大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)2085号 判決
主文
控訴人らの本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴人らは「原判決を取り消す。被控訴人らは各自控訴人らに対しそれぞれ五五〇〇万円とこれに対する昭和五五年六月三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決および右二項につき仮執行の宣言を求め、被控訴人らは主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張は左のとおり附加訂正するほかは原判決の事実摘示と同一(ただし、原判決五枚目裏九行目の「五〇〇万円。」を削除し、同一〇行目の「原告らは」の次に「各自」を加え、同末行の「五〇〇万円」を「各五〇〇万円」と訂正する。)であるからこれをここに引用する。
(控訴人らの主張)
1 控訴人らは被控訴人ら各自に対し本件ホームステイ契約の履行不能を理由とする損害賠償の請求をするものであるが、その法律上の構成については次のいずれをも主張する。
(1) 右契約における委託者側当事者が亡哲(親権者控訴人ら)であると認められる場合は、亡哲の蒙った損害額のうち金一億一〇〇〇万円を控訴人らがその各二分の一を相続したものとして各五五〇〇万円とこれに対する附帯遅延損害金の支払いを請求し、この場合の損害金額内訳は原判決事実摘示中の第二の一の3(一)(二)(三)のとおりである。
(2) 右契約における委託者側当事者が控訴人ら自身であると認められる場合は、控訴人らは各自慰藉料三〇〇〇万円および弁護士費用相当損害金二五〇万円の合計三二五〇万円とこれに対する附帯遅延損害金の支払いを請求し、この場合の損害金額内訳は前記同(二)(三)をそれぞれ右請求の範囲で援用する。
2 被控訴人平和フォーレンスタディ協会こと宮越正志が本件契約の当事者であることは、被控訴人らが本件契約の勧誘に使用したパンフレット(乙第六号証の五)の名義人が同被控訴人となつていることの一事をみただけでも明白である(原判決が右の点について相応の事実認定をしながら、右被控訴人協会を契約当事者でないと判断したのは理解に苦しむ。)。
3 控訴人らは本件において債務不履行(履行不能)を主張しているのであるから、その当否については、まず、本件契約の本ママ質内容ひいては被控訴人らの債務如何を認定判断すべきが当然である(原判決はこの点について全く触れるところがないが、これは不可解というほかない。原判決は理由にもならない理由をあげて、専ら亡哲の過失によつて本件事故が発生したと判断しただけで控訴人らの本訴請求を棄却に結びつけているが、問題は、このような不慮の事故が発生したについて、被控訴人ら側が本件契約上負つている安全配慮義務を怠つていたか否かであるはずである。)。
本件契約は単に観光業者が顧客の外国旅行のために交通の手配をし、宿泊施設を確保し、これで足れりとするものとはその本質において異なる。本件契約(米国Bコース契約)は未成年者であつて未だ判断力、体験の乏しい反面行動力はある高校生を対象とし、これら高校生をして外国に安全に引率し外国の家庭に分宿させ生活体験をさせるという教育目的を本質とする契約であるから、主催者側にそれ相応の高度の安全配慮義務があることは当然である。まして、未知の外国では日本国内と異なり治安上、自然環境上危険が多いことは周知のとおりである。また、参加者側(その保護者両親)は僅か一カ月弱の体験のため五〇万円近い高額の費用を出費して教育上の効果と身の安全を全幅の信頼をもつて期待し念願しているのである。
これらの点を考慮すると、本件契約における被控訴人ら主催者側の負うべき具体的な注意義務は(イ)行動地域の事情、危険性の有無について具体的かつ詳細に調査し把握すること、(ロ)そして、そのことを当該行事の引率者(履行補助者)に説明し、周知撤ママ底させ、危険を排除回避させること、(ハ)引率者は参加者に対し更に具体的に右のことを行い、十分な指導監督をすること、(ニ)万一事故が発生したときは速やかに救助すること等であると解すべきである。
しかるに、被控訴人らはこれらの点について全く配慮した形跡もなく(本件でも何者か判らぬエリック・ピービィなる自分の妻と子を同伴する者を引率者―コーディネーター―にしている。)、本訴においてその主張すらしていない。
