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大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)787号 判決 1982年11月24日

控訴人 株式会社阪神相互銀行

被控訴人 沢二郎

主文

本件控訴を棄却する。

差戻前及び差戻後の控訴審ならびに上告審の費用は全部控訴人の負担とする。

控訴人において金三、五〇〇万円の担保を供するときは原判決の仮執行を免れることができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

控訴人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び予備的に「原判決を取消す。被控訴人の訴を却下する。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者の主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおり(ただし、原判決三枚目表五行目の「別表三記載」を「別表三(1) ないし(15)及び(17)記載」と、同一一行目の「別表三の(1) ないし(16)記載」を「別表三の(1) ないし(15)及び(17)記載」と、同三枚目裏八行目の「同二の事実」を「同(二)の事実」と、同四枚目表一一行目の「京阪地土地」を「京阪神土地」と、同一七枚目別表三(7) の「印里」を「卯里」と、一九枚目(別紙)四行目の「知恣」を「知悉」とそれぞれ訂正する。)であるから、これを引用する。

1  控訴人の主張

(一)  本件第一回預金については、当時訴外山田正光は、自己の預金と言明していたところ、同人は原審証人として同人が被控訴人先代勇一を代理して控訴人へ預け入れ、払戻しを受けたものと証言するに至つたが、山田は満期に払戻しを受けた預金を第二回預金になすべく亡勇一から委託されたにもかかわらず、これを横領したもので第二回預金は控訴人が訴外京阪神土地株式会社へ手形貸付した九〇〇〇万円の内金八〇〇〇万円と山田出捐にかかる一〇〇〇万円により形成されたものであり、第三回預金は右第二回預金の一部を払渡した残金六五〇〇万円を書替え継続したものであるから、右各第二回、第三回預金の内には亡勇一及び被控訴人からの出捐にかかる金銭は一銭も混入されていない。右事実からすれば、本件第二回預金契約は山田と控訴人との間に成立したことが明らかで、亡勇一ないし被控訴人と控訴人との間には預金関係は発生しなかつたものとみるべきであるから、被控訴人は亡勇一の相続人として第二回及び書替え継続された第三回預金の預金債権者となることはできなかつたのである。

(二)  仮に、山田が第一回預金を継続する意思を有していたとしても、右山田の意思は控訴人の知ることのできない心裡留保にすぎないから無効であるばかりか、一方山田は控訴人からの手形貸付金により現実に第二回預金を形成させているのであるから、被控訴人が右第二回預金を取得しようとするならば、該定期預金債権の譲渡を受けねばならない。しかるに該定期預金債権は、控訴人の根担保の対象となつていて、債務者京阪神土地及び連帯保証人山田が債務を完済しない限り、第二回預金を亡勇一のものとすることはできず、また右定期預金債権には譲渡禁止の特約があるので、もし山田が右預金債権を被控訴人に譲渡していても、該譲渡行為は控訴人の承認を得ていないから無効である。なお、定期預金証書に基づく債権は指名債権であつて動産ではなく、また右証書は商法第五一九条にいわゆる「金銭其他ノ物又ハ有価証券ノ給付ヲ目的トスル有価証券」でもないから、被控訴人において単に証書の占有を続けていても、本件定期預金債権を即時取得する余地はない。

(三)  控訴人は手形貸付により貸付けた金九〇〇〇万円の残金六〇〇〇万円の支払が遅滞したため、これを回収すべく昭和四三年一二月一九日債務者会社の更生管財人野沢幸三郎及び連帯保証人山田に対し右債権の担保として残存する債務者会社の本件第三回定期預金債権残金六五〇〇万円に対して相殺の意思表示をなし、元利金清算のうえ残余金四七六万一六六一円を右管財人へ決済したが、山田からこれに対してはなんら異議の申出もなかつた。本件預金債権は右相殺及び支払により消滅したものである。

