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大阪高等裁判所 昭和57年(行コ)28号 判決 1982年7月28日

控訴人

株式会社晴嵐荘

右代表者

木下ハギエ

控訴人

木下彌三郎

右控訴人ら訴訟代理人

奥村文輔

金井塚修

被控訴人

滋賀県知事

武村正義

右指定代理人

浅尾俊久

外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人らの当審における訴えを却下する。

当審費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  当事者の求める判決

1  控訴人

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人らに対し、原判決別紙目録(二)記載の土地上に建設予定の同目録(三)記載の病院用建物について、訴外坂口昇又は第三者がする医療法七条所定の病院、診療所の開設許可申請を許可してはならない。

(前項の請求が理由がない場合)被控訴人は控訴人らに対し、原判決別紙目録(二)記載の土地上に建設される建物について、医療法七条の病院開設許可をすることは違法であることを確認せよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文と同旨。

二  当事者の主張

次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(控訴人ら)

1  病院開設許可申請は建物工事の大半が完成したときでないとなされないし、また右申請をするに当つては監督行政庁と事前協議をするのが例である。このことからすると、近い将来に、乙地上の病院開設が許可されるのは確実である。したがつて、控訴人らの損害を防ぐため本件不作為請求の訴えを適法と認め、本案について判断すべきである。

2  控訴人ら所有の甲地の総面積のうち地上建物一階床面積の占める割合は二三パーセントにすぎず、甲地には未利用地も多い。また、甲地上の晴嵐荘は業態上も近く大改築を要する。そのため控訴人らは甲地上の建物を大改築することを準備中である。ところが、乙地上に病院が開設されると、滋賀県風俗営業等取締法施行条例一四条が厳しく適用されて、控訴人らの権利が大いに制限されることになるから、本件訴えを認める必要がある。

3  控訴人らは、控訴人らに迷惑をかける病院等の開設に対し、隣地所有者として差止め請求権を有する。

4  控訴人らは乙地上の病院開設許可により営業権、財産権が侵害されることになるから、本件不作為請求、違法確認請求の訴えについて原告適格を有する。

5  控訴人らの本件違法確認の訴えの追加提起に対する被控訴人の異議は異議権の濫用である。

(被控訴人)

当審における本件違法確認の訴えの追加提起に対しては、行訴法一六条二項により異議がある。

三 証拠<省略>

理由

一不作為請求訴訟の許容性についての原判決理由一頁(原判決七枚目表三行目から裏九行目まで)の説示は、当裁判所も正当と判断するから、これをここに引用する。

二本件不作為請求の訴えの適法性について

本件不作為請求の訴えが認められなければ、乙地上で病院を開設することの許可がされたときにこれによつて控訴人らが受ける損害として控訴人らが主張するところは、(1) 控訴人会社が甲地上で営む風俗営業について、善良の風俗の保持上必要と認められる措置をとることを命じられたり(昭和三四年滋賀県条例一二号滋賀県風俗営業等取締法施行条例一四条)、又は営業用建物の構造、設備の増改築その他現況の変更についての承認が与えられない(同条例一〇条)おそれがあるところ、控訴人会社は甲地上の建物の大改築の必要に迫られ、現在その準備中であること、(2) 控訴人ら所有の甲地の地価が低下するおそれがあること、の二点にあり、このために控訴人らは営業上、財産権上多大の損害を受けるおそれがあると主張している。

しかし、右(1)の点は、控訴人会社の営業の中でも風俗営業(<証拠>によれば、料理店の営業)のみに関するものであつて、その余の営業には関係しないものである。控訴人らは改築の準備中であると主張するが、そのうちどの部分が風俗営業に関するものであるかを明らかにしない。そのうえ、控訴人らが計画中であるという改築についても、控訴人らはその具体的な改築の予定日とか、改築の内容とか、建築確認の申請をしたとかの事実の主張立証さえしないのであるから、その改築計画がどの程度具体化しているかは明らかでなく、控訴人らの主張するところも、一般的な虞れに重点が置かれているものとも解されるのであつて、前記病院開設許可があつたとき、それによつて控訴人らに即時に具体的な損害が生ずるものと認めることはできない。

