大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)2261号 判決 1985年2月26日
控訴人(附帯被控訴人。以下単に「控訴人」という。) 丙川春夫
右訴訟代理人弁護士 小川剛
被控訴人(附帯控訴人。以下単に「被控訴人」という。) 甲野太郎
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 松本晶行
右訴訟復代理人弁護士 桂充弘
被控訴人(附帯控訴人。以下単に「被控訴人」という。) 乙山一郎
右訴訟代理人弁護士 細川俊彦
主文
本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とし、附帯控訴費用は被控訴人らの負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 控訴人
(控訴につき)
1 原判決中控訴人敗訴部分を取消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
(附帯控訴につき)
本件附帯控訴を棄却する。
二 被控訴人ら
(控訴につき)
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
(附帯控訴につき)
1 原判決中控訴人関係部分を次のとおり変更する。
2 控訴人は、被控訴人らに対し、それぞれ金三五万円及びこれに対する昭和五六年八月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
第二当事者の主張
次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示中控訴人関係部分のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決四枚目表九行目の「躍らされて」を「踊らされて」と、同五枚目表一行目、同五行目及び同裏四行目の「松本外四名」を「山川幹夫外四名」と、同六枚目裏二行目の「大林ら三名」を「さえ外二名」と、同一一枚目表四行目の「反覆断続し」を「反覆継続し」と、同裏二行目の「不可決」を「不可欠」とそれぞれ訂正する。)。
一 控訴人の当審での主張
1 被控訴人らが名誉毀損行為と主張している控訴人の本件弁論は、弁護士たる控訴人が、その弁護士業務の主たる部分をなす訴訟代理行為、訴訟における弁論活動としてなしたものであるから、それは、「正当な業務による行為」に該当し、特段の事情のない限り、違法性は阻却されるというべきである。
2 原判決は、民事訴訟における弁論活動が強く保護されなければならないことを認めながら、その「強く保護を受ける弁論活動」を「保護すべき実態を欠く弁論活動」と区別するための判断基準として、「弁論活動の内在的制約」というような、客観的限界が不明確で裁判官の主観に左右されやすい不適切な基準を設定している点において、法律判断を誤っている。
右の両者を適切に区別する有効な判断基準としては、「弁論権の濫用」が用いられるべきである。
3 控訴人の行った本件弁論の基礎となる事実及びその主たる根拠は、前記引用にかかる原判決事実摘示「被告の主張2」記載のとおりであるが、これを更に敷衍すると、次の(一)ないし(一〇)のとおりである。
(一) 大林赳は、昭和二六年二月、本件土地の共有者の一人であり且つ他の共有者山川チヨの代理人を兼ねていた山川新から本件土地を買受け、同月九日、時価相当額の代金を支払って右土地の引渡を受け、爾後、同人及びその相続人の原審相被告大林さえ外二名が、これを自宅敷地の一部として自主占有してきた。右代金授受に際しては、山川新が自署押印した領収書が交付されたし、本件土地の測量図も作成されていた。
(二) 銀装は、前代表者及び現代表者の被控訴人赤木が、昭和二七年頃から本件土地を含む大林家の自宅敷地の隣地に居住して、本件土地に対する大林赳、同さえ外二名の占有状況を知悉していたが、昭和五二年頃、本件土地が山川新、同チヨの所有名義のままになっていることに気付き、これを奇貨として、さえらの占有を排除してでも本件土地を奪い取ろうと企てるに至った。
(三) 山川幹夫は、本件土地の存在及びその登記名義を、銀装からの連絡によって知り、銀装が右土地につき紛争のない状態の更地並みの代価を支払うのであれば、銀装の右意図に協力してもよいと考えた。
(四) 銀装は、右の企てを実行するには、弁護士の協力が不可欠と考え、顧問弁護士の被控訴人甲野、同乙山に事情を話して協力を求めたところ、同被控訴人らは、昭和五二年一月頃、これを承諾した。
(五) 山川幹夫は、同月頃、銀装の紹介で右被控訴人らに面会したうえ、同年二月、二度にわたり、さえ方を訪れ、本件土地について二六年の売買の事情を詳しく聞き出した。その際、さえは、前記領収書及び測量図を示して本件土地の所有権取得を主張し、その移転登記手続を求めた。
(六) そして、右山川は、右の一部始終を被控訴人らに報告し、また、本件土地につき、さえ外二名との間で紛争が生じることを予想し、その心配を被控訴人甲野、同乙山に打ち明けて相談した。
(七) 右被控訴人らは、銀装から本件土地取得の強い希望を聞かされ、山川の報告により二六年の売買が存在する可能性を認識しながら、敢えて、右山川に対し、「本件は二重売買ではない。大丈夫だ。」と断言し、さえ外二名との間に紛争が生じた時は訴訟代理を引受け、一切の責任を持つと述べて、同人を安心させ、五二年の売買に踏切らせた。
(八) その後、右被控訴人らは、山川幹夫外四名から本件土地にかかるさえ外二名との間の数件の法的手続の一切(調停の申立、第二訴訟、仮差押異議)を、僅か一〇万円の着手金で引受けた。
