大阪高等裁判所 昭和58年(行コ)10号 判決 1984年7月19日
控訴人(原告) 幸寺寛
被控訴人(被告) 大阪市長
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対し昭和五四年二月一五日付でなした原判決添付の別紙(一)記載の換地処分を取り消す。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨。
第二当事者の主張
次のとおり付加・訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決事実の訂正
原判決二枚目表一一行目の「二〇平方メートル」を「二〇平方メートル)」と、三枚目裏七行目の「伊波栄治郎」を「伊波栄次郎」と各訂正する。
二 控訴人の当審における主張
1 評価員の選任につき、本件審議会により「特定の職又は地位にある者をもつて評価員とする」旨の同意がなされていても、特定の職又は地位に就任した者は、その前歴によつては必ずしも評価についての経験を有するとはいえず、また、私的な関係等により公正な評価を期待し得ない場合もある。そうすると、本件審議会の同意は、特定の個人を評価員とすることに対して与えられなければならないところ、被控訴人が最初の選任後に審議会の個別の同意を得ず特定の職又は地位にある者として選任した評価員は法七一条、六五条一項に従つて選任されたものといえず、また、土地区画整理審議会の委員を評価員に選任したことは法六五条に違反するから、被控訴人は、法六五条三項所定の評価員の意見を聞かずに、土地の評価を決定したことになる。その結果、被控訴人が本件従前地及び本件換地の各価額の評価を誤つて低廉な評価をしたにもかかわらず、それが是正されなかつたため、控訴人は、損害を被つた。
2 被控訴人がした実質無権利者への換地指定及び未指定地の処置の誤りの事例として、更に次のようなものがあつた。
被控訴人は、土地賃貸人が換地先の土地を借地人に占有使用させることを拒否しているなどの理由で、借地人のなかで換地先へ移転せず従前地に居坐つていた者に対し、移転先土地を提供する必要があるとして、大阪市所有の相生町一一七番の七宅地五・一五平方メートルにつき事業用地として二〇九・八二倍に当る一〇八〇・六〇平方メートルを増換地し、その後、大阪市においてこれを次表のとおり売り渡した。
ブロック番号 符号 地積(平方メートル) 買受人
一七 一二 六六・二九 伊波栄次郎
二六 一八の一 三九六・五六 株式会社木村工務店
二六 一八の四 四六・四八 中村豊男
四二 五 一三六・八三 徳山こと 洪龍[王禹]
五〇の一 四五の二 二六・四二 堀節子
五〇の一 四五の三 一一六・五四 白石哲郎
五〇の一 四五の四 三四・七五 下村岩吉
五〇の一 四五の五 三五・九四 山元正一
五三 一一 二二〇・七九 株式会社かじ元
計 一〇八〇・六〇
右買受人らはいずれも従前地を所有していなかつたもので、その土地賃貸人らにおいて同買受人らに対しそれぞれの換地先の土地を占有使用させるべきものであつたところ、被控訴人及び大阪市の右措置のため、右買受人堀節子、同下村岩吉、同山元正一に対する賃貸人和田凡夫並びに右買受人株式会社かじ元に対する賃貸人崎山元春、同崎山元吉は、換地処分により特別の減歩を受けず、特別の清算金も徴収されなかつたため、一平方メートル当り一〇万六四〇〇円の割合の借地権価格相当額(一平方メートル当り一五万二〇〇〇円〔昭和五四年当時の公示価格〕×〇・七〇〔借地権割合〕)の利得を得たが、これは公正の原則に反する。
3 控訴人に対する本件換地処分には著しい照応の原則違反の瑕疵がある。
控訴人に対する本件換地処分は、現地換地ではなく、飛換地であるところ、本件従前地は、北側が河川敷公園をはさんで旧淀川に面し、南側が幅員約四・五メートルの道路に面した間口約三七メートル、奥行四・五メートルの宅地であつたが、本件換地は、八メートルに拡幅された右道路の反対側に存し、間口七・五メートル、奥行一五・九六メートルの宅地で、その南、東及び西の三方に高い建物が建てられているため日照が悪い。本件換地の減歩率二七・九九パーセントは、本件工区の平均減歩率一九・五五パーセントよりも著しく高く、本件換地は、従前地と比べて、右のように間口が狭いうえ宅地としての利用効率が著しく劣つているから、本件換地処分は照応の原則に違背している。
三 控訴人の右主張に対する被控訴人の反論
1 被控訴人がなした評価員の選任については、何ら違法な点がない。法は、審議会の委員の職にある者を評価員に選任することを禁止又は制限していない。
