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大阪高等裁判所 昭和57年(行コ)7号 判決 1984年1月25日

控訴人(原告) 松本茂郎 外一七名

被控訴人(被告) 松永精一郎

主文

原判決中、控訴人車川幸子、同花谷栄子、同平野稔子に関する部分を取り消す。

右控訴人三名の本件訴えを却下する。

その余の控訴人らの本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人ら(控訴人らのうち控訴人車川、同花谷、同平野の三名は控訴していないが、その余の控訴人らがした第一審判決に対する控訴は右控訴人三名に対しても効力を生ずる関係にある〔最高裁判所昭和五八年四月一日判決、民集三七巻三号一頁参照〕から、右控訴人三名を除くその余の控訴人らがなした訴訟行為はいずれも右控訴人三名に対しても効力を生ずるものと解される)は、「原判決を取り消す。被控訴人は芦屋市に対し金一億三一九二万円及びこれに対する昭和五一年一二月二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人は主分同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上、法律上の陳述及び証拠関係は、左記に付加するほか原判決事実摘示と同じであるからこれを引用する。

(控訴人車川ら三名の本件訴えに対する被控訴人の主張)

控訴人車川は昭和五三年四月三日に芦屋市から広島市己斐西町八番一二号に転出した後肩書住所地に居住するもの、控訴人花谷は昭和五四年四月二九日に芦屋市から神戸市垂水区の肩書住所地に転出したもの、同平野は昭和五二年八月三〇日に芦屋市から名古屋市昭和区滝川町一二二番地に転出した後肩書住所地に居住するものであり、右控訴人三名はいずれも芦屋市の住民ではなくなつているのであるから、本件訴訟の当事者適格を欠くものである。したがつて右控訴人三名の本件訴えの却下を求める。

(被控訴人の右の主張に対する控訴人らの認否)

控訴人車川、同花谷、同平野が被控訴人主張のとおり芦屋市を転出し、同市の住民ではないことは認めるが、当事者適格を欠くとの主張は争う。

(控訴人らの主張)

本件支出は芦屋市公有財産規則に違反した違法な支出である。

(一)  芦屋市公有財産規則は、公有財産の取得、処分等をめぐる決定権者の恣意的な不明朗な価格決定を排除し、公正な価格決定をするため、地方自治法一五条に基づき昭和三九年四月一日に制定された芦屋市の規則である。したがつてまず、右価格決定にあたつては、公正な価格を担保する公示価格、鑑定価格、固定資産評価額、精通者意見価格、売買実例等の客観的な資料及びこれら資料による価格の基準に基づくことを要する。しかるに本件土地の取得にあたつて決定された三・三平方米あたり金七〇万円の価格はこれらの客観的な資料及びこれらの資料による価格の基準に基づき決定されたものではなく、右金額が公正、適正であることを裏付ける資料はいつさい存しない。このような価格決定に基づく本件支出は右規則に違反した違法がある。

(二)  次に本件土地三・三平方米あたり金七〇万円の取得価格の決定は、価格決定に利害関係を有する解同(部落解放同盟)、要求者組合(本件土地買収対象地区の住宅要求者組合)が本件土地の買上げ価格について「差別のない価格」ではなく、「差別を挽回する価格」として三・三平方米あたり金七〇万円を要求し、価格決定権者がその圧力に屈し、なんらの根拠もなくこれを受入れたものにほかならず、価格決定権者が評価委員会を事実上無視し、恣意的、不公正な価格決定をなした違法がある。

(三)  さらに公有財産評価委員会における議決事案が文書に作成されていないということはあり得ない(芦屋市文書取扱規程一五条参照)というべきところ、本件土地取得価格の決定について評価委員会で三・三平方米あたり金七〇万円の価格で議決がなされた旨の文書は存在せず、形式的にも評価委員会の議を経ていないのであつて、本件支出はこの点でも違法というべきである。

(被控訴人らの主張)

本件支出が芦屋市公有財産規則に違反する違法な支出であるとする控訴人らの主張はいずれも争う。

昭和五〇年二月頃、庁議において本件土地の取得価格決定の方針、基準として国鉄芦屋駅周辺の芦屋市中心部繁華街、高級住宅地に比準し評価すること、対象土地全体を一団としかつ更地として評価すること、差別のない価格であること等が決定されたうえ評価委員会に付議され、評価委員会において客観的資料たる芦屋市内の繁華街、高級住宅地の公示地、公示価格に加え、繁華街、高級住宅地における売買実例、売買価格の呼び値等についての評価委員らの知識をもとに、本件土地の取得価格を三・三平方米あたり金七〇万円とする評価に達したものである。右の評価が妥当なものであることは、芦屋市議会が本件事業用地取得ならびに右評価額による同用地取得予算の各議案につき共産党議員三名の反対を除く多数の賛成により原案どおり可決されたことによつても裏付けすることができる。

なお公有財産評価委員会において三・三平方米あたり金七〇万円とする議決がなされた旨の文書が作成されていないことから直ちに右評価委員会の議を経ていないとする控訴人らの主張は該らない。

(新証拠関係)<省略>

理由

第一控訴人車川、同花谷、同平野の本件訴えについて

本件訴訟は地方自治法二四二条の二の規定に基づく住民訴訟であるから、控訴人らが芦屋市の住民であることを要件とするものであり、しかもその住民であることの要件は本件訴えの適法要件であるから事実審の口頭弁論終結時まで存在していることを要するものと解すべきである。しかして控訴人車川は昭和五三年四月三日、同花谷は昭和五四年四月二九日、同平野は昭和五二年八月三〇日にそれぞれ芦屋市を転出し、いずれも昭和五八年一二月一五日午後一時の本件口頭弁論終結時以前に芦屋市の住民ではなくなつていることは、控訴人らの自認するところであるから、右控訴人三名の本件訴えは当事者適格を欠く不適法のものというべきである。したがつて右控訴人三名の本件訴えはこれを却下すべきである。