(九) 昭和五二年五月一〇日頃、右被控訴人らが関与して、本件土地につき山川幹夫外四名と銀装との間で売買予約契約書が作成された。その際、銀装は、さえ外二名が前記のとおり権利を主張しているのにもかかわらず、係争のない更地並みの代金一〇〇〇万円を支払うと申し入れ、山川外四名はこれを承諾した。
(一〇) 以上のとおり、右被控訴人らは、さえ外二名が根拠を示して所有権を主張し、登記手続を請求している事情を十分に承知しながら、敢えて、右山川に積極的に働きかけ、さえ外二名の請求を拒否するよう勧めて、これを承諾させ、爾後は、銀装及び山川外四名の代理人として、終始積極的且つ主導的役割を果たしてきた。
4 右のとおり、控訴人の依頼者であるさえ外二名の正当な権利(本件土地所有権)は、被控訴人ら及び山川外四名の右一連の行為(二重売買)により侵害されつつあり、控訴人としては依頼者の右権利を侵害から防禦する必要があった。
そこで、控訴人は、さえ外二名の事実説明や多くの証拠によって、本件は、右3記載のとおりの事実関係にあると判断し、これに基づき、第一訴訟において、被控訴人らの右一連の行為の背信的悪意者性、反公序良俗性を主張立証し、これを攻撃防禦の重点としてきた。
ところが、控訴人は、右訴訟の担当裁判官から、右背信的悪意者性の主張立証が不十分であるとして、その点の補充を促されたので、同裁判官は、右行為の背信的悪意者性、反公序良俗性について認識不足であり、同裁判官を説得するために、右の点を判りやすい表現で強調し、明確にする必要があると考えた。
そして、控訴人は、前記事実関係及び証拠に基づき、被控訴人らの右行為は横領罪の共犯に該当すると判断し、確信していたので、これに従い、右行為には犯罪該当性(横領行為該当性)があり、これこそ、背信的悪意者性、反公序良俗性の最たるものである旨強調し、本件弁論に及んだものである。
本件弁論中、請求原因2(二)の(1)ないし(3)で指摘されている主張は、全て具体的事実の主張であるか、又はこれらの事実が公序良俗違反であって背信性が高い旨の法的評価の主張であることはそれ自体から明らかであり、同2(三)の(1)で指摘されている主張は、右に述べた主張をまとめたものであり、執拗に繰り返した訳ではない(重点を置いている主張を強調するために何度か繰り返すのは当然のことである)し、更に、同3(二)の(1)、(2)で指摘されている第二訴訟での主張は、むしろ、被控訴人らの側の誘発にこたえ、係争事案の実態を裁判所に知ってもらうために、第一訴訟の主張を、準備書面を援用する形で繰り返したものにすぎず、いずれも何ら適切さを欠くものではなく、前記のような必要に迫られていた控訴人にとっては、この程度に強調して主張するのは職責上当然のことであった。
したがって、本件弁論は、その表現方法にやや激しくなった点があるにしても、それは、弁護士の職責上当然の主張をしたまでで、何ら弁論権の濫用には当らない。
5 そもそも、不動産の二重売買の場合、売主の第二売買行為が原則として横領罪に該当することは判例・通説であり、また、第二売買の買主については、第一売買の存在を知っていただけでは足りないが、これを知りながら売主に働きかけ、そそのかして、第二売買の締結を決意するに至らせたような場合には、右買主も売主の横領罪の教唆犯又は共同正犯になるとされている。
したがって、控訴人が、前記諸事情及び根拠に基づいて、五二年の売買は二重売買であって、山川幹夫外四名の右売却行為は横領罪に該当し、被控訴人らもその横領行為に加担したものとして共犯に当たる(少くともその疑いが濃厚である)と判断したのは当然のことである。
そして、控訴人としては、第一訴訟において、登記の対抗力の問題を乗り越え、理由のある抗弁として主張するためには、山川幹夫外四名だけでなく、第二売買の買主である銀装(その代表者である被控訴人赤木)が背信的悪意者であり、その行為が公序良俗に違反する旨の主張として構成する必要があり、それ故に、請求原因2項指摘の主張をなし、且つ、右の如き必然性のある主張をなすについて、その背信的悪意者性、公庁良俗違反性を明らかにするために、五二年の売買行為は横領に当たると表現し、また、その主張のもとで、山川外四名と被控訴人ら相互の関係を明確にするために、正犯、教唆犯、幇助犯の表現を使ったものであって、いずれも当然の主張をしたまでである。
なお、被控訴人甲野、同乙山は右訴訟の当事者ではなかったが、控訴人としては、前記3の諸事情からして、右被控訴人らは右山川からすべての事情を聞かされたうえで、右売買成立のため山川外四名に積極的に働きかけ、終始主導的役割を果たしていたと判断されたので、この点にこそ五二年の売買の背信性、公序良俗違反性の強さがあると考え、これを明示するために、右被控訴人らを共同意思体の一員として加え主張したのであって、このように判断し主張したのも当然のことである。
6 もっとも、民事訴訟における弁論の中で、刑事上の罪名を示して主張をすることは、一見穏当を欠くかの観があるけれども、民事訴訟でなされる公序良俗違反の主張のうちその悪性の高いものが犯罪行為の主張であるし、特に、登記の対抗力に関連する公序良俗違反又は背信的悪意者の主張において、横領の教唆、共同正犯の主張がされることは決して稀ではない。
また、本件のさえ外二名及び控訴人のように、巧妙に計画された疑いのある犯罪的行為によって所有権侵害を受け、これを奪取されるか守りきれるかという瀬戸際にある者に対して、刑事裁判で有罪判決を受けている場合でない限り、相手方の行為が犯罪行為に該当する旨の主張はできないとするのは、弁論活動に対して理由のない制約を課するもので、正当ではない。何故なら、横領罪は既遂に達するまで不可罰とされているうえ、警察・検察当局は、民事紛争がらみの刑事事件の捜査には十分過ぎるほど慎重であるし、刑事裁判においても一〇〇%の立証に達しないために灰色の無罪とされることがあるからである。
