大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)521号 判決 1983年10月18日
控訴人
有限会社ジャーマン・
ホーム・ベーカリー
右代表者代表取締役
エッチ・フロインドリーブ
控訴人
ハインリッヒ・フロインドリーブ
右両名訴訟代理人弁護士
菅生浩三
同
葛原忠知
同
川崎全司
同
甲斐直也
同
丸山恵司
同
川本隆司
同
藤田整治
被控訴人
神戸フロインドリーブ有限会社
右代表者代表取締役
宮本穣
右訴訟代理人弁護士
前田貢
主文
一 原判決を取消す。
二 被控訴人は、「神戸フロインドリーブ有限会社」の商号を使用してはならない。
三 被控訴人は、神戸地方法務局昭和四四年六月一三日付をもつてした被控訴人設立登記中「神戸フロインドリーブ有限会社」の商号のうち「フロインドリーブ」の部分の抹消登記手続をせよ。
四 被控訴人は、その本店及び支店の各店舗に「フロインドリーブ」及び「FREUNDLIEB」と表示して、パン、洋菓子の製造、販売をしてはならない。
五 被控訴人は、右各店舗、販売するパン及び洋菓子、包装、什器、備品、自動車における「フロインドリーブ」及び「FREUNDLIEB」の表示を抹消し、またはその表示のある包装用紙、シールを廃棄せよ。
六 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一 申立
控訴人らは、主文と同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。
第二 主張
次に付加するほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
一 控訴人らの補充主張
被控訴人は、原審以来、控訴人商号の使用について被控訴会社設立当初から控訴人らにおいて許諾していたものであると抗争し、控訴人らにおいてこれを否認し争つているが、仮に右許諾があつたとしても、右許諾は控訴人らの商号権、商標権に基く使用差止請求に対する抗弁となり得ても、不正競争防止法一条一項一号、二号に基く差止請求に対する抗弁とはなり得ない。すなわち、不正競争防止法一条一項一号、二号は、少くとも一地方において広く認識された商号や商標の使用を不正な競争から保護するという私益保護とともに、商品や営業活動についての世人の混同誤認をなくするという公益保護をも立法趣旨とするもので、混同誤認を生ずべき状態が存する以上は商号使用について許諾があつても同法に基く差止請求は認められるべきであるからである。
二 控訴人らの当審における新たな主張(再抗弁)
(一) (黙示の解除条件付許諾)
フロインドリーブなる商号の使用関係については控訴人らと被控訴人との間に使用に関する何らかの契約が締結されていると解すべきであるが、仮にこれを被控訴人主張の如く許諾という概念でとらえるとしても、右許諾には被控訴人が控訴会社の子会社でなくなることを解除条件とする黙示の附款が付せられていたものである。被控訴人は昭和五五年六月一日以降控訴会社とは完全に別個独立して、パン等の製造、販売を開始し、控訴会社の子会社としての実体を失つたから右解除条件は成就した。
(二) (使用貸借類似の契約の存在)
控訴人らと被控訴人との間には、被控訴会社設立の際に、フロインドリーブなる商号権の使用について、使用貸借類似の契約が締結され、同契約において、使用の時期若しくは目的が、被控訴人が控訴会社の子会社としてパンを製造し、これを親会社に専属的に納入する間若しくは納入することと定められた。被控訴人は昭和五五年六月一日以降控訴会社から独立し、専属的納入を打切つたので、同日使用終了時期が到来したか若しくは使用の目的が達せられたから、控訴人らは民法五九七条一項若しくは二項の準用により、被控訴人に対し商号権の返還を請求する。
(三) (権利の濫用)
フロインドリーブの名称を付した控訴会社の子会社の設立を控訴人H・Fに強引に推めたのは同控訴人の部下であつた公認会計士の訴外Nであつたが、同人はかねてより著名なフロインドリーブなる商号及び商標の乗つ取りを企てており、被控訴会社設立の際の持分(出資口)数の割当て、当初あつた存立時期(四年)の定めの廃止、控訴会社へのパン納入の拒絶、訴外亡瀬野則章との間での持分権遺贈の密約及び被控訴会社役員からの控訴人H・Fの排除等々今日まで右乗つ取り計画を実行してきたものである。控訴人らはかようなNの策謀にはめられ、フロインドリーブなる商号を騙取されたものである。以上の次第であるから、被控訴人が使用許諾を得たとしてフロインドリーブなる商号を使用することは権利の濫用で許されないものである。