そこで以下右控訴人三名を除くその余の控訴人らの本件請求の当否について検討する。

第二その余の控訴人らの本件請求について

一  当事者間に争いのない事実及び芦屋市の本件土地取得の経緯について当裁判所が認定した事実は、次のとおり付加、訂正するほか原判決の理由一、二説示のとおりであるからこれを引用する。

1  原判決一二枚目裏七、八行目に「土地面積五万三五〇〇平方メートル」とあるのを「土地面積約二万九四〇〇平方メートル」と改める。

2  原判決一七枚目裏九行目に「右金額を妥当と認めたので、」とあるのを、「右金額を妥当と認めた。」と改め、同行の「評価委員会の意見を聞いて……」以下原判決一八枚目表二行目まで(昭和五〇年二月初めころ公有財産評価委員会が本件土地の取得価格について三・三平方米あたり金七〇万円とすることを容認する旨の決定をした旨の説示部分)を削除する。

3  原判決二〇枚目表五行目から一〇行目までを削除しこれに代え次のとおり加える。

「右認定に反する甲第四号証の二、同第八号証、原審及び当審証人芝勇太郎の証言、原審における被控訴人本人の尋問の結果のうち右認定に反する部分は、その余の前掲各証拠に照して措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はなく、当審における証拠調の結果によつても右認定を左右しない。」

二  被控訴人は、本件土地を一律に三・三平方米あたり金七〇万円とする旨の取得価格を決定するについて昭和五〇年二月七日に公有財産評価委員会の議を経ているものと主張し、控訴人らがこれを争うので以下判断するに、この点についての原審証人永楽正生、同芝勇太郎の各証言は、昭和五〇年二月ころ他の議題とともに本件土地の取得価格について公有財産評価委員会を開き、芝勇太郎委員長から庁議における本件土地の評価の基本方針すなわち本件土地を国鉄芦屋駅周辺の同市中心部繁華街、高級住宅地に比準し評価すること、対象土地全体を一団とし、かつ更地として評価すること、差別のない価格であること等の基準及び右基準に基づき三・三平方米あたり金七〇万円を妥当とする市長の意見について報告され、右評価委員会において格別の異論もなく右価格を容認する旨を決定したものであるとして被控訴人の主張に沿うものであり、その他当審証人角谷和雄、同芝勇太郎の各証言も右主張に沿うものである。そして右決定をなした評価委員会の議については文書が作成されていないことは被控訴人も自認するところである。

しかし成立に争いのない甲第七号証(芦屋市文書取扱規程)によれば、「重要な事案について、口頭により意思表示のなされたものまたは意思表示をしたものにあつては、文書により報告しなければならない。」(同規程一五条)とされ、「すべて事案の処理は文書によることを原則と」する(同規程一八条)ものとされているところ、本件土地の取得価格についての評価委員会の議は、本件土地を含む合計二二三筆、総面積二万九三九六・八〇平方米、取得予定価格六二億三〇〇〇万円という厖大な公金支出にかかわるものであるほか、いずれも成立に争いのない甲第一八ないし二〇号証、乙第七ないし一二号証によれば、本件土地の取得価格の決定についての公有財産評価委員会、特別公有財産評価委員会、関係部課長会議の各審議結果についての報告書及び公有財産評価委員会における本件以外の案件についての審議結果の報告書がいずれも保存年限が永久保存の文書として保存されていること(前記芦屋市文書取扱規程―甲第七号証―三九条によれば、保存年限の区分はその文書の重要性の度合いに応じて永久保存、一〇年保存、五年保存、三年保存、一年保存に区分の基準を定めている)も併せ考えれば、評価委員会の議を経たものであれば特段の事情がない限り右芦屋市文書取扱規程に照し評価委員会の審議結果について文書による報告がなされるべきものということができる。しかして右の文書作成がなされていないことにつき、評価委員会の審議結果について文書が作成されないことは他にも例があり本件について市長らにおいて審議結果を知つているので文書を作成しなかつたと思う等をいう原審証人永楽正生、同芝勇太郎の各証言は、文書が作成されなかつたことの特段の事情を説明するものとはとうてい認めることができないし、他に文書が作成されなかつたことについての特段の事情はこれを見出すことができない。のみならず成立に争いのない甲第二〇号証によれば、被控訴人が本件土地の取得価格の決定について評価委員会が開催されたと主張する昭和五〇年二月七日と同日に芦屋市所有にかかる神戸市東灘区本庄町所在の墓地の売却価格についての審議結果の報告書が文書により作成されていながら、(原審証人永楽正生、同芝勇太郎の各証言は、右本庄町所在の墓地売却の件に引きつづいて本件土地の買収の件が審議されたとしている)同じ日に引き続き審議されたという本件の審議結果についての文書が作成されていないこと及び本件訴訟提起前に控訴人岡本義雄及び有澤淳修らが芦屋市の総務部長芝勇太郎、用地管財課長の永楽正生から評価委員会において本件土地の取得価格を三・三平方米あたり金七〇万円とする旨の議決をしたことがないことを確認していた旨を述べる原審及び当審における控訴人岡本義雄、当審における控訴人有澤淳修各本人の尋問の結果と対比すれば、評価委員会の議を経たものとする原審証人永楽正生、原審及び当審証人芝勇太郎、当審証人角谷和雄の各証言部分はいずれも措信できず、他に被控訴人の右主張を認めるに足りる証拠はない。

したがつて本件土地を一律に三・三平方米あたり金七〇万円とする旨の公有財産評価委員会の議を経ている旨の被控訴人の主張事実はこれを認めることができない。

三  控訴人らは、被控訴人がなした本件支出は芦屋市公有財産規則に違反する違法の公金の支出であり、本件支出により芦屋市に対し損害を与えたものであるとして、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき芦屋市に代位して芦屋市に対する損害賠償の支払いを求めるので、引用にかかる原判決認定の事実及び前記二に認定の事実により控訴人らの右請求の当否について以下判断する。

