大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)2045号 判決 1985年6月26日
控訴人
岸和田市
右代表者市長
原曻
右訴訟代理人
長山亨
外二名
被控訴人
山田和人
被控訴人
山田智子
右両名訴訟代理人
山本仁
山本健三
浜本丈夫
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人らの請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事 実≪省略≫
理由
第一<省略>
第二そこで、進んで本案につき検討する。
一請求原因(一)の事実及び同(二)の事実中本件タイマーの構造に関する事実は当事者間に争いがなく、以上の各事実、<証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができ、この認定に抵触する証拠はない。
1 クラブ(会長北條)にサブ・コーチとして雇用され、本件プールでクラブ会員(小・中学生)の水泳指導にあたつていた孝浩は、昭和五二年七月三〇日午後三時五五分ころ、本件プール内の競泳用プール南西端のプールサイドに置かれていたクラブ所有の精工舎製本件タイマーを移動させるため、両手で抱えたところ、本件タイマーからの漏電のため感電し、即死した。
2 本件タイマーの構造は請求原因(二)のとおりであるが、本件事故当時、握りスイッチの裏蓋が上、下を逆に取り付けられており、押ボタンの一方がとれてなくなつていた。また、本件タイマーにはアース端子があり、これにアースを取り付ければ漏電を生じても感電事故を防止しうるが、クラブは本件タイマーにアースを取り付けて使用したことはなかつた。
3 孝浩は、感電直後仰向けに倒れていたのを発見されたが、同人の前胸部の心窩部に二か所の火傷面があつた。
右認定事実からすれば、本件タイマーの握りスイッチ部に漏電の危険性があり、アースを取り付けておらず、また、孝浩は水泳の指導に従つて身体がぬれて感電しやすい状態にあつたことから、孝浩は両手に本件タイマーを抱えて運ぶ途中前胸部に握りスイッチないし他の良導体部分を接触させ、感電し、即死したものと推認される。
二そこで、被控訴人ら主張の控訴人の責任原因について検討する。
1 請求原因(三)の(1)ないし(3)の各事実中、控訴人が本件プールを設置し、教育委員会が本件プールの維持管理にあたり、本件事故当時控訴人に雇用されていた松田が本件プールの管理者であつたこと、教育委員会は岸和田市民プール条例、同条例施行規則に従いクラブに対し毎年一定期間本件プールの一部につき無料で専用使用許可を与えていたこと、クラブは、本件タイマーを本件プール内の倉庫に保管し、水泳指導時に本件プールサイドに置いてプール内コンセントを電源として使用していたが、教育委員会は右倉庫保管、電気使用につき何らの使用料もクラブからとらなかつたこと、控訴人はその発行の広報紙にクラブ会員の募集記事を掲載したこと及びクラブは岸和田市水泳連盟に加入し、同連盟は岸和田市体育協会に加入し、クラブと右連盟の事務所は規約上本件プールと定められていることは当事者間に争いがなく、以上の各事実、前記一認定の事実、<証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができ、この認定に抵触する証拠はない。
(一) 岸和田市において、昭和三七年ころ市民に水泳を普及しその水準の向上を目指すこと等を目的とする岸和田市水泳連盟が結成され、同連盟は岸和田市体育協会に加入していたが、同四〇年ころクラブが結成され、クラブ役員は右連盟の役員を主体とし、クラブは右連盟の唯一の加入団体で、右連盟とクラブの事務所はいずれも各規約上本件プールと定められている。
