大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)99号 判決 1983年4月27日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一、控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。
なお被控訴代理人は、当審において、請求の趣旨を「控訴人は被控訴人に対し二三〇〇万円及びこれに対する昭和五五年六月一二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。」と減縮した。
二、当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
1. 原判決の付加、訂正
(一) 原判決四枚目表九行目冒頭の「これに対する」の次に「本件訴状が控訴人に送達された日の翌日である昭和五五年六月一二日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による」を加える。
(二) 同五枚目裏八行目冒頭の「約束手形」を削除し、同行の「手形割引」の次に「手形貸付若しくは証書貸付」を加える。
(三) 同六枚目表一行目の「F」を「A」と改め、行を改めて「(ただしF振出しの手形を担保とする手形貸付)」を加える。
(四) 同六枚目表三行目の「同年一〇月二五日」を「定めなし」と改め、同行の「C」を削除し、行を改めて「(ただしC振出しの手形を担保とするAに対する普通貸付。被控訴人がその債務の連帯保証をした。)」を加える。
(五) 同六枚目表六行目の「Aから右」の次に「手形」を、同行の「割引金」の次に「及び貸付金」を各加え、八行目の「話し合い」を「準消費貸借契約」と改め、八行目の「連帯保証をした。」の次に「Aはその後の同年一一月二日額面金額三〇〇〇万円の約束手形一通(乙第一号証)を振り出し、被控訴人が右手形の連帯保証をしたうえ、右手形を控訴人に交付した。」を加える。
(六) 同六枚目表末行の「保障」を「保証」と改める。
(七) 同七枚目表六行目の冒頭「甲第一」の次に「号証」を、同行の「第二」の次に「号証」を、同行の「第三」の次に「号証」を、同行の「第四」の次に「号証」を、同七枚目裏一行目の「第一一」の次に「号証」を各加える。
(八) 同七枚目裏九行目の「第三」の次に「号証」を、同行の「第四」の次に「号証」を各加える。
2. 控訴人の主張
(一) 質権の設定
Aは、昭和五二年一一月ころ控訴人に対する三〇〇〇万円の債務を担保するため、同人が三井生命保険相互会社に対して有する保険契約上の権利に質権を設定し、そのころ控訴人に対し、生命保険証券(乙第四号証)を交付した。
(二) 保険金受取人の指定の変更
仮にそうでないとしても、Aは昭和五三年三月、右質権を設定し、保険証券とともに保険金受取人の指定を被控訴人から控訴人に変更する旨の書面(乙第三号証)を控訴人に交付した。
(三) 不当利得の不存在
控訴人は本件払戻しを受けた後、被控訴人に対し、Aの債務の内金の領収である趣旨を明記した領収書を交付し、同時に控訴人のAに対する債権証書である額面金額三〇〇〇万円の約束手形を交付した。したがって控訴人は、Aに対する債権証書を所持しておらず、同人の相続人に対し債権回収の手段を失うに至っており、控訴人には不当利得は存在しない。
(四) 本件連帯保証契約締結にあたってのAに対する被控訴人の代理権授与
(1) 控訴人は昭和五二年七月二六日Aに対し、五〇〇万円を貸し渡し、また同年一一月二日Aとの間で、三〇〇〇万円の債務につき、準消費貸借契約を締結したが、Aはそれぞれ被控訴人の代理人として、右各債務につき控訴人と連帯保証契約をした。
被控訴人は、昭和五一年七月ころからAに対し、自己の実印を交付し、自己の事実上及び法律上の行為を委せていたものであり、右連帯保証契約の締結についても、被控訴人はAに対し、代理権を授与していた。