(一)  本件支出にかかる本件土地取得価格決定の手続は、芦屋市公有財産規則所定の公有財産評価委員会における審議に端を発し、特別公有財産評価委員会、関係部課長会議における協議を経て、庁議の審議に依拠したうえ市長が決定するという公有財産の取得における価格決定の通常の事務処理とは著しく異なる経過を辿つたものであり、しかも市議会に提案のうえ市長が決定するに先立つて前記二に認定説示のとおり公有財産評価委員会の議を経ているものとは認められないものである。ところで芦屋市公有財産規則が公有財産の取得、処分等に関する価格を決定しようとするときは公有財産評価委員会の議を経なければならないものとしているのは、価格決定権者のみの判断にあり勝ちな恣意を抑制することによつて価格の公正を期する趣旨に出たものというべきところ、本件取得価格の審議にかかわつた公有財産評価委員会、特別公有財産評価委員会、関係部課長会議さらには庁議の組織、構成についてこれをみるに、引用にかかる原判決認定の事実によれば、公有財産評価委員会は総務部長を委員長とし関係課長級の職員を委員とするものであり、特別公有財産評価委員会の組織に関し必要な事項は市長が公有財産評価委員会の意見を聞いてこれを定めるべきものとされ、昭和四九年八月一日に設置された特別公有財産評価委員会の組織は、助役を委員長とし関係部長四名を含む幹部職員九人を委員とするものであり、昭和四九年八月一日に設置された関係部課長会議の構成は、右特別委員会の委員長、委員の外に参事、下水道部長を加えたものであり、同年八月二九日に設置の関係部課長会議は助役、企画部長、総務部長、建設部長、住宅改良事業部長、同和対策部長という助役、部長級の幹部職員を構成員とし、さらにその後に本件問題の審議にあたつた庁議は、市長、助役、収入役及び各部長等芦屋市の最高幹部をもつて組織するものであり、結局本件土地の最終的な取得価格の決定は芦屋市の最高幹部による構成にかかる庁議をもつてなされたものということができ、それは価格決定権者の恣意を防止すべく公有財産評価委員会の議を経ることを定めた芦屋市公有財産規則の趣旨を没却するものとはいい切れない。

この点について控訴人らは、上位の機関である庁議により決定されたことにより、価格決定権者の恣意を排除する趣旨に出た評価委員会の役割を果したものとはいえないと主張し、当審における控訴人岡本義雄本人の尋問の結果も、評価委員会を設置した趣旨は価格決定権者が直接相手方と交渉して価格を決める如き弊害を排除することにあり、同委員会のメンバーが課長級の職員で構成しているのも価格決定を事務的に処理するためのものであるというのであるが、評価委員会の組織が課長級の職員をもつて構成するものとしたのは、評価委員会における取扱例の多くがせいぜい数筆程度の土地の取得、処分等に関することであるからに外ならないし、右規則も評価委員会の審議事項に直接関係がある部局の長が評価委員会に出席し意見を述べることができるものとされ、さらに右規則も七条の二において都市計画事業等の重要な公有財産の取得、処分等の場合は特別公有財産評価委員会を設けることができる旨を定め、部長級の幹部職員をもつて構成する余地を残しているものである。

ところで本件事業による土地の取得は、土地面積二万九三九六・八〇平方米、筆数二二三筆という芦屋市において過去に例をみない広大な規模の住宅地区改良事業であり、しかも事業の性格上土地のすべてを買収することが不可欠であるがその買収価格の決定には地区内住民との交渉に当初から非常な困難が予想されていたものであり、そのことのゆえに本件土地の取得価格の決定が前記の如き経緯を経て庁議の審議により価格決定がなされるにいたる経過を辿つたものというべきであるが、本件土地取得のこのような事情を考えれば、本件取得価格の決定は芦屋市公有財産規則に定める公有財産評価委員会ないし特別公有財産評価委員会の議を経たものではないが、重要かつ異例に属する行政方針の決定に関することとして芦屋市の最高幹部職員による構成の庁議により審議のうえ価格決定がなされたものと解するのが相当であり、形式的に評価委員会の議を経ていないことのゆえをもつて芦屋市公有財産規則の前記の趣旨を没却するものとまではいうことができず、本件支出を右の理由をもつて直ちに違法のものということができない。

(二)  次に控訴人らは、本件価格決定が公正な価格を担保する公示価格、鑑定価格、固定資産評価額、精通者意見価格、売買実例等の客観的な資料及びこれらの資料による価格の基準に基づいていないし、価格決定に利害関係を有する解同等の圧力に屈してこれを受入れた点でも違法であると主張するので案ずるに、本件取得価格が三・三平方米あたり金七〇万円と決定するについて鑑定価格など右金額を相当とする客観的資料に欠け(被控訴人が当審において提出の乙第二一ないし第二三号証によつても客観的資料に欠けるものと認めることの妨げとはならない)、本件改良地区外の周辺土地の最低評価格やこれに基づき市側において地区住民側に提案した金額、さらに昭和五〇年八月二八日現在の地価の鑑定価格などと比較しても価格になおかなりの隔りが存し、右単価七〇万円と決定するについては売主側である地区住民との政治的折衝の末の合意が主たる要因であつたものということができ、かかる価格決定の過程は公有財産の取得における行政の適正と責任の明確化の観点から妥当なものとはいえないが、本件支出にいたるまでの芦屋市側における困難を極めた本件住宅改良事業用地取得のための対応や市議会の議決を経て本件支出がなされていることも併せ考慮すれば、本件支出は不当な公金支出であるとの誹りを免れないとしても、控訴人ら主張の理由をもつて直ちに違法な支出とまではいうことができない。

