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大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)334号 判決 1982年11月30日

控訴人・附帯被控訴人(以下、控訴人という) 三喜株式会社

右代表者代表取締役 秦壮一

右訴訟代理人弁護士 松浦武

同 畑村悦雄

同 小林俊明

被控訴人・附帯控訴人(以下、被控訴人奈良産業という) 奈良産業株式会社

右代表者代表取締役 奈良忠則

被控訴人(以下、被控訴人奈良建設という) 奈良建設株式会社

右代表者代表取締役 奈良武師

右被控訴人両名訴訟代理人弁護士 箕山保男

箕山洋二

主文

1.控訴人の被控訴人奈良産業に対する控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

(1)  控訴人の被控訴人奈良産業に対する別紙目録(一)の物件に関する主位的請求につき

イ  被控訴人奈良産業は、控訴人に対し、金四四一万一〇〇〇円及びこれに対する昭和五二年七月九日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

ロ  控訴人のその余の請求を棄却する。

(2)  控訴人の被控訴人奈良産業に対する別紙目録(二)、(三)の各物件に関する請求につき

イ  控訴人の被控訴人奈良産業に対する右各主位的請求を棄却する。

ロ  右各予備的請求に基づき、被控訴人奈良産業は、控訴人に対し、金七八八万七二〇〇円及びこれに対する昭和五二年七月九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

ハ  控訴人のその余の予備的請求を棄却する。

2.控訴人の被控訴人奈良建設に対する控訴、及び、被控訴人奈良産業の附帯控訴をいずれも棄却する。

3.控訴人と被控訴人奈良産業との間に生じた訴訟費用(附帯控訴費用は除く)は第一、二審を通じ、これを七分し、その四を控訴人の負担、その余を被控訴人奈良産業の負担とし、控訴人と被控訴人奈良建設との間に生じた控訴費用は控訴人の負担とし、附帯控訴費用は、被控訴人奈良産業の負担とする。

4.この判決主文第一項の(1)、イ、及び、(2)、ロ、はそれぞれ仮に執行することができる。

事実

一、当事者双方の求めた裁判

(控訴事件につき)

(一)  控訴人

1. 主位的請求

(1) 原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

(2) 被控訴人らは、控訴人に対し、各自金一九七一万八〇〇〇円及びこれに対する昭和五二年七月九日から支払いずみまで年六分の割合による金員を、被控訴人奈良建設は、控訴人に対し、被控訴人奈良産業と連帯して、金四四一万一〇〇〇円及びこれに対する右同日から支払いずみまで右同割合による金員を各支払え。

(3) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

(4) 仮執行の宣言。

2. 予備的請求

(1) 原判決を取消す。

(2) 被控訴人らは、控訴人に対し、各自金二四一二万九〇〇〇円及び、これに対する昭和五二年七月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(3) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

(4) 仮執行の宣言。

(二)  被控訴人ら

(1) 本件控訴を棄却する。

(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。

(附帯控訴事件につき)

(一)  被控訴人奈良産業

(1) 原判決中、被控訴人奈良産業敗訴部分を取消す。

(2) 控訴人の請求を棄却する。

(3) 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

(二)  控訴人

本件附帯控訴を棄却する。

二、当事者の主張及び証拠関係

次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決五枚目表三行目「監理」を「管理」と改める)。

(主張)

(一)  控訴人

1.控訴人の主張

(1) 本件(一)、(二)、(三)の各売買契約については、その都度作成された見積書及び請求書がすべて被控訴人奈良産業(以下、単に奈良産業ということがある)宛であり、この提出を受けた同産業の社員間々田が、これらを異議なく受領しているから、右各売買契約は、右間々田が右奈良産業の代理人となり、控訴人との間に締結されたものというべきであり、仮に間々田の行為が権限外であったとしても、控訴人につき右権限ありと信ずるにつき正当事由がある。すなわち、控訴会社の吉田は、奈良産業が、被控訴人奈良建設(以下、単に奈良建設ということがある)の資材購入部門であるという両会社の関係、したがって、奈良建設が必要とする建設資材は、奈良産業を通じて購入されるものであることは、間々田の説明により知っていたが、それ以上に、奈良産業が専ら奈良建設の作業現場で使用される資材のみを購入するものであるという内部の詳しい関係についてまで認識をもっていたものではない。しかも、間々田は、奈良産業の関西地区における唯一の駐在員として、光風台作業現場で使用される資材を控訴会社から購入するにつき、その交渉、事務処理を全面的に担当していたものであり、また、建設会社の資材購入部門としても、当該建設会社以外の者を顧客として資材を販売することがあることからみても、右吉田が、間々田に、奈良産業を代理して本件(一)のほか、(二)、(三)の物件を購入する権限があると信ずる正当な事由があるというべきである。しかも、本件各売買契約は、控訴人と奈良産業が取引を開始した後間もない時期になされたもので、控訴人としては、被控訴会社らの内部関係、ないし権限の範囲まで詳しく知り得ず、昭和五一年四月に開始され本件売買契約に至る取引において現われた外観を信頼して行動していたものであるから、その信頼は保護せられるべきである。なお、右吉田において、間々田の権限を調査、確認すべき方法としては、奈良産業本社へ直接問い合わせる以外にないが、このようなことは、爾後の取引への影響を考えると到底とりえないことというべきである。

