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大阪高等裁判所 昭和58年(う)1248号 判決 1984年12月21日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人水野武夫作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官沖本亥三男作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

一控訴趣意第一点について

論旨は、原判決は、1所得計算につき財産増減法(以下「財産法」という。)と損益計算法(以下「損益法」という。)のいずれをとつても構わないとして、本件において検察官の財産法による立証を許したばかりでなく、2損益法との比較検討が可能であるのに、これによる弁護人の反証を一切認めなかつたが、右1の点は法令の解釈を誤るものであり、また、2の点は、審理不尽の違法を冒すものであつて、原判決は破棄を免れない、というのである。

そこで、検討するのに、まず、原判決は、法人の所得計算に関する右二つの方法のいずれをとるかは、「立証方法の適否の問題」であつて、「いずれの方法によれば実額が正確に出るか比較検討したうえでどちらの方法によるべきかを決するのが相当である。」との基本的立場に基づき、両方法による所得計算の正確度を比較した結果、本件においては財産法によるのが適切妥当であるとの結論に達したものであつて、原判決の説示する右基本的見解に、法人税法等関係法規の解釈を誤つた違法があるとは認められない。たしかに、法人税法二二条の規定の体裁等からすれば、同法は、所得計算に関し損益法を原則としているように解されないでもないが、右は、損益法によるよりも財産法によつた方がより正確な所得計算が可能となると思われる事案についてまで、損益法によることを求める趣旨とは、とうてい考えられないのである。

次に本件において検察官の財産法による立証を許容した原判断の当否について検討する。一件記録によれば、被告会社は、住宅の建売業等を目的とする資本金五〇〇万円の株式会社であるが、元来が被告人本の個人企業から出発した会社であるため、経理上の処理がきわめて杜撰であり、1日々の取引を日常的・継続的に記録した簿冊が存在せず、2売上圧縮額は帳簿上不明であり、3追加工事等についてはこれを確定するに足りる証拠がなく、4営業経費についても領収証等の証拠が少ないこと、5このような証憑書類の不足を補うに足りる供述証拠等も十分でないことなど、おおむね原判示に副う事実関係を認めることができる。そして、これによれば、本件においては、損益法によつては、正確な所得計算がとうてい期待し難いものといわなければならない。他方、記録によれば、被告会社の各期首・期末の財産を確定することにつき、特段障害となるべき事由は認められず(被告会社設立時に、被告人本及びその妻からの持込み資産が存在しなかつた旨の原判断は、関係証拠に照らし、肯認することができる。)、財産法によつて、各期の所得額を相当正確に把握することが可能であると認められる。したがつて、これらの点を彼此比較対照した結果、本件については、損益法によるよりも財産法による方がより適切であるとして、検察官の財産法による立証を許容した原判断に、誤りがあるとは認められない。

これに対し、所論は、1被告会社は、必要な帳簿を備え付け、それに基づいて決算書等を作成したうえ税務申告をも行つていたのであり、2本件を担当した国税査察官自身も、原審公判廷において、本件につき損益法による所得計算が可能であることを認めていることなど、種々の理由を挙げて原判決の説示を論難している。しかし、原審第二二回及び第二三回公判調書中証人細井齊の供述部分、第二四回公判調書中証人山本正の供述部分及び押収された各種の帳簿類などによれば、被告会社においては、金銭出納帳、売上帳、総勘定元帳などの会計帳簿が作成されておらず、わずかに、経費明細帳(昭和五八年押第四八五号の二〇)、仕入外注帳(同押号の一四、二二)、銀行勘定帳(同押号の一六、一九)などの帳簿類が備えつけられていただけであるが、これとても、日々の取引をその都度継続的に記載したものではなく、被告人本の依頼を受けた社会保険労務士山本正が、同被告人から渡される領収証、小切手帳、支払手形帳等により、一、二か月ごとにまとめて記載していたものであつて、内容がはなはだ不備であり、また、領収証等に抜けているものがあつたとしても、その不足分が山本に判明する仕組みにはなつていなかつたこと、したがつて、被告会社の顧問税理士である細井齊が、被告会社の所得申告に際して損益計算書を作成するにあたつては、資料の不足を被告人からの事情聴取によつて補わざるをえなかつたが、値引、代金圧縮、相殺等を正確に把握することは困難であつて、同人自身も、貸借対照表による所得の計算に重点を置き、損益計算書の記載には自信がもてなかつたことなどの事実が認められるのである。また、篠原査察官が、原審公判廷において、被告会社の所得を損益法でも計算した旨証言していることは、所論の指摘するとおりであるが、同人は、他方において、損益法による所得計算にあたり、経費の把握が不十分で推計に頼らざるをえなかつたこと、建売り住宅の追加工事、補修等の記録が全くなく、財産法によつた場合と比べ正確な所得計算ができなかつたとの趣旨の供述をもしているのであるから、所論指摘の点は、いずれも原判決の説示に対する的確な反論とはなりえないというべきである。

