大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)1720号 判決 1985年2月06日
控訴人(被告) ゼ・ホンコン・エンド・シャンハイ・バンキング・コルポレーション
被控訴人(原告) 新居正美
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 控訴人は被控訴人に対し、金七三万九五〇〇円及びこれに対する昭和五五年七月一日から同五八年四月一二日まで年五分の割合による金員を支払え。
三 被控訴人のその余の請求を棄却する。
四 被控訴人は控訴人に対し、金二万八二五一円及びこれに対する昭和五八年四月一三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
五 控訴人のその余の申立を棄却する。
六 訴訟費用は第一、二審を通じて一〇分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。
事実
第一申立
(第六三九号事件)
一 控訴人
1 原判決を取消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
(第一七二〇号事件)
一 控訴人
被控訴人は控訴人に対し、金一三万一、一七三円及びこれに対する昭和五八年四月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被控訴人
本件申立を却下する。
第二主張
次のように訂正、付加するほか原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決二枚目表一一行目(編注、本書四九頁一一行目)の「勤務年限」を「勤続年数」に、裏一行目(同上、四九頁一二行目)の「主とした」を「主な」に各訂正する。
二 同九枚目裏三行目(同上、五四頁一五行目)の「就業規則の」の次に「明文に反しかつ」を付加する。
三 同一五枚目裏二行目(同上、五八頁一五行目)の「もられる」を「もらえる」に訂正する。
四 控訴人の主張
1 控訴人従業員の賃金、退職金の額は、被控訴人のごとく勤続年数の極めて短い中途入社社員についても長期の勤続者についても、相当の高水準にある。そのため、昭和五三年度まで行われてきたように、各年度の賃金協定の締結に伴い、基本給の昇給分とベースアツプ 分を退職金の計算に当たり共に一〇〇パーセント取り入れると、将来ベース・アツプが毎年行われた場合、控訴人が従業員に支払う退職金が、控訴人にとつて非常に重い負担となることが予想された。
2 そこで控訴人は、従業員組合及び外銀労に対し、昭和五四年度以降の退職金については、同年度以降の基本給の昇給分は、従来通り退職金の算定に当たり一〇〇パーセント反映させるが、同年度以降のベース・アツプ分についてはその一部を反映させることを提案し、両組合と団体交渉に入つた。
3 その結果、従業員組合との間では、昭和五五年一〇月一六日退職金計算の基礎として、賃金協定の基本給表の代りに、事務行員については年齢、勤続年数別に、又非事務行員については勤続年数別に、それぞれ退職金算定の基礎となる月給(いわゆる第二基本給)を定めた体系表(B表という)を添付した昭和五四年度退職金協定が締結されたが、同協定の有効期間は昭和五四年一二月三一日までであつた。
4 昭和五九年七月二五日、控訴人と従業員組合との間で、昭和五五年一月一日から同年末日までを有効期間とする同年度退職金協定(乙第一六号証の一、二)及び昭和五六年一月一日から同年末日までを有効期間とする同年度退職金協定(乙第一七号証の一、二)がいずれも締結された。
5 昭和五九年八月二一日控訴人は、大阪支店を管轄する大阪中央労働基準監督署に対し、控訴人と従業員組合との間の昭和五五、五六年度退職金協定の英文及び訳文要旨を添付した就業規則変更届(乙第一八、一九号証)に、同組合のこれに対する意見書を添えて提出する一方、その翌日変更後の就業規則を控訴人大阪支店内に掲示するとともに、同支店総務課に備え付けて全従業員に周知させる手続をした後、昭和五六年までに退職した者全員に対する退職金の最終清算による追加支払等を同日中に完了した。
6 ところで控訴人と従業員組合との間の昭和五五年度退職金協定によると、被控訴人と同職種(メツセンジヤー)、同一勤続年数の従業員組合に属する従業員が、被控訴人と同様昭和五五年六月三〇日に退職した場合、退職金計算の基礎となる第二基本給(月給)は、同年度退職金協定に添付された「一九八〇年度退職金の為の非事務行員月給表」(乙第一六号証の一、二)により一四万九〇〇〇円となり、これを基本として同協定の定めた方法により退職金額を計算すると、別紙計算書記載のとおり退職一時金五五万一三〇〇円、退職年金一時払金一八万八二〇〇円合計七三万九五〇〇円となる。
7 昭和五五年六月三〇日当時控訴人大阪支店の従業員は、スタツフオフイサー(部長代理職)以上の者で控訴人と組合との間の退職金協定、賃金協定等の適用をうけない管理職一〇名と一般従業員七七名で構成され、後者の内訳は、従業員組合に加入している者五二名、外銀労に加入している者一九名、何れの組合にも加入していない者六名であつたが、右非組合員には従来控訴人と従業員組合との間で締結された各年度の退職金協定が適用されてきたので、一般従業員総数七七名の四分の三以上にあたる五八名が同協定の適用を受けていた。
8 そうすると、労働組合法一七条の定める一般的拘束力により、少数組合である外銀労に加入している被控訴人に対しても、右退職金協定が適用されることとなり、被控訴人に支払うべき退職金の額は、前記のとおり七三万九五〇〇円である。
9 しかるに被控訴人は、原判決の仮執行宣言に基づく大阪地方裁判所の差押命令により、昭和五八年四月一二日控訴人から七六万四三〇〇円とこれに対する昭和五五年七月一日から同五八年四月一二日まで年五分の割合による遅延損害金一〇万六三七三円の合計八七万〇六七三円の支払をうけ、前記退職金七三万九五〇〇円との差額一三万一一七三円を不当に利得した。
10 よつて、控訴人は被控訴人に対し、民訴法三七八条、一九八条二項に基づき右差額金一三万一一七三円の返還と、これに対する前記支払日の翌日である昭和五八年四月一三日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による損害金の支払を求める。
五 被控訴人の主張
1 控訴人の仮執行による給付の一部返還及び損害賠償を求める申立並びに労働組合法一七条の定める一般的拘束力に関する主張は、故意又は重大な過失に基づく時機に遅れた攻撃防禦方法であるから、不適法として却下されるべきである。
