大阪高等裁判所 昭和58年(う)1119号 判決 1987年6月11日
本籍
韓国済州道北済州郡翰林邑株源里九五二番地
住居
京都府長岡京市花山一丁目六番地
会社役員
金村こと金勝広
昭和一七年一月二三日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五八年八月三日京都地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。
検察官 八木廣二 出席
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年六月及び罰金二億円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金四〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人河村澄夫、同山根正、同豊島時夫連名の控訴趣意書(控訴趣意書訂正申立書及び控訴趣意訂正補充申立書を含む。)及び控訴趣意補充書二通並びに弁護人豊島時夫の控訴趣意書各記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官大井恭二の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
第一各控訴趣意書中事実誤認の主張について
一 昭和五五年分の貸倒れ損失について
弁護人河村澄夫、同山根正、同豊島時夫連名の控訴趣意書第一点の一の事実誤認の主張は、要するに、本件所得税の対象となっている被告人の所得は貸金業による利息所得であるところ、被告人の昭和五五年の所得金額の認定に当たり、原判決は、必要経費として算入される貸金債権の貸倒れの認定について、(a)一年を越えて利息等の支払いがない貸金債権については、利息等の最終入金の日から一年経過した時点で貸倒れと認めるものとし、従って昭和五五年中に入金のあるものあるいは同年貸付のものはいまだ同年の貸倒れとしては認めない、また、(b)弁護士等の介入があったもの、調停申立があったもの、破産申立があったもの、債務者の所在が判明しているもの、あるいは債務者の所在は不明であるが、保証人があるか親族等と交渉中のものは貸倒れと認めない、との基準によって、検察官がした貸倒れの認否の判断を、そのまま是認したのであるが、右(a)については、被告人の営む貸金業がいわゆるサラ金業であり、サラ金業の実情を考慮すれば、利息等の最終入金の日からすでに四か月を越えて利息等の入金がない貸金債権については、そのことのみをもって一律に貸倒れと認めるべきであり、(b)については、そこに列挙されている事由は、サラ金債務者の実態等からしていずれも貸倒れを否定する理由とはなり得ないものである、原判決は、このように誤った基準によった検察官の判断をそのまま是認し、あるいは貸金債権の貸倒れの判断について審理を尽くさず証拠上貸倒れであるか否かを分別することが困難であるものについてまで貸倒れを否認した結果、必要経費に算入すべき貸金債権の貸倒れの認定を誤り、ひいては昭和五五年の被告人の所得金額の認定を誤ったものである、というのである。
そこで、所論及び答弁にかんがみ記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討する。
本件においては、捜査段階から被告人の営んでいた貸金業において貸金債権の貸倒れをいかなる基準により認めるかについて、国税査察官及び検察官と被告人との間に主張の違いがあり、結局、被告人において貸倒れと認めるべきであると主張した分について、検察官は、次の基準により貸倒れの認否の判断をしたのであり、原判決もそれをそのまま是認したのである。すなわち、本件における貸金債権については、(1)債務者死亡、弁護士介入による示談成立、調停成立、破産宣告による配当金の分配、詐欺の各事由が判明している場合は、それらの事由が発生した日(その発生の日が明確でないときは最終入金日)の属する年の貸倒れとして認容し、(2)弁護士等の介入、調停申立、破産申立あるいは破産宣告の各事実あるも、(1)の場合を除き、すべてそれらの事実発生の日(その発生の日が明確でないときは最終入金日)から一年後の貸倒れとして認容し、(3)債務者所在不明の場合は、保証人のあるもの又は親族と返済交渉中のものを除き、最終入金日から一年後の貸倒れとして認容し、(4)債務者所在不明となった後居住先を把握したとしても、最終入金日が昭和五四年以前であって、同五五、五六年にわたって入金がない場合には、最終入金日から一年後の貸倒れとして認容し、従って逆に、<1>元本回収済のもの、<2>昭和五六年中に入金あるもの、<3>昭和五五年中に入金あるもの及び同年貸付債権、<4>弁護士等の介入があったもの、<5>調停申立のあったもの、<6>破産申立のあったもの、<7>債務者の所在が判明しているもの、<8>債務者所在不明であるが保証人のあるもの、<9>債務者所在不明であるが親族等と交渉中のもの、については、その貸倒れ性を否定する、というものである。それに対し所論は、原判決が是認する検察官の右基準による貸倒れの否認について、(一)検察官は、本件貸金債権について、国税庁の所得税基本通達51-13が「債務者について次に掲げる事実が発生した場合には、その債務者に対して有する売掛金等(売掛金その他これに準ずる債権で貸倒引当金の対象となるものをいう。以下この項において同じ。)の額から備忘価額を控除した残額を貸倒れになったものとして、当該売掛金等に係る事業の所得の金額の計算上必要経費に算入することができる。(一) 債務者との取引の停止をした時(最後の弁済期又は最後の弁済の時が当該停止をした時より後である場合には、これらのうち最も遅い時)以後一年以上を経過したこと(当該売掛金等について担保物のある場合を除く。)。((二)以下略)」(昭和五七年改正前のもの)としているのに準じて、債務者所在不明のときはすべて最終入金日から一年の経過をもって貸倒れと認めるとの立場を採り、従って、昭和五五年中に入金あるものや同年貸付のものは一切貸倒れを否定しているが、本来貸金債権については、「貸金等につき、その債務者の資産状況、支払能力等からみてその全額が回収できないことが明らかになった場合には、当該債務者に対して有する貸金等の全額について貸倒れになったものとして当該貸金等に係る事業の所得の金額の計算上必要経費に算入する。(ただし書略)」(昭和五七年改正前のもの)とする同通達51-12がまず適用されるのであって、債権の全額回収不能が明らかとなった以上貸倒れと認められるのであるから、本件のごときサラ金業者の貸金債権については、債務者の実態やサラ金業営業の実情を考慮すれば、利息等の入金が四か月を越えてなかった場合は、まず債権を回収することは不可能であり、従って、最終入金日から一年の経過を待つまでもなく、最終入金日から四か月の経過そのことのみをもって一律に貸倒れを認めるべきであり、検察官の<3>の理由で貸倒れを否定したのは不当であり、(二)検察官は、入金が滞っている場合でも、弁護士等の介入や調停申立の事実があるときは、示談、調停の成立しない限り、貸倒れの認定が妨げられるとし、それらの事実(弁護士等介入、調停申立)発生から一年後の貸倒れ(それらの事実発生の日が明確でないときは、最終入金日から一年後の貸倒れ)としか認めず、また債務者の所在が判明しているときは、貸倒れが否認されるとしているが、これら弁護士等介入、調停申立あるいは債務者判明の事実があったとしても、サラ金債務者の実態からして債権回収の見込みが新たに生まれるとは考えられず、貸倒れを認めるのになんら妨げとはならないと解されるので、それらの事由が存在したとしても、前述のように最終入金日から四か月の経過をもって同じく貸倒れを認めるべきであり、従って、弁護士等の介入、調停申立のあったものや債務者所在判明のものについて、検察官の<4>、<5>、<7>の理由で、更に弁護士等の介入、調停申立の事実があるも、それら事実発生の日が明確でないものについて(最終入金日から一年を経過していない場合)、<3>の理由でそれぞれ貸倒れを否定したのは不当であり、(三)サラ金債務者について破産申立により破産宣告がなされたときは、既に債務過重で配分すべき財産もなく、破産宣告と同時に破産手続廃止となるのが必定と一般的にいえるから、サラ金債務者については破産宣告があったことをもって貸倒れがあると認めるべきであって、検察官の<6>の理由で貸倒れを否定する分に関しては、少なくとも破産宣告があった債務者に対する貸金債権については貸倒れを認めるべきであり、(四)サラ金債務者に保証人があっても、それら保証人の実態からすれば、まず債権が回収できる可能性はなく、あるいは債務者の親族と交渉中であっても、それら親族自身は何ら法律上支払い義務はないのであるから、債権回収の見込みが立つ可能性はなく、検察官の<8>、<9>の理由で貸倒れを否定したのは不当であり、(五)債務者が支払い済の利息について利息制限法に従い法定利息超過分を元本に充当する方法により計算したとき、既に元本債権が消滅している貸金債権については、その貸倒れ性を認めるべきであり、(六)その他検察官がその貸倒れを否定した本件貸金債権の中には、債務者死亡のもの、弁護士等の介入により債務者との間で債務不存在の確認又は債権放棄の意思表示がなされ解決したもの、詐欺にかかったもの、最終入金日から一年以上経過しているため前記通達51-13を準用すべきもの、との各理由からそれぞれ貸倒れが認められるべきものがある、と主張する。
そこで考えるに、所得税法五一条二項は、事業所得等を生ずべき事業について、その事業の逐行上生じた貸付金等の貸倒れその他政令で定める事由により生じた損失の金額は、その損失の生じた日の属する年分の事業所得等の金額の計算上、必要経費に算入する旨定めるが、いかなる場合に貸倒れとなるのかについては、同法に特に定めがなく、それは法の解釈適用に委ねられており、結局個々具体的な場合について、貸倒れによる損失を必要経費に算入することを認めた法の趣旨に従い、判断せざるを得ないのである。ところで、所論は、貸金債権についてはまず前記通達51-12を原則として適用すべきであるから、検察官が前記通達51-13に準じて、債務者所在不明等のときは最終入金日から一年の経過をもって貸倒れとするとしたのは不当である、と論難するのであるが、所得税法による税徴収の実務を行っている国税庁当局は、所得税法五一条二項にいう債権の貸倒れに当たると判断すべきいくつかの場合を所得税基本通達51-11以下のいくつかの通達によって定めているが、本件のごとき貸金債権に対しては、それらの中でまず所得税基本通達51-12が適用されるものと解されることは、所論指摘のとおりである。しかしながら、検察官は、債務者の死亡、刑務所服役、破産宣告による配当金の分配のように、貸金の回収が不能となったことが明らかであるといえる場合は、その事由発生の年の貸倒れとして認めているのであり、このような処理の仕方からすれば、検察官も所得税基本通達51-12の適用を否定したものではなく、むしろ、右通達51-12を適用し得ない貸金債権についてなお所得税基本通達51-13に準じて、債務者所在不明等の事由があれば最終入金日から一年の経過をもって貸倒れと認めるとの扱いをしたものと解されるのである。従って、検察官が本件貸金債権について右通達51-12の適用を否定したかのようにいう所論は、正鵠を得ていないといわねばならない。しかし他方、右のごとき各通達は、国税庁の行政組織内部における命令として税法の解釈ないし運用の基準を示達したものに過ぎないもので、税法の解釈適用について裁判所の判断をも拘束する性質を有するものではないので、ここで前記所得税法五一条二項所定の貸倒れ該当性を判断するに当たって、それら通達の内どれを適用すべきかを抽象的に論じても意味はなく、むしろ、それら通達に従った具体的処分が、右所得税法が貸倒れを認めている趣旨に違反しないものであるか否かを検討するのが相当であるから、検察官が本件貸金債権の貸倒れとして認めるか否かを判定するに当たって基準として採用し、原判決が是認したものの適否、特にそれが被告人にとって不利益となっていないか否かを、所論と対比しつつ以下に検討してみる。
