大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)1931号 判決 1986年5月06日

控訴人 久保川法章

右訴訟代理人弁護士 中安正

同 小見山繁

同 山本武一

同 河合怜

同 沢田三知夫

同 小城嘉幸

同 川村幸信

同 山野一郎

同 弥吉弥

同 江藤鉄兵

同 富田政義

同 片井輝夫

同 竹之内明

同 華学昭博

同 仲田哲

同 伊達健太郎

被控訴人 蓮華寺

右代表者代表役員 早瀬義雄

右訴訟代理人弁護士 色川幸太郎

同 川島武宜

同 宮川種一郎

同 松本保三

同 松井一彦

同 中根宏

同 中川徹也

同 猪熊重二

同 桐ヶ谷章

同 八尋頼雄

同 福島啓充

同 若旅一夫

同 漆原良夫

同 小林芳夫

同 今井浩三

同 大西佑二

同 堀正視

同 春木実

同 川田政美

同 吉田孝夫

同 稲毛一郎

同 松村光晃

同 平田米男

主文

原判決を取り消す。

被控訴人及び控訴人の本件各訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

原判決を取り消す。

控訴人が被控訴人の代表役員及び責任役員の地位にあることを確認する。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者双方の主張

次のとおり付加、訂正するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決七枚目表一二行目から一三行目にかけて「日蓮正宗の教義であり、信仰である。」とあるのを「日蓮正宗の教義、信仰及びそれと深くかかわる伝統である。」とあらためる。

2  同裏二行目の「裁量によるとされている。」とあるのを「裁量によるとされ、したがって、その就任の時期は当代法主の遷化の時もしくは選任の時である。」とあらためる。

3  同一七枚目裏五行目から六行目にかけて「日蓮正宗の各構成員が信仰上覚知したか否かに帰着し、」とあるのを「日蓮正宗において自治的に決定されるべきことがらであり、」とあらためる。

4  同二七枚目表三行目の「1及び2」とあるのを「1ないし3」とあらためる。

5  同一二行目と一三行目との間に次のとおり加入する。

「3 擯斥処分は控訴人の宗教人としての人格を全面的に否定し、世俗的な側面においても生活の根拠を根こそぎ奪い去る極めて重大な処分である。このような点に鑑みると擯斥処分事由としての異説は日蓮正宗の教義を根本的に否定する重大な教義違反に限定され、懲戒権者としての法主の裁量権にも限界があるといわなければならない。控訴人の所説は日蓮正宗の宗綱を否定するような重大な教義違反ではなく、宗綱の範囲内において従来の伝統に則り教学研鑚のための論議を提供したに過ぎないのであるから、控訴人を擯斥処分にした本件懲戒処分は相当性を欠く違法なものである。」

第三証拠《省略》

理由

一  宗教団体内部の紛争である本件の事案の性質に徴し、本案の審理に先立ってまず裁判所の審判権の有無について審案する。

1  裁判所がその固有の権限に基づいて審判することができる対象は、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」すなわち、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否についての紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することのできるものに限られるというべきである。

本件第一事件は、控訴人が日蓮正宗の管長である日顕によって擯斥処分(=本件懲戒処分)を受けたことにより本件建物の占有権原を喪失したものとして、被控訴人が本件建物の所有権に基づき控訴人に対しその明渡しを求める訴訟であり、また、本件第二事件は、控訴人が右擯斥処分の無効を主張して被控訴人の代表役員及び責任役員たる地位にあることの確認を求める訴訟であって、いずれもそれ自体としては当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否についての紛争に当たるということができる。

