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大阪高等裁判所 昭和58年(う)800号 判決 1986年2月18日

(一)本店所在地

大阪府松原市大堀町一〇一番地一

商号

松本ナット工業株式会社

代表者氏名

松本静夫

(二)本籍

大阪府松原市天美北八丁目七一一番地

住居

大阪府松原市天美北七丁目五番二七号

職業

会社役員

氏名

松本静夫

生年月日

昭和八年一月二九日

右両名に対する法人税法違反各被告事件について、昭和五八年三月七日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人両名からそれぞれ控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 山下松男 出席

主文

一  原判決を破棄する。

二  被告人松本ナット工業株式会社を罰金五〇〇〇万円に、被告人松本静夫を懲役二年にそれぞれ処する。

三  被告人松本静夫に対し、この裁判確定の日から三年間、その刑の執行を猶予する。

四  原審及び当審における各訴訟費用は、全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人松本健男及び同里見和夫共同作成にかかる控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、大阪高等検察庁検察官検事大谷晴次作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一(事実誤認の主張)について

論旨は、被告人松本ナット工業株式会社(以下被告会社という。)の昭和四八年六月一日から同四九年一月三一日までの事業年度(以下一期という。)に関する原判示第一事実及び同四九年二月一日から同五〇年一月三一日までの事業年度(以下二期という。)に関する原判示第二事実について、それぞれ原判決の事実誤認を主張するので、所論にかんがみ、記録及び原審証拠を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して、次のとおり判断する。

一  一期期首貯蔵品(タップ)棚卸高について

論旨は、被告会社の一期の期首貯蔵品(タップ)棚卸高について、棚卸除外は存在しないのに、二四八万七六三〇円の棚卸除外が存すると認定した原判決は誤っている、というのである。

しかしながら、原判決の挙示する関係各証拠を総合すると、原判決が、所論と同旨の原審における弁護人の主張に対する判断として説示するところは、すべて正当であると認められ、所論が原判決の右説示に対し反論するところを検討しても、右判断を左右するに足りないから、結局所論の点に関する原判決の事実認定は優にこれを肯認することができる。所論にかんがみ付言すれば、所論は、「松本五男作成のタップ出入帳に記載されている数量が、原判決のいうように現実の在庫量であるとするならば、二種類のタップについて公表の方が過大計上となっているとの合理的説明ができないことになる。けだし、除外をしようとする者が逆に棚卸を過大に計上するとは通常考えられないからである。」という。しかしながら、除外を企てる者も、必ずしも個々の品目のすべてについて操作するわけではなく、また、個々の品目については、計算上の過誤などによって過大計上をしてしまうことも十分ある得ると考えられるから、この点の所論の非難は当らない。次に所論は、原審証人松本五男の証言に則り、「タップ出入帳には新品、中古品を合わせた使用可能なタップの在庫量が記載され、他方、公表の棚卸集計表の基礎となった決算棚卸の際には新品のみが計上されたものである。」旨主張し、かつ、「かかる処理は、新品のタップを初めて使用した時点で、貯蔵品であるタップが費消されたものとし、これを製造原価として把握する、という被告会社の方針に基づき、毎期継続して行なわれてきた合理的な会計処理であるから、右両者の数量の差額をもって除外額とするのは誤っている。」旨主張する。しかしながら、タップ出入帳の記載内容や決算棚卸の際の計上方法に関する所論に沿う松本五男の証言が措信し難いことは原判決が説示するとおりであり、また、右松本証言を以てしても、タップに関し、所論のような会計処理が、被告会社の方針に基づき毎期継続して行なわれてきたことを認めるに足りず、他にこれを認めるべき証拠はなく、更には、右松本証言によっても、所論のいう中古品のタップは、一度は使用されたものの、今後もなお使用すべきものとして保管されているもの、あるいは、該当規格の製品の注文がないために相当期間未使用のまま置かれているものの、今後右注文があれば使用すべきものとして保管されている新品であったことが認められるから、いずれも当然貯蔵品棚卸高に計上すべきものであるといわなければならず、この点の所論も採用できない。したがって、原判決の所論のような事実誤認はなく、論旨は理由がない。

二  一期期末棚卸高について

論旨は、一期の期末棚卸高については、棚卸除外は一切存しないのに、原判決が、原材料棚卸高に四、一二八万七、八〇〇円、貯蔵品在高に一、九一六万一、九八〇円、製品棚卸高に六、六九九万七、七四二円、貯蔵品棚卸高に七九八万〇、二三〇円の各棚卸除外があると認定したのは事実を誤認したものである、というのである。

しかしながら、原判決の挙示する関係証拠を総合すると、原判決が、所論と同旨の原審における弁護人の主張に対する判断として説示するところは、すべて正鵠を射たものであると認められ、所論が原判決の右説示に対し縷々反論するところを検討しても、右判断を左右するに足りず、なかんずく、原審証人酒井秀俊の証言に極めて高い信用性が認められるとした原判決の判断は、同人の当審における証言等に照らし、所論にかかわらず肯認することができ(なお、所論は、右酒井が証言している集計作業手順には無理があり、実行不可能であるというが、格別無理であるとは思われない。)右各証言によれば、所論の昭和四九年一月三一日付棚卸写は、一期期末の実際棚卸高を正確に記載したものであり、決して所論が推測するような銀行融資を受けるための資料として、あるいは他の目的で、便宜的に作成されたものではないことがまことに明らかであるから、結局所論の点に関する原判決の事実認定は優にこれを肯認することができる。そして、原審で取調べた関係証拠のうち右認定に反する証拠の措信し難いことは原判決が説示するとおりであり、当審証人樋口幸男の証言及び被告人松本静夫の当審公判廷における供述のうち、右認定に反する各部分は、右の積極証拠と対比して措信できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。したがって、原判決に所論のような事実誤認はなく、論旨は理由がない。

三  二期期末棚卸高について

論旨は、原判決は、二期の期末棚卸高について、製品棚卸高に二、四四五万一、三五九円(本社分五三一万四、一五四円、三重工場分一、九一三万七、二〇五円)、原材料棚卸高に七、八〇〇万円(電気銅二〇〇トン)、貯蔵品在高に六二三万三、九六一円(本社分六二〇万五、九〇一円、三重工場分二万八、〇六〇円)の各棚卸除外があると認定したが、製品棚卸高及び貯蔵品在高に棚卸除外は一切なく、原材料棚卸高については、過失によって計上するのを洩らしたもので棚卸除外をする故意がなかったから、原判決の右認定は誤っている、というのである。