クラブは、市民の水泳技術とその水準の向上、青少年の身心の練磨等をその目的として掲げ、その主たる活動は毎年夏期の一定期間小・中学生を主体とするクラブ会員に対し水泳指導を行い、競泳選手の育成を目指していた。クラブ会員は毎期市内の小・中学生から募集し、控訴人発行の広報紙にクラブの活動状況や右会員募集の記事が掲載されることもあつた。クラブ運営の費用は主としてクラブ会員から徴収する会費及びクラブ会員父兄有志からの寄付でまかなつてきた。クラブの役員は、無報酬の会長、副会長、顧問、総監督とクラブから報酬を与えられる監督、副監督、主任コーチ、専任コーチ、コーチ(サブ・コーチとも呼ばれる。)からなり、右役員は水泳の熟練者であり、孝浩は昭和五二年にクラブのコーチ(サブ・コーチ)に選任された。
(二) 控訴人が設置した本件プールは、教育委員会が維持管理にあたり、教育委員会は、クラブからの申出により岸和田市民プール条例、同条例施行規則に従い毎年夏期プール開設期間クラブに対し本件プールの一部につき専用使用許可を与えていたが、その許可に際し、専用使用中におけるクラブ員の事故についてはクラブにおいて措置するとの条件を付していた。また、教育委員会は、クラブが自主的なスポーツ団体で、社会教育法一〇条所定の社会教育関係団体であると認めて、右条例一〇条、右条例施行規則九条一項三号に基づきクラブの右専用使用につき使用料を免除していた。
(三) クラブは、右専用使用許可に基づき、本件プール内の競泳用プールの三ないし五コースを専用使用して、主として右各コーチの指導でクラブ会員に対する水泳指導を行つていたが、これについてはプール管理者の監視、監督外に置かれ、クラブ役員がその責任において自主的に行つていた。クラブは右講習会における選手育成の用に供するため、昭和四六年六月ころ本件タイマーを購入した。本件タイマーは、競泳のほか陸上競技等のタイムを測定する目的で製造されたものであるが、その説明書及び文字盤裏の注意書きには、プールサイド等湿気水分の多い場所又はぬれた手で使用する場合は備付けのアース端子から地面にアースをとる旨の記載があつたものの、アース線、アース棒等の備品はなかつたため、クラブの役員はアースを取り付けなくとも安全であると判断し、本件プール内に設置されたコンセントを電源にしてアースを取り付けることなく本件タイマーを使用していた。本件タイマーは、使用時以外は本件プール倉庫内にクラブの他の備品と共に保管され、倉庫からの出し入れ、使用時の設置等はすべてクラブのコーチのみによつて行われていた。なお、クラブは右倉庫の使用料及び本件タイマーの電気使用料を請求されたことはなく、無償で使用していた。
(四) 控訴人に雇用された本件プールの管理者(本件事故当時は松田)は、クラブがプール開設期間中右条件付きで専用使用許可を与えられていたこと及びクラブの右活動からして、クラブの本件プール使用についてはその自主管理に任せ、クラブが本件タイマーを使用することに対しても何ら干渉しなかつた。
2 被控訴人らは、本件プールの維持管理にあたつていた教育委員会の担当者又は本件プールの管理者松田は、本件タイマーを調査、点検し、安全を確認したうえでクラブに対し本件タイマーの使用を許すべきであり、本件事故は右担当者又は松田の過失により生じたから、控訴人は国家賠償法一条又は民法七一五条により責任があると主張する。
しかしながら、右1認定事実によると、クラブは、その組織と活動の態様からして本件プールにおける水泳指導については自主的管理の能力を有するものと認められ、クラブ員に対する事故についてはクラブの責任で措置することを条件に本件プールの専用許可をえていることからしても、その専用使用による水泳指導を行う限度においては自主的に管理すべきものであり、その限度においては教育委員会の管理権の範囲外というべく、本件タイマーがクラブの所有、管理にかかるものであり、本件プールの設備であるとかプールと一体となつているものでないことは後記3のとおりであり、本件事故当時においてはクラブが右水泳指導に本件タイマーを使用していたのであるから、本件タイマーの使用に関しても教育委員会の管理権は及ばなかつたというべきである。
