大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)786号 判決
【主文】
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は、控訴人西山に対し、六〇〇万円及びこれに対する昭和四二年一一月二六日から昭和四三年一一月二五日まで年五分五厘、同月二六日から昭和四四年一月三〇日まで年二分五厘、同月三一日から支払の済むまで年六分の各割合による金員を支払え。
被控訴人は、控訴人阿部に対し、一〇〇万円及びこれに対する昭和四二年一一月二五日から昭和四三年一一月二五日まで年五分五厘、同月二六日から昭和四四年九月一七日まで年二分五厘、同月一八日から支払の済むまで年六分の各割合による金員を支払え。
被控訴人は、控訴人長井に対し、一〇〇万円及びこれに対する昭和四二年一一月二五日から昭和四三年一一月二五日まで年五分五厘、同月二六日から昭和四六年一月一六日まで年二分五厘、同月一七日から支払の済むまで年六分の各割合による金員を支払え。
控訴人らのその余の請求を棄却する。
本件訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。
この判決中控訴人ら勝訴の部分は、担保として、控訴人西山において二〇〇万円、同阿部、同長井において各三〇万円を供託すれば仮に執行することができる。
【事実】
一 控訴人らは「(一) 原判決を取消す。(二) 被控訴人は控訴人西山に対し六〇〇万円及びこれに対する昭和四二年一一月二六日から昭和四三年一一月二五日までは年五分五厘、同月二六日から支払の済むまで年六分の各割合による金員を支払え。(三) 被控訴人は控訴人阿部、同長井に対し各一〇〇万円及びこれに対する昭和四二年一一月二五日から昭和四三年一一月二五日までは年五分五厘、同月二六日から支払の済むまで年六分の各割合による金員を支払え。(四) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。(五) この判決は仮に執行することができる」との判決を求め、
被控訴人は、控訴棄却・控訴費用控訴人ら負担の判決を求めた。
二 控訴人らは、請求原因等として次のとおり述べた。
(一) 控訴人らは、被控訴人と次の定期預金契約を締結した。すなわち、昭和四二年一一月二五日控訴人西山は六〇〇万円、控訴人阿部、同長井は各一〇〇万円、いずれも期間一年、満期昭和四三年一一月二五日、利率年五分五厘、預金名義人は、控訴人西山が「西山明夫」、控訴人阿部が本名のまま、控訴人長井が「長井つる子」として、被控訴人と定期預金契約をした。
(二) 控訴人らは、いずれも右満期に右各預金の支払を求めた。よつて被控訴人に対し、預金元本及びこれに対する期間中は約定利率による利息、満期の翌日から支払の済むまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(三) 前記定期預金は、各控訴人らの出捐によるものであつて、控訴人らは、昭和四二年一一月二五日、各自宅で、控訴人らの定期預金をする意思で、当時株式会社日興証券神戸支店(以下単に日興証券という)の職員であつた藤井昭弘に現金を交付し、同人から山田正光(現姓「宮上」、本件においては便宜旧姓に従う)を通じて、被控訴人に預金されたものである。
そして、控訴人らは、その頃、右訴外人らを通じて、被控訴人作成にかかる前記(一)を内容とする定期預金証書(甲第一ないし第三号証)の交付を受け、現にこれを所持し、右預金を支配している。
右定期預金の預入に際しては、山田正光が所持していた控訴人らの姓を表わした印鑑を控訴人らの印鑑として被控訴人に届け出た。もつとも、右印鑑は紛失して現在はないが、改印届をなすことにより障害を回復しうるから、本件預金の支配に影響はない。
山田正光は、本件預金について、預金者は自分ではなく控訴人らであり、自分は仲介あつ旋したにすぎないと述べている。すなわち山田には、控訴人らの金員を横領したうえ、これを原資として自分の定期預金をする意思はなかつた。