したがって、控訴人が、前記事情下にある五二年の売買の買主(銀装)側の行為について、二重売買の事例における公序良俗違反、背信的悪意者の典型的形態である横領の教唆犯又は共同正犯に該当すると主張したことは、何ら異とするに足りない。
7 それにひきかえ、前記諸事情によれば、被控訴人甲野、同乙山は、銀装(被控訴人赤木)の本件土地取得の強い希望に動かされて、二六年の売買の存在を認識しながら、仮にそれがあっても、第二売買をなし、(仮)登記を経由してしまえば登記の対抗力の関係で二六年の売買に優先するとの見通しの下に、山川幹夫に対し、多少事実を歪曲し、二重売買ではないとの都合の良い判断を示して、右山川外四名を、五二年の売買に踏み切らせたことが明らかであって、前記のとおり領収書、測量図の存在、占有の継続等の強力な証拠があった本件事案において、被控訴人らに横領の故意(少くとも未必の故意)がなかったと主張するには、控訴人の提起した疑いを払拭するに足る十分な弁明を提出すべきである。しかるに、今日までそのような弁明は何らされていない。
右のとおり、被控訴人らは、むしろ、自ら疑惑を招く行為を不用意に重ねて自らの名誉を傷つけてきたものというべきであり、かかる被控訴人らが、自らの行為につき何らの弁明も提出しないままで、控訴人の本件弁論を違法であるとして、慰藉料を請求するのは筋違いである。
8(一) なお、被控訴人甲野、同乙山は、控訴人の本件弁論を理由として、大阪弁護士会に対し、控訴人の懲戒を請求していたが、昭和五九年三月一三日、同会の綱紀委員会において「懲戒することを相当としない。」との議決がされて、右請求は排斥された。そこで、右被控訴人らは、更に、日本弁護士会に対し異議申出をしたが、これも、同年一〇月二日、懲戒委員会の議決に基づき理由がないものとして棄却された。
(二) 右のとおり、控訴人の本件弁論は、最も軽微な戒告を含めて一切の懲戒に値しないと判断されたのであり、このことは、右両会において、本件弁論には違法性がないものと判断されたことを示すものであり、この判断は、本訴においても十分参考にされるべきである。
二 被控訴人らの当審での主張
1 原判決は、名誉を侵害された被控訴人らの慰藉料額を過少に算定した誤りがある。
(一) 被控訴人甲野、同乙山に関していうと、我国において、弁護士は、私人から紛争解決を依頼され、多くの紛争につき公平かつ法に適った解決に与ってきており、弁護士が紛争解決のために司法手続外において貢献している度合いは、量的にも質的にも司法機関のそれに劣るものではない。このような意味で、弁護士業は私的職業とはいえ、広義の司法機関ということができる。右に述べた弁護士の役割に対して世人の評価は高く、その反面、弁護士がその使命を放擲し負託を裏切る行為に出たときには、世人の糺弾に厳しいものがある。このような弁護士の職務に照らしあわせてみると、弁護士が、客観的証拠がないのにもかかわらず軽々に犯罪行為に関わっていると指摘されることは、しかもそれが、同僚弁護士によって再三再四継続してなされたということは、この上ない屈辱的かつ不名誉なことであり、同時に弁護士業務を営むうえで、致命的な打撃となる事柄である。
(二) 次に、被控訴人赤木は、「銀装カステラ」で著名な株式会社銀装の社長として社会的にもそれに対応した地位を有しているから、かかる立場にある者が犯罪者と目されることの損害は極めて大きい。
(三) したがって、被控訴人らが慰藉料として請求している各金三〇万円はむしろ自制した金額であり、これを大幅に下回る原判決の判断には承服しがたい。
2 また、被控訴人ら及びその訴訟代理人は、原判決を得るについて、訴訟活動のために多大の時間を費やしており、それは、被控訴人らの名誉を回復するために不可欠なことであった。
したがって、これに要した相当費用は控訴人が負うべきことは当然である。被控訴人甲野、同乙山が訴訟活動を職務とする弁護士の職にあるからといって、軽々に弁護士費用を棄却すべきではない。
3 控訴人の前記主張1ないし7はすべて争う。
4(一) 同主張8(一)の事実は認めるが、同(二)は争う。
(二) 弁護士に対する懲戒は、自治組織として会員弁護士に対する指導、監督権限を有する弁護士会が非違行為のあった会員に対して加える不利益処分であり、一種の行政処分ともいうべきものである。弁護士会は、会員弁護士の懲戒について、非違行為の内容・程度、動機、改悛の情の有無、再犯のおそれの存否など、諸般の事情を考慮したうえで、その当否及び程度を決するのであって、その性質上、自ら相当広範な裁量権を有する。したがって、弁護士会が懲戒を不相当としたからといって、被審査弁護士に非違行為が存在しなかったということにはならない。
また、損害賠償請求における違法性の概念は、損害を被害者に受忍させず、原因者に負担させるのを相当とするか否かという、加害者と被害者の両当事者の利益を較量して決めるものであるから、弁護士会が懲戒権を発動しなかったからといって、民事上の損害賠償請求が否定されることにはならない。
第三証拠関係《省略》
理由
一 請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。
そして、右請求原因2、3指摘の控訴人の行為(本件弁論)が、それ自体として、被控訴人らの社会的評価を低下させ且つ被控訴人らの名誉感情を傷つけるものであることは、右行為の内容及び態様から明らかである。
二 そこで、本件弁論の違法性について検討する。
1 本件弁論が、民事訴訟における弁論活動の一環(主張の提出)としてなされたものであることは、右争いなき事実から明らかである。
