大阪高等裁判所 昭和58年(ラ)321号 決定 1983年10月27日
抗告人(被申請人)
比叡山観光タクシー株式会社
右訴訟代理人
高田良爾
外一名
相手方(申請人)
河嶋忠
外二五名
右二六名訴訟代理人
井上啓
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一抗告の趣旨と理由
別紙記載のとおり
二当裁判所の判断
当裁判所も相手方らの本件検査役選任申請はこれを認容すべきものと判断する。
相手方らの申請理由は、「抗告人の発行済み株式総数は二万五〇〇〇株で、相手方らはその一〇分の一以上に当たる五二〇〇株(各自二〇〇株ずつ)を現に有する株主であるが、抗告人の第二〇期(昭和五六年三月一日から同五七年二月二八日まで)の決算書中の立替金のうち金五〇四万二四三八円が使途不明金であることが判明したので、その責任を追及しているうちに、抗告人の取締役らは、同五八年二月一九日、ダンボール箱三杯分の会計書類の一部を破棄し証拠いん滅的行為をした。そのほか、会計処理上の疑問点として、(1) 貸借対照表上現金残高等の不一致があり、差額が使途不明となつている。(2) 流動負債の科目に、負債と計上すべきでないものが計上されている。(3) 会計書類上記載金額に相違があり、二重帳簿の疑いがある。(4) 昭和五六年三月三一日から同年一一月三〇日までの貸借対照表の「その他流動資産計」の科目小計は金一三八〇万七八〇二円の多額であるのに、その前後のいかなる決算書・月例報告書にも記載がない。(5) 残高試算書の借入金に合計六〇〇万円の使途不明金がある。更に、相手方山田楢雄、同新居良一は、抗告人に対し、再三、再四、株主名簿の閲覧、謄写を要求したが、抗告人は、現在までこれを拒絶し、要求を無視し続けている。以上のとおり、抗告人は、業務の執行に関し重大な不正の行為があり、法令若しくは定款に違反する重大な事実が存在すると思料される。」というのである。
これに対し抗告人は、「相手方らは持株各二〇〇株のすべてを比叡山観光タクシー株式会社共済会(以下単に「共済会」という。)理事に信託しているから、配当請求権、残余財産分配請求権を除くすべての株主権を行使する権限を有しないのであつて、検査役選任請求権も受託者である共済会理事のみが行使しうるのである。したがつて、本件申請は不適法であり却下されるべきである。なお、相手方らの主張する金五〇四万二四三八円は会計処理上の不充分さから生じた、実質のない帳簿上だけの架空の数字であつて、使途不明金ではない。破棄した書類は保存不要の資料程度のものであつて、証拠いん滅行為ではない。会計処理上の疑問点という(1)の貸借対照表はその一部が合計残高試算表であり、試算表は間違いを発見するためのものであるから、差額を使途不明とはいえない。(2)は給与から天引きしたクラブ費等であるが、会計上の預り金で、負債となるのは当然である。(3)については、決算の過程で試みに作られた決算書と最終的に作成された正規のものと不一致点があるからといつて二重帳簿とはいえない。(4)は否認する。決算書に記載されている。(5)も否認する。借入れと返済が続いたのであつて、使途不明金とはいえない。」と反論する。
一件記録によれば、抗告人は、発行済み株式総数二万五〇〇〇株(一株の金額五〇〇円)、資本金一二五〇万円の、一般乗用旅客自動車運送事業を営む株式会社であつて、昭和三八年九月一三日に設立されたのであるが、同五〇年一月に不渡処分を受けて事実上倒産し、更生手続開始決定を経て同五二年一二月二六日に更生計画が認可され、更生計画は遂行されて、同五八年二月二二日に更生手続終結の決定がされたものであること、相手方ら二六名はいずれも抗告人の従業員であつて、各自二〇〇株の株式を有し、その合計は五二〇〇株で抗告人の発行済み株式総数の一〇分の一以上であるが、右株式をいずれも共済会の理事に信託しているところ、共済会は、抗告人の会社更生手続中労使の協議により従業員の持株制度が採用されたことに伴い、株式信託制度の創設とともに昭和五三年に設けられたものであり、共済会の規約によると、抗告人に勤務しかつ会で選出された理事との間で株式信託契約を締結することにより株式を取得した正会員と、株式信託仮契約を締結し株式取得準備金を積立てている準会員とで構成され、株主権の行使につき株式取得の主旨に適合するよう運営することを目的とするが、株式信託契約をしない従業員は株式を取得できず、株式信託契約を拒否したときは会員資格を失うこととされていること、株式信託契約書によると株主の議決権は受託者である共済会理事が行使するが、配当請求権と残余財産分配請求権は委託者に帰属し、信託期間は委託者が株主の地位を喪失する時までとされていること、信託契約と同時に作成されている信託契約書覚書によると、委託者が共済会を除名されたとき、株式信託契約を拒否したときには、委託者は受託者にその株式を譲渡することとなつていること、がそれぞれ認められる。
