してきたところであるが、被控訴人らはその後当審で後記のとおり右クムホ、ツシマ間の売買が解除されたと主張するにいたつた、しかし、右主張は不知である。ツシマについて明らかな事実は、せいぜいツシマが手形を不渡りにし事実上倒産したというにすぎず、ツシマがクムホに本件線材の代金を支払わなかつたこと、そのためクムホが右売買を解除したことを裏付けるに足る確証は全くない。
仮に右解除の事実が認められるとしても、転得者である控訴人はすでに本件線材の引渡しを受けていたものであるから、クムホとの関係では民法五四五条一項但書所定の第三者として右転買によつて得た本件線材の所有権を害されることはない。
3 なお、その余の控訴人の請求原因(二)ないし(四)(原判決六枚目表六行目から同七枚目裏三行目まで)は、被控訴人藤原運輸の寄託契約の抗弁(すなわち、同被控訴人は被控訴人兵機から本件線材を受寄したのであるから、いかなる場合でも返還の相手方は同被控訴人であるとの主張)に対する仮定再抗弁にもなる。
第二原審における主張の補足と整理
1 ところで、控訴人の本訴請求の原因(一)ないし(四)((一)は所有権に基き、(二)ないし(四)は要するにD/O取引に伴い控訴人が取得した寄託契約上の寄託物返還請求権またはD/O自体の効力として生じた引渡請求権に基くもの)に関しては、いずれにしても、以下の点すなわち控訴人が本件線材の占有移転を受けたか否か、D/O2、3の被指図人である被控訴人兵機がその引受または引渡義務の承認をしたか否か(すなわち、仮にD/Oがいわゆる物権的、債権的効力を有する有価証券でないとしても、右引受等によつて爾後確定的に引渡義務を負担するにいたつたか否か)が重要な争点となるのであるが、これらの点についてはいずれも次のような事実関係からしても当然これらを積極に解すべきである。
(イ) 昭和五三年一二月一二日被控訴人兵機の橋爪課長が控訴人に口頭で本件線材(当初二〇〇バンドル)の引渡しを確約したことはすでに主張したとおりである。
(ロ) また、右橋爪課長はそのさい被控訴人兵機を指図人、その履行補助者である被控訴人藤原運輪を被指図人とするD/O4を控訴人に交付した。このことはまさに被控訴人兵機が右受寄物たる本件線材について控訴人に指図による占有移転をし、または確定的に引渡義務を承認したものである。ことに売買取引に用いられるD/Oはともかく、倉庫業者が独立人格を有する履行補助者に発行するD/Oは確定的な引渡請求権を表彰する有価証券であると解する見解も有力であり、これが商慣行にもよく適合する点に想到すべきである(これに対し自社の倉庫係に発するような指図書は単なる出荷伝票と解してよく、これで十分である。)。
(ハ) さらに、被控訴人兵機は右のさい本件線材に関する寄託者台帳上の名義をクムホから控訴人に書き替えているはずであり、仮にそうでないとしても、倉庫業取引の通念上書替えがあつたと同視すべきであるところ、右書替えによつて、爾後本件線材はD/O1、2の呈示人たる控訴人のため保管することを客観的に表示したことが明らかである。
(ニ) 被控訴人兵機は同日控訴人が呈示したD/O1、2を預り切りにし(D/O3はあらかじめ東西上屋から同被控訴人あて直送ずみ)、また被控訴人藤原運輪も翌五四年一月九日控訴人が呈示したD/O4を預り切りにした。このことは、まさに被控訴人らが控訴人に対し本件線材の引渡債務を確定的に負担したことを示している。
(ホ) 被控訴人藤原運輸は右同日控訴人の求めに応じ本件線材のうち二バンドル(転売先用のサンプル)を引き渡した。また、その後控訴人の引渡請求を拒否するにいたつた同年二月二二日までの間に前後七回にわたり合計四七バンドルの線材を控訴人に請求どおりの引渡しをしている(本件線材一五一バンドルはその残部である)。そして、この一部引渡しは引渡義務承認の意思実現そのものであり(民法五二六条二項)、引渡義務が不可分の一個であることを考えると、その全体についての引渡義務承認と解すべきである。
(ヘ) また、クムホの本件線材寄託契約上の保管料支払義務は当初の一カ月分(すなわち昭和五四年一月六日まで)とする約定が存し、その後はD/Oを呈示した荷渡人が負担することになつていた。したがつて、控訴人は被控訴人兵機に対し本件線材の保管料債務を負担するものである。そうすると、これに対応する線材の引渡請求権が控訴人に帰属することもまた明らかである。
