大阪高等裁判所 昭和57年(行コ)33号 判決 1983年4月22日
奈良市水門町八番地
控訴人
中西重久
右訴訟代理人弁護士
吉田恒俊
同
佐藤真理
同
相良博美
同市登大路町八一番地
被控訴人
奈良税務署長
上田富雄
右指定代理人
饒平名正也
同
井上二郎
同
日野明義
同
塩谷邦幸
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 当事者双方の求めた裁判
(一) 控訴人
1 原判決を取消す。
2 被控訴人が控訴人に対し昭和五〇年二月七日付けでなした
(1) 控訴人の昭和四六年分事業所得金額を二二九万〇八八五円とする更正決定中一四〇万円を超える部分及び過少申告加算税六〇〇〇円の賦課決定。
(2) 控訴人の昭和四七年分事業所得金額を二二五万五一二一円とする更正決定中一六〇万円を超える部分及び過少申告加算税四三〇〇円の賦課決定。
(3) 控訴人の昭和四八年分事業所得金額を二三二万八二七六円とする更正決定中一八〇万円を超える部分及び過少申告加算税一七万一二〇〇円の賦課決定。
は、いずれもこれを取消す。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
(二) 被控訴人
主文と同旨
二 当事者双方の主張
次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決三枚目表三行目「棄却の異議決定」を「異議申立てを棄却する旨の決定」と、同一九枚目表一〇行目「本件」を「本来」と各改める)。
(一) 控訴人
1 納税手続の違法性について
納税調査に際し、税務署員が一般第三者の立会を口実として、税務調査をしないことは違法というべきである。
すなわち
(1) 税務調査に当って、税法に無知な一般納税者が、不当な税務署員の調査により無理な課税を認めさせられることがあるのは公知であり、かかる不当、不正な税務調査を未然に阻止し、適法妥当な税務調査が行われるため、納税者は、税理士だけでなく一般私人に対し調査への立会を求めることは当然である。
(2) 仮に、不当な調査が行われない場合でも、納税者として税務署員に対し十分な説明をする権利がある。これは、説明義務の反対概念として認められるべきであり、納税者一人では十分な説明義務を尽せない場合があるから、税務署員による無用の誤解をとり除き、誤りのない課税をするためにも、当該納税者が希望する一般私人が立会うことは必要なことである。
(3) ことに、控訴人のごとき中小零細業者が、自らの権利を守るため税理士に依頼することは経済的に不可能なことであり次善の策として、友人、知人、民商事務局員に立会を求めたからといって、これを否定する理由はない。
(4) まして、かかる立会があることを理由に、税務調査をしないというのは許されない。立会人が多数であるとか、大声をあげるとか、帳簿類を隠すとか、調査現場で税務調査を妨害するような言動があれば格別、かかる事情もないのに、可能な調査すらせず、立会人をみただけで調査に着手せず帰るなどということは許されないし、納税者について税務調査をしないまま更正処分をすることは、明らかに処分権の濫用であり違法というべきである。
2 必要経費について
(1) 推計課税は、納税者の権利を守るため、その必要がない場合に推計によることが不当とされているのであり、逆に実額が不明であるため納税者が推計を望んだ場合、これに応じて推計課税をしても何ら違法でない。つまり、推計による不利益を納税者が受認したうえで、これを納税者の利益に援用することは、適正妥当な課税をするために認められるべきである。推計課税は納務署の利益のみに利用されるべきものではなく、武器対等の原則上、被控訴人は推計の根拠を明らかにしたうえで、本件につき、控訴人の必要経費を他の同じ規模、内容の芸術家(彫塑家)の場合と対比して計算すべきである。
(2) 売上原価について
ⅰ 楠材の価格
被控訴人はこれを統計により推計しているが、実際は、控訴人が原審で主張のとおりである。
ⅱ 楠材の所要量
その実際は、桐箱の内容積でなく、全体積の大きさの木片が必要であり、その損失割合は、減損率と違い、減損後の使用可能な木片のうち、さらに二〇パーセント(失敗、売れ残り)が出るのである。
(3) その他の経費について
ⅰ 減価償却費
事業用の家屋の建築費を昭和五一年度固定資産評価額とするのは非常識である。課税年度の再調達原価によって算定すべきである。
ⅱ 旅費交通費等