(2) 右吉田が、本件(二)、(三)の物件の購入につき、間々田に権限があると信じたことに重大な過失があるとし奈良産業の責任がないとすることはできない。けだし、使用者の責任が否定される場合の要件である被用者の職務権限外の行為であることについての重大な過失とは、相手方において僅かな注意を払いさえすれば、被用者の行為がその職務権限内において適法に行われたものでない事情を知ることができたのに、そのことに出ず、漫然これを職務権限内の行為と信じ、一般的に要求される注意義務に著しく違反することであって、故意に準ずる程度の注意の欠缺があり、公平の見地上、相手方に全く保護を与えないことが相当と認められる状態をいうとされているのであり(最判昭和四四年一一月二一日、民集二三巻一一号二〇九七頁)、使用者が全面的に免責される場合は厳格に解されている。この意味でも、重大な過失を過失相殺の問題として処理せず、使用者責任の全面的否定とすることは厳格に解されるべく、むしろ故意に準ずる場合とすべきであり、右吉田が、間々田につき、本件(二)、(三)の契約につき権限ありと信じたことについては、前記のように無理からぬ事情があるから、これにつき右の重大な過失があったと評価することはできない。

2.被控訴人らの主張に対し

(1) 被控訴人らは、間々田について、業者と売買契約を締結する権限はなかったとするが、奈良産業が、関西地区の唯一の駐在員として間々田を置きながら、これに何ら対外的権限がなかったということは到底あり得ない。もし、業者から届けられる請求書の集計、整理程度であれば、特に駐在員を置く必要はない。むしろ、業者らの建設資材納入契約の締結につき円滑、迅速を期待し、その窓口として間々田を置き、これにより納入業者との交渉、発注を行わせていたというべきである。もっとも、この点について、被控訴人らは、昭和五一年二月二四日付け見積書(乙第一一号証)で、当初からトン単価の売買契約ができているから、トン単価の本件契約に間々田が関与していないとするが誤っている。けだし、右見積書は、訴外大成建設から、奈良建設に買って貰えるかも知れないとして提示を求められ、控訴会社社員の中沢が、見積有効期間も一日と限って作成し、大成建設に交付した参考であり、その後、右建設及び被控訴会社らのいずれからも連絡がなかったため、控訴会社の社内的には引継ぎも特段なされていないものである。

(2) 被控訴人らは、本件売買契約における買主は松原建設であると主張し、取引についても、原判決の認定した第一回目と第二回目(代金五三万五〇〇〇円)の順序が逆であるとするが誤っている。すなわち、控訴会社の吉田は、昭和五一年六月一七日、間々田から本件(一)の物件につき発注をうけたが、これが松原建設に転売されることは知らず、ついで、同月末頃、同じく間々田から、別件の物件(V型デッキプレート)の発注があり、これは即納で、かつ受渡方法も置場積込渡しであり、奈良産業の指定した芝建工建設が受取りに来たので直ちに引渡したもので、これについても松原建設への転売を知らず、その後、同年七月二七日頃、本件(二)の物件の発注がなされ、同年八月三日には、別件物件の支払いがなされ(甲第五号証の二、同第一五号証の一、二参照)、この代金支払いのため奈良建設大阪支店へ赴いたところ、松原建設の小切手で支払うとの申出があり、このとき始めて、吉田は、別件物件が松原建設の関係した取引であることを知ったものである。