2 しかして、当事者主義、弁論主義を基本理念とする我が国の民事訴訟制度の下では、当事者が自由に忌憚のない主張、立証(弁論活動)を尽くしてこそ、事案の真相を解明し私的紛争の適正な解決を期するという民事訴訟の目的が達しうるのであるし、このように対立当事者に攻撃防禦の機会を十全且つ対等に与えることは、それ自体が公平な裁判のための基本原則(双方審理主義)として古くから採用されてきたところでもあり、現行民事訴訟制度においても口頭弁論方式(憲法八二条、民訴法一二五条)を採用して、これを最も徹底した形で保障しているのであるから、民事訴訟における主張立証行為(弁論活動)は、一般の言論活動以上に強く保護されなければならないというべきである。
しかも、民事訴訟は、私人間の紛争解決の場であり、対立当事者が各々の立場から攻撃防禦を応酬し合い、それを通じて裁判所を説得し、自己の権利、利益の伸張、擁護を図る場であることに鑑みると、そこでは、利害関係や個人的感情が鋭く対立するのは自然の勢であり、しばしばその主張が過度になることがあるのもやむをえない面があるというべきである。
更に、民事訴訟における当事者の弁論活動は、当該訴訟における裁判所の訴訟指揮により、その適切さが担保されているとともに、一般に、訴訟が前述のような利益主張、論争の場であることは、自明のところであって、そこでなされた主張は、そのままでは一方当事者の一方的主張にすぎないことが当然のこととして了解されているものと解されるし、また、攻撃、非難を受けた当事者(及びその代理人)としても、同じ訴訟の場においては、時期を失することなく反論することが保障されているのである。
以上のような諸点に鑑みると、訴訟における主張立証行為は、その中に、相手方やその代理人の名誉を毀損するような行為があったとしても、それが訴訟における正当な弁論活動と認められる限り、違法性を阻却されるものと解すべきであり、且つ、その正当と認められる範囲は、広いものと解するのが相当である。
3 しかしながら、右のとおり強く保護を受ける弁論活動といえども、全く無制約にこれが許容されるものでないことはいうまでもないところである。すなわち、それは、前記のとおり訴訟によって紛争の解決を求めうべき国民の権利を公平かつ十全に行使させ、それを通じて私的紛争の適正且つ公平な解決を期するという趣旨、目的のもとに保障されているものであり、且つ、元来、訴訟は、証拠と論理・経験則による冷静な応酬を通じて相手方及び裁判所を説得するのをその本義とするものであるから、民事訴訟における弁論活動といえども、その弁論の内容、方法、態様その他諸般の事情に鑑みたとき、それが保障される趣旨、目的、必要性に照らして社会的に許容されるべき範囲、程度を超えるものと認められるときは、弁論権の濫用に当たるというべく、もはや正当な弁論活動として違法性を阻却されることはないと解するのが相当である。したがって、当初から相手方当事者の名誉を害する意図で、ことさら虚偽の事実又は当該事件と何ら関連性のない事実を主張する場合や、あるいは、そのような意図がなくとも、相応の根拠もないままに、訴訟遂行上の必要性を超えて、著しく不適切な表現内容、方法、態様で主張し、相手方の名誉を著しく害する場合などは、社会的に許容される範囲を逸脱したものとして、違法性を阻却されないというべきである。
三 そこで、以下、これを本件についてみることとする。
1 まず、控訴人が本件弁論をなすに至った経緯を中心に第一訴訟及び第二訴訟の経過について検討するに、《証拠省略》を総合すれば、次の(一)、(二)のとおり付加、訂正するほか、原判決が一二枚目表六行目から一七枚目裏九行目までに説示するところと同一の各事実が認められるので、右の説示をここに引用する。
そして、この認定に反する証拠はない。
なお、右(引用にかかる原判決理由説示)に認定した被控訴人乙山による法廷での注意喚起の事実は、元来口頭弁論調書に記載されるべき事項には入らないから、これを被控訴人乙山の供述によって認定するのは何ら不当ではない。
(一) 原判決一二枚目表一一行目の「五九五七号」を「五九五七五号」と、同一二行目の「五二年」を「五三年」とそれぞれ訂正し、同裏四行目の「答弁書及び」を削除し、同五行目の「二八年」を「二六年」と訂正し、同一三枚目表四行目の「赤木」の次に「(本件被控訴人)」を加え、同一四枚目表一行目の「一二日」を「一三日」と、同五行目の「登記簿」を「登記所」とそれぞれ訂正し、同一一行目の「領収書の金額が」の次に、「本件土地近隣の大阪府泉北郡高石町羽衣五五番八の土地(二三・五二坪)及び地上建物を昭和二六年六月に山川新が買受けた際の価格(四八万五〇〇〇円)と比較して、」を、同一二行目の「本件土地は」の次に「山川新と山川チヨの両名の」をそれぞれ加え、同裏二行目の「右領収書」から同三行目の「であること」までを、「右領収書には但書として『大雄寺跡記念碑敷地代並同石碑・礎石・植樹其他一切ノ地上物件』と記載されているが、右記念碑等は公のものであって取引の対象とされることはありえず、かかる記載は不自然であること」と改め、同四行目の「なされるぺき」を「なされるべき」と訂正し、同一一行目の「古林」を「原審相被告古林富佐子の夫古林潤也」と改め、同一五枚目表一行目及び末行の「一〇日」を「一九日」と、同六行目の「(4)」を「(3)」と、同裏六行目の「六月二二日」を「七月一六日」と、一六枚目表一行目、同三行目から四行目にかけて、同九行目から一〇行目にかけて、同裏二行目、三行目、五行目、八行目、同一七枚目表一行目、二行目、同四行目から五行目にかけて、同八行目の各「本件物件」を「本件土地」と、同一六枚目表六行目の「請求」を「手続」と、同九行目の「五六年四月二三日」を「五三年六月二日付」とそれぞれ訂正し、同一七枚目表一二行目の「乙山一郎氏」の次に「等」を加える。