検察官は、債務者所在不明の場合は最終入金日から一年後の貸倒れとして認めるとの基準を採り、従って、昭和五五年中に入金のある、あるいは同年中の貸付にかかる貸金債権については貸倒れを否認したのに対し、所論は、前記(一)のとおり、本件のごときサラ金業者の貸金債権については、サラ金営業の実態を考慮すると、債務者所在不明で利息の支払い等入金がなく最終入金日から四か月を経過している場合は、一律に貸倒れを認めるべきである、と主張するのであるが(弁護人三名連名の昭和六〇年九月一一日付控訴趣意書訂正申立書添付の貸倒れ調査表第一表及び第二表並びに昭和六一年二月五日付控訴趣意訂正補充申立書添付の第三表における被告人の調査結果分類「H債務者、保証人の所在不明又は無資力のため事実上回収不能」が、その主張に当たるものと解せられる。)、本件のごときサラ金業者の貸金債権については、なるほど債務者において多額の借金を抱え、一旦利息等の支払いが滞ったときには、その後の利息の徴収のみならず元金の回収が困難となる例が少なくないことは否定できないところと考えられるが、他方、本件被告人の営む各店舗では、一月以上入金のない債権については管理債権として特別の帳簿につけ、取り立てに専属的にあたる人員を配して債務者の所在を追跡するなどその取り立てに努めることを行っており、また現に四か月を経過後に利息の支払いがなされているものも少なからずあることが認められるのであって、こうした被告人自身の例にも認められるように、一般にサラ金業者においては滞った債権取立てのため各種手段を講じある程度の成果をあげているのが実情であると考えられるので、サラ金債権であることの故をもって、最終入金日から四か月を越えて利息の支払い等入金かない場合、もはやその債権の回収が事実上不可能となるとの客観的な一般的事情があるとはいまだ認められず、本件のごとき貸金債権については最終入金日から四か月の経過をもって貸倒れと認めるべきはであるとの所論をにわかに採用することはできない。また、検察官か基準とした最終入金日から一年という期間よりも短い期間をもって、貸倒れと認めるべき一般的事情があるとも認められない。従って、検察官が前記の場合最終入金日から一年後の貸倒れと認めるとの基準を採用し、それに基づき前記<3>の事由にあたるものについて貸倒れを否定したことが、貸倒れ損失の必要経費算入を認めた前記所得税法五一条二項の趣旨に反し被告人に不利なものということはできない。
所論は、前記(二)のとおり、弁護士やサラ金問題相談所の介入の事実があったときでも、それら弁護士等は、利息制限法による制限超過利息の元本充当による債権消滅を主張するのが通例であって、債権回収の可能性が新たに生じることはないのであるから、弁護士等介入の事実は、本件のごとき貸金債権の貸倒れを認めるのに妨げとなる事由とはなり得ない旨主張する。しかしながら、債務者の代理人たる弁護士等が債務の処理について介入した場合、なるほど所論がいうように利息制限法による制限超過利息の元本充当を主張することが通例であることは否定できないとしても、右介入の結果、残存債務の存在が確認された上その支払いについて合意に達するか、あるいは元本及び利息の全債権不存在の確認が行われることになるかは、個々の事案により異なることであり、現に本件貸金債権についても弁護士介入の結果残債務の支払い精算がなされている例も見られるのであって、弁護士等が介入した場合必ずしも債権不存在の確認に終わることはなく、残存債権の回収の見込みが生じることもあるのであるから、弁護士等の介入の事実があったときは、貸倒れを認めるのに妨げとなる事由となるものといわざるを得ず、同事実が存在するも最終入金日から四か月の経過をもって貸倒れと認めるべきであるとの所論主張は採用できないので、検察官が本件貸金債権について、弁護士等介入の事実があるときは貸倒れの認定が妨げられるとし、(示談の成立しない限り)その事実発生一年後(介入の日が明確でないときは最終入金日から一年後)の貸倒れとしてしか認めないとの基準を採り、弁護士等介入がある貸金債権について、前記<4>あるいは<3>の理由により貸倒れを否定したのは、是認できる。
所論は、調停申立のあった貸金債権について、調停の結果債権が回収できなくなることは、この種サラ金調停事件の実情からして明らかであるから、調停申立の事実は、本件貸金債権の貸倒れを認めるのに妨げとなる事由にはならない旨主張するが、調停によりいかなる結果となるかは、前記弁護士等の介入の場合と同様、個々の事案によって異なるところであって、一律にすべて債権回収不能で終わるとはいえず、残額債権について支払いの合意成立などにより回収の可能性が生じることがあることも否定できないから、調停申立のあった事実は貸倒れを認めるのに妨げとなるものというべく、検察官が、調停申立の事実が認められる本件貸金債権について、前記弁護士等介入の事実がある債権と同様の基準を採り、前記<5>あるいは<3>の理由により貸倒れを否定したのは、是認できる。
所論は、たとえ債務者本人の所在が判明したとしても、サラ金債務者の実態からして債権回収が可能になるとは考えられないので、それは本件のごとき貸金債権の貸倒れを認めるのに妨げとならない旨主張するが、現に被告人営業の店舗においても債務者の所在が判明し入金がなされている事例があるように、一般に債務者の所在判明したときには債権回収の可能性が生じることは否定できないから、それは貸金債権の貸倒れを認めるのに妨げとなる事由となるといわざるを得ず、検察官が前記<7>の理由がある貸金債権について貸倒れを否定したのは、是認できる。
所論は、本件貸金債権の債務者について破産宣告がなされているときは、サラ金債務者に対する破産宣告の例からみて、右宣告をもって貸金債権の貸倒れがあったと認めるべきである旨主張し(前掲第一表、第二表及び第三表における被告人の調査結果分類Aが該当)、一方検察官は、本件貸金債権の債務者につき破産宣告があり、配当金分配のための破産手続きも終了したときをもって、当該貸金債権の貸倒れを認め、破産申立ないし破産宣告の事実があったとしても直ちには貸倒れを認めず、それら事実発生の日から一年後に貸倒れがあるものとしているのであるが、サラ金債務者の破産申立事件のほとんどが破産宣告と共に破産手続廃止となり、配当金の分配まで行われることは極めて稀である(あるいは破産手続が進行しても、配当金の分配は極く僅かに終わることが大多数である)実情に照らせば、本件のごときサラ金債務の債務者については、破産の申立があったのみでは必ずしも破産宣告がなされるとは限らないので、いまだ貸倒れと認めるに足りないが、少なくとも破産宣告がなされたときは、その時点において貸倒れがあったものと認めるのが相当であり、従って、検察官が債務者につき破産宣告があった貸金債権についても、その宣告の日から一年後にしか貸倒れを認めないとした基準は、前記所得税法五一条二項の趣旨に反し被告人に不利なものということができるので改められねばならず、その基準に基づいて債務者につき破産宣告あるも貸倒れを否定された本件個々の貸金債権については事実誤認があることになり、所論主張は理由がある。
所論は、利息制限法に従い制限超過の支払済利息を元本に充当して計算した場合元本消滅となる貸金債権については、貸倒れと認めるべきである旨主張する(前掲第一表、第二表及び第三表における被告人の調査結果分類C、Dが該当)。なるほど、最高裁の確立した判例(昭和三五年(オ)第一一五一号同三九年一一月一八日大法廷判決・民集一八巻九号一八六八頁参照)によれば、任意に支払われた利息制限法による制限超過の利息は当然残存元本に充当されることになるか、このように元本充当により元本消滅となる場合は、正に弁済によって元本が消滅するのであって、元本の回収が不可能が故に消滅したものと扱われる貸倒れとは全く異なる性格のものであり、この点からしてすでに所論主張は理由がないものといわねばならないが、さらに、税法上の観点からみても、右のように元本充当により私法上は元本が消滅していると扱われる貸金債権についても、税法上は別個に評価され、当事者間においてなお元本が残存するものとして約定利息が現実に支払われたときは、それは課税の対象となる所得となるとされるのであって(最高裁昭和四三年(ツ)第二五号同四六年一一月九日第三小法廷判決・民集二五巻八号一一二〇頁参照)、私法上の権利関係、元本の存否とは離れて、当事者間の対応によりなお所得を生じ得る可能性があるものと税法上はみなされるのであるから、貸倒れとして扱われるべきものではなく、所論主張はこれまた理由がない。
所論は、検察官が貸倒れを否認した本件貸金債権の中に、債務者が死亡している(前掲第一表、第二表、第三表における被告人の調査結果分類Bのもの)、弁護士等介入により債務者との間で債務不存在の確認又は債権放棄の意思表示がなされ解決している(同Eのもの)、詐欺にかかったものである(同Fのもの)、最終入金日から一年以上経過しており前記通達51-13が準用されるべきである(同Gのもの)、との各理由から貸倒れと認められるべきものがあると主張するが、それら理由は検察官も貸倒れを認めるべき理由として採用しているところであるから、所論がそれぞれ貸倒れを主張する個々の貸金債権についてその貸倒れの有無を判断すれば足りる。
検察官の貸倒れを否認すべき基準として挙げられている、<8>債務者所在不明であるが保証人のあるもの、<9>債務者所在不明であるが親族等と交渉中のものについては、それらの事由によって具体的に貸倒れ性が否定されたものが存在しないので、その基準の当否を判断する限りでない。
以上の検討により、検察官が本件において貸倒れの有無を判断するに当たって採った基準については、債務者について破産宣告があったときはその発生の年の貸倒れと認めるよう改めるべきで、同基準のうち(1)の債務者の破産宣告による配当金の分配とあるのを債務者の破産宣告と修正し、(2)の破産宣告とあるのを削除するほか、その基準が、貸倒れの必要経費算入を認めた所得税法五一条二項の趣旨に反して被告人にとって不利益なものであるとは認められない。
そこで、右修正した検察官の基準に従って、弁護人が貸倒れを主張する各貸金債権について、原審及び当審で取調べた証拠によりその貸倒れの認否を改めて検討すると、別表一のとおり、昭和五五年について九八件の貸金債権、合計金額一、四八二万五、〇〇〇円の貸倒れが新たに認められることとなる。
二 未収利息について
弁護人豊島時夫の控訴趣意書第一点事実誤認の主張のうち一の未収利息についていう部分は、要するに、各年度の所得税の対象となる収入すべき金額は、いわゆる権利発生主義により決められるので、各年度の未収利息をも計算すべきであり、しかも右の未収利息は、最高裁判例によれば、約定利息が利息制限法による法定利息を越えるときは右の法定利息により、且つ法定利息を越えて約定利息が支払われたときは、その越える部分は順次元本に充当してその残額元本を基礎に未収利息を計算すべきところ、各年度で実際受け取った利息には本来前年度に属すべき利息収入が含まれている場合もあり、各年度の正確な利息収入による所得金額は、各年度において実際受け取った利息収入から前年度末現在での未収利息を差し引き、更にそれに当該年度末現在の未収利息を加えることによって算出すべきものであるにもかかわらず、本件では右の未収利息が全く計算されることなく、各年度において実際受領された利息収入を対象として課税しており、それが各年度において真実課税の対象となる所得金額を越えている可能性があり、従って税額、ほ脱額の認定が誤っている可能性がある、というのである。
なるほど、所得税の課税の対象となる収入すべき金額は、収入すべき権利の確定した金額をいうものであるが、それには当然未収利息も含まれるので、本件の場合各年度の課税対象となる収入すべき金額は、各年度の未収利息を計算した上、当該年度において実際所得された利息収入金額から前年度末の未収利息額を差し引き、それに当該年度の未収利息額を加えることによって算出すべきものであり、しかも、右の未収利息の計算は、約定利息が利息制限法による法定利息を越えるときは、右の法定利息に従い、且つ約定利息のうち法定利息を越えて支払われた部分は順次元本に充当してその残額元本を基礎として行われるべきである(最高裁昭和四三年行(ツ)第二五号同四六年一一月九日第三小法廷判決・民集二五巻八号一一二〇頁参照)ところ、本件では各年度の未収利息が全く計算されていないので、本件で課税の対象とされている各年度で被告人の実際受け取った利息収入が、右の方法により算出される本来の課税対象となる収入すべき権利の確定した金額を越えるものでないか否かを検討するに、被告人の営む貸金業における年度末の貸金債権残高は、昭和五三年から同五五年までの間年々増加し、その増加の状況は、昭和五二年末七億五八八六万二〇〇〇円、同五三年末一〇億二九九二万円(前年比三五・七パーセント増)、同五四年末一六億四二九〇万四〇〇〇円(前年比五九・五パーセント増)、同五五年末二五億九四一九万三〇〇〇円(前年比五七・九パーセント増)、となっており、しかも被告人は、本件課税の対象となっている昭和五三年から同五五年の各年において毎年新しく店舗を二、三店開店しており、それら新規店舗における貸金債権残高が、昭和五三年から同五五年の各年度末の全店舗の貸金債権残高に占める割合は、昭和五三年二八・一パーセント、同五四年三四・一パーセント、同五五年二三・九パーセントであり、またその前年度比増加分に占める割合は、昭和五三年一〇六・九パーセント、同五四年九一・四パーセント、同五五年六五・〇パーセントであって、これらの割合がいずれも高いことからすれば、先のように計算されるべき昭和五三年から同五五年までの各年度末の未収利息金額は、逐年増加していると推測することは難くなく、本件で検察官によって確定され原判決が是認した所得金額が、本来課税の対象となる収入すべき金額を上回ることはないものと断じることも不可能でなく、たとえそれを上回ることがあったとしても、各年度の原判決認定の所得金額に対してその額はわずかにとどまると推認することができる。
三 店舗貸借に当たって支払った金員について
