大阪高等裁判所 昭和59年(う)1351号 判決
1 本件いわゆる後援会活動の実態に関して
(1) 所論はまず一般論として,公職選挙法にいう選挙運動の意義がこれまでの判例の解釈によると広すぎ且つ不明確であり,一方において政治活動の自由の一つとして許されるべきいわゆる後援会活動との限界,区別を困難にし,結局許容される後援会活動の範囲を不当に狭めることになり,殊に原判決が,いわゆる後援会活動が「同時に特定の選挙につき特定の候補者のための投票獲得の意味をあわせもつと認められるときは,選挙運動と評価されてもやむを得ない」としているのは,全ての後援会活動を選挙運動と見ることになり不当である旨主張するので,この点について考えるに,公職選挙法にいう選挙運動の意義については,判例上,特定の選挙について特定の立候補予定者を当選させるため投票を得又は得させる目的で,直接又は間接に必要かつ有利な周旋,勧誘もしくは誘導その他諸般の行為をなすことをいうものと解されており,それがかなり広範な行為を含むものであることは明らかであるが,事前買収罪(及びそれとの関連において事前運動罪)との関連においては,いやしくも選挙運動につき金銭その他の財産上の利益の授受を伴うことが選挙の自由と公正を害すること甚だしく,これを防する必要が強いことからして,その防の対象となる選挙運動については広く解釈されて然るべき合理的理由があり,また右判例の解釈は,大審院時代以来判例上繰り返し示されてきたところであって,選挙運動の意義が広く捉えられていることは,国民一般にもおおよそ知れわたり,少なくとも選挙実務に携わる者一般の間では周知の事柄となっているといえるのであり,判例の個々の事案の集積により何が選挙運動に当たるおそれがあるか知り得る状態にあるものといえるのであるから,右判例の解釈が不当に広すぎるとか不明確であるとかの非難に直ちに左袒することはできず,従って当裁判所も,選挙運動の意義については一般的に右判例の解釈に従い,その上で「直接又は間接に必要かつ有利な行為」の範囲,内容については,公職選挙法の各法条の立法趣旨に従ってそれぞれ判断すべきものとの立場に立つのである。ところで,同じく選挙に関連するものの選挙運動とは区別されるべきものとして,地盤培養行為あるいはその一つとしての後援会活動といわれるものがあるとされており,地盤培養行為とは広く特定選挙区の有権者に対し接触を図り自己の人格,識見あるいは政治活動の実績等を周知させる行為とされ,また後援会活動とは広く被後援者の人格への共鳴あるいは政治的識見への賛同の趣旨の下にその地位,勢力等の擁護,拡張を図る諸活動といえようが,実際に地盤培養行為として行われる後援会活動には様々なものがあり,被後援者の人格への共鳴あるいは政治的識見への賛同という趣旨の下でその政治的勢力を擁護あるいは拡張するため後援会員が主体的に行うものが現実には少なく,むしろ現実に行われる後援会活動としては,被後援者の地位,勢力の擁護,拡張を図るため被後援者自身あるいはその限られた数の支持者が,不特定多数の者らに対して被後援者の人格,識見,経歴等の宣伝及び会員の加入勧誘等の行為をなすことが少なくなく,後援会の発足及び活動開始の時期にあっては,それら被後援者自身等による行為も後援会組織の形成及び拡大にとって必要とされることも否定できないところである。しかしながら,選挙に関連した地盤培養行為としての後援会活動は,究極的あるいは潜在的には被後援者の選挙での当選を目的として行われるものであるだけに,名は後援会活動といえども,実質的には被後援者の当選を目的とした投票獲得のための活動とみなされ,選挙の自由と公正の保持という公職選挙法の趣旨から前記のごとく定義される公職選挙法上の選挙運動に該当することが否定できないものが,あまた存在するのも現実であり,これら様々の実態を有する後援会活動の全てを,後援会活動の名の下に公職選挙法上の選挙運動の範疇外にあるものとし,その規制の対象から外れるものとするならば,選挙の自由と公正の保持のため選挙運動を規制しようとする公職選挙法の目的は多く没却されてしまうことにならざるを得ないのであるから,後援会活動の名の下に行われる活動(それには,後援会の組織形成に向けた活動と形成された組織の維持,拡大のための諸活動が含まれる。)であっても,その活動の実態が,被後援者の人格への共鳴あるいは政治的識見への賛同を求めその浸透を図ることよりも,特定選挙へ立候補予定の被後援者に対する投票を獲得することに主眼が置かれていることが認められるときには,たとえ一部被後援者の人格への共鳴あるいは政治的識見への賛同の浸透を図る趣旨が存したとしても,それは最早後援会活動として放任することは許されず,公職選挙法にいう選挙運動に当たるものとして規制の対象となるというべきである。…中略…