(2) 仮に被控訴人がAに対し、右連帯保証契約締結の代理権を授与していなかったとしても、① 被控訴人は、昭和五一年七月一九日Aの控訴人に対する債務を担保するため、自己所有の建物につき、根抵当権設定登記手続等をするに要する印鑑証明書の交付を受ける代理権をAに授与するとともに、自己の印鑑を交付し、同時に控訴人との間の同年同月二〇日付根抵当権設定契約及び同日付代物弁済予約の締結及びこれらを原因とする根抵当権設定登記、所有権移転請求権仮登記手続をする代理権を授与し、② 同年一〇月二六日、控訴人との同日付解除を原因とする右登記及び仮登記の各抹消登記手続をするにつき、その代理権をAに授与し、自己の印鑑を同人に交付し、③ 更に被控訴人は、同日Kに対するAの債務を担保するため、右建物について、所有権移転登記手続に要する印鑑証明書の交付を受ける代理権をAに授与するとともに、自己の印鑑を交付し、同時にKとの間に、同年同月二九日付譲渡担保契約の締結及び右所有権移転登記手続をする代理権を、Aに授与した。
控訴人は、Aにおいて、被控訴人を代理して、連帯保証契約を締結する権限が授与されていると信じ、そう信じるについて正当な理由があった。したがって被控訴人は、連帯保証人としての責任がある。
3. 控訴人の主張に対する被控訴人の認否
争う。
4. 証拠関係<省略>
理由
一、当裁判所も、当審における控訴人の新たな主張及び双方の証拠を加え、さらに審究するも、なお被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、原判決が認容した限度において正当としてこれを認容し、その余は棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。
1. 原判決の付加、訂正
(一) 原判決八枚目表七行目の「甲第二号証の一、二」の次に「、当審証人Iの証言」を加える。
(二) 同一〇枚目表四行目冒頭の「成立に争いのない」の前に「乙第一号証の存在、」を加え、六行目冒頭の「第一、」を削除し、同行の「第三号証」の次に「、当審証人Iの証言」を加える。
(三) 同一〇枚目裏一行目末尾の「ものであるが、」の次に「後記のとおり、」を、二行目の「署名」の次に「及び捺印」を、七行目の「保険外交員」の次に「I」を各加える。
(四) 同一一枚目裏二行目の「不自然である。」の次に「ところで控訴人は、当審における本人尋問において、右供述の内容を変え、乙第一〇号証の手形については、これを担保として、A振出しの乙第一四号証の手形により、Aに対し手形貸付をしたものであり、また乙第一三号証の手形については、これを担保として、乙第一五号証の一の連帯借用証書により、Aに対し、五〇〇万円の普通の貸付をしたものである旨供述する。しかしながら、乙第一〇号証及び同第一四号証の各手形の振出日は、いずれも昭和五二年八月三〇日であるが、その満期日は、後者が同年一〇月三〇日であるのに対し、前者は昭和五四年八月二一日であって、かかる手形を担保として、後者の手形により貸付をすることは不自然であるのみならず、同第一〇号証の手形は、Fが振り出し、受取人Hが直接控訴人を被裏書人として裏書譲渡しているものであって、手形面上からは、Aが右手形を取得して、これを控訴人に担保として交付したものとは解し難く、また、同第一五号証の一の連帯借用証書の作成日付は昭和五二年七月二九日であるところ、同第一三号証の手形の振出日は同年九月二五日であって、右手形を担保として同年七月二九日ころに証書貸付をすることも通常ありえないことであって(この点控訴人は、当審において、乙第一三号証は担保として取得した手形の書替手形であると述べるなどして、一応説明の辻褄を合せているが、にわかに措信し難い)、結局控訴人の供述の変更は恣意的にすぎるといわざるをえない。」を、三行目の「手形割引」の次に「若しくは同第一四号証の手形及び同第一五号証の一の連帯借用証書による貸付」を各加え、同行の「原告」を「控訴人」と改める。
(五) 同一二枚目裏一行目冒頭の「主張し、」の次に「乙第一号証の手形には、前記のとおり、保証人として、被控訴人名義の署名、捺印があり、また乙第一二号証の手形の裏書欄、乙第一五号証の一の連帯借用証書の連帯保証人欄、乙第一五号証の四の承諾書、乙第一五号証の五の委任状の各氏名欄に、いずれも被控訴人の名義の署名、捺印が存在する。そして原審及び当審における」を加える。
