大阪高等裁判所 昭和58年(ラ)184号 決定 1983年6月08日
抗告人
日通商事株式会社
右代表者
北本一平
右代理人支配人
加守田佐市郎
右代理人
西川晋一
主文
原決定を取り消す。
本件を京都地方裁判所に差し戻す。
理由
一抗告の趣旨と理由
別紙記載のとおり。
二当裁判所の判断
1 民事執行法一九三条によれば、同法一四三条に規定する債権及び同法一六七条一項に規定する財産権を目的とする担保権の実行は、担保権の存在を証する文書(ただし、権利の移転について登記等を要するその他の財産権を目的とする担保権で一般の先取特権以外のものについては同法一八一条一項一号から三号まで、第二項又は第三項に規定する文書〔以下法定文書〕という)が提出されたときに限り開始され、右文書が提出された場合、執行裁判所は担保権の実行を開始しなければならない。同法一九三条、一八一条の立法趣旨からすると、被担保債権の存在の証明は、担保権実行開始の要件ではなく、被担保債権の存在は同法一八二条に基づき、債務者又は物上保証人から提出される執行異議ないし執行抗告を契機として争われた際、債権者において被担保債権の証明をすべく、これをなしえなかつたときには、担保権実行開始の決定が取り消されることとなる。
2 ところで一件記録によると、抗告人は大紀商事株式会社(以下大紀商事という)に対し、一五三万七五〇〇円の手形債権を有していたところ、大紀商事はその支払いをしなかつたため、抗告人は大紀商事を被告として、右手形金の支払いを求める手形訴訟を提起し、昭和五七年六月二三日仮執行宣言付の勝訴の手形判決の言渡を受けたこと、しかし大紀商事は右手形判決に対し異議の申立をするとともに、右仮執行宣言に基づく強制執行停止決定の申立をし、京都地方裁判所は、右申立に基づき大紀商事に対し一〇〇万円の保証を立てさせたうえ同年同月二八日右仮執行宣言に基づく強制執行の停止決定をしたこと、しかし大紀商事はその後右手形判決に対する異議を取り下げ右手形判決は確定したこと、そこで抗告人は原執行裁判所に対し、右強制執行停止決定正本等の関係書類を提出し、大紀商事が右保証として供託した保証金の取戻請求権上に取得した法定担保権(債権質権)の実行として、本件債権差押命令の申立をしたこと、以上の事実を認めることができる。
3 右認定事実によると、抗告人が原執行裁判所に提出した右強制執行停止決定の正本は、抗告人が取得した右法定担保権の存在を証する文書というべく、右文書が提出された以上執行裁判所は、担保権の実行開始をする必要があるといわなければならない。
原執行裁判所が担保権の存在を証するに足る文書の提出がないとしたのは、事実誤認といわなければならず、抗告人の債権差押命令申立を却下した原決定は失当である。
4 よつて抗告人の本件抗告は理由があるから、原決定を取り消し、本件債権差押決定は附随処理を要することを考慮すると、執行裁判所において行うのが相当であるから、本件を執行裁判所である京都地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(小林定人 坂上弘 小林茂雄)
抗告の趣旨
原決定を取消し、さらに相当の裁判を求める。
抗告の理由
一、原決定の理由によれば、「債権を目的とする担保権の実行は、担保権の存在を証する文書が提出されたときに限り、開始することができるところ(民事執行法第一九三条)、本件債権質権によつて担保されているのは強制執行停止により生じた損害賠償債権であるから債権者主張の手形判決正本が右担保権の存在を証する文書に該らないことは明らかであつて、その他に右担保権の存在を証するに足る文書の提出もない。」というのである。
二、しかし原決定は抗告人(債権者)の主張を誤認して、抗告人(債権者)が提出した書類の評価を誤り、又、民事執行法第一九三条第一項の「担保権の存在を証する文書」の解釈、適用を誤つたものである。
(1) 抗告人(債権者)は「担保権の存在を証する文書」として、単に、京都地方裁判所昭和五七年(手ワ)第一一〇号約束手形金請求事件の手形判決正本だけを提出しているものではない。抗告人(債権者)は「担保権の存在を証する文書」として前記手形判決正本のほか「強制執行停止決定正本」並びに追加提出した「証明書」とを提出しているのである。