2 控訴人の当審における主張中、控訴人と従業員組合との間で昭和五九年七月二五日控訴人主張の内容の昭和五五、五六年度退職金協定が締結され、控訴人主張の日に管轄労働基準監督署に主張のように届出られたこと、右五五年度退職金協定を被控訴人に適用するとその退職金の額は七三万九五〇〇円となること、控訴人大阪支店における昭和五五年六月三〇日当時の管理職である従業員数、一般従業員数、従業員組合加入者数、外銀労加入者数、一般従業員中の非組合員数がいずれも主張のとおりであること、被控訴人が原判決の仮執行宣言に基づく大阪地方裁判所の差押命令により、主張の日に主張の金額の支払を受けたことは認めるが、その余は争う。管理職のうち、組合員資格を有しない者は、二名である。
3 労働協約中の規範的部分は、労働条件を定める労働契約の内容となるものであるから、協約の失効後もなお効力を有し、個々の労働者の同意のない限り変えることはできない。
したがつて、昭和五九年七月二五日に控訴人と従業員組合との間で締結された昭和五五年度退職金協定によつて、既に同五五年六月三〇日に発生し、就業規則又は労働契約により確定した被控訴人の退職金請求権は、何ら影響をうけるものではない。労働基準法九二条、労働組合法一六条は、労働協約、就業規則、労働契約が、同時期、並列的に存在している場合のことを規定したに過ぎず、新協定で、労働条件が労働者側に不利になつた場合には適用されないものである。
4 労働組合法一七条は、労働協約の適用をうけず、低い労働条件に甘んじている少数労働者がいると、労働協約の維持、改善に支障を来すので、一工場事業場に常時使用される労働者の四分の三以上に適用される協約規範を四分の一に満たない同種労働者に拡張適用することにより、協約規範と協約当事者である組合の地位を安定させることを目的としている。したがつて、右四分の三の数には事実上協約の適用をうけているに過ぎない非組合員は含まれない。また少数労働者が労働組合を結成している場合はその団結権を制約されるから右少数労働者に対し同条の適用はないと解すべきである。
第三証拠<省略>
理由
一 被控訴人は、控訴人が当審においてなした被控訴人の仮執行による給付の一部返還、損害賠償の申立及び被控訴人の本件退職金につき労働組合法一七条により控訴人と従業員組合との間に締結された昭和五五年度退職金協定の適用があるとの主張は、いずれも時機に遅れた攻撃防禦方法として不適法であると主張するので考察する。
民訴法一三九条は、民事訴訟における攻撃防禦方法の提出についての原則である随時提出主義(同法一三七条)に対し、迅速な裁判を求める公益上の要請に基づく制約として設けられたものであるところ、本件の弁論の全趣旨に照らして控訴人の右訴訟行為に故意又は重大な過失があつたと認められないことはもとより、本件記録によれば控訴人の右申立及び主張は、再開後の当審第一〇回口頭弁論期日(昭和五九年八月六日)に提出されたものではあるが、第一二回口頭弁論期日(同年一一月六日)には弁論が終結されかつ判決言渡期日が指定されているのであるから、右訴訟の経過に鑑みると、これらが時機に遅れて提出されたため訴訟の完結を遅延せしめたということはできない。
したがつて、被控訴人の右主張は採用できないので、本案につき順次判断する。
二 当事者間に争いのない事実については、原判決理由一、二及び三の1(原判決一六枚目裏九行目から一八枚目裏六行目まで(同上、五九頁五行目から六〇頁九行目まで))に記載のとおりであるから、これを引用する。たゞし、同一七枚目表三行目(同上、五九頁八行目)の「勤務年限」を「勤続年数」に、裏四行目(同上、五九頁一六行目)の「現在」から五行目(同上、五九頁一六行目)の「ところ、」までを「昭和五八年六月三〇日まで勤務したこと、」に、六行目(同上、五九頁一七行目)の「担当」を「相当」に各訂正し、九行目から一一行目まで(同上、五九頁一九行目から五九頁末行まで)と同一八枚目裏二行目から六行目まで(同上、六〇頁九行目から六〇頁一〇行目まで)を各削除する。
三 1 ところで、労働組合法一七条は、一の工場事業場に常時使用される同種労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用をうけるに至つたときは、当該工場事業場に使用される他の同種労働者に対しても当該労働協約が適用される旨のいわゆる労働協約の一般的拘束力を定めている。
2 右同条にいう一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至つたときとは、次のように解される。すなわち右同条が、労働組合又は組合員を対象とするものではなく、個々の労働者自体を対象として定められ、一定範囲における最低労働条件の統一的規整並びに同種労働者間における労働条件をめぐる紛議の防止解決等を主たる目的とする立法の趣旨に照らせば、当該協約の適用を受けている限り、単にその協約を締結した協約当事者である労働組合の組合員のみでなく、非組合員である一般従業員も加えた数が、一の工場事業場で常時使用される同種労働者の四分の三以上であるときは、右協約の適用をうけていない少数労働者にもその効力が及ぶものと解すべきである。もつとも、少数労働者が多数組合の外に別に労働組合を結成している場合に、多数組合の締結した労働協約の一般的拘束力が及ぶか否かについては、議論がある。
3 しかし、当該工場事業場の一般従業員の四分の一に満たない労働者が別個に労働組合を結成している場合であつても、右少数組合が、いまだ労働協約を結ぶに至つていない労働条件その他労働者の待遇に関する基準(いわゆる規範的部分)につき、又は過去において当該事項につき協約を締結したことはあるが、既に右協約が失効している場合においては、労働組合法一七条に基づく労働協約の一般的拘束力は、右少数労働者に及ぶものと解するのが相当である。その理由は次のとおりである。
まず、労働組合法一七条は、個々の労働者を対象とする労働者保護の規定であつて、少数組合の存否は直接の関係がなく、同条の文言からみても、少数組合の存在は同条適用につき除外事由とならないものである。これを実質的に考察しても、仮に少数組合が存在するからといつて、同組合が後記のような事情により労働協約を締結せず、又は過去において締結したことはあるが同協約が既に失効している場合には、多数組合が締結した協約により少数労働者を保護し、少くとも規範的部分については最低的保障を与えるべき切実な実際上の必要性が存在する。それのみではなく、少数組合が弱体であるとか、交渉能力が十分でないため協約締結を危ぶまれる場合においては、これによつて協約締結の基礎を与えられることになるのであつて、被控訴人主張のように団結権を制約されるどころか、むしろ、これを手掛りとして、多数組合の締結した協約よりも一層有利な内容の協約の成立を目指して団体交渉及び団体行動をなす自由と可能性を有するのであり、何ら少数組合の自主性を害される虞れはなく、対抗関係で弱い立場に立つことが多いとみられる少数組合に多数組合の協約の限度までの利益を常に保障することによつて、実質的に、少数組合の自主性を支え、団結権の行使に役立つと解されるからである。