弁護人河村澄夫、同山根正、同豊島時夫連名の控訴趣意書第一点の二の事実誤認の主張は、要するに、被告人がローンズアポロ函館店開設に当たり店舗貸借のため家主に支払った一二〇万円は礼金であるから、昭和五五年度の必要経費として控除されるべきであり、然らずとしても繰延資産として同年分の償却費を経費として計上すべきであるところ、それらを認めなかった原判決には事実誤認がある、というのである。
そこで検討するに、記録及び証拠物、更に当審における事実取調べの結果によれば、右金員については、貸借終了時に返還を受けられない権利金類似の性質のものと認めるのが相当であるから、必要経費として計上できるが、繰延資産として昭和五五年分の償却費(八万円)が計上されるにとどまるというべきである。所論はその限りで理由がある。
四 必要経費の過少認定について
弁護人豊島時夫の控訴趣意書第一点事実誤認をいうその二は、要するに、被告人がお中元、各種お祝い、青年会議所等の会費などとして支払った金員は、いずれも被告人の営む貸金業の事業の維持運営上必要なものであるから、その必要経費性を認められるべきであり、それを認めなかった原判決には事実誤認がある、というのである。
しかしながら、記録によれば、それらについてはいずれも、被告人の貸金業の維持運営との関連性も薄く、またそのために必要ものであったとも認められず、いまだ必要経費と認めることはできない。
五 損益計算と財産計算の不突合いについて
弁護人豊島時夫の控訴趣意書第一点事実誤認をいうその三は、昭和五三年の所得は、損益計算方式による場合よりも財産増減方式による場合の方が低くなるので、そのようなときは、被告人に利益に、財産増減方式による計算結果を採用すべきである旨主張する。
しかしながら、所得税法は、その課税の対象となる所得は損益計算法により算出されるところによることを原則としており、ただ損益計算法によることが困難ないし不合理であるときは、財産増減法による所得の立証も許されるものというべきところ、本件においては損益計算法による計算が困難又は不合理であるとは認められず、却って財産増減法による計算については、その基礎となる資料に不十分な点があり、その正確性に疑問があるから、なるほど本件では損益計算法による所得の計算と財産増減法による所得との間に不整合があるのは事実であるが、検察官及び原判決が損益計算法により算出される所得を所得税法上の所得としたことは、相当として是認される。
六 結論
以上検討したところによれば、原判決には、昭和五五年の必要経費として算入すべき貸倒れ金額及び繰延資産償却費の認定に誤りがあり、その結果同年の総所得金額ひいてはほ脱額の認定を誤った事実誤認があるので、その事実誤認の判決に及ぼす影響について考察すると、右必要経費として算入すべき金額は合計一、四九〇万五、〇〇〇円に過ぎず、その結果同年の総所得金額は同金額が減じ、その原判決認定の同所得金額に占める割合は約一・五パーセントに過ぎないから、それによって同年の所得税のほ脱額が減じる額は極く僅かであると認められ、結局、右の事実誤認は、原判決における被告人に対する刑の量定になんら影響をもたらすものではなく、いまだ原判決に影響を及ぼすものでない。
なお、未収利息を計算しなかったことが、たとえ原判決認定の各年度の総所得金額に誤差を生じさせることがあったとしても、それは極く僅かであることは前述のとおりであるから、この未収利息の非計算による所得金額の誤差の点を右の点に併せ考慮しても、同じく判決に影響を及ぼすものではないといえる。
よって、原判決には判決に影響を及ぼす事実誤認はなく、事実誤認をいう各論旨は理由がない。
第二各控訴趣意書中量刑不当の主張について
各論旨は、要するに、被告人を懲役二年及び罰金二億五〇〇〇万円に処した原判決の量刑は、特にその懲役刑につき執行猶予を付さなかった点において重すぎて不当である、というのである。
そこで、所論にかんがみ記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討する。
本件は、全国各地に店舗を持ちサラ金業を営んでいた被告人が、昭和五三年から同五五年までの三年間の個人所得を過少申告し、その間の所得税をほ脱した、という事案であるところ、その犯情について考察すると、本件でまず考慮しなければならないのは、そのほ脱額が非常な高額に上っていることであり、その額は、昭和五三年分約三億円、同五四年分約四億円、同五五年分約七億円で、合計約一四億円に達しており、全国のこれまでの個人所得脱税刑事事件の中でも数少ない抜きんでた高さであって、犯行による直接の実害としてやはり重視しなければならず、更に、各年の実際総所得額に対する申告所得額の割合は、昭和五三年三・二パーセント、昭和五四年三・一パーセント、昭和五五年三・五パーセントであって、いずれも極端に低く、そのため各年のほ脱率の平均は約九八パーセントと高率であり、しかも被告人は、自ら営むサラ金業の実績について、各店舗からの日報、月集計表及び年集計表等により正確に把握し得る立場にあったもので、右のように極端に、所得額の申告率が低くほ脱率が高いのは、申告納税制度を蔑ろにするものとして悪質といわねばならず、本件は、その規模の点において類い稀な重大な脱税事犯である。しかしながら他方、本件はいわゆるつまみ申告によるほ脱事犯であって、殊更所得を隠匿しあるいは帳簿類の不正操作を行うなど、脱税のための意図的な悪質な方策は一切講じられておらず、しかも摘発後も被告人において捜査に協力する姿勢を惜しまなかったため、課税対象たる各年度の実際所得がほぼ完全に補足されていること、脱税の動機も事業の維持拡大のためというもので、被告人個人が著移な生活を送りあるいは私腹を肥やすということなく、脱税による利得をひたすら新店舗開設のため注ぎ込んでいたのであり、特に非難されるべき不純な動機に出たものではないこと、被告人は本件発覚後逐次修正申告をして、本税を始めその他の修正にかかる諸税について順次納税し、所得を継続して専ら納税に充て、原判決時までにかなりの納税を行っており、捜査段階から一貫して恭順の態度を示していること、高校卒業後実兄と共に貸金業を始めその後単独で事業を行うようになって以来順次店舗を増やすなどひたすら事業に専心してきた被告人は、本件脱税事犯を犯したことについて深く後悔と反省をしており、また刑事訴追を受けることによって既に有形無形の多大な打撃を被っていること、被告人が実刑に処せられるならば、その事業経営に及ぼす影響は少なくないものがあることなど、被告人のため酌むべき事情がある。
なお、所論は、所得税の高い累進税率、税負担の不均衡、脱税の摘発と刑事訴追の不平等など、税制度の不備や微税実務の不公正についてるる述べるのであるが、一般論としてはともかく、前記のとおり極端に低い申告と巨額の脱税額などからすると、その述べるところは、被告人の場合は必ずしも当てはまらず、特に酌むべき事情とはなし得ない。
そうすると、先に列挙の被告人に有利不利の各事情その他所論指摘の事情を含め諸般の情状を考慮すると、被告人についてはいまだその懲役刑につき執行猶予を付するのが相当とは認められないが、原判決の前記量刑は重きに過ぎるものがあるといわざるを得ない。論旨は理由がある。
第三当審の結論
以上検討したとおり、本件控訴については量刑不当をいう論旨が理由あるので、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によって更に判決することとし、原判決挙示の関係各証拠及び当審で取調べた別表二記裁の各証拠により、原判示第三の事実中、総所得金額を九億八九〇七万七〇一六円と、所得税額(正規の所得税額)を七億二六〇五万五〇〇円と、差額を七億一一五〇万四三〇〇円とそれぞれ改め、また、原判決の別紙(三)の損益計算書中、償却費の金額欄を四九万一〇〇〇円と、貸倒損の金額欄を二億四〇三万八二一一円と、犯則所得金額の金額欄を九億五四〇七万七〇一六円とそれぞれ改めるほか、原判決認定の各事実を引用してそれら事実に原判決挙示の各法条(なお、原判決が、被告人の判示各所為は昭和五六年法律第五四号付則五条により同法による改正前の所得税法二三八条一項に該当するとしている点は、刑法六条、一〇条により軽い行為時法である昭和五六年法律第五四号による改正前の所得税法二三八条一項に該当する、と改める。)及び刑事訴訟法一八一条一項本文を適用し、原判決後も引き続き被告人はほぼ全所得を挙げてほ脱にかかる関係諸税について多額の納税を行っていること、原判決後実兄の急死等により、被告人の負担する事業責任がより重くなっていることなど、原判決後の事情をも斟酌して量刑し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 松浦繁 裁判官鈴木清子は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 石松竹雄)
別表 一
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
(注) 債権は、弁護人三名連名の昭和六〇年九月一一日付控訴趣意書訂正申立書添付の貸倒れ調査表第一表及び第二表(訂正表Ⅰ、Ⅱを含む)並びに昭和六一年二月五日付控訴趣意訂正補充申立書添付の第三表における各進行番号の債権を指す。
別表 二
(証拠の標目)
一 当審第五回公判調書中被告人の供述記載部分
一 金藤弘作成の貸倒れ調査表
一 官報写五通(弁護人請求証拠等関係カードの番号【以下同じ】27、59、95、140、143)
一 決定書謄本五通(70、159、160、161、533)
一 戸籍謄本二通(81、117)
一 入金カード写四八通(80、83、120、147、154、158、176、187、203、207、227、229、232、249、252、260、262、263、271、274、278、282、294、296、304、306、328、336、347、369、388、439、442、445、450、453、467、491、493、512、514、521、522、534、539、542、546、549)
一 申込カード写一二通(118、146、152、156、174、201、205、302、438、443、448、452)
一 借用証書写二〇通(119、153、157、175、202、206、231、248、253、259、277、303、305、327、368、441、444、449、545、548)
一 確認書七四通(55、57、64、67、96、113、125、145、148、151、155、186、200、204、228、230、233、234、238、254、261、264、272、273、279、283、295、297、307、312、329、337、348、349、363、367、370、372、376、406、451、454、468、490、492、494、495、496、497、498、499、500、501、502、504、506、507、511、513、515、518、520、526、537、538、540、541、544、547、566、567、568、570、571)
昭和五八年(う)第一一一九号
○控訴趣意書
被告人金村こと 金勝弘
右の者にかかる所得税法違反被告事件について、昭和五八年八月三日京都地方裁判所が言渡した判決に対し控訴を申立てた理由は左記のとおりである。
昭和五九年一月三一日
弁護人 豊島時夫
大阪高等裁判所 第五刑事部 御中
記
原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があり、また、被告人に対し自由刑につき実刑を科した点においてその量刑過酷に失し不当であり、いずれにしても破棄を免れないものと思料する。
以下その理由を開陳する。
第一点 事実誤認
一 未収利息について
1 毎年度の所得金額を正当に計算するためには、未収利息の計算が欠かせないものであること、この計算を欠いた起訴は不当であることについては原審の弁論要旨において論述したにもかかわらず、原判決は「同法(利息制限法)の制限内の部分は本来は所得に計上すべきものではあるが、仮にこれを計上しないで起訴したとしても実額の範囲内での起訴であるから被告人に不利にならないと考えられる」と説示して弁護人の主張を排斥した。
原判決は、未収利息を本来計上すべきものであることは認めている。これは正当な見解である。しかし、起訴金額が実額の範囲内であるとの点は誤っている。未収利息を計算した場合に、起訴金額が実額の範囲内であるという証明はどこにもない。
原判決がなぜ、「起訴金額が実額の範囲内である」と判断したのか、その理由を述べていないので不明であるが、おそらく毎年末の帳簿上(利息制限法によらないもの)の貸金元本残高が逐年増加していることをもって、安易に、貸金元本残高が増加しておれば、未収利息も増加している筈だと考えたからではなかろうかと推認する。
このことについては原審の弁論の際、弁護人が「本件被告人のような法定利息を上回る約定利息によって金員の貸付を行なっている場合の未収利息については、それまでに受領した利息中、法定利息を上回る部分については、受領の都度元本に充当したものと看做して計算することになっているから、単に各年度末の形式的な貸付金残高が順次増加しているので、各年度とも未収利息が増加している筈だとは断じ難いのであります」旨述べ、貸金元本の増加が即、未収利息の増加とはならない理由を簡単ながら説明しておいたのであります。