(三)  被控訴人ら

1. 訴外間々田は、納入業者と売買契約を締結して資材を購入する職務権限は全くなかった。すなわち、間々田は、作業所での注文を受けて奈良産業本社に連絡し、業者からの注文を集めて同本社に届けるだけであり、見積書の提出を求め、業者らと交渉することもなかったので、間々田に代理権がなくても、奈良建設の工事現場作業所で使用する資材の購入に何の不便もなかった。このことは、次の点からも明らかである。まず、昭和五一年二月二四日付け見積書(乙第一一号証)は、その請求書(乙第三、第四号証)の単価値段と一致しているが、これによれば、奈良建設光風台作業所長から、資材の購入先は一応奈良産業になるからと紹介を受けた当初に資材の概数トンを出し、トン単価の売買契約をしており、この契約に間々田はもちろん関与せず、更に、同年五月に至って始めて値段の話がでたこともなく、鉄筋の値段の変動と無関係に見積書価格に従う業界の慣行に従えば、間々田が一〇〇〇円程度値切ったことのないことが十分窺える。また、奈良建設光風台作業所長と右吉田との間で、鉄筋の値段の交渉をし、奈良産業本社に報告、決定があった以上、その見積書により順次注文する鉄筋の値段はすべて決定ずみであるから、その後、仮に、間々田が、光風台作業所長の注文明細書を受けとり、これを右吉田に連絡したとしても、鉄筋の納入業者、概算取引量及び単価等は決定ずみであるから、間々田に売買契約締結の職務権限があるとすることはできないし、しかも、間々田は、奈良産業の一社員であり、その名刺にも、対外的に駐在員の名称さえ使用させていなかったのである。

2. 仮に、間々田に右売買契約の権限があるとしても、原判決は、奈良産業が買主でなかったと主張している取引の第二回目が最初であり、したがって、その当初の納入場所は奈良建設の作業現場とは全く異る大昭工業株式会社倉庫であり、以上から、控訴会社の吉田において、本件の買主である注文者が松原建設であることを熟知していたこととなる。すなわち、控訴会社と松原建設との最初の取引は約五〇万円位のものであったが、二度目は六〇〇万円余の多額な取引であり、右吉田は、これら取引の最初から松原建設の注文であることを十分知っていたものである。しかも、社会通念に照らしても、第一回の取引額を小額として直ぐ現金決済して相手を信頼させ、第二回目以降多額な取引をしてその後は支払わないというのが往々行われる手口であるから、この代金五〇万円余で現金決済をしたのが、最初の取引であったと認めることができる。

なお、控訴人が引用する最高裁判例は、金融業者の使用人に対する不動産売買についての案件であり、本件とは事案を異にするから、これを本件に援用することは不適当である。

3. 控訴人は、本件(一)、(二)、(三)の資材を、奈良建設の下請をしている大昭工業、杭全鉄工の作業現場に納入したと主張し、被控訴人らの反論により、右下請けがなかったと訂正し、納入先も被控訴人の工事現場でなかったとしているが、右は禁反言の原則に反するものというべきである。

(証拠関係)<省略>

理由

一、控訴人の被控訴人奈良産業に対する請求について

1. 控訴人及び被控訴人奈良産業が、ともに土木建築用資材の販売等を業とする会社であり、被控訴人奈良建設が、土木建築工事の請負及び設計管理等を業とする会社であることは、当事者間に争いがない。

