大阪高等裁判所 昭和57年(行ケ)3号 判決 1983年9月28日
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
原告ら
一 昭和五六年一二月六日執行の滋賀県東浅井郡虎姫町議会議員一般選挙(以下本件選挙という)における選挙の効力及び当選の効力に関する審査の申立について、被告が昭和五七年一一月一六日にした裁決を取消す。
二 本件選挙を無効とする。
三 仮に本件選挙が無効でないとすると、本件選挙の当選者中、古川春敏、堀川一春、西川宗一、今村次夫、吉田勝己、河島義春、松井徳明、上田秀秋の当選を無効とする。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
被告
主文同旨
第二 当事者の主張
原告ら
一 本件選挙における選挙の効力及び当選の効力に関して、原告らは審査の申立をしたところ、被告は昭和五七年一一月一六日、別紙「滋賀県公報」に記載されている裁決書(二通)のとおり右申立をいずれも棄却するとの裁決をした。
二 裁決の違法
1 右裁決は「本件選挙のために相当数の架空転入が行われたであろうことは、一応推認できるのである。」としながら、「市町村選管の行う選挙人名簿への登録は当該選挙だけを目的とするものではなく、当該選挙が行われる機会に選挙人名簿を補充する趣旨でなされるものであるから、その手続は当該選挙の管理執行とは別個のものに属し、従つて、選挙人名簿調製に関する選挙管理委員会の行為が法に違反するとしても、直接には法第二〇五条第一項所定の選挙無効原因である『選挙の規定に違反する』ものとはいえない。」「仮に、本件選挙に当たり町委員が行つた被登録資格調査に疎漏があつたとしても、それは被登録資格の確認が得られない者があるにもかかわらず、これを選挙人名簿に登録したというものであつて、結局、登録すべきでない者を誤つて登録したことに帰する。このようなかしは、選挙人名簿の登録に関する不服として専ら法第二四条および第二五条所定の手続によつてのみ争われるべきものであることは明らかであつて、選挙人名簿自体の無効を来たすものでないことはもちろん、法第二二条第二項に基づく新たな登録全部を無効にするものではない。」としているが、「別個の手続だから」というだけの理由で「選挙の規定に違反するものではない」とはいえず、また公選法第二四条、第二五条による訴訟の結果は既に行われた選挙の効力に影響を及ぼさない点からみて、架空転入登録については選挙無効訴訟のほか前記訴訟による迅速な救済の道をもひらいているものとみるべきであるから、架空転入に対する虎姫町選管の措置の違法は「選挙の規定に違反する」ものとして本件選挙は無効である。
なお、本件に関連する選挙人名簿の登録についての異議申立棄却決定取消等請求事件で、大津地方裁判所が昭和五七年一二月二〇日、訴訟の対象となつた三七九名中三四一名につき、口頭弁論終結時までに選挙人名簿から抹消されていて訴えの利益を欠くとの理由で訴を却下したことに徴しても、公選法第二四条、第二五条の訴訟は選挙無効の訴訟を排斥するものと解すべきではない。
また、本件の大量架空転入に対する町選管の一連の対応の誤りと処置の違法が公選法第二〇五条の「選挙の規定に違反する」ものとして選挙の無効を来たすことは、いわゆる選挙区の議員定数不平等を理由とする選挙無効事件における一連の最高裁等判例の立場からも肯定されるところである。
2 本件架空転入の特徴は同和地区である虎姫町大字五地区及びその周辺地区を中心に、その地区から立候補して当選した古川春敏、堀川一春、西川宗一、今村次夫、吉田勝己、河島義春、松井徳明、上田秀秋によつて、彼らの親類、従業員、友人等を呼び集めるという形で行われ、有権者の三割を占めるそれらの地区から立候補した一〇名についての当落に大きな影響を及ぼしたものであるから、選挙の公正を害したことは著しく、本件選挙が無効でないとしても、右八名の当選は無効である。
裁決における「本件選挙の場合、仮に申立人のいうように選挙を目的とした架空転入工作が行われ、その数が有権者の一割近くに及んだとしても、またこれに関する町委員会の調査に疎漏があつたとしても、それだけでは正常な選挙が行われなかつたに等しいと目されるには至らず、いまだ選挙を無効とすべき程度に選挙の自由と公正が阻害されたとはいえない。」との被告の判断は誤つている。
三 よつて、裁決の取消とあわせ選挙無効、(予備的に)当選無効の判決を求める。
被告
一 請求原因一の事実は認める。
二 同二のうち本件選挙が無効であるとか、八名の当選は無効であるとかの原告らの主張はいずれも争う。
裁決書に記載のとおり原告らの右主張は失当である。
第三 証拠(省略)
理由
一 請求原因一の事実は当事者に争いがない。
