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大阪高等裁判所 昭和58年(う)1279号 判決 1984年3月14日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年六月及び罰金一〇万円に処する。

原審における未決勾留日数中九〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金二、五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、大阪地方検察庁検察官土肥孝治作成の控訴趣意書並びに弁護人小沢礼次及び被告人各作成の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。

検察官の控訴趣意中事実誤認及び法令の解釈適用の誤りの主張について

論旨は、原判決は、「被告人は、上山勝と共謀の上、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、昭和五七年一二月二六日午後一一時三〇分ころ、福岡県飯塚市大字相田二五九番地九州一会事務所前車庫内において、小野拓、大林勝彦の両名からフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶約一〇〇グラムを代金四五万円で譲り受けたものである。」との公訴事実(但し同五八年三月八日付け起訴にかかる共謀所持の公訴事実を同年六月一七日付けで訴因変更したもの)に対し、「本件は被告人が覚せい剤を欲しがつていた上山にその仕入先を紹介する目的で好意的に同行したものであり、しかも取引の現場でも、被告人は上山のために、同人に代つて代金を先方に引き渡したにすぎない。」として、被告人と上山との間の本件覚せい剤譲受けの共謀の存在及びこれに基づく実行行為の分担を否定し、被告人の本件所為を営利目的(他人の利益を図る目的)による幇助の域にとどまると認めるのが相当とし、「被告人は、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、昭和五七年一二月二六日午後一一時三〇分ころ、福岡県飯塚市大字相田二五九番地九州一会事務所前車庫内において、上山勝が、小野拓、大林勝彦の両名から、覚せい剤結晶約一〇〇グラムを代金四五万円で譲り受けた際、右取引に先立ち前記事務所において、右上山のために、同人を右小野に紹介し、右上山から手渡された右代金を同人に代つて右大林に交付するなどし、もつて右上山の犯行を容易にさせてこれを幇助したものである。」との事実を認定した。しかしながら、本件は、被告人と上山との間に覚せい剤譲受けの共謀が成立し、被告人が謝礼を得る目的で実行行為の分担を含む本件取引における重要部分に深く関与し、現実に謝礼を得ていることが明白で、優に営利目的の覚せい剤譲受け罪の共同正犯と認定し得る事案であるのに、これを否定して同罪の幇助を認定した原判決は、証拠の取捨選択と評価を誤り、事実を誤認した結果、法令の解釈適用をも誤つたもので、その誤りがいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで所論にかんがみ記録を調査し当審における事実の取調の結果を併せ検討するのに、原判決挙示の証拠によると、次の事実が認められる。すなわち、(1)、被告人は、覚せい剤事犯(覚せい剤の無償譲渡、自己使用並びに営利目的所持)で富山刑務所に服役し、昭和五七年一二月二日仮出獄により同刑務所を出所し、福井県の肩書住居で妻博子と共に同女の芸妓収入で生活していたものであり、上山勝は同刑務所に服役していて被告人と知り合い被告人より一足早く同年一一月一六日出所し、大阪市内で覚せい剤を仕入れて富山県下で密売していたものであるが、被告人は、同年一二月一五日ごろ上山が被告人の自宅にかけてきた電話の話から同人が覚せい剤の密売をしていることを知つた。(2)、上山は被告人からかつて覚せい剤を扱つていたと聞いていたことを思い出し被告人に頼めば多量の覚せい剤を安く仕入れることができるかも知れないと考え、同月二〇日ごろ被告人の自宅に電話をかけて被告人に対し、「覚せい剤を仕入れたいのだが一グラム一万円位で手に入るところはないだろうか。絶対に迷惑はかけないしお礼もする。」「一〇〇グラム位買いたい。」と言つて頼み、被告人は、一旦は断つたものの同人が何度も頼むというので、早速、自己の実兄が組員として所属しており、且つ被告人自身も親交のあつた小野拓が会長になつて福岡県飯塚市大字相田二五九番地に事務所を構えている暴力団九州一会が覚せい剤を取扱つていることを知つていたことから、右小野に電話をかけて「信用できる友達が覚せい剤を欲しがつているので、あつたら一〇〇グラムほど回してくれませんか。」と友人に覚せい剤を一〇〇グラム位売つてやつてほしい旨申し出たところ、同人から「同組の組員の大林勝彦が覚せい剤を取り扱つているので同人に伝えておくから詳しいことは九州に来て大林と相談してほしいが、一グラム当り五、〇〇〇円から六、〇〇〇円位だろう。」との返答をえたので、上山の希望値よりもかなり安値であつたことから同人も喜ぶだろうと思い、直ちに小野に対し覚せい剤一〇〇グラムを注文し、九州へ出向く時はその直前に連絡すると伝えたうえ折り返し電話で上山に対し、小野との話の結果を伝えたところ、上山は一〇〇グラムもの覚せい剤がそのような安い値段で仕入れられると喜び被告人に対しその話を進めてくれと依頼し、更に「危い仕事をして貰うのだから覚せい剤の仕入れ値の二割の金額を謝礼としてやる。」