したがつて本件預金は控訴人らの預金である。
(四) 被控訴人の相殺予約及びこれに基く相殺の抗弁は争う。右相殺予約は、いわば根相殺予約であるが、相殺予約及び反対債権取得の時点において、被控訴人は、本件預金の預金者を山田正光とするについて善意無過失ではなかつたから、民法四七八条の保護を受け得ない。
三 被控訴人は、答弁及び抗弁として次のとおり述べた。
(一) 控訴人ら主張の請求原因事実のうち控訴人ら主張の定期預金(預金債権者が何びとであるかの点を除く)が被控訴人にされていることは認める。その余の事実は否認する。
(二) 本件預金は、山田正光が架空名義でしたものである。
すなわち山田正光は、もともと司法書士であるが、昭和四二年八月頃、京阪神土地株式会社(以下単に京阪神土地という)の代表者として、被控訴人に対し約四億円の借入申込みをなしたところ、京阪神土地と被控訴人との間で、(1) 同年八月二三日二億五、〇〇〇万円を限度とする手形取引約定、右額を極度額とする根抵当権設定契約、(2) 同年一一月一五日一億円を限度とする手形取引約定、右額を極度額とする根抵当権設定契約、をいずれも締結した。同時に山田正光は、右契約による京阪神土地の債務について、連帯保証人となることを約し、かつ、右保証債務を担保するため、債務額とほぼ同額の自己の架空名義定期預金をすることを約定した。もつとも、山田は、税務官署から定期預金を捕捉されることを避けるため、正規の質権設定の手続をとることを差し控えてほしい旨申し出た。
かような経過の中で被控訴人は、山田自身から山田の金員で本件預金を受け入れたものである。すなわち、昭和四二年一一月二五日、山田正光司法書士事務所で、被控訴人の職員松尾収が、山田から次の合計八〇〇万円の小切手および現金を受け取り、本件定期預金とした。(1) 額面五〇〇万円、振出日昭和四二年一一月二四日、振出人および支払人株式会社大阪相互銀行神戸支店とする小切手一枚、(2) 額面一二三万円、振出日昭和四二年一一月二五日、振出人山田正光、支払人株式会社第一銀行神戸支店とする小切手一枚、(3) 現金一七七万円。
(三) その際被控訴人は、山田から(1) この預金が山田自身の架空名義定期預金であること、(2) 昭和四二年一一月一五日付手形取引約定書に基く債務について京阪神土地が期限の利益を失つたときは、山田の保証債務と本件預金債権を相殺されても異議ないこと、(3) 本件預金の証書は、いつでも被控訴人に差し出すこと、等の記載ある「証」と題する書面(乙第一〇号証)の差入れを受け、被控訴人と山田正光とは、本件定期預金につき相殺予約をした。
(四) そして被控訴人は、京阪神土地の依頼により、昭和四二年一一月一五日付手形取引約定及び前記相殺予約に基き、昭和四三年二月二九日次の約束手形を割引いた。金額一、一〇〇万円、満期昭和四三年五月三一日、支払地・振出地とも神戸市、支払場所株式会社大和銀行神戸支店、振出日昭和四三年二月三日、振出人樽喜荷造株式会社、受取人兼第一裏書人京阪神土地、被裏書人被控訴人。
(五) ところが山田正光は、昭和四三年四月五日逃亡し、京阪神土地も翌日倒産し、同月一九日銀行取引停止処分を受けた。前記取引約定書によれば、かかる場合京阪神土地は被控訴人に対し直ちに割引手形の買戻しをなすべく、かつその遅延については所定の遅延損害金を支払うべき定めであつた。
(六) そこで被控訴人は、昭和四八年一一月二七日付で山田正光に対し、(1) 前記割引手形の買戻請求権元本一、一〇〇万円についての山田の保証債務と本件定期預金債権元本計八〇〇万円を、また(2) 前記割引手形の買戻請求権一、一〇〇万円に対する昭和四三年六月一日から昭和四八年一一月二七日まで日歩二銭一厘の割合による遅延損害金についての山田の保証債務四六三万三、八六〇円と本件定期預金についての預入日から満期まで年五分五厘の割合、満期の翌日から昭和四八年一一月二七日まで年二分五厘の割合による各利息計一一二万五、二三二円を、相殺した。
