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大阪高等裁判所 昭和59年(う)640号 判決 1984年9月14日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人平山成信作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、大阪高等検察庁検察官検事加藤保夫作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、原判決の事実誤認もしくは法令適用の誤を主張し、本件において、被告人としては、警備員木山喬弘(以下木山という)が、司法警察員作成の実況見分調書添付の交通事故現場見取図にいう地点(以下地点という)に佇立して、万博場周道路北方から大阪中央環状線側道(以下環状線側道という)に右折進入する車両の交通規制をしていたのであるから、同人がこれら車両を停止させた後は、被告人が土砂を搬入しようとする環状線側道の北側の工事中整地箇所に進入し終るまで、右停車中の車両が木山の停止の合図に従うことを信頼してよいというべきであつて、被告人において、右停車中の車両が錯誤等によつて木山の停止の合図に従わず、被告人運転の大型貨物自動車(以下被告人車という)の後方右側より追従してくることまで予想し、前記工事中整地箇所に右折進入するにあたり、自車右側後方の安全を確認すべき業務上の注意義務はなく、従つて本件事故につき被告人には過失がないというのであるが、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせ検討して、以下のとおり判断する。

本件証拠によれば、事実関係のうち、原判決が「被告人及び弁護人の主張に対する判断」の一項で認定説示する本件事故現場付近及び道路の位置関係、木山の交通規制の一般的、概括的内容、本件事故に至るまでの被告人及び被害者釘宮禮三郎(以下釘宮ともいう)の各車両の運転経路等は、すべて肯認しうるところである。

そこで、本件において最も問題となる木山の交通規制の実態について検討すると、原判決が説示するように、一般的にいつて、交通整理の専門家でない私人の交通整理は、時として過誤を生じ易く、的確な措置を欠いたり、また一般通行車両に対し協力を求める域を出ないという私的規制の性質上規制の方法も徹底せず、警察官のそれに比し強制力がないため運転者に無視される可能性も少なからぬものがあるという限界があり、これを過信することは危険であることは否定しがたいところといわなければならない。本件証拠によれば、原判決が認定しているように、(1)共同企業体千里モノレール作業所(被告人の雇われている会社の元請)と木山の所属する太陽警備保障株式会社との間では、警備員は、大型貨物自動車が土取作業現場内から出て環状線側道北側の工事中整地箇所内に進入するまでの間の交通整理の任にあたることとされており、各作業所における個々の具体的な取り決めはなかつたこと、(2)本件前においても、木山が被告人車を前記実況見分調書交通事故現場見取図ゼブラゾーンの分岐点付近から同見取図①地点(以下①地点という)に誘導するに際し、前記地点に佇立して、万博場周道路を北から環状線側道に右折進行する車両に対し、赤旗による合図をして停止を求めてもその規制に従わない運転者があり、その場合同人はそのまま進行させていたこと、(3)本件において、被害者釘宮としては木山の停止の合図は被告人車を前記①地点まで後退誘導するためのもので、同車が①地点まで後退した後、同地点から環状線側道を南西に向け発進した後は停止車両も進行してよいものと思い、木山の赤旗の合図を確認することなく被告人車に追従して発進したこと、それに対し木山は何らこれを制止、警告する等の措置をとらなかつたことが認められ、右認定の(2)及び(3)の事実は、右木山の規制措置が前記私的交通規制の限界もしくは一般的な欠陥を蔵するものであつたことを物語るものというべきである。

所論は、本件以前に木山の停止の合図に従わない車両があつたとしても、それは、木山が被告人車をゼブラゾーン上前記①地点まで被告人車を誘導した後のことではなく、右①地点に誘導するまでの段階でのことであり、本件において、木山は前記地点で後続の環状線側道への右折進入車が全て停止したことを見届けたうえ且つ停止の合図を継続しながら被告人車を①地点まで誘導し、ついで北側工事中整地箇所まで進入させていたのであり、本件事故は、木山の右停止の合図の継続中被告人車が①地点発進後に発生したものであること、また釘宮が発進したのは同人の重大な錯誤によるもので、同人は木山の赤旗の合図を確認せず、突然発進したのであり、木山においてこれを制止する等しなかつたのは、その余裕がなかつたためであるというのであるが、なるほど、木山の交通規制に従わなかつた車両は所論のとおり被告人車をゼブラゾーン上①地点まで後退誘導する段階以前のことであるとしても、現実に規制に従わない車両があるという事実は、私人による交通規制が時に無視される可能性があることを裏付ける事実といわねばならず、また本件において、木山が釘宮の進行を制止する等の措置に出なかつたのは、釘宮が突然発進したため間に合わなかつたためであるというが、釘宮車の速度は遅かつたのであるから(時速一〇ないし二〇キロメートル)、木山において大声を出すなどして、これを制止するなり警告することができたと思われるのに、同人は何らこれらの措置をしていないのであつて、同人の規制は徹底を欠いた不十分なものであつたというべきである。