そして,右の特定選挙へ立候補予定の被後援者に対する投票獲得に主眼が置かれていると認められるか否かは,結局,当該後援会活動の方法,形態や活動の対象者の範囲,活動の時期,後援会組織の実情などの諸事情を総合考慮して,判断されることとなるのであるが,ここで特に買収罪との関係において考慮すると,後援会活動といわれる諸活動に対する対価として金銭等の報酬の授受が行われる場合においては,最早その活動(ここにおいては,報酬の対象となった個々の行為とその総体としての後援会活動全体の両者が含まれるものと考えられる。)は,選挙と立候補予定者の特定という要件が充たされる限り,後援会活動の範疇から外れ,投票獲得を目的とした選挙運動であるとの事実上の推定がなされるといわざるを得ないのである。それというのは,後援会活動に対する対価として報酬の授受が行われる場合には,その後援会活動は,被後援者の人格への共鳴あるいは政治的識見への賛同という動機が薄れ,むしろ報酬としての利益の授受という動機によって行われ,その結果本来潜在的な目的であったはずの選挙における投票の獲得に向けてあからさまな行為が行われることになる蓋然性が高く,そうした利益の授受によって動機づけられた投票獲得へ向けての行為が行われることは,まさに,投票及び選挙運動が金銭によっていささかでも左右されることのないようにするため買収罪が禁しようとした事態であるといえるのであって,そのように金銭等の利益供与の対象となった後援会活動は,投票獲得のための性格を色濃く帯び,選挙運動に当たるものとして買収罪の規制の対象とならざるを得ないというべきであるからである。
(2) 次に所論は,本件信貴久治後援会の活動の実態は,他の政治家らの後援会のそれと何ら異なるものではなく,選挙運動と区別されるべき合法的な後援会の活動と認めるべきである旨主張しているので,被告人久治のための本件後援会活動の実態が選挙運動に該当しないか否か,右(1)に述べた観点から考察することとする。…中略…
被告人久治は,昭和50年5月初め次期衆議院議員選挙に立候補することを決意すると共に,その選挙が同年末ころには行われる可能性が高いことを予測し(その予測自体はその後修正されるが,衆議院議員選挙は数か月先の遠くない時期に行われる可能性があるとの予測を終始抱き,その予測に基づいて以下に述べる諸行動等が行われている点において,事情に変わりはない。),衆議院議員選挙については初立候補であるが,自民党有力代議士の支援も得られることから当選の期待が持てるとして,必勝を期すこととし,これまで地方議会議員等政治家としての前歴もなく,独自の集票力を持った組織を有せず(昭和47年に施行された衆議院議員選挙に立候補しようとして後援会組織を作ったことはあったものの,同選挙への立候補を断念してからはそれはほとんど霧散し実体のない状態にあったといえる。),一般有権者に対する知名度も低い立場にあることを認識して,早急に集票力を有する組織を形成して投票獲得へ向けての諸活動を展開し,併せて選挙区の有権者へ自己の名前の浸透を図るには,既存の集票組織を利用しあるいはその影響力によって高い集票力を持つ地方政治家や名望家を動員し,更には選挙実務の経験豊かな能力者を活用するのが最も有効であると考え,衆議院議員であった元代議士の後援会幹部や市長,市議会議員等の経験者あるいは現職者らを次々に訪れて,次期衆議院議員選挙へ立候補する意思であることを告げて,その支援を取りつけると共に,自己のいわゆる後援会幹部に迎え入れ,また,それらの者らから紹介を受けた業界や団体あるいは地域住民に対し相応の影響力を有する有力者らを,同様次々訪れて支援を依頼すると共に,自己の後援会役員への就任や世話人の役割を頼んでいったこと,これら後援会幹部に迎え入れられあるいは役員,世話人を引受けた者達は,その大小の影響力を利用するなどした直接間接の働きかけにより一般会員である後援会名簿への登載者の数を増やしてゆく役割を果たしたが,名簿に登載された後援会会員や会員になることが見込まれる者達に対しては,被告人久治自身が集会,座談会に出席しあるいは戸別訪問するなどし,また名刺,パンフレット等の配布や年賀状,暑中見舞はがきを差出すことによって,次期衆議院議員選挙に立候補する予定であることを認識させると共に,その名前の売り込みを図っていったこと,信貴久治後援会連絡所,同後援会顧問等と記した門標の取りつけ,信貴久治後援会と記した立看板の設置,同じく後援会と記したステッカーの貼出しなどを,後援会の役員や世話人らの立場にある者らを利用して大々的に行い,また無差別的な大量の年賀状,暑中見舞はがきの差出しも行い,あるいは盆踊り大会等各種行事,施設への物品の寄付を行い,それらの行為によって不特定多数の人々に被告人久治が衆議院議員選挙に立候補予定であることを認識せしめると共に,その名前の売り込みを行うことに努めたこと,こうした一連の後援会役員,世話人への就任依頼あるいは後援会名簿登載者獲得増加のための活動,及びそれら名簿登載者や不特定多数の人々に対する宣伝周知のための活動は,被告人久治が立候補を決意してその支援組織の組織作りを始めた当初から,選挙の予測が次々と伸びて最終的に本件選挙が実施されるまでの間,終始継続して行われたものであること,後援会においては,一般会員として名簿に登載された者は言うに及ばず,幹部,役員,世話人らでも,被告人久治と従前面識があったものは少なく,ましてやその人格や政治的識見について知る者はわずかといってよく,後援会組織への加入やその活動への参加の動機も,一部の幹部らはともかく,その他の幹部,役員,世話人の多くの者及び名簿に登載された一般会員らにおいては,被告人久治の人格への共鳴あるいはその政治的識見への賛同といった事由によることはまず少なく(そのためもあって,本件選挙に至るまでの間に後援会から離れ活動を止めてしまう幹部,役員が少なくなかった。),そのため役員や世話人らは,被告人久治の人格や政治的識見の宣伝よりも,ともかく衆議院議員選挙の立候補予定者としての同被告人の名前の宣伝に努め,同選挙に際しての同被告人への投票を獲得することを念頭に活動を行っているのであり,名簿登載の一般会員は,被告人久治の人格への共鳴あるいはその政治的識見への賛同は差し置いて,投票確保の運動の対象者と考えられていたに過ぎないといえること,信貴久治後援会の性格,在り方については,被後援者であるはずの被告人久治自らが終始積極的にかかわり容喙しているのであり,同被告人の後援会構成員に対する姿勢は,自己の人格への共鳴や政治的識見への賛同を求めることよりも,むしろ報酬で報いて活動を促すというものであり(次に指摘するように,現に同被告人自身により後援会幹部や役員らに対し活動への報酬の趣旨を含む金員の供与あるいはその申込がなされている。),また財政,会計の上においても,例えば後援会の必要経費も専ら被後援者である被告人久治自身の直接出費で賄われ,手続的にも何ら後援会の会計として処理されていないことから明らかなように,後援会の主体性,独立性は保たれておらず,本件信貴久治後援会は,被後援者である被告人久治自身によって指揮され動かされるという実態にあったこと,殊に見逃し得ないのは,被後援者である被告人久治自身によって,後援会幹部,役員らに対しその活動への報酬として金員の供与あるいはその申込が,後援会形成当初からその活動が終わるまでの間随時なされていることであり(それら供与あるいは申込がなされた金員が,そのいわゆる後援会活動に対する報酬の趣旨を含むものであることは,後に判断するとおりである。),それら幹部,役員らにおいてもその金員を受領することにためらいがなく,むしろそうした金員を受領することが当然との考えも存したことが窺われるのであり,後援会活動と称する活動のためにそうした金員が,しかも少なくない金額が被後援者自身から活動を行う者らに授与され,それが臆面もなく行われているということは,被後援者の人格への共鳴あるいは政治的識見への賛同という動機から行われる本来の後援会活動にそぐわないものであって,むしろその後援会活動と称する活動は金銭によって動機付けられたものと評価し得ること,などの諸事情の存することを指摘することができる。右のような諸事情を考慮し,前述した判断基準に従って判断するならば,本件信貴久治後援会の活動は,被告人久治の人格への共鳴あるいはその政治的識見への賛同に基づいた後援会としての活動の面が全くなかったとまではいえないものの,むしろそうした面は二の次にして,次期衆議院議員選挙に立候補することを予定した被告人久治のための投票獲得のための運動として行われたものであって,それは公職選挙法にいう選挙運動に当たることは明らかであるといわねばならない。