四 前記当事者間に争いのない事実、前掲各証拠、成立に争いのない甲第一、第二号証、第四、第五号証、第八号証の一、二、第九号証、乙第一ないし第四号証、第五、第一二号証の各一、二、第一三、第一五号証、第一六、第一七号証の各一、二、第一八ないし第二〇号証、第二一号証の一ないし四、第二二号証、原、当審における控訴人代表者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。
1 控訴人大阪支店においては、以前から控訴人と労働組合との間でほとんど毎年のように全従業員につき画一的統一的に賃金を改定し、退職金についても僅か一年の有効期間を定めてこれを更新し又は改定し、その度毎に就業規則を変更して、所轄労働基準監督署に届出するのを例としていた。
2 昭和五五年一〇月一六日控訴人と従業員組合との間において、同五三年一二月三一日失効した同五〇年六月二六日発効の退職金協定の基本給を別に作成したB表の月収(いわゆる第二基本給)に改めることを骨子とし、その他所要の改正を施し、昭和五四年一二月三一日まで有効期間を延長した改定退職金協定が締結され、書面に作成し両当事者がこれに署名したが、外銀労との間では昭和五四年度の退職金協定は締結されなかつた。
3 昭和五九年七月二五日、控訴人と従業員組合との間において、前記改定退職金協定の有効期間を一年ずつ延長する形式により昭和五五年度及び同五六年度の退職金協定が締結され、いずれも書面に作成し両当事者がこれに署名したが、外銀労との間では昭和五五、五六年度の退職金協定は締結されず、現在に至るも締結される見通しは立つていない。
4 控訴人は、昭和五九年八月一六日従業員組合との間で締結した前記退職金協定に基き変更される就業規則は、外銀労加入者及び非組合員にも適用がある旨を口頭で外銀労等に通告した。
5 昭和五九年八月二一日控訴人大阪支店は、従業員組合との間で締結された昭和五五、五六年度退職金協定の英文原本写及び訳文の要旨を添付した各就業規則変更届に、同支店の従業員の過半数を占める労働組合である従業員組合の意見書を添え、大阪中央労働基準監督署に届け出た。
翌二二日同支店は、変更後の就業規則を同支店内に掲示して告知するとともに、同支店総務課にこれを備え付け、全従業員の縦覧に供した。
6 被控訴人の退職日である昭和五五年六月三〇日当時における控訴人大阪支店の従業員の構成は、スタツフオフイサー(部長代理職)以上の従業員で、控訴人と組合間の賃金協定、退職金協定等の適用を受けない管理職一〇名を除く一般従業員七七名中、従業員組合加入者五二名、外銀労加入者一九名、いずれの組合にも加入していない非組合員六名であつたが、前記昭和五五、五六年度退職金協定が締結された昭和五九年七月二五日当時においては、管理職一〇名、従業員組合加入者四三名、外銀労加入者一五名、非組合員六名の構成であつた。(被控訴人は、右管理職中にも組合員資格を有する者がいた旨主張するが、その事実は認められない。)
7 控訴人大阪支店においては、古くから非組合員に対しても従業員組合との間で締結された賃金協定、退職金協定が適用されてきたので、前記昭和五五年六月三〇日及び同五九年七月二五日のいずれの時点においても、前記従業員組合との間の退職金協定の適用をうける常時使用される同種労働者数は、同支店一般従業員総数の四分の三に達していた。
8 昭和五四年一月一日から同五六年一二月三一日までの間における控訴人大阪支店の一般従業員の退職者は、被控訴人を除き三名であつたが、そのうち二名は、従業員組合加入者、他の一名は非組合員であり、いずれも前記従業員組合との間の各年度退職金協定が適用され、すべて清算を了している。
五 前記認定事実によれば、昭和五五年六月三〇日付退職者である被控訴人に対しては、昭和五三年一二月三一日失効した本件協定は適用がなく、労働組合法一七条により控訴人と従業員組合との間で締結された昭和五五年度退職金協定が適用されるものと認めるのが相当であるところ、同協定に基づき被控訴人の退職金を計算すると、別紙計算書記載のとおり七三万九五〇〇円となることは、当事者間に争いがない。
六 1 被控訴人は、過去に締結した労働協約の規範的部分は、労働契約の内容となるから、労働協約が失効してもなお効力を保有し、個々の労働者の同意を得ない限り変更できない旨主張する。
しかし前記のように、使用者と労働組合とがほとんど毎年全従業員につき画一的統一的に賃金を改定し、退職金についても短期一年の有効期間を定めてこれを更新し又は改定し、その度毎に就業規則を変更して所轄労働基準監督署に届出するのを常態としていた本件の過去における労使関係に鑑みると、失効した過去の労働協約が当然に労働契約の内容となるものは容易に解し難いのみでなく、失効した筈の労働協約がなお実質上効力を保有し、他の有効な労働協約の労働組合法一七条に定める一般的拘束力に優先する効力を有するものとは到底解することができない。それ故、被控訴人の右主張は採用できない。
2 被控訴人は又、昭和五九年七月二五日に控訴人と従業員組合との間で締結された昭和五五年度退職金協定は、既に同五五年六月三〇日に発生した被控訴人の退職金請求権に対し遡及して影響を及ぼさないと主張する。
しかし、被控訴人主張の日を退職日とすることに合意したとはいえ、被控訴人がその後昭和五八年六月三〇日まで控訴人の従業員たる身分を有していたことは、前記認定のとおりであり、形式的に賃金又は退職金請求権が発生していても、具体的金額が未定である場合に後の労働協約によりその金額を協定し、過去に遡つて適用することは何ら妨げられるべき理由はなく、成立に争いのない甲第一九、第二〇号証、第二一号証の一ないし七、乙第九ないし第一一号証の各一、二によれば、控訴人と従業員組合との間では勿論のこと、控訴人と外銀労との間においても、従来各年度の賃金、ボーナス協定においてほとんど常に遡及適用をしており、被控訴人の賃金については昭和五八年度まで遡及適用していたことが明らかであり、その内容において賃金の後払いと異ならない退職金について取扱いを異にすべき理由は全く存しない。
したがつて、被控訴人の右主張も採用できない。
七 1 控訴人は、控訴人銀行では退職金協定の失効時における基本給月額を基礎として算定した金額を退職日に仮払いし、後日新退職金協定締結時に過不足を清算するという慣行があると主張するが、右主張に対する判断は、原判決理由中の同二二枚目裏五行目から同二三枚目表九行目まで(同上、六三頁二行目から同頁九行目まで)に記載の説示と同一であるから、これを引用する。たゞし、同二三枚目表七行目(同上、六三頁八行目)の「証人宮崎六郎の証言」を「控訴人代表者宮崎六郎の原審における供述部分」に訂正する。
2 次に控訴人は、昭和五五年六月二八日、同年一二月三一日、同五六年四月一〇日の三回にわたり主張の金額を提示し、受領方を告知し、支払準備を完了して弁済の提供をしたのに、被控訴人はこれを受領しなかつたから、受領遅滞の責任があると主張する。