本件においては、事故現場における監督責任が怠られたことも明らかであるが(また、他方、現場では亡哲にもあるていどの過失があつたこともあるいは認めるべきかもしれないが)、それよりも本件で問われるべきはそもそも破控訴人ら主催者が前記のような基本的な契約上の義務を履行していたか否かである。この点をいわずして、保険金二〇〇〇万円が支払われたから、控訴人らの損害填補はこれで十分であるとする被控訴人らの態度は誠にいかんというほかない。
(被控訴人らの主張)
1 控訴人らの主張を争う。
2 本件契約には「本協会は参加者自身の責任による傷害死亡事故等については賠償(の責任)を負うことはできません。」との免責条項が存するところ(乙第六号証の五の一五頁)、本件事故は右条項に該当する。
3 なお、本件事故の発生したヨセミテ公園に参加者を引率した一人である岩上修三(プログラムディレクター。浜松北高校教諭)は同公園について百科辞典その他の資料を調べ、かつ実際に見聞した五人にその危険性について聞いたが、特に注意事項はなかつたのであるが、入園直前のバスの中で「知らない土地では何がおこるか解らないから」と一般的な注意は与えている。なお、そのさい参加者にヨセミテ公園の危険性について具体的な指導教育をしなかつたことは認める。
証拠関係<省略>
理由
第一本件契約の当事者が誰であるかについて
1亡哲が参加した本件ホームステイ契約の主催者側の地位に関する事実関係は原判決の理由説示(原判決一〇枚目表末行から同一二枚目表九行目まで。ただし、(イ)同一〇枚目裏五行目の「甲第一二号証」の次に「(成立に争いない乙第六号証の五と同じ)、乙第八号証の一、二」を附加し、(ロ)同一一枚目裏の「設けた。」の次に「現に、右事業の参加者募集のためのパンフレットの名義、所定の参加申込書の名宛人等はその公益性を示す趣旨によるのかすべて右協会の名称によつている。」を附加する。)のとおりであるからこれをここに引用する。
そこで、右事実関係により本件ホームステイ契約の主催者側当事者が誰であつたかについてみるに、(1)まず、その一人が被控訴会社トランス・ジャパンであつたことは当事者間に争いがない。
(2)そこで次に、被控訴人協会こと宮越正志(前記被控訴会社代表者)が主催者側当事者であつたか否かについて按ずるに、前記事実関係によれば、被控訴人宮越は被控訴人平和生命の後援をうるためには同社の要望によりホームステイ事業の主体を営利を目的としない公益法人とする必要があつたため、当時、その設立を計つたが監督官庁(文部省)の許可を得ることが容易でなかつたので、やむなく、将来設立予定の公益法人の母体とする目的でとりあえず自ら法人格のない「平和フォーレンスタディ協会」を称し、その名でこの事業を始めたこと、現に控訴人らと本件契約を締結した過程でも一貫して右名称でこれを行つていることが明らかであるから、被控訴人宮越個人の本件契約における当事者性は前記当事者間に争いがない被控訴会社よりもむしろ濃厚であるというべきであり、同被控訴人宮越もまた前記被控訴会社と性質上不可分の関係で契約当事者たるものと解するのが相当である。そして、右判断は、たとえ、前記引用にかかる認定事実(四)のとおり、被控訴人協会が事実上前記被控訴会社の一部門として事業を行つていたとしても、これによつて直ちに左右されるものではない。
(3)被控訴人平和生命が本件契約当事者でなく、単に主催者側の後援者であるにすぎないことは前記認定事実によつて明らかである。
そうすると、控訴人らの被控訴会社平和生命に対する本訴請求はその余の判断をするまでもなく失当である。
そこで、以下、本件契約の主催者側当事者である被控訴人協会こと宮越および被控訴会社トランス・ジャパンを単に被控訴人らという。
2次に、本件契約における参加者側当事者が控訴人ら自身であるか、または亡韓哲(チョル・ハン)であるか(この場合、控訴人韓昌祐の立場はその親権者法定代理人。韓国民法九〇九条一項参照)については、前掲甲第一二号証、乙第八号証の一、二に本件ホームステイ事業の性質等を総合すると、そのいずれか、またはその両者であると解すべきではあるが、そのいずれであるかについてはこれを確定しうる証拠がないから必らずしも明らかでない。しかし、右の点についてはいま便宜その認定判断を暫らくおき以下右参加者側当事者を単に控訴人らと称し先に判断を進める。
第二被控訴人らの本件契約上の責任の存否について
1まず、控訴人らが昭和五三年五月九日被控訴人ら各自との間で本件契約すなわち控訴人ら夫婦の長男亡哲を被控訴人ら募集にかかる高校生を対象とする留学コースのうち米国行Bコース(二三日間のホームステイのあと四泊五日のエクスカーションをするコース、費用合計四七万円)に参加させ、被控訴人らにおいて責任をもつて亡哲を右Bコースの体験をさせたうえ無事日本に帰国させ控訴人らの手元に引き渡すことを内容とする契約を締結したことは当事者間に争いがない。