(六) 同一二枚目裏二行目の「振り出した際」の次に「、また昭和五二年七月二六日Aが控訴人から五〇〇万円を借り受けた際、いずれも」を、三行目冒頭の「証人として」の次に「いずれも」を各加える。
(七) 同一三枚目表一行目冒頭の「用できず、」の次に「原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果に徴すると、右」を、同行の「乙第一号証」の次に「、同第一二号証、同第一五号証の一、四、五」を、二行目の「捺印も」の次に「すべて」を各加える。
(八) 同一三枚目表八行目の「主張し、」の次に「原審及び当審における」を加える。
(九) 同一七枚目裏一行目から末行目までを削除し、同一八枚目表一行目冒頭の「七」を「六」と改める。
2. 当審における控訴人の主張について
(一) 質権の設定について
控訴人は、Aは控訴人に対する三〇〇〇万円の債務を担保するため、本件保険契約上の権利に質権を設定した旨主張する。そして当審証人Iの証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によると、Aは控訴人に対する債務を担保する趣旨のもとに、前記生命保険にかかる保険証書を昭和五二年一一月ないし昭和五三年三月ころの間に控訴人に交付していたことが認められる。
しかし右保険金債権は指名債権であるところ、指名債権をもって質権の目的としたときは、民法四六七条の規定に従い、質権設定者が保険会社に質権の設定を通知し又は保険会社がこれを承諾しなければ、質権者はこれをもって、保険会社その他の第三者に対抗することができないところ、Aにおいて、三井生命保険相互会社に質権設定の通知をしたとか或は右保険相互会社においてこれを承諾した旨の主張、立証はないから、控訴人は保険金受取人である被控訴人に対し、右質権の設定をもって対抗することはできない。
そうすると控訴人の右質権設定の主張は、この点においてすでに理由がないこととなる。
(二) 保険金受取人の指定の変更について
次に控訴人は、Aが本件保険金の受取人を被控訴人から控訴人に変更した旨主張する。
しかし保険契約者が一旦定めた保険金受取人を、自己の意思のみで自由に変更しうるためには、あらかじめその変更する権利を留保している場合に限られる(商法六七五条二項)。
ところで本件において、保険契約者であったAがそのような変更権をあらかじめ留保していた旨の主張、立証はないから、仮にAが、本件保険金の受取人を、被控訴人から控訴人に変更する旨の意思表示をしたとしても、被控訴人に対し、その効力を認めるに由ないものといわなければならない。そうすると控訴人の本件保険金受取人変更の主張も理由がないこととなる。
(三) 不当利得の不存在について
控訴人は、控訴人のAに対する債権証書である額面金額三〇〇〇万円の約束手形を、被控訴人に交付し、Aの相続人に対し、債権回収の手段を失うに至ったから、控訴人に不当利得はない旨主張する。しかし不当利得とは、法律上の原因なくして、他人の財産又は労務により利益を受け、そのために他人に損害を及ぼした場合に、その利益の存在する限度において成立するものであり、したがって法律上の原因なくして金銭を受領した者が、たとえそれを債務の弁済と考え、債権証書を返還しても、そのために、その金銭受領者の利得がなくなったということはできない。
尤も、債務者でない者が、錯誤により債務の弁済をなした場合において、債権者が善意に証書を毀滅したときは、弁済者は不当利得として、その弁済金の返還を請求することはできないが、前記のとおり、被控訴人は控訴人から、保険金の受領権限がないといわれて、本件預貯金証券等を控訴人に交付したに過ぎず、債務の弁済として支払いをしたものではなく、他方控訴人は被控訴人に対し、右交付した三〇〇〇万円の約束手形の返還を受けるのに何らかの支障が存在することを認めうべき証拠もないから、右手形の交付をもって、ただちに債権証書の毀滅と目することもできない。そうすると控訴人の右主張は、被控訴人の本件不当利得金返還請求をさまたげる理由とはなりえない。
(四) 被控訴人のAに対する代理権の授与について
