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大阪高等裁判所 昭和58年(う)1573号 判決 1984年8月23日

主文

原判決は破棄する。

被告人を懲役五年に処する。

原審における未決勾留日数中二一〇日を右刑に算入する。

押収してある文化包丁一本(当庁昭和五九年押第二〇号の一)を没収する。

原審訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

検察官の控訴の趣意は、検察官土肥孝冶作成の控訴趣意書記載のとおり(但し、検察官において、確定的殺意の点は正当防衛の要件を欠く事情ないしは量刑事情としての主張にとどまる旨釈明した)で、これに対する答弁は弁護人酒井武義作成の答弁書記載のとおりであり、被告人の控訴の趣意は弁護人酒井武義作成の控訴趣意書ならびに訴訟趣意補充書記載のとおり(但し、弁護人において、控訴趣意書記載第一点は心神喪失の主張を排斥し責任能力を肯定した点を事実誤認ひいては法令適用の誤りとして主張する趣旨、同第二点は殺意を認めた点を事実誤認ひいては法令適用の誤りとして主張する趣旨、同第三点は正当防衛の主張を排斥した点を事実誤認ひいては法令の解釈・適用の誤りとして主張する趣旨ならびに量刑不当を主張する趣旨であり、期待可能性の点も独立の主張でなく量刑事情としての主張にとどまる旨、釈明した)であるから、これらを引用する。

弁護人の控訴趣意中、責任能力ならびに殺意の有無に関する主張について

論旨は、要するに、被告人においては松本俊男から頭部を連打され、あるいはガラスコツプなどを投げつけられたりする暴行を受け、これによる頭部外傷や驚愕反応などで突如一過性の意識障害に陥り、心神喪失の状態で、したがつてまた松本に対する殺意を抱くこともないまま本件所為に及んだものであり、そうでないとしても少なくとも心神喪失の状況で本件所為に及んだことを疑わせるに足りる合理的な理由があるものといわなければならない、このことは被告人が本件犯行の状況を記憶していないことからも裏付けられるところである、しかるに原判決は被告人には責任能力があり、松本に対する未必的殺意もあつたとして原判示殺人罪の成立を認めたが、これは判決に影響を及ぼすことが明らかな重大な事実の誤認であり、ひいては法令適用の誤りであるから破棄を免れない、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を精査しかつ当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、原判決挙示の各証拠によれば、被告人が責任能力のある状態で、しかも松本に対する未必的殺意を抱いて本件犯行に及んだものであることを優に肯認することができ、このことは当審における事実取調の結果によつても何ら左右されるところがない。

すなわち、右各証拠によれば、被告人が松本から頭部を手拳で連打され、あるいはガラスコツプを投げつけられたりしたこと、さらには捜査官に対してのみならず、原審公判廷においても、自己において原判示文化包丁で松本を殺害した状況を記憶していないと供述していることなどは所論指摘のとおりであるが、他方、被告人は右暴行を受けて後も、妻マサ子の松本に対する言葉使いから二人の関係を疑い、あるいは松本からの注文を受けウイスキーの水割りを作つて差し出すなど、所論のような障害のある意識状態では到底なしえない類の行動にも出ていることが明らかであるから、所論指摘の点をもつて被告人が本件犯行当時心神喪失の状態にあり、したがつて松本に対する殺意を有しえなかつた証左であるとはなしえない。所論は、また、「あんた、やめて」という妻マサ子の発言に刺激されて松本に対する殺意を形成したという被告人の捜査官に対する自供調書が信用できないといい、これを根拠に原判決の事実認定を種々論難するのであるが、原判決の説示によつても明らかな如く、原判決は被告人の右自供内容に拠るというよりも、むしろ他の原判決挙示の各証拠によつて認められる犯行の動機、態様、兇器の性状、創傷の部位、程度等の客観的事実から被告人の未必的殺意を推認しているところであるし、右各証拠によれば、被告人においては松本から頭部を連打され、あるいはガラスコツプ、灰皿、小鉢などを投げつけられたりするに及んで、それまで抱いていた同人に対する憤懣や不快の念を一気に爆発させ、憎悪と怒りから、とつさに原判示文化包丁(刃体の長さ約一八センチメートル)を持ち出し、ことと次第によつては同人の殺意という結果を生じてもやむをえないと決意し、同人に対して「表に出てこい」などと挑発し、これに対し同人がなおも譜面台を投げつけ「逃げる気か。文句があるなら面と向つて話しせえ」などと怒鳴り、背後から肩をつかむなどしてくるや、機先を制すべく、ふり向きざまに、右包丁で胸部を一突きし、これによつて同人を死亡させるに至つたものであることが認められ、これによるときは、被告人が責任能力を有する状態で、しかも松本に対する憎悪と怒りからとつさに未必的殺意を抱いて本件犯行に及んだものであることが明白といわなければならない。その他所論にかんがみ記録を精査して検討するも、右認定を左右するに足る事情は見当らないし、原判決には所論のような事実誤認のかども、法令適用の誤りも認められない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意中、正当防衛の主張について

