大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

大阪高等裁判所 昭和59年(う)702号 判決 1984年9月19日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から五年間、右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人若尾令英及び被告人作成の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。

各論旨は、いずれも、原判決の量刑が不当である、というのである。

所論に先だち、まず職権をもつて調査するに、原判決は、「罪となるべき事実」として、被告人が昭和五九年二月二八日(第一)、同年三月五日(第二)、同月一四日(第三)にそれぞれ犯した三個の窃盗の事実を認定したが、右第三の事実を認定した証拠としては、被告人の原審公判廷における供述並びに司法警察員(同年四月六日付)及び検察官(同月九日付)に対する各供述調書を掲げるだけで、他に何らの証拠を掲げていない(もつとも、記録によれば、原審においては、右窃盗の被害者作成の被害届等自白の真実性を保障するに足りる補強証拠が、同意のうえ他の証拠とともに取り調べられ、記録に編てつされていることが明らかである。)。ところで、刑事訴訟法三三五条一項が、有罪判決の理由として、罪となるべき事実、法令の適用と並んで証拠の標目の記載を要求している趣旨は、罪となるべき事実の認定の用に供した証拠のうち、これを認定するに足りる必要にして十分な証拠を明示させることによつて、事実認定の適正を担保しようとする点にあると解されるが、他方、同法三一九条二項は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、被告人は有罪とされない旨規定しているのであるから、この点をも考慮すると、有罪判決の理由としての証拠の標目中には、被告人の自白を引用するだけでは不十分であり、これとともに、その真実性を客観的に保障するに足りる最少限度の補強証拠を引用すべきことも、当然のことといわなければならない。そうすると、ことここに出でず、原判示第三の事実の証拠として、被告人の自白のみを挙示し、他に何らの証拠を引用しなかつた原判決には、法の要求する最少限度の理由の記載を欠き、理由不備の違法があるというべきである。従つて、原判決は、まずこの点において破棄を免れない。

よつて、論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三七八条四号により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により、当審において直ちに次のとおり自判する。

当裁判所が認定した「罪となるべき事実」及び挙示する「証拠の標目」は、原判決の「証拠の標目」欄の末尾に、「前野清子及び同茂夫作成の各被害届」を加えるほか、原判決が認定し、挙示するそれと同一である。

被告人の判示各所為は、いずれも刑法二三五条に該当するが、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を処断すべきところ、本件各犯行は、これまでに一九回にも及び同種手口の窃盗、常習累犯窃盗等の前科前歴を有し、成人後の人生の大部分を刑務所等の施設で過ごしてきた被告人が、金員に窮した末、事前に準備したドライバー、手袋等を使用して、長期不在の各被害者方から、時価一九万円相当の金品を窃取したという悪質なものではあるが、被告人は、昭和五二年五月に前刑の執行を受け終つて以来、従来の生活態度を深く反省し、一転して正業に就くなどの努力をしてきたほか、妻一代と婚姻して、ささやかな家庭を営み、今回の事件を惹起するまでの約七年間、ともかくも真面目に稼働してきたものであつて、その間に被告人が示した更生に対する意欲は、前記のような多数の前科前歴を有するもののそれとしては、異例のものとも思えること、本件各犯行は、妻の難病の治療のため高額の手術代の必要に迫られた被告人が、金相場や株式取引に手を出し、いつたんはある程度の成功を収めたものの、結局失敗してサラ金にも追われる身となり、ついには安易な気持に負けて手慣れた忍込み窃盗への道をたどつて犯したものではあるが、右犯行に至るまでの過程において、被告人なりに種々懊悩した形跡が窺われ、また、犯行の直接の動機はともかく、そのよつてきたる遠因には同情の余地がないとはいえないこと、賍品の大部分は、被害者らの手に戻つているうえに、原判決後における被告人の妻の努力によつて、被害者らの実質的被害も、ある程度回復されていること、さらには、被告人がすでに七〇歳という高齢に達していることなど、記録並びに当審における事実取調べの結果によつて明らかな諸般の事情に照らすと、本件については、今回に限り被告人に対する刑の執行を猶予するのが相当であると認められるので、前記処断刑の範囲内で、被告人を懲役一年に処し刑法二一条により原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入したうえ、同法二五条一項に基づきこの裁判の確定した日から五年間右刑の執行を猶予することとし、なお原審及び当審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用しこれを被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(松井薫 村上保之助 木谷明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例