弁護人が簡単な説明にとどめたのは、詳細な説明をすれば、未収利息が各年末の帳簿上の貸金元本残高に比例しない、したがって各年末の貸金元本残高が増加していても、未収利息は増加しているか減少しているか不明であるということが、はっきりする。そうすれば裁判所としても、その計算をせざるを得なくなる。一方被告人としては所得計算その他で納得し難いところは多々あるが、忍び難きを忍んで、所得については強いては争わず、裁判所の訴訟促進に協力し、納税にも誠意を見せようという気持ちがあり、弁護人らにも、主張できるものを全部主張しなくとも自由刑について厳罰に処せられることはないと信ずるについて相当の理由(理由についてはあえて記述しない)があったから、被告人の意を体し、未収利息の計算が必要な理由をあまり立入って説明しなかったのである。
現段階に至っては主張すべきものは主張を尽くすべきだと考えるので未収利息について、その計算をしなければ「起訴金額が実額の範囲内」であるかどうか不明である理由をより明確に説明する。
別紙一覧表(1)は一〇万円を、ある年の四月一日に、期限二か年、利息は日歩二五銭で、貸付の翌月から一か月ごとに毎月支払いを受ける約束(本件対象年度の標準的貸付事例)で貸付け、その利息を六回、一二回、一八回(計算が複雑となるので連続して受取ったものとする)受取った場合の、法定利率により計算した貸金元本残高である(これが最高裁判例により確定している、その後の未収利息計算の起訴となる貸金元本である)。
一五回にわたって約定利息を受取れば、法定利率で計算すると、貸金元本はなく、反って、一、七七八円の過払いを受けていることとなり、借主から請求されれば、右金額を返還しなければならないことになる(月により日数が異なるので、貸付けた月を何時にするかによって利息、残元金は僅かながら変化する)。
同一覧表(2)は、右と同様の貸付方法(貸付月日は計算の必要上異なる)により貸付けたが、年末までに何か月間か利息の支払いがなく、したがって未収利息の計算が必要となった場合について、若干のケースを想定して、未収利息がいくらになるか計算したものである。
その一つは、年末二か月間の利息が滞った場合であるが、同表記載のとおりそれまでに約定利息の支払いを六回受けているときの未収利息は一、八六〇円であるのに対し、それまでに約定利息の支払いを一二回受けているときの未収利息は六一三円に過ぎない。前記のとおり一五回以上利息の支払いを受けている場合は貸金元本がないので未収利息はない。
その二は、年末六か月間の利息が滞った場合であるが、同表記載のとおり、それまでに約定利息の支払いを二回しか受けていないときの未収利息七、九一一円であるのに対し、それまでに約定利息の支払いを一二回受けているときの未収利息は一、八三九円に過ぎない。
その三は、年末一二か月間の利息が滞った場合であるが、同表記載のとおり、それまでに約定利息の支払いを六回受けているときの未収利息は、一万一、一三五円であるのに対し、それまでに約定利息の支払いを一二回受けているときの未収利息は三、六六九円に過ぎない。
このように、帳簿上貸金残高が一〇万円と表示されていても、その未収利息は、それまで入金した約定利息の金額、利息が滞ってからの月数(正確には更に約定利息の支払いが途中で滞った場合の計算もしなければならない)によって大きく変わるのである。
したがって貸金元本残高が逐年増加していても、未収利息が増加しているか否かは、実際に未収利息の計算をしてみないことには分らないのである。
もし、或る年の年始の未収利息の金額が、その年の年末の未収利息の金額より多い場合は、その差額分は、当年分の検察官計算の収入利息の金額から減じなければならない。
原判決のいう「実額」とは、現実に或る年分に収入を得た利息だけを指すのであるから、右の場合は「実額の範囲内の起訴」だとは言えなくなるのである。特に五三年分については問題がある。
昭和五三年の年始、すなわち同五二年末の未収利息の金額の計算はこれを計算するための資料不足のため不可能である。したがって同五三年末の未収利息の金額が、同年初めの未収利息の金額より多いという立証は不可能である。
これが可能であれば、原判決のいうように「実額の範囲内の起訴」ということで合法であるが、右の立証が不可能であれば、検察官の主張する収入利息金額は、その立証ができないということになり、したがって五三年分については無罪ということにならざるを得ない。
弁護人が弁論で援用した神戸地方裁判所に係属したサラ金業者の脱税事件では、それ故に、未収利息の計算もし、最初の一年分は起訴対象とされていないのであり、本件において国税局ひいて検察官もこの事情は捜査当時当職からも説明してある以上、よくご存知の筈であり、したがって、あえて未収利息の計算をしないで告発、起訴することが、国税犯則取締法、刑事訴訟法上いかなる問題点(問題の所在については原審の弁論において述べた)があるかもご承知だった筈である。
2 また、原判決は、「同五二年末時点での未収利息については時効による持込資産としての利益を受けられる筈だとの主張は、本件ではいわゆる損益計算法が採用されているのであるから、期首持込資産の多寡が問題となる余地はない」旨判示している。
この点についても、原審において弁護人は前記のような配慮から、あまり具体的に未収利息計算の必要性を述べず、わざと、あいまいな表現を用いていたのであるが、現段階ではこの点に関する弁護人の主張の理由をより明確にする。
同五二年末の未収利息額は、財産計算上においてその時点の資産に計上し、他面損益計算上において未収収益に計上されるべきものであるから同五三年分の収入利息の正当な計算方法は「同年中の現実の収入利息額から同五二年末の未収利息額を減算し、同五三年末の未収利息額を加算」してなされるのである。
したがって、同五二年末の未収収益に計上されるものが、同五三年中に入金したときは、その年中の収益に計上されないものであるから、損益計算法をとっているからとの一事をもって、同五二年末の未収収益は、起訴対象年度の収益に関係なしとは言えないのである。
3 原判決は、弁護人が前記のような指摘をしているにもかかわらず、このような事情を顧慮することなく単に「実額の範囲内での起訴である」と認定したもので、右認定は審理不尽により事情を誤認したもので、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
二 必要経費の過少認定について
検察官は、被告人が支出した金員で、必要経費と認定すべき性格のものの経費性を否定し、事業主勘定(一種の資産とみるもの)に算入しているのがある。
事業主勘定については甲三七号証に、その明細が記載されているが、
それによると
1 同五三年分の中には、同年七月一一日に支出した「お中元三万円」が含まれている(同号証六六頁)。
お中元は、顧問税理士その他の事業経営上被告人が世話になっていた人達に対するものであって、親族らに対するものではないから、(控訴審において立証予定)経費性を認めるべきものである。
2 同五四年分の中には
(一) 接待交際費計上の否認として(同号証八八頁)
同年二月一六日付けの「吉川コトの入学祝」 一五万円
同年四月二九日付けの「新築祝」 八万円
同年七月二三日付けの「お中元」 三万円
がいずれも含まれている。
右のうち吉川関係は、原審で証人となった吉川こと張成道氏の子女の入学祝いとして支出したもので、被告人は、営業、納税について右吉川こと張成道氏に世話になっていたところから、その謝礼の意味で供与したものであり、新築祝いというのは、同業者のローンズ、江坂の代表者が自宅を新築したので、その祝い品の購入資金として支出したものであり、
お中元は前年同様のものである(いずれも控訴審で立証予定)から、それぞれ税法の実務上接待交際費ないし雑費等の費目で経費に計上することが認められている性格のものである。
(二) また、その他経費計上の否認として(同号証九九頁)
同年一一月一三日付けの「韓国大阪青年会議所」六万五、〇〇〇円
が計上されている。
同金員は同会議所の年会費であるが、被告人が同会議所の構成員となったのは、単なる韓国人としての資格ではなく、韓国人で事業経営をしている者として加入したものであり、被告人はこの会議所の構成員となることによって、同業者との交際、業界情報の収集等ができていたのである(控訴審において立証予定)から、右金員は被告人の事業経営上必要なものであり、経費性を否定できないものである。
3 同五五年分の中には、
同年三月三一日付けの「大阪JC会費」 八万五〇〇〇円
同年一一月四日付けの「JCパーティ費用」 一万円
が含まれている(同号証一〇九頁)。
JCというのは前記韓国青年会議所の略語であるから、前同様の理由により経費に算入すべき性格のものである。
三 損益計算と財産計算の不突合分について
本件被告人は、自ら又は従業員をして、相当克明に営業活動の記録のみならず、私生活に要した金員等についても記録していた上、査察官が念入りに調査しているから、同五三年初めから同五五年末までの各年期首、期末の財産に発見洩れはないと見るのが相当である。
しかるに、検三七号証を見ると、損益計算方式による場合と財産増減計算方式による損益には次のとおりの差がみられる。
すなわち、財産計算による方が、損益計算によるよりも
同五三年分は四五、二〇〇、八〇二円少なく
同五四年分は四六、一一七、六三一円多く
同五五年分は四六、一七八、九〇一円多い
のである。
したがって、同五三年分については、損益計算の方が正確で、財産計算の方が正確を欠くという相当な理由があればともかく、どちらの計算方式にもそれなりの計算根拠があるとか、損益計算の方が財産計算によるよりも正確性に秀れているのであっても、その格差が歴然とているものでない限り、疑わしきは被告人に利益にという刑事事件の鉄則に照らすと損益計算による利益金額が正当であると断定し、有罪判決の基礎とすることは相当でない。
第二点 量刑不当
量刑不当については、他に弁護人三名作成の控訴趣意書において、ほぼ控訴の理由を尽くしているのであるが、原審弁護人として、原判決のあまりにも冷酷な判示に対して一言蛇足を加えることをご容赦願いたい。
1 その最大のものは、被告人において、他の脱税犯が常套手段とする事前の不正工作を一切行わず、多少の計算間違い等はあってもありのままの記帳をしていたことを、弁護人が被告人に有利な情状としてあげたことに対し、原判決は「納税者が誠実な申告者たることを期待し、その自主性を重んずる申告納税制度の基準を忘れた議論という他なし」と一蹴しているこのであります。
脱税事犯の量刑において、その手段、方法の悪質性の有無、程度が大きな基準の一つとなっていることは、幾多の裁判例を見ても顕著な事実であります。
したがって、被告人が事前に何等仮装、隠蔽等税務官吏の所得調査を妨げるようなことをしないでいた(発覚後も調査に協力し、指示されるまま修正申告もしている)ということが、何故被告人にとって有利な事情として採用されないのか不可解というほかはありません。
なお、原判決は弁護人のこの点に関する主張を、前記のとおり申告納税制度の基本を忘れた議論である旨判示していますが、申告納税制度の基本との関連を強調するのは筋違いであります。
所得税については、戦後しばらくの間までは賦課課税制度、すなわち、税務官庁が所得金額等を決定してこれを納税者に通知して始めて納税義務が確定する制度でありましたが、その当時でも、まず納税者から自主的に申告することにはなっており、ただ、その申告によっては直ちに納税義務が確定しないだけのことでありました。
しかし、それではインフレ進行下にあって納税義務が確定するのが遅く、税金の納付、滞納者に対する滞納処分時期が遅れること、賦課に対する異議申立等が安易に多数なされ、徴税事務の効率が悪いことなどから、いわゆるシャウプ勧告等により、徴税事務の能率化を図るために導入されたのが、いわゆる申告納税制度であるに過ぎません。
納税者が誠実な申告者たることを期待するとか、その自主性を重んずるという点は、いわゆる青色申告者に適切なものでありまして、その代り、税法は青色申告者に対しては、調査の事前通知、更正等については帳簿等の要調査、更正等の理由告知等、いくたの特典を与えているのであります。
被告人のような白色申告者に対して、誠実な申告をするよう国が望んでいることは当然でしょうが、その自主性を重んじる点はほとんどありません。
原判決のこの点に関する判示は、いずれにしても不当というほかありません。
2 次に原判決は「我国の所得税の最高税率が高すぎることが脱税の温床になっている」旨の弁護人の主張に対し、右主張は「顧みて他を云う類いと評する他はない」と極言している。
我国の所得税の最高税率が世界最高であり、それよりも低い英国等においてすら税率の高さが脱税の温床となっていることについては原審で立証したところであるが、あまりにも高い(今回の税制改正で、財政上非常な困難下にありながら最高税率を七五パーセントから七二パーセントに下げることになった)税率が、脱漏所得に比較して脱税の税額を高くし、正当な申告を渋る心情を誘発することにもなると論じることが、原判決のいうように許し難いことであろうか。