さらに所論は、原判決は、木山の交通規制について、被告人車の誘導及びこれに伴う交通整理の具体的方法等について被告人と木山との間に直接打合わせもなく、被告人は木山の交通整理の内容及びその実態を把握していなかつた旨認定したのは事実誤認であるというのであるが、右原判決の説示する趣旨がかならずしも明白とはいえないとしても、被告人と木山との間に、本件のようにたまたま木山の停止の合図を見誤つて進行するような車両があつた場合、木山においてあくまで制止させるのか、被告人との連絡はどうするか、或いは横断歩道付近から環状線側道に入る人車があつた場合の規制をどのようにするかなどについての具体的な打合わせがなかつたことは明らかなところであるから、その意味において、被告人は木山の交通規制の内容及び実態を把握していなかつたというべく、原判決に所論のような事実誤認はない。

つぎに、所論は、本件事故はすべて釘宮の重大な錯誤に原因があり、信頼の原則からいつても被告人に原判示のような過失はないというのである。

よつて検討すると、すでにみたように、木山の被告人車に対する誘導及びこれに伴う交通整理の範囲は、原判決説示のとおり、被告人車が前記ゼブラゾーン南側にある土取作業現場から土砂を積載した後、後退して南歩道の出入口に差しかかる時点から、被告人車が前記①地点まで後退し、同地点から環状線側道を南西進して本件事故現場である道路北側の工事中整地箇所に進入する時点までの間の被告人車の誘導及びこれに伴う万博場周辺道路及び環状線側道の交通の整理であり、同人は万博場周道路を北から環状線側道へ右折進行する車両に対し、赤旗によりその交通を規制していたのであるが、もともと警備員による誘導や交通規制は、運転者のみでは安全の確認や交通の円滑を期することが不可能であるかもしくは著しく困難な部分について運転者を補助するためになされるものであること、木山が佇立して交通規制をしている地点から被告人車が右折進入する工事中整地箇所入口中央までは約四三メートル(①地点から入口中央まで約三六メートルであるから、これに被告人車の車体の長さ約七メートルを加えた距離)もあり、相当長い距離であること、環状線側道は被告人車進行方向の一方通行であつて、対向車はなく、右折に際しては右後方に対する注意を払うことは容易であると思われることなどに徴すれば、被告人車に関する木山の誘導及びこれに伴う交通規制の中心をなすものは、被告人車をゼブラゾーン上①地点まで後退させることにあると認めるのが相当であり、万博場周辺道路北方から環状線側道へ右折進行しようとして停止させられた一般車両にもそのように受け取られるのがむしろ自然と思われること、これらに加えて、被告人車が右折進入すべき工事現場が①地点にきわめて近接した場所にあり、被告人車が同所に右折進入することが明白に察知できる状況であればともかく、本件のように被告人車が右折進入すべぎ工事現場が前記のように①地点から相当離れたところにあり、かつ、同工事現場付近は道路沿いに設置された安全棚が7.7メートルの間取除かれていたのみで、工事中である旨の標示は工事現場から離れた南側歩道の北端にあつただけというのであるから(被告人の当審供述)、①地点を発進した被告人車が右工事中整地箇所に右折進入することが誰の目にも容易に察知できる状況にあつたとはいえないこと等を総合勘案すると、被告人車が①地点まで後退誘導された段階で、一応木山の規制は終つたものと判断し、本件における釘宮のように、被告人車が①地点から発進した後は、同車に追従して発進しても差支えないものと考え、木山の規制を誤認して、同人の進行の合図を確認することなく漫然発進してしまう車両がありうるというべきであり、そのように誤認したからといつて、その者を一方的に非難できないものというべきであり、換言すれば、本件のような交通規制を私人である木山が完全に徹底して行うことはそれほど容易なことではなく、比較的複雑な交通規制であるともいえるのである。

以上説示の諸事情を総合考察すると、木山が行う被告人車の誘導及び万博場周道路を北から環状線側道に右折進入してくる車両に対する交通規制措置は、被告人車がゼブラゾーン南側の土取現場から土砂を積載して①地点まで後退するまでの間のことに重点が置かれているものと認むべきところ、被告人車のその間の運転に際しての危険防止の木山の前示措置の実態は概ね適切といつてよく、かつまた、その間における被告人車の運転については、被告人としても木山の右措置に頼るほかないのであるから、被告人が木山の右措置を信頼して運転することは是認できるところというべきであるが、被告人車を①地点から発進させた後においては、被告人において、木山の行う交通規制の効果を過信し、それに安心して運転することは甚だ危険なことであり、木山の規制があるからといつて右折に際しての後続車に対する安全確認義務を免れるものとはいい難い。