(七) 被控訴人としては、善意無過失で、本件定期預金を山田正光の預金として受け入れ、同時にこれにつき相殺予約をなし、右のとおり相殺に及んだのであるから、仮に本件定期預金の預金者が控訴人らであるとしても、民法四七八条の類推適用により、本件預金債権は消滅した。
【理由】
一請求原因事実中、預金債権者を控訴人らとする点を除き、控訴人ら主張の定期預金が被控訴人に対しなされていることは当事者間に争いがない。
二<証拠>によると、次の事実が認められる。
(一) 山田正光は司法書士をする傍ら、宅地の造成分譲を業とする京阪神土地の代表取締役会長であつたが、同社は神戸市内の金融機関と広く取引し、昭和三九年八月神戸支店を開設して同市内に進出してきた被控訴人とは右開設以来頻繁に多額の当座預金等の取引があつたため、被控訴人の信用を得ていた。
(二) 山田は昭和四二年八月頃京阪神土地の代表者として被控訴人(神戸支店担当、以下特に同支店を表示しない。)に対し、同社が神戸市鈴蘭台及び熊内の宅地を造成するための資金として三億ないし四億円の融資を得たい旨申し込み、その担保として同社所有の右土地に抵当権を設定するほか、同社の代表取締役である山田及び高坂政男の二名を保証人とし、更に右借受金とほぼ同額の架空名義の定期預金をし、これをも担保に供することを申し入れた。
被控訴人は山田の右申入について、右架空名義の定期預金に対しては質権を設定して定期預金証書は被控訴人において保管したい意向を示したところ、山田は右預金の資金は不動産の売却代金を表向き圧縮して捻出したいわゆる裏金で税務対策上表立つて使用することができないので、一旦架空名義の預金としこれを担保に融資を受けて正規の事業資金としようとするもので、右預金に質権を設定して右証書を被控訴人が保管し、かつ、被控訴人備付の担保品元帳に記載されると税務署の調査で右預金が容易に発覚する恐れがあり、かつて福徳相互銀行でそのようになつたこともあるから、他の銀行と同様担保にすることを書面で約するが証書は手許で保管し、質権設定には応じられないとのことであつた。
被控訴人は貸付金が多額となるため右定期預金に質権を設定しないでなお担保としてこれを確保する方法について検討し、弁護士北山六郎の意見を徴したうえ、その意見によつて相殺予約形式の書面を作成しておくこととなり、同人に依頼してその趣旨の案文を記載した「証」と題する書面(乙第一〇号証と同じ内容のもの)を作成してもらい、これを一件書類に添付して稟議のため本店に送付し、本店で検討した結果、京阪神土地に対し二億五、〇〇〇万円の貸付をすることなり、数回に分けて実行された。またその後同年一一月一五日更に京阪神土地に対し前同様京阪神土地の土地、定期預金、山田の架空名義預金を担保とし一億円を追加融資することが約され、逐次融資がなされた。
(三) 山田はその頃他の金融機関に対しても金員の借受けを申し込むとともに、藤井昭弘その他に対し同人らの手数料を含め日歩五銭から六銭の裏金利を支払うからとして銀行に預金する者を探し預金を集めることを依頼したので、藤井らは知人や親戚から右趣旨の金を集めて山田に交付した。
山田は右金員から藤井らに対しては手数料を含んだ裏金利を差し引く等して金員を受け取り、出捐者の指定する名義の定期預金をなし、その預金証書を藤井らを通じて出捐者に交付していたが、時には予め藤井らから連絡を受けて、先に定期預金をし、その証書を出捐者に交付する際金員を受領することもあつた。
山田は右の方法で集めた金員を預金するに際し、金融機関に対しては自己の架空名義の預金のように装い、預金名義人は出捐者の指定する名義とするが、住所は適宜定めるか、又は金融機関で然るべく定めるように依頼し、現金又は自己振出の小切手等を交付して定期預金をしたが、その際出捐者からその印鑑を受け取らず、適宜印鑑屋から買つたいわゆる三文判を使用し、右印鑑をそのまま保管し、出捐者には別個の三文判を添えて預金証書を交付するのを常とした。