また、脱漏所得は同じでも、個人企業であったばかりに、法人に比較して脱税税額が多くなっている不運があるとの弁護人の主張についても原判決は「法人化するか否かは被告人の自由な選択に任されていた以上結果論にすぎない」という。
もとより、法人化については被告人の自由な選択に任されていたことは当然のことであるが、法人化によって被告人が他に不利益を受けるから法人化しなかったというのであれば格別、そうでない本件において、偶然法人化が遅れていたため、法人に比較して脱税額が高くなった事情について「結果論」の一言をもって片づける原判決の態度はいかがなものであろうか。
3 元入金について原審で弁護人が論じたのは、被告人に不利益な計算がなされているというのであって、他の論点のように、検察官の計算した利益金が間違っているとまで云っているのではない。
具体的には、同五二年末にあったものとみとめられる貸付金を元入金とせず、その受入れの際仮受金で処理していることは、元入金と仮受金の性格が異なり、今後の税務処理上被告人が不利益な扱いを受けるおそれが多いので、そのような不利益な計算処理をされていることを指摘したものである。
4 原審で弁護人は「検察官は被告人が財産を処分して国外に逃走するのではなかろうかとまで危惧していた」旨弁論しています(弁論要旨一九頁)。
たまたま、今回記録を閲覧していたところ、勾留の裁判に対する弁護人の準抗告の際、検察官が作成した意見書が記録に添付されているのを発見しました(記録二八〇丁ないし三〇七丁)。
その意見書において検察官は「被疑者には逃亡のおそれがある」としてその理由を多多述べている(記録二八四丁表ないし二八五丁表)。
右意見書記載のとおり、弁護人がいくら国税局員、検察官に納税を確約しても、捜査官らは、被告人が巨額の納税をするとは容易に信じなかったほど、その税負担は重いのです。それを被告人は約束どおりやがて果たそうとしているのです。
それも当初は、被告人と国税局徴収部との話合いで、毎月三〇〇〇万円ずつ納付していましたが、裁判中に、裁判所から店舗でも処分して、もっと早く納税の誠意を見せたらどうかとの御示唆もあったので、急拠無理をしてでも更に毎月四〇〇〇万円ずつの納税を上積み(弁一二、一三号証参照)して毎月七〇〇〇万円ずつ納税をすることになったのでありますが、原判決は、被告人の納税を毎月三〇〇〇万円ずつと認定しています。これでは被告人は泣くにも泣けません。
なお、右意見書で検察官は被告人に証拠湮滅のおそれがある旨述べていますが、急拠、経理について資質の劣るサラ金従業員が多数の顧客の入金状況等を調査する際、ミスを犯かしたからと言って、そのことをとらえて、一方で顧客原簿のすべてを押収し多数の練達した国税局員を擁する捜査当局を騙まそうとしているというのはあまりにも実態を無視したものであり、また、実際にも証拠湮滅をした事実はないことを付言する。
5 前述のとおり原判決は、原審における弁護人の情状に関する主張をあまりにも不当に排斥したほか、同種事犯の量刑等被告人に有利な情状に触れることなく自由刑につき実刑判決を言渡したのであります。
原審でも主張したように、世の中には、被告人以上に脱税をしていると推認されるものが多数います(世の中には、我々の思いもつかないような巨財を有する富豪が多数存在しますが、日本の税制のもとで脱税なくしてこのような財が得られるものではない)。このような呑舟の魚を逸して被告人のような、脱税額こそ多額であるが、事前に不正工作をしたものでもなく、検挙されたら素直に、精一杯納税に努力している者に対し実刑を科することは、新たな不平等を招くのではないかと案ずるものであります。
結び
以上のとおり原判決には事実誤認、量刑不当の誤りがあるので、その破棄を求め、特に自由刑については執行猶予のご恩典を与えてくださるよう切にお願いして本件控訴に及んだ次第であります。
以上
別紙一覧表(1)
約定利息入金回数別法定利率による貸付元金残高調
<省略>
別紙一覧表(2)
約定利息入金回数別、未収月数別、未収利息(法定)
<省略>
昭和五八年(う)第一、一一九号
○控訴趣意書
被告人金村こと 金勝弘
右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五八年八月三日京都地方裁判所が言渡した判決に対し控訴を申し立てた理由は左記のとおりである。
昭和五九年一月三一日
弁護人 河村澄夫
同 山根正
同 豊島時夫
大阪高等裁判所 第五刑事部 御中
記
原判決は、被告人に対し、昭和五三年から同五五年まで三年分の所得税ほ脱の事実を認定したうえ、被告人を懲役二年及び罰金二億五、〇〇〇万円に処する旨の判決を言渡した。しかし、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があり、また、被告人に対し実刑を科した点で科刑過重に失し量刑不当のかどがあり、いずれにしても破棄を免れないものと思料する。
以下その理由を詳述する。
第一点 事実誤認
一、昭和五五年分の貸倒れ損失について
(一) 本書末尾添付の第一表及び第二表の各貸金債権総計八九、七二一、八三三円は昭和五五年分の所得金額の計算に当り貸倒れとして必要経費に算入すべきであるのに、原判決はこれを貸倒れと認めずその経費性を否定し、その結果、同年分の総所得金額ひいては脱税額を不当に多く認定した。従って、この点において原判決には審理不尽の結果事実を誤認した違法がある。
ところで、右第一表は検察官請求番号一二七号(以下単に検一二七号といい、他もこれに準ずる)の査察官調査書において貸倒れを否認されたもののうちから、また、第二表は検一二八号の査察官調査書において貸倒れを否認されたもののうちから、それぞれ、昭和五五年末の直前四か月間(同年九月一日以降)に利息の入金がなかった各貸金債権を記載したものであって、これらの債権は貸倒れとして必要経費に算入すべき旨を原審弁護人も主張したが、原判決は次の如く説示してその主張を排斥した。
「検察官が昭和五五年末までの貸倒損失と認定しなかった分のうち債務者本人又は保証人の所在が明らかな場合は未だ多様な取立手段が残されているものといえるから、貸倒損失と認められないこと明らかである。問題は、このうち債務者及び保証人のいずれもが行方不明の場合であるけれども、関係証拠によれば、この場合は被告人においても他の債務者と区分管理したうえ、半年毎に債務者、保証人の住民票及び戸籍謄本をあげるなどしてその所在発見に努めており、その結果所在が判明して返済要求に及んでいる事例も少なからずあることが認められ、これに加え昭和五五年中にいずれも利息が入金されていること、債務免除もなされていないことなどの事情をあわせ考えれば、回収の見込みの全くないことが当該年度中に客観的に確実になったとは到底言い難く、ここで問題となっている貸金債権はいずれも昭和五五年末の時点では未だ貸倒状態にまで至っていなかったものと認めるのが相当である。」
(二) しかし、原裁判所が果してそのいう「検察官が昭和五五年末までの貸倒損失と認定しなかった分」について逐一検討したかどうかは、後に触れる債務者川地睦子、同村上卓爾の分を含め、原審証拠と対比し甚だ疑問とせざるをえない。むしろ、検察官の主張(冒頭陳述)の根拠となった検一二五号ないし一二八号の査察官調書に示された査察官の判断を鵜呑みにし、各個の債権について一々その貸倒れとなるかどうかを検討することなく、前記の如き抽象的な説示を以って原審弁護人の主張を一蹴したものと思われる。
そこで、右各査察官調書特に検一二七号及び一二八号について、査察官がどのような理由で各個の貸金債権についてその貸倒性を否認したかを当該査察官の表現(例えば記録二七七九丁)を借りて見ると、それは大別して、<1>元本回収済のもの、<2>昭和五六年中に入金のあるもの及び同年貸付債権、<3>昭和五五年中に入金のあるもの及び同年貸付債権、<4>弁護士が介入し交渉中のもの、<5>調停中のもの、<6>破産申立中のもの、<7>本人の所在が判明しているもの、<8>本人所在不明であるが保証人のあるもの、<9>本人行方不明であるが、親族等と交渉中のもの、の九個となる。そのうち、<1>及び<2>については貸倒性が否定されるのが当然であってもとより異存のないところであり、<6>、<8>及び<9>については、右検一二七号及び一二八号記載の債権のうち実際に貸倒性の有無を論ずべき分はすべて<3>の理由で否認されているので、ここでは否認理由を<3>、<4>、<5>、<7>に分別し、これについての査察官判断の当否を論じ、その過程で適宜<6>、<8>、<9>の理由で当該債権の貸倒性を否認することが許されるのかどうかをも検討することとしたい。
(三) <3>「昭和五五年中に入金のあるもの及び同年貸付債権」との理由で否認されたものについて
1、査察官が昭和五五年中に入金があったとか、同年中の貸付債権であるとの理由で貸倒れと認めなかったのは、いつにこの場合は所得税基本通達五一-一三に該当しないというにあるものと思われる。すなわち、本件当時の右五一-一三(昭和五七年の改正前)は次のようにいう。
(一定期間取引停止後弁済がない場合等の貸倒れ)
五一-一三 債務者について次に掲げる事実が発生した場合には、その債務者に対して有する売掛金等(売掛金その他これに準ずる債権で貸倒引当金の対象となるものをいう。以下この項において同じ)の額から備忘価額を控除した残額を貸倒れになったものとして、当該売掛金等に係る事業の所得の金額の計算上必要経費に算入することができる。
(一) 債務者との取引の停止をした時(最後の弁済期又は最後の弁済の時が当該停止をした時より後である場合には、これらのうち最も遅い時)以後一年以上を経過したこと(当該売掛金等について担保物のある場合を除く。)。
((二)以下略)
もともと所得税基本通達は国税庁長官が部内職員に対し所得税法の解釈運用のあり方についてその準則を定めたものであって、もとより憲法三〇条・八四条にいう法律ではなく、それ自体として国民を拘束する力はない。しかし、それは所得税法についての一つの解釈として、しかも、いわゆる有権的解釈として尊重されるべきものと思う。この見地に立ってみるとき、右通達のうちで本件貸金につき貸倒れの有無を判断するうえで基準となる規定は右五一-一三ではなく、左記の五一-一二本文なのである。
(回収不能の貸金等の貸倒れ)
五一-一二 貸金等につき、その債務者の資産状況、支払能力等からみてその全額が回収できないことが明らかになった場合には、当該債務者に対して有する貸金等の全額について貸倒れになったものとして当該貸金等に係る事業の所得の金額の計算上必要経費に算入する。
(ただし書略)
この規定に準拠し、個々の貸金債権について当該債務者の資産状況、支払能力等を検討し全額が回収不能かどうかを明らかにする必要があるのである。前記五一-一三は、「その回収が事実上可能である場合であっても」(コンメンタール所得税法三巻三九八八頁。本書末尾に関係部分のコピーを参考資料として添付した。ただし、この資料は昭和五七年改正後のものなので、規定の内容はいくぶん異なる)、一年以上動きのないもの、本件に即していえば昭和五五年中に利息の入金のないものは貸倒れ処理をしてもよい旨税務当局に事務取扱いの指針を示したに過ぎないのである。右「一年」という期間は法的根拠を持つものではなく、ただこのように期間を劃すことによって一年以上動きのないものは画一的に貸倒れとして認容し事務処理の簡略化を図っただけである(昔、右の期間が二年と定められていた時期もあった)。逆に一年内に動きのあったもの、すなわち、昭和五五年中に利息の入金があったものは貸倒れと認容してはいけないとか、ましてやそのような入金のあったものは法解釈上同年分の所得計算上貸倒れに該当しない、などというものでは決してないのである。