三 控訴人らの補充主張に対する認否反論
控訴人らの補充主張は争う。不正競争防止法は商業道徳に反するような不公正な競争行為を排除し、一般消費者の保護を目的とする趣旨の法律であるが、右条文の中には、専ら特定営業者の利益を図るために規定されたものもあり、これらの規定については、被害者の承諾は不正競争行為の違法性を阻却すると解すべきである。そして同法一条一項一号、二号の条文は専ら右の周知表示を使用する特定営業者を保護する趣旨の規定というべきもので、従つて仮に、特定営業者の利益を害するおそれのある周知表示又は類似表示の使用であつても、右の営業者がその使用を許諾しておれば、周知表示の使用行為の違法性は阻却されるというべきである。
四 控訴人らの当審における新たな主張に対する認否反論
(一) 使用許諾が黙示の解除条件付であつたとの主張は否認する。被控訴会社は小さいとはいえ多くの出資者によつて構成される企業体であり、その顔というべき商号の使用について、明確な取り決めのない黙示の解除条件付などという契約があるはずがない。又被控訴人が控訴会社の子会社であるとはいえない。被控訴人の設立当時における控訴会社の持分は出資口数総数二〇〇〇口のうち四〇〇口で全体の二〇パーセントに過ぎず、更にその後の構成の推移によつて、控訴人らとの問題が表面化した昭和五三年一一月二一日当時は、出資口数一万四五〇〇口のうち控訴会社の持分は五〇〇口で、全体の三、四パーセントに過ぎないもので、親会社と称するにはあまりにも貧弱な持分割合といわざるを得ない。
本件商号の使用許諾契約の当事者は、控訴人H・Fと当時同人が代表取締役であつた被控訴会社であるが、右の契約が無条件の許諾を内容とするものであれば、この契約によつて会社は何らの負担も課せられないから、両者の間に利益相反は存在せず、従つて自己取引(有限会社法三〇条)に該当しないから社員総会の承認を得る必要はない。しかし、右契約に、控訴人ら主張のような解除条件という付款がついているとすれば、人間の氏名ともいうべき法人の商号について、会社は一種の負担を課せられることとなるから、このような付款については当然会社の社員総会の承認を得る必要があるところ、そのような承認はされていない。従つて仮に解除条件という付款があつたとしても、そのような付款は被控訴会社に対しては効力を有しないというべきである。
(二) 使用許諾が使用貸借類似の契約に当るという控訴人らの主張は否認する。仮に右の如き契約が締結されていたとしても、本件商号の使用許諾の際、使用期間について明示の取決めがなされていない以上、その終了時期については、使用目的に従い使用収益を終えたる時となるがいやしくも独立の法人格を有する被控訴会社の商号として使用する目的である以上、その使用期間は、会社の解散、又は商号変更のうちいずれか先になされた時期までと解すべきもので、控訴人らが主張するように、子会社でなくなつた時を終期と解する根拠はない。
(三) 控訴人H・Fによつて許諾された被控訴会社の商号使用が権利の濫用にあたるとの主張は否認する。控訴人らはNの策謀によつて商号を騙取されたというが、被控訴会社設立以来の経過を全く無視した極めて感情的な暴論というほかはない。
第三 証拠《省略》
理由
一控訴人商号、商標とその権利者、控訴会社の設立経過と右商号、商標の使用許諾、右商号、商標の周知性、被控訴会社の設立、控訴人商号、商標と被控訴人商号の類似性、両者の商品及び営業活動の混同のおそれのあることについての当裁判所の判断は、原判決理由説示と同一であるから、原判決中当該部分(原判決一〇枚目裏一〇行目から一二枚目表一行まで)を引用する。
二そこで被控訴人の使用許諾の抗弁につき案ずるに、当裁判所も被控訴会社設立の経緯、その経営の実情、控訴会社との関係等からみて被控訴会社の商号の使用については控訴人らにおいて被控訴会社設立の当初からいわば原始的にこれを許諾していたものと認めるものであつて、その理由は原判決中当該部分(原判決一二枚目表二行目から一四枚目裏一一行目「いわなければならない。」)と同じであるからこれを引用する<編注――判例タイムズ二五四頁最上段〔判旨〕の三行目「<証拠>を総合すれば」から同頁最下段二二行目の「そして」の前まで>。
これに対し控訴人らは、控訴人商号の使用についての許諾は不正競争防止法一条一項一号、二号に基く差止請求に対する抗弁とはなり得ないというので、この点について判断する。被害者の承諾は一般に公益に関せず、被害法益につき自由に処分し得る者の承諾がある限り違法性を阻却するもので、不正競争防止法の保護法益は公益、私益の双方であるが、その規定の中でも専ら私益の保護に重点を置き、私益の保護をとおして反射的に公益を保護せんとする規定もあり、そのような場合には被害者の承諾によつて行為自体の公正さ、不公正さに対する評価が変り、公正競業秩序を何ら害しない結果となるから、公益保護の目的にも反しないと解されるところ、同法一条一項一号、二号は周知表示を使用する特定営業者を保護する趣旨の規定と考えられるので、右営業者の許諾がある限り違法性を阻却するものというべきであるから控訴人らの右主張は理由がない。