2. そこで、まず、訴外間々田孝作(以下、間々田という)の職務権限について検討するに、<証拠>によれば、訴外間々田は、奈良建設の従業員であったが、昭和五〇年六月頃、右建設の子会社で資材購入部門である奈良産業に出向し、同産業の関西地区における唯一の駐在員として、その資材の納入等の仕事に当り、奈良建設大阪支店の内部に設けられた席において執務していたこと、奈良建設は、同五〇年初め頃から、能勢電気鉄道株式会社から、その路線改良工事のうち、光風台のトンネル工事を、訴外大成建設と共同で請負いこれを施工していたが、同五一年二月頃、既に控訴会社と取引のある大成建設から資材の購入先として控訴会社を紹介されたので、奈良建設はこれを奈良産業に連絡し、このような経緯から、控訴会社は、奈良産業との間で、鉄筋の取引関係に入ることを予定し、その頃、控訴会社の中澤は、奈良建設光風台作業所長と連絡をとり、資材を納入する場合の単価等につき、一応の見積りをして、その見積書を大成建設の担当者に手交したこと、控訴会社の吉田勇次(以下、吉田という)は、その後、右中澤と交替することとなったが、奈良産業の間々田は、右吉田に対し、奈良産業は奈良建設の資材購入部門であると説明し、その都度作成の見積書に従い、奈良産業は、控訴会社から、同年四月一五日頃二八万五〇〇〇円、同年五月七日頃一四一七万一〇〇〇円、更に、同年一一月二九日頃三七万八〇〇〇円各相当の資材を、いずれも代金は同月末しめ、翌々月一〇日、二〇パーセントを現金、残金を同金額相当の約束手形で支払うとの約定で購入したこと、ところで、その購入の順序は、奈良建設光風台作業所長において必要な資材とその代金支払方法を決め、間々田がこれを受けて、自ら伝達するか吉田をして右担当者から聴取させるなどして、資材を控訴会社に発注する形式をとり、控訴会社で資材の見積りをしたうえこれを間々田に手渡し、その納期についても現場の必要に応じて打合わせ、控訴会社において訴外三菱商事ら資材の納入業者らと交渉し、右納入業者から買受けた鉄筋を奈良建設宛で現場に納入し、これにより、奈良産業は、奈良建設への各転売を了したものとされていること、間々田は、このため、奈良建設と控訴会社の間にあって鉄鋼の単価について交渉したりチエックしたりし、見積り単価から屯当り一〇〇〇円の値下げを求めたこともあり、奈良産業が指定する請求書等の編綴された用紙を予め右吉田に交付しておき、これに基づき、右吉田は、その取引につき奈良産業宛の納品書ともに請求書を間々田に送付して奈良産業に代金の請求をし、間々田はこれを奈良産業本社に連絡等する手続を経て、約定の期日に、その代金の支払いを終えていたが、奈良産業は、右各資材の購入については、奈良建設の現場の指示によるものとして、控訴会社からの購入、ないし、右建設への販売を了としていたこと、以上の事実が認められ、右の事実関係によれば、間々田は、奈良産業の関西地区における唯一の駐在員として、奈良建設光風台作業所で必要とする資材の購入につき、同建設の現場担当者の指示する資材の数量、価格等を受け、これらに関し折衝し売買契約を締結、購入する権限を有していたものと認めることができる。<証拠判断省略>。

被控訴人らは、この点に関し、間々田は単に連絡員であって資材につき売買交渉の権限を有さず、これを本社に連絡しその決済されたところを伝達するにとどまるものであると主張するけれども、間々田が奈良建設の決するところを連絡するだけであれば、奈良建設の社員に右事務を代行して貰うか、必要なら、同建設の社員に委任すれば足り、間々田を奈良産業の駐在員として奈良建設の決するところに従い、控訴会社の吉田に対し、資材の発注をしていたとしても、右鉄筋の売買は、奈良建設の資材購入部門である奈良産業を経由することとされ、現に間々田がその売買交渉に関与し、その指示による発注、納入が行われていた状況に従えば、間々田は、奈良建設の光風台作業場における資材の購入につき代理権を有し、奈良産業本社の決済をまたず、売買契約としては成立していたものといわざるを得ない。なお、被控訴人らは、間々田が代理権を有さない根拠として、乙第一一号証(昭和五一年二月二四日付け見積書)を挙示し、同第三、第四号証(見積書)との比較から、トン単価による売買契約が既に成立していたとするけれども、原本の存在と成立に争いのない乙第一一号証、及び、当審証人吉田勇次の証言によれば、右二月二四日付け見積書は、控訴会社の中澤が、大成建設からの紹介により、奈良建設による資材購入の見込みから、その資材購入部門である奈良産業に宛て、しかも、その見積有効期限も翌二五日と限り、参考のため右大成建設の担当者に交付したものであるが、その後、右見積書に基づく発注もなかったため、右中澤は、交替した吉田に対する特段の事務引継ぎもないまま放置していたことが認められ、前示のとおり、控訴会社と奈良産業との間の右売買契約は、別途見積書により締結されたものであるから、右二月二四日付けの見積書により既に契約が成立したとみることもできず、かえって、その後の取引において、これが代価の目安とされ、第一回受注後は、これに基づき慣行をも考慮して価格の交渉がなされたと解する余地もあるから、右見積書の存在をもって、間々田が代理権を有さなかった証左とみることもできない。