(三)  以上のとおりであるから、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき芦屋市に代位して被控訴人に対し損害賠償金の支払いを求める控訴人らの本件請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものとして棄却すべきである。

第三よつて原判決中控訴人車川、同花谷、同平野に関する部分はこれを取り消し、右控訴人三名の本件訴えを却下し、その余の控訴人らの本件請求についての原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 今富滋 西池季彦 亀岡幹雄)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 原告ら

被告は芦屋市に対し金一億三一九二万円及びこれに対する昭和五一年一二月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

二 被告

主文同旨の判決

第二請求の原因

一 原告らは肩書地に居住する芦屋市の住民であり、被告は同市の市長であつて地方自治法に基づき同市の事務を管理執行するものである。

二 被告は、芦屋市が住宅地区改良事業用地として別紙物件目録記載の各土地(以下、本件土地という。)を取得するため、市長として、別表記載のとおり、同表「支払の相手方」欄記載の寺西貢外一七名に対し、同表「物件の表示」欄記載の各土地につき、同表「支払時期」欄記載の各日に、代金として三・三平方メートルあたり金七〇万円の割合による同表「支払金額」欄記載の各金員の支払をした(以下、本件支出という。)。

三 芦屋市公有財産規則六条は、「公有財産の取得、交換または処分に関する価格を決定しようとするときは、公有財産評価委員会の議を経なければならない。」旨、同七条一項は、「委員会は次の事項について審議するものとする。(1)公有財産の取得および処分の価格に関すること(以下略)」と定めている。右規則は、民主的地方行政において、事務の公正な処理を確保するため、地方自治法一五条に基づき制定されたもので、市長は、その権限に属する事務であつても、公有財産の取得、管理および処分については右規則に拠らねばならない。本件土地の取得価格については、右規則に基づき公有財産評価委員会(以下、単に評価委員会という。)が三・三平方メートルあたり金三六万円と決定しており、金七〇万円の価格が決定された事実はない。しかるに、芦屋市は、当初から直接交渉を重ねていた本件土地買収対象地区の住宅要求者組合、部落解放同盟(以下、要求者組合、解同とそれぞれ略称する。)が昭和四九年七月二四日に申出ていた三・三平方メートルあたり金七〇万円の要求価格を飲まざるをえなくなり、本件支出に至つたもので、本件支出は右規則に違反してなされた違法な支出である。

四 被告は右規則その他法令に従い本件支出をなすべき義務があるところ、評価委員会が本件土地の価格につき三・三平方メートルあたり金七〇万円とする決定をしたことはないのであるから、被告は本件支出が違法であることを知つて執行したものというべきであり、仮に、被告が本件支出当時、評価委員会の議を経なければならない旨の前記規定を知らなかつたとしても、右規定を了知すべき義務を怠つた過失があり、違法行為の責任を免れるものではない。

五 本件土地を取得するにつき本来支払われるべき金額は、評価委員会の決定にかかる三・三平方メートルあたり金三六万円の割合による金員であるから、被告は本件支出により芦屋市に対し、右支払われるべき金額と右支出額の差額の総計である金一億四三五三万円の損害を与えたものである。

六 仮に、本件支出の額と前記支払われるべき金額との差額を損害額と認められないとしても、本件土地の価格について昭和五〇年八月二八日現在三・三平方メートルあたり金四八万円とする鑑定評価がなされているから、右評価額に基づく総額との差額である金九三〇一万円の損害を与えたものというべきである。

七 原告らは昭和五一年九月二日芦屋市監査委員に対し、同市が被つた前記損害を補填するため必要な措置を講ずべきことを請求したが、同年一〇月二五日同監査委員より右請求を棄却する旨の通知がなされた。

八 よつて、原告らは地方自治法二四二条の二に基づき、芦屋市に代位して被告に対し、同市に対する損害の賠償として、前記損害額の内金一億三一九二万円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五一年一二月二日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する被告の答弁及び主張

一 請求原因一、七の事実は認める。

同二の事実中、芦屋市が本件土地を買収し、被告が同市の市長として別表「物件の表示」欄記載の各土地につき同表「支払金額」欄記載の各金員の支払をしたことは認める。本件土地のうち、別紙物件目録記載1の土地は実測面積九二・〇五平方メートル、同9の土地は同一三〇・二八平方メートル、同10の土地は一〇〇・九〇平方メートルで、いずれも登記簿上の面積と異なるが、右実測面積を基準として買収したものである。

請求原因三の事実中、規則の定めについては認めるが、その余は争う。

同四ないし六の事実は争う。

二 本件土地買収の経緯は次のとおりであつて、適法になされたものである。

(一) 本件公有財産の取得は、同和対策事業特別措置法(以下、同対法と略称する。)六条、及び住宅地区改良法(以下、改良法と略称する。)に基づき、昭和四六年一二月一七日建設大臣が地区指定をした芦屋市上宮川町について、同市が施行する芦屋市上宮川町住宅地区改良事業の一環として、面積五万三五〇〇平方メートル、住民数約一〇〇〇名、土地筆数二〇〇に及ぶ広大な同地区の一団の土地を買収し、改良住宅を建設する計画のもとに行われた。

(二) 芦屋市公有財産規則(昭和四九年九月九日改正前)は、前記同規則六条(公有財産評価委員会の設置)、同七条(委員会の審議および組織)一項についで次のとおり規定する

2 委員会は委員長および委員七人をもつて組織する。

3 委員長は総務部長とし、委員は用地管財課長、税務課長、建設総務課長、都市整備課長、道路課長、建築課長および総務部主幹(用地担当)をもつてこれにあてる。ただし、委員会において審議する事項に直接関係がある部局の長、または教育長は、委員会に出席して意見を述べることができる。

(特別公有財産評価委員会の設置)

七条の二 都市計画事業その他の事業の実施に係る公有財産の取得、交換または、処分に関する価格を決定しようとするときにおいて、市長がとくに必要があると認める場合は、特別公有財産評価委員会(以下「特別委員会」という。)を設けることができる。