そのうえ、控訴人ら主張の改築について、公安委員会は滋賀県風俗営業等取締法施行条例一〇条により常に不承認の処分をすると見込まれる訳のものではない。その改築が法や条例の定める基準に合致する限りでは承認が与えられるべきであるから、改築の内容が確定しない段階では承認が与えられるかどうかは確定することができない。また、同条例一四条二項の措置命令についてみても、前記病院開設許可と病院開設があると、同項の命令の適用があることにはなるが、措置命令が発せられるかどうかは未確定であつて、事情によつては発せられるかも知れないという単なる虞れに止まつている。

右(2)の点については、病院開設許可があるとなぜ甲地の地価が低下することになるのか容易に理解することができないが、それはともかくとして、控訴人らは甲地上における営業を継続することを前提とする主張をしているところ、そうであれば控訴人らは甲地を近い将来に売却する可能性はないものと推測されるから、地価の低下による損害も差し当りは具体的なものではない筈である。

控訴人らは、本件不作為請求訴訟について、その主張するとおり原告適格を有するものであれば、右病院開設許可取消訴訟についてもより強く原告適格を有することになるから、右病院開設許可について取消訴訟を提起して救済を求めることができるし、控訴人らが右病院開設許可によつて受ける損害が回復の困難なものであれば、行訴法二五条により右許可の効力停止を求めることができ、これらにより具体的な損害の発生を防止することができるのである、もつとも、右病院開設許可がされてから右の救済を受けるまでの間にある程度の期間を必要とはするが、<証拠>によれば、右許可と現実の病院開設の間には一、二か月の期間があることが通例と認められるから、右効力停止の決定をうるには充分の期間であるといえる。

また、控訴人らが同条例一〇条の改築不承認処分、一四条二項の措置命令を受けたときは、これらにつき取消訴訟を提起し、措置命令の執行停止を求めることができるし、勿論、国家賠償請求訴訟も利用することができるのである。

このようにみてくると、控訴人らの受けるという損害は、未だ抽象的なものであつて、病院開設許可があつたときに即時に具体的に生ずるものではないから、これに対する救済は右のような抗告訴訟や執行停止申請によらしめるのが相当であつて、現段階で控訴人らに本件不作為請求訴訟を認めなければ、控訴人らの利益が回復の不能ないし困難なほどに侵害されて裁判を受ける権利が実質的に奪われることになるとは解することができない。

行政処分をしないことを求める不作為請求訴訟にあつても、その行政処分が、訴訟による救済を求める余裕がないほど速かに執行され、執行終了後は抗告訴訟による救済は無意味なものとなつてしまい、しかもそれによつて生ずる損害が事後の金銭的補償によつては償うことのできないような人格的な損害であるような性格の行政処分(例えば、受刑者に対する懲罰執行の行政処分、外国人に対する退去強制令書執行の行政処分など)については、事前の差止めの不作為請求訴訟が認められる場合があろう。しかし、本件で控訴人らは、病院開設許可があつたときに即時に回復不能、困難な人格的な損害を受けるものではなく、その損害は将来同条例一〇条、一四条二項による不利益な行政処分を受けたときに具体化し、それまでは単なる虞に過ぎないものであり、その損害も財産的なものであつて、しかも、抗告訴訟や執行停止申立による救済も否定されていないのであるから、例外的な場合にしか認められない不作為請求を本件において認めなければならない必要は存しない。

そうすると、本件不作為請求の訴えは不適法であつて、却下されるべきものである。

三本件違法確認の訴えの適法性について

病院開設許可をすることは違法であることの確認を求める本件違法確認の訴えは、当審において予備的に追加提起されたものであるところ、被控訴人はこの追加提起について行訴法一六条二項により異議を述べた。しかし、本件不作為請求訴訟の第一審裁判所は高等裁判所ではないから、右追加提起について同項の適用はなく、右異議は理由がない。(なお、右異議が同法三八条一項、一九条一項、一六条二項の異議と解することができるとしても、右予備的請求の追加は同法三八条一項、一九条二項、民訴法二三二条により許されるものと解される。)

ある行政処分をすることが違法であることの確認訴訟も、行政庁の第一次判断権を奪う点において、右行政処分をしないことを求める不作為請求と、その実質を同じくするから、右不作為請求と同一の要件の下にのみ、許されるものと解される。病院開設許可をしてはならないことを求める本件訴えが不適法であることは前記一、二に判断したとおりであるから、病院開設許可をすることが違法であることの確認を求める本件訴えも不適法である。

四そうすると、本件不作為請求の訴えを却下した原判決は正当であるから本件控訴を棄却することとし、当審で追加された違法確認の訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(上田次郎 広岡保 井関正裕)

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