しかし、被控訴人の退職金は、前記のとおり七三万九五〇〇円であつて、控訴人の提示した金額はいずれもこれに満たなかつたから、債務の本旨に従つた弁済の提供ではなく、被控訴人に受領遅滞の責任はないというべきである。
八 被控訴人が、昭和五八年四月一二日控訴人から原判決の仮執行宣言に基づく大阪地方裁判所の差押命令により、七六万四三〇〇円とこれに対する昭和五五年七月一日から右同日まで年五分の割合による遅延損害金一〇万六三七三円の合計八七万〇六七三円の支払をうけた事実は、当事者間に争いがない。
九 そうすると、被控訴人が控訴人から支払をうけた金額から、被控訴人の退職金七三万九五〇〇円とこれに対する昭和五五年七月一日から同五八年四月一二日まで年五分の割合による遅延損害金一〇万二九二二円(円未満切捨て)の合計八四万二四二二円を控除した差額二万八二五一円は過剰給付として控訴人に返還すべきものである。
一〇 よつて、被控訴人の本訴請求中、七三万九五〇〇円とこれに対する退職日の翌日である昭和五五年七月一日以降強制執行日である同五八年四月一二日まで、控訴人の本件申立中、二万八二五一円とこれに対する強制執行日の翌日である昭和五八年四月一三日以降完済に至るまでそれぞれ民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから、これを認容し、その余は失当であるからいずれも棄却すべく、右と異る原判決を主文表示のとおり変更することとし、第一、二審の訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤野岩雄 仲江利政 蒲原範明)
別紙計算書<省略>
原審判決の主文、事実及び理由
主文
一 被告は、原告に対し、金七六万四三〇〇円、及びこれに対する昭和五五年七月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文の第一、二項と同旨及び仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
被告は、いわゆる在日外国銀行であり、香港に本店を有し、東京、大阪にその営業所(支店)を有している。
原告は、昭和五二年六月一六日から、訴外関西明装株式会社の社員として被告大阪支店に出向し、メツセンジヤーとして勤務していたところ、昭和五三年一二月七日、被告との間に、臨時従業員雇用契約を締結して被告の従業員となると同時に、勤務年限としては、前記昭和五二年六月一六日から被告に勤務していたものとしての取り扱いを受けることとなつた。また、原告は、昭和五三年、被告の従業員を主とした構成員とする外国銀行外国商社労働組合大阪支部第二分会(以下、外銀労という)に加入し、その組合員となつた。なお、被告の東京支店及び大阪支店には、原告の属する外銀労の外に、香港上海銀行国内支店従業員組合(以下、従業員組合という)がある。
2 原告の退職金及び年金請求権の発生
(一) 前記原告との臨時従業員雇用契約では、原告の労働条件については、被告の正式行員を対象とする被告の就業規則のうち、疾病に関する項目を除く部分の準用を受けるものとされ、かつ、被告と外銀労との間の諸協定の準用を受けるものとなつている。また、原告の雇用期間は、昭和五四年六月三〇日までとされていたが、昭和五八年六月三〇日までの間は一年毎に雇用契約を更新することが可能とされており、その後現実に更新されて現在に至つているところ、原告の退職金の支給については、昭和五五年六月三〇日に退職(事務行員の場合の停年退職に相当)したものと看做して、同日に支払うものとされていた。
(二) そして、退職金の支給については、就業規則(甲第四号証)の「四 退職金」の項に「支給時の退職金協定による。」と規定されていたところ、昭和五〇年六月二六日、被告と従業員組合との間で、退職一時金及び退職年金に関する左記のとおりの内容の退職金協定が締結され、ついで、同年七月二九日、被告と外銀労との間で、右と同一内容の退職一時金及び退職年金の支給に関する退職金協定(以下、本件協定という、甲第一二号証の一、二)が締結された。
記
(退職一時金について)
(1) 勤続年数の計算
試用期間を含む雇用された月から退職の月までとし、一年未満の端数は、一か月を単位とし、一か月未満の端数は、一か月に切り上げ計算する。
(2) 退職一時金額
退職時における弁済額を除く基本給月額に次の乗率を乗じた額とする。但し、百円未満の額は百円に切り上げる。最初の一〇年間は、各一年につき基本給月額の一・二か月、満勤続年数を超えた各月については、最初の一〇年以内は、基本給月額の〇・一か月。
(退職年金について)
(3) 年金受給資格
比例退職金は、二九歳以後に入行した者が、停年で退職する場合、男子及び女子事務行員並びに非事務行員に対し、三〇の実勤続年数に対する割合で支給される。
(4) 年金支給期間
一〇年間
(5) 年金額
退職時の基本給月額に二を乗じた額とする。
(6) 年金の一時支給
年金受給資格者が退職時に年金総額を一時金として受領を希望する場合は、〇・六一四四の乗率で換算した額の年金を受領することができる。
(三) ところで、被告は、その後被告と被告の従業員組合との間で、締結した前記退職金協定の内容をそのまま就業規則の一部とすることとし、昭和五〇年九月三日、就業規則の変更届(甲第二号証)に被告と従業員組合との間に締結した前記退職金協定写を添付して、その旨の就業規則の変更を大阪中央労働基準監督署に届けたので、以後、右協定の内容は、そのまま被告の就業規則(以下、本件就業規則という)の一部となり、外銀労に属する被告の従業員にも適用されることになつた。従つて、被告の従業員の退職金は、本件就業規則により、前記(二)に記載の協定と同一内容の額が支給されることになつたところ、原・被告側の雇用契約では、被告の臨時従業員である原告についても、前記のとおり被告の就業規則を準用するとされているのであるから原告の退職金は、本件就業規則によつて、前記(二)に記載の本件協定の内容と同一の額の退職金を請求し得るのである。
(四) また、被告と外銀労との間で締結された本件協定は、その後昭和五三年一二月末日まで有効に存続していたが、期間満了により右同日限り失効した。しかし、本件協定の内容は、原告と被告との間の労働契約の内容となつていたものというべきであるから、本件協定の失効にもかかわらず、新たな労働協約が締結されるまで、原告は、被告との間の労働契約に基づき、本件協定の規定により算定した額の退職金を請求しうる。
(五) さらに、昭和五四年一二月七日、被告と外銀労との間において、退職金問題を巡ぐる第一回の団体交渉が開催されたが、その際、被告側の団交メンバーである当時の今泉人事部長と外銀労との間で、原告の退職金額につき、新たな退職金協定が締結されるまでの経過措置として、原告が退職したと看做される昭和五五年六月三〇日現在の原告の賃金額を基にして、これに本件協定の乗率を適用した額の退職金を支払い、新たな退職金協定ができたら、その金額の調整をする旨の合意が成立した。
