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大阪高等裁判所 昭和58年(行コ)40号 判決 1984年5月23日

控訴人

舟瀬春男

右訴訟代理人

相馬達雄

山本浩三

中嶋進治

被控訴人

東税務署長

宮崎英夫

右指定代理人

浦野正幸

外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一当裁判所も控訴人の請求はいずれも理由がないと判断するが、その理由は次に付加するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決理由二1(三)の全部<中略>を削除する)。

1  控訴人が、昭和五二年、五三年中にその所有する「メゾン池田」及び「舟瀬ビル別館」の室の賃貸保証金を受領したが、この際に保証金のうち二割又は三割相当額については賃貸期間の如何にかかわらず返還を要しない旨、しかし、「メゾン池田」については、法律又は命令、或は公共事業施行のため物件の取払い又は使用禁止等の事由が発生した時は当然本契約は解除されたものとし、借主は建物を返還し、貸主は保証金全額を返還する旨、「舟瀬ビル別館」については、法令又は貸主の要求により明渡す場合は保証金の全額を返還する旨が約されたことは、当事者間に争いがない。

不動産の賃貸借の保証金の一部について、契約が終了しても返還をしない旨が約された場合には、その返還を要しない部分の額は、所得税法上は、賃貸人の右保証金受領時の属する年分の不動産所得の収入金額となり(最高裁昭和五五年(行ツ)第一〇二号同五六年一月二二日第一小法廷判決・税務訴訟資料一一六号四頁、その原審東京高昭和五四年(行コ)第二九号同五五年四月三〇日判決・税務訴訟資料一一三号二二九頁、最高裁昭和五五年(行ツ)第二六号同五六年一〇月八日第一小法廷判決・訟務月報二八巻一号一六三頁・税務訴訟資料一二一号一七頁、その原審東京高昭和五四年(行コ)第二四号同五四年一二月一一日判決・東高時報民三〇巻一二号三二八頁、税務訴訟資料一〇九号六七四頁、シュトイエル二一九号一頁)、このことは、賃貸人が賃借人の債務不履行以外の理由によつて賃貸借契約を解除した場合、賃貸人は保証金の全額を返還する旨の約定がある場合でも同様である(右最高裁昭和五六年一〇月八日判決、右東京高昭和五四年一二月一一日判決)。

本件における保証金の返還に関する約定は前示のとおりであつて、法律、命令又は公共事業施行のために現に賃貸使用中の建物について物件の取払い又は使用禁止等の事由が発生することは極めて少ないことは当裁判所に顕著であり、<証拠>によれば、控訴人は多数の土地、建物を所有してこれを賃貸することによりその大部分の所得を得ていることが認められるから、控訴人が自らの都合により明渡を要求することは少ないと思われるし、明渡を要求しても借家法一条の二により解約には正当の事由が必要であるから明渡が認められる場合は少ない筈である。そうすると、前記の約定があつても、本件の賃貸借保証金のうち原則として返還を要しない二割又は三割の額については、その受領の時の属する昭和五二年分、又は五三年分の不動産所得の収入金額を構成すると解すべきである(大阪高昭和五〇年(行コ)第四五号同五一年一〇月二九日判決・訟務月報二二巻一二号二八八〇頁・判例時報八四七号四〇頁・判例タイムズ三四六号二三六頁)。

控訴人は、現実には悪質な賃借人のために、本来返還を要しない部分の保証金までも未払賃料等に充当しなければならない場合が多いと主張する。しかし、前記のような約定が存する場合は、返還を要しない部分は保証金としての性格を有しない(これが別異に解させる約定は認められない)から、賃借人の明渡までの未払賃料等が、保証金より返還を要しない部分の額を控除した額を超えるときは、保証金による充当ののち、右超える部分の額の賃料等の支払を賃借人に求めることができる訳である。したがつて、その支払請求が現実に困難な場合には、その困難となつた時点の属する年分について所得税法五一条二項の必要経費に算入されることがあつても、そのような場合が生じうることをもつて遡つて保証金のうち返還を要しない部分が受領時の属する年度の収入金額にはならないと解することはできない。

控訴人は、悪質な賃借人に対しては退去をうるために保証金の全額を返還せざるをえないことも多いと主張する。しかし、賃貸人の都合により明渡を求めるときは保証金全額を返還する旨が保証金授受の際に約定されていても、別異に解すべきでないことは前示のとおりであるうえ、その年度の収入金額に算入するかどうかは、その時点における契約内容によつて定めるべきものであつて、将来右契約とは異なる契約をするかも知れないことを理由として、右算入の有無を決定すべきものではない。

<証拠>によれば、控訴人は、住宅賃貸借に際し、賃貸借期間が一〇年を超えるときは保証金の全額を返還するが、一〇年以下のときは三〇パーセントの額は返還しない旨の約定をしたこともあることが認められる。しかし、それは本件で問題となつている原判決別表三の2の保証金に関するものではないことは弁論の全趣旨により明らかであるから、このような約定がある場合の解釈について言及する必要はない。

2  仮に、控訴人が、その主張するように、不動産事業に必要な資金を自己資金で賄つたため、舟瀬興業株式会社に貸付ける自己資金がなかつたので、銀行からこれを借受けて右貸付をしたとしても、所得税法三七条一項が、不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、不動産所得の収入金額を得るために「直接に要した」費用の額及びその所得を生ずべき業務について生じた費用の額と定めていることよりすると、右借受金の利息は不動産取得の計算上、必要経費となると解することはできない。

二そうすると、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(上田次郎 広岡保 井関正裕)

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