右事実関係からすると、抗告人の従業員は、従業員持株制度によつて株式を取得することができるものの、株式信託契約を締結しない者は株式を取得できないから、株式を取得するためには株式信託契約を強制され、株主として契約を締結するかどうかを選択する自由はなく、又、信託期間は株主たる地位を喪失する時までというのであるから、契約の解除も認められていない。したがつて、抗告人の株主は、信託契約の受託者による議決権の行使はあつても、自己が株主として議決権の行使をする道はないこととなる。そして、株式信託制度が抗告人関与のもとに創設されたことは記録上明らかであり、右信託契約は、株主の議決権を含む共益権の自由な行使を阻止するためのものというほかなく、委託者の利益保護に著しく欠け、会社法の精神に照らして無効と解すべきである。又、株式配当請求権、残余財産分配請求権は委託者に帰属するとされ、信託の対象から除外されているが、共益権のみの信託は許されないものと解されるから、その点からも右信託契約は無効というべきである。
してみると、相手方らは商法二九四条に基づく検査役選任請求権を有する少数株主権者であるということができる。
一件記録によると、抗告人は、昭和五三年七月末ころ、本社事務所と整備工場を取りこわして車両の格納場を確保したのに伴い、事務所と従業員の休憩所、浴室を新築し、その費用として合計一二〇〇万円を支出したことになつているが、一方、右建物の資材は古材を使用したもので、当時の建築代金は約四〇〇万円程度で充分であつたとする報告がされていること、抗告人の第二〇期(昭和五六年三月一日から同五七年二月二八日まで)末の立替金残高と第二一期(同五七年三月一日から同五八年二月二八日まで)と期首補助簿残高との差額が五〇四万二四三八円あり、この数字は帳簿上だけで実質がない、との調査に基づく説明がなされていること、相手方山田楢雄、同新居良一は、昭和五八年八月一七日付け文書で抗告人に対し、株主名簿の閲覧、謄写を要求したが、同人らの株主権は共済会の理事会に信託されているとして、抗告人がその要求を拒絶したこと、をそれぞれ認めることができる。
そうだとすれば、抗告人には、会社の業務の執行に関し不正行為又は法令に違反する重大な事実のあることを疑うべき事由があるということができる。
よつて、相手方らの本件申請を認めて抗告人の業務及び財産の状況を調査させるため検査役を選任した原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。
(荻田健治郎 堀口武彦 渡邊雅文)
抗告の趣旨
原決定を取消す旨の裁判を求める。
抗告の理由
一、原決定は別紙記載の決定を昭和五八年八月二七日付で行い、同決定は同月三〇日に抗告人に送達された。しかし原決定には相手方等が商法二九四条に定める要件(抗告人の発行済株式の総数の十分の一以上に当る株式を有する株主)を欠缺していること明らかであるのに検査役選任の請求権があると判断した致命的な誤りがあるので取消されるべきである。
二、相手方等は、相手方等が所有する抗告人の二〇〇株式(以下本件株式という)を信託する旨の契約を締結している(本件株式につき信託契約を締結していること自体は相手方等は特に争わないし、疎甲第一号証の一乃至二八によつても明らかである)。
三、相手方等が本件株式につき、信託している目的は次のとおりである。
(一) いわゆる従業員の持株制度を導入することによつて従業員主体の会社再建をはかるために従業員持株制度が採用された。
(二) 従業員がそれぞれ思い思いに株主権を行使していたのでは、再建をめざした会社運営が極めて困難となり、また株式の譲渡等によつて本件株式の持株数が不平等になつたり、あるいは本株式が従業員以外に譲渡されるおそれがあるので、本件株式を信託することによつて、受託者が株主権を統一的に行使し、会社運営を円滑にさせるために信託制度が採用され、右の趣旨のもとに本件株式について信託契約が締結されている。
(三) 受託者が委託者(相手方等を含め)から信託された株式につき、株主権をどのように行使するかについては、委託者の意思を尊重しなければならないことは言うまでもないが、従業員持株及び信託制度の導入の趣旨、目的を達成するために共済会を設置し、共済会総会の決議の趣旨にそつて株主権を行使することとなつている。
四、前述したように抗告人会社においては従業員持株、株式信託及び共済会制度は、一体のものとして運用されている。相手方等の本件株式信託の目的も右のように解釈され、右目的にそったものと理解されなければならない。相手方等の本件株式信託は、株主権(担し配当請求権、残余財産分配請求権を除く)をすべて信託したものであり、個々の株主が原株式に基づいて株主権を行使することは許されない。本件株式の受託者のみが、その受託者としての地位に基づいて株主権を行使することが許されるのである。
五、相手方等の検査役請求権は相手方等が原株式に基づいて行使することはできず、本件株式の受託者のみが、検査役請求権を行使することができるのである。検査役請求権のように少数株主権行使が本件株式信託後も残されているとするなら、委託者と受託者との本件株式信託契約の合意(すべての株主権(但し一部は除く)を信託し、受託者が行使する)に反するばかりか、株主権を統一的に行使しようという趣旨にも反するものである。
六、原決定には決定の理由の記載がないので判らないが、原決定は、相手方等の検査役選任請求権の行使がその要件を欠缺し違法であるのにそれを看過し決定したのであるから取消されるべきである。さらに原決定は、本件株式信託の有効性についての理解が不充分であるので、抗告審においては、本件株式信託契約が有効であり、検査役選任請求権は受託者のをみ行使できるものであることを明らかにされることを切望する