(六) 以上いずれにしても、原告は、前記(二)に記載の協定の内容に従つて計算した退職一時金及び退職年金一時金(以下退職一時金及び退職年金を併せて退職金ともいう)の支給を受け得るところ、その額は、以下のとおりとなる。
すなわち、原告が退職したと看做される昭和五五年六月三〇日時点での原告の基本給月額は、金一五万四〇〇〇円であり、勤続年数は、昭和五二年六月一六日から同五五年六月三〇日までの三年一か月となるから、退職一時金額は、
金一五万四〇〇〇円×三・七(一・二×31/12年)=五六万九八〇〇円
退職年金一時払金支給額は、
金一五万四〇〇〇円×2×31/12÷30×一〇×〇・六一四四=一九万四五〇〇円
とそれぞれなる。
3 よつて、原告は被告に対し、本件就業規則、労働契約、又は前記合意に基づき、退職一時金五六万九八〇〇円、退職年金一時支給分金一九万四五〇〇円の合計金七六万四三〇〇円、及び、これに対する原告が退職したと看做される昭和五五年六月三〇日の翌日である同年七月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の(一)の事実のうち、原告が準用を受ける諸協定の部分は争い、その余は認める。原告が準用を受ける協定は、被告と外銀労との間に締結され、その支給時に効力を有する諸協定である。
3 同(二)の事実は認める。
4 同(三)のうち、昭和五〇年九月三日、被告が従業員組合との間で締結した本件協定と同一内容の退職金協定の写を被告の就業規則の変更届に添付して大阪中央労働基準監督署に届けたことは認めるが、その余の主張は争う。
5 同(四)のうち、本件協定が昭和五三年一二月三一日まで有効に存続していたが、右同日限りで失効したことは認めるが、その余の主張は争う。
6 同(五)の事実のうち、昭和五四年一二月七日、被告と外銀労との間に退職金問題を巡ぐつて第一回の団体交渉が開催されたこと、同団体交渉に今泉人事部長が出席したことは認めるが、その余の事実は否認する。
7 同(六)のうち、原告が退職したと看做される昭和五五年六月三〇日時点での原告の基本給月額が金一五万四〇〇〇円であり、勤続年数が昭和五二年六月一六日から同五五年六月三〇日までの三年一か月であることは認めるが、その余の事実は争う。
8 同3の主張は争う。
三 被告の主張、抗弁
1 原・被告間の臨時従業員雇用契約によれば、原告は労働条件について、被告の就業規則のうち疾病に関する条項を除く部分の準用を受け、また、被告と外銀労との間に締結され、その支給時において効力を有する諸協定の準用を受ける。そして、右就業規則では、退職金は支給時の退職金協定によると規定されている。従つて原告の退職金は、原告が退職したと看做される昭和五五年六月三〇日時点において効力を有する被告と外銀労との間の昭和五五年度退職金協定によつて定まることになる。しかしながら、被告と外銀労との間で締結された退職金に関する本件協定は、昭和五三年一二月末日限り失効し、以後被告と外銀労との間に退職金協定が締結されていないから、就業規則のうち退職金に関する右の如き規定の形式からすると、当然、退職金に関する具体的規定内容は存在しないこととなり、従つて、原告の退職金額は、昭和五五年度の退職金協定が締結されるまで不確定なものとならざるを得ないので、原告主張の計算方法(本件協定の内容による計算方法)によるべきではない。
2 原告は、被告と従業員組合との間で締結された退職金協定をそのまま就業規則の一部とし、その旨の変更届を大阪中央労働基準監督署に届けたので、被告と外銀労との間で締結した本件協定が失効しても、右就業規則により、本件協定と同一内容の退職金を請求しうると主張する。
しかし、被告は、従業員組合又は外銀労と賃金協定を締結したときは、それぞれの賃金協定を付した就業規則変更届を大阪中央労働基準監督署に届出て、就業規則変更の手続をしてきたところ、退職金協定については、昭和五〇年六月二六日に被告と従業員組合との間で締結した退職金協定を付して就業規則変更届を提出し、これが同年一〇月一三日付で受理されたが、被告と外銀労との間で昭和五〇年七月二九日に締結した退職金に関する本件協定は、労働基準監督署に届けておらず、これに基づく就業規則の変更届を提出していないから、外銀労の組合員である原告については、被告と従業員組合との間で締結した退職金協定に基づいて変更された就業規則が適用される筈がない。
のみならず、前記のとおり、就業規則には、退職金は支給時の退職金協定によると明記されているのであるから、退職金協定が失効したときは、就業規則中退職金に関する具体的な内容は存在しなくなるというべきである。また、右原告の主張は、就業規則の労働協約に対する優位を認める結果となり、さらに、協約の失効に関係なくその協約は実質的にその効力を持続するとすると、退職金協定が失効しても、その後の賃金協定による基本給の上昇があれば、失効した退職金協定の規定に従つて退職金額も自動的に増額されるということに帰することとなるが、これでは新たな退職金協定の締結やそのための団体交渉の余地も無くなり、退職金協定に有効期間を設ける趣旨も、協定の失効という考え方も無意味となり、不当である。これを要するに、原告の主張は、被告の就業規則において、退職金や一般従業員の賃金などの内容を、労働組合との労働協約に任せて社会経済事情の変化に対応させようとする趣旨や、現在までの諸協定に有効期間を設けた趣旨を全く没却するものである。
3 ところで、労働協約が失効した場合、労働協約そのものの余後効はあり得ないが、失効した協約によつて律せられていた個々の労働条件、例えば、賃金協定又は退職金協定が失効した時点において各人が受領できた額の賃金又は退職金は、これと異なる労働条件が定まるまでの間、個々の労働者の労働契約の内容となつているものと解せられる。そうすると、本件協定が失効した昭和五三年一二月三一日時点における同協定による原告の退職金に関する労働条件は、原告が退職したと看做される昭和五五年六月三〇日までの原告の勤続年数三年一か月と、本件協定失効時における昭和五三年度賃金協定による勤続三年の非事務行員の基本給月額(一三万四〇〇〇円)を基礎として計算される退職金の支給を受け得るということに尽きる。そして、この場合の原告の退職金額は、退職一時金四九万五八〇〇円(一三万四〇〇〇円×三・七)、退職年金一時払金一六万九三〇〇円(一三万四〇〇〇円×一・二六二九三)の合計金六六万五一〇〇円となる。
4 次に、