(四)  本件係争預金は、昭和四六年一〇月三〇日大阪国税局長より、控訴人を第三債務者とし、預金者である被控訴人に対し、相続税の滞納処分として差押えられており、被控訴人はその取立権能を有しない。したがつて、仮に、被控訴人が本件定期預金の債権者であるとしても、本件訴は不適法であるから、これが却下を求める。

(五)  かりに本件預金の預金者が被控訴人であるとしても、訴外山田は第一回預金、第二回預金、本件預金のいずれについても控訴人の担当者に対して自己の預金であると明示して預金行為をなしているものであり、このことは山田が亡沢勇一及び被控訴人の金員を横領する意思の発現に外ならないのであつて、山田が預金手続を了した時点で横領行為は成立し、その後の行為は山田が自己の犯罪行為を隠すための手段にすぎない。とくに本件預金については、被控訴人が届出印であるとして控訴人方に持参し、あるいは本件が原審に係属した初期において被控訴人が示した印鑑は、真実の届出印と異なつていたものであるから、架空人名義が各回定期預金とも殆んど異なつていることをも考え合わせると、訴外山田は本件預金の届出印を被控訴人に交付していなかつたものと推認され、本件預金に関して山田の横領の意思がさらに強く現われている。

(六)  またかりに本件預金の預金者が被控訴人であるとしても、控訴人としては訴外山田が自己の預金として預金手続をしたからこそ訴外京阪神土地に対し多額の貸付をなしたものであるところ、亡勇一あるいは被控訴人はその事情を知りかつ山田が貸付を受けるため自己の預金と偽つて預金することを知りながら、山田に加担して不法に貸付を受けたものであるから、亡勇一あるいは被控訴人の預金は不法原因にもとづくものとしてその返還請求をなしえない。

(七)  さらにかりに本件預金の預金者が被控訴人であるとしても、本件預金も控訴人において貸付金との相殺を予定して包括根質権を設定していたものであり、貸付時においては訴外山田は本件定期預金証書及び用意していた届出印を所持し、そのうえ念書(乙第三号証の一)まで差入れる等していたものであるから、その後において控訴人から山田に対してなされた相殺は、債権の準占有者に対する弁済に関する民法四七八条の類推適用により有効というべきである。

2  控訴人の主張に対する認否と被控訴人の主張

(一)  控訴人の主張(一)ないし(三)はいずれも争う。

本件預金の資金源が、京阪神土地又は山田正光であるとの控訴人主張は虚偽仮装にすぎない。定期預金債権が指名債権であり、また預金債権は銀行の承諾がなければ譲渡・質入等できないことは控訴人主張のとおりであるが、被控訴人は本件預金債権者が被控訴人であることを主張しているのであり、預金債権者が山田であることを前提とする控訴人の主張はすべてあたらない。

(二)  控訴人の主張(四)のうち国税局が本件預金債権を差押えていることは認めるが、その主張は争う。

国税徴収法による差押の効力は、債務者の現実の取立ないし処分を禁ずるものであるにとどまり、第三債務者に対して給付の訴を提起することまでを禁ずるものではない。被控訴人が控訴人に対して求める給付の訴は、差押債権者の権利をなんら害するものではないし、差押の効力に影響を及ぼすことはない。