旅費交通費は年間一〇万円は下らず、その他事業関連でないものはもっと多額に上っている。また、接待交際費、消耗品費、研究費については、その出費は明らかである。
3 控訴人の収支計算
以上、控訴人の収支計算は、本判決別紙のとおりとなる。
(二) 被控訴人
1 本件更正処分手続の適法
控訴人は、本件更正処分手続きは、納税者について調査しないでなされた点で処分権の濫用にわたる違法があるとするが税務調査における質問検査権の行使については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務署員の合理的な選択に委ねられているものであるから、税務代理行為に関する有資格者でない一般第三者の立会を拒否したとしても、税務署員の合理的な裁量の範囲に属するものとして適法というべきであり、また、本件において、かかる有資格者でない一般第三者の立会を理由に、納税者たる控訴人自身につき調査をしなかったとしても、反面調査等によって所要の調査をしたうえで、本件更正処分をしている以上、同処分手続に違法はない。
2 必要経費について
(1) 所得課税については、なるべく実額課税によるべきことはいうまでもないから、必要経費につき推計をなすべきであるとの控訴人の主張は、それ自体理由がない。
(2) 売上原価について
ⅰ 控訴人は、楠材の価格についてその原木の単価を設定計算しているが、その計算根拠は明らかでない。
また、控訴人は、被控訴人が楠材の価格を統計によって推計しているとするが、被控訴人は右価格を木材市場の市場価格によって認定しているものである。
ⅱ 控訴人は、楠材の所要量は、桐箱の内容積でなく全体積の大きさの木片が必要であるとするが、右はほぼ桐箱の内容積に等しいというべきであり、また、控訴人のいう二〇パーセントの損失については、控訴人が彫塑家としての経験も長く失敗するとは考えられず、仮に失敗するとしても、これが計算に影響を及ぼすものではないし、更に、「エト」製作は受注生産であるから売れ残りが生ずることもない。
(3) その他の経費について
ⅰ 減価償却に関し、その算定方法における取得価額は、所得税法施行令一二六条一項一号により取得時の購入価額であるから、これを再調達原価によるべきではない。
ⅱ その余の経費については、これを確定する資料がなく、仮にかかる費用が生じているとしても、本件売上げに関して生じたことを明らかにする資料も存在しない。
3 収支決算について
控訴人のいう右決算金額は、その原審における収支決算の金額と対比すると、いずれも争点とされた各勘定科目につき相違している。控訴人は、右につき、帳簿がなく記憶に基づいて各年度分の金額を推定したといっていたのに、格別の理由を示すこともなく、右原審における主張金額を変更しているのであり、このこと自体、控訴人が各所得金額計算の根拠とする控訴人の記憶があいまいであることを示している。
三 証拠関係
(一) 控訴人
1 甲第一ないし第六号証、同第七号証の一ないし三、同第八ないし第一〇号証の各一、二、同第一一号証の一ないし三、検甲第一ないし第二〇号証(第一四ないし第二〇号証につき、吉田恒俊が昭和五七年一〇月一八日、控訴人方を撮影した写真であると付陳)を提出。
2 原審及び当審における控訴人本人尋問の各結果を援用。
なお、大阪国税不服審判所に対する調査嘱託の回答が顕出されている。
3 乙第一号証の一ないし三、同第二号証の一ないし四、同第三及び第四号証の各一ないし三、同第九号証の一ないし三、同第一一号証の四、同第一二及び第一三号証の各三、同第一四号証の四、同第一七号証の一ないし四、同第一九ないし第二一号証の成立は認める、同第一〇号証の八は官署作成部分の成立は認め、その余の部分の成立は不知、その余の同号各証の成立は不知、検乙号各証はいずれも不知。
(二) 被控訴人
1 乙第一号証の一ないし三、同第二号証の一ないし四、同第三及び第四号証の各一ないし三、同第五号証の一ないし四、同第六、第七号証、同第八及び第九号証の各一ないし三、同第一〇号証の一ないし八、同第一一号証の一ないし四、同第一二及び第一三号証の各一ないし三、同第一四号証の一ないし四、同第一五及び第一六号証、同第一七号証の一ないし四、同第一八号証の一ないし三、同第一九ないし第二二号証、検乙第一ないし第一二号証を提出。
2 原審証人岡本至功、同岡田昌幸、同吉田秀夫の各証言を援用。
3 甲第一ないし第四号証、同第七号証の一ないし三、同第八及び第九号証の各一、二の成立は認める、同第一一号証の一ないし三は原本の存在並びに成立を認める、その余の同号各証の成立は不知、検甲第一ないし第一二号証は認め、その余の同号各証は知らない。