(ト) そして、控訴人がすでに本件線材の引渡しを受けている点については最高裁昭和五七年九月七日判決(民集三六巻八号一頁、判例時報一〇五七号一三一頁)等を、また被控訴人らが引渡義務を承認した点については東京地裁昭和五五年二月二五日判決(判例時報九六七号一一三頁)等も参照されるべきである。
2 なお、以上述べた点は、被控訴人らの指図撤回の主張(昭和五四年二月二二日クムホが東西上屋を介し、被控訴人兵機に引渡中止を依頼し、これに基き被控訴人藤原運輸としても控訴人の本件引渡請求を拒否するほかなかつたとの事実主張)に関しても、クムホないし東西上屋は右時点にはもはや指図の撤回をすることが法律上不可能であつたことをも裏付けるものである。
本来、このような指図人の指図の撤回は、原則として荷渡人が被指図人たる倉庫業者に当該D/Oを呈示するまでに限り可能であると解すべきである。少くとも受寄物の引渡しが完了し、またはその他の特段の事情が存する場合すなわち当該D/Oにつきすでに被指図人の引受けが存するとか、D/Oを受け取り名義書替を了する等してD/O所待人に受寄物引渡義務を承認しまたは以後同人のため保管することを約した等の場合以後はもはや指図の撤回は不可能と解するのが、D/Oの法理と商慣習に適合する。そして、本件がもはや撤回不可能な事例であることは1で述べたことによつて明白である。
3 また、右の点に関連して、被指図人のするD/Oの引受、引渡義務の承認、副署というような概念が問題となり、その相互の関係が不明確であるが、控訴人としては次のように考える。すなわち、独立の債務負担行為である「引受」が上位概念であつて、この「引受」のうち、D/O所持人の呈示前に当該D/O上の被指図人(受寄者)が当該D/O上に引渡義務を負担する趣旨の署名をする引受を「副署」といい、口頭その他の方法でする引受を「引渡義務の承認」であると考える。
4 控訴人は、本件における東西上屋の立場はクムホの代理人であり、また被控訴人藤原運輸の立場は一面では被控訴人兵機の履行補助者であると解する。
けだし、東西上屋はたまたま自社に関西方面での倉庫保有がなかつたので得意先であるクムホから本件線材の通関手続、関西での保管等一切を依頼されていたものであり、また被控訴人藤原運輸は終始自社の寄託者台帳上の名義を被控訴人兵機としていて保管料も同被控訴人に請求しており、かえつて被控訴人兵機が控訴人に保管料を請求しうる建前になつており、その反面として同被控訴人が本件D/O1、2を預り切りとしているからである。
(被控訴人らの主張)
第一控訴人の新主張について
1 控訴人の当審での新請求の原因(五)は否認し争う。
2 控訴人の所有権に基く請求の原因(一)についてあらたに次の主張をする。すなわち、控訴人主張のクムホ、ツシマ間の本件線材売買は昭和五四年二月二二日までにツシマの倒産、代金不払いによりクムホが契約を解除している。またこれによつて生ずる対抗問題についても、被控訴人らがクムホ、東西上屋の指図に基きこれをクムホに現実の引渡しをしており、控訴人はその引渡しを受けていないことは原審でも主張したとおりであるから、その所有権は控訴人にはない。
第二控訴人の補足主張について
1 控訴人の主張は争う。
ことに控訴人の1、2の主張はいずれもD/Oの有価証券性を前提とした誤解に基く部分が存する。D/Oがたかだか免責証券にすぎないことは判例多数説の説くとおりであり、被控訴人らも原審で主張したとおりである。
2 また、1の(ハ)の主張について、被控訴人兵機は本件線材に関する寄託者台帳上の名義を控訴人に書き替えたことはない。(ニ)のD/O預り切りの主張についても、被控訴人兵機はD/O4の発行交付と引換えにD/O1、2を預つたまでであり、被控訴人藤原運輸も控訴人の倉出請求が一部であつたから慣例に従い、事後のトラブルを避けるためこれを預り、その代り残量を記載したD/04の預り証(甲第六号証)を交付したのであり、これはあくまで便宜上D/O4を預つたことを証するにすぎず、爾後控訴人のために本件線材を保管したことを証したものではなく、以上の各取扱いは倉庫業者の慣行であつて、これによつて控訴人主張のような意味づけをすることは無理である。さらに(ヘ)の保管料に関しても、被控訴人兵機は寄託者東西上屋からこれを徴しており、クムホとは関係なく、被控訴人藤原運輸は同兵機に請求しうる立場にある。