3. 控訴人が主張する本件(一)ないし(三)の売買契約の経緯について。<証拠>によれば、次の事実が認められる。

奈良産業の間々田は、昭和五一年六月頃、既に奈良建設の下請をしていたことで知っていた有限会社松原建設の社長から、奈良産業で松原建設のため資材を安く購入してほしいと懇請されたので、光風台作業現場で使用する資材を購入していた控訴会社から、奈良産業の名で、右松原建設の必要とする資材を購入して、その便を図ることとし、この事実を明らかにしないまま、同月一七日頃、控訴会社の吉田に対し、代金は六四一万一〇〇〇円、その支払い方法は、光風台作業所での資材を購入したときと同様であると指定し、工事名を「高槻市府立第一〇七高等学校新築第一期工事」と話すとともに、納入場所を後日連絡すると告げて、本件(一)の物件を発注し、その後、右吉田に対し、納入場所を高槻市緑町一九大昭工業株式会社倉庫と指示した。そこで右吉田は、間々田に対し、納入先が違うが差支えないかと尋ね、同人から奈良産業の取引であることを確認のうえ、同月一八日頃、右物件をその指定された場所に納入し、その代金の請求として、奈良産業から手交されていた用紙に基づき同産業宛の請求書を作成し(納入先及び納入場所は間々田の求めにより空白としている)、これを間々田に直接交付したところ、同人は、これについて何らの異議を述べず、右請求書を受領した。間々田は、同月二九日頃にも、右吉田に対し、前記松原建設のためであるのにこの事実を秘し、奈良産業の名で代金五三万五〇〇〇円相当の資材(別件物件という)を発注購入し、控訴会社において、同年七月六日頃、右物件を運搬積入法により納入を了していたが、吉田は、同年八月三日、間々田の連絡により、松原建設社長同席のうえ、同社長が用意した現金及び同建設振出の小切手により、右物件の代金を受領し、領収書を奈良産業宛として交付したが、ここで、右別件の取引に松原建設が関与していることを始めて知った。ところで、本件(一)の取引後も、間々田は、右松原建設社長からひき継き資材の購入を依頼されていたが、同年七月中旬頃には、松原建設に対し、同建設において直接控訴会社と取引するように話し、松原建設社長を吉田に紹介引合わせたうえ、右吉田に対し、松原建設が奈良建設の下請をしていたことがあること、及び、松原建設が杭全鉄工に転売する資材を入用としていることを告げ、松原建設から右資材の購入を申し込ませたところ、吉田は、松原建設については、奈良産業と異なり、これまで取引もなく、信用調査のみならず取引許可の決済も経ていないから、同建設と直接取引はできないとしてその取引を断り、飽くまでも奈良産業を経由し、かつ、同産業を買主とする取引でなければ応じられないとの意向を表明した。このため、間々田は、吉田からなされた右要求を入れ、奈良産業を買主として松原建設のため資材を購入することとし、吉田において、間々田を信用し、爾後の取引への影響をも考慮して、右取引につき奈良産業本社に問合わせることもなかったが、間々田から奈良産業の取引であるとして、吉田に対し、同年七月二七日頃、本件(二)の物件を代金三八三万円、同年八月五日頃、本件(三)の物件を代金一五八八万八〇〇〇円、支払条件はいずれも従前同様とし、納入場所を大阪市住吉区杭全町三五三杭全鉄工と定めて発注したので、控訴会社は右発注に関して、奈良産業宛の見積書を間々田に交付し、右(二)、(三)の各物件を右指定の場所に各納入して売渡し、吉田は、右各代金請求のため、同産業から交付されていた専用用紙により、同年七月二七日付け、及び同年八月一一日付け奈良産業宛の各請求書(納入先及び納入場所は間々田の求めにより空欄としている)を間々田に交付し、同人はこれを受領した。ところで、右間々田は、光風台作業現場で奈良建設が使用する資材を購入したときの請求書については、これを奈良産業本社に送付又は持参して、同本社をして代金の支払いをさせていたが、本件(一)ないし(三)の物件については右奈良建設使用資材についての代金支払方法によることができないため、その代金は、別件物件の場合も含め、松原建設が用立てる金員で支払うことを予定していた。ところが、別件物件については、同年八月三日、松原建設社長の持参した現金等でその支払いを了し得たが、本件(一)の物件については、その代金支払期日である同月一〇日までに、松原建設から予定の代金を受領することもなく、したがって、右代金を控訴会社に支払うことができず、吉田からその支払いを催告されるに至ったが、事情があるから一か月位まってほしいと話すだけであったところ、その後、松原建設社長から、同建設振出しの金額二〇〇万円の小切手一通、金額四〇〇万円の約束手形一通を受領したので、同年九月二日、これを吉田に交付しようとしたところ、吉田は、右小切手については、自己の名刺にその受領を記載した奈良産業宛の仮受領証を出し、これを受取ったが、右約束手形については、買主として代金支払義務のある奈良産業が裏書すべきであるといってその受領を留保し、これを約束した間々田が右裏書をして持参するのを待っていたが、右約束は果されなかった。その後、間々田は、本件(二)、(三)の物件の代金支払期日にも、右同様支払いができず、松原建設社長に右代金を用意するよう話し、右吉田らからも右間々田に支払いの催促をしていたところ、控訴会社は、同年一一月一一日頃、松原建設から、本件(一)ないし(三)の物件の代金合計額から、前記小切手及び約束手形の合計金額を差引いた金二〇一二万九〇〇〇円を額面金額とする約束手形一通の郵送を受けたので、同月一九日付けの内容証明郵便により、間々田に対し、右各物件は奈良産業に売渡したものであるから、右約束手形を同産業振出しのものに差換えるか、あるいは、これに同産業において裏書すべきことを要求したが、これが入れられなかったので、同年一二月二二日到達の内容証明郵便により、奈良産業に対し、本件(一)ないし(三)の物件の代金合計二四一二万九〇〇〇円の支払いを請求するに至った。