(三)  控訴人の主張(五)の主張事実は争う。

同(六)、(七)の主張は、いずれも差戻前の当審において控訴人がなんら主張していなかつたものであり、時機に後れたものであることが明らかであるから却下を求める。

3  証拠関係<省略>

理由

一  原判決別表三の(1) ないし(15)、(17)の控訴人に対する記名式定期預金がなされたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一ないし第三号証の各一、二、同第七ないし第一九号証の各一、二、同第三七号証の一ないし一〇、同第三八号証の一ないし一九、乙第九号証の一ないし二九、同第一〇号証の一ないし一七、同第一一号証の三ないし五、同第二二号証の一ないし二九、公証人作成部分の成立に争いがなく、その余の部分について原審証人佐藤朗の証言(第一回)によつて成立の認められる乙第一号証の一ないし三〇、公証人作成部分の成立に争いがなく、その余の部分について原審証人佐藤朗、同川辺俊彦(いずれも第一回)によつて成立の認められる乙第二号証の一ないし一八、同第三号証の一ないし六、原審証人川辺俊彦の証言(第一回)によつて成立の認められる乙第三号証の七ないし二三、同第四号証の一ないし三、同第五号証の一ないし五、同第六号証の一ないし二八、同号証の二九の一、二、同第七号証の一ないし三八、原審証人佐藤朗の証言(第一回)によつて成立の認められる乙第八号証、原審証人川辺俊彦(第一、二回)、同山田正光、原審(第一、二回)及び差戻前の当審証人佐藤朗の各証言によれば、次の事実を認めることができる。

1  訴外山田正光は、神戸市内で司法書士を開業するとともに不動産業を営業目的とする京阪神土地の経営者でもあつたが、昭和四二年一月中旬ごろから控訴人本店との取引をするようになつた。そして山田は右京阪神土地の営業資金約一億円の融資を受けるにあたり、京阪神土地の一〇〇〇万円の定期預金及び京阪神土地所有の土地を正式に担保に供するほか、九〇〇〇万円の定期預金をしてこれをも担保に供することになつた。そこで山田は、かねて知合いの金融業を営んでいた被控訴人の実父亡沢勇一(昭和四二年一二月五日死亡)に対し、日歩四銭の有利な金利の支払いをなすことを条件に右定期預金をしてほしい旨申入れ、亡勇一はこれを承諾し、同年二月上旬ごろ、控訴人に対する自己の定期預金とする意思で山田に金九〇〇〇万円を交付した。(控訴人は右九〇〇〇万円の交付は人証のみで裏付がないから認められないというが採用し難い。)山田は右資金をいつたん同人もしくは京阪神土地その他の当座預金口座に預け入れた後、同月九日、同月一〇日に山田振出の金額一〇〇〇万円・支払人三井銀行兵庫支店の小切手各一通により、同月一三日北神開発株式会社振出の金額一〇〇〇万円・支払人福徳相互銀行神戸西支店の小切手により、同月一五日京阪神土地振出の金額一〇〇〇万円・支払人幸福相互銀行神戸支店の小切手により、同月一六日現金二五〇〇万円、同月一八日現金一五〇〇万円により、同月二〇日北神開発振出の金額一〇〇〇万円・支払人福徳相互銀行神戸西支店の小切手により、亡勇一から右交付を受けた金員を控訴人係員に交付し、原判決添付別表一記載の架空人名義による第一回定期預金(預金額合計金九〇〇〇万円)をした。右預金に際しては、山田は手元に用意した有合わせ印を届出印として係員に交付し、右印形に応じた適当な架空人を預金名義人とし、預金手続を依頼したが、その預入にあたり、山田は預金受入れ事務を担当した控訴人銀行行員に対し、右預金の出捐者が勇一であることを告げず、むしろ山田であるが如き言動をした。そして京阪神土地の控訴人に対する債務の根担保とするため前記届出印を使用して債務者京阪神土地及び担保提供者右各架空人名義の担保品差入証と題する書面(乙第一号証の二ないし三〇)を作成し、定期預金証書を差入れ包括根質権の設定手続が行われた。右預金については山田から対税上の必要から預金証書を自己の手元で保管させて欲しい旨の申出がなされ、控訴人は山田から同年二月二三日山田作成名義の「上記定期預金(第一回預金)は私の預金に相違ありません。なお今般貴行に担保差入中のものでありますが、都合により預金証書は私が預りましたが、貴行の必要なときは何時でも返戻いたします。」と記載した念書(乙第一号証の一)を提出させてこれに応じたうえ、京阪神土地に対し、そのころ右預金額に相当する九〇〇〇万円の手形貸付を実行した。山田は質権設定手続を終えて返還された定期預金証書二九通及びこれに用いた届出印形を亡勇一に交付し、亡勇一はこれを手元に保管していた。

