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大阪高等裁判所 昭和58年(行コ)50号 判決 1984年4月27日

京都市中京区高倉通六角上る丸屋町一六六番地の三

控訴人

油谷益男

右訴訟代理人弁護士

高田良爾

京都市中京区柳馬場二条下る等持寺町一五番地

被控訴人

中京税務署長

人西操

右指定代理人

田中治

須子憲二

堀健一

西岡達雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和五二年七月二一日付で控訴人の昭和四九年分ないし昭和五一年分(以下本件係争年分という。)の所得税についてした更正処分(裁決によって一部取消された後のもの)のうち、総所得金額が昭和四九年分は一七三万七〇〇〇円、昭和五〇年分は二三三万五〇〇〇円、昭和五一年分は一九六万五〇〇〇円をそれぞれ超える部分及び本件係争年分の過少申告加算税の賦課決定処分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張と証拠の関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴代理人の主張

1  被控訴人の部下職員は、控訴人の所得を調査するに当り、控訴人からの調査理由開示請求があったのにもかかわらずこれに応じなかった違法があるから、右の違法な調査手続に基づく本件処分は違法である。

すなわち、憲法前文に定められた国民主権主義、国民自治、国民享益の基本原理とこれに基づく憲法第三〇条の定める租税法律主義の原則からすると、我が国における租税は、国民が、その信託した国政の必要に応じ、法律の定めるところに基づいて国民の理解と協力によりそれぞれ応分の負担を行うものである。よって、我が国の租税とその国民による負担行為は、君主制国家におけるそれと異なり、国家と国民との間における国政信託という公的社会契約に基づく租税債権債務関係を基礎とするものでなければならない。

ところで、国税通則法第一六条、所得税法第一二〇条の定めるとおり、所得税については申告納税方式が採用され、納付すべき税額は原則として納税者のする申告により確定し、税務署長等の処分により確定するのは例外とされているところ、現実にも、所得税についての申告後の税務調査(通称事後調査)の比率(実調率)は四パーセントから更に年々低下する傾向にあるといわれている。

このように、所得税事後調査は極めて例外的なものであるうえ、前述のように我が国における租税負担は国民と国家との間の公的社会契約に基づく租税債権債務関係に基礎をおくものであるから、右の契約関係の変更を求める当事者は、相手方当事者に対し変更を求める事由を明示し、その内容の理解を求めるべきであるといわねばならない。したがって、被控訴人の部下職員が控訴人の所得につき事後調査をするに際して、控訴人を調査対象に選定した理由につきなんらの説明をしなかったのは違法である。

2  また、いわゆる反面調査は、これを実施するときはややもすると納税者に対する社会一般の信用を著しく失堕させ回復困難な損害を与えるものであるから、反面調査は納税者に回復不可能な損害を与える場合は許されず、回復可能な程度に止まる損害しか与えない範囲内でのみ許されるものであり、具体的には、納税者が税務署のなす反面調査の相手方に対しその協力を求められる状態、すなわち納税者の事前の承諾の存する場合にのみ許されると解すべきである。

さらに、反面調査は、例外である事後調査のうちでもまた例外でなければならないから、所得税法第二三四条第一項第二号所定の者に対する質問検査は同項第一号所定の者に対する質問検査を補完するものであり、同項第三号所定の者に対する質問検査(反面調査)はさらに前二者に対する質問検査を補完するものであると解され、したがってまた、同項第一号所定の者に対する調査だけでは質問検査の目的を達成できない場合に限り許されると解しなければならない。

しかるに、被控訴人の部下職員は、控訴人の事後調査に当たり、控訴人が調査対象選定理由の説明を繰り返えし求めている最中に、調査に協力しなかったとの独断のもとに控訴人に無断で反面調査に移ったものであるから、その質問検査権の発動自体が要件を欠き違法であるばかりか、さらに反面調査に移った点でも違法であり、このように違法に違法を重ねた調査手続に基づく本件処分もまた違法であるといわねばならない。

3  所得税法第二三四条に定める質問検査権の行使の実施の日時場所、その方法や反面調査の方法等の選択と実施は、税務職員の裁量に属するところであるとしても、前述のとおり右の質問検査権の行使が例外中の例外であり、かつ民主的な税制と税務行政下にあっては、あくまでも納税者の理解と協力を前提として始めて国家と国民との租税債権債務関係の変更を求めうるのであるから、前記のとおりの質問検査権の行使についての裁量行為の基準は、納税者の理解と協力が可能か否かにあり、質問検査権の行使は納税者の理解と協力が可能な範囲内においてのみ許されるところ、被控訴人の部下職員は、控訴人の理解と協力の可能性を見出さないまま質問検査権を違法に行使したのであるから、右の違法な調査手続に基づく本件処分は違法である。

4  油谷よし子が確定申告のため毎年一一月ころから翌年の一月ころまでの間に伝票に基づいて各項目ごとに整理をした帳簿(甲第一ないし第三号証、以下本件帳簿という。)は基本的に信用できるものであり、右帳簿の計算上の誤り等を訂正のうえこれに基づいて控訴人の所得につき実額計算をしたならば、控訴人の所得額を十分正確に把握できうるものである。

5  これに対し、被控訴人の主張する本件同業者(原判決事実摘示第二、二、2、(二)、(1)参照)が控訴人の営業規模に類似するものであることの証明はないから、本件同業者率を控訴人の所得の推計に用いることは不合理である。