そこで、さらに本件紛争が法令の適用により終局的に解決することができるものであるか否かについてみるのに、本件第二事件において控訴人が被控訴人の代表役員及び責任役員の地位にあるか否かはいつに本件懲戒処分の効力にかかるものであり、また、本件第一事件において控訴人が本件建物の占有権原として主張するところは、控訴人は、被控訴人の代表役員としてその事務を統轄する権限に基づき、あるいは、代表役員から本件建物の管理を委任された住職としての地位に基づいてこれを占有するというのであって、右権原の有無は専ら控訴人が被控訴人の代表役員又は住職の地位にあるか否かによるのであるから、本件第一事件の被控訴人の控訴人に対する本件建物明渡請求権の存否もまた本件懲戒処分の効力にかかるものといわなければならない。ところで本件懲戒処分は宗教団体としての日蓮正宗がその内部規律に則って団体の構成員である控訴人に対して行った懲戒処分であるが、かかる処分の効力が争われそれについての判断が必要とされる場合においては当該団体の自律的決定の結果を原則として尊重すべきものであり、処分に付された手続が著しく正義にもとるか、それが全く事実上の根拠に基づかないか、又は内部規律に照らしても処分の内容が社会観念上著しく妥当性を欠き公序良俗に反すると認められるような場合を除いて右処分を有効なものとして取り扱うべきものであって、その効力は右のような限度においてのみ裁判所の審査に服すべきものと解される。しかしながら他面宗教法人が宗教活動を目的とする団体であり、その宗教活動は憲法上国の干渉からの自由を保障されていることに鑑みると、団体の自治によって決定されるべき宗教上の教義、信仰にかかわる事項については裁判所はおよそ一切の審判権をもたないものといわなければならず、したがって宗教団体内部における懲戒処分の効力が請求の当否を決する前提問題として争われている場合であっても、それに対する判断が教義内客に深くかかわり紛争の実体が宗教上の争いであるために当該紛争自体が全体として法律の適用による終局的解決に適しないときには法律上の争訟とはいえず、訴えは不適法として却下されるべきものと解するのが相当であり、このようなときにもさきにみたように団体の自律的結果尊重の観点から処分の効力を是認することは結果として裁判所が宗教上の対立抗争に介入しその一方の立場に立つことになり相当ではないと解される。以上の見解に反する被控訴人の所論は採用することができない。

また、被控訴人は、私的団体内部における懲戒処分の効力を争う者はその無効事由について主張、立証責任を負うことを前提とし、裁判所の審判権の及ばない宗教上の事項を無効事由として主張しても主張自体失当としてこれを不利益に取り扱い本案判決をすべきであると主張するが、本来、主張、立証責任は主張、立証の機会があるにもかかわらず十分な主張あるいは証明ができない場合の問題であり、そこでは当然に主張、立証の機会が手続上保障され、かつ、裁判所による心証形成の機会があることしたがって裁判所の審判権がその主張、立証事項に及んでいることを当然の前提としているものといわなければならず、当該争点について裁判所が審理、判断を差し控えるべき事項につき主張、立証責任による処理をすることは相当でないというべきである。

2  以上の観点にたって控訴人が本件懲戒処分に処せられるに至った経緯、右処分をめぐる紛争の実体をみるのに、《証拠省略》を総合すると、次のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。

(1)  宗教法人創価学会(以下、「創価学会」という。)は、日蓮正宗の教義を信仰する檀信徒の団体であってその会則上日蓮正宗を外護することを目的とするものとされているが、会長池田大作の下で七八〇万世帯の檀信徒を擁するまでに組織の急成長を遂げるに至った。

(2)  ところが創価学会がこのような急成長を遂げる過程において日蓮正宗と創価学会との間には対立関係が生じ、昭和五二年ころから、創価学会の現状に批判的な僧侶は、創価学会が多くの教義違背、謗法を繰り返しているものと批判し、日蓮正宗の教義に従った正しい信仰を護持することを標榜する布教活動をすべきであるとしていわゆる正信覚醒運動を展開するに至り、控訴人もこれに参加した。昭和五三年八月から昭和五五年一月までの間四回にわたって開催された第一回ないし第四回全国檀徒大会も右運動の一環であり、第一、二回大会には管長細井日達がこれに出席して指南をし、日達が遷化した後に開催された第三、四回大会には日顕が管長として出席して指南したが、日顕は、昭和五四年四月に池田大作が会長職を北条浩に譲って自らは名誉会長に就任したころから、創価学会が過去の教義上の逸脱行為などを反省していると評価して創価学会に対する批判をやめなければならないと判断しいわゆる僧俗和合協調路線をとるようになり、控訴人ら正信覚醒運動の活動家との対立を深めるようになった。

(3)  控訴人ら正信覚醒運動の活動家僧侶らは昭和五五年七月四日正信会を組織し、また、第一回ないし第四回大会と同一の趣旨、目的のもとに第五回全国檀徒大会を開催しようとしたが、前記のように創価学会に対する批判をやめるべきだとする日顕及び宗務院当局の反対にあい、宗務院はその中止命令を発した。それにもかかわらず、昭和五五年八月二四日右中止命令に反して第五回全国檀徒大会が開催され、日顕は、同年九月二四日、右大会に関与した僧侶二〇一人を罷免処分を含む懲戒処分に付し、控訴人も停権一年に処せられた。