次に、右契約の履行としてなされていたエキスカーション行事のさい亡哲の死亡事故が発生したこと、すなわち、亡哲ら高校生からなる参加者が本件契約等に基き昭和五三年七月二七日日本を出発し、同年八月一九日まで米国においてホームステイを体験した後同月二〇日および二一日の両日(但し、米国時間。以下同じ。)ヨセミテ国立公園を見学することになつたが、亡哲は同月二一日午後三時一五分ころ参加者らと同公園を散策中同公園内のメルセド川中に転落水死するに至つたことも当事者間に争いがない。
そうすると、被控訴人らは右死亡事故によりもはや亡哲を日本に帰国させることができなくなつたのであるから、控訴人らに対し右事故(履行不能)によつて生じた損害を各自賠償する義務がある。
2しかるところ、被控訴人らは、右死亡事故については被控訴人らに帰責事由(故意または過失)はなかつた旨主張しているものと解されるから、次にその当否について検討する。
(1) まず、本件契約の内容および前記被控訴人らの事業目的等に照らすと、被控訴人らは本件海外旅行中の全期間を通じ未成年者である参加者の身体生命の安全に注意を配り、もつて不慮の事故を防止すべき義務があつたことは明らかであり、かつ右安全配慮義務は単に各種行事の施行に附随する業務というよりも、むしろ契約内容自体すなわち契約上の給付義務自体ともいうべき重要な義務であるといわなければならない。したがつて、右注意義務の程度については、ホームステイ事業がそれ自体日本と自然環境や生活習慣も異なり、また治安上の危険も伴う外国で行われること等その特殊性に鑑み相応に高度なものと解する必要がある。しかし、また、他方では参加者の年令等に鑑み、個々具体的な場面においては保育所、託児所等における乳幼児に対する安全配慮義務とはまた自から異なるところがあると解すべきである。
(2) そこで、これを本件事故についてみるに、本件事故が生じた前後の情況は次のとおりであつたことが認められる。すなわち、
<証拠>によると次の事実が認められ、これを左右する証拠はない。
(一) 被控訴人らは本件ホームステイ契約実施にさいし出発前に予じめ東京に参加者およびプログラムディレクター(全国各地からつのつた高校教諭に委託)を集め、オリエンテーションを行い、計画の内容、一般的留意事項等を説明した。亡哲(当時峯山高校二年)の参加したグループは三一名(うち女生徒二三名)で浜松北高の岩上修三教諭(昭和一三年生)がそのプログラムディレクターとして参加者を引率することとなり、フォンタナ市で予定どおり二三日間のホームステイ体験留学をすませたうえ、昭和五三年八月二〇日(日曜日)バスで米国国立ヨセミテ公園に到着した。
(二) そのさい、岩上教諭引率のグループには現地のコーディネーターとしてエリック・ピービー(被控訴人らが提携していたP・A・Iに委託された米国高校教師)がその妻と三、四才になる男の子を連れて同伴していた。岩上教諭は事前に百科辞典、パンフレット等を読み、また現地を知つている人にも聴いてヨセミテ公園の実情を調べたが、時に熊が出没するとのことを知つた以外には特段その危険性については知ることができなかつた(なお、そのさい現地の人はその熊は洗い熊であるというのでやや安心もした。)またピービーも特にその危険性について知るところはなかつた。岩上教諭はこのようなことやヨセミテ公園が米国でも一、二の人気のある広大な自然公園で毎年その訪問者が百万人を超えること等を総合して、参加者に対しては、バスの中で、知らぬところでは何が起こるかわからないから注意するよう一般的な留意事項を述べた以外、特に園内の川の危険性について具体的に注意を換ママ起するようなことはしなかつた。
(三) 一行は同日テントで野営し、翌二一日は各人の自由行動が認められていたので、亡哲ら約一〇名のものはピービーとその子とともに右泊地から一キロメートル以上離れたバーナル滝等の見学に出かけた(なお、岩上教諭は前夜の野営テントの見廻り等のため疲れていたこともあつて同行しなかつた。)。亡哲は被控訴人らのホームステイ事業に参加したのはこれが二回目でグループの中ではリーダー的存在でもあつた。
(四) 本件事故が発生した場所付近の情況の概略は別紙略図のとおりであつて、フットブリッジの下のメルセド川岸におりることは禁止されておらず危険を警告する標示もなかつた。