論旨は、要するに、被告人の本件所為は、松本から頭部を連打され、ガラスコツプを投げつけられ、さらには金属製譜面台を投げつけられるなど、生命に対する急迫不正の侵害を加えられたため、自己の生命を防衛するためやむなくなした正当防衛行為である、しかるに原判決は松本の攻撃は素手によるもので、身体に対する侵害にとどまるとし、被告人の本件所為は過剰防衛にあたり、正当防衛ではないとしたが、これは判決に影響を及ぼすことが明らかな重大な事実の誤認であり、ひいては法令の解釈・適用の誤りであるから破棄を免れない、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を精査しかつ当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、原判決挙示の各証拠によれば、後に検察官の所論について説示する如く、松本の攻撃は被告人の身体に対する攻撃たるにとどまらず、生命に対する攻撃をも含むものというべきであるから、その限りにおいては、所論指摘のとおり、原判決には一部事実誤認の点があるといわなければならないが、被告人の本件所為は同説示のとおり防衛意思を欠く点でやはり正当防衛には該当しないことが明白であるから、これを正当防衛であるとする弁護人の主張を排斥した原判決の措置は結局において正当であり、所論のような誤りはない。論旨は理由がない。

検察官の控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、要するに、被告人の本件所為は正当防衛の要件を欠き過剰防衛の成否を論ずる余地もない、しかるに原判決はこれを過剰防衛にあたるとしたが、これは判決に影響を及ぼすことが明らかな重大な事実の誤認であるから破棄を免れない、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を精査しかつ当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、原判決挙示の各証拠によれば次の事実が認められる。

すなわち、被告人においては、<1>原判示のような経過から自己の意に従わないで原判示「鈴蘭」の店内に入つてきた妻マサ子に対し「なんで来たんや」と怒鳴りつけ、ウイスキーの空びんを振り上げたりしたが、これを目撃した松本からカウンターの奥に押しやられ、さらには頭部や顔面を手拳で連打され、首を絞めつけられるなどの暴行を加えられたこと、<2>その後加害をやめた同人から注文されてウイスキーの水割を差し出したりしたが、同人から前記のように暴行を加えられ心中の憤懣に耐え兼ねて「なんで殴られなあかんのかなあ」とつぶやいたところ、これを聞きつけた同人からさらにガラスコツプ、灰皿、小鉢などを投げつけられたこと、<3>そこで両手を挙げてこれを防ぎながら「なぜこんなにまでされねばならないのか。女房を取りやがつて」と、それまで抱いていた同人に対する憤懣や不快感をつのらせ、憎悪と怒りから、原判示文化包丁を持ち出し、ことと次第によつては同人の殺害という結果を生じてもやむをえないと決意をかため、とつさに「表に出てこい」と申し向けてカウンター内から出て表道路の方へ向つたものの、同人からなおも金属製の譜面台を投げつけられ、さらには「逃げる気か。文句あるなら面と向つて話しせえ」などと怒鳴りながら表出口へ出る通路上で背後から肩をつかまれるなどしたこと、<4>そこで、被告人は機先を制して攻撃すべく、ふり向きざまに、右包丁で同人の胸部を一突きし、これにより同人を殺害するに至つたものであること、以上の事実が認められる。

