大阪高等裁判所 昭和57年(行コ)30号 1986年3月28日
控訴人
山下敏秀
右訴訟代理人弁護士
浅野博史
上野勝
高野嘉雄
佐々木寛
近森土雄
浅田憲三
被控訴人
兵庫県教育委員会
右代表者委員長
下川常雄
右訴訟代理人弁護士
金光邦三
俵正市
主文
本件訴訟を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
(申立)
控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和四五年一〇月一日付でした懲戒免職処分を取り消す。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。
(主張)
当事者双方の主張は、左記のほか、原判決の事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人
1 原判決一一枚目裏一一行目の次に「学習指導要領は文部省による指導助言的基準が告示の形式でなされたものであって、全体として何ら教師を法的に拘束するものではない。学校教育法二一条一項は教育基本法一〇条に違反し、憲法二三条の学問の自由、同法二六条の教育を受ける権利を侵害するもので無効である。教科書の発行に関する臨時措置法は、法律全体の体裁からみて、主として文部大臣と教科書発行者の関係を規律したものであり、同法二条は教師に対して教科書の使用義務や使用方法を規定したものではない。これらの法条は教科書を主たる教材として使用する義務の根拠とはならない。」を加える。
2 同一四枚目表一一行目の次に「原告は七月一三、一四の両日を除き、いずれも授業時間には地理Bの教科書、地図等の教材を所携し、出席簿を持参して教室へ赴き、出席をとって授業時間中教室にいたのであるから、授業を放棄したことにはならない。」を加える。
3 同一四枚目裏一二行目の「方法」の次に「(生徒の興味や問題意識を集約整理し系統的なものにし、それを皆で考えて行く所謂テーマ学習)」を加える。
4 同一五枚目表一行目の次に「原告の企図したテーマ学習は、憲法の保障する教育の自由の範囲に属する。テーマ学習はその性質上生徒の理解を得て初めて学習効果が挙るものであり、原告は生徒の理解を得るために討論・対話を重ねた。原告が生徒と、六月紛争で取り上げられた問題について対話・討論し、地理Bの授業の在り方・内容について対話したことは、原告の高校教師として有する教育の自由の行使として正当なもので、これを処分事由とすることは、教育内容に対する教育委員会の不当な支配として教育基本法一〇条に違反する。」を、同八行目の「進められた」の次に「(現に二、三年生についての原告の授業は処分理由とされていないのである。)」を、それぞれ加える。
同一三行目の「試験監督」を「他の教師の実施する試験の監督」に改める。
5 同一六枚目裏九行目の「一学期は」を「一学期末の評価は法的に義務付けられたものではなく、教師の教育的裁量に基づいて任意になされるものであり、」に改める。
同一一行目の次に「なお、高等学校の成績評価は慣行として絶対評価であり、全員を『10』と評価することは是認されるべきであり、校長も原告の本件評価を是認していた。」を加える。
6 学校教師には憲法二三条の学問の自由に由来する教育の自由権があり(教育基本法六条二項参照)、その不利益処分は具体的教育活動の失当を理由として直ちになされるべきではない。教育行政当局が教師の教育活動の具体的内容をとらえて偏向教育などとして違法である旨認定し、それを理由に免職等の不利益処分を行うことは、人事行政を通じて教育活動を法的に拘束することになるため、教育基本法一〇条一項の教師への「不当な支配」に該当し、教師の教育権を侵害するものである。
7 当時各地の高等学校で生じた紛争は、生徒によって提起された問題の深刻さと、教師の軽視に結びつき易い雰囲気が生ずるため、教師が指導的な立場を維持することが困難となり、授業を放棄したり、学校を欠席する教師も出ていた。兵庫県立神戸商業高校においては、教師二八名が昭和四五年二月一七日から四日間にわたって学校を欠席して授業を放棄し、その後学校に出席しても教室へ行かず、卒業式にも出席しなかったため、卒業認定のための職員会議も開かれず、生徒への卒業証書の交付が遅れるという事態が生じた。また、兵庫県立高砂高校においても、紛争下の同年五月ころから一教師が全く学校に出席しなくなり、翌年三月まで授業を放棄した例もあった。これらの教師が何ら処分されていないのに、学校に出席し、一学期の末試験の際に図書館にいた以外は、全ての授業時間に教科書、地図帳、出席簿等授業に必要なものを携えて教室に赴いていたが、経験不足からくる未熟さのため授業ができなかっただけで、予め授業を放棄していない原告に対してなされた本件懲戒処分は苛酷に過ぎ、裁量権の範囲を逸脱した違法がある。
二 被控訴人
1 同一八枚目裏一一行目の次に「他の教師が実施する試験であるから、割り当てられた監督を行わなくてもよいということは、教師の資質にかかわる思考として非難されるべきである。」を加える。
2 同一九枚目裏九行目の次に「なお、一学期末に成績評価を行うことは、三原高校における『卒業認定・単位認定などに関する規定』と『評価基準並びに教務関係諸規定』により定められていた。」を加える。
3 控訴人の当審における主張6、7を争う。本件懲戒処分事由における控訴人の授業放棄は、「六月問題」とは係りの無い状況下になされたもので、ことさら「六月問題」を本件懲戒処分事由の要因として論ずることは、事態を見誤るものである。また、当時兵庫県神戸商業高校や同高砂高校で生じていたストライキやバリケード封鎖に発展した紛争と、三原高校の「六月問題」と呼ばれる紛争とは、その程度が著しく異なり同一視することができない。