さらに、原審が弁護人の損益法による反証を許さなかつた点の当否について案ずるに、本件のように、証憑書類が不備で、損益法による正確な所得計算がとうてい期待し難いため検察官が財産法による立証を行つた事案において、弁護人が損益法による立証を行つたとしても、これが検察官の主立証に対する的確な反証になりえないことは明らかであるから、弁護人の損益法による反証を許さなかつた原審の措置に誤りはない。

以上のとおりであつて、原判決に所論の違法があるとは認められず、論旨は理由がない。

二控訴趣意第二点について

論旨は、原判決は、会社財産たる被告会社の預金と個人財産たる被告人本らの預金とを混同し、被告会社の所得を財産増減法により算定した結果、被告会社の所得額の認定を誤つたものである、というのである。

そこで、検討するのに、記録によると、本件においては、名義を異にする各種の預金のうち、いずれが真に被告会社の資産を構成すべきものかについて、被告人本自身もこれを明確に認識しえなかつたところから、検察官は、被告人本が捜査段階において明確に区別した第三者名義の預金は、その主張どおり右第三者の預金として認容したのち、その余の預金のうち、1被告会社設立前に設定された架空名義及び無記名のもの、並びに被告人本個人及び家族名義のもののすべてを、一応同被告人個人に帰属するものと認め、2被告会社名義のもののすべて、並びに会社設立後に設定された架空名義、無記名及び従業員名義のものを、一応被告会社に帰属するものと認めたうえで、他方、3被告人本の個人財産の増加分と当該年度における純収人(収人から支出を差引いたもの)とを比較し、財産増加分が純収人を上回つた分だけ、被告会社からその代表者である被告人本に対する貸付金(社長貸付金)があつたものとみて、これを被告会社の所得として計上することによつて調整を図るべきである旨主張し(記録二冊二五三丁、三〇四丁)、原判決も、結論として右検察官の主張を認めたものであることが明らかである。

ところで、関係証拠によると、被告会社においては、もともと同会社が被告人本の個人企業であつたところから、個人資産と会社資産の区別が十分になされておらず、いわゆる丼勘定でことが処理されていたけれども、ア本件で問題とされている預金は、被告会社か被告人本のいずれかに帰属するものであり、その中に、右両者以外の第三者に帰属すべきものかママ含まれている疑いは存しないこと、イ被告人本は、被告会社を経営する以外に何らの事業活動を営んでおらず、被告会社からの給料、家賃及び預金等の受取利息以外には、収入は全くなかつたことなどの事実が認められるのである。従つて、ある年度に、被告人本の個人財産が、同人の純収入を上回つて増加しているとすれば、その分だけ被告会社の財産が被告人本個人の財産に流入していることになる筋合であつて、検察官が、預金の帰属につき前記1、2のような基準を設けてその振分けを行つたうえで、これによつて生ずる現実の会社財産との差を、社長貸付金という別個の勘定科目を設定することによつて調整しようとした計算方法は、合理的なものと認められる。そうすると、右計算方法を前提とし、原判決添付の別紙(五)表によつて、被告人本の個人財産がその年度の純収入を上回る増加を示していることを確認したうえで、その差額分に見合う社長貸付金があつたものと認めた原判断が、所論のように不当・不合理なものとは認められない。

もつとも、預金の帰属につき右のような手法を用いるときは、原判決が被告会社に帰属するものとみた預金の中に、現実には被告人本個人に帰属すべきものが混入したり、またその逆の場合が生ずることも、理論上これを回避しえないわけであるが(この点は、所論の指摘するとおりである。)、財産法により法人の所得を認定するうえで重要なことは、期首期末の資産負債の状況から当該法人の財産の増額を的確に把握することなのであるから、被告会社の資産を構成すべき預金の帰属を被告人本自身が明確に区別することができない本件のような事案においては、前記のような基準によりその一応の帰属を定めたうえで、これによつて生じうべき現実の会社資産との差額を別個の勘定科目によつて調整することも、その結果算出された所得額が被告会社の現実の所得額と合致するものである限り、所得計算上許容されるものといわなければならない。