以上の事実が認められ、右の事実関係によれば、本件売買契約は、奈良産業の間々田がその代理人として、控訴会社との間に締結されたものと認められる。

<証拠判断省略>。なお、被控訴人らは、本件(一)の契約以前に別件物件の取引があったとするけれども、前示のとおり、控訴会社の吉田は、同五一年八月三日、間々田らの同席する所で、右別件の取引(五三万五〇〇〇円相当)に松原建設が関係していることを始めて知ったもので、本件(一)の契約の際には、右松原建設を知らなかったもので、当審証人吉田勇次の証言中、右別件の取引をもって松原建設との最初の取引であるとの認識は当然というべきであり、前認定の各取引の順序を変更する必要は認められない。

4. 右2、3で認定の事実によれば、間々田は、奈良建設光風台作業現場で使用する資材の購入について有する代理権の範囲を超え、奈良建設の下請けをしていたことのある松原建設のための安価な資材購入を目的として、本件(一)ないし(三)の契約に至ったものと認められる。してみると、控訴人が、右間々田は、本件各売買につき代理権を有していたとする主張は、既に理由がないことに帰するから、以下、控訴人において、これらの売買につき、右間々田に代理権があると信じ、かつ、これにつき正当事由があったか否かについて検討する。

(1)  前認定の事実関係に従えば、奈良産業の間々田は、本件(一)の売買契約については、右物件を松原建設において購入するものであるとの事実を明らかにすることもなかったため、控訴会社の吉田において、奈良産業との取引にあたって、同産業が奈良建設の作業現場で使用する資材の購入を担当する会社であることを知っていたけれども、右(一)の物件については、右間々田が代理人となり奈良産業との間で、同年四月以降の同産業との間の従前の取引と同一の条件で、ひき続き資材の取引をしているものと信じて、右(一)の契約締結に及び、その後、同年八月三日頃に至って、別件の取引につき松原建設のためなされていることを始めて知ったものであり、右(一)の物件の発注については、間々田からその納入先を後日指定するとの留保はあったが、その余の点に関しては、すべて、従来奈良建設の作業現場で使用する資材を発注していたときと特段変った状況もなく、奈良建設光風台作業現場以外の場所で他業者が必要としている資材を購入していると疑うべき事実資料もないところであるから、右吉田において、右(一)の物件の発注については、従前の奈良産業との取引と同一条件でこれが継続していると信ずるについて無理からぬ事情があるというべく、したがって、控訴会社において本件(一)の取引については、間々田がその代理権を有すると信ずるにつき正当事由があったものというべきである。もっとも、右吉田は、右(一)の物件の受注後、間々田からその納入場所として大昭工業の倉庫を指定され、その納入に際しては、これが奈良産業との取引であることの確認をしているけれども、右納入場所の指定は、右受注の後であり、また、資材の納入につき臨機の処置が皆無でない状況を勘案すると右のような納入場所が異る事実を吉田において認識したからといって、右正当事由がないとすることはできない。