亡哲は当時半袖シャツとジーンズの軽装で他の五人ぐらいの同僚とともに右橋下におりたのであるが、そのさい一行は川岸に接する岩Dから岩B、岩Cあるいは岩Aに飛び移つたりして遊んでいたが(各岩間の距離は一メートル前後と認められる)、亡哲だけは岩Dから岩Bに飛び移るのに失敗し、はずみでそのまま川中に落ちた。その時の水深は約一メートルで亡哲はゆつくり沈んでいつたため、はじめ同僚は一瞬飛び移りに失敗したこともあつておどけているのではないかと思つたぐらいであつた。しかし、水流は目で見るよりも急で、亡哲はそのまま下流に流され、当時これを現認した現地の米国人数名が救助のため川に飛び込んだが、これらの者も流される始末で、亡哲の救出は成功しなかつた。
(五) ピービーはこのとき折しも自分の子の手洗いに同行していたため右事故を現認することがなかつた。
(六) 結果的にみると、メルセド川は雪どけ水を流す急流で、水は澄んでいるが見た目より危険な川であつて、その後の調査の結果、過去にも三人の者が岩にのぼつて水に落ち死亡したことが判明し(ただし、その場所が本件事故現場であつたか否かは不明)、調査者(レンジャー)の一人コックスはヨセミテ公園のバーナル滝ブリッジへ到る二つの道路上にメルセド川の水の速度と威力について公衆に警告をする標識をたてるべきである旨提案した。
(七) なお、被控訴人らの過去四回の体験ではこのような事故は一切なかつた。
以上の事実が認められる。
(3) 右事実関係によると、亡哲の本件水死事故は、瞬時に生じた亡哲の僅かな失敗に起因して予想もしない大事に至つた誠に不幸不運な事故というほかなく、結果から考えるとこのような事故は同じように遊び岩の飛び移りをした前記同僚友人について発生しても何ら不思議でない事故であつたというべきであり、亡哲を含む同僚らは前記メルセド川の隠れた危険性について何らの情報もえないまま、その淵に立つたといわなければならず、社会通念上このような危険性は前記のようなヨセミテ公園の人気からしても放置されるべきではないと解される。すなわち、米国国立ヨセミテ公園の設置管理については何らかの意味で瑕疵が存したと解されないでもない(ただし、当裁判所がその法的責任について検討することが許されないことはいうまでもない。)。このことは、(六)で認定したとおり、ヨセミテ公園の関係調査者自身も本件事故を契機として公衆への危険性の警告が必要であると提案していることによつても裏付けられるところである。
しかし、右のようなヨセミテ公園の設置管理上に問題が存したからといつて、直ちに本件事故につき被控訴人ら(具体的にはその契約上の履行補助者たるプログラムディレクター岩上教諭およびコーディネーター米国高校教師ピービー)に過失があつたということはできない。先に(1)で説示した本件契約上の安全配慮義務の性質内容に照らし、岩上教諭の本件事件発生前の所為について検討すると、同教諭があらかじめ前記のような一般的注意を与え、かつ限られた情報源の中で熊の出没に関する危険性を了知し夜営の警戒に務めた以外に、メルセド川の前記のような隠れた危険性を知り、かつこのことを引率生徒に周知させる義務を課することは社会通念上難きを強いる結果となり困難であるというほかない。また、同教諭が亡哲らの自由行動を認めたこと自体も参加者の年令等に照らすと直ちにこれを問責することは困難である。同様の理由により、ピービーに右と同一の義務を課することも困難である(同人がたまたま事故発生当時同伴した自己の子供の手洗いに同行していたことも、行事がエキスカーションであつたこと等に照らすとこれをもつて直ちに監督看視の不行届ということもまた酷である。)。
控訴人らはその他被控訴人らの本件ホームステイ事業の立案計画自体の段階での調査不十分等も指摘しており、右事業の性格上その行動予定場所の安全性等については出来る限り入念な隅々までの事前調査が望ましいことはいうまでもないところであり、これを期待していた控訴人らの心情はこれを理解するに難くない。しかし、その全体の計画の段階で、一般的な注意事項の告知以外に予じめヨセミテ公園内の情況ことに本件メルセド川の隠れた危険性について調査了知し、これを参加者に具体的に告知することまでを法的義務であると断定することはなおちゆうちよされるところである。また、右危険地域への立ち寄り自体を回避することを期待することも無理であると解される。
(4) 以上のとおりであるから、被控訴人らは本件事故の発生につき無過失であつたというほかない。
第三結論
よつて、控訴人らの本訴請求はその余の判断をするまでもなく失当で、これを棄却した原判決は結論において相当で、被控訴人らの本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九三条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(今富滋 畑郁夫 亀岡幹雄)
図面<省略>