そこで、検討するに、

(一)  製品棚卸高のうち本社分、原材料棚卸高及び貯蔵品在高については、原判決の挙示する関係証拠を総合すると、原判決が、所論と同旨の原審における弁護人の主張に対する判断として説示するところは、すべて正当であると認められ、所論が原判決の右説示に対し縷々反論するところを検討しても、右判断を左右するに足りず、所論の点に関する原判決の事実認定は優にこれを肯認することはできる。そして、原審で取調べた関係証拠のうち右認定に反する諸証拠の措信し難いことは原判決が説示しているとおりであり、当審証人樋口幸男の証言及び被告人松本静夫の当審公判廷における供述のうち、右認定に反する各部分は、積極証拠と対比して措信できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。したがって、原判決に所論のような事実誤認はなく、論旨は理由がない。

(二)  次に、製造棚卸高のうち三重工場分についてであるが、この点に関する原判決の認定・判断は、

(1)  「たな卸商品等在庫高確認書」によって明らかな査察着手日である昭和五〇年一二月一一日の在庫確認数量に、「納品書二綴」により認められる同年二月一日から同年一二月一〇日までの出荷数量を加算し、これから「製品搬出搬入控一二冊」により認められる右期間の製品製造数量を差し引いて二期期末製品在庫量を算出し、これに「50/1期決算関係書類」により認められる各製品毎の原価を乗じることによって、二期期末の製品棚卸除外額を推計するのが合理的である。

(2)  右「製品搬出搬入控」は、不備な点もあるが、期末製品棚卸高計算の基礎資料として十分使用に耐えうる。右控には一五日分の記載洩れがあり、これを除いた製造日数一四三日間における右控による製造高は二億九、四八八万五、三〇七円となる。

(3)  右記帳洩れの一五日分については、右記帳分により計算した一日当たりの平均製造高二〇六万二、一三五円を基準として推計するのが妥当であり、そうすると記帳洩れの製造高は三、〇九三万二、〇二五円となる。

(4)  三重工場は、昭和五〇年一二月は(同年一〇月一〇日以降引き続き)休業閉鎖されていて、製造はなされていなかったものと認める。

(5)  右(2)乃至(4)の認定事実に基づき(1)で述べた資料及び方法により推計すると、二期期末三重工場分の製品棚卸除外額は一、九一三万七、二〇五円となる。

というのであるところ、原判決の挙示する関係証拠を総合すると、原判決の右認定・判断は、(4)の三重工場が昭和五〇年一二月は休業閉鎖されていて製造がなされていなかったという点を除けば、所論にかかわらず首肯するに足るものであると認められる。

ところで、右(4)の点について、所論は、三重工場は昭和五〇年一二月には製造を再開していた旨主張するところ、原審で取調べた同工場のタイムカードに、従業員である津野田親秀、津野田芳彦、松本和之及び村田勝彦の四名が同年一二月一日(月曜日)から五日(金曜日)まで及び八日(月曜日)から一一日まで、それぞれ出勤していた旨の記載のあることは原判決も認めているとおりであり、また、原審で弁護人の請求により取調べた昭和五一年一月期仕入帳の協同シャフト株式会社関係の分及び前記「たな卸商品等在庫高確認書」によれば、三重工場が昭和五〇年一二月八日に右協同シャフト株式会社からサイズ一五・九ミリメートルの原材料二八・三六トンを仕入れているのに、同月一一日の査察の際の在庫高確認では、同サイズの原材料は約六トンしか在庫がなく、右の間に約二二トンが費消されたと推認されることは所論が指摘するとおりであり、これらの事実によってみると、三重工場は、同月一日から、少なくとも一部従業員が出勤して製造を再開していたものと認めるほかはなく、全く製造していなかったという原判決の認定は誤っているといわなければならない。そうすると、原判決の採用した推計方法によれば、右一二月一日以降の製造高を棚卸除外額から差し引かなければならないところ、右再開後の製造高は、平常の規模にまで生産活動が復していたとも思われないが、これを直接明らかにする証拠はないから、原判決の認定した一日当りの平均製造高二〇六万二、一三五円を基準として計算するほかはなく、この方法によって一二月一日から同月一〇日までのうち土曜日と日曜日を除いた八日間に製造が行なわれたとして計算すると、その間の製造高は一、六四九万七、〇八〇円となり、これを差し引いた棚卸除外額は二六四万〇、一二五円となる。しかしながら、原判決が採用した推計方法自体、本件で使用しうる証拠資料のもとでは一応最も合理的な方法ではあっても、そもそも原判決も認めているように正確性にやゝ問題のある「製品搬出搬入控」など不備な点のある諸資料の上に立つものであり、このことや、右に算出した棚卸除外額が原判決のいう平均製造高の二日分にも達しないものであることを考えると、これをもって故意に除外したものであるとまでは認め難く、棚卸除外はなかったと認めるのが相当である。したがって、二期期末製品棚卸高のうちの三重工場分について棚卸除外を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるといわなければならない。論旨は右の限度において理由がある。

四  営業外収益について

論旨は、園田耕商会からの取引紹介料一期一〇万五、七一九円、二期一〇万七、二一八円は、いずれも被告人松本静夫個人に帰属すべき所得であって被告会社の所得ではなく、仮に被告会社の所得であるとしても、これは失念していて計上洩れとなったもので、ほ脱の犯意がなかったから、これを除外と認めた原判決は事実を誤認している、というのである。

しかしながら、原判決の挙示する関係証拠によれば、原判決が、所論と同旨の原審における弁護人の主張に対する判断として説示するところは、所論にかかわらず正当であると認められ、所論の点に関する原判決の事実認定は優に肯認することができる。そして、被告人松本静夫の原審及び当審公判廷における各供述のうち右認定に反する部分は積極証拠と対比して措信し難く、他に右認定を動かすに足る証拠はない。したがって、原決に所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。

以上のとおりであって、原判決は原判示第二の罪につき破棄を免れないところ、原判決は右の罪と原判示その余の罪とを併合罪の関係にあるものとして一個の刑を言渡したものであるから、他の控訴趣意(量刑不当の主張)に対して判断を加えるまでもなく、原判決は全部破棄を免れない。

そこで、その余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い更に次のとおり判決することとする、

(原判示第二の事実に代えて当裁判所が新たに認定した罪となるべき事実)

被告会社は、大阪府松原市大堀町一〇一番地一に本店を置き、各種精密ナットの製造等を目的とする資本金三、〇〇〇万円の株式会社であり、被告人松本静夫は、被告会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括している者であるが、被告人松本静夫は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上げ及び棚卸の一部を除外し、仮名預金を設定するなどの方法により所得を秘匿したうえ、昭和四九年二月一日から同五〇年一月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が四億二、一〇五万六、七五五円(別紙一修正損益計算書参照)あったにもかかわらず、同五〇年三月三一日、大阪府八尾市本町二丁目二番三号所在の所轄八尾税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が三億〇、五四〇万五、六七二円で、これに対する法人税額が一億一、五三〇万八、二〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税一億六、一五六万〇、五〇〇円と右申告税額との差額四、六二五万二、三〇〇円(別紙二脱税額計算書参照)を免れたものである。