二  当審における新たな証拠の関係

控訴代理人は証人油谷よし子の証言を援用した。

理由

当裁判所も、控訴人の本件請求は全部失当として棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決九枚目裏一一行目の「証人油谷よし子(第二回)」を「原審(第二回)及び当審証人油谷よし子」と、同一〇枚目表五行目の「証人油谷よし子(第一回)」を「原審(第一回)及び当審証人油谷よし子」とそれぞれ改め、同枚目裏三行目及び同八行目の各「証人」の前に「原審」をそれぞれ加え、同一一枚目裏三行目の「証人油谷よし子」の前に「原審」を加え、同一〇行目の次に行を改めて「そして、控訴人は、当審で改めて本件帳簿の信用性を主張し、その所得金額の実額の正確性を主張するが原審で提出援用された証拠に当審で新たに提出援用された全証拠を併せ検討しても、以上の認定判断を動かすことはできない。」を加え、同一二枚目表二行目の「証人苗代栄進、同油谷よし子(第一回)」を「原審証人苗代栄進、原審(第一回)及び当審証人油谷よし子」と改め、同枚目裏二行目の「証人山中忠男」の前に「原審」を、同四行目から五行目にかけての「証人苗代栄進」の前に「前掲」を、同六行目の「証人工藤敦久」の前に「原審」をそれぞれ加え、同七行目から八行目にかけての「証人油谷よし子(第二回)」を「原審(第二回)及び当審証人油谷よし子」と改め、同一三枚目裏三行目の「証人山中忠男」の前に「前掲」を加え、同一四枚目裏九行目の「本件に顕われた証拠」の前に「原審及び当審を通じ」を加え、同一五枚目表八行目の窺知できないわけではない。」の次に「なお、当審証人油谷よし子の証言によると、控訴人と本件同業者との間には業態に格別の相違はないことが窺われるから、本件同業者率を控訴人の所得の推計に使用することに合理性がないと断定することはできない。」を加え、同一六枚目裏三行目の「証人西本清」の前に「原審」を加える。

2  日本国憲法が国民主権主義、国民自治、国民享益の基本原理及び租税法律主義の原則を定め、したがってまた我が国における戦後の租税法を貫く原則の一つに民主主義の原則が存在し、そしてその下においては、国民主権の理念に基づき、国民はその代表者によって定めた法律に従って租税債権者としての国に対して租税債務を負担し、国民と国家とはともに租税債権債務関係の当事者となるものであって、個々の納税義務の実現の過程においても、国民と国家とは租税債権債務関係の当事者として相互に協力すべきものであるとともに、国民の積極的な協力を前提として国民の納得づくで納税義務が実現されてゆくことが期待されていることはいうまでもなく、また、国税通則法第一六条、所得税法第一二〇条には控訴代理人主張のとおりの規定のあることも明らかであり、そしてまた、仮に控訴代理人主張の事後調査の実調率の低いことがその主張のとおりであるとしても、そうだからといってこれらのことだけから直ちに、被控訴人の部下職員が控訴人の所得につき事後調査をするに際し、控訴人を調査対象に選定した理由などの調査理由を開示しなければならないとするだけの十分な根拠があるとは断定できない(最高裁判所昭和四八年七月一〇日決定・刑集二七巻七号一二〇五頁参照)。

次にいわゆる反面調査が当該納税者に対する社会一般の信用を著しく失墜させ回復因難な損害を与えることがないではないことは十分推認できるけれども、一方において租税法は収入確保・能率主義の原則、租税負担の公平の原則をも実現しなければならないことを考慮すると、右のように反面調査が当該納税者に回復困難な損害を与えることがあるということだけで直ちに控訴代理人主張のように反面調査は納税者の事前の承諾がある場合にのみ許されその他の場合には違法となるものと解すべき十分な根拠があるとはたやすく断定できない。また、所得税法第二三四条第一項第三号所定の者に対する質問検査は、同項第一、第二号所定の者に対する質問検査だけではその目的を達成することができない場合にのみ許され、その他の場合には違法となるものとする明文の規定は、同法上見当たらず、またそのように解すべき合理的理由も考えられない。更に控訴代理人は、質問検査権の行使は、納税者の理解と協力が可能な範囲内でのみ許され、右の範囲を越えるときは裁量権の範囲の逸脱となる旨主張するけれども、租税債権債務関係においては、租税民主主義とともに収入確保・能率主義や租税負担の公平をも実現しなければならないのであるから、納税者としても国民としての立場からこれらの点につき積極的な理解と協力が期待されるところ、控訴人の所得についての質問検査権の行使がこのような意味での国民としての積極的な理解と協力が客観的に可能な範囲を越えていたものであることは、本件審理に表われたすべての証拠によっても認めるに十分ではない。してみると、右の質問検査権の行使が裁量権の範囲を逸脱していたものと判断することはできない。

3  それのみならず、仮に控訴代理人が主張するように調査手続に違法とすべき点があるとしても、控訴人の本件係争年分の総所得金額が本件更正処分において認定された所得金額(けだし、裁決によって一部取消された後の金額)以上存在する場合には、右の調査手続に違法の点があるというだけでは、直ちに本件処分自体につき取消しうべき違法があるとすることはできないというべきである。ただし、本件のごとき訴訟は、もともと客観的な所得の有無ないしは課税物件の存否を争う訴訟であると解されるからである。そして、控訴人の本件係争年分の総所得金額が本件更正処分において認定された所得金額(ただし、裁決によって一部取消された後の金額)を超えて存在することは、前述のとおり付加訂正のうえ引用した原判決理由説示のとおりであるから、調査手続の違法を理由に本件処分を取消すことはできないものといわなければならない。

してみると、以上と同旨の原判決は相当であって本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 唐松寛 裁判官 奥輝雄 裁判官 野田殷稔)

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