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大阪高等裁判所 昭和57年(行コ)50号 判決 1983年7月14日

奈良県生駒郡高山町八五四六番地の二

控訴人

稲垣政雄

右訴訟代理人弁護士

酒井武義

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番一号

被控訴人

右代表者法務大臣

秦野章

右指定代理人

森辰夫

細川健一

大阪市東区大手前之町大阪合同庁舎第三号館

被控訴人

大阪国税局長 岸田俊輔

右被控訴人国・同大阪国税局長指定代理人

饒平名正也

中野英生

宮谷節

土屋一範

奈良県生駒市本町三番一一号

被控訴人

生駒市

右代表者市長

前川具治

同所

被控訴人

生駒市長 前川具治

右被控訴人生駒市・同生駒市長両名指定代理人

滝本誠

岡本和夫

安田和久

奥野幸夫

奈良市登大路町八番地

被控訴人

奈良県

右代表者知事

上田繁潔

右指定代理人

南佳策

仲川勝敏

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  控訴人と被控訴人国との間で原判決添付別紙納税債務目録(一)記載の納税義務が

控訴人と被控訴人生駒市との間で同目録(三)記載の納税義務が

控訴人と被控訴人奈良県との間で同目録(二)記載の納税義務が

いずれも存在しないことを確認する。

3  被控訴人大阪国税局長が原判決添付別紙第二物件目録記載の各土地につき昭和五〇年九月一一日付をもってなした大阪国税局差押処分及び

被控訴人生駒市長が同土地につき昭和五三年一月二五日付をもってなした参加差押処分はいずれも無効であることを確認する。

4  控訴人に対し

被控訴人国は右各土地につき奈良地方法務局生駒出張所昭和五〇年九月二二日受付第八一〇三号をもってなした差押登記の

被控訴人生駒市は同土地につき同地方法務局同出張所昭和五三年二月一日受付第一二四五号をもってなした参加差押登記の

各抹消登記手続をせよ。

5  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文同旨

第二主張及び証拠

主張及び証拠関係は、次のとおり付加・訂正するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人

1  原判決四枚目裏一行目の「同目録(二)」を「同目録(三)」に、同三行目の「同目録(三)」を「同目録(二)」に、それぞれ改める。

同六行目の「目録記載の」次に「原告所有の」を加える。

同一一枚目表一一行目の「督足」を「督促」と改める。

同二七枚目表一一行目を削る。

同裏二行目の次に行を変え「(以上は訴外政治所有)」を加える。

2  乙一、七号証、甲一四号証の一・二はいずれも控訴人の意思に基づかないで作成された偽造文書である。

控訴人名義の昭和四八年分の所得税の確定申告書(乙七号証)は、当時宮方自治会長であった訴外政治が、奈良税務署から同自治会納税組合に一括して交付された申告書用紙中控訴人に配布すべき用紙を利用して訴外山形幸一に控訴人名義を冒用して作成させ、三文判を押捺して控訴人に無断で提出したものである。昭和四九年分の確定申告書(乙一号証)は、控訴人が奈良税務署から郵送されてきた申告書用紙を、訴外政治に「わい、売った田や、わいとこの方から申告せい」といって交付し、訴外政治が同人名義で申立てしてくれると思っていたところ、前年同様控訴人名義で作成して提出したものである。また、南都銀行生駒支店の控訴人名義の普通預金口座(番号二八八七二八)は訴外政治が控訴人に無断で開設したものである。

3  乙八号証の作成名義人は電々公社の買収交渉担当者であった下村新蔵であるが、下村は証人として原審裁判所へ容易に出廷できた筈であるのに、被控訴人らは下村の証人申請をしないで、乙八号証を書証として提出した。原判決はこの乙八号証の成立を弁論の全趣旨により簡単に認め、その記載内容を採用して係争事実を認定した。しかし、乙八号証中係争事実に関連する記載内容は全くでたらめである。

4  本件土地の売買契約は、くろんど荘で訴外政治と電々公社の職員との間で締結されたが、その際訴外政治は控訴人の実印を持参していなかったので、その席を中座して控訴人方に赴き、控訴人の妻ヒサヱから控訴人の印鑑証明書を受け取り、くろんど荘に戻り、売買契約書に控訴人の住所・氏名を記載し、控訴人の実印を捺印した。控訴人が自宅で本件土地の売買契約書に住所氏名を記載し実印を捺印したことはないし、印鑑証明書を電々公社の職員に交付したこともない。また、控訴人は本件土地の境界確定のための杭打ちに立ち会ったこともない。