2 控訴人主張の表記載の土地は、大阪市所有の相生町一一七番の七の土地に対する仮換地及び換地として指定された土地(面積合計四三七三・〇一平方メートル)の一部であるが、同市はこれにつき仮換地指定を受けた後、同表記載の各買受人に対しその使用を許可し、換地処分後に右各買受人に各該当土地部分を売却し、右各買受人は、同市から仮換地の使用許可を受けた後に当該土地を要移転建物の移転、収容先等に使用し、換地処分後に当該土地の所有権の譲渡を受けたものである。
右各買受人からは従前賃借していた土地について法八五条に従つた借地権等の権利の申告がなされなかつたので、被控訴人は、同条五項により要移転建物が従前存した土地について借地権等の権利がないものとみなして、仮換地及び換地の各指定並びに清算金の徴収又は交付の措置をしたものであつて、このような措置は借地権等の権利の申告がなされていない場合に等しく行われており、控訴人主張の前記処分には公平の原則違背その他の疵疵はない。
また、施行者は、借地権等の権利の申告がないにもかかわらず、これらの権利を調査認定のうえ、これに基づき換地の地積を減少させ又は特別の清算金を徴収することは、法の要求するところではない。のみならず、借地権等の権利の申告がなされなかつたため、仮に要移転建物が従前存した土地の所有者において事実上利益を受けたとしても、照応した換地の指定を受けた控訴人は、これにより不利益を受けるものではないから、右のような事由をもつて控訴人に対する換地処分の取消事由とすることは許されない。
3 控訴人に対する本件換地は、その位置、形状、減歩率その他土質・水利・利用状況・環境等のいずれにおいても照応に欠けるところはない。
四 当審における証拠関係<省略>
理由
一 当裁判所も、控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきであると判断する。その理由は、次に付加・訂正するほかは原判決の理由説示と同じであるから、これを引用する。
1 原判決理由の訂正
原判決九枚目裏末行の「房しい」を「相応しい」と、一〇枚目表末行の「第二の(一)」を「第二の一の(一)」と、一〇枚目裏五行目、同七行目、一八枚目表一二・一三行目及び同裏一・二行目の各「原告本人尋問の結果」を「原審及び当審における控訴人本人尋問の各結果」と、一二枚目表三・四行目及び一六枚目裏一二行目の各「過少宅地」を「過小宅地」と各訂正する。
2 控訴人の当審における主張についての判断
(一) 主張1について
被控訴人が、昭和三三年一二月二三日に旭税務署長、大阪法務局民事行政部登記課長、株式会社住友銀行本店不動産部長、株式会社大和銀行本店信託部長、大阪市財政局主税部長及び本件審議会会長の職又は地位にある者を評価員に選任することについて本件審議会の同意を得ていたが、その後に右の職又は地位にある具体的な個々人を評価員に選任するにつき、本件審議会の同意を得ずにこれらの職又は地位にある者に異動があるたび評価員の委嘱を行つてきたことは、当事者間に争いがない。
土地区画整理事業における宅地、借地権、建築物等の評価の重要性にかんがみると、評価員の選任については、個別具体的に特定してその都度審議会の同意を得ることが望ましいところ、被控訴人がした右の評価員選任方法は、右の職又は地位にある者を個別具体的に特定してその都度本件審議会の同意を得たことにならない。しかし、本件審議会が、土地、建物の評価に関する専門職であるこれらの一定の職又は地位にある者を評価員に選任するのが相応しいとして包括的同意を与えている以上は、その職又は地位にある具体的な個々人を評価員に選任するについての同意を与えていないとしても、法七一条、六五条一項の規定に反するものとまではいえない。
右のようにして選任された評価員が評価について経験を有していなかつたり、私的な関係等で公正な評価を期待し得ない場合は、辞任又は解任によつて対処することもできるのであり、被控訴人が右のような方法により選任した評価員のなかでこれらの事由があつたことをうかがわせるに足る証拠はない。また、評価員は、その性質上、審議会委員でない者から選任するのが望ましいところであるけれども、法は必ずしも審議会委員を評価員に選任することを禁止しているものとまでは解されないから、審議会委員を評価員に選任した被控訴人の措置をもつて違法とすることはできない。
そうすると、被控訴人が右のような選任方法で評価員を選任したことをもつて違法であることを前提とする控訴人の右主張は、その前提自体において失当であるから、採用することができない。
(二) 主張2について