ところで、所論は、右<4>の時点では松本<1>、<2>、<3>(とくに<1>、<2>)の攻撃がすでに終了ないしは消滅していたという理由をもつて過剰防衛の成立を否定しようとするのであるが、松本による右<1>、<2>、<3>の攻撃は、同一場所で、時間的にも接着して行われ、しかも一旦右<1>が止んだ後に<2>が行われ、その後さらに<3>のように金属製の譜面台を投げつけるなどの攻撃がみられたのであり、このような攻撃の経緯等に照らすときは、松本による右<1>、<2>、<3>の攻撃が兇器を使用したものではないとしても、単に被告人の身体に対する攻撃たるにとどまらず、生命に対する危険も孕む攻撃とみうるものであり(このことは現場に居あわせた山内紀久代の「松本は被告人を殴り殺すのではないかと思つた位です」とする供述などによつても裏付けられるところである。)、しかも右<4>の時点においても、ことと次第によつてはなお松本による同種の攻撃がくりひろげられる気配が残存していたというべきであるから、所論のように右<4>の時点では松本の攻撃がすでに終了ないしは消滅していたとはいいきれない状況にあつたと認めるのが相当であり、この点を論拠に原判示過剰防衛の成立を否定する所論は失当というほかない。

次に、所論は、被告人の本件所為は防衛意思に基づくものではないから過剰防衛の成立する余地はないというので検討するに、右認定事実によると、被告人の本件所為は、前示のとおり、松本から右<1>、<2>のような攻撃を受けるに及んで、それまで抱いていた同人に対する憤懣や不快の念を一気に爆発させ、憎悪と怒りから、とつさに原判示文化包丁を持ち出し、ことと次第によつては同人の殺害というような結果に至つてもやむをえないと決意し、「表に出てこい」と申し向けたところ、同人がなおも右<3>のように挑戦してきたので、かくなるうえは機先を制して攻撃しようという気持ちから右<4>のように手にした文化包丁で同人の胸部を一突きするに及んだものと認められるところであるから、被告人においては松本に対する憎悪や怒りから、かつまた機先を制して攻撃しようという気持から本件所為に及んだものであつて、自己の生命、身体を防衛せんとする意思に出たものではないといわなければならない(答弁書記載の判例は本件と事案を異にし適切でない)。そうしてみると、被告人の本件所為については過剰防衛の成否を論じる余地もない。したがつて、これを自己の身体を防衛する意思のもとになされたとし、過剰防衛にあたると認定した原判決はその点に関する事実を誤認したものであり、それが判決に影響を及ぼすことは明らかであるといわなければならない。論旨は結局理由がある。

以上のとおりであるから、その余の各論旨(いずれも量刑不当の主張)についての判断をまつまでもなく、原判決は破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄するが、同法四〇〇条但書によりさらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

原判示罪となるべき事実の記載中「ここに至り、被告人は、同日午前二時二五分ころ」とある部分以下を次のとおり書き改めるほかは、同記載と同一である。

ここに至り、被告人は、同日午前二時二五分ころ、「なぜこんなにまでされねばならないのか。女房を取りやがつて」と、それまで抱いていた右松本に対する憤懣や不快感を一気につのらせ、同人に対する憎悪と怒りから、調理場にあつた文化包丁一本を持ち出し、ことと次第によつては同人の殺害という結果に至ることがあるかもしれないがそれもまたやむをえないと決意をかため、同人に向つて「表に出てこい」と申し向け、カウンターを出て、道路を出入口の方へ行こうとしたところ、同人からなおも客席にあつた金属製の譜面台(高さ約一・二メートル)を投げつけられ、さらには「お前、逃げる気か。文句があるなら面と向つて話しせえ」などと怒鳴りながら後を追つてこられ、背後から肩をつかまれるなどしたため、同人からさらにいかなる仕打ちを受けるかもしれない、かくなるうえは機先を制して攻撃しようという気持から振り向きざまに、右手に持つた文化包丁で同人の右胸部を一突きし、よつて、そのころ、同所において、同人を大動脈起始部切破による心嚢血液タンポナーデにより死亡させたものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

法律上の減軽についての適条を削除するほかは、原判決の挙示するところと同一である。

よつて、主文のとおり判決する。

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