2  山田は、控訴人から昭和四二年八月一四日第一回預金の九〇〇〇万円の払戻を受けた(但し八月一四日当時原判決添付別表一記載の(1) ないし(10)の預金合計三〇〇〇万円は既に満期が到来していたが、その余の六〇〇〇万円については満期未到来であつたため、その各預金名義人を借主として山田に貸付金が払出され、各満期到来と同時にその払戻金六〇〇〇万円と右貸付金とを相殺して決済された)。山田は右第一回預金の払戻を受ける前の同年八月九日、同月一〇日、同月一一日の三回にわたつて控訴人に対し原判決添付別表二記載の各架空人名義による第二回定期預金(預金額合計九〇〇〇万円)の預入行為をなした。右第二回預金は、控訴人が京阪神土地に対して同年八月一〇日及び同月一一日の二回にわたつて貸付けた合計九〇〇〇万円の内金八〇〇〇万円を控訴人における山田個人の預金口座に振替え入金させ、さらに山田が用意した別口の一〇〇〇万円の金員をも右口座に入金したうえ、これにより第一回預金と同じく手元に用意した有合わせ印を届出印として控訴人銀行行員に交付し、右印形に応じた適当な架空人を預金名義人として第二回預金手続を依頼したが、その預入にあたり山田は預金受入事務を担当した控訴人銀行行員に対し、第一回預金の際と同じく山田が右預金の預金者であるが如き言動をした。そして第一回預金の際と同様京阪神土地の控訴人に対する債務の根担保として前記届出印を使用して債務者京阪神土地及び担保提供者右各架空人名義の担保品差入証と題する書面(乙第二号証の二ないし一八)を作成し、定期預金証書を差入れ、包括根質権の設定手続が行われ、預金証書は山田の希望により第一回預金と同じ内容の念書(乙第二号証の一)を提出させてこれに応じた。山田は質権設定手続を終えて返還された定期預金証書一七通及びこれに用いた届出印形を亡勇一に交付し、亡勇一はこれを手元に保管していた。

3  亡勇一は右第二回預金の満期前である昭和四二年一二月五日に死亡した。その後山田は右第二回預金については預金証書を控訴人に交付し、内二〇〇〇万円の払戻しを受け、内七、〇〇〇万円についてはいわゆる出納振替により、原判決添付別表三の第三回預金(以下本件預金という)に書替え継続したが、名義は山田が手元に用意した有合わせ印を届出印として係員に交付し、右印形に応じた架空人を預金名義人として本件預金手続を控訴人銀行係員に依頼した。そして右預金(但し別表三の17の筧武夫は日時の点から省かれている。)についても前同様京阪神土地に対する債務の根担保とするため前記届出印を使用して債務者京阪神土地及び担保提供者右架空人名義の担保品差入証と題する書面(乙第三号証の二ないし六)を作成し定期預金証書を差入れ包括根質権設定手続が行われ、前同様の念書(乙第三号証の一、ただし「貴行と同社(京阪神土地)との取引約定書に基き、上記預金を、私に通知又は承諾なくして、貴行の意思で随時相殺されても私は貴行に対し何等異議申し上げません。」と付加されている)を提出させたうえ、預金証書は山田から亡勇一の相続人である被控訴人に交付された。(なお被控訴人が本件預金の架空人名義の届出印鑑を所持していたかどうかについては証拠上必ずしも明らかではないが、被控訴人が自己の預金であると申出た際に所持していた印形が届出の印鑑と異なつていた後記4の事実によつてみれば、被控訴人が本件預金の届出印鑑を所持していなかつたものと推認することができる。)