(証拠)
本件記録の証拠標目欄に記載のとおり。
理由
一 当裁判所も、原審と同様に、控訴人の本訴請求は失当であり棄却すべきものと判断する。その理由は、左記のほか、原判決の理由に記載するとおりであるから、これを引用する。
1 原判決三五枚目裏七行目の「前記認定の事実関係からすれば」を、「右のとおり」に改める。
2 原判決三七枚目裏末行目、同三八枚目表一行目の「できず」の後に、「当審証人奥野一喜、同神谷重章の各証言、その他当審において提出された証拠によっても前記認定を左右することはできないし」を加える。
3 原判決三九枚目裏二行目から四行目まで〔後掲22頁4段14~18行目〕を、次のとおり改める。
「2 ところで控訴人は、学習指導要領は文部省の設定した指導助言的基準にすぎないと主張するので検討する。
(1) 教育基本法一〇条は、教育行政は教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行わなければならないとし、このための措置を講ずるにあたっては、教育の自主性尊重の見地から、行政機関の不当・不要の介入は排除されるべきであるとしているのであって、行政機関の介入が教育の内容及び方法に関するものであっても、それが前記の目的遂行に必要かつ合理的と認められる場合には、これを禁止するものではないと解するのが相当である。
そして学校教育法四三条、五一条(同法二一条を準用)一〇六条によれば、文部大臣は、高等学校の教科に関する事項を定める権限に基づき、普通教育に属する高等学校における教育の内容及び方法について、教育の機会均等の確保等のため必要かつ合理的な基準を設定することができると規定している。右の権限に基づき文部大臣が設定した本件当時の高等学校学習指導要領の内容をみると、その中には、詳細にわたり、必ずしも法的拘束力をもって地方公共団体を制約し教諭を強制するのが適切であるかどうか疑わしいものもあるが、全体としてみれば概ね、高等学校において地域差・学校差を超えて全国的に共通なものとして教えられることが必要な最小限度の基準と考えても不合理とはいえない事項がその根幹をなしているものと認められる。また前記指導要領のもとにおいても、教諭の自由な発意により、その地方の特殊性個別性を反映した創造的弾力的な教育の余地が十分に残されており、全体としてはなお全国的な大綱的基準としての性格をもつものと認められ、その内容においても一定の理念ないし観念を生徒に一方的に教えることを教諭に対し強制するものとは認められない。
してみれば、学校教育法五一条により高等学校に準用される同法二一条は教育基本法一〇条に違反するものではなく、前記学習指導要領は、全体としてみた場合、教育政策上の当否はともかく少くとも法的には、前記教育の目的を遂行するため必要かつ合理的な基準の設定として効力を有すると解するのが相当である。
(2) 控訴人は高等学校に準用される学校教育法二一条は憲法二三条二六条に違反すると主張する。しかし普通教育に属する高等学校教育においては、学生が教授内容を一応批判する能力を備えていることを前提とする大学教育の場合と異なり、生徒にこのような能力はないため教諭から強い影響力ないし支配力を受けることが予想され、学校ないし教師を選択する余地に乏しいため教育の機会均等の見地からしても全国的に一定の水準を確保すべき必要がある。これらの諸点を考慮すると、高等学校の教師に完全な教授の自由を認めることには合理性がないと考えられる。また生徒の教育は専ら生徒の利益のために教育を与える者の責務として行われるべきものであって、生徒が自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような智識・観念を一方的に植えつけることを内容とする教育を強制する国家的介入が許されないことはいうまでもないけれども、これらのことは、生徒の教育内容に対する国の正当な理由に基づく合理的な決定権能を否定するものではないと考えられる(最高裁判所昭和五一年五月二一日大法廷判決、刑集三〇巻五号六一五頁参照)。
してみれば、控訴人の前記主張は失当である。
3 以上のとおりであって」
右のとおり改める。
4 同八行目の〔同22頁4段23行目〕の「教科書」の後に「(検定を経た教科書は学習指導要領をもとに作成されている。)」を加える。
5 原判決四二枚目裏九行目〔同23頁4段17行目〕の次に、行をかえて、「以上認定のように、控訴人において教科指導を実践した事実はないものと評価せざるをえないのであるから、控訴人主張のテーマ学習が『教育の自由』の範囲に属することを前提とする控訴人の当審における主張は、前提を欠き失当である。」を加える。
6 同一〇行目の「2」を「4」に、同四四枚目表四行目の「3」を「5」に、同四五枚目裏一二行目の「4」を「6」に、同四六枚目表末行目の「5」を「7」に、それぞれ改める。
7 同五二枚目表五行目〔同26頁4段15行目〕の後に、「前記認定の本件における事実関係のもとにおいては」を加える。
8 同八行目〔同19行目〕の後に、「なお前記認定のように本件懲戒処分は、控訴人が教諭としてした具体的教育活動がいわゆる偏向教育であることを理由としてなされたものではないのであるから、これを理由に右処分がなされたことを前提とする控訴人の当審における主張は、前提を欠き採用することができない。」を加える。
二 よって原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、行訴法七条民訴法八九条九五条三八四条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 栗山忍 裁判官 惣脇春雄 裁判官 河田貢)