2 特別委員会の審議および組織に関し必要な事項は、市長が委員会の意見を聞いて定める。

右七条二項及び三項本文は、昭和四九年九月九日次のとおり改正された。

2 委員会は、委員長および委員八人をもつて組織する。

3 委員長は総務部長とし、委員は、用地管財課長、税務課長、建設総務課長、都市整備課長、道路課長、建築課長ならびに事業課長および住宅改良事業部主幹をもつてこれにあてる。

(三) 芦屋市前市長渡辺万太郎は、昭和四九年七月二九日、前記改正前の規則六条により本件公有財産の取得について取得価格を決定するため評価委員会の議に付したが、同委員会は事業の重大性に鑑み特別委員会の設置を要望したので、同市長は同年八月一日、前記改正前の規則七条の二により、「同和対策地区改良事業特別公有財産評価委員会」を設置することに決定し、同特別委員会は右事業実施に伴う用地買収価格の評価を審議事項として同日開かれたが、論議の結果、「特別委員会としては一応解消したうえ、あらたに関係部課長会議を設け、同会議でまず評価の基本的な方針、基準等を定めたうえで、別に設置する評価委員会において具体的な評価を実施することが望ましい。」との結論に達した。

(四) そこで、渡辺市長は右特別委員会の結論に副い、同年八月三日関係部課長会議を設置するとともに、同月六日事業用地価格決定の基本的方針、基準等について協議させるための同部課長会議を招集した。

(五) 一方、評価委員会は、地区住民側の「一番安いと思う土地の評価額を回答してほしい。」との要請にこたえ、同年八月七日、最低の価格標準地として設定した芦屋市上宮川町二三番四宅地一二八・九二平方メートルにつき、評価額を三・三平方メートルあたり金三六万円と評価して市長に答申した。

(六) 昭和四九年八月二二日芦屋市に住宅改良事業部が新設され、同和対策住宅地区改良事業は同部が管掌することとなり、その結果、規則七条の二、三項が前記のとおり改正され、これに伴い、同月二九日市長は従来の関係部課長会議を解消し、あらたな構成員による関係部課長会議を設置することを決定した。

(七) 昭和四九年一〇月九日、評価委員会は市長に対し、本件買収土地区域外の芦屋市三条町、大原町、船戸町、松ノ内町、楠町、打出町、春日町、津知町に属する土地を対象とした「上宮川町周辺の最低地の選定および価格」について答申したが、右答申において、最低価格地の参考評価額は三・三平方メートルあたり金三一万円ないし四二万円であつた。

(八) 評価委員会の前記各答申はいずれも最低地に関するもので、本件住宅地区内全般の土地に関する評価がなされたものではなく、評価の基本方針、基準等についての関係部課長会議の審議も進まなかつたので、同年一一月一八日渡辺市長は、「重要かつ異例に属する行政方針の決定に関する事項」にあたるものとして、臨時庁議において関係部課長会議の評価の基本方針、基準策定の任務を庁議が引継ぐべきことを決定し、爾来、庁議において審議した結果、昭和五〇年二月初、本件土地が芦屋駅前の繁華街並びに高級住宅地に接するいわば市の中心地にあたる五万三五〇〇平方メートルの地域であり、一団の土地とみるべきであつて地域内の一筆の土地ごとに格差を設けることは妥当でなく、右繁華街、高級住宅地の取引価格を「近傍類地」の取引価格として考慮すべきであるとの庁議の決定に達したので、市長は評価委員会の議を促し、同年二月七日、本件土地を一律に三・三平方メートルあたり金七〇万円とする同委員会の議を経た。

(九) そこで、渡辺市長は昭和五〇年三月二二日芦屋市議会に対し次のとおりの議案を提出し、同議会は同月二九日同議案を原案どおり可決した。

第四六議案 財産取得について

下記の土地を取得したいので、議会の議決に付すべき契約および財産の取得または処分に関する条例第三条の規定により、市議会の議決を求める。

昭和五〇年三月二二日提出

芦屋市長 渡辺万太郎

一 目的 芦屋市上宮川地区住宅地区改良事業用地

二 場所 芦屋市上宮川町一番一~九八番九、一〇二番~一〇三番三(一四九筆)、宮塚町一番~一四番、五六番~五六番二四および五七番三〇(六三筆)、芦屋市楠町八八番~九二番二(一一筆)

三 面積 二九、三九六・八〇平方メートル

(八、八九三・八一坪)

四 取得予定価格 六、二三〇、〇〇〇、〇〇〇円

五 契約の相手方 芦屋市上宮川町一一番八号寺本利一外一七一人

提案理由

同和問題の早期解決を目指し、生活基盤である住環境の整備をはかるため、上宮川地区の住宅地区改良事業用地を取得しようとするもの

(一〇) 渡辺市長は昭和五〇年三月三一日辞任し、被告は同年四月二七日芦屋市長に選任され、職務上、前記市議会の議決に基づく用地買収事務の執行にたずさわり、取得予定価格の範囲内で本件土地を買収した。従つて、被告の事務執行行為については何らの違法性もなく、同人の行為により芦屋市に損害を与えた事実もない。

第四被告の主張に対する原告の反論

被告の市長就任時期により本件支出の違法性に消長を及ぼすものではなく、被告は本件支出にあたり、価格について評価委員会の決定の有無、金額を確かめたうえで執行すべきであり、また、市議会の議決があつたとしても、議決された価格につき評価委員会の決定と矛盾する事実がないかどうかを調査し、右委員会の決定に従つて支出すべきであつて、議会の議決があつたからといつて本件支出が適法となるものではない。