(2)  しかしながら、前示のとおり、本件(二)、(三)の取引については、吉田は、間々田からの紹介により、松原建設が購入し、同建設を経由してその納入先である杭全鉄工に各販売するものであるとの事実を既に告げられ、かつ、松原建設については奈良建設の下請をしたことがある旨聞知していたが、松原建設との間には従来取引関係がなくこれが信用できないことから、奈良産業が買主となるのでなければ鋼材の直接取引には応じられないとし、間々田に対し、奈良産業の取引とすることを求めたことがあり、したがって、これらの取引が、いずれも従前の光風台作業現場で必要とされる資材の取引とは明らかに異る状況にあったから、右吉田において、右奈良産業に求めた取引についての間々田の権限につき、念のため同人の関係者らに問合わせることが予定されて然るべきところ、<証拠>によれば、吉田は、松原建設が奈良建設の下請であると聞いていたことから、松原建設が奈良建設の関連会社であると考え、奈良建設の信用をも考慮して右取引関係に入り、その際、見積書を間々田に手渡し、奈良産業宛ての請求書が間々田により受領されることによって、同産業との間で取引が続けられていると信じたもので、右取引については間々田を信用する以外になく、むしろ、爾後の奈良産業との取引への影響を考えて同産業本社に照会もしなかったことが認められ、以上の状況によれば、吉田は、これが奈良産業との間の取引としてなされているものと信じて間々田の権限について疑いを抱かず、前記杭全鉄工に対する鋼材の納入を了しているもので、この点に過失があるというべきであるから、控訴会社において、間々田が、本件(二)、(三)の各物件の取引につき代理権があったと信ずるについて無過失であったとすることはできない。控訴人は、これに対し、右(二)、(三)の取引についても、奈良産業は独立した資材の購入を目的とする会社であり、控訴会社において、右産業が専ら奈良建設の資材部門であるという詳しい内部事情を知り得なかったから、右外観を信じた控訴会社の信頼は保護されるべきであると主張するところ、一般に、会社はその親会社の必要な資材等の購入にその取引を制限されることはないというべきであり、現に奈良産業についても奈良建設の資材購入にその目的を限定されていたわけではないけれども、本件の取引においては、前示のとおり、吉田は、奈良建設光風台作業現場での資材の取引に際し、奈良産業が奈良建設の資材購入部門であると知っていたことに加え、右(二)、(三)の取引については、間々田からの紹介で松原建設のための資材購入であると告げられ、この事実を知りながら、間々田から奈良産業の取引であることの確認をとっただけで、この間の契約締結に及び、従前の取引において予定された奈良建設作業現場と無関係な場所に資材を納入している経過からすれば、間々田にその代理権がなかったことについては、これを知らないことになお過失があったというべきであるから、控訴人の右主張は結局これを採用することができない。更に、以上のような間々田の対応と指示、及び請求書等の受領によっても、奈良産業が間々田に対し、本件(二)、(三)の物件の購入につき代理権を授与した旨表示したとまで認めることはできず、他にこれを認めしめるに足る証拠もない。

5. そこで、控訴人の奈良産業に対する右(二)、(三)の物件の取引についての予備的な損害賠償請求権の成否について検討する。

以上認定の事実関係に従えば、間々田がなした右(二)、(三)の取引は、その外形上、奈良産業の事業の範囲に属するものであるところ、間々田は、その有する奈良建設光風台作業現場での資材取引についての職務権限を超え、松原建設社長から求められるまま、同建設が単独の場合には予定できない資材を同建設の利益のため購入する便を図り、奈良産業が買主となるのでなければ右の取引に応じない控訴会社に対して、右の確認を与えて、同産業との間に右(二)、(三)の物件につき順次売買契約を締結させ、これに基づき各資材を納入させているもので、このような場合、間々田において、奈良産業本社に対しかかる取引についての了解を求めるか、松原建設の信用状態を確かめる等し、控訴会社につき不測の損害を惹起しないよう配慮する義務があるというべきところ、同人はかかる取引上の義務を怠り、これにより、控訴会社に対し、右資材についての未回収代金相当の損害を与えたものというべく、しかも、間々田の行為は奈良産業の事業の執行としてなされたことは明らかであるから、同産業は、間々田の使用者として、民法第七一五条に基づき、控訴人の被った右損害を賠償する義務がある。

