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大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)294号 判決 1984年12月25日

控訴人

乙田一男

右法定代理人親権者父

乙田力

同親権者母

乙田ハツ

右訴訟代理人

坊野善宏

被控訴人

京阪電気鉄道株式会社

右代表者

青木精太郎

右訴訟代理人

土橋忠一

坂東平

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一当事者の求めた裁判

1  控訴人

主文と同旨。

2  被控訴人

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は控訴人の負担とする。

二当事者の主張及び証拠関係

次に付加するほかは原判決事実摘示中控訴人関係部分と同じ(ただし、原判決四枚目表二行目、四行目の各「乙田」をいずれも「山田」と訂正する。)であるからこれを引用する。

1  当審における控訴人の主張

本件事故直前、控訴人、山田、若木、平尾、金田は本件事故現場付近路上で立ち話をしていたが、そのうち金田、若木、山田が順次軌道敷内に入り込み、山田が京都方面行軌道に置いた石のため本件事故が発生したものであるが、控訴人は、右石が置かれたことに全く気付かず、又見張りをしたことも電車が石をはね飛ばすのを見たいと思つたこともなく、かえつて、山田が大阪方面行軌道上に置いた石に気付くや「あれは止めろ」と積極的に反対したから、控訴人が山田の右行為を容認、放置したとは言えない。したがつて、本件事故につき控訴人に故意も過失もなく、不法行為責任を負ういわれはない。

右事実については、控訴人本人の供述(原審)及び甲第二〇号証の一(控訴人の司法警察員に対する供述調書)の各証拠があり、ことに右甲第二〇号証の一は、控訴人と山田ら四名とで打ち合わせもできず、又取調官が誘導することも困難で、かつ控訴人の記憶が新鮮な本件事故の翌日に作成されたものであるから信用性がある。右に反する控訴人の警察官に対する各供述調書(甲第二〇号証の二ないし一三)は、約二〇日間にわたり長時間暴行を含む執ような取調がなされた過程で、取調官の誘導により作成されたものであつて信用性はない。検察庁、家庭裁判所における供述も、警察における供述に反する供述をすると再び警察に送り返されて苛酷な取調を受けるのではないかと恐れるあまり、警察における供述と同旨の供述をしているものであり、この供述も信用できない。

2  当審における被控訴人の主張

本件事故は進行中の電車が山田の置いた軌道上の石を踏みそのため脱線転覆して起きたものである。そして、控訴人ほか四名は、当時中学二年在学の遊び友達で、本件事故当日平尾の電話で本件事故現場付近で合流し、バイクを盗もうなどと話をしているうちに過去に軌道上に釘や硬貨類を置いた経験をこもごも話し合つていた状況下で、金田、若木、山田の順にフェンスを乗り越えて軌道敷内に入り、山本が拳大の石を拾つて執道上に右置石をしたもので、控訴人ほか四名は電車が軌道上の石などの障害物を飛ばして通過して行く様子を見たいという異常な気持に駆られていたし、控訴人は軌道敷内に入つている右三名の様子を概略承知し、かつ平尾と共に右三名に対して「車が来たぞ。」等と注意を与えたりして助勢していた。

右事実からすれば、控訴人ほか四名は暗黙のうちに意思相通じて軌道上に石などの障害物を置くことを共謀したというべきであり、一歩譲つて右共謀が認められないとしても、民法七一九条の共同不法行為が成立するためには行為者の共謀も共同認識も必要ではなく、各行為が客観的に関連共同していればよいのであるところ、控訴人ほか四名の各行為が客観的に関連共同していたことは明らかであつて、いずれにしても、控訴人は本件事故につき故意による共同不法行為責任を免れないと言わなければならない。

3  当審における証拠

控訴人は控訴人本人尋問の結果を援用した。

理由

一本件列車が軌道のレール上に置かれた石を踏み、これが原因となつて脱線転覆し、本件事故が発生した事実は当事者間に争いない。

二右事実に<証拠>を総合すると次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

1本件事故現場付近の軌道は複線であつて、軌道敷に隣接して一般道路があり、この間に高さ約1.2メートルの金網を張つた柵が設置されている。道路に近い方が京都方面行軌道(以下「京都行軌道」という。)であり、遠い方が大阪方面行軌道(以下「大阪行軌道」という。)となつている。