第五証拠<省略>

理由

一 原告らが肩書地に居住する芦屋市の住民であり、被告が同市の市長であつて地方自治法に基づき同市の事務を管理執行するものであること、被告が市長として、同市が住宅地区改良事業用地として本件土地を取得するため本件支出をなしたこと、芦屋市公有財産規則六条は、「公有財産の取得、交換または処分に関する価格を決定しようとするときは、公有財産評価委員会の議を経なければならない。」旨、及び、同七条一項は、「委員会は次の事項について審議するものとする。(1)公有財産の取得および処分の価格に関すること」と定めていること、並びに、原告らの監査請求とこれに対する棄却通知の事実は当事者間に争いがない。

二 芦屋市の本件土地取得の経緯について検討する。

成立に争いがない甲第一五、一六号証、乙第一ないし第一九号証(ただし、第一六号証は一ないし四)、原告有澤淳修本人尋問の結果により成立を認める甲第三号証の一、二、同第八、九号証(ただし、第八号証中、後記措信しない記載部分を除く。)、原告岡本義雄本人尋問の結果により成立を認める同第一〇号証の一、二、弁論の全趣旨により成立を認める同第四号証の一、証人芝勇太郎、永楽正生の各証言、原告岡本義雄、有澤淳修、被告各本人尋問の結果(ただし、芝の証言及び原告有澤、被告各本人尋問の結果中、後記措信しない部分を除く。)を総合すると、、次の事実を認めることができる。

(一) 芦屋市は、同対法六条、改良法四条二項に基づき住宅地区改良事業を施行するため、本件土地を含む同市上宮川町、宮塚町及び楠町について改良地区指定の申出をし、昭和四六年一二月一七日、建設大臣は右地区を改良法四条一項所定の改良地区に指定した。

(二) 右改良事業(以下、本件改良事業という。)は、同和地区である改良地区の住環境整備のため同地区の土地を右事業用地として芦屋市において買収し、これを改良事業用地として改良住宅を建設することを内容とするもので、土地面積五万三五〇〇平方メートル、筆数約二〇〇筆、住民数約一〇〇〇名に及ぶ広大な規模をもつ。事業の性格上、右土地の全てを買収することが不可欠となるが、地区内住民の団結が強いため、任意買収に際しての価格の交渉には、当初から非常な困難が予測されるところである。本件支出は右用地買収の一環として行われたものである。

(三) 芦屋市公有財産規則(昭和三九年規則第一四号)(昭和四九年九月九日改正前)七条二項は、「委員会は委員長および委員七人をもつて組織する。」旨、同三項は、「委員長は総務部長とし、委員は用地管財課長、税務課長、建設総務課長、都市整備課長、道路課長、建築課長および総務部主幹(用地担当)をもつてこれにあてる。ただし、委員会において審議する事項に直接関係がある部局の長、または教育長は、委員会に出席して意見を述べることができる。」旨規定し、同七条の二の一項は、「都市計画事業その他の事業の実施に係る公有財産の取得、交換または、処分に関する価格を決定しようとするときにおいて、市長がとくに必要があると認める場合は、特別公有財産評価委員会(以下「特別委員会」という。)を設けることができる。」旨、同二項は、「特別委員会の審議および組織に関し必要な事項は、市長が委員会の意見を聞いて定める。」旨規定しているが、昭和四九年九月九日前記七条二項の「委員七人」を「委員八人」に、同条三項所定の委員のうち「総務部主幹(用地担当)」を「事業課長および住宅改良事業部主幹」とする改正がなされた。

右各規定は、関係各課長等に審議をさせあるいはその意見を徴することにより、決定権者のみの判断にありがちな恣意を抑制することによつて、価格の公正を期する趣旨に出たものと解されるのであるが、右規則は、右各規定以上に、評価委員会の価格に関する審議についてその内容、程度、方法等に関する具体的詳細な規定はおいていない。

ところで、右各規定のもとにおける従前の芦屋市の任意売買による公有財産の取得価格は、担当部局が売主との交渉を開始するに先立つて評価委員会が価格に関する審議をする、その際評価委員会は、公示価格、鑑定価格、固定資産評価額、精通者意見価格、売買実例等を参考とし、一筆毎にその個別的要因を考慮して決定した価格を、市長宛に報告又は答申する、これに基づいて市長が最終決定をする、なお、売主との交渉の結果右価格で取得することができないときは再度評価委員会にかけたうえ市長が決定する、というのが通例である。もつとも、従来の取扱例は、おおむね一、二筆、せいぜい数筆を出ない土地の取得に関するものであり、大きいものでも、学校用地程度で、その場合でも、筆数は相当数になるものの、本件改良事業ほどの規模のものはなく、まして、そこに存する前記のような問題点を内包するものは、皆無であつた。

(四) 昭和四九年七月二九日ころ、本件改良地区の用地取得価格を決定するにつき前記規則六条に基づく第一回の評価委員会が開かれたが、同委員会としては、用地が広大であり、予算が多額であるなど改良事業の規模が大であり、同対法に基づく事業の一環であること等から特別委員会の設置が望ましいと考え、その旨市長に要望した結果、同年八月一日前記規則七条の二に基づき、市長の諮問機関として、地区改良事業に伴う用地の買収価格について審議し市長に答申することを所掌事項として、同和対策地区改良事業特別公有財産評価委員会が設置された。右委員会の組織は、助役を委員長とし、企画部長、総務部長、建設部長、同和対策部長、総務部用地管財課長、総務部主幹(用地担当)、建設部道路課長、建設部都市整備課長、同和対策部住宅改良課長ら九人の委員からなるものであつた。

(五) 特別委員会は右設置の同日開催され、評価委員会の構成、職務権限、買収対策等基本的な問題につき論議された結果、評価の基本的な問題と方針、基準等を広範囲の意見により定めてもらつたうえで、その基本方針に副い具体的評価を評価委員会において行うことが望ましいとの結論に達したので、市長の決裁を得て、特別委員会は一応解消することとし、同年八月三日、助役を長とし、特別委員会の構成員である前記部課長のほか、参事、下水道部長らを加えた関係部課長会議を設置し、基本方針等の検討に入ることとなつた。