5  本件代金を現実に取得していない控訴人に対してなされた本件課税処分は、実質課税の原則を定めた所得税法一二条に反するとしながら、本件課税処分に重大かつ明白な瑕疵があったとは認め難いとした原判決の判断は不当である(最一小判昭和四八年四月二六日民集二七巻三号六三五頁参照)。

6  控訴人の訴外政治に対する本件土地の贈与契約は農地調整法又は農地法所定の許可若しくは承認を停止条件として有効に成立しており、本件土地の引渡しも終了していた。右許可等の申請も所有権移転登記手続の申請もともに、訴外政治の協力なしではできないところ、控訴人の再三の協力要請に訴外政治が応じなかったのであるから、右許可等を得ず所有権移転登記をしなかったことをもって、控訴人に本件課税処分の不利益を甘受させても著しく不当であるとはいえないほどの責むべき事情があったとはいえない(最大判昭和二八年二月一八日民集七巻二号一五七頁参照)。

7  本件差押処分に対する控訴人の対応は次のとおりであった。

控訴人は、訴外政治が贈与税の負担を回避するため控訴人名義を冒用して所得税の確定申告書を提出しているとは知らず、訴外政治において本件土地の売却代金から譲渡所得税を納付しているものと思っていたところ、昭和五〇年四月頃控訴人の留守中に奈良税務署から所得税の督促の電話があったことを妻ヒサヱから聞き、訴外政治に対し速やかに納税義務を履行するように勧告しておいたところ、同年九月突如本件差押処分がなされた。

控訴人は本件差押処分の通知を受けた後、直ちに大阪国税局に電話し、更に奈良税務署に出頭して、担当職員に本件土地は弟の政治に二四、五年前に贈与したもので控訴人は売却代金を全く受け取っていない旨申し立て、その後も数回奈良税務署に足を運んで調査するように申し入れ、本件差押処分の是正を要求した。

また、昭和五一年春頃奈良税務署長から控訴人に対し譲渡所得の使途明細書の提出を求めてきたのに対して、その使途明細書の備考欄に、「本件土地を昭和二五年秋頃訴外政治に贈与しており、これを電々公社に売却したのは訴外政治であって、売買契約に控訴人は全く関与しておらず、代金も全額訴外政治が領収している。控訴人名義の所得税確定申告書も訴外政治が控訴人の氏名を冒用してなしたものである。」旨記載して、本欄には何も記載しないで、奈良税務署宛に提出した。

更に、昭和五二年秋大阪国税局の奈良県担当職員山中某から奈良税務署に出頭するようにとの呼出しに応じて出頭した際にも、山中某に右と同旨の説明をして、大阪国税局と奈良税務署において事実調査のうえ善処するよう強く要望した。

8  当時、訴外政治は本件土地の売却代金をもって、自己又は株式会社稲垣建設名義で原判決添付別紙第三物件目録記載の不動産を取得していたのであるから、税務当局が適時に関係者に質問検査権を行使して事実を調査すれば、本件差押処分の誤りが容易に判明し、本件差押処分を是正して訴外政治に対し新たな課税処分を行い、徴税の実を挙げることができる筈であった。しかるに、税務当局は控訴人の右7の要求等を無視し、必要な調査を怠り、漫然と本件差押処分を維持したため、訴外政治の死亡により同人に対する徴税が困難な状況になった。信義則上このような状況に立ち至った責任は税務当局にあり、その責任を控訴人に転嫁し本件課税処分を強行することは許されない。

9  甲一六、一七号証の一、二を提出。

乙九号証の成立は知らない。一〇号証の成立を認める。

二  被控訴人ら

1  甲一四号証の一・二、乙一、七、八号証はいずれも、その作成名義人の意思に基づいて作成された文書である。また、乙八号証の記載内容は証人西向きくのの証言より信用できる。

2  控訴人の当審における主張4を否認する。本件土地の売買契約締結に関する原判決の認定は正当である。

3  同5を争う。控訴人は本件土地の売却代金を全額自分で受け取り、それと同時に訴外政治にその全額を贈与又は貸し付けたもので、本件土地の売却による譲渡所得は控訴人に帰属した。それ故本件課税処分は所得税法一二条に違反しない。控訴人引用の最一小判昭和四八年四月二六日は、申告行為自体本人の知らない間にその意思に反してなされた事実に関するもので、控訴人の意思に基づいて申告行為のなされた本件とは事案を異にする。