(二) 右引用説示末行(原判決一七枚目裏九行目)の次に、改行のうえ、左の説示を加える。
「(三) そして、第一訴訟においては、第一被告主張の前記領収書(以下「本件領収書」という。)、測量図、第一原告主張の高石町羽衣の土地建物の売渡証書、領収書、その他の書証が提出され、山川幹夫、古林潤也、土山克彦(銀装の元総務部長)、中山登(本件土地近隣の居住者)、山内期雄(同上)の各人が証人として、大林さえが第一被告本人としてそれぞれ尋問されたうえ、昭和五六年八月三一日、第一原告勝訴の判決が言渡されたが、右判決では、第一原告の指摘する諸点等に鑑み、第一被告の主張する二六年の売買の成立は認めがたく、取得時効も成立していない(したがって、銀装が背信的悪意者であるとの主張については判断の要がない)とされたこと、これに対して、第一被告が大阪高等裁判所に控訴し、新たに、後記第二訴訟における鑑定結果の書面、路線価や市街地価格指数に関する資料等が書証として提出され、山川幹夫、吉川一子(旧姓脇田、二六年の売買を仲介したと第一被告さえが供述挙示した人物)が証人として尋問され、大林さえ、大林昌子、銀装代表者(本件被控訴人赤木)の各本人尋問及び本件土地の検証等がなされたうえ、昭和五九年三月七日に、本件土地の明渡請求については本登記の経由を条件とする限度で認容する旨に変更し、その余は第一被告の控訴を棄却する趣旨の判決が言渡されたこと、右判決では、二六年の売買については、第一原告の反論、疑問はすべて理由がなく、本件領収書、測量図、大林さえの供述等により右売買の成立を認めることができる旨判断されたが、本件土地の占有状況や五二年の売買の経緯等については後記2と同様に認定判断され、それによれば、銀装は背信的悪意者とは認められず、また、五二年の売買が本件被控訴人ら及び山川幹夫外四名の共謀による横領であるとの第一被告の主張はその前提事実を認めえないとされたこと。
(四) 更に、第二訴訟においては、右第一訴訟とほぼ同様の証拠が取調べられ、本件土地の昭和二六年当時の更地価格に関する不動産鑑定士による鑑定(昭和五七年三月に結果報告)がなされたうえ、昭和五九年六月二八日、前記第一訴訟の控訴審判決と同様、二六年の売買の成立は肯認できると判断され、第二原告勝訴の判決が言渡されたこと。」
2 進んで、右第一、第二訴訟に至る紛争の経緯について検討する。
《証拠省略》を総合すれば、次の各事実が認められる。
(一) 原審相被告大林さえ外二名の被相続人大林赳は、昭和二六年二月、本件土地の共有者の一人であり他の共有者山川チヨの代理人も兼ねていた山川新から、本件土地を買受けたが、その売買に際しては、本件土地を測量して図面を作成し、これを基礎に代金を二万〇七九〇円と定め、同月九日、その代金を支払い、赳において所要事項を記入した本件領収書に、山川新から、同人単独名義の署名捺印を受けたこと、右領収書には第一訴訟で第一原告が指摘するとおりの但書記載があること。
(二) 本件土地は、南に隣接する大林赳の居宅敷地の北西隅から三角形状に突出した土地であるが、右当時、北西側は市道に、北東側は細い私道に面し、全周を高さ約五〇センチメートルの石柱とこれに通した鉄鎖で囲まれ、内部には礎石の上に大雄寺跡の記念碑が建てられていたこと、右記念碑は、大正年間に、山川新の父七左衛門らが数百メートル離れた地を大雄寺跡として発見しそこに建立したものを、昭和初期、国道拡張の都合により、本件土地に移設したものであること。
(三) 大林赳及びさえ外二名は、本件土地買受後、その南側部分を居宅勝手口からの通路として使用してきたほか、買受後間もない頃には、本件土地の周囲にあった石柱と鉄鎖のうち居宅側のものを撤去し、また、その後、居宅敷地北側に続けて本件土地北東側にも板塀を設け、土地上に草木を植栽して、本件土地を、居宅敷地に続く土地として占有管理してきたが、本件土地前面(前記市道側)から見る限りでは、昭和五一年一〇月までは、右買受前と同様で、一般人も自由に右記念碑近くに寄って拝観することができ、右土地が大林家の居宅敷地の一部であることは外観上明白ではなかったこと、ところが、昭和五一年一〇月、さえ外二名は、居宅敷地の北西側から続けて本件土地の北西側(前記市道側)に、大谷石のブロック塀を築造したため、前記記念碑は右の塀越しに一部しか見ることができなくなったこと。
(四) 銀装代表者の被控訴人赤木は、その父の代の昭和二七年頃から、本件土地の近隣に居住し、本件土地の右の状況を見知っていたこと、また、本件紛争に至るまで、大林の右占有につき山川側から異議が出たことはなかったこと。
(五) 山川幹夫は、昭和五一年暮頃高石市内に住むという人から、匿名で、前記記念碑の前に塀ができているが知っているかとの苦情の電話を受けたので、その頃さえ方を訪れ、本件土地の占有権原を確かめたところ、さえから、本件土地は大林赳が昭和二六年に脇田一子の仲介により山川新から買受けたものであって、売買代金も支払い、領収書もあると聞かされ、逆に右土地の所有権移転登記手続を求められたこと、しかし、山川幹夫は、本件土地は前記記念碑の建っている土地であるから山川新の一存で売却することはありえないように思え、また、未だ移転登記もなされておらず、固定資産税も長い間山川家の方で支払って来たこともあって、右のさえの説明に疑念を抱き、その後、中山登その他の本件土地近隣の知人に事情を尋ねたが、右疑念は解消しなかったこと。