3 ところで、控訴人の第二1の主張中には、所論(イ)ないし(ヘ)の被控訴人らの所為によつて受寄物の引渡しがあつたことを論証しようとしている部分がある。しかし、寄託契約上受寄物の返還義務は現実の引渡しの履行によつてのみ消滅するものであるから、控訴人主張の「引渡し」完了によりクムホないし東西上屋の指図撤回が不能となるという点は主張自体失当である。もし、控訴人のいうように引渡しが完了しているのであれば、本訴で引渡しの請求をすること自体自己矛盾となる。
被控訴人らとしては、D/O指図人の指図の撤回は、被指図人がD/O所持人に対して現実の引渡しを完了するか、被指図人がD/O上にいわゆる副署すなわち引受けをする以前であればいつでも可能であると考える。もともと、D/O上の指図は寄託契約上の寄託物返還請求の変形として、寄託者(指図人)が受寄者(被指図人)に対しD/O所持人たる特定の者(指図受取人、荷受人)に寄託物を引き渡すことを依頼する準委任とも解しうるのであつて、このようにみた場合、D/Oの呈示前の指図の撤回は右準委任の撤回であり、呈示後のそれは準委任の解除であり、いつでもこれをなしうるわけである(民法六五六条、六五一条)。ただ、D/O所持人への現実の引渡し後は寄託契約上の返還義務が履行免責されて消滅するためもはや撤回は不可能である。また、引受けは右義務と別個に受寄者がD/O所持人に対し直接引渡義務を負担する単独行為であるから、もはやD/O所持人の引渡請求を拒みえないのである。
したがつて、仮に控訴人主張のように受寄者の引渡義務承認によつて引渡義務が確定し、それゆえその後の指図の撤回ができないとしても、右承認行為は引受けに準ずる厳格なもの、すなわち少くとも書面による必要があると解する(なお、無方式承認を認めた控訴人指摘の東京地裁判決もその要件を極めて厳格に解しており、事案も本件と異なる。)。
4 なお、控訴人は、当審で被控訴人藤原運輸は同兵機の履行補助者にすぎないと主張するにいたつたが、被控訴人藤原運輸は自己の責任と計算において同兵機の寄託依頼を受けた独立の法人である。もし控訴人主張のとおりであるとすれば、控訴人が単なる履行補助者である被控訴人藤原運輸に引渡請求をすること自体失当となる。
(証拠関係)<省略>
理由
第一事実関係
当裁判所が、本件において、当事者間に争いのない事実及び証拠によつて認める事実として確定する事実関係は、以下において追加認定するほかは、原判決理由説示一ないし三のとおりであるからこれをここに引用する(原判決一五枚目裏八行目から同二二枚目表六行目まで)。
そして、右認定事実を支持する証拠として当審における証人松井茂、同喜多山幸夫の証言と控訴人本人尋問の結果の一部を附加する。
ただし、右引用にかかる原判決認定事実の一部を次のとおり附加訂正する。
(1) 原判決一六枚目表初行目の「甲第一五号証」の次に「(ただし丙第二号証の写し)」を附加し、同一七枚目表七行目の「ナンパー」を「ナンバー」と訂正し、同一九枚目表六行目の「二バンドル」の次に「(転売用の見本として)」を、同裏一〇行目の「受けた。」の次に「したがつて、本件受寄物残量は都合一五一バンドルとなつた。これが本件線材である。」をそれぞれ附加する。
(2) 原判決二〇枚目表八行目の「被告兵機海運に」の次に「(乙第一号証の二)」を、同じく「同藤原運輪に」の次に「(丙第一号証)」を、同裏初行の「東西上屋に」の次に「(乙第三号証の一)」を、同じく「被告兵機海運に」の次に「(同号証の二)」を、同四行目冒頭の「藤原運輸に」の次に「(丙第二号証)」を附加する。
(3) 原判決二一枚目表五行目の「交付し」の次に「、またはこれとともにこれと事実上関係名義が連続する自己発行の荷渡指図書をあわせ交付し(本件の場合参照)、」を附加し、同末行の「行つており」を「出庫に応じており」と訂正し、同裏二行目の「一旦」及び三行目の「撤回」を削除する。また、同末行の「これは」の次に「寄託者被告兵機海運との関係で」を、同二二枚目表二行目の「所有権者」の次に「その他の権利者」をそれぞれ附加する。