二 裁決書によると、本件選挙において住居要件を具備しない大量の架空転入があつたのに虎姫町選管が有効適切な措置をとらず、有権者の一割近い架空転入者をかかえたまま本件選挙を実施したものであるから、本件選挙は無効であり、少くとも大量の架空転入工作をした当選者八名の当選は無効であるとの原告らの審査申立に対し、被告は本件選挙のために相当数の架空転入が行われたことは一応推認できるとしたうえ、架空転入者の選挙人名簿への登録は公選法第二〇五条第一項の「選挙の規定に違反する」ものとはいえないとして選挙の無効を認めず、また当選者が大量の架空転入工作を図つたとしても、そのことから直ちにその者の当選を無効であるとすることはできないとして、原告らの審査申立をいずれも棄却したことが認められる。
三 選挙無効について
原告らは、本件選挙を行う際に、大量の架空転入者を選挙人名簿に登録した町選管の処置は、公選法第二〇五条第一項の「選挙の規定に違反する」もので、本件選挙は無効である旨主張している。
しかし、被告が裁決書で詳細に判断説示しているように、架空転入者の登録に関する町選管の処置は、登録すべきでない者を誤つて登録したことに帰するもので、このような瑕疵は登録に関する不服として専ら公選法第二四条、第二五条所定の手続によつて争われるべきものであつて、選挙無効の原因である「選挙の規定に違反する」ものとはいえない。
右にいう選挙の規定違反というのは、原則的には選挙執行機関の行う選挙の管理執行に関する規定違反を意味するものであつて、追加登録は当該選挙が行われる機会に選挙人名簿を補充する趣旨でなされるものであるから、その手続は当該選挙の管理執行の手続とは別個のものに属しているうえ、公選法が登録に関する争訟を規定しているのは、原告主張のように同一瑕疵を理由とする選挙無効に加え迅速な救済のために設けられたものではなく、選挙の結果の安定を図るため名簿における個々の登録内容の誤りと選挙の効力との関係を遮断し、名簿そのものが無効でないかぎり、登録内容に誤りがあつても、選挙の効力には影響がないものとする趣旨であると解されるので、架空転入者の選挙人名簿への登録は、選挙無効原因である「選挙の規定に違反する」ものではない。
従つて、登録についての争訟の結果は既に行われた違法な選挙を是正しえないことを理由として、名簿への個々の登録の誤りも選挙無効の原因としての「選挙の規定に違反する」ものとすべきであるとの原告らの主張は、採用できない。
なお、原告らの挙げる議員定数配分訴訟についての判例の立場からして、「選挙の規定に違反する」ということは、選挙法令の明文に反していなくても、選挙の自由公正が著しく害された場合をも含むとしても、架空転入者の名簿登録につき町選管などの公権力が協力、加担した等の格別の事情が全証拠によつても認められない本件においては、架空転入の実態が原告ら主張のようなものであつたとしても、「いまだ選挙を無効とすべき程度に選挙の自由と公正が阻害されたとはいえない。」とした被告裁決の判断は正当であり、また、選挙無効についての原告らのその余の主張に対する裁決の判断もすべて正当として首肯することができる。
従つて、本件選挙は無効であるとは認められないとした被告の審査裁決は正当であるから、選挙無効を求める原告らの請求は失当である。
四 当選無効について
原告らは、当選者のうち架空転入工作をした古川春敏ほか七名の当選は少くとも無効であると主張する。
しかしながら、公選法第二五一条の規定によれば、右当選人らに原告らの主張するような詐欺登録の罪に該当するような違法行為があつたとしても直ちに当選が無効となるものではなく、その罪で刑に処せられたとき、はじめて当該当選人の当選が無効となるものである。
当選無効の争訟手続、ことに選管の異議決定や審査裁決でそのような違法行為の事実を確定して当選を無効とするというようなことは公選法の全く予定していないところのものであつて、同法は罰則制度と争訟制度の両面からその実効性を確保しようとしているもので、すべての問題を争訟制度で解決しようとしているものではない。
そして、この理は当選者らの架空転入工作が原告らの主張するような結果を伴つている規模のものであるとしても、別異に解することはできない。
従つて、同じ理由で原告らの当選無効の主張を排斥している被告の審査裁決は正当であるから、当選無効を求める原告らの請求もまた失当である。
五 よつて、被告の本件裁決は正当であり、原告らの本訴請求はいずれも理由がないものであるから、失当として棄却するものとし、訴訟費用の負担につき行訴法第七条、民訴法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
別紙
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>