(一) 本来退職金協定成立までの仮払退職金の支払時期、額などについて、これに関する協定ないし合意が存在していなければ、被告における慣行に従うべきところ、被告と従業員組合との間の昭和五四年退職金協定が失効した後において、従業員組合に加入している従業員七名が退職したが、この退職した従業員七名については、いずれも、被告と従業員組合との間の昭和五四年度退職金協定の失効時における賃金額を基礎として、それに失効した退職金協定の規定を適用して算定される金額を退職日に仮払いし、後日その退職時に適用される新しい退職金協定が締結された時に清算するという扱いがなされ、これが慣行化しているところ、この慣行は、外銀労所属の従業員にも適用されるべきである。
(二) 右慣行によれば、原告に対しては、その退職したと看做される昭和五五年六月三〇日に、前記3で算定した退職一時金四九万五八〇〇円、退職年金一時払金一六万九三〇〇円、合計金六六万五一〇〇円を仮払いし、後日新たな退職金協定成立のときに清算するということになる。
(三) そこで、被告は、原告に対し、右慣行に従い、かつ右退職金額を上回る仮払金額を、次のとおり提示し、その受領方を原告が退職金に関する一切の処理を委任している外銀労を通じて原告に告知し、その支払の準備を了して弁済の提供をした。
(1) 昭和五五年六月二八日、退職一時金五一万二五〇〇円、退職年金一時払金一七万五〇〇〇円合計金六八万七五〇〇円
(2) 昭和五五年一二月三一日、退職一時金五一万六二〇〇円、退職年金一時払金一七万六二〇〇円、合計金六九万二四〇〇円
(3) 昭和五六年四月一〇日、退職一時金五一万八〇〇〇円、退職年金一時払金一七万六九〇〇円、合計金六九万四九〇〇円
(四) これに対し原告は、原告主張の退職金額に固執して被告提示の退職金の受領を拒絶し、受領遅滞の状態にある。従つて、原告に対する退職金支払の履行期が昭和五五年六月三〇日であるとしても、退職金不払による遅延損害金の発生する余地はない。
5 なお、被告は、昭和五二年五月、外銀労及び従業員組合に対し、今後締結する退職金協定に関し、その年の定期昇給分は全額退職金に反映させるが、ベース・アツプ分については、それまでの退職金協定によつて妥結し、支給されてきたような一〇〇パーセント反映の方法を改訂したいと提案した。
右被告の提案は、被告における退職金が世間的にも高水準であることがその根底にあり、従来の協定による退職金計算方法によつては、退職金が予想を超えて増大していくとの認識があり、被告の現在までの提案によつても、基本給の増額分の全額を反映する場合にくらべ、退職金が若干鈍るにすぎず、また、我が国における高齢化社会の到来による定年延長に伴い、他の多くの企業においても、退職一時金の算定基礎の対象から、基本給の一部を除外するなどの方法をもつて、退職金の上昇を抑制する傾向が強まつていることからも、被告の右提案は十分に社会的妥当性を有し、合理性のあるものである。しかるに、外銀労は、定期昇給分及びベースアツプ 分の全額を退職金計算の基礎とするよう要求しているため、退職金協定が締結されるに至つていないのである。このような事情の下に、被告が前述の如き方法によつて原告に対する退職金を計算し、これを支払うべく弁済の提供をしたことは、妥当、適法というべきである。
6 なお、後記1ないし7の原告の主張は争う。
四 被告の主張、抗弁に対する原告の認否、反論
1 被告の右主張抗弁のうち、4の(三)の被告が原告に対し、昭和五五年六月二八日、同年一二月三一日、同五六年四月一〇日、それぞれ被告主張の提案をしたことは認めるが、その余は争う。
2 被告は、退職金協定が失効したときは、就業規則中退職金に関する規定の具体的な内容が存在しなくなる旨主張する。ところで、被告においては、就業規則には定年の定めがなく、定年の定めは退職金協定によつて定められている。そうすると被告の主張を貫けば、退職金協定が失効した場合、定年の定めすら存在しないことになる。しかしながら、被告はそこまでは主張せず、その存在は認めつつ、退職金額に関する部分のみを不存在と主張するのであるから、そのこと自体極めて恣意的であり、矛盾であつて、右被告の主張は不当である。
3 被告は、昭和五〇年六月二六日に被告と従業員組合との間に締結された退職金協定をその後就業規則変更届に添付して提出したが、被告と外銀労との間に締結された本件協定は添付されていないから、外銀労との関係では、右協定は就業規則の内容にはなつていないと主張する。しかし、右就業規則変更届は、退職金協定の中味のみを就業規則の一部として届出られたものであり、協定の当事者や有効期間等の附属的な部分はその一部とはなつていないのである。すなわち、右就業規則変更届は、定年や、退職金の計算方法、乗率、受給資格等のみが被告の就業規則の一部となつたに過ぎないのである。従つて、右就業規則変更届によつて変更された就業規則は、当然外銀労の組合員にも適用があるものというべきである。
4 また、被告は、昭和五五年度退職金協定が締結されなければ、原告の退職金額は最終的に決まらない旨の主張もするが、しかし、本件の場合、退職金協定が就業規則として届けられているのであるから、本件就業規則に基づき、昭和五五年度の賃金が確定すれば自動的に退職金支給額は確定するのであつて、被告が主張する退職金支給に関する慣行(被告の主張4の(一)、(二))は、何の意味も有しないものである。
5 次に、被告は、退職金協定の内容が就業規則の一部となるとすることは、就業規則に労働協約よりも優位を認めることとなり、協約に有効期間を設けたことを無意味ならしめると主張するが、原告において、右協定の内容が就業規則の一部となつて効力を有すると主張しているのは、退職金協定が失効した場合のことであるから、何ら就業規則に優位を認めるものではない。
また、退職金協定が就業規則の一部となつた後においても、新たな退職金協定が締結されれば、その新協定が就業規則よりも優先することになるから、協定に有効期間を設けたことを無意義ならしめ、就業規則が永久に続くことになるものでもない。
6 次に被告は、失効した退職金協定が個々の労働者の労働契約の内容となるのは、退職金協定が失効した時点において各人が受領できた退職金額を限度とする旨の主張をする。しかし、退職金協定が労働契約の内容になるとは、「基本給×計数」という抽象的内容についてであつて、協定失効時点で退職金額が固定化するものではない。個々の従業員は、「退職時の基本給×計数」の退職金がもられるという期待権を持つており退職金が賃金の後払いであることを考えると、労働者の同意なしに右期待権を剥奪することはできないといわねばならない。
7 なお、被告は、昭和五二年から退職金の切下げを企図し、昭和五二年七月に本件協定の打切りを通告し、同年一二月末をもつて本件協定を失効させ、初志を貫徹させたものである。被告の意図は、基本給を二つに分け、一方は退職金計算の基礎とし、一方は、全く退職金に反映させないことにより、退職金の負担を軽減しようとするもので、全く不当なものである。
一方、外銀労も、本件協定をもつて十分とするものではなく、昭和五四年五月、乗率の改善、定年の延長等、社会情勢に対応する改善提案をして、団体交渉を求めてきたものであつて、外銀労の態度に何ら非難さるべき点はない。