4  同6を争う。仮に控訴人と訴外政治との間に本件土地の贈与の合意がなされていたとしても、法的には未だその所有権は控訴人に帰属していたのであり、また控訴人自身本件差押処分等の通知を受けながら、何らの措置もとらず、滞納税額の一部を納付さえしているのであるから、控訴人と訴外政治との右贈与の合意の存在は、本件確定申告等の手続において何らの影響を及ぼすものではない。控訴人引用の最大判昭和二八年二月一八日は、農地の買収計画に対し異議の申立てがなされたのに、登記の欠缺のみを理由として同申立てを却下した農業委員会の措置の適否が問題となったもので、本件とは事案が異なる。

5  同7を否認する。控訴人は次のとおり本件差押処分について異議を述べていない。

控訴人は昭和五〇年四月に本件確定申告に係る納税督促書の送付を受けた後、奈良税務署の徴収担当者から同年六月上旬にかけて五、六回電話による納税の督促を受けながら、積極的に何らの措置をとらないで放置した。

また、控訴人は、大阪国税局徴収部特別整理部門の徴収担当職員から滞納が高額であるため大阪国税局が引き継いだ旨の通知を受けながら、何ら不服申立てをしないばかりか、昭和五〇年八月上旬頃「滞納税額が一九〇〇万円であることは知っている。それは弟が払う。」旨担当職員に述べた。

更に、本件差押処分後も控訴人から何の連絡もなく、大阪国税局の担当職員が控訴人方へ連絡すると、控訴人は本件差押処分に何らの不服申立てもなく、現在訴外政治と交渉中であり近日中に半額位い納める旨述べた。

控訴人は昭和五二年秋頃大阪国税局徴収部特別整理部門の担当職員と面談した際、半分位い納めるように訴外政治に言っておく旨述べており、更に控訴人は被控訴人生駒市長からの本件参加差押処分を受けたのに対して一切不服申立てを行なっていない。

6  同8を争う。本件確定申告等の手続は控訴人の意思に基づくものであり、本件課税処分について税務当局側に重大かつ明白な瑕疵があったとは認め難いとした原判決の判断は正当である。

7  乙九、一〇号証を提出(被控訴人国)

甲一六号証の成立を認める。一七号証の一・二の成立は知らない。

理由

一  本件についての当裁判所の事実認定は、次のとおり付加・訂正するほか、原判決一四枚目裏七行目から同二〇枚目裏四行目に記載するとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一四枚目裏八行目の「同目録(二)」を「同目録(三)」に、同九行目の「同目録(三)」を「同目録(二)」に改める。

同一一行目の「目録記載の」の次に「原告所有の」を加える。

2  同一五枚目裏九行目の「の一」の次に「第一〇号証」を加える。

3  同一六枚目表三行目の「これにより」を「原告の農業所得も記載され、課税所得控除のための保険料証明書が添付されていることと原告本人尋問の結果により」に改める。

同九行目の「推定される」を「推定されこれを覆すに足りる反証がないため真正に成立したと認める」と改める。

同一一行目の「甲第一四号証の一、二」の次に「(南都銀行生駒支店が作成したと認められる)」を加える。

4  同一七枚目表五行目の「出席し」の次に「た。」を加え、同行目の「ただ」以下と同六行目を削る。

同九行目の「原告宅で」を「他の売主の売買契約とともに『くろんど荘』で」と、同行目の「原告は実印を用意し」を「その際原告は出席せず、訴外政治が」と、同一〇行目の「自ら」を「原告から預って所有していた原告の実印を」と、それぞれ改める。

同一〇行目の「印鑑証明書」の前に「原告の」を、同一一行目の「生駒支店に」の次に「訴外政治によって」を、それぞれ加える。

5  同一七枚目裏一行目の「振込まれ」の次に「訴外政治がこれを取得し」を加える。

同行目の「(右口座)」から三行目までを削る。

6  同一八枚目表二行目の「真正な印影」の前に「意思に基づいて顕出された」を加える。

同六行目の「明らかである」を「事実上推定できる」に、同一〇行目の「原告の代理と称して」を「原告に頼まれて来たと言って」に、それぞれ改める。

7  同一八枚目裏五行目の次に「なお、奈良税務署係官は同年六月までに五、六回原告方へ電話したが、いずれも原告は留守で、原告の妻が電話の応待をしており、原告は直接奈良税務署と連絡をとろうとしなかった。」を加える。