第二請求原因(一)について
1 控訴人は、本件において、まず、被控訴人らに対し所有権に基づき本件線材の引渡しを求めるところ、前記認定事実(原判決の理由二2)によれば、控訴人は昭和五三年一二月一二日ツシマから、これより先ツシマがクムホから買い受けた本件線材(一五一バンドル)を合む二〇〇バンドルの線材(以下、この当初の二〇〇バンドルの線材も便宜本件線材と略称することもある。)の転売を受けその頃代金を支払つてその所有権を取得したことが認められる。
2 しかし、原判決理由二5冒頭の事実に前掲証人松井茂、同喜多山幸夫の各証言を総合すると、本件線材の転売人ツシマは、必ずしもその詳細は明らかではないが、その後前主クムホに対する代金の支払いを怠り、昭和五四年二月二二日(クムホが東西上屋に、同社が被控訴人兵機に、同被控訴人が被控訴人藤原運輪に順次本件線材の出荷停止すなわちそれぞれのD/Oによる指図の撤回をした日)の直前の頃には遂に事実上倒産するに至り、クムホはやむなく売買契約の解除をし、直ちに本件線材の回収をはかつたこと、それがゆえに昭和五四年二月二二日本件D/Oの指図の撤回がそれぞれの指図人によつて順次一斉になされたことが認められ、他に右認定事実を左右する証拠はない。
そうすると、控訴人の本件線材に対する所有権は右の時点で失われたものといわなければならない。
3 もつとも、控訴人がもし右クムホの解除の遡及効によつてその権利を害されない第三者に該当するのであれば(民法五四五条一項但書参照)、なお自己の所有権を主張しうるものであることは控訴人所論のとおりであるが、このような場合控訴人が右法条を援用するためには自己の所有権取得につき民法一七八条所定の対抗要件を具備する必要があると解すべきである(大審院大正一〇年五月一七日判決民録二七巻九二九頁、同昭和一四年七月七日判決民集一八巻七四八頁参照)。換言すれば控訴人が本件線材の引渡しを受けたか否かが問題となるわけである。
そこでこの点について検討する。
(一) 控訴人は、まず、昭和五三年一二月一二日被控訴人兵機にD/O1、2を呈示交付し、引換えにD/O4の発行交付を受けたこと、または控訴人が同五四年一月九日右D/O4を被控訴人藤原運輸に呈示交付し、引換えにその受領証(甲第六号証)の交付を受けたことにより本件線材全部の引渡しは完了し、以後その占有権を取得したと主張するのであるが、その趣旨がもし現実の引渡しをいうものであれば右主張の認め難いことは明らかである。
すなわち、前記認定事実によれば、控訴人はツシマから購入した線材二〇〇バンドルのうち四九バンドルについては昭和五四年二月二一日までにその引渡しを受けたが、その余の一五一バンドルすなわち本件線材については結局その現実の引渡しを受けえなかつたことは明白である。
(二) またもし、右主張がD/Oの法的性質上その発行、呈示交付によつて控訴人への寄託物の引渡しがあつたとの趣旨であるとしてもこれを認めることは困難である。
すなわち、本件でも明らかなとおり、一般に、D/Oは寄託者が受寄者にあて荷渡先を指定して寄託物の引渡しを依頼する趣旨を記載した書面であつて(ことに本件D/O4の具体的記載事項については原判決一八枚目表八行目の「右」から同末行の「されている。」までに認定のとおり)、これは商人が現実の物品引渡に伴う出費と危険をさけて簡便な方式で商品取引をするため主として国内取引にさいして利用する一種の商慣習上の指図書面と解せられるところであるが、その意思表示の趣旨ないし法律上の効果は、その文言等に照らすと、寄託者(指図人)が自己の計算と責任に基づき受寄者(被指図人)に対し荷受人(指図受取人)へ寄託物を引き渡しうる権限を与えるとともに、受寄者が右の履行を完了すれば本来の寄託物返還義務を免れうるところにあると考えるのが相当で(いわゆる免責的効果、最高裁昭和三五年三月二二日判決民集一四巻四号五〇一頁中の説示参照)、荷受人が寄託物を受領しうるのは、右寄託者、受寄者間の依頼または指図の結果にすぎないか、もしくはたかだか寄託者が荷受人に対しその名において引渡しを受けうる権限を付与したためであると解すべきである。このような趣旨を超えて、控訴人主張のようないわゆる物権的効力を認め、あるいはその前提としてD/O自体に寄託物返還請求債権が化体表彰されている(いわゆる債権的効力)と解して商法所定の貨物引換証等と同一または類似の効力を有する有価証券と解するのは相当でない。また、そのように解しなければならない商慣習(事実たる慣習)または商慣習法の存在は本件においてもこれを認めることができない(民法九二条、商法一条参照)。
