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大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)83号 判決 1984年5月24日

控訴人 新井健一

右訴訟代理人弁護士 藤田元

被控訴人 有限会社三双建設

右代表者代表取締役 大藤曻三

右訴訟代理人弁護士 金川琢郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判

1. 控訴人

(一)  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

(二)  被控訴人の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2. 被控訴人

主文と同旨。

二、当事者の主張

1. 被控訴人の請求原因

(一)  被控訴人は建築工事請負を業とする有限会社である。

(二)  被控訴人は、昭和五四年七月二九日控訴人との間で、同人の注文により京都市東山区にあるヤサカビル一階のクラブ「キャンドル」の改装工事(以下「本件工事」という。)を請負代金二六五〇万円で請け負う契約を締結した。

(三)  被控訴人は昭和五四年九月二〇日本件工事を完成させた。

(四)  よつて被控訴人は控訴人に対し、右請負契約に基づき、請負代金二六五〇万円から既に支払いを受けた一五〇万九〇〇〇円を控除した残金二四九九万一〇〇〇円とこれに対する本件工事完成後の昭和五四年九月二一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2. 請求原因に対する被控訴人の認否

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実は否認する。本件工事を被控訴人に注文したのは控訴人ではなく、クラブ「キャンドル」の経営者長谷川嘉伸である。

(三)  同(三)の事実は不知。

3. 控訴人の抗弁

(一)(1)  控訴人は昭和五一年四月一四日大藤曻三に二五〇〇万円を貸与した。

(2) 控訴人は大藤に約束手形一通(金額二〇〇万円、満期昭和五四年八月一三日、支払地振出地ともに京都市、支払場所伏見信用金庫上堀川支店、振出人高坂真夫、振出日受取人ともに白地)を割り引いたが、振出人高坂真夫は右手形の支払を拒絶した。

(3) 大藤は被控訴人の代表者であり、被控訴人は大藤の個人会社で大藤個人と区別できず、両者は同一のものである。したがって、法人格否認の法理により大藤の右(1)、(2)の各債務につき被控訴人も支払義務を負う。

(二)  被控訴人は本件工事を下請させたが、控訴人は被控訴人の下請負人に対して被控訴人に代わり合計五九〇万円の下請負代金を立替払した。

(三)  控訴人は、被控訴人に対し同人の本訴債権につき、昭和五六年八月五日の原審第一回口頭弁論期日に右(一)の(1)の貸金債権と、同五九年三月六日の当審第三回口頭弁論期日に右(一)の(2)の手形買戻債権の内金一〇〇万円及び右(二)の立替金求償債権と、いずれも対当額で相殺する旨の各意思表示をした。

4. 抗弁に対する被控訴人の認否

(一)  抗弁(一)につき、同(1)の事実のうち控訴人主張のころ大藤が控訴人から一〇〇〇万円を借り受けたこと及び同(3)の事実のうち大藤が被控訴人の代表者であることは認めるが、その余の同(1)、(3)及び同(2)の事実は否認する。

(二)  同(二)の事実は否認する。

三、証拠<省略>

理由

一、<証拠>(但し長谷川証人、控訴人本人の各供述中後記措信しない部分を除く。)を総合すると以下の事実を認めることができる。

1. 控訴人は、京都市東山区にあるヤサカビル一階を賃借してクラブ「キャンドル」を経営していた長谷川嘉伸から昭和五四年七月ころ、右賃借部分の改装工事代金の融通を依頼された。ところで、控訴人は被控訴人の代表者である大藤曻三(大藤が被控訴人の代表者であることは当事者間に争いがない。)個人に後記三の(一)の(1)で認定の金員を貸与していたもので、大藤は控訴人に右貸金を右工事請負による利益金で支払うことを約する一方、控訴人はこの工事代金を長谷川に融通する関係にあったことから、控訴人が右工事の注文者となり、昭和五四年七月二九日被控訴人との間で、同人に右改装工事(本件工事)を請負代金二六五〇万円で請け負わせる契約を締結した。

2. 被控訴人は、昭和五四年九月二〇日本件工事を完成させ、一方長谷川は、同日までに本件工事に含まれていない音響設備やシャンデリア等の取付工事を他の業者に請け負わせて完成させ、同日右ビル一階でクラブを新装開店させたが、同月二三日失火のため右店舗の大部分が焼失した。

右認定に反する控訴人本人(原・当審)及び証人長谷川(原審)の各供述部分は前記証拠と対比してにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二、前項の認定事実及び当事者間に争いのない請求原因1の事実によれば、被控訴人は控訴人に対して、右請負契約に基づき、請負代金二六五〇万円から被控訴人の自認する弁済金一五〇万九〇〇〇円を控除した残金二四九九万一〇〇〇円とこれに対する本件工事完成の後である昭和五四年九月二一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を請求しうる債権を取得したというべきである。