4  京阪神土地は昭和四三年四月に倒産したが、倒産後の同年五月二一日に被控訴人が始めて控訴人本店に赴むき自己の預金であることを告げたが、その際被控訴人が所持していた印形は届出印鑑と異つていた。

以上の事実を認めることができる。

二1  ところで無記名定期預金契約において、当該預金の出捐者が、他の者に金銭を交付し無記名定期預金をすることを依頼し、この者が預入行為をした場合、預入行為者が右金銭を横領し自己の預金とする意思で無記名定期預金をしたなどの特段の事情の認められない限り、出捐者をもつて無記名定期預金の預金者と解すべきであることは最高裁判所の確定した判例であるところ、この理は架空人名義を使用した記名式定期預金の場合も実質的には無記名定期預金におけると選ぶところはないのであるから妥当するものというべく、預入行為者が出捐者から交付を受けた金銭を横領し自己の預金とする意図で記名式定期預金をしたなどの特段の事情の認められない限り、出捐者をもつて記名式定期預金の預金者と解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、前記一の認定事実によれば、第一、二回預金及び本件預金の出捐者が被控訴人主張のとおり亡勇一であることが明らかというべきである(なお第二回預金が第一回預金の書替預金であり亡勇一の出捐にかかる預金であつて山田の出捐によるものとみるべきではないことは原判決の一〇枚目表四行目から同一一枚目裏四行目までに説示のとおりであるからこれを引用する)。

控訴人は、訴外山田が亡勇一及び被控訴人の金銭を横領する意思があつたと主張し、その理由として山田が第一回預金、第二回預金、本件預金のいずれについても預金者が自己であることを示して預金手続をなしたことは横領の意思の発現に外ならないし、山田が本件預金の届出印を被控訴人に交付していなかつたことに山田の横領の意思が強く現われていると主張する。しかし前記一の認定事実によれば、山田が控訴人銀行の係員に対し、第一、二回預金及び本件預金について、預金者は自己であることを示して預金手続をしたというものではあるが、しかし山田は本件分を含む各定期預金証書を勇一ないし被控訴人に交付していたものであり、届出印鑑も勇一に交付したこともあるのであるから、かかる事実に照せば、山田が勇一の出捐した金銭についてその支配を排してこれを横領し自己の預金とする意思を有していたとまでみることはできない。また前記認定したとおり京阪神土地倒産後の昭和四三年五月二一日に被控訴人が始めて控訴人本店に赴むき自己の預金であることを告げた際に所持していた印形が届出印鑑と違つていたことや、原審に係属した初期に被控訴人が示した印鑑が届出の印鑑と異なつていたことが認められ、右事実は山田が被控訴人に本件預金証書を交付した際、使用した架空人名義の印形を交付しなかつたことを推測させるが右事実をもつてしても未だ山田に横領の意思を認めるに足りないというのほかはない。その他山田が勇一の出捐した金銭をその支配を排してこれを横領し自己の預金とする意思を有していたものとみるべき特段の事情についてこれを認めるに足りる事実は存しないし、差戻後の当審においても右の外具体的な主張立証はない。

2  成立に争いのない甲第四、五号証、同第四〇号証の一ないし三によれば、昭和四二年一二月五日に死亡した勇一の相続人は被控訴人のほか訴外沢壹子、同沢トシ子、同沢豊子、同沢正市の五名であつて同人らが勇一の遺産を共同相続したものであることが認められる。したがつて本件各定期預金は前記五名の共同相続人の共有となつたものというべきところ、前記甲第四号証によると、右共同相続人間で昭和四三年五月一〇日右預金について分割の協議をした結果、被控訴人が単独でこれを取得することとなつたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

3  したがつて、本件預金の預金者は訴外山田ではなく出捐者たる亡勇一ないしその相続人たる被控訴人であり、本件預金は被控訴人に帰属するものといわなければならない。

三  控訴人の当審における主張(一)ないし(三)について

第二回預金及び本件預金の出捐者が山田であるとする控訴人の主張事実を採用できないことは前記一に説示のとおりであるから、本件預金の預金者が訴外山田であることを前提とする控訴人の当審における(一)、(二)の主張はいずれも採用の余地がない。