(右認定事実についての証拠の標目)

原判決の挙示する各証拠と同一であるから、これを引用する。

(法令の適用)

被告人松本静夫の、原判決が認定した原判示第一の所為及び当裁判所が認定した前記所為は、いずれも、行為時においては、昭和五六年法律第五四号「脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律」による改正前の法人税法一五九条一項に、裁判時においては、右改正後の法人税法一五九条一項に該当するが、犯罪後の法令により刑の変更があったときに当たるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い原判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で量刑すべきところ、本件は、二事業年度にわたり合計一億八、〇七四万一、五〇〇円という多額の法人税を逋脱(逋脱率は一期が七一・五%、二期が三一・九%、合計で五二・七%)した事案であり、犯行の動機に格別酌むべき事情があったとは認められず、犯行の態様も計画性が強く、芳ばしくないものであること、被告人松本静夫は右犯行を自ら主導して行なっていること、他方、本件発覚後、本税については、本件に争った分を含めてすでに全額を支払い、重加算税や延滞金についても、同被告人らの個人財産に抵当権を設定したうえ、毎月相当額を怠らずに分割支払っていること、同被告人が、前科を有せず、また、今後は二度とかかる犯行を犯すまいと決意していることなどの情状が存するので、これらを考慮して同被告人を懲役二年に処したうえ、同法二五条一項を適用して同被告人に対しこの裁判確定の日から三年間、その刑の執行を猶予することとし、次に、同被告人の前記各所為はいずれも被告会社の業務に関してなされたものであるから、被告会社については、前記昭和五六年法律第五四号による改正前の法人税法一六四条一項により、前記各罪につき右改正前の法人税法一五九条一項の罰金刑に処せられるべきところ、情状により同条二項を適用し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四八条二項により免れた法人税の額を合算した金額の範囲内で、前記の諸情状を考慮して被告会社を罰金五、〇〇〇万円に処し、原審及び当審における各訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により、全部被告人両名の連帯負担とする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋通延 裁判長裁判官環直彌は退官のため、裁判官青野平は転補のため、いずれも署名押印することができない。裁判官 高橋通延)

別表一の1

修正損益計算書

自 昭和49年2月1日

至 昭和50年1月31日

<省略>

別表一の2

修正製造原価計算書

自 昭和49年2月1日

至 昭和50年1月31日

<省略>

別表二

脱税額計算書

<省略>

昭和五八年(う)第八〇〇号

控訴趣意書

被告人 松本ナット工業株式会社

同 松本静夫

右の者に対する法人税法違反被告事件について、弁護人の控訴趣意は左記のとおりである。

昭和五八年八月一二日

弁護人 松本健男

同 里見和夫

大阪高等裁判所

第一刑事部 御中

控訴理由

第一 事実誤認

原判決には事実誤認の違法があるので破棄されるべきである。

一、一期期首貯蔵品(タップ)棚卸高について

原判決は、被告人松本ナット工業株式会社(以下「被告会社」という)の昭和四八年六月一日から同四九年一月三一日までの事業年度(以下「一期」という)の期首貯蔵品(タップ)棚卸高に除外があったとする検察官の主張を全面的に認め、この点に関する弁護人の主張を証人松本五男の供述(第一四、一五回)が信用できないとしてしりぞけた。しかし、原判決がタップ出入帳二綴(検請求番号六三、六四)を信用できるものとし、松本五男の供述を排斥した判断には次のとおり誤りがある。

即ち、原判決は、タップ出入帳には各期の期末の数量が記帳してある例が多く、備考欄に棚卸と表示してあるから、右タップ出入帳に記載の数量が現実の在庫量であると認定しているが、そうだとすれば公表の方が過大計上となっている二種類のタップ(この点については原判決自身も認めている、原判決別紙(四))

ベンドタップ207 1/4NC―20

ベンドタップ285(205は誤り)1/2W―12

についての合理的説明ができないことになる。けだし除外をしようとしている者が、逆に棚卸を過大に計上するとは通常考えられないからである。

このことは、原判決の認定に無理があることを示している。タップ出入帳がタップの在庫量を把握するために記帳されたものでないことは、その記載の仕方を見れば明らかである。実際には、タップを毎日費消し、新品を購入しているにもかかわらず、数ケ月間記載のない場合や、また「棚卸」と記載されていても、48・5・30の在庫数と49・1・30の在庫数が全く同一で実際に棚卸をした結果を記載したものとは考えられない部分も存する。具体的に掲げれば次のとおりである。

M一二P一・〇 M一二P一・七五

M一六P一・五 5/8W―11

5/8NF―18 5/8NC―11

1/2NC―13 9/16NC―12

また、証人松本五男は、タップ出入帳の一部の数字が期末頃に在庫数を数えた結果を記載したものであることを認めている。ただ、その在庫数とは、新品、中古品をあわせた使用可能なタップ数であるというにすぎない。一方松本五男は、決算棚卸の場合については、中古品を除き、新品のみを数えて経理に報告したと証言している。同人によれば、一旦使用したものは、再使用が可能であっても棚卸としては計上しないという扱いを従前から取ってきていたというのである。タップ出入帳の昭和48・5・30欄の数字の中には中古品も含まれているから、新品だけを集計した決算棚卸と数字が異るのはむしろ当然である。そして中古品を計上しないという従前からの継続した会計処理の原則には合理性があるから(詳細は後述)、四九/一期と五〇/一期のみ従前と異った会計処理を行うことはむしろ誤りである。原判決は、弁護人の右主張には全く触れておらず不当である。

二、一期期末棚卸高について

原判決は、一期期末棚卸高のうち、原材料棚卸高、貯蔵品在高、製品棚卸高、貯蔵品棚卸高について計一億三五四二万一〇〇〇円の棚卸除外があるとする検察官の主張を全面的に認めた。