三、そこで控訴人の相殺の抗弁について順次検討する。

(一)  抗弁(一)について

(1)  控訴人は昭和五一年四月一四日ころ大藤に対して二五〇〇万円を貸したと主張し、被控訴人は一〇〇〇万円を借り受けたことを認め、それ以上の貸金を否認する。

成立に争いない乙第二号証の一(連帯借用証書)、同号証の三、四(いずれも公正証書作成委任状)には右同日大藤と臼井庄次が連帯保証人となって控訴人から二五〇〇万円を借りた旨の記載があり、控訴人本人は原・当審の尋問において右連帯借用証により大藤に一一〇〇万円、臼井に一四〇〇万円を貸した旨供述する。しかし被控訴人代表者(大藤)は原・当審の尋問において右連帯借用証により借り受けたのは一〇〇〇万円に止まり、それ以上は借りていないこと、臼井に対する一四〇〇万円の貸付はなされていないこと、大藤が右証書に署名押印した際には貸金額欄は空白であり、これに二五〇〇万円と記入されたのを知らないとの趣旨の供述をする。右両者の供述を対比するとき、乙第二号証の一、三、四の存在を考慮しても、未だ被控訴人が認める一〇〇〇万円以上の貸付が大藤に対してなされたと認定するに足らない。他に控訴人の右主張を認めうる証拠はない。

(2)  次に控訴人は大藤に金額二〇〇万円の約束手形一通を割り引いた旨主張し、当審における控訴人本人尋問の結果中には右主張事実に沿う供述部分があるが、右供述は当審における被控訴人代表者尋問の結果と対比してにわかに借信し難く、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(3)  ところで、控訴人は、前記(1)の一〇〇〇万円の貸金債権は、被控訴人に対しても請求しうると主張するのでこれにつき検討する。

原・当審における控訴人本人、被控訴人代表者各尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、大藤は個人で建築請負業を営んでいたところ、昭和四七年一一月一八日これを法人化して被控訴人を設立したが、その営業の実体は個人のころと全く同一で、大藤の居宅を事務所にし、同人の個人財産と被控訴人の財産とを区別することはなかったこと及び被控訴人は大藤の控訴人に対する右一〇〇〇万円の借入金を支払うため同人との間で前記認定の請負契約を締結したことを認めることができ、右認定を左右する証拠はない。

以上の認定事実によれば、大藤と被控訴人とは、形式上個人と法人の別人格ではあるものの、実質は同一人格であるといわざるをえず、又右請負契約締結の経緯に鑑みれば、右契約に基づき被控訴人が請負代金の支払を控訴人に請求する本件においては、右貸金債権をもって被控訴人の本訴債権と相殺する旨の控訴人の抗弁に対し、被控訴人は右貸金は大藤個人の債務であることを理由として右相殺が失当であることを主張することは信義則上許されないと解するのが相当である。

(4)  以上によれば、控訴人は一〇〇〇万円の右貸金債権をもって被控訴人の本訴債権と相殺しうるといわなければならない。抗弁(一)は右の限度で理由があり、その余は採用できない。

(二)  抗弁(二)について

(1)  当審における控訴人本人尋問の結果とこれにより成立を認めうる乙第四号証によれば、被控訴人は本件工事を寺尾正彦らに下請させ、控訴人は昭和五四年一〇月一五日被控訴人に代わって寺尾に対し下請負代金一五〇万円を立替払したことが認められ、この認定を左右する証拠はない。

(2)  控訴人は右一五〇万円以外に四四〇万円を立替払した旨主張し、原・当審における控訴人本人尋問の結果中には右主張事実に沿う供述部分があるが、これを裏付けうる証拠はないから右供述を直ちには措信し難く、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(3)  してみれば、控訴人は昭和五四年一〇月一五日被控訴人に対して右立替金一五〇万円の債権を取得したというべきであるが、控訴人の抗弁(二)のうち右一五〇万円を超える部分はこれを採用することはできない。

(三)(1)  控訴人が、被控訴人に対し同人の本訴債権につき、昭和五六年八月五日の原審第一回口頭弁論期日に右(一)の(4)の控訴人の貸金債権と、同五九年三月六日の当審第三回口頭弁論期日に右(二)の(3)の立替金求償債権と、いずれも対当額で相殺する旨の各意思表示をしたことは当裁判所に顕著である。

(2)  被控訴人の本件請負代金債権が二四九九万一〇〇〇円とこれに対する昭和五四年九月二一日以降年六分の割合の遅延損害金であることは前認定のとおりであり、これに対し相殺に供すべき控訴人の債権は一〇〇〇万円(相殺適状の日は昭和五六年八月五日)と一五〇万円(相殺適状の日は同五九年三月六日)であるから、右相殺後の被控訴人の残存債権が原判決認容の九九九万一〇〇〇円とこれに対する昭和五四年九月二一日以降年六分の割合の金員を超えるものであることは計算上明らかである。

四、以上の次第であるから、被控訴人の請求の一部を認容した原判決部分を取り消して被控訴人の請求全部の棄却を求める本件控訴は理由がない。よつて民訴法三八四条により本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井玄 裁判官 高田政彦 礒尾正)

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