さらに控訴人が京阪神土地に対する手形貸付金の支払遅滞を理由に昭和四三年一二月一九日に京阪神土地の更生管財人及び訴外山田に対し、本件預金債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことにより本件預金債権が消滅している旨の主張も、本件預金債権が被控訴人に帰属し山田に帰属するものでないこと前記一に認定のとおりであり、山田が相殺の意思表示についてなんら異議の申立をしなかつたからといつて被控訴人の本件預金債権が消滅する理由となるものではないから、控訴人の当審における(三)の主張も理由がない。

四  次に控訴人は、本件預金について大阪国税局が控訴人を第三債務者として滞納処分として差押えているから、被控訴人が控訴人に対して求める給付の訴は不適法であると主張する。

よつて案ずるに、大阪国税局の徴収職員が本件預金債権を滞納処分として差押えていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一六号証によれば、大阪国税局が被控訴人、訴外沢トシ子、同沢壹子の、いずれも昭和四三年度相続税、納期限昭和四六年七月二日(被控訴人については本税六、九九八万二、五〇〇円、加算税一五万三、四〇〇円、延滞税未算、訴外沢トシ子については本税七、〇二八万三、三〇〇円、加算税一四万九、九〇〇円、延滞税未算、訴外沢壹子については本税七、〇一三万三、三〇〇円、加算税一五万四、九〇〇円、延滞税未算)の各滞納国税及び滞納処分費徴収のため被控訴人、訴外沢トシ子、同沢壹子が控訴人に対して有する本件預金支払請求権を差押えていることが認められ、右認定を左右する証拠はない。

ところで、債権が差押えられた場合に差押債務者は第三債務者に対し給付訴訟を提起しこれを追行する権限を失うものではなく、無条件の勝訴判決を得ることができると解すべきである。けだし、債権の差押の目的は差押債務者が取立、譲渡等の処分をなすことを禁ずるにあり、差押債務者が右禁止に反する行為をしても差押債権者に対抗しえないことを意味するにとどまるものであるから、差押の効力はその目的の限度において認められるのであり、それ以上に差押債務者の行為を制限するものと解すべきではないからである。このことは仮差押の場合について最高裁判所が昭和四八年三月一三日判決(民集二七巻二号三四四頁)に判示するところであるが、仮差押の場合と差押の場合とを別異に解する理由はない。