(三) 次に控訴人は前記D/Oの授受および呈示によつて本件線材に関して指図による占有移転があり、控訴人はその占有権を取得した旨主張する。
しかしながら、D/Oの交付呈示の趣旨またはその効力は前記説示のとおりの範囲に限られるのであつて、他に特段の意思表示その他の事情も認められないにもかかわらず、D/Oの交付自体によつて直ちに該当事者間に民法一八四条の規定にそうような占有移転の合意をみ、また荷受人の受寄者に対するD/Oの呈示交付によつて直ちに寄託者が受寄者に対し当該寄託物の占有移転(いわば保管替え)を命じたものと解することは困難である(このような場合、占有移転の効果が直ちには生じないことを前提としていると解しうる最高裁昭和四八年三月二九日判決-判例時報七〇五号一〇三頁一参照。なお、控訴人指摘の最高裁昭和五七年九月七日判決は、当該地方当該業界における商慣習に基きD/Oの呈示交付を受けた受寄者による寄託者台帳の名義変更-D/O呈示者すなわち荷渡人への変更-をもつて民法一九二条所定の善意取得の要件の一つである占有移転と解しうると判示したもので、慣習の存在を前提としている点その他の点において本件と事案を異にするものである。かえつて、右判決も、D/Oの交付呈示だけでは指図による占有移転を認め難いことを前提としていると解されるところである。)。
そして、右のような帰結は、控訴人がD/O1、2及び4をそれぞれ預け切りにしたこと、被控訴人藤原運輸からD/O4の預り証(甲第六号証)の交付を受けたことによつても左右されないと解すべきである。ことに右預り証発行の趣旨は原判決認定(同二一枚目裏一〇行目の「被告藤原」から同二二枚目表初行の「いるもので、」まで)のとおりであつて、D/O4自体を預かつたことを証するにすぎず、これによつて本件線材の保管替え、引渡しまたは本件線材自体の預りがあつたと認めることはできない。さらに、本件においては、右のような事実関係だけで控訴人主張のような指図による占有移転があつたと解さなければならない商慣習が存したとは認め難い。
(四) また、控訴人は、その他当審において右引渡しの存したことを裏付ける事実をるる主張するが(第二1(イ)ないし(ヘ)の事実)、いずれもにわかに採用し難いことは上記の説示及び後記請求原因(四)についての判示のとおりである。
以上のとおりであるから、控訴人は結局前記対抗要件を具備していないものといわなければならない。
4 そうすると、控訴人の本件請求原因(一)に基く請求は失当である。
第三請求原因(二)について
1 次に、控訴人は、被控訴人兵機が昭和五三年一二月一二日控訴人に対し本件D/O4を発行交付したことによつて両者間に本件線材に関する新たな寄託契約が成立したことに基き、本件線材引渡しの請求をしている。
しかし、前記認定事実によれば、被控訴人兵機(担当者橋爪課長)が右D/O4を発行した趣旨は、要するに、かねて送付を受けていた自社に対する直接の寄託者東西上屋発行のD/O3による指図を確認し、これと当日控訴人が呈示交付したD/O1、2を照合し、ことにその2において、前記D/O3の荷受人ツシマが同被控訴人に対し控訴人を荷受人とする再指図をしていることに鑑み、従来からの通常の業務処理方法に従つて、右再指図に応ずる趣旨で、すなわちD/O3における東西上屋の直接の指図に従う具体的手段として、D/O4を発行したにすぎないことが明らかであつて、これにより被控訴人兵機が控訴人と直接新しい寄託関係を生じさせたと解することは困難である。
のみならず、前掲証人橋爪秀雄の証言により真正に成立したものと認められる乙第七号証及び同証人の証言によれば、倉庫業の一般的約款には倉庫業者が寄託契約を締結するときは、寄託者は受寄者に対し、所定の事項を記載した寄託申込書を提出することが定められており、被控訴人兵機もこの定めに従つて業務を行つているところ、控訴人からは特段右申込書を提出する等の契約締結に必要な手続はとられていないことが認められる。