(六) そこで、山川幹夫は、昭和五二年二月頃、再度さえ方を訪れ、前記領収書を測量図とともに見せて貰ったところ、その署名捺印は山川新のものであると確認できたが、その余の部分は同人の筆跡ではなく、また、その但書部分には前記のとおり記念碑等の地上物件も記載されており、それらは公的なものであって、山川新がこれを売却する筈はないと思えたこと、更には、その売買価格は、昭和二六年に山川新が購入した前記羽衣の土地建物の価格(その額は第一訴訟で第一原告の主張するとおり)に比べて余りにも低額に思えたことなどの事情から、なお納得がいかず、さえらに対しても、その旨述べ、然るべき人と相談してみたいとしてさえ方を辞したこと、更に、山川幹夫は、その頃、さえの言う脇田(現姓吉川)一子に架電して事情を聞いたところ、山川新は前記領収書記載の金額は眺め料だと言っていたとの説明を受け、結局、本件土地は大林赳に売ったものではなく、眺め料を取って貸しただけであると考えるようになったこと。
(七) ところで、山川幹夫は、前記のように近隣の知人に事情を聴いた際、かねてから懇意にしていた銀装にも相談したところ、銀装では、丁度、本件土地のすぐ東に工場を有しており、そこから前記市道へ出る通路として本件土地を取得したいと考えていたので、右山川に本件土地買受の希望を申し入れたこと、他方、右山川も、かねてから山川新の財産を整理すべく考えていたので、他の相続人とも相談のうえ、右申入に応じることとしたが、本件土地については、前記のとおり、さえ外二名が所有権を主張して占有し、移転登記を要求していたので、山川幹夫及び被控訴人赤木は、さえ外二名との間に紛争の生じることを心配して、法律専門家に意見を質し、相談する必要があると考えたこと。
(八) そこで、右両名は、被控訴人赤木の発意により、銀装の顧問弁護士である被控訴人甲野及び同事務所の弁護士である被控訴人乙山に面会し、本件領収書を提示されたことも含め、さえ外二名から主張されたことを詳細に説明し、これに対する山川幹夫の疑念、言い分とその根拠、被控訴人赤木の知っている事情などを話し、前記羽衣の土地建物の領収書等も提示したうえ、本件土地を売買することについての被控訴人甲野らの意見を求めたところ、同被控訴人らは、右山川及び被控訴人赤木の説明及び提示資料並びに被控訴人乙山が中山登から事情聴取した結果(「眺め料或いは通行料として支払われたものであると聞いている。」との説明であった。)に基づき、第一訴訟で第一原告が主張したような理由(すなわち、前記山川幹夫の疑念の根拠・内容並びに本件土地は山川新と山川チヨの共有であったから、山川新単独名義の本件領収書はその売買代金に関するものとは考えられないとの理由)により、大林赳やさえらは本件土地を買受けておらず、したがって、銀装に売却しても二重売買とはならないと断定的に説明し、さえ外二名との間に紛争が生ずるかも知れないが、訴訟になっても勝訴すると見込まれると回答したこと、そして、山川幹夫は、被控訴人らから、右大林らとの折衝、裁判その他一切の処理は銀装及び被控訴人甲野、同乙山において行うとの申し出を受け、同人らにこれを一任することとして本件土地を売却することを最終的に決断したこと。
(九) かくして、山川幹夫と被控訴人赤木は、本件土地につき、代金一〇〇〇万円、手付五〇万円、残代金は所有権移転本登記の際支払うとの約定で売買することとし、同年五月一〇日、被控訴人甲野、同乙山の助言と関与のもとに右の旨の売買予約契約書を交して手付五〇万円を支払い、同年七月一二日所有権移転請求権仮登記を経由したこと、なお、右の代金額は、銀装からの申出を、山川も近隣の地価を考慮して妥当と考え、同意したものであること。
(一〇) そして、同年九月、山川幹夫外四名において、さえ外二名を相手に、本件土地の明渡を求める調停を申立て、それが不調に終ると、直ちに、昭和五三年三月七日、被控訴人甲野、同乙山の助言に従い、右売買予約を完結したうえで、同年四月二五日、第一原告銀装は、第一訴訟を提起したこと、なお、右調停、前記第二訴訟並びにさえ外二名から山川らに対して申立られた仮差押に対する異議事件について、右被控訴人らは、山川幹夫外四名から、全体で一〇万円の着手金でその事務遂行を受任したこと。
以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
3 次に、控訴人が本件弁論をするに際して把握していた資料の状況について検討するに、控訴人が、第一、第二訴訟の場以外において山川側や銀装側の関係者から事情を聴取したことを窺うべき証拠もないし、その他、第一、第二訴訟に提出されていない重要な資料に触れていたものと窺うべき証拠もなく、このことに、前掲各証拠及び第一、第二訴訟の経緯を合わせ考えると、控訴人が本件弁論をするに際して把握していた資料は、ほぼ、第一訴訟の第一審で提出、援用された各証拠、第二訴訟における山川幹夫、古林潤也の証言、供述(それは第一訴訟の第一審における同人らの証言とほぼ同旨である。)、依頼者であるさえ外二名及び古林潤也の事情説明(それは、第一訴訟における古林潤也の証言、大林さえの供述等とほぼ同旨と認められる。)並びに昭和五六年六月一六日に右古林が右山川から聴取して控訴人に報告した五二年の売買の経緯(その概要は前記2の(七)ないし(九)のとおりであったと認められる。)に尽きるものであったと認められ、これを左右するに足る証拠はない。
四 右三で認定した事実関係に基づいて、以下、検討する。
1 まず、本件弁論でなされた各主張と第一、第二訴訟の争点との関連性の有無及びその主張の意図、目的についての当裁判所の認定判断は、次の(一)及び(二)のとおり付加、訂正するほか、原判決が一八枚目裏八行目の「第一訴訟において」から一九枚目表末行までに説示するところと同一であるから、右の説示をここに引用する。
(一) 原判決一八枚目裏九行目の「本件物件」を「本件土地」と訂正し、同一九枚目表七行目の「直接の争点ではないので」を「請求の当否を左右するような争点(主要事実)とはいえないものであるから、元来は」と改め、同八行目の「ついても」の次に「重要な論点として」を加え、同一二行目の「肯首」を「首肯」と訂正する。