山田は右預金によつて金融機関の信用を得る一方、金融を受けるに当つては右定期預金を担保に供することとし、これにつき相殺予約をすることにしていたが、被控訴人に対しても右の方法で定期預金を始めたため、被控訴人は山田の経済上の力量を高く証価した。なお山田は右のようにして取引銀行は一三行に及び、その預金高は三〇億円にも及んだ。
(四) 控訴人阿部は藤井を通じて同人の勤務先である日興証券に投資信託をしていたが、同人の勧めでこれを売つて銀行に一〇〇万円の定期預金をすることとなり、昭和四二年一一月二二日頃同控訴人方で藤井が右投資信託の売却代金として持参した現金から九五万円を同人に交付して一〇〇万円の定期預金をすることを依頼し、その際右差額の五万円は銀行の特別利息との名目で先取りすることとなつたので、これを差し引き右交付金額が定められた。
控訴人長井は株式を所有していたが、藤井の勧めでこれを売つて銀行に一〇〇万円の定期預金をすることとなり、同月二三日頃同控訴人方で藤井が右株式の売却代金として持参した現金から九八万円を同人に交付して一〇〇万円の定期預金とすることを依頼し、その際右差額の二万円はいい利息がつくとのことでこれを差し引き右交付金額が定められた。
控訴人西山は藤井を通じて同人の勤務先である日興証券に投資信託をしていたが、同人の勧めでこれを売つて銀行に六〇〇万円の定期預金をすることとしていた。
藤井は控訴人阿部及び同長井から受け取つた前記金員をその頃山田に交付するとともに、依頼のとおり預金者名、預金契約の内容を告げ、また西山からも右同様の依頼を受けている旨告げ、定期預金とすることを依頼した。
(五) 山田は同月二五日被控訴人に対し前記(二)の約定中の同月一五日の一億円の追加融資のため定期預金をしたい旨連絡し、被控訴人から業務係の松尾収が山田の司法書士事務所に赴き同人から本件各定期預金をする旨の申込みを受けてこれを承諾し、被控訴人主張のとおり金額一二三万円の山田振出の小切手一通(乙第一号証)、金額五〇〇万円の大阪相互銀行神戸支店振出の線引小切手一通(乙第二号証)、現金一七七万円の合計八〇〇万円と控訴人らの預金契約上の氏名及び預金額を記載したメモを受け取り、また予め用意して行つた印鑑紙用紙に山田から手渡された控訴人らの姓を刻んだ印鑑を押捺して印鑑紙を作成し、預金者の住所は被控訴人において適当に記載することとして一旦銀行に帰り、これらを定期預金係の福田貢に交付した。福田はこれらを受け取つた後、控訴人西山の住所を被控訴人神戸支店の女子寮の所在地である神戸市須磨区月見山、同長井の住所を同男子寮の所在地である同市垂水区中道、同阿部の住所を適当に選んだ場所(従来電話帳等を参考にしていた)同市長田区梅ケ香(以上三か所いずれも番地なし)と定めたうえ、同人らの印鑑届(印鑑紙)(乙第七ないし第九号証)を完成して入金の手続をし、本件定期預金証書(甲第一ないし第三号証)を作成して松尾に渡し、同人は山田の前記事務所で同人に対し右預金証書を交付した。
山田は本件定期預金をした際、被控訴人に対しその出捐者が控訴人らであることを告げなかつただけでなく、被控訴人の要望によつて、本件定期預金三口がいずれも自己の架空名義の預金であつて預金者は自己であることを確認し、(1)京阪神土地の債務についてなした山田の保証債務と相殺されても異議ないこと、(2)被控訴人の承認なく解約して引き出し、他への譲渡や担保提供をしないこと、(3)引出金をもつて預金とした場合でも相殺されて異議がないこと、(4)預金証書は自己が所持し被控訴人の要求があれば直ちに提出すること、を約した「証」と題する書面一通(乙第一〇号証、前記北山弁護士の案文を記載した用紙に山田が記名捺印したもの)を差し入れた。