(4)  控訴人ら正信覚醒運動の活動家は右懲戒処分の効力を否定し、正信覚醒運動こそが立宗以来七〇〇年にわたって権力による弾圧に屈することなく教義の純粋性を保持してきた日蓮正宗の正統の立場であって、創価学会の教義逸脱を不問にして僧俗和合協調路線を採る日顕や宗務院の立場は日蓮正宗の教義に反するものであると主張するばかりか、遂には日顕の法主としての地位を否定して、昭和五五年一二月一三日、日顕に対し血脈相承を受けた事実の有無等を明らかにすることを求める質問状を送付し、更に翌五六年一月一一日、一四一名の連署で日顕に対し、血脈相承はなかったものとみなす旨及び日顕がした前記懲戒処分は無効である旨の通告状を送付したうえ、同月二一日、静岡地方裁判所に対し、控訴人及び正信覚醒運動の活動家僧侶約一八〇名が原告となり、日蓮正宗及び日顕を被告として、日顕が日蓮正宗の代表役員等の地位を有しないことの確認を求める訴訟を提起した。

(5)  本件懲戒処分は以上のような日蓮正宗内部の創価学会対策をめぐる一連の紛争の過程において日顕及び宗務院の採る立場に対立し、遂には日顕の法主としての地位をも否定するに至った正信覚醒運動の活動家僧侶らに対する大量処分の一環としてなされたと目すべきものである。

3  以上の事実関係に徴すると、前記のとおり、本件紛争は第一事件、第二事件ともそれ自体は控訴人、被控訴人間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する争いという形式がとられ、その請求の当否を決するには本件懲戒処分の効力についての判断が前提問題をなしているところ、控訴人は右懲戒処分の無効事由として、①本件懲戒処分は控訴人が日蓮正宗の本尊観あるいは血脈相承観に反する異端の所説を唱え訓誡されてもこれを改めなかったことを理由とするものであるが、日顕は日蓮正宗の法主したがって管長としての地位を有せず、右教義に関して正否を裁定する権限及び本件懲戒処分をなす処分権限を欠如していること、及び②本件懲戒処分は懲戒権の濫用に当たると主張するのであるが、右②の点について本件懲戒処分が懲戒権の濫用に当たると認められないことは原判決理由説示(原判決四七枚目裏一二行目から同五一枚目裏末尾まで)のとおりであり、したがって本件懲戒処分の効力について判断するためには①の点についての判断が不可欠であるといわなければならないが、この点については、日蓮正宗の最高権威者であり宗祖日蓮聖人が悟った仏法の精随のすべてを承継しているものとして信仰の対象とされるべき法主の選任準則がなにか、また、右準則にしたがった法主選任行為が行なわれたか否かの認定判断をすることを避けることができないところ、当事者の主張するところによれば、これらの点は日蓮正宗の教義、信仰の問題と密接不可分の関係にあり、右教義、信仰の問題に立ち入ることなくして判断することはできないものといわなければならず、いずれもことがらの性質上法令を適用することによっては解決することのできない問題である。

それのみならず、そもそも本件紛争の実質は、前記のとおり単に控訴人ひとりの規律違反を理由とする懲戒処分の適否をめぐる紛議のみにとどまるものではなく、日蓮正宗最大の檀信徒団体である創価学会に対し日蓮正宗としていかに対処すべきかとの宗教団体運営上の基本問題をめぐり現に宗派を二分して展開されている正信覚醒運動とこれに批判的な日顕及び宗務院によって代表される創価学会に対して協調和合していこうとする立場をとる者との間の宗教上の紛争のあらわれのひとつとみるのが相当であり、そこでは、日蓮正宗の宗派に属する全僧侶の約三分の一に達する控訴人ら正信覚醒運動の活動家僧侶二〇一名が宗務院の中止命令に違背して第五回全国檀徒大会に関与した故をもって日顕により懲戒処分に処せられたことに端を発し、控訴人らは正信覚醒運動こそが日蓮正宗の正統の立場であり日顕や宗務院に賛同する者はその教義に反する異端の徒であると非難して右懲戒処分の効力を否定するとともに遂には日顕の法主たる地位の正統性を争うに至ったものと認められるものであるから、結局本件訴訟は、その実質において宗教上の争いにほかならないといわざるをえず法令の適用による終局的な解決の不可能なものであって、裁判所法三条にいう法律上の争訟に当たらないというべきであり、いずれもこれを却下すべきものと解するのが相当である。

二  以上のとおりであって、本件各請求にかかる訴えを適法なものとして本案につき判決をした原判決は失当というべきであるから、これを取り消し、右訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 乾達彦 裁判官 東條敬 裁判官馬渕勉は転補につき署名捺印できない。裁判長裁判官 乾達彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例