(二) 右引用説示末行(原判決一九枚目表末行)の「推認できる。」の次に、「そして、控訴人が本件弁論をなすに際し、ことさら被控訴人らの名誉を害しようとの意図を持っていたものと認めるに足る資料は何もない。」を加える。
2 次に、本件土地を巡る紛争の事実関係と第一訴訟の主張・立証関係に鑑みると、控訴人としては、第一訴訟において、五二年の売買の買主である銀装が背信的悪意者に該当するとの主張もしくは五二年の売買が公序良俗に違反するとの主張を構成、提出することは、さえ外二名の本件土地所有権を擁護するうえで必要不可欠であったと解される。
3 また、前記三で認定したとおり、客観的には、二六年の売買の成立は肯認できるから、五二年の売買は二重売買に該当し、したがって、売主山川幹夫外四名の行為は、外形的には、横領罪の構成要件に触れるものであること控訴人主張のとおりである。
そして、判例通説上、不動産の二重売買において、第二の買主が悪意であっても、先に登記を経由すればその所有権取得を第一買主に対抗しうるとされているが、だからといって、悪意の二重売買行為自体が積極的に保護に値するとされているわけではなく、ただ、取引の安全、画一的処理の確保という社会全体の要請を実現するために一定の法技術を採用している結果反射的に容認されているにすぎないのであって、悪意の第二買受それ自体は、一般的には、取引上の道義にもとるところがないとはいい切れないというべく、このことは、悪意の第二買主の所有権取得は保護すべきでないとの説が、古来繰り返し唱えられていることからも明らかである。
しかるところ、前記のとおり、被控訴人らは、大林の側が先に買受け、代金も支払ったと主張して占有しており、その買受けの証拠と称する書類(領収書)をも所持し、そこには山川新の署名捺印があるなどの事情を知りつつ、本件土地を買受け或いはその買受の相談に与ってこれを是認し、契約書の作成等の法的処理に助言、関与しているのであるから、第一売買の存在は確実であると信じていたさえ外二名(及び控訴人)の立場から見れば、銀装(代表者の被控訴人赤木)は、少くとも、二六年の売買の事実を知りながら買受けた悪意の第二買受人であり、被控訴人甲野、同乙山はこれに協力したもので、そこには不当性があると判断するのも無理からぬ面があるものということができる。
もっとも、前記認定の事実関係からすれば、被控訴人らは、当時としては相当の根拠に基づいて二六年の売買は存在しないと確信していたものと認められるから、右説示の如く判断するのは、客観的には、さえ外二名の側に引き寄せ過ぎて衡平さを欠くことにもなるが、前記認定の事実関係を基に判断すると、被控訴人らとしても、二六年の売買が存在した可能性を否定し去ることができるほどの資料を有していたわけではなく、まして、本件土地についてさえ外二名が何らかの権利を有していることは否定しがたかったといえるから、かかる事案に対する被控訴人甲野、同乙山の処理は、やや依頼者たる銀装の利益伸長に急で、結果としてさえ外二名から批判、追求される余地を残すものであったと評されてもやむをえないところがあるというべきである。
したがって、控訴人が本件弁論で主張しているところは、右の限度では、その依って立つ根拠が全くないわけではなく、その主張は、全く虚偽の主張であるとは断じえない。
4 右2及び3に説示したところに照らすと、控訴人が、前記三の1ないし3記載の諸事情下において把握した事実関係を、背信的悪意者、公序良俗違反の主張として構成し、提出すること自体は相当性を欠くものではなく、むしろ訴訟代理人としての職責上当然のことというべきである。
しかも、前記認定の訴訟状態のもとで、控訴人としては、担当裁判官に背信的悪意者性、公序良俗違反性の認識不足があると考えられた(《証拠省略》によって認められる。)のであり、加えて、一般には、第二買受人の背信的悪意者性、公序良俗違反性を基礎づける事由は、第二売買当事者間だけの事情が多く、第一買受人にとっては覚知しがたいものであることも考慮すると、本件第二売買に背信的悪意者性、公序良俗違反性のある旨を裁判官に説得するためには、第一買受人の代理人たる控訴人が、その把握していた諸事情を、さえ外二名に有利に解釈、強調し、或いはそこから一定の事実関係を推測して主張し、もって背信的悪意者、公序良俗違反に該当する旨強調して主張すること自体は、その解釈、強調、推測にある程度の合理性がある限り、これまた、訴訟遂行の必要上是認されて然るべきものと解される。
5 しかしながら、更に進んで検討するに、前記三2認定の事実関係によれば、山川幹夫及び被控訴人らは、五二年の売買当時、前記のとおりの理由により二六年の売買は存在しないと判断していたのであり、同人らの立場からすれば、右のように判断したことには相当の合理性があったというべきであって、当時の客観的事実関係からは、第二買受人たる銀装が背信的悪意者に当たるとか、第二売買が公序良俗に違反するとか評価することは到底できないものであったと解されるうえ、控訴人が当審主張3で主張する事実関係中、前記三2の認定を超える部分を前記三2認定の事実関係から推認することには合理性があるとはいいがたいし、前記三3の説示からすれば、他に、これを合理的に推測せしめるような客観的資料を控訴人が把握していたとも認めがたいのであるから、結局、さえ外二名の代理人たる控訴人の立場から見ても、銀装が背信的悪意者、公序良俗違反の買受人に当たると断定するには、未だ根拠は十分ではなかったといわざるをえない。