原判決が右認定の根拠としているのは、要するに「四九・一・三一棚卸写」一枚(検請求番号六〇)と証人酒井秀俊の供述(以下酒井証言という)だけである。原判決は、酒井証言が作業報告書(検請求番号一〇〇)および製品搬出搬入控(検請求番号七三)の記載内容に符号しているから信用性が高いとし、酒井証言によって裏付けられる前記四九・一・三一棚卸写の証明力も極めて高いと認定している。しかし、第四回から第一一回までの酒井証言全てを具さに検討してみても、作業報告書や製品搬出搬入控によってその信用性が裏付けられるような供述部分、あるいは右証拠物の記載内容に具体的符号する部分を見出すすことはできない。そもそも、酒井は、三重工場の竹田定男が製品搬出搬入控なるものを個人的に記帳していたことすら知らないのであり、また作業報告書について言えば、酒井証人が作業報告書に唯一触れているのは、昭和四九年一月期決算関係書類綴(検請求番号六一)中の月別製品製造個数一覧表の数字が作業報告書の製品個数を集計したものであることを認めた部分(酒井証言第九回二二丁裏)だけであり、作業報告書と四九・一・三一棚卸写との関連を明らかにするような証言は一切していない。このように原判決は、酒井証言の読み違いによってその証明力を高く評価し、その結果、四九・一・三一棚卸写の証明力も極めて高いと判断するに至ったものであるから、その誤りは明らかである。

また、原判決は、弁護人において、酒井証言が信用できず、従って四九・一・三一棚卸写も一期期末棚卸高を示すものではないことの根拠として指摘した諸点について殆んど合理的理由を示さないまま、弁護人の主張を斥けている。とくに、有力な証拠である証人渡辺悦子の供述(以下渡辺証言という)については、同証言の趣旨を強引にねじ曲げたうえ、同証言は信用できないとの結論を導き出しているが、およそ証拠を忠実に評価しようとする姿勢がなく、四九・一・三一棚卸写を一期期末棚卸高に除外があったという結論が先にあり、その結論に合致するよう証拠の取捨選択を行っているものと言わざるを得ない。

即ち原判決は、渡辺証人が、決算棚卸の際にナンバーを打った集計用紙を現場へ二度送ったことはないと明確に供述していることは認めておきながら、昭和四九年一月期決算関係書類綴(検請求番号六一)中の棚卸合計表および四九・一・三一棚卸写一枚の双方に渡辺の筆跡が存することを取り上げ、「(渡辺は)結局内容の異なる二通の棚卸合計表の作成に関与していることを認めており、ただその作成の経緯については記憶がないと供述しているにすぎない。」とし、「従って、同証人の集計用紙を二度送ったことはない旨の供述の信用性についても、かなり疑問が存するといわざるを得ない。」と結論づけている。しかし、原判決の渡辺証言の要約は、不正確であり、一部に歪曲がある。渡辺証言は、毎決算期に棚卸集計用紙を現場に送ったのは一回だけであり、二度送ったことはないとの内容で最後まで一貫している。しかも、これは、昭和五一年の国税局の質問てん末書の段階からの一貫した供述である。そして渡辺証人は、四九/一期決算関係書類綴(検請求番号六一)の棚卸集計表の字が同証人のものであることを認め、それに続く集計用紙に見覚えがあると答えた。ちなみに、右棚卸集計表および集計用紙に記載されている金額、数量等は公表の数字と完全に一致している。渡辺証人は、集計用紙に見覚えがあるという理由として、「棚卸するというので現場(へ送るものを)こしらえるために自分で一生懸命線引いてやったから覚えています。」(渡辺第一二回一五丁表)と述べ、ナンバーリングについても「(集計用紙を)作ってすぐ私が打ちました。」(同一五丁裏)と証言している。そして、現場から本社に戻ってきたこれらの集計用紙を合計して棚卸合計表を作成する作業は一度しかしたことがないというのである。渡辺証人が、自分の字であり、一生懸命線を引き、ナンバーを打って作成したことを認めているその集計用紙およびその棚卸合計表は四九/一期決算関係書類綴に綴られている。

以上の事実から明らかなように、渡辺証人は、四九年一月期決算関係書類綴中の棚卸合計表と四九・一・三一棚卸写一枚の双方の作成経緯について記憶がないというような漠然とした証言をしているのではない。四九年一月期決算関係書類綴中の棚卸合計表およびその基礎となった集計用表の作成経緯については明確な記憶があり、ただ四九・一・三一棚卸写一枚については、渡辺自身の筆跡があるものの、それをどのような経緯で作成したのか記憶がなく、両者の数字が何故喰い違うのか分らない、と証言しているにすぎない(渡辺証言第一二回二三丁)。従って、原判決の行った前記渡辺証言の要約は不正確であり、一部に歪曲があることは明らかであり、「集計用紙を現場に二度送ったことがない」という渡辺証言自体の信用性を否定する原判決の結論は何ら根拠がない。むしろ四九・一・三一棚卸写一枚は、何らかの目的で決算棚卸とは別の機会に作成されたものと考える方が合理的である。弁護人は、右可能性の一つとして、銀行融資を受ける場合の資料として作成されたものであることも考えられると指摘したのである。

原判決はまた、酒井証人が供述した

<省略>

という作業手順には無理があり、実行することは到底不可能であるとの弁護人の詳細な主張を完全に無視し、沈黙している。これは、原判決も酒井証言のもつ矛盾を合理的に説明しうる手がかりを得ることができなかったことを示している。

以上述べたとおり、酒井証言は全く信用性がなく、従って、唯一それによって支えられていた四九・一・三一棚卸写一枚の証明力も完全に否定されるべきである。

一方原判決は、公表が正確な棚卸数量を記載したものであることを示すために弁護人が提出した樋口幸男作成の調査報告書を全く信用性がないとして斥けている。その理由は、右調査報告書の基礎となっている四九年一月期決算関係書類綴(検請求番号六一)中の各月別製品製造個数一覧表(別紙一参照)には信用性がないということであるが、具体的には、作業報告書(検請求番号一〇〇)によれば、昭和四八年六月にASA1/2JAM(ASA1/2の薄型)とIOS一〇Mの製造が行われているはずなのに、右一覧表には記載がないというただ一点である。しかし、サイズ呼称一覧表(別紙二)に明らかなようにASA1/2JAMは、ASA1/2と同じサイズの原材料から製造されるものであり、また類似の名称はJIS1/2、JIS1/2薄型(JAM)、HVY1/2、HVY1/2JAMなど多数存在するところから、これまでも作業報告書からの集計の過程やその他の書類作成の際にASAやJISを脱落させ、あるいはJAMという表示を忘れるなどの書き間違いがしばしばあり、また一括して4分(1/2)と表示されるなどしてきたことは、酒井を含む全ての証人および被告人が等しく認めているところであり、証拠物上も岡本孝一作成の国内在庫帳(検請求番号七二)、国税査察官倉中要三作成のたな卸商品等在庫高確認書(同五三)、竹田定男作成の製品搬出搬入控(同七三)などによって確認することができる。従って裁判所としては、前記各月別製品製造個数一覧表が実際在庫高を隠蔽する目的で意図的に作成されたものという積極的供述があるのならともかく、そのような供述が全くない本件においては、ASA1/2JAMやIOS一〇Mを他の品名と書き誤ったものと考えるのが自然であり、各月別製品製造個数一覧表の信用性はいささかも損われていないといわねばならない。酒井証人も前述したとおり右一覧表記載の数字は、作業報告書(検請求番号一〇〇)を集計したものであり、調査報告書の採用した方法によって計算により期末棚卸高を算出する場合の基礎資料たり得ることを認めている(酒井証言第九回二一丁、二二丁)。加えて原判決の証拠評価の方法に一貫性がないことを指摘しておかねばならない。即ち、原判決は、各月別製品製造個数一覧表については、昭和四八年六月について、他と混同されやすい品名の製品わずか二種類の記載がないことをもって、右一覧表全体の信用性を否定しているが、昭和四八年六月の他の品名の製品および昭和四八年七月以降昭和四九年一月ごろまでについては概ね作業報告書等と合致していることについて触れないのは不公正である。しかも、他方では、後述する昭和四九年二月から昭和五〇年一月までの事業年度(以下「二期」という)の期末棚卸高に関して、原判決は、棚卸除外を認定する根拠とした製品搬出搬入控(検請求番号七三)については、昭和五〇年二月から一〇月までの間に限っても一五日分の記載がなかったことを認めざるを得なかったにもかかわらず、全体としては信用できるとし、右一五日分の製造数量を推計で算出しており、証拠の取捨選択が極めて恣意的であり、御都合主義であると言わざるを得ない。しかも各月別製品製造個数一覧表よりも製品搬出搬入控の方が、記帳の誤りないし一部脱落によって当該証拠物全体の信用性が左右される蓋然性は高かったのである。

