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大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)41号 判決 1984年12月14日

控訴人

和田工業所こと

和田一男

右訴訟代理人

上野勝

浅田憲三

大西悦子

被控訴人

平沼利之こと

尹鍾秀

右訴訟代理人

山崎忠志

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人は、控訴人から別紙物件目録記載の建物の引渡を受けるのと引換に、控訴人に対し金七〇〇万円を支払え(当審において請求を減縮)。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  控訴人の請求原因

(一)  控訴人は和田工業所の名で建築業を営むものであるところ、昭和五四年七月五日被控訴人との間で、控訴人を請負人、被控訴人を注文者として、次のとおり建物建築工事請負契約を締結した。

工事内容 大阪市西成区旭三丁目七番四〇号地上に一階を倉庫、二、三階をアパートとする建物を建築する

工期 昭和五四年七月五日から同年一一月五日まで

請負代金額 金一四〇〇万円

支払方法 契約時、上棟時、中間時、完成引渡時に各三五〇万円づつ

(二)  控訴人は昭和五五年三月建築工事を完了し、別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)を完成した。

(三)  被控訴人は、契約時および上棟時の代金合計七〇〇万円を支払つたが、その余の支払をしない。

(四)  よつて、控訴人は被控訴人に対し、本件建物の引渡と引換に、残代金七〇〇万円を支払うよう求める。

二  被控訴人の答弁および反論

(一)  請求原因(一)項の事実は認める。

(二)  同(二)項の事実は否認する。本件建築工事は以下のとおり未完成であり、かつ、現在の諸状況よりして控訴人が今後これを完成させることは期待できないから、被控訴人には代金支払義務はない。

(1)仕様の相違

被控訴人は、本件請負契約を締結するに際し、原判決添付の別紙図面(一)の設計図面(以下「図面(一)」という)による建築工事を注文したが、控訴人から原判決添付の別紙図面(二)の設計図面(以下「図面(二)」という)を呈示されて図面(二)の方が図面(一)よりも効果的に部屋が取れるとのことであつたので、便所、押入、廊下の位置を図面(一)と同様にすることを約束させて図面(二)による建築工事を注文した。ところが控訴人は原判決添付の別紙図面(三)(以下「図面(三)」という)のとおりの建築工事を行つたため、便所、押入、階段の位置が注文と異なり、窓枠が取りはずしのきかないものとなつてしまつた。

(2)構造の欠陥

本件建物には以下のとおりその重要構造部分に修補不可能な欠陥があり、危険建物として使用不能のものであるから、未だ完成していないというべきである。

イ 本件建物の基礎は、建築確認申請書添付図面ではベタ基礎の設計になつているのに、礎版が施行ママされていない。

ロ 地中梁の下に栗石が敷かれていないため、これが沈下するおそれがある。

ハ 地中梁の深さが建築確認申請書添付図面では九〇センチメートルの設計になつているのに約七〇センチメートルしかない。

ニ 本件建物の西側端の地中梁の鉄筋と基礎の鉄筋が連結されていない。これは当初同所の地中梁工事が施工されず、約一ヵ月後被控訴人の指摘により行なつたため、もはや正常な連結が不可能となつていたもので、地中梁としての効用を発揮していない。

ホ 柱脚プレートが基礎とアンカーボルトで連結されておらず単に置かれているだけの状況である。

へ 柱が基礎(ベースプレート)の中心から大きくはずれて設置されている。これでは各基礎が建物の荷重を十分に受けとめられない。

ト 梁および柱の断面積が極端に小さい。

チ 柱と梁の接合方法が誤つている。

リ 梁の継手工法が誤つている。

ヌ 鉄骨のブレース取付工事の不良

など。

このように、建物の生命というべき基礎、柱、梁などの構造部分に致命的欠陥があり、その補修は技術的に不可能に近く、あえて補修するとすれば、請負代金の二倍以上にあたる金三二八一万〇一〇〇円を必要とするので、全面的に建て替えるしか方法がない。

(3) 建築基準法違反

本件建物は、建ぺい率、容積率において建築基準法に違反するものであり、未完成とみるべきである。

すなわち、被控訴人は、控訴人からすすめられるままに本件建物の建築工事を注文し、本件建築工事が控訴人により着工されたところ、昭和五四年一〇月五日大阪市建築局の担当係官から違法建築物として措置勧告を受けたため、被控訴人はこれを控訴人に伝えたが、控訴人は有力者を知つているから心配いらないとして右勧告を無視して本件工事を続行し、違法建築物を構築したものである。