(六) 藤井は昭和四二年一一月二五日山田から控訴人ら名義の各定期預金証書と印鑑を受け取つたが、右印鑑は届出印鑑と別個のものが渡された(右は控訴人らが本件預金の払戻を請求するに当り、控訴人西山及び同長井がそれぞれ預金証書(甲第一、第三号証)の裏面に押捺した印影が同人らの被控訴人に対する届出印鑑である印鑑紙(乙第七、第八号証)に押捺されている印影と異なることによつても窺われる)。そこで藤井は控訴人阿部及び同長井に対しそれぞれ各控訴人方で一〇〇万円の定期預金証書一通(甲第二、第三号証)と各人名義の前記印鑑一個あてを交付し、控訴人西山に対しては同控訴人方で六〇〇万円から銀行の特別利息の名目で差し引いた二五万円を除く五七五万円を受け取るのと引換えに六〇〇万円の定期預金証書一通(甲第一号証)と同人名義の前記印鑑一個を交付し、右五七五万円を山田に交付した。右定期預金証書は現に控訴人らがそれぞれ所持しているが、届出にかかる印鑑も、控訴人らに交付された印鑑も、現在その所在は明らかでない。
原審及び当審証人山田正光の各証言中右と牴触する部分は採用できない。
三ところで、無記名定期預金契約において、当該預金の出捐者が、他の者に金銭を交付し無記名定期預金をすることを依頼し、この者が預入行為をした場合、預入行為者が右金銭を横領し自己の預金とする意思で無記名定期預金をしたなどの特段の事情の認められない限り、出捐者をもつて無記名定期預金の預金者と解すべきであることは、最高裁判所の確定した判例(昭和二九年(オ)第四八五号同三二年一二月一九日第一小法廷判決・民集一一巻一三号二二七八頁、昭和三一年(オ)第三七号同三五年三月八日第三小法廷判決・裁判集民事四〇号一七七頁、昭和四一年(オ)第八一五号同四八年三月二七日第三小法廷判決・民集二七巻二号三七六頁)であるところ、この理は、記名式定期預金においても異なるものではない(最高裁昭和五〇年(オ)第五八七号同五三年五月一日第二小法廷判決・裁判集民事一二四号一頁参照)から、預入行為者が出捐者から交付を受けた金銭を横領し自己の預金とする意図で記名式定期預金をしたなどの特段の事情の認められない限り、出捐者をもつて記名式定期預金の預金者と解するのが相当である。
これを本件についてみるに、本件定期預金成立の経緯が前認定のとおりであり、また<証拠>によれば、山田は本件預金成立の日から四か月余を経たに過ぎない昭和四三年四月五日逃亡し、京阪神土地も翌日倒産し、同月一九日銀行取引停止処分を受けたことが認められ、また<証拠>によれば、本件預金成立当時京阪神土地の経営は既に苦しかつたことが認められるけれども、さればとて右各事実関係をもつてしては、山田が控訴人らの出捐した金員を横領して自己のものとする意思で本件預金をなし、右横領の発覚を遷延させる目的で、預金証書に、届け出た印鑑とは異る印鑑を添えて控訴人らに交付したとまで断定することはできない。けだし本件預金当時、京阪神土地は外面的にはなお盛業の状態を保つていたことは前認定から明らかであり、山田としては控訴人らを含む他人の預金を利用して有利に金融を受けられれば(<証拠>によれば、当時の被控訴人の貸出金利は、不動産担保のみの場合は日歩二銭七、八厘、正規の預金担保の場合は日歩一銭六、七厘であるところ、本件の場合は、不動産担保のほかに、乙第一〇号証による相殺予約が存在するので、日歩二銭一厘であつたことが認められる)、必要にして十分な満足が得られた筈だからである。届け出た印鑑とは異る印鑑を控訴人らに交付したのは、裏金利を支払つた以上控訴人らに中途解約を許すまいとする山田の意図の現われと解することができる。また前認定のとおり、預金元本全額が控訴人らの出捐によるものではないが、その差額は、山田において控訴人らのために立替払をしたと解するのが相当である。してみると本件各定期預金の預金者は控訴人らである。
四そこで被控訴人の相殺の抗弁について審究する。
前記二の(二)及び(五)の事実からすると、昭和四二年一一月二五日被控訴人は山田と、本件各定期預金の預金者を山田と認めたうえ、右預金債権を受働債権とし、同月一五日付一億円の追加融資約定に基き発生すべき貸金債権(債務者京阪神土地)の連帯保証債権(債務者山田)を自働債権として、相殺予約をなしたものと解される。