してみれば被控訴人が控訴人に対し本件預金債権の給付を求める本件訴訟が不適法とすることはできず、この点についての控訴人の主張も失当というべきである。

五1  控訴人は、本件預金の預金者が被控訴人であるとしても、(1) 右預金は不法原因にもとづくものであるから返還請求ができないとし、(2) さらに控訴人が訴外山田に対してなした相殺が債権の準占有者に対する弁済として有効であると主張するところ、被控訴人は、右の主張は時機に後れた抗弁であるから民事訴訟法一三九条一項により却下されるべきである旨申立てるので、以下この点について検討するに、上告審判決の判断が差戻を受けた裁判所を拘束する効力は、右の破棄の理由となつた範囲でのみ生ずるものであり、原裁判所は差戻後といえども差戻前の審理に引きつづいてなお事件全般にわたつて事実の審理をなしうるものであるが、差戻後、当事者が提出した攻撃防禦方法が民事訴訟法一三九条にいわゆる時機に後れたものであるかどうかは、第一審以来の訴訟手続の経過を通観してこれを判断すべく、しかも時機に後れて提出したことが当事者の故意又は重大な過失に基づき、かつ訴訟の完結を遅延せしめる結果を招来する場合にはこれを却下しうるものと解すべきである。記録によれば、被控訴人が控訴人を相手取り原審神戸地方裁判所に被控訴人主張の本件預金の支払を求める訴を提起し、同裁判所において遅延損害金の請求の一部を除き被控訴人の請求を認容する旨の判決があり、これに対し控訴人から大阪高等裁判所に控訴の提起があり、その結果差戻前の同裁判所は本件預金の預金者が訴外山田であると判断し、原判決の控訴人敗訴部分を取消し被控訴人の請求を棄却したが、被控訴人はこの判決の全部破棄を求め最高裁判所に上告したところ、最高裁判所は原判決を破棄して本件を大阪高等裁判所に差戻す旨の判決をなし、事件は再び当裁判所に係属するにいたつたことが明らかである。しかして最高裁判所が差戻前の当裁判所の判決を破棄差戻した理由とするところは、預入行為者が出捐者から交付を受けた金銭を横領し自己の預金とする意図で記名式定期預金をしたなどの特段の事情の認められない限り、出捐者をもつて記名式定期預金の預金者と解するのが相当であるとしたうえ、右の特段の事情があるかどうか等について審理を尽すべきものというにあるところ、控訴人の当審における新たな主張はいずれも差戻後の当審において始めてなされた主張であつて時機に後れた攻撃防禦方法に該当することが明らかである。のみならず右主張の提出が時機に後れたことについて控訴人に故意か少なくとも重大な過失が存することは明白というべきである。すなわち控訴人は第一審判決が本件預金の預金者が被控訴人であつて山田ではないとして控訴人に対し本件預金の返還を命じているにもかかわらず、差戻前の控訴審においても本件預金について国税局の差押が存することを理由として本件給付の訴が不適法であると主張する外は、本件預金の預金者が山田であつて被控訴人ではないことを詳細に繰り返えし主張することに終始し、本件預金契約の不法性、反社会性についてはもとより、金融機関としての表見信頼の保護に関するなんらの主張もなしていないのであつて(因みに原審及び差戻前の控訴審において控訴人が昭和四三年一二月一九日付相殺の意思表示により本件預金が決済ずみであるとの主張が表見信頼の保護の主張をなすものとみることができないこというまでもない)、かかる訴訟の審理経過に徴してみると、法律知識の不十分な当事者本人の訴訟ならば知らず、弁護士である控訴人訴訟代理人においてたとえ真の預金者が山田であるとの主張のみで勝訴しうると信じていたとしても、当審における前記の新しい主張が時機に後れたことについて故意か少なくとも重大な過失が存するといわなければならない。控訴人は右の新しい主張を立証するために人証を申請するものであるが、右主張を許容すれば、被控訴人における答弁及び反証にさらに相当の審理期間を要することとなり、かくては訴訟の完結が著しく遅延するにいたることが明らかである。

してみれば、控訴人の前記(1) 、(2) の主張は民事訴訟法一三九条に照して許されず時機に後れた攻撃防禦方法として却下すべきものである。

六  以上の次第であるから、控訴人が被控訴人に対し本件預金合計金六、五〇〇万円及び内金六、一五〇万円に対する昭和四三年三月二〇日から同年九月一九日まで、内金三五〇万円に対する昭和四三年三月二三日から同年九月二二日まで各年五分の割合による約定利息、および遅延損害金について金六、五〇〇万円の内金一、〇九〇万円に対する昭和四三年九月二〇日から、内金五、四一〇万円に対する昭和四五年九月二三日から各完済にいたるまで商法所定年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり(なお、被控訴人の求める請求のうち遅延損害金の請求の一部を失当とすべきことについての原判決の説示は正当というべきである。)、これと同旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから棄却すべく、差戻前及び差戻後の控訴審の費用及び上告審の費用の負担について民事訴訟法九六条、九五条、八九条を適用し、なお同法一九六条を適用して職権をもつて担保を供して原判決の仮執行を免れることを得べきことを宣言することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 今富滋 西池季彦 亀岡幹雄)

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