2、本件貸金債権はいわゆるサラ金営業上の債権である。銀行等一般の金融機関からは融資の道を閉された経済的信用のない人達を債務者とする貸金債権なのである。その貸付に当っては、もとより、担保物はない。通常、健康保険証等によって氏名、住所、勤務先等を確認するだけで、極めて簡易に貸付を行うのである。それだけに、当初からある程度の貸倒れが見込まれているのであって、その見返りが高率(被告人の場合は通常日歩一八銭ないし二八銭)の利息なのである。しかし、それでも、営業政策上貸倒れを少しでも少なくしようとの配慮から、被告人の処では、元利金の支払いが一か月を越えてなされなかった場合には、当該貸金を管理債権に組み入れ、一般債権と区別して、男子職員で構成する管理部員による強力な取立を行っていたのである。もともと、貸付契約は、二年以内に元金を返済すること、その間毎月一回定められた日までに利息を支払うことというのが通例であり、例外的に顧客の申出によって元利金を毎月均等額で割賦返済するとの約定がなされることもあった。いずれにしても、無担保であり客の一般的信用度からして、一か月を越えて利息の支払いのないときは、既に貸倒れの危険信号が点いたものとして、一般債権(これについては店舗窓口において又は銀行振込みによって利息が支払われる)と区別し、管理部員が専従的に取立にあたり、強力に回収が図られてきたのである。原判決が「未だ多様な取立手段が残されている」というその取立手段とは一体何をいうのか詳かではないが、実際にそのように多様な取立手段を試みているのである。管理部員は慢然と利息の入金を待っていたわけではない。しかもなお、四か月あるいはそれ以上(否認されたものには昭和五五年一月で利息の支払いが絶えているものさえある)元金はもとより利息の支払いさえ受け得ないのであれば、まさに「債務者の資産状況、支払能力等からみてその全額が回収できなことが明らかになった場合」(基本通達五一-一二)に当ると考えてよいのではないか。右に四か月という期間は被告人の経験によって得られた一つの目安である(被告人の原審供述参照)。二か月あるいは三か月で全額回収不能とみるべきものも個々の債権について検討すれば出てくるかも知れない。特に債務者の所在不明の場合(移管理由<1>)はそうである。ただここでは少くとも四か月を越えて利息の支払いのないものはサラ金債権の実情からして一般的に貸倒れと認めるのが相当であるというだけである。サラ金業者である被告人から金を借りて利息の支払いを滞っているという場合、当該債務者は単に被告人からだけではなく、他の多数のサラ金業者からもいわば借りまくっているとみるのが常識ではないか。また、原判決のいう「多様な取立手段」の中に裁判による取立をも含めているものとすれば現実に対する理解を全く欠くといわざるをえない。けだし、添付の第一表及び第二表によって明らかなように、極めて僅かな例外(それも最高五〇万円止りである)を除き、一債務者当りの金額は一〇万円前後か一〇万円にも満たないものなのである。多額の訴訟費用を費して裁判に持ち込み、さらに強制執行に及んだとしても、果して幾許の金を回収しうるであろうか。いたずらに失費を重ねるだけであり、このことはサラ金の顧客層の実情を推測すれば容易に判ろうというものである。制限利息超過の問題を一応考慮の外に置いても、裁判によってサラ金債権の回収を図るということは経済性の観点からみてサラ金業としては考えられないことである。
3、検一二七号及び一二八号には「破産」又はこれに類する説明(否認理由の<6>にあたる)が書き加えられているもので、<3>の理由で貸倒れを否認されているものがある。
しかし、サラ金業者の顧客が破産に追い込まれるのは通常多数のサラ金業者から借りまくった場合であろう。そして、自己破産→破産廃止というパターンが十分に推測される。宮崎乾朗弁護士の論文「倒産法をめぐる若干の考察」(自由と正義一九八〇年九月号)は、次のような表を掲げ、破産事件中自己破産、準自己破産の占める比率が近時急激に増加した裏面にはサラリーローンの興隆があり、高利の利息で目ぼしい資産を吸い尽されていたからこそ、同時廃止になるケースが急増したといわれる。
自己破産、準自己破産の比率(大阪地方裁判所)
<省略>
昭和五三年~五五年度における全国第一審裁判所で破産宣告後既済となった事件中破産廃止となったものを司法統計年報によってみると、それは次表のとおりであって、総件数に対し、実に四九.八%ないし五四.五%に達する。
<省略>
サラ金顧客の破産事件はすべてがこの道をたどるものと考えてもさほど誤りがないのではないか。そうだとすると、この面においても貸倒れが考えられるべきである。
4、検一二七号、一二八号では<3>の理由で否認されたもので保証人が有る旨付記されたものが多数見出される(否認理由の<8>にあたる)。原判決も保証人のあることを挙げて「多様な取立手段が残されている」という。しかし、これは法が貸倒れを必要経費と認めた旨を理解しないものであり、かつ、サラ金顧客における保証人なるものの実情に対する無知以外の何物でもない。被告人が融資する場合、通常は保証人なしであるが、信用度の余りにも低い客については特に保証人を要求する。しかし、実際に付せられた保証人はその者自身もサラ金業者から借りまくっていたりして(サラ金の常得意は互に保証し合う)、信用度が低い。だからこそ保証人からの入金もないまま貸金は焦げついてゆくのである。まして、夫や妻が保証人の場合は借主本人と一蓮托生であって、独立して保証債務の履行を期待しうるなど稀有のことであろう。そして、法は「法律上債権は存するが事実上その回収ができない場合」を貸倒れとしているのであって、多様な取立手段が残されていようとも、その実効を期待しえない場合はこれに当るのである。
法律上支払義務のない親族等と交渉中(否認理由<9>)などの理由は貸倒性を否定する理由にはならない。
5、<3>の理由で否認した貸金について弁護士介入とかサラ金問題相談所介入等と付記したものが多数見受けられる。そして、原審弁護人は、川地睦子(検一二七号中記録二七九四丁)及び村上卓爾(添付の第一表28)を例に挙げ、弁護士から以後の支払いを拒否する旨の通知があったのに貸倒れを否認されたとして、その不当性を主張した。
ところが、これに対し、原判決は、「単なる支払拒否があっただけでは貸倒とは認められない」と一蹴した。当該弁護士の支払拒否が法的根拠に基かない不当な主張だと(その主張を裏付ける事実関係を調べもしないで)いうのであろうか。
サラ金の客が利息制限法所定の制限を超えて支払った利息(及び損害金)はその超過部分が当然に元本に充当され、計算上元本が完済となった後に支払われた利息は不当利得してその返還をサラ金業者に請求できることは既に判例として確立しているところである(最高裁昭四三・一一・一三大判・民集二二-一二-二五二六、大阪高裁昭五五・一・三〇判・判例時報九六七-七四)。当該弁護士もこの判例を踏まえて支払拒否を通知したとするのが素直な物の見方である。そうだとすると、既に川地、村上に対する貸金債権は消滅しているのであって、まさに貸倒れの典型である。添付の第一表、第二表で明らかなように同様の事例が多数に見られる。単に「弁護士介入」「サラ金問題相談所介入」等とあるのも、反対証拠のないかぎり同様に判断すべきである。添付第二表の221に「55・1・14弁護士介入六、七二〇入金」の如きも、昭和五五年一月一四日に代理人である弁護士が超過利息の元金充当計算を行い、残元金は六、七二〇円に過ぎないとして同額を支払いその余の支払いを拒否したものとみるべきである。
実際、日歩二八銭の約定利息を毎月きちんと支払ってゆくと、利息制限法の定めによって超過利息を元本に充当してゆけば、一年一か月でほぼ完済となり、一年二か月目には過払いとなる。
6、昭和五五年貸付分との理由で貸倒れを否認したものが相当数見られる。しかも、それらは貸付後一円の利息支払もなされていないのである。甚だしきは同年一月に借りたまま同年末まで元本はもとより利息さえ全く回収ができなかったものさえある(添付第二表114)。詐欺同然である。これすら一年待て、昭和五六年分では貸倒れと認めてやるから、とでもいうのであろうか。為政者特有の論理である。法が貸倒れを必要経費に算入することを認めたのは、これにそう客観的事実を法的事実として尊重したからにほかならない。税務当局の恩恵ではない。
7、税法上貸倒れと認めるべきか否かはこれにそう客観的事実があるかどうかによって決せられるのである。実際に貸倒れとして帳簿処理をしていたかどうかはらかかわりのないところである。被告人の各店舗では、顧客との交渉により一時に相当額の元利金の支払があった場合には本部(名古屋市及び北九州市所在)の承認を得て残元金の支払を免除し、これを元金カットと称して貸倒れ処理をしていたが、それ以外は、いかに長期未収の貸金であっても、各店舗では貸倒れとすることが自店の成績にかかわるとばかりに、その旨の帳簿処理をせず、債務者及び保証人の所在調査を行うなどして鋭意回収に努力したのであるが、それでもなお長期未収に終わったのである。原判決は「債務者及び保証人のいずれもが行方不明の場合……は被告人においても他の債務者と区分管理したうえ、半年毎に債務者、保証人の住民票及び戸籍謄本をあげるなどしてその所在発見に努めており、その結果所在が判明して返還要求に及んでいる事例も少なからずあることが認められ(る)」と説示し、これを持って貸倒れ否定の理由としているが、貸倒性の判断は客観的事実によるべく債権者の主観-貸倒れ処理をしているか否かないしなお回収のため努力しているか否か-とは関係なくなされるべき事柄であることを忘れているのではなかろうか。
なお、そのような回収努力の結果と思われるが、時には極めて少額の入金のあるものもあるようである。その典型的な事例は添付の第二表の42である。昭和五五年一月一七日に僅か二、〇〇〇円を集金したばかりに(日歩一八銭としても僅か一四日分の利息に過ぎない)、その後全く入金がないのに同年中に入金があったとして貸倒れを否認されているのである。適時に貸倒れ処理しその後入金があったとすれば雑収入に計上しておけばよかったのにと悔まれるのである。
(四) <4>「弁護士が介入し交渉中のもの」との理由で否認されたものについて
検一二七号及び一二八号を見ると、同じく弁護士が介入した貸金であっても、昭和五五年中に入金のあった分は<3>の理由で否認され、同年中に入金のなかったもの(最終の入金が昭和五四年以前のもの)は<4>の理由で否認されているのである(ただし、例外として、添付の第一表138及び141がある-後記)。弁護士介入の事実が貸倒性を否定すべき事情でないことはすでに(三)の5に述べたとおりである。何よりも不可解なことは、もし昭和五五年以降に弁護士の介入がなければ基本通達五一-一三によって貸倒れとして認容されるはずであったものが、同年以降弁護士が介入したからとの理由で貸倒れを否認するという税務当局の論理であり、これを追認した検察官、原裁判所の態度である。弁護士は依頼者の利益のために行動するものであり、被告人とは対立する立場にあるのである。添付の第一表及び第二表を見ると、<4>の理由で否認されたもので弁護士介入後入金のあったものが、前記第一表の138、141以外には全くないことが右の事情を如実に示している。なお、右138、141についてはいずれも昭和五六年中に入金があった旨の記載があるが、それは昭和五五年四月及び六月に供託されたものが翌年供託金の受領によって入金となったのではあるまいか。そうだとすると、これらについては(三)において述べたところがそのまま当てはまる。
(五) <5>「調停中のもの」との理由で否認されたものについて
添付の第一表の154及び第二表の51の二例のみである。いずれも昭和五四年一〇月に最終の入金があり、翌五五年一月又は二月に調停の申立があったままで、その結果は不明である。審理不尽の例であるし、これも調停の申立がなかったとすると、基本通達五一-一三によって貸倒として認容されていたはずのものなのである。
(六) <7>の「本人の所在が判明しているもの」との理由で否認されたものについて
添付の第一表の158、164、第二表の9、12、20、63、78、116がこれにあたる。これらはいずれも貸倒れと認めるべきであることは(三)に述べたところで明らかである(ただし、一部昭和五四年分以前の貸倒れと認めるべきものがあるかも知れない)。
(七) 審理不尽
原判決における貸倒れについての誤認は、ひっきょう、貸倒れの意義を正しく理解せず、徒らに査察官の判断(検一二七号、一二八号)に誤りがないとの前提に立ち、審理を尽さなかったことによるものと考えられる。審理不尽の事例については既にいくつか触れたが、結局、原審で提出された証拠によっては個々の貸金債権について貸倒れであるか否かを分別することは甚だ困難であること、換言すると、貸倒れでないと高度の蓋然性をもって認定することは不可能であることである。本趣意書においてはサラ金業界の実情を踏まえ四か月をこえて利息の入金がないものは貸倒れであると主張したが、さらに精査すれば四か月以内に入金のあったものでも貸倒れと認定すべきものがあるかも知れない。(三)の5で触れた川地睦子の分を初め、検一二七号中鍛治秀逸(記録二七八三丁)、坪井皎(二七八六丁)、田中将(二七九四丁)、真野寿美子(二七九六丁)、検一二八号中江島政子(二九三一丁)等これに当ると思われるものは枚挙にいとまがない。さらに、アポロ旭川店(二八五六丁)及びアポロ広島店(二八五八丁)については、調査書の表現からすれば一部貸倒れを認めるべきものがあるのではないかとさえ思われるのであって、右両店の貸金全部について貸倒性を否定しうるような証拠はない。
二、ローンズアポロ函館店の開設に伴う経費について
被告人は、ローンズアポロ函館店の開設にあたり、店舗賃借のため昭和五五年一〇月二七日家主に礼金として一二〇万円を支払った(記録三二三丁、八〇〇丁)。ところが、査察官は右金員は保証金であるとしてその経費性を否定し、原判決もこの査察官判断を是認した。しかし、同日被告人は別に敷金六〇万円を支払っているのであって、これと性格を同じくし賃貸借終了の際返還される性質の保証金を別途に支払う理由はないのであって、右一二〇万円はあくまで渡し切りの礼金なのである。従って、右金額は昭和五五年分の所得計算上必要経費として控除されるべきであり、仮りに然らずとするも繰延資産として同年分の償却費を経費として計上すべきである。この点においても原判決には事実の誤認がある。
