大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)1845号 判決 1985年6月28日
昭和五九年(ネ)第一八〇八号事件被控訴人同第一八四五号事件控訴人(一審原告)
平田栄之
右訴訟代理人
出宮靖二郎
昭和五九年(ネ)第一八〇八号事件控訴人同第一八四五号事件被控訴人(一審被告)
ギオン自動車株式会社
右代表者
仲辻昭三
右訴訟代理人
坂本正寿
谷本俊一
主文
一 一審原告及び一審被告の本件各控訴を棄却する。
二 控訴費用中、昭和五九年(ネ)第一八〇八号事件について生じた分は一審被告の負担とし、同年(ネ)第一八四五号事件について生じた分は一審原告の負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 昭和五九年(ネ)第一八〇八号事件
(一) 一審被告(以下単に「被告」という。)
(1) 原判決中、被告敗訴部分を取り消す。
(2) 一審原告(以下単に「原告」という。)の本訴請求を棄却する。
(3) 原告は被告に対し、三七万三六四四円及びうち三二万三六四四円に対する昭和五八年三月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする。
(5) 仮執行の宣言。
(二) 原告
(1) 被告の本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は被告の負担とする。
2 昭和五九年(ネ)第一八四五号事件
(一) 原告
(1) 原判決中、原告敗訴部分を取り消す。
(2) 被告は原告に対し、一二〇万〇六一〇円及びうち一一〇万〇六一〇円に対する昭和五八年三月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 被告の反訴請求を棄却する。
(4) 訴訟費用は第一、二審とも被告の負担とする。
(二) 被告
(1) 原告の本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は原告の負担とする。
二 当事者の主張及び証拠関係
次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
1 原告の当審における主張
(一) <省略>
(二) 原告は、本件事故により山下正則、岩上一雄、松下美恵子が被つた損害を賠償したから、右事故に関し共同不法行為者である李の過失割合に従つてその損害の負担部分につき、李の使用者である被告に対し、求償権を行使することができる。その理由は、次のとおりである。
(1) 被告が本件事故による損害を賠償した場合に民法七一五条三項によつてその被用者である李に求償できるからといつて、同事故につき李以外の不真正連帯債務者である原告との関係において被告の負担部分が零となるいわれはない。民法が使用者と被用者との間において求償権の行使を妨げないとしているのは、あくまでも右当事者間の契約関係若しくは不当利得を理由とするものであつて、使用者と被用者との関係で負担率が零対一〇〇であつても、使用者は、被用者以外の不真正連帯債務者との間においてまで自己の負担率を零と主張することはできない。
(2) 前記損害が原告と李との過失の競合により生じたものであるとしても、李の過失部分によつてもたらされた損害部分を原告が被害者に支払つた場合は、その損害部分は李の過失による原告の損害であつて、その意味において原告は被害者である。
原告が本件事故の被害者に全額賠償したことにより、被告の李の使用者としての責任が零になり、原告が弁償能力を期待できない李にしか求償できないとすれば、衡平を法理とする不法行為の損害賠償責任の理念に著しく反することになる。のみならず、被告が被害者に損害を賠償した場合には、原告と李との過失割合に応じて原告の負担すべき損害部分について原告に対し求償できるのに(最高裁判所昭和四一年一一月一八日判決・民集二〇巻九号一八八六頁参照)、原告が被害者に支払うと、李の過失割合による損害賠償負担部分をその使用者である被告に対し求償できないとするのは、極めて不公平であつて不合理である。
(三) <省略>
2 被告の当審における主張
(一) <省略>
(二) 原告車と被告車との衝突後に、原告による原告車のハンドル、ブレーキ操作の不適当によつて山下、岩上、松下に損害を与えたものであるから、原告は、これらの損害を賠償したことを理由として被告に対し求償することができない。
(三) <省略>
理由
一当裁判所も、原告の本訴請求及び被告の反訴請求の各一部を認容し、その余の右各請求部分はいずれも失当として棄却すべきであると判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決理由説示のとおりであるから(ただし、原判決一三枚目表九行目の「右山下」を「右岩上」と訂正する。)、これを引用する。
1 当審において、原告は、本件事故は被告の被用者李の一方的過失によつて惹起されたものである旨主張し、また、被告は、右事故における過失割合は原告が八割、李が二割とするのが相当である旨主張し、いずれもその所以をるる述べるけれども、原判決理由一で説示する同事故の態様に照らすと、右事故の過失割合は原告が二割、李が八割とするのが相当であつて、原・被告の右各主張は採用することができない。
2 原告は、本件交通事故による被害者山下正則外二名に対し、原告がその損害全額を賠償したので、共同不法行為者である李の過失割合に基づき、李の使用者である被告に対して求償権を行使できる旨主張するので、検討する。
本件のように、被用者と第三者の共同過失により惹起された交通事故の被害者に対しては、使用者と被用者及び第三者らは各自その損害を賠償すべき責任を負い、右三者のうち一人が賠償をなしたときは、その者は他の二者に対し求償できる関係にあり、この場合の各自の負担部分は、その過失の割合にしたがつて定められるべきである。ところで、右使用者の責任は、その故意又は過失を理由とするものでなく、民法七一五条に定められたものであり、本件においては、被告において本件事故につき過失が存したとか、或いは使用者として被用者李の過失につき原因を与えていたような事実の主張立証はないのであるから、本件事故における右三者の過失割合は、原判決認定の原告二割、李八割と認める以上に、被告の過失割合を認める余地はなく、その割合は零というほかない。したがつて、右三者間においては、被告が負担すべき部分は無いものというべきである。
原告が指摘する最高裁判所判決は、過失割合による負担部分の存する共同不法行為者(第三者)に対して使用者の求償権行使を容認したものであつて、本件と事案を異にする。もつとも、右判決のように、使用者は第三者に対して求償ができるのに、第三者が使用者に対して求償することができないとすれば、被用者が無資力であるような場合においては一見不公平の感があるけれども、使用者を被用者と同一体と見做すべき根拠も見出し難く、求償の対象となりうる使用者の過失すなわち負担部分の認められない以上、使用者に対する求償権の行使を認めることは相当でない。
したがつて、原告の右主張も採用することができない。
二よつて、右と同旨の原判決は相当で、原告及び被告の本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官石井 玄 裁判官高田政彦 裁判官辻 忠雄)