2 そうすると、右新規寄託契約による寄託物返還請求権の存在を前提とする控訴人の本件請求原因(二)に基く請求も失当である。
第四請求原因(三)について
1 次に、控訴人は、(イ)本件線材がクムホからツシマへ、同社から控訴人に順次売却されたこと、(ロ)他方、クムホが右線材を東西上屋を介し被控訴人兵機に寄託し、かつその後前記認定のようなD/Oの順次発行交付がなされたことによつて、クムホの東西上屋ひいては被控訴人兵機に対する当初の寄託契約に基く寄託物返還請求債権も順次譲渡され控訴人に帰属するにいたつた旨主張し、右譲受請求権に基き本件線材の引渡しを請求するので検討する。
(一) まず、D/Oの授受だけで当該D/O記載の寄託物にかかる返還請求債権の譲渡を認め難いことは、D/Oが控訴人所論のように右請求権を化体し表彰する有価証券であるとは解し難いこと前示のとおりであることからして明らかである。のみならず、受寄者が寄託者から右債権譲渡の観念通知を受領したとするためには、当該債権譲渡の事実の確知を前提としなければならないところ、寄託者のD/Oによる出庫指図だけでは必ずしも寄託者がD/O呈示人に対し寄託物返還請求債権譲渡の事実を確認しえないことも前記D/Oの性質上明らかである(ことに、D/Oの記載が無記名持参人引渡依頼の指図であつた場合参照)。
(二) もつとも、クムホ、ツシマらはD/Oの授受とは別に民法所定の方法により右返還請求債権の譲渡とその通知をなしうることはもちろんであるが、本件においては右事実を認めるに足りる証拠はない。控訴人の当審における補足主張にかかる種々の事実によつてもこれを肯認することは困難である。
2 そうすると、譲渡を受けた寄託物返還請求債権の存在を前提とする控訴人の本件請求原因(三)に基く請求も失当である。
第五請求原因(四)について
1 控訴人は、被控訴人兵機がD/O2について、また同藤原運輸がD/O4について、それぞれの指図人による指図撤回前にその引受または引渡義務の承認をしたから同被控訴人らはこれにより控訴人に対し確定的に本件線材の引渡義務を負担した旨主張し、これを原因として本件線材の引渡しを請求しているので検討する。
(一) まず、D/Oは、D/O発行人たる寄託者指図人が一方的に受寄者被指図人に荷受人への寄託物引渡権限を付与し、かつ場合によつてはあわせて荷受人にもその受領権限を付与する意思表示を記載した書面であること前示のとおりであるから、これによつて生ずる荷受人の受領権限または受領資格は同人の利益のために存するというよりむしろ弁済履行者(受寄者被指図人)のために存すると解すべきであり、荷受人としては特段受寄者に対し直接引渡請求権を取得するものでないことは先に説示したとおりである。また、それゆえ寄託者は受寄者に対し右D/O上の指図をいつでも撤回しうると解すべきである。
しかし、他方、受寄者が一定の方法によりD/O記載の荷受人に対しあらかじめ、または呈示を受けた後に直接受寄物引渡義務を負担する趣旨の意思を表示した場合には、これにより受寄者は荷受人に対し確定的に受寄物引渡義務を負担したのであるから、このような受寄者の意思表示が認められる場合には、たとえその後に寄託者からD/O上の指図の撤回がなされても、そのことによつて受寄者は前記引渡義務を免れえないといわなければならない(なお、受寄者が指図に従つてD/O所持人に対する受寄物の現実の引渡しを了した場合は、これにより受寄者は免責され寄託契約関係は終了するから、寄託者によるその後の指図の撤回が認め難いことはいうまでもない。)。
そして、右受寄者による一方的な引渡義務承認の方式が特段法定されていないことは多言を要しないところであるが、前示のようなD/Oによる取引の慣習等に照らすと、受寄者がD/O上にあらかじめ引渡義務を確認または承認する趣旨の署名または記名押印をしたような場合(いわゆる副署をした場合)には、同人が指図人から荷渡権限を付与されたのに伴い、これとは別個にD/O所持人(荷受人)に対し前記のような受寄物引渡債務を直接負担したと解するのが相当で、このようにD/O上一見して明らかな副署による引受に右のような効果を認めることは前示D/Oによる取引慣習及びその効力等にもよく整合し、一定の限度でD/Oの取引の安全を保障する結果ともなり合理的であると考えられる(為替手形における支払人の引受行為の効果とその機能参照)。