まして、犯罪行為に該当するというためには、客観的行為及び行為者の主観の両面において犯罪構成要件に該当し、刑法上の違法性を備えていることが厳格に肯認されなければならないことは論ずるまでもないことであるから、たとえ、背信的悪意の第二買受人、公序良俗違反の第二買受人のうち反規範性、可罰性の高いものが、刑法上も横領罪の教唆犯、(共謀)共同正犯に該当すると、一般に論じられているからといって、犯罪の嫌疑で訴追されてもいない第二買受人に対して、横領罪の共犯に該当すると主張するには、相当の根拠を要するものというべきところ、右に認定判断したところからすれば、本件においては、かかる犯罪構成要件該当性、刑法上の違法性があるとまで判断しうるような合理的根拠は何ら存在しなかったといわざるをえない。
6 次に、控訴人にとって、被控訴人らの行為が犯罪行為に該当すると断定主張することが、さえ外二名の権利、利益を擁護する上で必要であったか否かをみるに、担当裁判官を説得するために第二売買の不当性をある程度強調して主張する必要があったことは前記のとおり首肯されるけれども、訴訟における攻撃防禦の本義が証拠と論理による説得であって、相手方を非難するための場ではないことに鑑みれば、控訴人の感じたような訴訟の状況下でも、控訴人としては、背信的悪意者性、公序良俗違反性を根拠づける個々の具体的事実を明確に摘示、主張し、且つ、これを総合すれば背信的悪意者性、公序良俗違反性が高度であると評価されるべき旨を、論理・経験則及び社会観念上の論拠を示して主張すれば必要且つ十分であったというべきであり、横領罪の共犯に該当するとまで主張しなければ、その背信的悪意者性、公序良俗違反性が高度である旨を表現、伝達しえないものでないことは明らかである。むしろ、かかる主張は、評価の結論を抽象的に且つ刑法的観点から述べているにすぎず、民事訴訟の担当裁判官を説得するうえで資するところは殆んどないものといわざるをえない。
7 次いで、本件弁論の表現内容、方法、主張態様を顧みると、それは、相手方及びその訴訟代理人たる被控訴人らを、犯罪者、横領行為の共謀共同正犯者又は教唆犯者、幇助犯者であると直截に断定し、強調するものであり、且つ、前提事実関係について被控訴人らが根拠を示して反論し、本件弁論の表現に対して被控訴人乙山が抗議しているのも無視して、数回にわたって繰り返されたものであって、五二年の売買の実情が前説示のとおりであること及び控訴人が法律専門家たる弁護士であることに照らすと、それは、度を超した表現による主張を、執拗に繰り返したものであると評さざるをえない。
加えて、右に述べたような表現内容、主張態様に鑑みると、本件弁論が被控訴人らの社会的評価を著しく低下させる類の行為であり、且つ、被控訴人らの名誉感情を著しく傷つけるものであることは明らかというべきである。
五 右に認定判断したところを総合考慮すれば、控訴人の本件弁論は、相応の根拠もないままに、訴訟遂行上の必要性も超えて、相手方及びその訴訟代理人を犯罪者であると断定強調し、これを執拗に繰り返したものであって、その表現内容、方法、主張態様は著しく不適切であり、これにより被控訴人らの名誉は著しく害されたというべきであるから、それは、もはや正当な弁論活動の範囲を逸脱したものとして、違法性を阻却されないと判断せざるをえない。
六 なお、被控訴人甲野、同乙山が、控訴人の本件弁論を理由として大阪弁護士会に対し控訴人の懲戒を請求したところ、同会の綱紀委員会において「懲戒することを相当としない。」との議決がなされて、右請求は排斥されたこと、そこで右被控訴人両名が、日本弁護士連合会に異議を申し出たところ、これも懲戒委員会の議決に基づき理由がないものとして棄却されたことは当事者間に争いがないところであり、弁護士自治の理念に鑑みると、弁護士の行状に対する弁護士会の判断は十分尊重されるべきであるが、弁護士の懲戒制度と民法上の不法行為損害賠償制度とは、その制度の目的、保護法益、判断機関とその手続等を異にするものであるから、懲戒請求が排斥されたからといって、不法行為上の違法性を肯定することの妨げとならないことは明らかであるし、《証拠省略》によれば、右両委員会とも、本件弁論が懲戒に値する非行とは認めがたいと結論づけたものの、適切さを欠く(或いは著しく適切さを欠く)ものであったことは肯定しているのであるから、当裁判所の前記判断とさほどの径庭があるわけでもない。
七 次いで、前記三で認定した事実関係及び四で説示したところに鑑みると、法律専門家たる控訴人としては、相応の注意を払えば、本件弁論が、右に説示したように違法に被控訴人らの名誉を毀損する行為であることは、十分認識しえたと解され、したがって、控訴人は、本件弁論をしたことにつき過失の責を免れないというべきである。
八 控訴人の右不法行為により被控訴人らの被った損害についての当裁判所の判断は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決が二二枚目表一二行目から二三枚目表一行目までに説示するところと同一であるから、右の説示をここに引用する。
原判決二二枚目裏六行目の「社会的地位」の次に「本件弁論で言及された五二年の売買の実情、弁論活動の保護されるべき趣旨、目的、」を、同行の「態様」の次に「とその違法性の程度、被控訴人らは第一、第二訴訟の場で適時に本件弁論に反論していること」をそれぞれ加え、同一一行目の「原告」を「被控訴人ら」と訂正する。
九 以上の次第で、被控訴人らの控訴人に対する本訴各請求は、損害賠償金としてそれぞれ金一〇万円及びこれに対する本件不法行為の後で本件訴状送達の日であること本件記録上明らかな昭和五六年八月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては、理由があるからこれを認容すべきであるが、その余の部分は失当として棄却すべきである。
よって、右判断と同旨の原判決は相当であって、本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上田次郎 裁判官 道下徹 渡辺修明)