と申し出たが、被告人は「二人の間だからそのようなことをしてもらわなくてもよい。」と一応断りの言葉を述べた。(3)、被告人は、小野と面識がない上山が一人で小野のところへ出かけても同人は上山に覚せい剤を譲渡しないであろうと考え、被告人が上山を連れて小野のところに出向き、同人に上山を直接引き合わせて信用させ、上山が小野らから覚せい剤を購入できるようにするため同行することにしたが、上山が代金の準備のできた同月二五日ごろ、小野の都合を聞き、同月二六日上山を連れていくことになり福井駅で列車に乗りこみ富山駅から乗つていた同人と落ち合つたうえ九州に向つたが、列車内で同人に対し小野の前では被告人の舎弟として振舞うよう指示し、同日午後八時ころ、博多駅につき一旦近くのホテルで部屋をとり休けいした後同ホテルから小野に電話でこれから訪問する旨を告げたうえタクシーで同日午後一〇時過ぎごろ飯塚市内の前記九州一会の事務所に到着した。(4)、被告人は同事務所において小野に対し「親しい信用のおける友達の上山です。よろしく頼みます。」といつて上山を紹介し、雑談するうち同日午後一一時ころ小野から連絡を受けた大林勝彦が同事務所に現われ、同人は小野の紹介で同会の理事長補佐であると名乗つて被告人及び上山と挨拶を交わし、被告人らに対しいくらいるかといつて必要な覚せい剤の数量を尋ねたが、これに対し上山が「一〇〇グラム頼みます。」と答えると、大林は同事務所から一旦出て少し離れたところに停めていた自動車内に隠していた覚せい剤を取り出してこれを持つて再び右事務所に戻り、小野に対し「いくらにしますか。」と売値を相談したところ、同人が被告人との誼からわざわざ九州まで出向いた被告人の顔を立て「四〇にしたれ。」といつて一グラム四、〇〇〇円の割合で譲渡するように指示したため、大林はそれでは自分の儲けがないと不満をいい、被告人及び上山に対して車代として二、三万上積みしてほしいと要求した。これより先、上山は大林が覚せい剤をとりに一旦右事務所を出た間に本件の取引ができるようになつたのは被告人が小野を紹介してくれた尽力によるものであると感謝し、覚せい剤の代金は被告人の顔を立てて被告人から小野に渡してもらうのがよいと考え、用意して来ていた覚せい剤の代金五五万円在中の茶封筒を被告人に渡していたが、右大林の要求を聞いて車代として五万円渡そうと思いその旨を被告人に告げたところ、被告人は了解して右茶封筒から四五万円取り出しこれを大林に手渡して本件覚せい剤の代金として支払つた。被告人は前刑服役前に小野の妻から一四万円借用していたことから、右代金支払後小野に対し、「わしも刑務所を出てから間なしですからもう少し待つて下さい。」といつてその返済延期方を頼んだところ、同人が急に嫌な顔をしたので、一〇万円だけでも返済しておこうと思い、上山に対し「この一〇万円貸しといてくれ、後で返すから。」と頼み同人の承諾をえて小野に対し「あとの分は上山がこの次に覚せい剤の取引に来るとき上山にことづけます。」といつてその場で右封筒の中から残額の一〇万円をとり出して小野に返済したが、上山としては当初から被告人に対し覚せい剤仕入れ代金の二割位の謝礼をするつもりで、その旨申し出ていたので被告人から突然ではあつたが右のように「一〇万円貸しといてくれ。」といわれたときには被告人がこの一〇万円をお礼として貰つておくと言つているものと考え快よく承諾した。その後大林は事務所の外で覚せい剤を手渡そうと考え被告人に対し「すみません、ちよつと。」と言つて声をかけたところ、上山がついて来たので同事務所前車庫の処に行き、そこで同人に対し封筒入りの本件一〇〇グラムの覚せい剤を手渡し、再び右両名は同事務所に戻つた。(5)、その後被告人は上山と共に小野にお礼を言つてこれからは自分の代りに上山が一人で来ますからよろしくと言つて同事務所を辞したが、宿泊先ホテルに帰る途中のタクシーの中で上山に対し、「さつきの一〇万円は貸しといてや。」といつたところ、同人は「あれはええわ。」と返済の必要はない旨いい、さらに被告人に対し小野の妻に対する残債務の金額をきいたうえ「その四万円もこの次に小野のところに覚せい剤を買いに行つたときに支払つておく。」と申し出たが、被告人は黙つたまま何もいわなかつた。被告人らは同ホテルで一泊し、翌二七日北陸へ帰途についたが、その列車内で、被告人は再度上山に対し借りた一〇万円をあとで返すといつたがその際にも上山は重ねてその金は取引が成功したお礼であり、被告人が小野に払い残してきた残債務の四万円は小野らから覚せい剤を購入する次の機会に同人に支払つておくつもりであるといつたが、被告人は何もいわなかつた。上山はさらにそれだけでは謝礼が少いと思うから自分が二月になつたら背広を新調するつもりやからその時に被告人の背広を作つて進呈すると言つたところ、被告人は背広よりも黒の皮ジャンバーと皮ズボンの方がよいわと答えて物品については提供を受ける意思を示した。なお被告人は翌五八年一月七日ころにも上山と電話で話をした際借りた一〇万円は返済するといつているものの上山が同年一月一五日覚せい剤事犯で逮捕され、被告人も同年二月一五日本件で逮捕されたが、右一〇万円は原審第一回公判期日後の同年四月三〇日原審弁護人を通じて大阪拘置所に在監していた上山に送金するまで返済されなかつた。(6)、被告人が上山とともに本件覚せい剤を購入するため飯塚市に出向いた旅費、ホテル宿泊代、食事代等一切の費用は上山が負担した。