ところで銀行が、定期預金につき真実の預金者と異る者を預金者と認定してこの者に対し右預金と相殺する予定のもとに貸付をし、その後右の相殺をする場合については、民法四七八条の類推適用があるものと解すべきところ(前掲昭和四八年三月二七日最高裁第三小法廷判決参照)、この場合において貸付を受ける者が定期預金債権の準占有者であるというためには、原則として、その者が預金証書及び当該預金につき銀行に届け出た印鑑を所持することを要するものと解すべきであり(前掲昭和五三年五月一日最高裁第二小法廷判決参照)、右所持の時期は具体的な貸付の時であると解するのが相当であつて、このことは、預金の預入と同時に相殺予約がなされ、その後に貸付があつた場合であつても変りはないというべきである。
これを本件についてみるに、被控訴人は、昭和四三年二月二九日前記手形取引約定(一億円分)及び相殺予約に基き京阪神土地から樽喜荷造株式会社振出にかかる金額一、一〇〇万円の約束手形を割引くことによつて金員を貸付け自働債権を取得したと主張するのであるが(事実欄三の(四))、その際山田正光が本件各定期預金証書及び届出印鑑を所持していたこと並びに被控訴人においてこの事実を確めたことについては、立証がない。そして当時本件各定期預金債権の準占有者が山田であることを認めさせるに足るその余の事実関係としては、前記二の事実をもつてしては十分とはいえず、他に立証は存しない。(因に本件預金預入の頃、山田は、被控訴人に対し、本件預金の原資は、造成地売却に際して生ずる圧縮された価格部分であると説明したというのであるが、京阪神土地の造成地の売却状況につき被控訴人がどのような調査・認識をなしたかについては立証を欠くのに、京阪神土地ないし山田がたやすく数億円の自己資金を預金原資として用意することができると信じたとする原当審証人森本道朗、原審証人松尾収(いずれも被控訴人の係員)の各証言部分は、にわかに信用し難く、仮に同人らがそのように信じたとしても、そのように信ずるにつき過失があつたというべきである。)
してみると被控訴人の相殺予約については民法四七八条の保護は与えられないから、その相殺の抗弁は、その余の点につき審究するまでもなく失当である。
五してみると被控訴人は、控訴人西山に対し、定期預金元本六〇〇万円及びこれに対する預入日の翌日であつて右控訴人の求める昭和四二年一一月二六日から満期である昭和四三年一一月二五日まで年五分五厘の割合による利息、同月二六日から本件訴状送達による請求到達の日であることが記録上明らかな昭和四四年一月三〇日まで年二分五厘の割合による利息(<証拠>を綜合すると、本件各定期預金については満期後年二分五厘の割合による利息を付する約定であることが認められ、右利率は請求の日にまで及ぶ趣旨であると解するのが相当である)、同月三一日から支払の済むまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務がある。
次に被控訴人は、控訴人阿部に対し、定期預金元本一〇〇万円及びこれに対する預入日である昭和四二年一一月二五日から満期である昭和四三年一一月二五日まで年五分五厘の割合による利息、同月二六日から本件訴状送達による請求到達の日であることが記録上明らかな昭和四四年九月一七日まで年二分五厘の割合による利息、同月一八日から支払の済むまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務がある。
次に被控訴人は、控訴人長井に対し、定期預金元本一〇〇万円及びこれに対する預入日である昭和四二年一一月二五日から満期である昭和四三年一一月二五日まで年五分五厘の割合による利息、同月二六日から本件訴状送達による請求到達の日であることが記録上明らかな昭和四六年一月一六日まで年二分五厘の割合による利息、同月一七日から支払の済むまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務がある。
そうすると控訴人らの請求は右の限度において正当であり、その余は失当というべきところ、原判決の結論はこれと異るから原判決を変更することとし、民訴法八九条、九二条但書、九六条、一九六条に則り主文のとおり判決する。
(乾達彦 青木敏行 馬渕勉)