しかし、さらに控訴人が主張するように、右のような方式による方法以外の受寄者(D/O上の被指図人)の引渡債務負担行為を肯認することは、もともと被指図人すなわち受寄者の右のような債務負担行為がD/Oを離れては考え難い一方的意思表示であり、D/Oと一体のものとしてその存在が明確であることを要すると考えるのが合理的であることからして、たやすくはこれを認めるのは相当でない。したがつて、仮にそのようなD/O上の記載を離れた債務負担行為を認めるとしても、前記のようなD/O本来の法的性質や機能に照らし、前示副署に準ずるような客観的に明確にその意思を認めうる場合に限定するのを相当と考える。
これを本件についてみるに、被控訴人らが前記各D/O上に前示のような副署をしたことは控訴人の主張しないところであり、これを裏付ける証拠もない。また、前記認定事実によれば被控訴人らが前示副署以外の方法で右のような引渡義務の承認をしたと認めるに足る事情は、後記のとおり、結局、これを認めることができない。
また、右のようなD/O取引固有の一方的債務負担行為とは別に、被控訴人らが控訴人との間で直接受寄物(本件線材)を引き渡す旨の合意をしたと認めることも同様にして困難である。
ことに、これらの点については、被控訴人らがいずれも順次同業他社から本件線材の保管依頼を受けた倉庫業者であつて、その管理については、一義的には、自社に対する直接の寄託者の指示によらなければならない立場にあつたのであり、特段の事情もないのに、右寄託関係とは別に直接D/O所持人に前記のような債務負担をし、または同旨の合意をするときは、場合により、二重の債務または責任を負うにいたるため、取引通念上も、容易にこのような所為に出ないと考えられることにも想到すべきである。
(二) ところで、控訴人は以上の点についても当審においてるる主張するところであるが、そのうち、(イ)(当審での主張第二1(イ)、以下同じ)の被控訴人兵機(橋爪課長)の引渡確約の主張については、前記認定事実によつて明らかな同人の言辞は、要するに、結果としてその後本件において生じたような紛争のない通常の場合を説明したものであつて、特段書面により所論引渡義務を確認した形跡もないから、これを直ちに引渡義務の承認または合意と解することはできない。また、控訴人は(ロ)の主張において、同被控訴人が被控訴人藤原運輸を被指図人とするD/O4を控訴人に交付した点を前記承認と解すべき旨強調するのであるが、その趣旨は、すでに第三1において説示したとおり、直接の寄託者である東西上屋の指図に従う具体的手段としてこれを発行したにすぎないと解すべきであるから、前記主張も肯認することができない。D/O4が倉庫業者相互間のものであることは控訴人主張のとおりであるが、それがゆえに直ちにD/O4が寄託物返還請求権を表彰した有価証券であると認めることは相当でなく、また本件においてはそのように解すべき商慣習または商慣習法も認め難い。(もつとも、倉庫業者が自社内の倉庫係等被用者に対し一種の社内伝票として出庫を指図するために発行するいわゆる自己宛D/Oについては、その発行の趣旨ないし経済目的がたとえば本件D/O1のような寄託者が受寄者に発行するD/Oと異なることからすると、その法的性質または法的効果を別異に解する余地がないではない。すなわち、このような倉庫業者発行にかかる社内伝票同様のD/Oについては、あるいはこれを所持人に対し確定的な引渡請求権を付与する有価証券であると解し、あるいは反対に、これを単なる社内伝票にすぎないから寄託者発行にかかるD/Oに認めうるような法的効果すら付与する必要がないと解する等のことが可能である。しかし、これを本件事案に照らすと、本件D/O4における被指図人被控訴人藤原運輸は指図人被控訴人兵機の被用者でないことはもちろん、これと同視しうるほどの専属的関係にあるとは認め難いから、以上の理を直ちに本件D/O4について適用し検討することについてはなおちゆうちよを覚えるところである。