もっとも、被用者の取引行為が、外形上、使用者の事業の範囲内に属すると認められる場合でも、その行為が被用者の職務権限内で適法に行われた場合でなく、取引の相手方が右事情を知り又は重大な過失で右事情を知らないで取引に至ったと認められるときは、その取引の相手方は、その使用者に対し、右取引に基づく損害の賠償を求め得ないというべきであるが、右の重過失は、使用者が賠償責任を免れる要件と解されるからこれを厳格にし、取引の相手方において僅かな注意により被用者の行為がその職務権限内でないとの事情を知り又は知りえたのにこれに出ず、漫然これを職務権限内の行為と信じ、一般人に要求される注意義務に著しく反する場合として、故意に準ずる程度の注意の欠缺があり、公平の見地上、相手方に全く保護を与えないのを相当とする場合であるとみるべきところ(最判昭和四二年一一月二日民集二一巻九号二二七八頁、同四四年一一月二一日民集二三巻一一号二〇九七頁参照)、前認定の事実関係によれば、吉田は、昭和五一年四月及び五月、奈良建設光風台作業現場における資材を奈良産業に売渡し、これらの代金は、いずれも遅滞なく支払われていたところ、本件(一)の物件の取引については、松原建設が購入する資材であることを吉田において知らず、右作業現場に関する従前の取引と同一の条件でその受注に及び、同年七月中旬における別件の取引を経て、同月下旬本件(二)の、同年八月五日本件(三)の各取引関係に入っているものであり、右吉田において、既に従前の取引の開始に際し、奈良産業が奈良建設の資材購入部門であることは知っていたが、右産業が独立した会社であり、その扱う取引が必ずしも右建設の資材購入に限定されないものと考え、本件(一)の物件の受注については、むしろ奈良産業との従前の取引の延長と考えていたもので、右(一)の取引につき、納入先を光風台作業現場でない場所を指定された際も、これが奈良産業との取引であることを確認し、更に、右(二)、(三)の取引についても、松原建設の資材購入としてなされるものであることを知っていたが、奈良産業が買主となることを間々田に確認し、しかも、松原建設が奈良建設の下請である旨聞いていたことから、奈良建設の信用があると考えて右取引を継続し、間々田から手渡されていた専用用紙で作成した奈良産業宛の請求書が、右(一)ないし(三)の各取引の都度、間々田により受領され、右各取引がすべて奈良産業との間になされていることを前提として、右(一)の取引の弁済期である同年八月一〇日以降においても同産業にその代金を各請求している経過に鑑みれば、右吉田は、間々田を信頼して、奈良産業を買主とする取引を継続したものというべく、吉田の前示過失については、これを故意に準ずるような重大なものと認めることはできず、奈良産業において、被用者たる間々田の行為により控訴会社に与えた損害賠償を全部的に免れるのを相当とする場合にあたるとみることはできない。なお、本件(三)の取引は、吉田が、別件取引につき松原建設が関係していることを知った同年八月三日頃以後になされているけれども、控訴会社と奈良産業との従前の取引、及び、本件(一)ないし(三)の各取引の経過、更には、本件(二)、(三)の取引はいずれも本件(一)の取引における代金決済日前であることに照らすと、吉田において、本件(三)の取引が、別件における代金決済とは別に、奈良産業を買主として行われるものと考えたとしても、これをもって、同人の過失を重大なものとみる事実とすることもできない。

よって、右吉田の過失を損害額の算定に当って斟酌するに、本件にあらわれた諸事情によれば、間々田の過失四に対し、吉田の過失六と認めるのが相当である。

6. 以上によれば、控訴人の被控訴人奈良産業に対する請求は、本件(一)の取引についての主位的請求につき左記(1)の限度で理由があり、また、本件(二)、(三)の取引についての主位的請求はいずれも理由がなく、予備的請求につき左記(2)の限度で理由があるが、その余の予備的請求は失当として棄却を免れない。

(1)  本件(一)の取引についての主位的な売買代金請求につき、奈良産業に対し、右代金六四一万一〇〇〇円から、控訴人において弁済があったと自認する金二〇〇万円を控除した金四四一万一〇〇〇円、及び、これに対する支払期の後である昭和五二年七月九日から支払ずみまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金。

(2)  本件(二)、(三)の取引についての予備的損害賠償請求につき、その未回収代金合計の金一九七一万八〇〇〇円につき、前示六割を減じた金七八八万七二〇〇円、及び、これに対する不法行為の後である昭和五二年七月九日から支払ずみまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金。

二、控訴人の被控訴人奈良建設に対する請求について

当裁判所も、控訴人の被控訴人奈良建設に対する主位的及び予備的請求をいずれも棄却すべきであると判断するものであるが、その理由は、原判決理由説示のとおりであるから(原判決二〇枚目表末行から同二二枚目表一行目まで)、これを引用する。ただし、原判決二〇枚目裏三行目「矢野美典の証言「(一、二回」の次に「、第一回につき一部」を、同二一枚目裏三行目「以上の事実」の次に「、及び、前記一、2で認定の事実」を各加え、同裏六行目「遂行していて、」の次に「前記奈良建設光風台作業現場での資材の購入についても、同作業所長の指示に基づき、奈良産業がその資材購入部門として契約に関与するなど」を加える。

三、結論

よって、控訴人の被控訴人奈良産業に対する控訴に基づき原判決を主文第一項のとおり変更し、控訴人の被控訴人奈良建設に対する控訴、及び、被控訴人奈良産業の附帯控訴は、いずれも失当として棄却することとし、控訴費用、訴訟費用、附帯控訴費用の負担につき、民訴法第九六条、第九五条、第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野千里 裁判官 林義一 稲垣喬)

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