右認定の事実によると、被告人は、覚せい剤密売人の上山から覚せい剤を一グラム当り一万円位の値段で一〇〇グラムほど買えるところを世話してほしいと頼まれ、同人が購入した覚せい剤を密売して利益を図るものであることを知りながら同人のために覚せい剤を取扱つている暴力団組織九州一会の会長小野に信用があることを利用して同人に対し電話で覚せい剤一〇〇グラムを信用できる友人に譲渡してほしいと申し込み、小野がこれに応じる意思があることを確認するとともに覚せい剤の価格についても同人との間で一グラム当り五、〇〇〇円ないし六、〇〇〇円と概略を取り決め、上山と小野との間に立つて連絡をとつて取引の日を打ち合わせ上山を連れて飯塚市の九州一会事務所に出向き、小野に上山を直接引き合わせて同人が信用できる男であることを保証し、上山と小野や大林との間で成立した本件覚せい剤約一〇〇グラムの譲受契約の締結を立ち会い、上山から預つた現金の中から四五万円をその代金として大林に手渡し、それと引き換えに上山をして大林から本件覚せい剤を受領させたもので、本件覚せい剤の買受人が上山であることは明らかであるが、被告人は、上山が小野及び大林から本件覚せい剤を譲り受けた犯行に密接に深く関与し、上山が小野や大林から本件覚せい剤約一〇〇グラムを譲り受けることができるようにその下準備の段階から上山において覚せい剤を受取るまで終始両者の間に立つて尽力してきたものであつて、被告人の関与がなければ本件覚せい剤の譲受の前提となる売買契約は成立しなかつたとみられるから、被告人が果した役割は本件覚せい剤の譲受けの結果実現に必要で欠くべからざる重要なものであつたと認められる。