所論は、原判決が検察官の計算方法を是認することができる理由として述べた説示部分に、「根本的な間違いがある」とか、「論理上全く不可解な独自の論理により検察官主張の金額を認定した」誤りがある旨、原判決を激しく論難する。たしかに、被告人本の個人財産がその純収入を上回る増加を続けているからといつて、そのことから直ちに、被告会社名義又は架空名義の預金の中に、実質的には被告人本個人に帰属すべきものの混入することが、計算上ありえないということにはならないこと、また、原判決添付の別紙(四)表によれば、被告人本個人名義の預金高は、必ずしも逐年減少しているとはいえないことなどの点は、所論の指摘するとおりであり、これらの点に関する原判決の説示には、やや措辞適切を欠くものがあるが、そのことの故に、被告会社の所得に関する原判決の前記のような計算方法及びその結論が誤りであるということにはならないのであつて、所論にかんがみ記録を精査しても、原判決に、所論のいうような根本的な誤りがあるとは認められない。

ちなみに、所論は、原判決が被告人本の個人資産の増加と純収入とを比較するにあたり、同被告人個人名義の借入金の支払利息を同被告人個人の支出として計上している点を論難し、これとは逆に個人名義借入金の支払利息を被告会社に帰属すべきものとして計算すると、その分だけ被告人本の個人支出が減少し(すなわち、純収入が増加し)、純収入の増加が財産増加額を上回ることになるので、むしろ、個人財産が会社に流入していることになるとして、控訴趣意書添付の別紙A表を援用する。しかしながら、原判決は、借入金についても、預金の場合と同様の基準によつて、被告会社に帰属すべきものと被告人本に帰属すべきものとの一応の振分けをしたのち、被告人本個人に帰属するものとした同被告人個人名義の借入金の支払利息を同被告人個人の支出として計上しているのであり、右振分けが一応のものであつて、必ずしも実体と完全には符合しないにしても、のちに別個の勘定科目によつて適切な調整を行う限り被告会社の財産の総額の認定に何らの径庭を来たさないことは、預金に関する場合と同様であると認められるので、個人名義借入金の支払利息を被告人本個人の支出として行つた原判決の計算方法に、所論のいうような重大な誤りがあるとは認められない。なお、所論の援用する控訴趣意書添付の別紙A表は、原判決が念のために添付した別紙(六)表(これは、被告人本個人名義の預金のみならず、被告会社名義及び架空名義の各預金の受取利息がすべて被告人本個人に帰属するとみても、個人の純収入の増加は、個人財産の増加に追いつかないことを示すもので、元来不要の説示であつた。)中の支出欄から、被告人本の個人名義の借入金の支払利息を控除して計算したものであるところ、右A表のように、受取利息は預金の名義のいかんを問わずすべて被告人本個人の収入とみなし、支払利息は借入金の名義のいかんを問わずすべて被告会社の支出とみなしたうえで、純収入と財産増加額とを比較した結果、純収入が財産増加額を上回つているからといつて、そのことから直ちに、被告人本の個人財産が会社財産に流入しているということにならないことは、いうまでもないことである。

論旨は、理由がない。

三控訴趣意第三点について

論旨は、原判決が犯罪事実を認定すべき証拠として引用した、原審公判調書中証人篠原滋及び同高橋進の各供述部分(所論は右両名の「各供述調書」と指摘するが、右の趣旨と認める。)を、国税査察官である同人らが第三者から聴取した事実や、同人らが調査した書類の内容を立証すべき証拠として用いたものと認められるから、原判決は、伝聞証拠排除の原則を定めた刑事訴訟法三二〇条に違反する、というのである。