2本件事故当日の午後八時四〇分ころ、控訴人は右道路上において中学校の友人である平尾正直、若木実、金田好男及び山本安夫らと雑談している間に、右電車軌道のレール上に物を置くことに話が及び各自の経験を話したりなどして興じているうちに、金田が金網柵を乗り越えて軌道敷内に入り、次いで若木も同様にして軌道敷内に入つてレールの上にガムを置いたりなどした。続いて山田が同様にして軌道敷内に入り、軌道敷から拳大の石を拾つて京都行軌道及び大阪行軌道のいずれも道路に近い方のレール上に石を一個づつ置いた。控訴人或いは平尾が山田に対して置石をやめるように言つたが、山田は置石をそのまま放置した。金田が大阪行軌道上の置石を見て危険を感じてこれを取り除いたが、同人は京都行軌道上の置石に気付かなかつたのでこれを取り除かなかつた。その直後に京都行の本件列車が進行して来て京都行軌道上の置石を踏んで本件事故が発生した。

3控訴人及び平尾は、友人との雑談に当初から加わつていたが、軌道敷内へは入らず、本件事故発生まで右道路上にいて、控訴人は金田、若木、山田らが軌道敷内に入つたこと、山田が大阪行軌道上の置石をしたのを見た。

三被控訴人は、控訴人は前記四名の友人と共謀して軌道上の置石をしたものないしは山田の置石行為を助勢したものであり、仮にそうでないとしても控訴人には山田のなした置石行為を阻止又は排除すべき注意義務があつた旨主張し、控訴人は右主張を否認し、控訴人は山田のなした軌道上の置石につき、大阪行軌道上のものは見たが、本件事故原因となつた京都行軌道上の置石には気付かなかつた旨主張し、原・当審における控訴人本人尋問においても右主張と同旨の供述をするので、以下控訴人が京都行軌道上の置石を認識していたか否かを検討する。

1<証拠>によれば、本件事故に関し控訴人をはじめ前記平尾、若木、金田、山田らは司法警察員、検察官による捜査、取調を受けて大阪家庭裁判所へ送致され、電汽車往来危険顛覆保護事件として審判に付され、控訴人は右罪により不処分となつたことが認められる。

2右捜査、審判の記録中の昭和五五年九月二二日作成の検察官に対する控訴人の供述調書(甲第一号証)及び家庭裁判所の昭和五六年三月一一日の審判期日の調書(甲第六号証)中の控訴人の供述記載部分によると、控訴人は検察官及び裁判官に対して山田が大阪行軌道上及び京都行軌道上に置石をしたのを見た旨その石の大きさまで明確に供述したことが認められる。

3しかし、本件事故に近接した昭和五五年二月二一日作成の司法警察員に対する控訴人の供述調書(甲第二〇号証の一)によると、控訴人は、大阪行軌道上の置石は事前に知つたが、京都行軌道上の置石は接近して来た京都行電車のライトによつてはじめて見た旨供述している。

4甲第二〇号証の二ないし一三の控訴人の司法警察員に対する各供述調書については、置石という重要な点について、最初に金田が京都行軌道上に一個の置石をなし、次いで山田が大阪行と京都行の各軌道上に各一個の置石をなし、大阪行軌道上の置石は金田が取り除いたが京都行軌道上の置石は二個あつた旨の供述に終始しているのであつて、これは前認定の事実に反するし、甲第一ないし第九号証の各関係者の供述内容(いずれも金田は置石をしていない旨の供述。)と異り、原・当審における控訴人本人の供述からして控訴人が司法警察員の取調べに対しては迎合した供述をしたことが窺えることと合せ考えると、右控訴人の司法警察員に対する各供述調書の内容は、直ちに措信しえないところである。

5控訴人以外の者の供述についてみるに、山田が大阪行及び京都行の各軌道上に一個づつ置石した旨供述(甲第五号証)し、若木も同旨の供述(甲第四、第七号証)をしている。

これに対し、金田は大阪行軌道上の置石には気付いてこれを取り除いたが、京都行軌連上の置石には気付かなかつた旨供述(甲第二、第八号証)し、平尾も大阪行軌道上の置石は見たが京都行軌道上の置石については京都行の本件列車が接近して来る直前まで気付かなかつた旨供述(甲第三、第九号証)している。