理由
一 当裁判所も控訴人の本訴請求を棄却すべきであると判断するものであるが、その理由は次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由説示のとおりであるから(原判決二〇枚目表一行目から同二五枚目七行目まで)、これを引用する。
1 原判決二〇枚目表一行目から一〇行目までを次のとおり改める。
「控訴人は、本件税務調査に際し、税務署員において一般第三者の立会を拒否し、納税者である控訴人につき税務調査をしないまま本件更正処分がなされたものであるから、右は処分権の濫用であり、右更正処分手続には手続上の違法がある旨主張するので検討するに、税務代理行為に関し有資格者でない一般第三者は、税務調査に際して立会の権限はなく、納税者がかかる第三者の立会を求めている場合においても、この理に変更はないというべきであるから、税務署員においかかる第三者の立会により税務調査に支障があると認めてこれを拒否したとしても、右手続を直ちに違法視することができないばかりか、税務署員の有する質問検査権は、更正処分手続における職権調査の一方法として、納税者に対して質問し、又は、その事業等に関する帳簿類の調査をなすべく付与されているものであって、その行使の限度は、税務署員の合理的な選択、判断に委ねられているものと解されるから、税務署員において税務調査における状況上その行使に至らず、当該調査につき反面調査等による資料の収集を経たうえで、かかる合理的な資料、根拠に基づき、該納税者に対する更正処分がなされた場合には、更正処分手続内容に影響を及ぼす違法はこれを肯認することができないと解すべきところ、当審における控訴人本人尋問の結果、並びに、弁論の全趣旨によれば、税務署員において、税務調査として控訴人方を二度訪問したが同人に会えない状況があり、三度目にも一般第三者が立会する事態であったため、同署員において、それ以上税務調査としての質問等をすることもなく、控訴人についての反面調査等による証拠を収集し、その評価と税務法令に照らした解釈及び法令の適用を経て、本件更正処分をするに至ったことが認められるから、本件更正処分手続に、控訴人が主張するような処分権の濫用ないし手続上の違法を認めることができない。」
2 売上高に関する原判決二〇枚目裏二行目から同裏九行目までを「右金額が、被控訴人主張のとおり昭和四六年分四三一万六二四〇円、同四七年分三八九万〇九四〇円、同四八年分五二四万八〇四〇円であることは、いずれも当事者間に争いがない。」と改める。
3 原判決二一枚目表一行目の前に次の判断を加える。
「控訴人は、その必要経費について、その実額が不明であり、納税者が推計を望む場合には、納税者の利益のため推計課税の方法に依拠すべきである旨主張するけれども、課税標準となるべき所得金額の算定は、収入金額及び必要経費の実額を計算して決定するのが原則であって、推計課税は、納税義務者の所得金額を右実額によって把握できないため、推計の必要性が認められる場合に許されると解すべきであり、これに準拠するか否かを納税者の恣意的選択に委ねるものではないから(なお、所得税法第一五六条参照)、控訴人の右主張は、それ自体失当というべきである。」
4 原判決二一枚目表一行目から七行目までを
「本件更正処分における売上金額の基礎とされる「エト」大、小の本件各年度における納入個数については、控訴人において明らかに争わないから、これを自白したものとみなすところ、原審証人岡本至功の証言により成立したと認める乙第五号証の一ないし四、原審証人岡本至功の証言、及び、弁論の全趣旨によれば、一刀彫の素材として使用する主材料楠材の昭和四六ないし四八年の市場価格、仲介手数料及び減損率が、いずれも被控訴人主張のとおりであることが認められ、これによれば、控訴人の右各年度の実質使用分の価格が、被控訴人主張の額のとおりとなり、また、副材料である右各年度の桐箱代、及び紙代が、被控訴人主張のとおりの額であることは、当事者間に争いがない。」
と改め、原判決二一枚目表八行目から九行目にかけ「かつ」を「減損後の木片から更に」と、同表九行目「納品残」を「納品残り」と、同二一枚目裏一行目「下回る」を「更に上回る」と、また、同裏一行目から二行目にかけ「るから採用できず、」を「るとの事実を認めるに足る証拠はなく、かえって、当審における控訴人本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、控訴人は彫塑家として経験も深くまた、右「エト」がすべて注文製産であったことが窺われるから、そのような製作上のロス等が生ずるとも認められず、」と各改める。