第二点 量刑不当
一、原判決は、量刑理由の冒頭において、本件ではほ脱額が多額であること、ほ脱率が高く、申告率が低いことを挙げている。確かにご指摘のとおりである。ただここでご斟酌いただきたいことは、申告過程で税務当局の指導宜しきを得ておればこれほど多額高率のほ脱には至らなかったであろうということである。
被告人が所轄税務署に提出した本件各年分の確定申告書(検八号~検一〇号)を見ると、一面<5>の納める税金の計算欄に営業による所得金額として原判示の各申告所得金額をいわば結論的に記載してあるだけで、該当額算出の根拠となる収入金額及び必要経費の部分(二面<1>の所得金額欄)はいずれも空白である。そして、事業所得の申告の際に添付を要求されるはずの「事業所得金額の計算書」や「所得の内訳書」も添付されていない。一見していわゆるつまみ申告であることがわかる体のものである。税務署で申告書受理の際何故適正申告を指導してやってくれなかったのか。また、既に昭和五三年分がつまみ申告であることが一見してわかる体のものであるから、直ちに査察官に通報しその調査を促さなかったのか。そうしてくれておれば当然同年分の脱税で収まったであろう。被告人のためにも惜しまれる。三年分を溜め一挙に多額の脱税を摘発して効を競ったのではないかと思われるが、弁護人の僻目であろうか。
二、本件犯行の動機が主として新店舗を順次開設してゆく資金を蓄積するためであった。サラ金業界においては、新店舗開設当初は新規の客がつき利息収入を確実に挙げることができるが、店が古くなると、客は固定するものの、そのような固定客はかえって支払能力が落ちてきて、逐次焦げ付き債権が増え利息収入は落ち込んでゆくのである。そのため被告人は昭和五三年ごろ以来急速に店舗を増やしてゆくという道を採ったのであるが、いわゆる四大サラ金業者とは異なり、被告人程度の業者では銀行融資など望むべくもなく、結局そのための自己資金を蓄積すべく安易に脱税の道を選んでしまったのである。「自己の利益拡大のため以外の何ものでもない」(原判決)といわれればそれまでであるが、青年実業家が事業の維持拡大に熱中する余り軽卒にも過ちを犯してしまったと見てやっていただけないものだろうか。
さらに動機として、<1>昭和五二、三年ごろからは事業の急成長に伴い所得も急増したが、急に多額の所得を申告すると、これまでの脱税(それは事業の規模からみてさほど多くはないと考えられる)がばれはしないかと危惧したこと(記録二五三四丁表、裏)、<2>韓国人は仲間意識が強く、もし大きな所得を申告すると、同国人の同業者から突き上げられる心配があったこと(被告人の原審第五回公判供述)も事実である。<1>の点は小さな罪の暴露を恐れるの余り大きな罪を犯すの類であって、弁解の余地はないが、凡愚の陥りやすい過ちともいえないであろうか。また、<2>の点については決してこれを以て「被告人の行為を正当化する」(原判決)手段に用いるつもりはないが、本邦に在留する韓国人の一人としてそのようなことを憂慮するのも無理からぬことと考えていただけないだろうか。京都市右京区在住の韓国人が一般の地区納税貯蓄組合とは別に韓国人右京納税貯蓄組合を組織しているとの事実も在留韓国人の仲間意識の強さを示すものである。
三、本件の実行行為は虚偽過少の確定申告をしたということのみである。もとよりそれは典型的な脱税手段ではあるけれども、脱税犯に通常見られるような収入除外、架空経費の計上等不正な帳簿操作は全くなされていないのである。それだけに計画性のない犯罪であるといえるし、税務当局がその気になりさえすれば、極めて容易に課税標準及び税額の更正ができるし、査察調査もまた容易である。さきに一において、もっと早く税務当局が動いてくれてさえおればと嘆く所以である。また、原審弁護人が弁論において、本件はその実質において無申告犯に類するものであり、「つまみ申告」だからといって直ちに悪質だと断ずるのは不当である、と主張したことも十分にご理解いただけると思う。
四、さきに貸倒れ損失について事実誤認を主張したが、なにぶん多数の小口貸金債権を抱えていることでもあり、その一々について貸倒れか否かを分別してゆくことは極めて困難である。そして、サラ金顧客という信用度の極めて低い人達を対象とする営業であることをあわせ考えると、さきに主張した分以外にも、実質的には貸倒れといわざるをえない貸金が相当あるということも十分推測しうるところである(第一点の一の(七)参照)。
さらに、従業員による不正行為による損失もある。すなわち、
1、元従業員広永次利は昭和五五年一〇月六日ローンズアポロ福山店の店長に就職するや、同月中から翌五六年にかけて同店の営業資金から合計二八、六五一、七五二円を横領した。ところが、原判決は、被告人が右被害を発見したのは昭和五六年七月に至ってからであるから、広永に対する損害賠償請求権が昭和五五年中に実現不能となったとはいえないとして、同年分の損失(必要経費)とは認めなかった。しかし、右横領金額のうち二七五万円は昭和五五年中の犯行にかかるものである(控訴審で立証予定)。もともと無資力な広永は既に同年中においてもこのような金額の賠償をなしえようはずがない。実質的には明らかに同年分の損失である。
2、従業員谷澤建治によっても多額の横領被害を受けた。月々僅かな額の弁償がなされてはいるが、昭和五五年末現在において一七、三二八、五四七円が未賠償である(谷澤の検察官調書)。被害時の損失に計上し月々僅かな賠償額についてはその入金の年の雑収入に計上するという暖かな、そして市民感情に合った取扱いをしてやれないものかと思う。
五、右の二例については、経費性の認定、損益帰属時期の決定という難しい問題があり、かつ、判例通説の動向をも考慮し、あえて事実誤認を主張せず、情状として陳述するにとどめる。しかし、脱税事件を扱う度に思うことは、法令の規定、解釈、運用が、いかに国庫収入の確保充実のためとはいえ、余りにも国の利益に、徴税機関の便宜にとなされていることである。本件についても右二例のほか、貸倒れ損失の認否についての税務当局の運用の仕方、繰延資産に関する規定の仕方などにそれが見られる。特に繰延資産についていえば、原判決がローンズポスト名古屋店及びローンズアポロ名古屋店について家主に支払った各保証金のうち合計二二四万円を当該年分の経費とせず繰延資産として五年間で償却すべきものとされたことは現行法規の解釈上疑義をさしはさむわけにはいかないが、しかし、他方これを受取った家主の側では、右金額はそのままその年分の収入に計上すべきものとされているのである(基本通達三六-七)。収入は即時に、経費は繰り延べて計上すべしということであって、理屈はともあれ、市民感情にはそぐわないものがあるように思われる。所得税法をしゃくし定規に解釈し厳しく運用するにおいては苛斂誅求の謗を免れないこととなりはしないか。そして、春秋の筆法をもってすれば、そこにこそ現時脱税が一般化している原因があるのではないか(もとより脱税額の多寡やそれが現実に摘発されるかどうかは別問題であるが)(原審弁護人の弁論要旨の四、五、弁論追加要旨の第三の一参照)。
そうだとすると、原判決の如く本件犯行を以て「申告納税制度の根幹を破壊する」と決めつけ、被告人に対し実刑を以てのぞむのでなければ「一般国民に対して誠実な納税意欲を失わしめる結果にもなりかねず、ひいては法の尊厳をも著しく傷つけることになる」と断ずることはいかがであろうか。
六、被告人は本件を摘発されるや査察官の調査に素直に応じたばかりでなく、その後も捜査に積極的に協力し、原審公判においても公訴事実を認め、反省の実を示した。
また、被告人は本件摘発前の昭和五四年六月二五日、同五六年六月二三日、同年七月七日の三回にわたり税理士(虎谷)の指導のもとに修正申告をし、昭和五三年分については一、三五八、〇〇〇円、同五四年分については四一、九八二、〇〇〇円、同五五年分については五九、〇二一、八〇〇円の各所得税合計一〇二、三六一、八〇〇円を追加納付した(なお、過少加算税合計二、五一九、七〇〇円も納付。検一一号)。これによって本件について認定されるべき脱税の額が減ぜられるべき筋合ではもとよりないが、しかし、既に本件摘発前に被告人の自発的行為によって右一億円を超える金額につき国家の被害が回復されたことは明らかであり、査察開始当時の脱税額は実質的には右金額を控除したものといえなくもないのである。
さらに被告人は査察官の指示により昭和五七年一月一四日に昭和五五年分について修正申告をし、所得税一〇〇、〇〇〇、五〇〇円を追加納付し、次いで、取調検察官の勧めにより本件起訴前の昭和五七年三月八日税務当局から示された金額に基づき修正申告をした。そして、翌九日一億五、〇〇〇万円を追加納付したのを第一回として、同五七年四月から翌五八年二月まで毎月二、〇〇〇万円ずつ(ただし、五七年四月には二二、六七九、九〇〇円)、五八年三月から本年(五九年)一月まで毎月七、〇〇〇万円ずつ(原判決が「月額三、〇〇〇万円ずつ納付している」と認定したのは被告人の不利益に誤認したものである)を既に納付し、あと七一、〇五〇、四〇〇円を残すのみであるが、これは本年二月二〇日納付予定で税務署には支払期日を同日とした同金額の手形を差入れてある。このように本件ほ脱にかかる所得税はやがて完納の運びとなるであろう。
所得税の修正申告に伴い地方税の昭和五三年分、同五四年分、同五五年分も更正され合計一九一、一一〇、九四〇円を追加徴収されることとなった。それらについても既に五五、四一一、四八〇円の支払を了し、残一三五、六九九、四六〇円については関係府県・市に対し月三七四万余円の割合で分割して支払う旨を誓約し誠実にこれを支払うつもりである(昭和六二年五月完済の予定)。(以上の納税状況につき控訴審でさらに立証の予定)。
右所得税地方税の追納のため、被告人は、まず事業資金に取ってあった預貯金(記録二四八一丁表参照)を納税資金に当て、さらに月々の収入を挙げて投入し、昭和五七年一〇月法人成り(後記)後は、被告人の全事業用資産(貸金債権)をその法人に提供して準消費貸借契約を結び元利金の月賦弁済を受けることとしたので、これによって得た金員をすべて納税資金に充当した。所得税関係では本年二月分の七、一〇五万余円を残すのみであるが、地方税関係ではさらに三年余の間月賦支払を続けることとなっている。もとより誠実に履行する決意である。
しかし、この追納がいかに苛酷なものであるかは弁一一号証によって明らかであるが、被告人はこれをも本件脱税に対する制裁として甘受しこれに堪えている。
昭和五六年分の所得税は既に適正に申告し納付した。同五七年分も適正に申告したことはいうまでもないが、ただ本件脱税分の追納に追われる身であったため、特に税務当局から納税猶予を得て昭和五九年三月から五月まで毎月七、〇〇〇万円ずつ(五月は七、一三九万余円)分割納付することとした。法人成り後当該法人は昭和五八年九月第一事業年度を終えたが、これについても法人税を適正に申告し誠実に納税している。
重加算税については、本件がこれを賦課するに足る要件を備えているか否か疑義があるので、税務当局による賦課決定に対し異議を申し立てたが(原審弁護人の弁論追加要旨の第二参照)、その裁決において賦課を相当とする旨の処断が下されたならば、被告人は潔くこれに従い納付するつもりである。
七、脱税事犯における量刑の実情について
原審検察官は所得税のほ脱事件について実刑の言渡しをした東京地裁の判決三例の取調を請求し、原裁判所はこれを採用して取調べた。その結果右判決例が先例として本件の量刑に際し大きく影響したのではないかと憂慮されるので、まずそのいずれもが本件と著しく事案を異にし量刑上参考となるものでないことを明らかにしておく。
<1>東京地裁刑事二〇部(小瀬裁判長)昭和五七年三月一九日判決(検一二九号)
この事件は、架空名義で多額の貸付を行い利息収入を秘匿していた事案で、申告段階において初めて不正行為がなされた本件とは事案を異にする。そして、何よりもこの事件の被告人は昭和四四年にも法人税及び所得税法の各違反事件によって懲役一年(三年間執行猶予)及び罰金一、二〇〇万円に処せられながら、反省することなく、毎年不正手段を用いて脱税を繰り返し、昭和五二年及び同五三年分について再び摘発されたのである。
<2>東京地裁刑事二〇部(小瀬裁判長)昭和五七年四月二六日判決(検一三〇号)
この事件は被告人三名(兄弟)のうち二名が実刑となり一名は懲役刑の執行を猶予されたのであるが、三名の共同経営にかかる貸金業につき軽減税率の適用を受けるため資本金の少額な会社を一一社設立して所得の分散を図ったうえ、その会社からの役員報酬・貸付金利息・配当金の各一部を親族等二〇数名の他人名義で受取るなどし所得を秘匿し、特に実刑を科せられた両名は、昭和五二年分について国税局の査察が行われている最中に、さらに同五三年分について同様の方法で脱税を敢行し、かつ、その際には、役員報酬受給名義人である親族らに指示して銀行口座を開設させ、そこに役員報酬等を振込んでそれが当該名義人に支払われたかのように仮装し、また、犯行後親族らとの間で役員報酬等が真実名義人に支払われていたように口裏を合わせるなど種々の証拠隠滅工作を行ったのである。
<3>東京地裁刑事二五部(小泉裁判長)昭和五七年一〇月二〇日判決(検一三一号)