(2) 民事執行法第一九三条が適用される以前においては、民法において、質権者の取立権(民法第三六七条)を設けるほか、質権者が民事訴訟法に定める執行方法によつて質権の実行をなすことができるとする(民法第三六八条)だけで、それ以外には、特段の規定は存在しなかつた。
民事執行法第一九三条は、債権及びその他の財産権についての担保権の実行の要件として「担保権の存在を証する文書」の提出を求めているだけである。そして、「担保権の存在を証する文書」については「権利の移転について登記等を要するその他の財産権で一般の先取特権以外のものについては」一定の法定文書でなければならない旨を定めているが、それ以外には何等の制約もしていないのである。
(3) 本件は、手形訴訟の手形判決に基く強制執行停止決定の際に、債務者が供託した保証金(取戻請求権)に対する法定担保権の実行に関するものであるから、民事執行法第一九三条第一項の括孤内の法定文書を提出する必要は全くなく、単に「担保権の存在を証する文書」を提出すれば必要且充分である筈である。
(4) 抗告人(債権者)が「債権差押命令申立書」に添付して提出した前記三通の文書により「担保権の存在」は充分立証されているのに、原決定は抗告人(債権者)の申立を却下したのであるから、当然取消さるべきである。
三、原決定は、民事訴訟法の手形訴訟制度に関する規定や、民事執行法が施行される以前の古い思考に基くものと思われる。
(1) 新しく施行された民事執行法第一九三条の担保権の実行についての要件に関しては、前記のとおりである。
(2) 手形訴訟制度においては、手形金債権について簡易迅速に債権の満足がえられるよう原告勝訴判決には必ず無条件の仮執行宣言をすることが要求されている。そして、その仮執行宣言付原告勝訴判決の強制執行停止決定の際に求められる保証担保については、実務上、高額の保証金(本件に関する場合においては、認容債権額の約三分の二の金一〇〇万円である)を供託することを求められるのが通常である。この高額の担保が、単に債権者が執行遅延によつて蒙る利息或いは利息相当損害金を担保するにとどまらず、強制執行停止決定後、債務者が無資力となることによつて債権者が蒙る損害をも担保するものであることは明白である。強制執行停止決定をする裁判官の意識から言えば、むしろ、手形金債権自体の担保と見る方がより適切であると思料する。現在では、強制執行停止決定の際の担保についてめ考え方も、昔とは変化しているように思われるのである。
(3) 本件における担保(保証供託金)の被担保債権が手形判決の強制執行停止によつて債権者(抗告人)が蒙つた損害の賠償に関するものであり、債務者の無資力化による損害に関するものを包含することは当然である。抗告人(債権者)が執行停止によつて蒙つた損害額は前記手形判決主文に表示された請求権と実質範囲を同じくするものであることは、抗告人(債権者)が追加提出した債務者作成にかゝる「証明書」により明白である。
もし、原決定が取消されない場合には、債権者(抗告人)は債務者を被告として損害賠償請求訴訟を提起せざるをえなくなるが、この新しく提起する損害賠償請求訴訟は、抗告人が既に取得している手形訴訟判決の主文と請求の趣旨が全く同一のものであり、請求の原因だけが異るだけで実質的には既に終つた手形訴訟と全く同一のものである。このようなことは、債権者(抗告人)に同様な訴訟を繰り返して提起させ、全く無意味な負担をかけさせ、裁判所或いは裁判につき不信の念をいだかせる結果となる。
抗告人(債権者)をして、既に得ている手形訴訟の判決主文と同一請求内容の損害賠償請求訴訟を債務者に対して提起させざるをえなくなる原決定が誤つていることは、この事を考えただけでも明白である。このような馬鹿げた結果をまねく理論には、どこかに誤りがあることを示している。
四、原決定は明らかに誤つているので、抗告人はその取消を求め、抗告人(債権者)の申立を認めて、債権差押命令を発給することを求める次第である。