以上の点から、原判決がその根拠とした酒井証言および四九・三・三一棚卸写(検請求番号六〇)に信用性のないことは明らかであり、従って、これらに基づいて一期期末棚卸高に除外があると認定した原判決の誤りもまた明らかである。一方公表の一期期末棚卸高は、酒井証言によってもその信用性が裏付けられている四九年一月期決算関係書類一綴(検請求番号六一)中の各月別製品製造個数一覧表等を基礎として樋口幸男が作成した調査報告書1、3によって、その数字に棚卸除外の存在しないことが裏付けられており(ただし、計算による算出のため一定の誤差が出るのは避けられない)、一期期末棚卸高に棚卸除外の存在しないことはより一層明白である。

三、二期期末棚卸高について

1、製品について

(一)、本社分

原判決は、国内在庫帳一綴(検請求番号七二)が期末棚卸数量を正確に記載したものとして信用でき、これと昭和五〇年一月期決算関係書類一綴(検請求番号六八)中の棚卸表(本社製品分)とを対比してその差額を棚卸除外額であると認定した。原判決は、国内在庫帳およびそれに符号する岡本孝一の検察官に対する供述調書が信用できる理由として、証人岡本孝一の当公判廷供述(以下岡本証言という)が、同人の検察官に対する供述に比べて被告会社に有利な内容になっており、証言当時も同人が被告会社に勤務していること、供述の変遷の合理的説明がなされていないことおよび岡本証言内容がかなりの不自然さを有していることなどを挙げている。しかし、検察庁の取調室といういわば密室状況において、それまで取調を受けた経験のない者が、検察官の強引な取調のために検察官の言うままの内容で調書に署名、押印させられることは、しばしば見られるところであり、本件の場合検察官の取調がかなり激しいものであったことは、岡本も被告人松本も一致して認めているから、そのような抑圧のない公判廷において真実を語った結果供述内容に変遷が生じたにすぎず、供述変遷の合理的説明としてはこれに尽きる。そして客観的証拠に照せば、岡本の検察官調書に強引な押しつけがあることは一層明らかとなる。

そこで岡本の検察官調書を検討する。岡本は次のように供述したことになっている。

「工場などから製品が私のところに入って来たり、また販売したため出庫した場合には、その日その日のうちに正確に製品ごとに区別して日付と数量の出入り数と在庫数を書いておりました。」

しかし、国内在庫帳を見れば明らかなように、毎日大量に製造され、出荷されているはずのJIS3/8、同1/2、ASA1/4、同3/8、同7/16、同1/2などについても「その日その日」のうちに記入されてはおらず、一~二ケ月全く記入のない場合も存在するなど、岡本が検察官調書で供述した内容とは大きく喰い違っている。このことは、岡本の検察官調書が岡本の真意とは離れた検察官の作文であることを端的に示している。“過ぎたるは及ばざるが如し”―検察官は、国内在庫帳が正確な棚卸数量を記載したものであるという自らの独断を余りにも強引に岡本に押しつけすぎたために客観的事実との明白な齟齬を来してしまったものである。

国内在庫帳は、岡本孝一個人の心覚えのためのメモであって、その記載内容は、本社工場における当時の製品製造数量の推移、および製品売上、出荷の状況に照すと正確なものとは到底言えない(岡本孝一証言第十九回二二丁裏)。また、岡本および金澤輝夫証言によれば、当時本社で営業関係を担当していたのは岡本一人ではなく同人を含めて四人いたのであり、その四人がそれぞれ製造されて搬入された製品の受入れ、得意先への出荷等の作業を行っていたのであるから、岡本自身が直接扱っていない受入れや出荷について記載することは不可能であった(岡本第十九回一八丁)。そして国内在庫帳に「調整」もしくは「棚卸調整」と記載のある欄の数字は、岡本自身が目見当で数量を数えたものであるが、全製品について同時に行ったものではなく(この点は国内在庫帳を一見すれば明らか)、必要を感じた時点で特定の製品について行ったにすぎない(岡本第十九回二〇丁)。また、当時旧工場は極めて狭小で、A製品のパレットの上にB製品のパレットを積んだり、パレットの山を何列も作らざるを得ず、製品を積んだパレットを見易い状態に置くことは不可能だったため、岡本が数量を数える際も、下の方のパレットや奥の方のパレットについては、製品の種類を正確に把握することはできなかったのである(被告会社が新工場へ移転したのは昭和五〇年四月である)。

以上により明らかなように、国内在庫帳の記載は、二期期末製品棚卸高(本社分)を把握する資料とはなり得ない。

次に、原判決の誤りを、棚卸除外があると認定した個々の製品別に指摘する。即ち、原判決は、二種類の製品(一〇MP一・五、ISO一二MP一・七五)について棚卸除外(過少計上)を二二種類の製品について過大計上を認定した。これは、検察官が主張した過少計上三種類のうち、小型一〇MP一・五<二>種については棚卸除外はなかったとして検察官の主張を斥け、一方過大計上については、弁護人の指摘を全面的に入れ、何と二二種類の製品について過大計上を認定したものである。しかし、右認定は、次の点で不当である。まず第一に、仮に原判決に従って国内在庫帳を棚卸除外額の算定の基礎とする場合でも、国内在庫帳を根拠とすることができるのは、その「備考」欄に「棚卸」もしくは「棚卸調整」と記載のある品名の製品に限定されるはずである。昭和五〇年一月三〇日の「差引数量」欄に数量の記載があっても、「備考」欄に記載がなければ右数量は単に計算上記入したにすぎず、実際に数量を数えたものではないからである。ところが、