もつとも教育委員会あるいはその担当者ないし松田において、クラブが本件プールの使用目的に反するような用法あるいは一見して不相当、危険であると知りうる方法ないし用具を用いるような場合においては、プールという営造物の性質からして、これにより発生することがあるべき危険を予防するための措置をとるべき義務の存在までも否定することはできないけれども、本件タイマーがプールサイドで使用されること自体危険というべきものでなく、アースをとることなく使用することに危険が存在したとしても、それは一見して危険なものと認めうるものでもない。水泳の熟練者である監督、コーチが指導に当つてクラブの自主管理の下に本件プール及び本件タイマーが通常の用法に従つて使用されていることに対して、教育委員会担当者や松田において右タイマー使用による危険を防止すべき注意義務を負担するものとすることは相当でない(なお、後記4の社会教育法に基づく教育委員会のクラブ(社会教育関係団体)に対する指導助言に関する規定も法的義務まで課するものではない。)。
前記一認定のように、本件事故は本件タイマーが本件プールにおいてクラブの自主管理の下に使用されていた際にクラブ員について発生したものであり、事故発生当時の本件タイマーの使用状態に特段異とすべき状況も認められないのであるから、右説示の教育委員会の権限並びに同委員会の担当者及びプール管理者松田の義務内容からして、右の者らにおいて被控訴人らが主張するような本件タイマーに対する調査、点検、安全確認の注意義務懈怠による過失の存在を認めることは相当でなく、右の点に関する被控訴人らの主張は採用しえないところである。
3 次に、被控訴人らは、本件タイマーは本件プールと有機的一体関係にあつたことを理由に控訴人は本件事故につき国家賠償法二条の責任があると主張する。
しかしながら、右1認定の事実からすれば、本件タイマーは、クラブが所有、管理するものであつて、本件プールに常時設置されていたものではなく、クラブの講習会が開かれる都度クラブのコーチが倉庫から運び出してプールサイドに置いて使用していたものであるから、本件プールと有機的一体関係にあつたとは到底認めることはできず、したがつて、これを前提とする被控訴人らの右主張は失当である。
4 更に、被控訴人らは、控訴人や教育委員会が右1認定のような種々の便宜をクラブに与えていたことから、控訴人はクラブに対し控訴人の公務を委嘱していたとし、これを理由に控訴人は本件事故につき国家賠償法一条又は民法七一五条の責任があると主張する。
しかしながら、右1認定のクラブの目的、組織及び、活動からして、クラブは社会教育法にいう社会教育関係団体(同法二条、一〇条)というべく、控訴人の教育委員会においてもクラブを右団体と認めたうえ本件プールの無料使用その他クラブの社会教育活動に対する援助を与えていたものであつて、これは同法五条、一一条等に規定する援助等に当るものと認められる。そして、社会教育関係団体は自主性が尊重され、地方公共団体は、社会教育関係団体に対して、いかなる方法によつても支配、干渉を加えてはならず(同一二条)、また命令、監督をしてはならない(同法九条の三)のであつて、本件においても控訴人ないし教育委員会が右規定に反してクラブに対して命令、監督その他クラブの組織、活動に対して干渉をなしたと認めうる資料はなく、まして控訴人がその行政の一部をクラブに委嘱したと認めうる証拠はない。
控訴人のクラブに対する本件プールの無料使用その他の援助は社会教育法に基づくものであつて、控訴人がクラブに対して教育ないし福祉行政の一部を委嘱したとか、クラブを指揮監督していたと認められないのであるから、被控訴人らの前記主張もまた採用するに由ないところである。
三以上によれば、本件事故につき被控訴人ら主張の控訴人の責任原因のいずれをも認めることはできないから、その余を判断するまでもなく被控訴人らの本訴請求は失当といわざるをえない。
第三結論
よつて、被控訴人らの本訴請求は理由がなくこれを棄却すべきであるから、この結論と相異する原判決を取り消して被控訴人らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条、九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(石井 玄 高田政彦 礒尾 正)
和解条項<省略>