さらに、前記のように、警備員は運転者のみでは安全の確認が行なわれにくい部分について、運転者を補助するために交通整理をするものであること、しかるに運転者において安全の確認が十分に可能な部分についてまで、警備員がいる以上専ら警備員において安全確認の責任を負担し、運転者には全く安全確認義務がないというのは、警備員を配置した趣旨にも合致しないし、常識にも合わないこと、そして、本件において被告人が前記①地点を発進し、工事中整地箇所に右折進入するまでの間運転進行する距離が前記のように相当長く、かつ、前記のとおり本件道路が被告人進行方向の一方通行で、右折する場合右後方に対する安全確認は容易であつて、むしろ右折に際しての道路通行車両等に対する注意としては後続車両等に対する安全確認に重点が置かれるべきであることに徴すれば、本件において、被告人に対し、右折するに際しての右後方安全確認義務を課したからといつて、決して過酷なことにはならないというべきである。

なお付言するに、本件において、木山が大声を出すなどして釘宮車の進行を制止する措置に出なかつたことは前記認定のとおりであり、それは所論のように木山において制止するいとまがなかつたためではなく、前説示のとおり、制止することができたにも拘らず木山が徹底した規制をしなかつたためであると認められるが、木山が徹底した規制をしなかつたことの裏には、たとえそのまま釘宮が進行したとしても、被告人車が右折進入すべき工事現場が近くにあり、同車は右折の合図をして右折すること、双方の車両の速度、被告人においても右折に際し一べつすれば釘宮が追従していることに気付くであろうこと、従つて双方が少し注意すれば事故にはならないであろうとの判断があつたのではないかとさえ推認されるのであつて、そのような判断は、本件においてはむしろ常識的な判断であると考える。

以上みてきたとおり、本件において、木山の赤旗による交通規制がなされていたとしても、被告人としては、①地点発進後においては、自車後方から進行して来る車両のありうることを予想すべき状況にあり、被告人が、万博場周道路北方から環状線側道に進行してくる車両の運転者が木山の赤旗の合図に従つて、被告人車が北側工事中整地箇所に進入し終るまで完全に右規制を遵守するものと信頼すること自体相当でないものというべきであり、被告人としては右折するに際し、自車(被告人車)右側を進行して来る車両の有無を確かめ、その安全を確認すべき業務上の注意義務があるものといわなければならない。

所論引用の判例(昭和四八年三月二二日最高裁第一小法廷判決)は事案を異にし、本件に適切でない。

なお、原判決は、被告人に業務上の注意義務を認める根拠として、前記①地点から工事中整地箇所に行くまでの間に横断歩道があり、同所を通つて環状線側道に入る人車について木山の交通規制が及ばない状況において、被告人が、右横断歩道を出て環状線側道に進入する自転車等はないものと即断することはできず、これらのありうることを予想すべきとし、被告人に一般道路から本件路外施設に右折進入するにあたり、自車右側を進行してくる車両の有無、安全を確認すべき一般的注意義務があることをも判示しており、これに対し、所論は、本件で具体的に問題となつているのは、木山の交通規制にも拘らず、被告人車の右側後方から進行してきた釘宮の自動二輪車に対して安全確認義務があるか否かであり、歩道から進入してくる自転車等に対する一般的な安全確認義務が問題となつているわけではないし、本件事故の発生した環状線側道は環状線への進入路であり、環状線が実際上自動車の専用道路となつている現状から考えて、自転車等が右側道に進入する場合は殆んど考えられないから、原判決は判断を誤つているというのである。

しかし、当裁判所は、すでに説示したように、木山の本件交通規制の実情並びに本件道路及び現場の状況にかんがみ、木山の停止の合図にも拘らず、被告人車の後方から進行してくる車両のありうることを予想すべき状況にあり、被告人において、木山の合図で停止した車両がすべて同人の規制に従うものと信頼すること自体相当でないと判断するものであり、従つて歩道から環状線側道へ進入する自転車等がどの程度あるのか、或いはないのか、またあるとして本件事故と具体的にいかなる関連があるとみるべきかという所論指摘の論点を問題にするまでもなく、被告人に原判決判示のような業務上の注意義務を認めることができると解するので、この点については特に判断しないこととする。もつとも、すでにみたように、前記地点から本件事故現場である工事中整地付近まで四〇メートル以上あること、その間に横断歩道が設けられており、同所付近を人車が通行する可能性があることは当然であり、これらの者に対し地点にいる木山の規制は及びにくいことは否定できず、このことから、一般車両の目から見ても木山の交通規制の中心は被告人車がゼブラゾーン上を①地点まで後退する間にあると考えられ、従つてそれが終つた後は木山の停止の合図も看過される可能性があることなどは、木山の交通規制の実情ないし実態の認定に影響する事実というべく、前説示のとおり、その限りでこれらの状況が本件被告人の業務上の注意義務の存在と関連することは別問題である。

その他所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせ検討するも、原判決には注意義務を認める根拠において前説示のように当裁判所と一部異なるものの、結論として原判示のような注意義務を認定したのは相当であつて、所論の如き事実誤認もしくは法令適用の誤はない。論旨はいずれも理由がない。

よつて刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(家村繁治 田中清 河上元康)

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