(1) 被控訴人が大阪市所有の相生町一一七番の七の宅地五・一五平方メートルにつき事業用地として二〇九・八二倍に当る一〇八〇・六〇平方メートルに増換地し、その後大阪市においてこれを控訴人の当審における主張2の表記載の各買受人にその主張のとおり売り渡したことは、当事者間に争いがない。
(2) 右換地処分における従前地と換地との面積の差が著しいが、成立に争いない乙第一二ないし第一五号証、原審証人杉原廣徳(第一回)の証言によれば、原判決理由二の(二)に記載のとおり、未指定地として残された土地につき本件事業の円滑な推進のために必要に応じ順次その一部を大阪市に対し仮換地指定をして使用させていたところ、右のようにして仮換地指定された合計一〇八〇・六〇平方メートルの土地の従前地とされたのが控訴人主張の相生町一一七番の七の土地五・一五平方メートルであつて、この従前地は、右仮換地の他にも三二九二・四一平方メートルの未指定地に対する仮換地指定(原判決理由二の(二)の14)についての従前地とされているのであり、これは未指定地を大阪市に有償で肩替りさせる方法として本件審議会の同意のもとに行われたものと認められるのであつて、右従前地と換地との面積の差をもつて右仮換地自体の違法事由とすることは相当でない。
(3) 大阪市が前記買受人のうち伊波栄次郎、堀節子、白石哲郎、下村岩吉、山元正一、株式会社かじ元(経営者崎山治兵衛)にその関係土地を売り渡すに至つた経緯は、原判決の理由二の(二)で説示のとおりであり、成立に争いない乙第一二号証と弁論の全趣旨によれば、大阪市がその余の右買受人らに対しその関係土地を売り渡すに至つた経緯も、右と同様であつたと推認される。
そうすると、被控訴人が大阪市を権利者として著しい増換地をしたのは、本件事業の円滑な推進のために、右各買受人ら所有建物の移転や収容先を確保すべく本件審議会の同意を得て実施したもので、それ自体は右説示のとおり違法ではなく、また、被控訴人が同買受人らに対し直接に換地処分をしたわけではないから、実質無権利者に換地処分をしたことにはならない。
(4) 右買受人堀節子、同下村岩吉、同山元正一に対する土地賃貸人和田凡夫並びに右買受人株式会社かじ元に対する土地賃貸人崎山元春、同崎山元吉がその従前地につき換地処分により特別の減歩を受けず、特別の清算金を徴収されなかつたことは、当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨によれば、同買受人らが従前賃借していた土地について法八五条に従つた借地権等の権利の申告がなされなかつたので、被控訴人は、同条五項により右買受人ら所有の要移転建物が従前存した土地について借地権等の権利がないものとみなして、仮換地及び換地の各指定並びに清算金の徴収又は交付の措置をしたことが認められる。
法は、借地権等の権利の申告がなかつた場合、施行者がこれらの権利を調査認定のうえ、これに基づき右権利の対象であつた従前地についての換地を減少させ又は特別の清算金を徴収することを要求していないから、被控訴人のなした右措置には違法な点がなく、また、従前の土地に存した未登記借地権等は、これについて法八五条のいわゆる権利申告がされていないときでも、換地上に移行して存続すると解されるから、借地権等の権利の申告がなされなかつたがため、仮にこれらの権利の対象となつていた従前地の所有権が換地処分により事実上の利益を受けたとしても、そのことのゆえをもつて未だ公平の原則に反するものとまではいえない。
(5) 以上の理由により、控訴人の右主張は採用することができない。
(三) 主張3について
原判決の理由三で説示のとおり、控訴人に対する本件換地処分は、照応の原則に反するものではない。
なお、控訴人は、本件換地の南、東及び西の三方に高い建物が建てられたので日照が悪い旨主張するところ、右説示のとおり、本件処分後に本件換地の南側宅地上に六階建のマンションが建設され、東側及び西側の各宅地上にはそれぞれ三階の建物が建築されたため、本件換地の日照が悪くなつている。しかし、換地の指定における従前の土地と換地との照応考慮の基準となる土地の状況は、従前の土地については区画整理事業開始当時の状況、換地については区画整理完成の時点において想定される状況によるべきであると解するのが相当であるから、本件換地処分後の右事情をもつて照応の原則に違反するか否かの判断資料とすべきではない。
したがつて、控訴人の右主張も採用することができない。
二 よつて、右判断と同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条に従いこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石井玄 高田政彦 辻忠雄)