(六) 昭和四九年八月六日開催の関係部課長会議において、評価の基本方針及び基準として、一般の公共事業用地取得の場合と同一の基準である売買実例価格、精通者意見価格、公示価格のほか、差別のない価格を考慮して評価すること、本件土地は本件改良事業用地として必須なので、売主の立場を考慮し、同一条件における他の地区の類似価格を求める方法とすること、国鉄芦屋駅を中心とした一定距離内の第二種住居専用地域(芦屋市業平町、楠町、宮塚町、茶殿町、大原町、船戸町等)の前記売買実例価格等のほか、宅建業協会価格、鑑定価格を参考とした価格とする、評価委員会は、特別委員会を設置するか一般の委員会とするかは、市長の決定を待つこととする、との一応の意見をまとめ、その旨市長に対し報告された。前記差別のない価格を考慮するとの基本方針は、当該部課長会議に先立ち、同年七月二四日ころ本件地区住民らよりなる要求者組合及び解同と市側との間に、買収に関し交渉がなされており、売主側として三・三平方メートルあたり金七〇万円で買上げてもらいたいとの要望も出されていたので、対象地域自体に限定した評価をすべきではなく、周辺地域と一体として諸条件を考えるとともに、差別の歴史や、市として他に代替地を求めることの困難性など同和対策上の観点を評価に反映させることを意味するものである。

(七) 前記要求者組合は市側との交渉の過程において、市に対し本件対象地区内の土地について最低価格の評価を求めたので、評価委員会は同年八月七日、市長の諮問に基づき、関係部課長会議の定めた前記基本的方針、評価基準に基づき、地区内の条件の悪い土地として同委員会が選定した宅地一筆につき、売買実例価格、精通者意見価格などを参考資料として三・三平方メートルあたり金三六万円と評価し、その旨答申し、右金額は地区内の要求者組合にも伝えられ、その後同年一〇月一日には、同委員会により地区外の周辺土地につき地価の最低地一〇筆が選定され、前同参考資料、鑑定評価等により三・三平方メートルあたり金三〇万円ないし四二万円の評価がなされ、その旨市長に答申された。

(八) この間、審議事項の重要性から、さらに上位の会議体で協議すべく、同年八月二九日に前記関係部課長会議が解消され、右会議と任務を同じくし、助役、企画部長、総務部長、建設部長、住宅改良事業部長、同和対策部長を構成員とする関係部長会議が設置された。

(九) なお、芦屋市には、市行政の最高方針等について協議、助言をさせるため、市長、助役、収入役及び各部長等をもつて構成し、市長が主宰する庁議が設置されているが、本件改良事業に関する諸問題は、重要かつ異例に属する行政方針の決定に関する事項として庁議に付され、論議が重ねられてきた。評価の基本的方針についての論議も、前記関係部課長会議や関係部長会議で一応の見解が得られてはいたが、右会議の報告に基づき、最終的には庁議に持込まれてたびたび協議がなされ、昭和四九年一一月一一日の定例庁議当時、本件改良地区周辺の土地の前記最低評価額を参考として改良地区の価格を三・三平方メートルあたり金三八万円と評価することは格別不当なものではないとの一応の結論が出されたものの、要求者組合や解同がこれを拒否したため、右団体等との円滑な交渉を経て地区改良事業を実現するためには、さらに価格の引上げについて検討を要する情勢となり、その後、渡辺市長の判断に基づき、同年一一月二〇日ころ解同に対し三・三平方メートルあたり金四九万円ないし金五三万円の金額が提示された。解同はこれを地区住民にもち帰つたが、その了承を得ることができず、同年末ころには、売主側として改良事業に協力しうる金額は三・三平方メートルあたり金七〇万円を下ることはできないとの要求を明確に示すに至つた。

(一〇) 昭和五〇年二月初ころ、庁議において最終的な評価の基本方針が協議され、その結論として、国鉄芦屋駅周辺の同市中心部繁華街、高級住宅地に比準し評価すること、対象土地全体を一団とし、かつ、更地として評価すること、差別のない価格であること等の基準が確認され、右基準に立ち、市長より三・三平方メートルあたり金七〇万円を妥当とする意見が出され、庁議も右金額を妥当と認めたので、評価委員会の意見を聞いてもらいたい旨の市長の要請に基づき、芝委員長から評価委員会に対し右庁議の結果が報告され、意見が求められた。これに対し、評価委員会としては、格別異論もないまま右価格を容認する旨決定した。その結果は、即日委員長から市長に伝えられたが、それまでに至る経過にかんがみ、特に必要もないものとして、右評価額の決定に関する報告書等の文書は作成されていない。

(一一) 昭和五〇年三月二二日、渡辺市長より芦屋市議会に対し、同和問題の早期解決を目指し、生活基盤である住環境の整備をはかるため上宮川地区の住宅地区改良事業用地を取得することを提案理由として、次のとおりの内容の議案が提出され、同月二九日共産党議員三名の反対を除く多数の賛成により原案どおり可決され、同日これに伴う債務負担行為の補正予算案等が可決された。

議案

1 目的 芦屋市上宮川地区住宅地区改良事業用地

2 場所 芦屋市上宮川町一番一ないし九八番九、同一〇二番ないし一〇三番三(一四九筆)、同市宮塚町一番ないし一四番、同五六番ないし五六番二四、同五七番三〇(六三筆)、同市楠町八八番ないし九二番二(一一筆)

3 面積 二万九三九六・八〇平方メートル(八八九三・八一坪)