けだし、独立した倉庫業者相互間で発行されるD/Oを直ちに自己宛D/Oと解することは困難であり、また、たとえ一般にD/Oにより指図し、指図される倉庫業者相互間の原因関係がD/O所持人との関係では履行者、履行補助者と解しうるとしても、被指図人たる倉庫業者はいずれにしても自己の計算と責任において当該法律関係に入つた者であつて、これを同一社内の倉庫係等と同視することは実情に反し相当でないからである。後記(ホ)の説示も参照。)(ハ)また、被控訴人兵機がD/O4発行にさいし自社の受寄物台帳上本件線材の寄託者名義をクムホまたは東西上屋から控訴人に書き替えたことを裏付ける証拠もない。仮に右名義書替行為が存したとしても、それは同被控訴人会社内部の取扱いにすぎず、右の一事だけをもつて同被控訴人の承認または合意を認めることはできない(D/Oによる取引に関し、受寄者の寄託者台帳上の名義書替変更を問題としている前示最高裁昭和五七年九月七日判決も占有移転に関連して当該地方、当該業界における商慣習について判示したものであることは前記のとおりであつて本件に適切でない。)。(ニ)次に、被控訴人らのD/O1、2及びD/O4の預り切りの主張についても、右事実はこれを認めうるところであるが、前記認定事実によれば、その趣旨は被控訴人らの当審における主張第二2のとおりであるにすぎないと解すべきである。(ホ)さらに、控訴人が本件紛争前本件D/OことにD/O4の呈示交付によつて合計四九バンドルの現実の引渡しを受けたことは明らかであるが、これによつて被控訴人らが寄託物の残量一五一バンドルすなわち本件線材の引渡しを承認し、また合意をしたと解することも困難であつて、受寄者ことに被控訴人藤原運輸としては控訴人の少量ずつの引渡請求がある都度これが寄託者の指図に合致し免責を得るものであるか否かを自己の計算と責任において判断して、これに応ずるか否かを決する自由を有し、かつこれを行なつていたものと解されるところであつて、これにより直ちに同被控訴人が現実の引渡が未了の残量(すなわち本件線材)についても控訴人に対する引渡義務を承認し、または合意をしたものと解するのは相当でない。(ヘ)最後に、保管料支払義務者に関する主張についても、前掲甲第四号証の二、第一一、第一二号証の各一ないし三に前掲証人橋爪秀雄、同松井茂の証言及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、本件線材の保管料については、当初の寄託者であるクムホと東西上屋ひいては被控訴人らとの間で当初の一カ月分(すなわち昭和五四年一月六日まで)はクムホがこれを負担するが、その後の分は現実の荷受人が負担することの合意が成立しており、控訴人もこれに応じ現実の引渡しを受けた分についてその支払いをしたことが認められる。しかし、右事実関係から直ちに被控訴人らが本件線材を控訴人に引き渡すことを承認したと解さなければならない合理的理由は見出し難い。
(なおまた以上の点に関し控訴人が指摘する東京地裁昭和五五年二月一五日判決は本件と事案を異にすることが明らかである。)
2 そうすると、被控訴人らがD/Oの引受、引渡義務承認またはその合意によつて確定的に本件線材引渡義務を負つていることを前提とする控訴人の請求原因(四)に基く請求も失当である。
第六請求原因(五)について
1 控訴人は、当審における予備的新請求として、被控訴人らの約束違反、信頼の原則違反等を原因とする本件線材の引渡請求をしているが、その言わんとするところは、ひつきよう、上来の主張を繰り返すものにほかならず、前記の説示からして右の主張は到底採用することはできない。
2 したがつて、控訴人の右当審での予備的新請求原因に基く請求も失当である。
第七補足
以上のとおりであるから、控訴人の本件線材引渡請求権の存在を前提とするその余の請求も失当である。
第八結論
よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴人の当審における予備的新請求もこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今富滋 裁判官 畑郁夫 裁判官 遠藤賢治)