6前認定のとおり、京都行軌道は大阪行軌道よりも道路に近いのであるから、道路にいた控訴人や平尾が遠い大阪行軌道上の置石に気付きながら、これより近い京都行軌道上の置石に気付かなかつたというのは一見不合理であり、また本件事故が京都行軌道上の置石に起因していることからして、関係した者として責任を免れんがための供述ではないかと疑えなくはない。しかしながら、本件事故が二月二〇日の午後九時前のことであるから、付近の照明設備の関係から大阪行軌道上の置石は見えても京都行軌道上の置石が見え難いということもありえないことではない。

前記山田及び若木の各供述(甲第四、第五号証、第七号証)によると、右各置石はいずれも拳大のもので、大阪行軌道上のものがやや大きいという程度であつたと認められるから、軌道敷内に入り大阪行軌道上の置石を取り除いた金田としては、普通ならば京都行軌道上の置石にも当然に気付くはずであるのに、これに気付かなかつたというのは何らかの理由によつて発覚し難い状態にあつたとも考えられる。

7控訴人が置石を事前に認識していたか否かについての控訴人の供述は、捜査段階から家庭裁判所における審判時、原・当審における本人尋問に至る間に変転しており、当審における控訴人本人尋問の結果から右検察官及び家庭裁判所裁判官に対する供述は任意になされたものと認められることからして、控訴人の右各供述のうちいずれが真実を述べているものかは容易に把握し難いところがある。

しかしながら、上来説示の認定事実及び5記載の関係者らの各供述と比較勘案してみると、右検察官及び家庭裁判所裁判官に対する供述のみが真実を述べているとも断じ難く、甲第二〇号証の一の司法警察員に対する控訴人の供述及び原・当審における控訴人本人の各供述も信用できないものともいえないところである。

結局のところ、本件口頭弁論に提出された全証拠を検討しても、控訴人が山田のなした京都行軌道上の置石を事前に認識していたと認めるに足る証拠はないというほかなく、したがつて本件事故について控訴人の責任を判断するについては、右の点についての証明は無いものとしてこれを行わざるをえない。

四そこで、進んで本件事故についての控訴人の責任について考えるに、

1前記二認定事実からして、山田が置石をなしたのは同人及び控訴人を含む五人の中学生グループの者が電車軌道のレール上に物を置くことの興味を話し合つていたことが動機となつていることは明らかであるが、控訴人ないし右グループの者が山田に対し置石をそそのかしたり、山田の置石によつて自己の興味を満足させようとしたと認められる証拠はなく(前記甲第二〇号証の三、六、七、一三は、主要な置石についても真実と反した供述を録取していること前記のとおりであり、甲第一ないし第九号証と対比しても、全体として信用することはできない。)、かえつて前認定のように右グループ内の一人は山田に対して置石を止めるように言つたし、金田が現にその一つを取り除いているのであつて、このような点からしても右グループの者らが山田のなした置石につき共同の認識があつたとか、これを容認していたとはいえず、まして山田のなした京都行軌道上の置石の存在を知つていたと認定しえない控訴人について、山田と置石行為を共謀したとか、山田の右行為を助勢したとか或いは右置石行為を容認してこれを利用する意思があつたと認めることはできない。

2控訴人を含む右グループの者の発言が山田に置石行為の動機を与えたとすれば、その言動の軽率さに対する非難は免れえないとしても、控訴人ないし右グループの者の言動、認識が右の程度のものであつてみれば、控訴人において右グループの者の言動によつて山田が軌道上に置石をするかもしれないことを予見すべきであつたとはいえず、ましてや山田の京都行軌道上の置石そのものを知つていたと認められない控訴人に対して、これを阻止ないし排除すべき義務があつたとはいえない。

3そうだとすると、控訴人は、本件事故の原因となつた京都行軌道上の置石行為を共謀ないし実行したものでなく、山田の右軌道上の置石行為を利用しようとしたものでもなく、その存在さえも事故直前まで認識していなかつたものであり、前認定事実からすると、仮に控訴人がその後本件事故原因となつた京都行軌道上の置石を発見したとしても、その時にも既にこれを取り除くことが不可能であつたと認められるから、控訴人に対して本件事故について故意ないし過失の責任を問うことはできないものといわざるをえない。

五そうだとすると、本件事故につき控訴人の不法行為責任の存在の証明がないというべきである。よつて、その余を判断するまでもなく被控訴人の控訴人に対する請求は理由がなく、これを棄却すべきであり、これと結論を異にし被控訴人の請求を認容した原判決の控訴人関係部分を取消し、被控訴人の控訴人に対する請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(石井玄 高田政彦 礒尾正)

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