そこで、検討するのに、記録によると、原判決がその「証拠の標目」中に、「公判調書中の証人篠原滋(第一六、一七、二五、二六回)、同高橋進(第一八、一九回)の各供述記載部分」を掲げる一方、のちの「弁護人らの主張に対する判断」中の「四、未完成工事高について」の項において、大阪市平野区加美西二丁目二八二―一所在の建物の昭和五一年五月三一日現在の完成割合を「三戸は一〇〇%、六戸は五〇%」と認定するにあたり、「証人高橋進の証言及び添付の調査報告書」を証拠として引用していること、原審公判調書の証人高橋の供述部分(以下「高橋供述」という。)及び同公判調書に添付された同人作成の調査報告書(以下「高橋報告書」という。)は、国税査察官である同人が、被告会社から差し押えられた、大工、左官、畳屋、瓦屋らの請求書の日付及び関係者の供述を参考にして、昭和五一年五月三一日現在で、前記各建物のうち「三戸は一〇〇%、六戸は五〇%完成」と判断したというものであることなどは、おおむね所論の指摘するとおりである。しかしながら、右高橋供述中には、同人が参考にしたという関係者の供述や請求書の日付の具体的内容等は含まれておらず、このことからすると、原判決が、所論のいうように、高橋供述により、「請求書の年月日その他の記載内容」や関係者の供述内容を認定し、これによつて前記各建物の完成割合を認定したものでないことは明らかであるから、原判決に、所論の伝聞法則の違反があるとは認められない。所論は、前記のような高橋供述によつては、同人が被告会社の請求書を調査した事実及び同人が右のような方法で建物の完成割合を算出した事実を認めうるだけであるとか、弁護人は高橋報告書の取調べに同意したわけではないから、右報告書についても事情は同様である、などとも主張する。しかし、所論高橋報告書は、高橋証人を取り調べた期日の公判調書の末尾に弁護人の同意に基づき添付されることによつて、同公判期日における同証人の供述と一体となつたものと認められるのであり、また、租税実務の専門家である国税査察官が、その調査した諸般の資料を明示しこれを総合して行つた建物の完成割合の判断に関する供述は、その判断の過程が反対尋問にも耐え合理的であると認められる限り、建物の完成割合を認定するための資料となりうるものと解すべきである。そして、記録によれば、高橋が各建物の完成割合を前記のとおりと認定した判断過程は、弁護人の反対尋問にもかかわらず、合理性を有するものと認められるから、右高橋の供述により各建物の完成割合を認定した原判決に、違法はないものというべきである。論旨は、理由がない。(なお、所論は、高橋供述のその余の部分及び原審公判調書中の証人篠原滋の供述部分についても、伝聞法則の違反があるというが、右各供述部分のいかなる部分につき、どのような意味で伝聞法則の違反があるのかの具体的指摘を全く欠いているから、不適法である。)

四控訴趣意第四点について

論旨は、原判決が証拠の標目中に引用した収税官吏篠原滋作成の昭和五三年一月二〇日付調査報告書(以下「篠原報告書」という。)は、当初検察官から「犯則全科目」を立証趣旨として申請されたが、弁護人の不同意によつていつたん撤回され、のちに検察官から立証趣旨を「大阪国税局の調査結果」と変更したうえで再申請され、弁護人の同意により取り調べられたものであるから、これによつて各勘定科目の数額を認定した原判決には、立証趣旨の範囲を逸脱して事実を認定した違法(訴訟手続の法令違反)がある、というのである。

そこで、検討するのに、所論篠原報告書は、大阪国税局所属の国税査察官である篠原滋が、被告会社に対する法人税法違反けん疑事件につき、ぼう大な資料を分析・総合した結果、現金、預金、受取手形等の資産、及び借入金、未払金、未払税金等の負債の各勘定科目ごとに、具体的な証拠を引用しながら、資産・負債の各数額を認定した結果を記載した書面であること、検察官は、原審第一回公判期日において、「犯則全科目」を立証趣旨として右報告書を証拠申請したが、第四回公判期日に弁護人が「不同意」の意見を述べたので、右申請を撤回したこと、その後、検察官は、第一五回公判期日において、右報告書の作成者である篠原を、検察官請求証拠目録番号7(篠原報告書)などと同一の立証趣旨により申請し、弁護人が「しかるべく」との意見を述べたので、直ちに同証人の採用決定がなされたこと、検察官は、第一六回公判期日において、右報告書の立証趣旨を「大阪国税局の被告人に対する調査結果」と変更して右報告書を再申請したところ、弁護人は、右証拠申請に異議がなく、また、これを証拠とすることに同意したので、直ちにその採用決定及び取調べが行われ、これに引き続き、検察官は、右報告書の作成経過及び内容等について同人に対する主尋問を行つたこと、弁護人は、第一七回公判期日において、同人に対する詳細な反対尋問を行つていること、以上の事実が明らかである。

右の経緯によると、所論篠原報告書に関する検察官の立証趣旨を変更したうえでの再申請及びこれに対する弁護人の同意の趣旨は、検察官が、ぼう大な右報告書の内容につきその作成者を逐一尋問することに代えて、その供述内容と同一と予想される右報告書を公判廷に顕出すること、また、弁護人においては、作成者に対する反対尋問権を行使することによつて、その証明力を争う機会を留保することの二点につき、検察官及び弁護人の双方が合意したものと解されるのであり、現実にも、右合意に従つて、報告書の内容に関し弁護人の詳細な反対尋問が行われているのであるから、結局、検察官の立証趣旨の変更にもかかわらず、右報告書の内容は、篠原証人の公判廷における供述と一体をなすものとして、犯則科目の数額の認定の用に供しうるものと解するのが相当である。論旨は、理由がない。

五控訴趣意第五点について

<省略>

六控訴趣意第六点について

<省略>

七控訴趣意第七点について

<省略>

以上のとおりであつて、論旨は、結局理由なきに帰する。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(松井薫 村上保之助 木谷明)

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