大判例

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大阪高等裁判所 昭和58年(う)858号 判決

論旨は,要するに,原判決は井上勝の供述に信をおいて,被告人が拡声器を井上勝の左耳部真近にあて「聞えんのか」と大声でどなる暴行を加え,同人に左感音性難聴の傷害を負わせた旨認定したが,被告人は井上に対しかかる暴行を全く加えていない,井上の供述は,原判決すら誠実性等を問題とせざるをえなかったように,誇張,変遷等に満ちて信用できないものであること,井上の左右の耳の難聴の程度に大きな差があるがこれをもって直ちにその左耳の難聴原因が一時的な外的要因に基づくものと結論できるものではなく,井上は戦前は砲兵として,戦後は長くミキサー車の運転,同車タンクのはつり作業などの騒音を伴う業務に従事してきており,本件以前から左耳難聴に罹患していた疑いが濃厚であること,井上の妻鈴子が,本件以前から井上が右手不自由であるのに右耳で電話を受けていた旨証言していること,井上が本件から僅か8日後の4月3日に早くも治療の注射をやめるよう希望して注射がやめられていること,井上に即日めまいの症状が生じていないこと,本件当日井上が鋸を振り回し,ミキサー車で労働組合の物を轢き潰すような所為に出たことも同人の暴力的体質や常軌を逸した性格のあらわれと見られることなどに徴すると,本件は不当労働行為者として組合と敵対関係にある井上が,自らの不正行為を正当化しようとして仕組んだものであり,原判示傷害事実を認定した原判決には重大な事実誤認があり,破棄を免れない,というのである。

そこで,所論にかんがみ記録を調査し,かつ当審における事実調の結果をもあわせて検討するに,原判決挙示の各証拠によれば,原判示罪となるべき(傷害)事実は,これを優に肯認することができる。

所論については,原判決が同様主張につき,本件争点に対する判断として説示するところが妥当な判断として是認される。被告人の原審,当審各公判廷における供述及び原審証人結城久の証言は,被告人ら3名が拡声器を手にさげたままで,洗車作業をしている井上勝に近寄り,拡声器を用いない普通の口調で「そろそろ解決したらどうや,旗を返してくれ」などと抗議し,これが終って引き返すとき,いきなり井上が小走りでミキサー車運転席にかけよって鋸を持ち出したうえ,これを振り回しながら「お前ら殺したる」などと叫びつつ被告人らを追いかけてきた旨供述するが,関係各証拠によれば,被告人及び江頭将俊がそれぞれ拡声器を携え,結城久と3名で洗車作業中の井上に近寄りその後方から抗議した直後,井上がやにわにミキサー車運転席にかけよって鋸を持ち出し,「お前ら殺したる」などと叫び,鋸を振り回して狂気の如く憤激して被告人ら3名を追いかけ,更に近くの事務所南側三角点に置いてあった労働組合のテープレコーダー,立て看板,折りたたみ椅子などを道路上に投げつけたうえ,これらをミキサー車で往,復,往と3回にわたり轢き潰して行ったこと,自宅へ直行帰宅した井上が耳が痛いとタオルをあて「こんなえらいめになんであうかしらん」などと言って泣き,直ちに大阪労災病院に赴いて医師による診察治療を受け,左耳がワーンといって聞えにくいと訴え,気導,骨導等の聴力検査の結果,井上のオージオグラムは,右耳が4,000ヘルツがくさび型に落ちこんだディップ型の感音性難聴で,4,000ヘルツ,8,000ヘルツの高音においては正常より落ちるが,125ないし2,000ヘルツにおいては正常の0ないし20デシベルの範囲内であるのに対し,左耳は平均して約50デシベルで正常範囲の2倍半の高い数値を示した水平型(高音やや低下型要素を含む)の感音性難聴で,オージオグラム上一見して両耳の聴力の差が著明であること,音響外傷の症例では聴力検査上もっとも多くみられる聴力型は高音漸傾型や水平型でありディップ型が少ない,といわれていること(当審弁5号臨床耳鼻咽喉科学532頁),騒音環境下の業務に従事しているひとに,あるとき急激な高度の難聴が生ずることがあるが,騒音性難聴者のなかでの突発性騒音性難聴の発生の頻度は,ある報告では101例中8例であり,それほど多いものではない,といわれていること(右同540頁),当審弁護人が弁論において指摘する当審弁9号騒音難聴の臨床的研究の結果のまとめによっても,騒音難聴550例について検討した結果,左右差なし群は398例(72.4%),軽度左右差群は89例(16.2%)著明左右差群は63例(11.5%)に認められ,著明左右差群の左右聴力差の原因として頭頸部打撲20例,片側騒音9例,中耳炎23例,不明11例であったと報告されていること,被告人ら約10名の組合員は3月9日から連日のように午前8時ころから午後4時ころまでの間鳳建材店(代表取締役井上勝)に赴き抗議行動を繰り返していたのであるから,本件3月26日は被告人及び結城久が供述するように普通の口調で抗議したのみであるのに,井上が労働組合のテープレコーダーなどを投げつけ,轢き潰したものであれば,即時井上方に赴くなどして強くこれについて抗議するのが自然と考えられるのに,被告人ら組合員は同日午後4時ころまで現場付近にいて何らそのような抗議を行った形跡がないこと,昭和56年7月18日大阪府地方労働委員会第二審問室前廊下において,組合員らに取り囲まれたとき,井上は終始受動的で片山弁護士に連れ出されて逃げており,所論のような暴力的体質,常軌を逸した性格の人物とは断じ難いことなどに照らすと,前記被告人及び結城久の供述は極めて不自然,不合理であって信用できず,却って,左耳もとで拡声器により大声でどなられ,左耳がこん棒で叩かれたように一瞬ヒーンとつまり,あとヒーンと耳鳴りが続く被害を受けたので,カッとなりミキサー車運転席から鋸を取り出し,これを振りあげて被告人らを追い,更に労働組合の椅子やテープレコーダーなどを道路に投げつけたうえ,これをミキサー車で轢いて家に飛んで帰った旨の井上勝の証言こそ自然で客観的事実とも符合するものとして信用することができる。そして井上の妻鈴子が原審弁護人の尋問に対し,混乱がみられるものの,当初,本件以前も右手不自由な井上が受話機を右肩と頭ではさむようにして右耳で電話を受けていた旨証言していること,井上が本件から僅か8日後の4月3日に治療の注射をやめるように希望して注射がやめられていること,井上に即日めまい症状が生じていないこと,井上が戦前砲兵として,戦後は長くミキサー車の運転,同車タンクのはつり作業など騒音を伴う業務に従事してきたこと,その他所論の諸事情を十分考慮し,記録を調査し,当審証拠をあわせ検討しても,原判示傷害事実の認定を左右するに足りない。

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