成立に争いのない乙第七号証によれば、被控訴人所有名義の建物(南牟婁郡<以下省略>居宅木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建三一、四五平方メートル)について、① 昭和五一年七月二三日受付をもってなされた同年同月二〇日設定の極度額一〇〇万円、債務者A、根抵当権者控訴人の根抵当権設定登記、同年同月二二日受付をもってなされた同年同月二〇日代物弁済予約を原因とする権利者控訴人の所有権移転請求権仮登記、② 同年一〇月二八日受付をもってなされた同年同月二六日解除を原因とする右根抵当権設定登記の抹消登記及び同年同月二八日受付をもってなされた同年七月二二日合意解除を原因とする右仮登記の抹消登記、③ 同年一〇月二九日受付をもってなされたKに対する同日譲渡担保を原因とする所有権移転登記手続がなされていることが認められる。そして乙第一九号証の一、二、四ないし六、同二〇号証の一ないし三、同第二一、二二号証の各一、二、同第二三号証の一ないし三の各存在、成立に争いのない乙第一九号証の三、同第二三号証の四によれば、右各登記申請手続に要する書類のうち、右根抵当権設定登記手続及び仮登記手続については、その委任状(乙第一九号証の二、同第二〇号証の二)に被控訴人名義の署名、捺印があり、かつ、これに被控訴人名義の印鑑登録証明書(乙第一九号証の三)が添付されており、右各登記の抹消登記手続の委任状(乙第二一号証の一、同第二二号証の二)及び右譲渡担保を原因とする所有権移転登記手続の委任状(乙第二三号証の三)においてもそれぞれ被控訴人の署名、捺印がありかつ右乙第二三号証の三の委任状には、被控訴人の印鑑証明書(乙第二三号証の四)が添付されていることが認められる。しかし原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、前記のとおり、Aは被控訴人と内縁関係にあって、容易に被控訴人の実印を持ち出せる状況にあったことが認められるのであって、被控訴人の右本人尋問の結果に照らすと、右乙号各証の存在やAが被控訴人の実印を所持していたことによって、被控訴人がAに対し、控訴人が主張するような保証契約締結、登記申請等の各種代理権を授与したものと認めることは困難といわなければならない。そして他に被控訴人がAに実印を交付し、事実上及び法律上の行為を委せていたとの控訴人の主張を認めうべき証拠はない。
控訴人は右主張事実を前提とし、Aが被控訴人を代理し、昭和五二年七月二六日Aの控訴人に対する五〇〇万円の借入債務について連帯保証をし、また同年一一月二日Aが控訴人との間でした三〇〇〇万円の準消費貸借契約につき連帯保証をした旨主張するが、右のとおり前掲各証拠からは、被控訴人がAに対し右代理権を授与したものと推認することはできないのであり、他に個別的に被控訴人がAに対し、右保証契約を締結すべき代理権を授与したことを認めうべき確証もない。そうすると被控訴人がAに対し右代理権を授与したとの控訴人の主張は理由がない。
次に控訴人は、Aに右代理権が認められないとしても、控訴人は、Aにおいて被控訴人を代理する権限があると信じ、そう信じるについて正当な理由がある旨主張する。
しかし前掲各証拠によっては、いまだ基本代理権の存在を認めることはできず、他にこれを認めうべき証拠がない。しかも被控訴人は、前記認定のとおり、電気部品会社に勤務する女性の組立工員であるから、このような者が五〇〇万円さらには三〇〇〇万円という多額の債務の保証をするような場合、金融業者たる控訴人としては、被控訴人に対し、その意思を調査、確認する義務があるというべきである。しかし控訴人が右調査、確認義務をつくしたような事実を認うべき証拠はない。
そうすると控訴人が主張する右正当事由も認められないから、結局控訴人の右表見代理の主張も理由がない。
二、そうすると被控訴人の本訴請求は、原判決が認容した限度で理由があり、これと結論を同じくする原判決は正当であって、控訴人の本件控訴は理由がない。
よって本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。