5 原判決二一枚目裏六行目から末行までを「公租公課は、被控訴人主張のとおり、昭和四六年合計一万四〇五〇円、同四七年合計二万五一五〇円、同四八年二万五一九〇円であることは、当事者間に争いがない。」と改め、同二二枚目表七行目「乗ずると、」の次に「本件各年分につき」を、同表八行目「ができ」の次に「但し、昭和四六年分の各神社への交通費は当事者間に争いがない)」を、同行「荷造費」の次に「、及び、日展出展運送費」を、同行「ついては、」の次に「これら又はその額を」を各加える。
同二二枚目裏八行目「全額」を「本件各年分の合計金額」と改め、同裏九行目「相当と認める」の次に「なお、控訴人は、本件各年分につき灯油代をいうけれども、これを認めるに足る証拠はない」を加える。
同二二枚目裏末行から同二三枚目表一行目にかけ「原告本人尋問の結果」を「原審及び当審における控訴人本人尋問の各結果」と改め、同二三枚目表六行目「少くとも年五万円」を「本件各年分として少くとも年七万円」と改める。
同二三枚目表末行「によれば、」の次に「各年度につき」を加え、同表末行「ことができる。」の次に、「なお、控訴人は、当審における本人尋問において、その事業関連を九割と供述しているけれどもその証拠はなく、前示五〇パーセントの結論を左右するものではない。また、控訴人は各年度につき、年賀状等を経費として挙げるけれども、右は社会的儀礼の範囲内というべく、これを通信費として経費に算定すべきものと認めるに足る証拠もない。」を加える。
同二三枚目裏五行目「月三万円内外」を「本件各年度につき、年二五万円ないし二七万円」と改め同裏六行目「するけれども、」から同裏八行目「できない。」までを「し、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、そのいうグループとの交際のあることは窺われるが、その実質はグループの懇親にあって事業そのものとの関連を認め難いのみならず、仮にこれがあるとしてもその額を具体的に肯認するに足る証拠もないから、採用することができない。」と改める。
同二四枚目表一行目から二行目にかけ、「乙第一六号証」の次に「、及び、弁論の全趣旨」を加え同表三行目「原告は、」から同表四行目「証拠がない。」までを「控訴人は、小刀等につき、昭和四六年三二万五〇〇〇円、同四七年二五万五〇〇〇円、同四八年四二万六〇〇〇円を要したと主張し、検甲第一四ないし第二〇号証(写真)、及び、当審における控訴人本人尋問の結果では、控訴人が多数のノミ等を使用していることが窺われるけれども、これらにつきその消耗、補充、並びに、その額(電動ノコについては昭和四六年中の購入)を認めるに足る証拠はない。」と改める。
同二四枚目表六行目から一〇行目「できない。」までを「その額が被控訴人の主張する各年分三万二四〇〇円であることにつき、当事者間に争いがない。」と改める。
原判決二五枚目裏一行目「二万六七四四円」を「二万八〇一七円」と改め、同裏三行目「すべきである。」の次に「なお、控訴人は、事業用家屋の建築費を課税年度の再調達費によるべきであると主張するが失当である。このほか、控訴人は、その使用のカメラ等につき、減価償却をいうけれども、その使途、額を認めるに足る証拠はない。」を加える。
同二五枚目裏五行目「主張する」の次に「ところ、甲第一一号証の一、二、及び、当審における控訴人本人尋問の結果では、控訴人は昭和四八年から浮世絵大系を購読しているものと窺われる」を加える。
二 そうすると、控訴人の事業所得金額は、昭和四六年分三四七万〇〇九四円、同四七年分二九九万〇二五八円、同四八年分三九八万八四〇三円となり、いずれもその範囲内でなされた被控訴人の本件各処分は適法であり、したがって、その取消を求める控訴人の請求は失当であるから、これを棄却した原判決は結局相当であって、本件控訴は理由がない。よって、これを棄却することとし、控訴費用の負担について、行訴法第七条、民訴法第九五号、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大野千里 裁判官 林義一 裁判官 稲垣喬)
昭和57年(行コ)第33号課税処分取消請求控訴事件収支計算書
<省略>
*印は甲、乙争いがない。 *印は甲、乙争いがない。 *印は甲、乙争いがない。
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