4 取得予定価格 六、二三〇、〇〇〇、〇〇〇万円

5 契約の相手方 芦屋市上宮川町一一番八号

寺本利一外一七一人

(一二) 芦屋市長より兵庫県知事を経由して建設大臣に対し、改良法五条一項に基づき昭和五〇年四月二三日付上宮川住宅地区改良事業事業計画認可申請書が提出されたが、同知事より、評価の客観的資料の不備を指摘する趣旨で、「この事業計画における用地取得については、芦屋市議会で可決されたものであるが、この場合の地価評価額の決定はその算出根拠が不明確であると思料されるので、住宅地区改良事業としての用地価額の決定にあたつては十分検討する必要がある。」旨の意見書が付され、右のほかは適正と認められるとして進達された。右申請に対し現在まだ認可はなされていない。

(一三) 芦屋市は昭和四九年、本件改良事業とは別に河本某から上宮川町の土地一筆を三・三平方メートルあたり金三二万円位で買取つたことがあり、その際、右価額は評価委員会の議決を経た金額であつた。もつとも、右は、同地区からの転出のため、市に買上げてもらいたい旨の売主河本某からの要望を容れた売買事例に関するものである。その他、本件改良事業の地区内に取引事例は見当らないが、住環境未整備の故もあつて、個別的要因を考慮した場合、一般に同地区内の土地の評価額が低くなることは、否めないところである。

(一四) 渡辺市長は昭和五〇年三月三一日退職し、同年四月二七日被告は新市長に就任し、同年五月六日、本件用地買収等住宅地区改良事業の推進に関する事務を含む市長事務の引継を完了し、前記市議会の議決に基づき、事業用地の先行取得として土地所有者と市長との間に売買契約を締結したうえ本件支出を行つたが、事業が未認可であることと、認可申請をやり直してはどうかとの建設省側の意向などもあつて、昭和五〇年一二月以降、その余の買収事務はほとんど中断されている。この間、本件事業対象土地を一括買収するための標準地として地区内上宮川町の五筆、宮塚町の一筆の土地につき、市長としての被告の依頼による昭和五〇年八月二八日現在の地価の鑑定評価がなされ、右上宮川町の土地については一平方メートルあたり金一三万六〇〇〇円ないし金一六万〇二〇〇円、宮塚町の土地については同金一三万四五〇〇円の鑑定結果が報告されているが、本件土地の取得単価金七〇万円の金額については、鑑定等直接に右金額を算定表示する資料は存在しない。

右認定に反する甲第四号証の二、並びに、同第八号証、証人芝の証言及び被告本人尋問の結果のうち右認定に反する記載、供述部分はその余の前掲証拠に照らして措信できず、原告有澤、岡本各本人尋問の結果中には評価委員会の決定を欠く旨の供述部分があるが、これをもつて右認定を覆えすには足りず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

三 右認定事実による当裁判所の判断は次のとおりである。

本件支出にかかる本件土地取得代金額は、土地の売主と芦屋市との間の合意に基づくものではあるが、同市側における右取得価格決定の手続過程は、同市の公有財産規則所定の評価委員会及び特別委員会における審議に端を発し、ついで市幹部の会議体、更には市行政の協議、助言機関である庁議の審議に依拠するにいたるなど、評価委員会の審議を経て市長が決定するという、公有財産の取得における価格決定の通常事務処理とは大きく異なる、いわば異例の経過を辿つたものである。そして、終局的に決定された単価金七〇万円の取得価格は、通例のように評価委員会が独自に評価決定して積極的に答申した審議結果に基づいて決定されたものではなく、評価委員会としては、既に事実上市長及び市幹部と売主側である地区住民との間の政治的折衝を経て決定されたものを了承するという形式でその評価に関与するにとどまる結果となつたものである。しかしながら、右の経過は、当初、価格の決定につき付議された評価委員会が、その意思に基づき要望した特別委員会の設置を発端とした手続過程が践まれるにいたつたものであること、特別委員会の審議、組織に関する必要事項は市長が評価委員会の意見をきいて定めうることになつていること、右各委員会、及び関係部課長会議、関係部長会議、並びに庁議の構成、評価委員会における審議事項に直接関係がある部局の長は評価委員会に出席し意見を述べることができるものとされていること、市議会の議決に至る右手続過程全体を通じ、評価委員会ないし同委員として市長その他市幹部の関与に対する特段の異論があつたことを認めるべき資料もないこと等にかんがみ、さきに述べた芦屋市公有財産規則六条等の規定が設けられた趣旨及び評価委員会の審議に関する同規則の規定の程度に照らせば、同規則所定の付議機関である評価委員会の役割を没却する手続処理がなされたものということはできず、むしろ、終局的な取得価格の決定についての評価委員会の関与が前記の程度であつたとはいえ、右手続過程に関与した各機関の構成に照らせば、それは、右規則が予定する通常の手続に比べてより慎重に履践された手続過程において、それなりに同規則が予定した評価委員会の役割を果したものと考えられるのであつて、評価につき、実質的にも評価委員会の議を経たものと評価することができるのである。

本件土地の取得単価については、鑑定評価等直接に右金額を相当とする客観的資料がなく、むしろ、右認定のとおり、最低価格地の鑑定評価額とこれに基づき市側において検討、提案した金額や、昭和五〇年八月二八日現在の鑑定評価額など資料に基づくものとして表われた金額は、本件取得価格よりかなり低額であつて、本件取得価格は、売主側との折衝の末到達した合意が金額決定の主たる要因であつたと思料され、公有財産の取得における行政の適正と責任の明確化の観点からするときは、不動産評価の客観的資料を欠く価格決定の過程、従つて、これに基づく買受代金の支出は、市議会の議決を経て本件支出がなされたこと、及び、売買の私法行為性その他諸般の事情を勘案しても、必ずしも妥当であるとは言えないが、前述のとおり評価委員会の議を経たことが認められ、他に法規に反する事実を認めるべき資料がなく、市議会の議決に基づきその執行としてなされた以上、被告の本件支出行為に違法性はないものと言わねばならない。

四 よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

別表、別紙<省略>

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