第三証拠<省略>
理由
一 当事者等
被告は、いわゆる在日外国銀行であり、香港に本店を、東京、大阪にその営業所(支店)を有していること、原告は、昭和五二年六月一六日から訴外関西明装株式会社の社員として、被告大阪支店に出向し、メツセンジヤーとして勤務していたところ、昭和五三年一二月七日、被告との間に、臨時従業員雇用契約を締結して被告の従業員となると同時に、勤務年限としては、右昭和五二年六月一六日から被告に勤務していたものとしての取り扱いを受けることとなつたこと、原告は、昭和五三年、外銀労に加入し、その組合員となつたこと、なお、被告の東京支店及び大阪支店には、外銀労の外に従業員組合があること、以上の事実は、当事者間に争いがない。
二 原告の退職金請求権の発生
原・被告間の臨時従業員雇用契約では、原告の労働条件については、被告の就業規則のうち疾病に関する項目を除く部分の準用を受けるとともに、被告と外銀労との間の諸協定のうち、少なくともその支給時において効力を有する諸協定の準用を受けること、原告の雇用期間は、昭和五四年六月三〇日までとされていたが、昭和五八年六月三〇日までの間は一年毎に雇用契約を更新することが可能とされており、その後現実に一年毎に更新されて現在に至つているところ、原告の退職金の支給については、昭和五五年六月三〇日に退職(事務行員の場合の停年退職に担当)したものと看做して、同日に支払うものとされていたこと、以上の事実についても当事者間に争いがない。
従つて、原告は、昭和五五年六月三〇日の到来と共に、被告に対し、所定の退職金の支払を請求し得るものというべきである。
三 退職金の額
1 被告の従業員に対する退職金の支給については、被告の就業規則(甲第四号証の「四 退職金」の項に、「支給時の退職金協定による。」と規定されていること、被告と従業員組合との間で昭和五〇年六月二六日に、退職一時金及び退職年金の支給に関する退職金協定が締結されたところ、その内容は、原告主張の請求原因2の(二)に記載のとおりであること、ついで、被告と外銀労との間で同年七月二九日に、右と同一内容の退職一時金及び退職年金の支給に関する退職金協定(本件協定)が締結されたこと、被告は、その後、被告と従業員組合との間で締結した前記退職金協定の写を被告の就業規則変更届に添付して大阪中央労働基準監督署に届けたこと、本件協定は、昭和五三年一二月末日までは有効に存続していたが、右同日限り失効したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
そうとすれば、本件協定が失効した昭和五三年一二月末日までは、被告の従業員で外銀労に属する者に対しては本件協定によつてその退職金の額が定まる関係にあり本件協定の準用される原告についても同様であつたものといわなければならない。
2 次に、本件協定が昭和五三年一二月末日限り失効したことは、前記のとおり当事者間に争いがないところ、その後被告と外銀労との間で、退職金に関する新たな協定が結ばれておらず、右同日以降、被告と外銀労との間では、退職金に関する協定が存在していないことは弁論の全趣旨から明らかである。
ところで、労働協約の失効後のその余後効の有無については、明文の規定のないところから、種々議論の存するところであるが、少なくとも、労働協約のうちで、賃金(退職金を含む)や労働時間その他個々の労働者の労働条件に関する部分については、その労働協約の適用を受けていた労働者の労働契約の内容となつたものと解するのが相当である。けだし、労働協約の余後効を認めず、かつ、右のようにも解さなければ、労働協約の失効後は、これに代る新たな労働協約が締結されない限り、従前、適用されていた賃金、労働時間その他の労働条件について、これを律する根拠がなくなつて不合理であるのみならず、これを実質的にみても、労働協約によつて、賃金、労働時間、その他の労働条件が定められた場合には、右労働協約の存続中、当該労働組合所属の労働者は、これに従つて労務を提供し、賃金等の反対給付を受けていたのであるから、右労働協約に定める労働条件は、実質的に個別的な労働契約の内容となつていたものと認めるのが合理的であるからである。従つて、労働協約が失効した後でも、そのうち、賃金、労働時間、その他の労働条件に関する部分は、これを変更する新たな労働協約が締結されるか、又は、個々の労働者の同意を得ない限り、そのまま個々の労働者の労働契約の内容として、使用者と労働者とを律するものというべきである。これを本件についてみるに、被告と外銀労との間で締結された退職一時金及び退職年金に関する本件協定は、前記当事者間に争いのない内容自体に照らし、外銀労に属する被告の従業員の退職一時金、退職年金の受給資格、その計算方法等退職金の額等を具体的に定めたものであつて、個々の右従業員の労働条件に関するものというべきであるから、本件協定で定めた右退職一時金、退職年金の受給資格、その計算方法、額等は、本件協定が有効に存続していた間、外銀労所属の被告の従業員であつたものについては、個々の労働契約の内容となつていたものというべきである。
従つて、被告が従業員組合との間に締結した退職金協定の内容をそのまま就業規則の一部とする旨の就業規則変更の届を大阪中央労働基準監督署に提出したことにより、外銀労に属する被告の従業員に対しても、原告主張の如く右就業規則の適用があるか否かの点は暫く措くとして、少なくとも、被告は、外銀労との間で締結した本件協定が失効した後も、被告と外銀労との間で、退職金等に関する新たな労働協約を締結するか、個々の従業員の同意を得ない限り、外銀労に属する被告の従業員に対し、本件協定によつて定められた計算方法によつて計算した退職金を支払わなければならないものというべきである。
3 そして、前記当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証、同第五号証によれば、被告の臨時従業員である原告については、原告と被告との雇用契約により、被告と外銀労との間で締結され、その支給時において効力を有する協約の準用を受けるものとされていることが認められ、また、本件協定は、前述の通り、原告が退職金を受け得る昭和五五年六月三〇日当時において失効し、その効力はなかつたのであるが、原告は、本件協定が有効に存続していた昭和五三年一二月七日に被告の臨時従業員として雇用されたから、当時効力を有していた本件協定は、当然原告にも準用され、従つてその退職金については、本件協定の定める計算方法によつて計算した額が支払われることがその雇用契約の内容となつたものというべきである。
よつて、原告についても、右労働契約の効力として、本件協定の失効にも拘わらず、その退職したものと看做された昭和五五年六月三〇日の時点において、本件協定によつて定められた計算方法によつて計算した額の退職金の支給を受け得るものというべきである。