この事件の被告人は、青色申告の承認を受けながら、他人(会社)名義で不動産取引及び金員の貸付などして多額の所得を秘匿したうえ、虚偽過少の確定申告書や虚偽の損失申告書を提出し既納の源泉徴収税につき還付を受けようとしたものであって、その犯行にあたり、右会社名義の取引関係書類を作ったり同会社名義で銀行口座を開設するほか種々複雑な経理操作を行ったものであり、判決文においてその犯行の態様は「計画的かつ巧妙である」と断じられているほどである。しかも、国税局の査察に際しては、関係帳簿の提出拒否、同帳簿の改ざん、分散隠匿、その他あらゆる手段を弄して、調査の妨害と「周到かつ執拗」な証拠湮滅工作を行っているのである。
右に見たとおり、原審検察官提出の判決例はその犯行の態様、犯行後の情況、あるいは前歴等において本件とは甚だ趣を異に、先例としては本件に適切ではないのである。ただ、弁護人としては、右検察官立証に対抗する趣旨で、貴裁判所に対し、原審弁護人が提出した証拠(弁二一号、二二号)に見られる判決例及び求刑例をも考慮に入れていただきたく願うとともに、さらに当審において、本件よりも遙かに巨額の所得税をほ脱した事案につき刑執行猶予の言渡をした判決例(殖産住宅事件)を提出し、参考に供したいと考えている。
それはともかく、当面する事件について刑を量定するに際し、いわゆる同種事件の判決例が一体先例としての価値を持つのかどうか、甚だ疑わしい。各個の事件はそれぞれに個性を持ち、かつ、既に原審で取調べられた判決例等によって明らかなようにその個性は甚だしく多様である。年々言渡される多数の直接税法違反事件判決につき各種の量刑要素を分析検討しての実証的研究を欠く現在、せめて大量的・統計的観察を行ったうえで各判決例の位置付けを行うならばともかく、この観察を欠いたまま二、三の判決例に依拠し、特に被告人に不利益な量刑資料に供することは許されないと思う。
小島武彦判事の司法研究報告書「直税法違反事件の研究」(二四輯二号)は、昭和四七年度から同五一年度までの五年間における所得税法及び法人税法各違反事件に対する第一審判決の量刑情況を統計によって示したうえ(ただし、五〇年度の所得税関係の数字には誤植がある)、懲役刑の言渡がなされた場合には、「一〇〇%ないしこれに近い割合で執行猶予が附せられている。」(二三頁)という。そこで、弁護人がその後の五年間について第一審において右両法違反事件につき懲役刑を科せられたものの量刑状況を最高裁事務総局発行の司法統計年報によって調査したところ(昭和五六年度が右年報の最新のものである)、それは次頁の一覧表のとおりであって、量刑の傾向は前の五年間と殆ど変っていないことが明らかとなった。
<省略>
要するに、昭和五二年度から同五六年度までの五年間に第一審で直接税法違反により懲役刑の言渡を受けた者七七四名のうち実刑を科せられた者は僅かに九名である。そのうち三名については、法律雑誌により事案の大要を知ることができたが(次の<1>ないし<3>のとおり)、他の六名については具体的な状況は不明である。
<1>東京地裁刑事二五部(松沢裁判官)昭和五五年三月一〇日判決(判例時報九六九号一三頁)
この事件の被告人は実質的には被告会社四社(いずれもトルコ風呂経営)の経営者であるのに、自らは一切の役員に就任せず、その背後にいて脱税工作の全般を指揮し入浴料収入のすべてを自己に集中させていたばかりでなく、同族会社判定による税法上の不利益を免れる目的で株主名義には自己のみならず家族の名前も隠しすべて虚偽の他人名義を用いていた。そして、二重帳簿を作成して多額の入浴料収入を除外して簿外預金を設定する方法で所得を秘匿したうえ、四社合計一一事業年度にわたり四億八〇〇〇余万円の法人税をほ脱したという事案である。しかも、脱税が発覚すると、実質的経営者として死者の名前を挙げたり、国税局係官の上司に陳情して架空の簿外費用を認容させたりなど、種々の証拠隠滅工作を行った。
<2>東京地裁昭和五五年五月二八日判決(判例タイムス四四七号一四八頁(編注:原文ママ 「判例タイムズ」と思われる)。ただし、同誌には控訴審の東京高裁第一刑事部昭和五六年七月一三日判決を抄録)
第一審において法人税法違反により懲役一年の実刑が言渡されたが、控訴審では刑期を懲役八月に減じたものの、実刑を維持した。この事件の被告人は、個人企業時代、昭和四二年から同四九年まで連続して過少申告をして修正申告を繰り返し、遂に昭和四九年七月所得税法違反により懲役四月、二年間執行猶予の判決言渡を受けたが、反省することなく、翌五〇年にも過少申告の疑いで査察を受け、さらに法人成りした昭和五二年度から同五四年度まで法人税をほ脱したため前記実刑判決を受けるに至ったのである。そして、その手段として、継続的に売上の一部を除外して簿外に貯蓄し、計画的に所得を秘匿して虚偽過少の確定申告を繰り返した。
<3>東京地裁刑事二〇部(小瀬裁判長)昭和五六年一二月一八日判決(判例タイムス四六四号一八〇頁(編注:原文ママ 「判例タイムズ」と思われる))
この事件(昭和五二年分及び同五三年分の所得税のほ脱)は本件と同様いわゆるつまみ申告をしたものであるけれども、診療所を経営する被告人が会計帳簿を全く作成していなかったばかりでなく、診療所を開業(昭和四五年)して間もない昭和四七年以来診療収入の除外を行い、「一貫した脱税意図の下に除外した診療収入を銀行の仮名貯金に入れて隠匿したり、証券会社の無記名・仮名の割引債・国債を購入するなど」の所得隠蔽工作を行っているのである。
右三例によってみるかぎり、それぞれに実刑もやむなしとされる事情を包蔵するのであって、そのまま採って本件に対する先例となすことは妥当でない。
ちなみに、<2>の事件の控訴審である東京高裁第一刑事部は、殖産住宅事件と呼ばれる所得税ほ脱事件について、昭和五五年七月一八日被告人東郷民安を懲役二年六月及び罰金四億円に処し懲役刑の執行を三年間猶予する旨の判決を言渡した。この事件の脱税額は二六億三〇〇〇余万円である。他方、実刑を科した前記<2>の法人税法違反事件の脱税額は一億三〇〇〇余万円である。そして両事件における裁判所の構成をみると、裁判長(堀江)及び陪席裁判官の一人(浜井)は同じである。これによってみると、当該裁判所は、単なる脱税額の多寡よりも、むしろ、同種前歴の有無、事前の所得隠匿行為の有無、その計画性、反省の度合その他諸々の事情をも総合的に考察し、実刑を科すべきかどうかを判断しているものと考えられる(控訴審において参考までに殖産住宅事件の判決写を見ていただく予定である)。
さらに付加すると、四九頁に掲げた一覧表の昭和五三年度中、懲役三年を科し執行猶予を付したものはいわゆるねずみ講事件の判決であって、その脱税額は約二〇億円(他に一億四、〇〇〇余万円の源泉徴収義務違反を伴う)である(判例時報九一四号二三頁)。
八、被告人は高校卒業後兄勝男の営む紙箱製造業を手伝っていたが、昭和三九年同人と共同で貸金業を始め、昭和四二年当時の店舗四か所を同人と分割し内二店舗を得て独立した。昭和五〇年代になって逐次店舗数を増やし、本件で摘発された当時全国各地に一八店舗を擁していたが、本件脱税による利得はすべてそれら店舗の新設費用、経営資金に注ぎ込まれ、それ以外に目星しい個人用資産はない。妻と一三歳を頭に四児をかかえているのであるが、事業が隆盛であった本件摘発時においても家計には月一〇〇万円程度を当てるだけで、事業の維持拡大に努力してきたのである。在留韓国人として職域を狭められている被告人が時流に乗ってサラ金業を職業として選びその道に邁進してきたことについては十分な理解を示していただきたい(韓国人であるため自分の名義では店舗も貸してもらえず、やむなく日本人である妹婿の名義を借りて店舗を借りているというのが実情である)。
被告人は、本件摘発を契機として、適正申告を心掛けるとともに法の許す限度で節税対策を講ずる趣旨で、自ら全額出費して、昭和五七年一〇月一日ビアイジ株式会社を設立し、同会社においてサラ金業を承継した。しかし、被告人は刑事被告人として裁判を受けている身であることを慮り、代表取締役社長の職を個人営業当時幹部従業員であった中山道男に譲り、自らは代表権のない取締役の地位にとどまっている。
しかし、サラ金営業特に被告人が営んできた程度の規模の事業は、貸倒れの多発、四において触れた不正行為に象徴される従業員の質の低さ等諸々の要因のためその基礎は甚だ脆弱である。さらに新法の施行によってサラ金営業に対する規制は厳しさを加えた。今もし被告人に対し実刑を科するにおいては、被告人が在留韓国人として人種的経済的差別に堪えながら刻苦し営々として築いて来た事業は一挙に崩壊するであろう(このことは法人成りした現在でも変らない)。また、そうなると、被告人は収入のすべてを事業に注ぎ込み個人用資産としては目星しいものを持たないのであるから、残された家族が経済的苦境に立たされるおそれは多大であるし、何よりも被告人を奪われた家族の精神的苦痛は堪えがたいものとなるであろう。
もとより被告人には前科前歴はない。
以上諸般の情状に照らすと、被告人に対し実刑を以てのぞみ、懲役刑の執行を猶予しなかった原判決は、科刑甚だしく過重である。
第一表(検127号より)
〔凡例〕
1.店舗名に、A名古屋とあるのはローンズアポロ名古屋店扱い分、P名古屋とあるのはローンズポスト名古屋店扱い分である。他もこれに準ずる。なお、A小倉Pとあるのはローンズポスト小倉店扱い分で、同店閉鎖(55.8.25)後ローンズアポロ小倉店に移管されたものである。
2.移管金額(又は残元金)とあるのは、検127号又は検128号に管理移管金額、あるいは残元金として表示されている金額をそのまま記載したものである。
3.移管理由として示した数字は、被告人が本件捜査当時それぞれ下記理由で貸倒れを主張上申したことを表す。
<1>本人不明 <2>支払不能 <3>死亡 <4>調停又は調停裁判中 <5>弁護士介入
<6>破産申立又は破産宣告 <7>詐欺 <8>暴力団関係 <9>裁判、調停で確定
(なお、記録2494丁裏~2497丁表参照)
4.否認理由として示した数字は、査察官がそれぞれ下記理由で貸倒れを否認したことを表す。
<3>昭和55年中に入金のあるもの及び同年貸付債権 <4>弁護士が介入し交渉中のもの
<5>調停中のもの <7>本人の所在が判明しているもの
5.備考欄の記載は、検127号又は128号の余白又は検討事項欄に記載されている事項のうち重要と思われるものを移記したものである。
No.1
<省略>
(小計) 2,400,000
No.2
<省略>
(小計) 3,081,000
No.3
<省略>
(小計) 2,162,000
No.4
<省略>
(小計) 1,666,000
No.5
<省略>
(小計) 1,430,000
No.6
<省略>
(小計) 2,187,000
No.7
<省略>
(小計) 2,202,000
No.8
<省略>
(小計) 1,546,000
No.9
<省略>
(小計) 2,021,000
No.10
<省略>
(小計) 1,742,000
No.11
<省略>
(小計) 1,889,000
No.12
<省略>
(小計) 1,618,000
No.13
<省略>
(小計) 2,270,000
No.14
<省略>
(小計) 2,271,000
No.15
<省略>
(小計) 2,787,333
No.16
<省略>
(小計) 880,000 (合計) 32,152,333
第二表(検128号より)
〔凡例〕 第一表に同じ
なお、進行番号250~275は記録2947丁から摘出移記したものであるが、元の書類自体甚だ不鮮明であるので、判読したところによって記載し、判読不能の個所は空白とした。
No.1
<省略>
(小計) 1,727,500
No.2
<省略>
(小計) 2,014,000
No.3
<省略>
(小計) 1,771,000
No.4
<省略>
(小計) 2,483,000
No.5
<省略>
(小計) 2,756,000
No.6
<省略>
(小計) 2,220,000
No.7
<省略>
(小計) 1,674,000
No.8
<省略>
(小計) 1,913,000
No.9
<省略>
(小計) 2,563,000
No.10
<省略>
(小計) 2,326,000
No.11
<省略>
(小計) 2,821,000
No.12
<省略>
(小計) 1,944,000
No.13
<省略>
(小計) 1,990,000
No.14
<省略>
(小計) 1,972,000
No.15
<省略>
(小計) 1,931,000
No.16
<省略>
(小計) 2,084,000
No.17
<省略>
(小計) 2,366,000
No.18
<省略>
(小計) 3,534,000
No.19
<省略>
(小計) 3,263,000
No.20
<省略>
(小計) 2,880,000
No.21
<省略>
(小計) 2,684,000
No.22
<省略>
(小計) 1,951,000
No.23
<省略>
(小計) 2,291,000
No.24
<省略>
(小計) 2,514,000
No.25
<省略>
(小計) 1,897,000 (合計) 57,569,500
執筆・執筆協力者一覧
<省略>
<省略>