三控訴人らは、再抗弁として、右の商号の使用許諾には被控訴人が控訴会社の子会社でなくなることを解除条件とする黙示の附款が付せられていた旨主張し、被控訴人においてこれを争つているのでこの点について判断する。被控訴会社設立の目的は原判決認定のとおり、控訴会社が販売するパンの生産が需要を満し得ず、被控訴会社を設立して需要分を製造させ、その製品のすべてを控訴会社に納入させることにあつたもので、従つて控訴人H・Fの名である控訴人商号を使用して被控訴人商号とし、控訴人H・F自体がその代表者となつたが、被控訴会社の社員瀬野の死亡に伴い、同人の出資持分が同社員Nに遺贈され、同人から被控訴会社に社員名簿書換請求をなしたことに端を発して控訴人H・FとNらとの間に紛争が生じ、その後被控訴会社社員総会において控訴人H・Fに代つて宮本穣が代表取締役に選任され、被控訴会社による控訴会社へのパン納入等の拒否、互の仮処分のかけあい、裁判上の和解の成立等の経過の後、昭和五五年六月一日以降被控訴会社は控訴会社とは全く子会社たる関係を脱し、独立してパン等を販売していることは引用の原判決認定のとおりである。ところで、個人が、自己の氏名(商号)を法人の名として使用させるのは、その個人にとつて氏名が商号として用いられているか否かを問わず、使用させるだけの強い個人的理由があるからであり、その理由が存在しなかつたり、消滅した場合にはその使用を許さないと考えるのが通常人の合理的な意思内容であると解され当審における控訴人H・Fのこれと同旨の供述は採用するに足るというべきであり、右供述と引用の原判決認定事実によると、本件の場合被控訴会社は控訴人H・Fが全権を握る控訴会社のパン製造部門を担当する子会社として設立されたものであり、その製品は専属的に控訴会社に納入することが前提となつていたことが認められる。又当審における証人Nの証言と弁論の全趣旨によると、控訴人H・Fを被控訴会社代表者からやめさせた後も、被控訴会社は一円の退職慰労金も支払つていず、又被控訴会社が控訴会社の子会社を脱した昭和五五年六月一日以降においても控訴人商号の使用についてその対価を支払つていないことが認められる。その外当審における控訴人H・Fの供述によると、被控訴会社設立についても、同控訴人は、当初控訴会社工場の拡張等を考えていたが、同控訴人はドイツ人で日本語については会話はできても読み書きが出来ない関係もあつて、公認会計士で税理士でもあり、全幅の信頼を置いていたNの税務上有利であるとの進言を入れて被控訴会社を設立することとしたもので、銀行や税務署との折衝、被控訴会社設立手続等全面的に同人に委任していたが、被控訴会社設立後右Nにおいて、前示のとおり瀬野の出資持分の遺贈を受けて被控訴会社の出資総口数の過半数以上を取得するや、自己の有利な地位を利用して社員総会や、取締役会を開催し、代表取締役である控訴人H・Fを解任し、同控訴人に代つて宮本穣を代表取締役に選任し、逐次被控訴会社の乗取りにかかつたことが認められる。原判決援用の<証拠>と当審における控訴人H・Fの供述と弁論の全趣旨によると、フロインドリーブは著名な商号であると同時に控訴人H・Fの姓で、在日ドイツ人中この姓を持つ者は同控訴人とその家族のみで、フロインドリーブのパンが多くの人々に好まれるのは、そのパンが控訴人H・Fの父以来受け継がれた独特の製法で作り続けられて来た美味なパンであるからで、控訴人H・Fとフロインドリーブのパンとはフロインドリーブという商号を媒体として不可分に結合していること、被控訴会社が控訴会社の子会社を脱した昭和五五年六月一日以降は被控訴会社設立時に控訴人らが持ち込んだパン製造機械、設備等一切を引き揚げ、派遣した職人も二名を除いて引きあげていて、被控訴会社が販売しているパンは前記伝統のあるパンとは殆ど無縁の物となつていること、従つて被控訴会社が製造したパンをフロインドリーブのパンとして売ることは世人に混同誤認を生じさせ世人を騙くことにもなること、以上の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足るものはない。