本件のような多量の覚せい剤の取引については代金決済等契約履行の面のみならず、将来関係者の一部が検挙された時累が及ぶおそれがある等種々の面で危険が伴うため相手方に信用があることが重要な要素となつていることは所論指摘のとおりであつて、本件において、小野は上山と面識すらなかつたのであるから被告人から電話で頼まれただけでは一〇〇グラムもの多量の覚せい剤を上山に売り渡すようなことはしないと考えられたので、小野の信用をえている被告人が上山を連れて直接小野のもとに出向き、被告人自身も覚せい剤の売買に立ち会うことによつて同人に対し買受人である上山の信用を保証したもので、それによつて上山が小野らから本件覚せい剤を買受けることができたものとみるべきである。従つて、原判決説示のように被告人が上山に覚せい剤の仕入先を単に紹介するという目的だけで同人に同行したものではないし、また、被告人は前刑の仮出獄中の身であり、上山とは前刑服役中に知り合つた程度の仲であるから同人から覚せい剤の仕入先を紹介してほしいと再三頼まれたからといつて原判決説示のように単なる好意だけで福井県の肩書住居から飯塚市まで遠路同行し本件覚せい剤の取引現場に臨むという危険な行為に出たとは考えられず、前記認定の事実特に前記(5)の事実に徴すると、被告人が本件取引現場で上山に貸してくれといつて小野の妻に対する債務の一部弁済に充てた一〇万円は被告人が原審公判廷で弁解するように借金であつて本件の謝礼ではないとしても被告人は少くとも本件取引における自己の尽力に対し相応の謝礼を期待して本件に関与したものと認めるのが相当であるから何らかの利益を得るために本件取引に関与したと認める事情が見出せないという原判決の説示も誤りというべきであり、さらに上山が小野や大林から本件覚せい剤を譲り受けることにつきその数量が一〇〇グラムであることもそのおおよその価格についても上山が本件取引現場に臨むに先立つて既に被告人と小野との間で取り決められ了解ずみであり、取引現場で小野が大林に対し一グラム当り四、〇〇〇円というさらに安い価格を指示したのも親交のある被告人が遠方からわざわざ出向いてきて取引現場に臨んだからこそ格別のはからいをしたものと認められ、本件取引現場に臨んでから上山の意思によつて新たに決定されたのは、大林において小野に対し一グラム当り四、〇〇〇円では自己のもうけがないと文句をいい、被告人らに対し車代という名目で二、三万円上積みしてほしいと要求したのに対し車代名目で五万円上積みすると申し出た程度のことに過ぎないのであるから、原判決が説示するように本件売買の取り決めは上山が取引現場で実質全部行つたと認めるのも相当でない。そうすると、被告人は、自ら大林から本件覚せい剤を受取つたものではなく、また被告人が上山から預つた代金を同人に代つて大林に支払つた行為は本件覚せい剤譲り受けの実行行為とはいえず、被告人が実行行為を分担したものとは認められないにしても、右被告人の代金支払い行為自体本件覚せい剤の譲り受けに密接で重要であるばかりでなくこれを含めて被告人が上山の本件覚せい剤譲り受けの犯行を完遂させる目的で終始同人に協力加担した行為は前記のとおり本件譲り受けの結果実現に必要で欠くことが出来ない重要なものであり、しかも犯行により上山の財産上の利益を図るとともに自分も利得を期待していたと認められるから、被告人は上山と共謀のうえ営利の目的で本件覚せい剤の譲り受けをしたものとして正犯と認めるべきであり、原判決が説示するように被告人が本件取引後上山の覚せい剤の密売に関与せず、その密売利益の分配を受けなかつたことは右認定を左右するものではなく、被告人の所為を幇助の域にとどまると評価することは相当ではない。したがつて原判決は被告人の共謀共同正犯に関する事実認定と法律の解釈適用を誤り、被告人を刑法六〇条の共同正犯とせず、同法六二条一項の幇助犯として処断したものであり、右の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、この点に関する検察官の控訴は理由があるので、検察官のその余の控訴趣意(量刑不当の主張)及び弁護人の控訴趣意(幇助犯を前提とする法令適用の誤り及び量刑不当の主張)被告人の控訴趣意(量刑不当の主張)に対する判断をいずれも省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い当裁判所において更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、上山勝と共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、昭和五七年一二月二六日午後一一時三〇分ころ、福岡県飯塚市大字相田二五九番地九州一会事務所前車庫内において、小野拓及び大林勝彦の両名からフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶約一〇〇グラムを代金四五万円で譲り受けたものである。

(証拠の標目)

原判決挙示の証拠と同一であるから、これを引用する。

(法令の適用)

被告人の右判示行為は刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二、二項、一項二号、一七条三項に該当するので、情状により所定刑中懲役及び罰金の併科刑を選択し、その所定刑期及び罰金額の範囲内で被告人を懲役二年六月及び罰金一〇万円に処し、原審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条、換刑処分につき同法一八条、原審の訴訟費用につき刑事訴訟法一八一条一項本文を各適用し、主文のとおり判決する。

(八木直道 谷口敬一 中川隆司)

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