8  同一九枚目表二行目の次に「大阪国税局係官は同年八月と一〇月初旬頃にも原告に督促の電話をしたところ、原告は「税額は知っている。弟に金を貸しているから弟が払う」「現在弟と交渉中だから近いうちに半分位い納める」旨答えた。その間同年九月一一日付で本件差押処分がなされ、その後同年一〇月になって、訴外政治が大阪国税局に出頭し、「売買代金を兄から融資を受け流用したが回収できないので納付できないから猶予してほしい」旨申入れた。その後は大阪国税局係官が原告宅に電話で原告に連絡するように要求しても、原告から何の連絡もなかった。」を加える。

同八行目の「ところで」から同九行目の「ため」までを削る。

同一一行目の「この間」を「本件差押処分の通知を受けた直後、奈良税務署の税務相談室へ行き、本件土地は二四、五年前に弟に贈与したもので、自分は代金を受け取っていない旨述べ相談したところ、係官から贈与税の問題も生ずる旨指摘され、兄弟同志で話し合い早く納めるように勧告され、その勧告を尤もと考えたこともあって、その後」に改める。

9  同一九枚目裏二行目の次に「もっとも、昭和五二年秋大阪国税局の奈良県担当係官の山中某から呼出しを受けて奈良税務署に出頭した際、前記奈良税務署の税務相談のいきさつを説明したことはあった。」を加える。

10  同二〇枚目表三行目の「関西電力、県」を「奈良県、建設省、関西電力」に、同五行目から同六行目の「不明である」までを「三者への売買交渉も訴外政治が行ない、それらの売却代金も訴外政治が取得した。」に、それぞれ改める。

11  同二〇枚目裏三行目の「ことができ」の次に「前記乙八号証、証人西向きくのの証言及び」を、同四行目の「部分は」の次に「前掲各証拠に対比すると」を、それぞれ加える。

二  右認定事実によると、少なくとも控訴人と訴外政治との間においては、その法律効果はともかくとして本件土地の所有権が訴外政治に帰属するものと合意され、本件土地の売却代金はすべて訴外政治が取得している以上、右売却代金を現実に取得していない控訴人に対する本件各課税処分には、控訴人が主張するように、いずれも実質所得者課税の原則を定めた所得税法一二条に反する重大な瑕疵があるというべきである。

しかし、前記認定のとおり、契約書上も不動産登記簿上も、控訴人と電々公社との間の売買契約により,本件土地の所有権は控訴人から電々公社に移転したことになっており、その売買代金も控訴人名義の銀行の預金口座に振込むことによって支払われ、控訴人名義で本件譲渡所得税の確定申告書が提出されているのであるから、右瑕疵が本件各課税処分時に客観的に明白であったとは認め難い。

また、前記認定事実によると、本件所得税確定申告をはじめ本件各課税処分に至るまでの一切の手続は、訴外政治の贈与税の負担を回避するために控訴人名義で申し立てられ、又は控訴人に対してなされたのに、控訴人は、訴外政治が本件所得税等を控訴人に代わって納めてくれるものと信じその対応を訴外政治に任せ、訴外政治に贈与税負担の問題が生ずる機会を与えられながら、一切異議・不服申立をなさず、予期に反して訴外政治が納税を履行しないまま死亡し、訴外政治の遺産によってはこれを支払うに足らず、結局控訴人において自ら本件所得税等を負担しなければならない事態になるや、一転して前記の申立てを行なうにいたったものである。してみれば本件各課税処分は控訴人が自ら招いたというべきであり、被控訴人大阪国税局長等としても、右のような事情から控訴人が形式上も実質上も本件土地の所有者で売主であるとして疑わず、控訴人名義の本件確定申告に基づき本件各課税処分に至ったもので、同被控訴人らに手落は認められないし、今更同被控訴人らが訴外政治の相続財産に対し新たな課税処分を行なっても徴税の実を挙げることが困難な状況にあるというべきであって、前記の事実関係にある本件においては、「徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお、不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として被課税者(控訴人)に本件各課税処分による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的な事情(最一小判昭和四八年四月二六日民集二七巻三号六二九頁参照)」が存在するともいえない。

三  そうすると、本件各課税処分の無効を前提とする控訴人の請求は、その余の判断をするまでもなくいずれも理由がなく棄却すべきであり、原判決は正当であって、控訴人の本件控訴は理由がない。よって、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗山忍 裁判官 矢代利則 裁判官 河田貢)

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