右事実によると、被控訴会社設立当時、被控訴人商号を使用するについて黙示のいわば原始的許諾があつたとしても、被控訴会社が控訴会社の子会社を脱して独立して当初の設立目的と異る方向を追及して行く以上、独立の法人として尚且被控訴人商号を使用することは著名な商号に只乗りするものとの批判を免がれず、前示許諾には被控訴会社が控訴会社の子会社でなくなることを解除条件とする黙示の附款があつたと解するのが相当である。これに対し、被控訴人は、被控訴会社は小さいとはいえ多くの出資者によつて構成される企業体であり、その顔ともいうべき商号の使用について、明確な取り決めのない黙示の解除条件付などという契約があるはずがないというが、そもそも控訴人商号の許諾自体何ら明示の契約によるものではなく、被控訴会社設立の目的から推測される黙示のものであることは原判決認定のとおりであるから、右許諾に黙示の附款があつたと解するに何ら妨げとなるものではない。更に被控訴人は、控訴会社の被控訴会社に対する出資口数が少いことから親会社とはいえないというが、本件でいう子会社とは厳密な意味での資本参加による子会社ではなく、(当審における控訴人H・Fの供述によると控訴会社の被控訴会社に対する出資口数はNの進言により決つたことが認められる)前示のとおり被控訴会社の設立目的自体から明らかなとおり、いわば控訴会社のパン製造部門ともいえる、パンを製造して専ら控訴会社にこれを納入する関係にあることをさすものであるから被控訴人の右主張も理由がない。続いて被控訴人は、右契約は取締役と会社間の取引に該当し会社の利益に反するものであるから社員総会の承認を要するところ、右承認を得ていないから無効であるというのであるが、前示のとおり本件許諾並びに附款はいずれも黙示によるものであるから被控訴人の右主張も採用できない。
四次に被控訴人の権利濫用の抗弁について判断する。前示のとおり、被控訴会社は昭和四四年の設立以降昭和五四年までは親会社たる控訴会社に製造したパンを専属的に納入していたもので、(当審における証人N及び控訴人H・Fの各供述によると、被控訴会社に直接パンを買いに来た近隣居住者等の顧客の便宜のために多少の小売りをしていたがそれらは控訴会社のパンとして販売し、その売上金は宮本において毎日まとめて控訴会社へ届けていたことが認められるので、独立して被控訴会社が自己の計算で販売していたものではない。)社会的には独立した存在とはいい難いものであつたところ、国鉄新幹線新神戸駅等で被控訴会社が独立してパン等を販売し始めたのは昭和五五年六月一日以降で、同日以降被控訴会社が控訴会社の子会社を離脱し、別個独立の法人として、パン製造販売会社として社会的にも実質的に活動する以上、控訴人商号、商標の只乗り行為は許されず、営業主体、商品主体いずれについても混同誤認を生ぜしめる行為が許容されないのは当然であつて、控訴人らの本訴請求が権利濫用となるものではない。原判決援用の<証拠―和解調書正本>も昭和五五年六月一日以降の本件商号、商標の使用について触れなかつた丈のことであつて、右判断の妨げとなるものではない。
五原判決並びに前示認定事実によると、被控訴会社の商品及び営業活動により、控訴会社が営業上の信用及び利益を侵害される虞のあることは勿論、控訴会社の如く個人的色彩の強い有限会社にあつては、その創立者で代表取締役でもある控訴人H・F個人についても、実質上その利益を害される虞のある者というを妨げない。又引用の原判決認定事実と弁論の全趣旨によると、控訴人らは前示和解によつて定められた猶予期限までに工場を明渡すとともに、昭和五五年五月、被控訴人に対し、被控訴人商号のうち「フロインドリーブ」部分の削除とその使用禁止を求めたが、被控訴人はこれに応じず、新たに製パン技術を有する従業員を雇い入れてその生産を開始し、同年六月頃から新神戸駅等で被控訴人商号を表示してその販売を行うに至つたもので、被控訴会社の昭和五五年六月以降における被控訴人商号の使用は、控訴人らの使用禁止の申し入れを無視し、控訴人商号の知名度、信用度を不当に利用して、これに只乗りする行為であり、不正競争又は不正の目的の存することは明らかである。
六そうすると、その余の点については判断するまでもなく、被控訴人に対し、控訴人H・Fにおいて、商法二〇条、控訴会社において同法二一条、控訴人らにおいて商標法三六条ないし不正競争防止法一条一項一号、二号に基き、控訴人商号の使用、表示の禁止及びその登記(一部)の抹消登記手続を求める控訴人らの請求はすべて正当であり、これを棄却した原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、民訴法三八六条に従い、原判決を取消して本訴請求を認容することとし、訴訟費用につき同法九六条、八九条を各適用して主文のとおり判決する。
(今富滋 西池季彦 亀岡幹雄)