ISO一二MP一・七五

小型一〇MP一・五 二種

小型八M 二種

については、昭和五〇年一月三一日「備考」欄に「棚卸調整」等の記載はない。とくにISO一二MP一・七五については、昭和四九年七月三一日以降昭和五〇年三月一一日まで「棚卸調整」は一度も行われておらず、三月一一日の「調整」において計算上は一三八六ケース(一二六六+一二〇)であるのに岡本が確認したところでは、八五八ケースしかなく五二八ケース少なかったというのであるから、昭和五〇年一月三一日の二四二二ケースという数字も正確な在庫数を示していないことは明らかである。従って、ISO一二MP一・七五について、国内在庫帳の記載を根拠に棚卸除外を認定することは許されないところ、原判決は、敢えて右認定を行っており、不当である。ただ原判決は、岡本の検察官調書に

「昭和五〇年一月三一日にも実地棚卸をして誤差が出た分はたな卸調整として実際の在庫数をその在庫帳に書いておりましたので、在庫数については私としては正確に書いてあるものと思っております。」

とあることを根拠に、昭和五〇年一月三一日については、備考欄に「棚卸」または「棚卸調整」の記載はなくとも全て実地棚卸の結果を記載したものと考えているとも読めるので、この点に一言しておくと、昭和五〇年一月三一日についてのみことさら従前と異った記入の仕方をしたという証拠は全く存在しないから、岡本の検察官調書によっても、右期日において「実地棚卸をし」、かつ「誤差が出た場合」にのみ、「たな卸調整として」実際の在庫数を記入したという事実以外のものを認定することはできず、ISO一二MP一・七五について国内在庫帳の同品名の製品の昭和五〇年一月三一日欄には「棚卸調整」等の記載がないのに同日欄の数字を根拠として棚卸除外を認定した原判決の不当性は明らかである。

第二に、弁護人が、国内在庫帳を基礎にした場合の矛盾を製品の各品名について具体的に指摘したのは、個々の製品の棚卸除外額の減額を求めたものではなく、このような大幅な喰い違い、とくに二二種類の製品について過大計上が存在するという事態は、逋脱を目的としている場合には到底考えられないこと、従って、そもそも国内在庫帳を基礎としたところに基本的誤りがあったことを明らかにするためのものであった。ところが原判決は、弁護人の右指摘を全面的に認めながら、なおかつ、国内在庫帳は、二期期末製品棚卸高(本社分)算定の根拠たり得ると強弁しているのであり、証拠評価の基本を逸脱したものといわざるを得ない。

以上によって、国内在庫帳を棚卸除外認定の根拠とした原判決の誤りは明らかである。

(二)、三重工場分

原判決は、三重工場の製品棚卸高について、査察着手当日(昭和五〇年一二月一一日)の在庫確認数量に納品書二綴(検請求番号七一、七四)から確定される昭和五〇年二月一日から同年一二月一〇日までの出荷数量を加算し、これから製品搬出搬入控一二冊(検請求番号七三)から確定される昭和五〇年二月一日から同年一二月一〇日までの製品製造数量を差引いて二期期末の製品在庫量を算出し、これに昭和五〇年一月期決算関係書類一綴(検請求番号六八)中の各製品毎の原価を乗じると、二期期末製品棚卸高が算出でき、これと公表との差額が棚卸除外額であると認定した。しかし、このような算出方法が許されるためには、竹田定男作成の製品搬出搬入控に記載された数量が三重工場における製造数量をを正確に記録したものでなければならない。原判決は、製品搬出搬入控の信用性を肯定したが、その理由により失当である。即ち、

<1> 製品搬出搬入控は、竹田定男が同人の直接行った製品の場所的移動を記載した個人的メモであり、他の従業員が行ったものは記載されず、一方二度、三度と場所的移動があると同一製品であっても重複して記載される(検請求番号三五 竹田定男質問てん末書)など、極めて不正確なものである。また、工場から倉庫、倉庫から工場あるいは得意先、本社という動きしか表示しておらず、製造後工場内に置かれあるいは工場から直接出荷された場合には製品搬出搬入控に記載されないので、製品製造数量を正確に記録したものとはなり得ない。

<2> 製品搬出搬入控には、昭和五〇年二月一日~九月三〇日、同年一〇月一日~同月九日、同月一〇日~同年一二月一〇日の三つの期間において、それぞれかなりの日数について脱落(記帳もれ)があり、いわゆる逆算方式の基礎資料とはなし得ない。

<3> 昭和五〇年二月から一〇月までのタイムカードを見ると、竹田は他の従業員(例えば同じ職務を担当している村田勝彦)に比べ残業時間がかなり少ないことが分る。二月一日から一五日まででは竹田は全て定時である午後五時に退社しているが、ホーマー、タッピング、梱包等を担当する他の従業員多数は午後六時ないし八時頃まで残業していた。また竹田は残業しても約一時間程度であり、他の従業員が二~三時間残業することが多かったのと対照的である。そしてこれらの竹田が残業していないときに製造され倉庫に搬入された製品については当然製品搬出搬入控には記載されないことになり、竹田の主観的意図はともかく客観的には信用性をもち得ない。

従って、このように正確性を欠く製品搬出搬入控の数量を用いて、二期期末製品棚卸高(三重工場分)を逆算することは許されない。

ところが、原判決は、原審における弁護人の右主張のうち、<1>に関して、工場から直接出荷された製品については、製品搬出搬入控には記帳されないことになるのを認めておきながら、他方、右控には、期末製品棚卸高計算のためには当然除外すべき半製品分、本社からの送付分も記帳されているとし、それを考慮すると、直接出荷分を差引いても、なお被告人に有利な計算となるものであって、右控は、期末製品棚卸高計算のための基礎資料として十分使用に耐えうるものと考えられる、と結論している。しかし、原判決は、製品搬出搬入控に記帳されない工場からの直接出荷分と除外すべき半製品分、本社からの送付分とを対比した場合、何故工場からの直接出荷分の方が量的には少ない(従って被告人に有利な計算となる)と言えるのかの理由を全く示していないから、製品搬出搬入控を逆算の基礎資料とすることの根拠が存在しないものと言わざるを得ない。

