大阪高等裁判所 昭和59年(う)151号 判決 1984年7月27日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年八月に処する。
原審における未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。
押収にかかる回転式けん銃一丁(大阪高裁昭和五九年押第八一号の2)を没収する。
被告人に対する昭和五八年六月一〇日付起訴状記載の第一の公訴事実(林一義らと共謀のうえ昭和五六年八月中ころ松島數廣に対し逃走資金などとして現金五〇〇万円を供与し、同人を隠避させたとの点)につき、被告人は無罪。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人遠藤政良、同吉田清悟連名作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官小林秀春作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
控訴趣意中、事実誤認の主張について
論旨は、原判決は判示第三の一において被告人が松島數廣に対し店舗購入資金として五〇〇万円を供与したことを同人の逃走に便宜を与えて隠避させたものと認定したが、右五〇〇万円は、松島の内妻居倉美世子が賃借して経営していたバーフェイマスの営業が不振となつたため、同女が松島と相談のうえ右店舗の土地建物を買取つて他に転売しようと考え、その購入資金の一部として被告人から借り受けたものであり、これによつて松島の逃走が容易になる筋合のものでもなく、また被告人には松島の発見を困難ならしめる認識は全くなかつたから、原判決には事実の誤認がある、というのである。
まず、原判決挙示の関係証拠によると、次の事実が認められる。すなわち、昭和五四年一月一三日、松島數廣に対して銃砲刀剣類所持等取締法違反等被疑事件の逮捕状が発布され、同月二一日全国に指名手配されたが、同人はこれより先の同月一五日ころ内妻居倉美世子を伴つて大阪市内から郷里に近い三重県尾鷲市内に引越し、同市内の三階建ビルの一部を賃借し、銀行から融資を受けて原判示バーフェイマスを居倉名義で開店させることとしたが、前示被疑事件で身辺に警察の手がのびていることを察知し、同年二月一二日ころ居倉に「東京へ行つてくる」旨告げて同市を離れたが、同女は同年三月初旬松島不在のまま自ら経営者となつてバーフェイマスを開店し営業を始めた。松島は同女と電話で連絡を取り指示を与えていたが、当初店の経営は順調であつたものの、そのうち家賃や銀行ローンの支払いにも困るようになつたので、同年七月中旬ころ、同女は松島に対してその旨を電話で知らせたところ、松島は月二〇万円の家賃を支払うよりはローンを組んで同店の土地建物を買取つたうえ引続き同女に営業させ、同女らの生活費と自己の逃走資金を得るのが得策であると考え、その所有者らと交渉させた結果二、四九〇万円で買取る話がまとまつた。そこで、同人は、店舗購入の頭金五〇〇万円の工面を兄弟分の宅見組若頭補佐林一義や被告人に頼むこととし、そのころ林を通じて被告人に五〇〇万円の金策を依頼した。被告人は、林から「松島がバーフェイマスの土地建物を買取つて店をやつて行きたいといつてきている。松島は表に出てこれないので、しつかりしたしのぎあてを作つてやる必要があるので、頭金五〇〇万円を出してやつてくれんか」と頼まれたが、松島が組のために事件を起こし、前示の犯罪で指名手配されていることを知りながらこれを了承し、自己の手持金三〇〇万円に他の組員から借りた二〇〇万円を加え合計五〇〇万円を右林とともに同年八月中ころバーフェイマスに持参して居倉に手渡した。松島は、前示のとおり同女と電話連絡をとつて右金員の使途について指示し、同女は右五〇〇万円を頭金に二四〇万円、登記料に五〇万円、家賃滞納分の支払いに二〇万円をそれぞれ支出し、残りを借金の返済と生活費に使用し、松島には何も手渡していない。
以上の事実にもとづき犯人隠避罪の成否について考えるのに、刑法一〇三条の「蔵匿」とは、自己の支配する場所を提供してかくまうことをいうのに対し、「隠避セシメ」るとは、逃げかくれをするのを容易にすることをいい、先例では「蔵匿以外の方法により官憲の発見逮捕を免れしむべき一切の行為を包含する」(大判昭和五年九月一八日刑集九巻六六八頁)とされているが、もとより蔵匿とともに官の発見・逮捕を妨げる行為であるから、右のように「一切の行為」といつても自ら限界があるべきで、蔵匿との対比においてそれと同程度に「官憲の発見逮捕を免れしむべき行為」、つまり逃げかくれさせる行為または逃げかくれするのを直接的に容易にする行為に限定されると解するのが相当であり、それ自体は隠避させることを直接の目的としたとはいい難い行為の結果間接的に安心して逃げかくれできるというようなものまで含めるべきではない。本件の場合、さきに認定したように、五〇〇万円は被告人が松島の内妻居倉の店舗購入金として同女に供与したものであり、松島の手に渡つたのは皆無であるから、被告人の右行為によつて松島が安心して逃走をつづけることができたとしても、これをもつて松島の逃走を容易にし隠避させたということはできない。したがつて、被告人の認識の点に関する所論について判断するまでもなく、原判決が本件五〇〇万円を「店舗購入資金・逃走資金等」と認定し、犯人隠避罪の成立を認めたのは、事実を誤認し法令の解釈適用を誤つたものであり、この誤りは判決は影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。
よつて、量刑不当の論旨に対する判断を省略するが、原判決は判示第三の一の罪とその他の罪とを併合罪として一個の刑を言渡しているので、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決全部を破棄し、同法四〇〇条但書によつて直ちに判決することとし、原判決第三の一の事実を除くその余の事実(但し、原判示第三の二の事実中、「店舗購入資金・逃走資金等」とあるのを「逃走資金等」に改める)に原判決の法条(但し、原判決第三の所為の適条に「包括して」を加える)を適用して被告人を懲役一年八月に処し、原審における未決勾留日数中五〇日を右刑に算入し、主文四項のけん銃一丁は没収する。
被告人に対する昭和五八年六月一〇日付起訴状記載の第一の公訴事実は、前示の理由で罪とならないから、刑事訴訟法三三六条によつて無罪の言渡しをする。
よつて、主文のとおり判決する。
(兒島武雄 荒石利雄 中川隆司)