4 もつとも、被告は、原・被告間の臨時従業員雇用契約では、原告は、被告と外銀労との間に締結され、その支給時において効力を有する協約の準用を受け、また、被告の就業規則(甲第四号証)では、退職金につき「支給時の退職金協定による。」と規定されているところ、本件協定は、昭和五三年一二月末日に失効し、以後退職金に関する協定はないから、原告の退職金については、本件協定の定めによつて計算すべきではないとの趣旨の主張をしている。しかしながら、前述の通り、原告は、被告と外銀労との間で締結された本件協定の存続中に被告に雇用されたのであるから、本件協定に定める退職金の受給資格、計算方法、額等は、原告と被告との個別的な労働契約の内容となつていたものと解すべきである。従つて、本件協定失効後も、原告の退職金は、被告主張の就業規則の規定に拘わらず、本件協定によつて定められた計算方法によつて計算すべきものというべきであるから、右被告の主張は失当である。
5 原告の退職金の計算
(一) 本件協定による原告の退職金計算の基礎となる勤続年数が三年一か月であることは当事者間に争いがない。
(二) 次に、本件協定では、退職一時金及び退職年金の額は、退職時における基本給月額に一定の乗率を乗じた額とするとされていることは当事者間に争いがないから、原告の退職金は、その退職したものとみなされた昭和五五年六月三〇日現在における原告の基本給月額に所定の乗率を乗じて算出すべきである。
(三) もつとも、被告は、本件協定が失効した後における退職金計算の基礎となる基本給月額は、本件協定が失効した昭和五三年一二月当時の基本給月額であると主張しているが、右は、被告の独自の見解であつて採用できない。
また、被告は、被告銀行では、退職金協定が失効した後、新たな退職金協定が成立するまでの間の退職者に対する退職金の支給については、退職金協定失効時における基本給月額を基礎としてそれに失効した退職金協定の規定を適用して算定される金額を退職日に仮払いし、後日その退職時に適用される新しい退職金協定が締結された時に清算するという慣行がある旨主張しているところ、被告と従業員組合との間で締結された退職金協定の失効後に退職した従業員組合所属の従業員七名の退職金が、被告主張の如く右退職金失効時の基本給月額を基礎として計算され、これが仮払いされたからといつて、このことから、右取扱いが従業員組合とは別個の外銀労所属の従業員にも適用のある慣行となつたものとは到底認め難いのであつて、右被告の主張事実に副う成立に争いのない乙第一号証、同第四号証の各記載内容及び証人宮崎六郎の証言はたやすく信用できず、他に右被告の主張事実を認め得る証拠はないから、右の点に関する被告の主張は失当である。
さらに、被告は、被告の従業員の退職金が他にくらべて高水準であることを一理由として、原告の退職金の計算に当つては、本件協定の失効時における原告の基本給月額を基準として計算することも不当ではないとの趣旨の主張をしている。しかし、仮に被告の従業員の退職金が被告主張の如く高水準であるとしても、右高水準の点は、組合と右退職金に関する新たな労働協約を締結するか、又は、個々的に従業員の同意を得て改めるべきであつて、右の方法によつて改めない限り、原告の退職金についても、前述のとおり、被告と原告との労働協約の内容となつた本件協定に定める計算方法によつて、退職金を算出すべきであつて、単に退職金が高水準であるからといつて、被告において、一方的に右と異る計算方法をとることは許されないというべきであるから、右の点に関する被告の主張も失当である。
(四) 従つて、原告の退職一時金及び退職年金の計算に当つては、原告が退職したものとみなされた昭和五五年六月三〇日現在の基本給月額を基礎とすべきところ、原告の右昭和五五年六月三〇日現在の基本給月額が一五万四〇〇〇円であつたことは当事者間に争いがない。
(五) 次に、本件協定では、前記のとおり、退職一時金は最初の一〇年間は各一年につき一・二か月分とされ、また、退職年金は、二九歳以後に雇用されたものが定(停)年で退職する場合には三〇年の実勤続年数に対する割合で一〇年間、基本給月額に二を乗じた額とされ、退職年金を一時に受給するときは、〇・六一四四の乗率を乗じて換算した額とする旨定められていたことは当事者間に争いがなく、また原告が二九歳以後に被告に雇用されたことは弁論の全趣旨から明らかである。従つて、原告の退職一時金は、右基本給月額金一五万四〇〇〇円に原告の勤続年数三年一か月と同勤続年数に対応する退職一時金の乗率一・二を乗じた金五六万九八〇〇円(但し、一〇〇円未満を切上げたもの154,000円×1.2×31/12)、退職年金一時払金は、右金一五万四〇〇〇円に退職年金の乗率二、勤続年数三年一か月、同勤続年数に対応する乗率三〇分の一、年金支給期間一〇年、退職年金一時払金の換算率〇・六一四四をそれぞれ乗じた金一九万四五〇〇円(但し、一〇〇円未満を切り上げたもの154,000円×31/12×2×1/30×10×0.6144)、合計金七六万四三〇〇円となる。そして、右退職金の支払日は、前記のとおり原告の退職したと看做される日であるから、原告は、退職したと看做される昭和五五年六月三〇日に、右退職金の合計金七六万四三〇〇円の支払を請求し得たものというべきである。
四 次に、被告は、原告に対し、被告主張の計算方法によつて原告の退職金を計算し、昭和五五年六月二八日右退職金として合計金六八万七五〇〇円の支払額を提示し、また同年一二月三一日に同じく合計金六九万二四〇〇円の支払額を提示し、さらに同五六年四月一〇日に合計金六九万四九〇〇円の支払額を提示し、それぞれその受領方を告知し、支払準備を完了して、弁済の提供をしたにも拘らず、原告はこれを受領しなかつたから、被告には遅滞の責任はなく、原告に受領遅滞の責任があると主張している。しかしながら、仮に被告が原告に対し、右各金額の受領方を告知し、その支払の準備を完了していたとしても、前掲三の5の(五)のとおり、被告は原告に対し退職金として合計金七六万四三〇〇円を支払う義務があるところ、被告が提示して受領を求めた金額は、多くても六九万四九〇〇円であつて、原告の受け得る退職金に満たないものである、してみると、被告主張の弁済の提供は、債務の本旨に従つた弁済の提供ではないというべきであるから、被告の右主張は失当である。そうすると、被告は、原告が退職したと看做された昭和五五年六月三〇日の翌日である同年七月一日から原告に対する退職金支払債務金七六万四三〇〇円全額について遅滞に陥つたもので、これに対する右同日以降民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるといわねばならない。
五 以上のとおりであつて、その余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。