次に、<2>に関して原判決は、弁護人が指摘したうち昭和五〇年二月一日~九月三〇日と同年一〇月一日~九日の期間については合計一五日分の完全な記帳もれがあることを認めたが、同年一二月一日~一〇日の期間については生産活動が一切行われていないとして記帳もれの存在を認めなかった。原判決が認めざるを得なかった一五日分の記帳もれの事実だけでも製品搬出搬入控の信用性を否定するのに十分であるが、更に一二月についても生産活動が行われていることは動かし難い事実であって、これを強引に否定して製品搬出搬入控の信用性を維持しようとした原判決の誤りは一層明白である。原判決が昭和五〇年一二月の生産活動を否定する理由は、弁護人が生産活動の根拠としている昭和五〇年一二月分の各従業員のタイムカードの記載が他の月の記載と比較するとその体裁が異なっていることおよび証人津野田親秀が同年一二月には三重工場を閉鎖していた旨供述していること(津野田証言第一八回)の二点であるが、津野田証人は、昭和五〇年後半が全体として不景気であった状況を説明するために三重工場も休業に追い込まれた事実を述べたにすぎず、休業期間中であっても臨時に何日間か出勤したというような細かい事実までも否定したものではない。またタイムカードの記載の体裁が他の月と異なるとの点についても、津野田親彦、津野田芳彦、松本和之の三名は管理職であるため従前もタイムレコーダを正確には打刻しておらず(例えば昭和五〇年九月)、村田勝彦については一〇月一〇日から一一月三〇日まで約五〇日間休業した後、臨時に出勤した場合であることを考えれば、他の月と若干体裁が異なっていても何ら異とするに足りず、しかも昭和五〇年源泉徴収簿兼賃金台帳には完全に休業した昭和五〇年一一月とは異なり同年一二月についてはタイムカードに出勤と記載されている従業員についてその基本給欄に記載があるから、一二月に一部従業員が出勤したことは明らかである。そして出勤した従業員が生産活動を行っていたことは、昭和五一年一月期仕入帳「協同シャフト(株)」の頁(別紙三参照)に昭和五〇年一二月八日一五・九m/mを二八・三六t仕入れた旨の記載があるが、査察当日(同月一一日)の在庫高確認では一五・九m/mは約六tしか在庫がなく(検請求番号五三 たな卸商品等在庫高確認書)、約二二tが費消されていることによって裏付けられる。ちなみに、一五・九m/m二二tで製造できる個数はASA7/16についていえば次のとおりである。

一五・九m/m 二二t ― ASA7/16 (目付一五・五g) 一四二〇〇〇〇個

原判決が、弁護人の指摘した右原材料費消の事実に全く触れることができず、沈黙したままであることは弁護人の主張の正当性を示している。

原判決は、前記<3>の竹田定男が残業していない日の同人退社後に製造された製品については、製品搬出搬入控に記載されないという動かし難い事実の指摘に対しても全く答えていない。

以上の事実を総合すれば、竹田定男作成の製品搬出搬入控が二期期末製品棚卸高(三重工場分)を逆算方式により算出する場合の基礎資料とはなり得ないことは明らかである。

ところが原判決は、記帳もれの一五日分について他に何らの証拠も存在しないので推計せざるを得ない、として、右一五日分を推計により算出し、その結果得られた金額を検察官主張の棚卸除外額から減算している。しかしながら、既に詳述したとおり、製品搬出搬入控全体の証明力が否認されているのであるから、右一五日間の記帳もれ分を推計により算出することは無意味である。前記二の一三頁において、昭和四九年一月期決算関係書類一綴(検請求番号六一)中の各月別製品製造個数一覧表の信用性の判断に関する原判決の誤りについて述べたとおり、原判決は、帳簿等の一部に記載もれあるいは書き誤りがある場合に、ある証拠物については記載もれ等があることを理由にその全体の信用性を否定し、他の証拠物については、たとえ記載もれがあっても全体として信用できるとしており、その証拠評価の基準が極めて恣意的であるが、一部の記載もれが証拠物全体の証明力を失わせる蓋然性は、右製品搬出搬入控の方がその記載内容の性質上決定的に大きいのである。

(三)、以上によって、二期期末製品棚卸高に棚卸除外が存在しないことは明らかであり、原判決は破棄を免れない。

2、原材料について

原判決は、原材料のうち三重工場に保管していた電気銅二〇〇t(七八〇〇万円)を棚卸除外することについての認識が被告人松本にあったと認定したが、誤りである。

右電気銅は三重工場の決算棚卸集計の際に計上されるべきものであるが、三重工場長津野田親秀が過失によって集計からもらしてしまい、被告人松本は、これもまた過失によって計上もれとなっていることに気が付かなかったのである。原判決は、被告人松本が捜査段階では、そのような弁解をしていないとして右主張を斥けている。しかし、被告人松本の捜査段階における供述調書を検討してみれば明らかなように、電気銅二〇〇tが未計上となっていることを認めた部分が存するだけで、未計上につき故意があったか否かについて供述する場面は全くなかったのである。むしろ、電気銅を除外するようにとの指示の存在については、誰一人として言及していないことにこそ留意すべきである。そして、同一時期に購入した電気銅のうち本社に保管中の五〇tは何の操作もせずそのまま計上していること、他の原材料に関しては全く除外することなく計上している事実とを併せて考えると、電気銅の計上もれが被告会社担当者および被告人松本の過失によることは明らかであり、原判決は破棄されねばならない。

3、期末貯蔵品(タップ)棚卸高について

(一)、本社分

原判決は、松本五男作成のタップ出入帳二綴(検請求番号六三、六四)の証明力は高く、かつその記載内容からしても実地棚卸数量を記載したものであると解し、同出入帳と公表との差額を棚卸除外額であると認定した。しかし、前記一において述べたとおり、タップ出入帳の記載は、実際の在庫高を示すものとは言えず、また「棚卸」等と表示されている場合でも、それは、調査時点における使用可能なタップの数を記帳したもので、その数量の中には新品だけでなく中古も含まれていたのであるから、棚卸除外を認定する根拠とはなし得ないものである。そして、松本五男は、決算棚卸に際しては、中古品は含めず、新品のみを計上したと述べているから、公表の棚卸集計表とタップ出入帳とを対比すれば数に差違のあるのはむしろ当然のことと言わねばならない。

ところで、貯蔵品とは、「燃料、油、釘、包装材料その他事務用品等の消耗品、耐用年数一年未満または耐用年数一年以上で一〇万円未満の工具、器具および備品のうち、取得のときに経費または材料費として処理されなかったもの」と定義されるが、その製造原価への反映、換言すれば、いつの時点で貯蔵品を費消したものとするのかは、各企業の会計処理準則に委ねられており、その準則が毎期継続して採用されている限り、全く問題はない。被告会社においては、新品のタップをはじめて使用した時点で製造原価として把握する方法をとり、これを毎期継続して行ってきていたのである。