2 選挙の特定に関して
所論は,選挙運動として成立するにはその対象となる選挙が特定していなければならないところ,本件では選挙が実際に施行される約1年半も前に既に選挙運動が行われたとされているが,その頃にはいまだ対象となる選挙が特定していたといえないので,選挙運動は成立しない旨主張する。
そこで検討するに,選挙運動に当たるというためには,当該行われた行為が特定の選挙を目標として行われる必要があり,その意味で選挙の特定が必要であるが,その選挙の特定とは,当該行為を行う者においていかなる選挙を目標としているかを認識し得,またその行為を受ける者において当該行為がいかなる選挙を目標として行われているかを認識し得る状態にあることであると解され,それには選挙の種類とその実施のおおよその時期が有権者一般に予測し得る状態にあれば十分であるといえるので,例えば衆議院議員選挙のための選挙運動において,ある時期に衆議院の解散とそれに引き続く総選挙が行われるであろうとの予測が国民一般の間で可能な状況にあるときには,当該選挙運動の対象となる衆議院議員選挙の特定はあるといえるのであり,たとえその後の政治情勢等により現実にはその解散,総選挙が先に延びる結果になったとしても,先に解散,総選挙を予測して行われた運動が特定の選挙のための選挙運動たる性質を失うものではないと解すべきである。本件では,被告人久治が昭和50年5月次期衆議院議員選挙への立候補を決意して支援組織の組織作りに着手しその後援会活動を開始した当時には,新聞等のマスコミによって当時の政治情勢や過去の実績等から同年内の衆議院の解散と総選挙の実施の予測が取り上げられ,また全国各地での立候補予定者の立候補準備活動や野党の公認候補の決定などが報道されて,マスコミ上は同年末あるいは翌51年1月にも総選挙が行われるであろうとの予測が相当強く報道されていたのであり,それら報道を受けて,昭和50年5月当時には国民一般の間でも,同年末あるいは翌51年1月というそう遠くない時期に次期総選挙がおこなわれるであろうと予測できる状況にあったと認められるのであり,その後,政治情勢や社会情勢の推移と共にマスコミによる総選挙の時期の予測は変化したものの,総選挙実施に対する予測はマスコミによって間断なく報道され,例えば昭和51年春,秋,任期満了の時期といったごとく,順次先の時期の予測が継続して報道されたのであって,現実には当初の予測された時期から約1年後に実施されることとなったが,それまでの間絶えず国民一般の間において数か月先の総選挙の可能性が予測される状態が継続したのであり,被告人久治のための信貴久治後援会による活動も,その間絶えず総選挙の可能性があるものとの予測の下に中断されることなく継続して行われていたのであるから,当初の昭和50年5月ころから選挙が施行された翌51年12月までの間選挙の特定に欠けることはなかったといえるのである。
3 候補者の特定に関して
所論は,選挙運動が成立するためには候補者の特定が必要であるところ,本件信貴久治後援会の活動目標は保守系政治家を支援するというに過ぎず,被告人久治も選挙公示直前まで立候補の決意をしていなかったものであるから,右後援会の活動は特定の候補者のためのものといえず,それをもって選挙運動に当たるということはできない旨主張する。
しかしながら,選挙運動が成立するために必要な立候補者ないしその予定者の特定とは,当該運動が何人のために行われるものであるか判断可能な程度に定まっておれば足りるのであって,その運動の対象となっている者が必ずしも確定的な立候補の意思を有することを必要とするものではないのであるが,本件においては,被告人久治が支援組織の組織作りに着手した当初から次期衆議院議員選挙に立候補する決意を有し,その後も,その内心において動揺があったか否かはともかく,外形的には終始その決意に変わりがないように振舞っていたことは,前示のところからも優に認められるところであり,またその後援会活動が,右立候補の決意を有した被告人久治の当選を目標としてその投票獲得のために行われたものであることも,前示のとおりであって否定すべくもないのであり,本件信貴久治の後援会活動は,特定の立候補予定者である被告人久治のための選挙運動であったことは明らかである。