原判決は、右の点および新品であるが陳腐化して使用不可能となったタップの取扱に関する弁護人の主張については一切答えることができていない。

従って、事実認定および法令解釈のいずれにおいても誤っている原判決は破棄されなければならない。

(二)、三重工場分

原判決は、三重工場タップ使用調査表綴(検請求番号六九)、飯南工場タップ使用在庫表綴(同七〇)について、在庫高を正確に記帳したものと解し、これに基づいて津野田の推測により作成された昭和五一年三月一七日付「確認書」(検請求番号二五)は十分信頼するに足るとして、右確認書の金額三五七万四〇〇〇円と公表の金額三五四万五九四〇円との差額二万八〇六〇円を棚卸除外額と認定した。しかし、原判決の右認定は、とにかく検察官の主張については、一見明白な誤りがない以上全て認めるという姿勢を原判決がとっていると解さない限り理解し難い。前記タップ使用調査表等の数量が実際在庫高を示すものではないことについては、原審弁論要旨に詳細に述べたので繰返さない。右のような不正確なタップ使用調査表綴を基礎として、津野田の推測により作成されたのが前記確認書である。即ち、タップ在庫調査表綴には、昭和五〇年一月一二日から同年四月一四日までの分が存在しないため、昭和五一年三月一七日津野田を取調べた査察官は、昭和五〇年一月一一日の調査表上の在庫高をもとに、同年一月三一日現在の使用可能なタッチ在庫数を推測するよう津野田に強く迫った。そのような推測はできないと拒否していた津野田が根負けして作成したものである。従って、右のような方法により作成された確認書であることを考えると、仮にタップ使用調査表等の数量が不正確であるという弁護人の主張を除外しても、わずか二万八〇六〇円の差額(誤差率約〇・八%)は、推計によって通常生じる誤差の範囲内と考えるべき性質のものである。

以上によって明らかなように、三重工場における二期期末貯蔵品(タップ)棚卸高に棚卸除外は存在しないから、原判決の誤りは明らかである。

四、営業外収益について

原判決は、園田耕商会からの取引紹介料一期一〇万五七一九円、二期一〇万七二一八円につき、右所得は、被告会社に帰属すべきものであると認定した。しかし、右取引紹介料が被告人松本個人に対するものであることは、証人園田耕司の供述(第二〇回)、被告人松本の供述(第二八回)によって明らかであって、原判決の認定は失当である。とくに被告会社のように被告人松本個人の会社という性格の強い同族会社の場合には、取引紹介料を代表者個人に帰属させる取扱いが認められている事例も多く、いわば見解の相違にすぎない。しかも被告人松本自身、園田耕商会に取引紹介料の振込銀行を通知したことすら失念しているのであるから、逋脱の故意を認定することはできない。

五、結論

以上述べたとおり、一期期首貯蔵品棚卸高、一期期末棚卸高、二期期末棚卸高、営業外収益(一期および二期)について逋脱の事実を認定した原判決の誤りは明らかであり、ただちに破棄されるべきである。

第二 量刑不当

原判決には量刑不当の違法があるので破棄されるべきである。

弁護人は、原審において、被告人の情状として次の諸点を主張した。

(1) 本件事犯は昭和四八年から四九年にかけてのいわゆるオイルショックによる鉄鋼業界全般における鋼材市況の一時的な高騰という情勢、とくに被告会社が取扱っているナットの原材料ならびに製品の一時的、且つ異常な高騰という情勢下において、高騰の後で必然的に到来することが予測される市況の長期にわたる低迷にいかに対処するかという、企業にとって存亡をかけた得失判断にもとづいて犯されるに至ったものである。従って、本件における被告人の措置は結果として脱税と評価されることはやむを得ないとはいえ、異常事態下における防衛的もしくは避難的な性格のものであったことについて、情状判断の上で適確な配慮が示されるべきである。

(2) 本件事犯における犯行態様は、売上除外の方法等を見れば明らかなように極めて稚拙かつ単純なものであり、およそ計画的脱税の手口とは無縁であって、悪質と評価されるものは存在しない。要するに本件事犯は企業利益を最終的に秘匿し通すことを意図したものではなく、不確定な将来の業績にもとづいて随時変更訂正することを予想したものである。

(3)、売上除外後の操作によって、会社資産の一部が被告人松本個人の手に入ることになったが、そのことは被告人松本が個人的利得を図ったものでは全くない。

(4)、一旦簿外に流出した資産は、全て被告会社に戻し入れている。

(5)、被告会社および被告人松本のナット業界における評価は、本件事犯以前から極めて高く、本件事犯が摘発されて後も、被告人が永年、零細企業が多いナット業界の中で人一倍努力して業界の世話をしてきたことが正しく評価され、多額の脱税事犯で検挙され起訴されるという致命的な条件にもかかわらず、日本ナット工業組合や関西ホーマーナット協同組合などの役員に推薦されている。

(6)、被告人は、非常な経営上の困難の中で追徴される本税を、本件で争っている分をも含めて全額支払い、重加算税や延滞金についても個人財産に抵当権を設定してもらった上で、毎月相当額を一回も怠らず支払い続けている。

(7)、被告人は本件について深く反省し、今後一切こうしたことのないよう強く決意しており、今後はさらに社会全体に対しても何がしかの貢献できるようにしたい念願をもちつつ誠実に毎日の仕事に打ち込んできている。

しかし、原判決の量刑とりわけ罰金額は、これらの情状を全く考慮しておらず不当である。即ち、原判決は、被告人に対し、その認定した逋脱額一期一億三四四八万九二〇〇円、二期五三九〇万六〇〇〇円合計一億八八三九万五二〇〇円を基準として、五五〇〇万円の罰金を科した(逋脱額の二九・二%)。ちなみに検察官の求刑は、その主張する逋脱額一、二期合計二億〇〇五四万六九〇〇円を基準として、罰金六〇〇〇万円であった(逋脱額の二九・九%)。このように原判決は、検察官の求刑とほぼ同じ割合で罰金を科したのである。

しかし本件は、前述したところから明らかなように、被告人に有利に考慮されるべき情状が多数存在している。ところが、原判決の罰金率(<省略>)二九・二%は、通常言われる罰金率の範囲(二〇%~三〇%)のむしろ最高限に位置しており、量刑として重すぎるものと言わねばならない(別紙四表九参照)。本件は、逋脱率(<省略>)も五二%にとどまっており、逋脱率六〇%以上が圧倒的に多いこの種事犯の状況を考えるとき悪質と評価されるべきではない(別紙四表七参照)。

以上のとおりであるから、原判決の量刑とりわけ罰金額は重きに失し、破棄されるべきである。

(編集注) 別紙省略

以上

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