(三)  請求原因(三)項は認める。

(四)  同(四)項は争う。

三  被控訴人の抗弁

(一)  仮りに本件建築工事が完了し本件建物が完成したものとしても、前記のとおり本件建物には多くの瑕疵があり、なかでもイないしヌの基本的構造部分の瑕疵の補修には三二八一万〇一〇〇円の費用を要するから、瑕疵の修補に代わる損害賠償額は右同額となる。

そこで、被控訴人は控訴人に対し、昭和五七年一一月五日の原審口頭弁論期日において、右損害賠償請求権をもつて控訴人の代金請求権と対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(二)  被控訴人は本件建物完成の上はこれを五戸のアパートとして他に賃貸する予定であつたが、控訴人の債務不履行のため賃貸が不可能となり、昭和五五年一月一日から同五八年一二月三一日までの四年間だけでも別紙損害計算書のとおり計九七八万円の得べかりし利益を喪失したところ、控訴人は被控訴人が本件工事にかかる建物をアパートとして他に賃貸する予定であることを予見していたから、右損害を賠償する責任がある。

よつて、被控訴人は控訴人に対し、昭和五九年六月一五日の当審口頭弁論期日において、予備的に、右損害賠償請求権をもつて控訴人の代金請求権と対当額において、相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する控訴人の認否、反論

(一)  抗弁(一)項は否認する。

(1)仕様の相違について

被控訴人は本件建築工事中毎日のように現場に臨み、控訴人から階段、押入、便所の位置が設計図と異なるに至ることについて説明を受け、これを了承していた。

(2)構造の欠陥について

本件建築工事は二戸建の家屋の一戸を切り離し独立した家屋を建築するものであつたので、控訴人は切り離して残つた家屋への影響を考慮し、右家屋と接する部分の基礎コンクリートは深さ六〇センチメートルとしたが、他の三辺の基礎は一二〇センチメートルとした。しかし被控訴人から隣家と接する部分の基礎コンクリートをやり直すよう要求され、この部分についても一二〇センチメートルの基礎工事を行なつた。

本件請負代金は坪当り二五万円と極めて廉価であるから本件建築工事は右代金に相応したものであつて瑕疵に当るものではない。

(3)建築基準法違反について

被控訴人は、控訴人に対し敷地一杯に建物を建てるように指示し、控訴人から建築基準法に違反する旨の説明を受けたにもかかわらずあえて建ぺい率、容積率の制限に違反する建物の建築を注文したものである。

なお、建築確認申請書に添付する建物の図面とこれに基づいて現実に建築される建物の構造が異なるのは建築業界の慣行であり、被控訴人は右慣行を知悉していた。

(二)  抗弁(二)項は争う。

五  控訴人の再抗弁

(一)  建物の建築請負契約においては、瑕疵の修補に代わる損害賠償請求額は建物の引渡を受けた時に発生するものであるところ、本件においては建物の引渡しがなされていないから、被控訴人のいう損害賠償請求権は未だ発生していない。

(二)  被控訴人は、昭和五四年九月ころ本件建物の基礎工事および鉄骨工事が終了した時点で、大阪市建築士事務所協会に本件建物の柱と基礎の調査を依頼し、調査に当つた一級建築士から、本件建物の柱と基礎の瑕疵を指摘され、その危険性を警告されたにもかかわらず、これを控訴人に告げず、むしろ、内装等の細かな事について再三クレームをつけるのみで、建物を早急に完成させるよう催促していたものである。もし、控訴人が右の時点で本件建物の基礎や柱の瑕疵を知つたならば、容易に修補あるいは取壊・再工事を行いえたのであり、現在のような危険な建物を放置する状態は回避できたのである。被控訴人の瑕疵を理由とする主張は、本件建物の危険性を知りながら控訴人に告げず、建物が完成し損害が飛躍的に拡大された後において損害賠償を求めるものであつて、かかる主張は信義則に反するものであつて許されない。なお、民法六三六条は請負の目的物の瑕疵が注文者の指図によつて生じたときは請負人は瑕疵担保責任を負わないと規定しているところ、被控訴人が専門家の見解を控訴人に告げなかつたのは、右条文にいう注文者の指図と同視しうるものである。

六  被控訴人の認否

(一)  再抗弁(一)は争う。瑕疵修補に代る損害賠償請求権は工事完成時に発生するものと解すべきであり、そうでないと期待権を保護する相殺制度と矛盾した不合理な結果を生ずる。

(二)  同(二)は争う。控訴人は建築の専門家であり、しかも常識では考えられないほど明白な手抜き工事をしていたのであつて、これによつて生じた瑕疵は自ら気づいていた筈であり、素人の被控訴人が指摘しなければわからなかつたなどというようなものではない。

第三  証拠<省略>

理由

一控訴人が和田工業所の商号で建築業を営んでいること、控訴人が被控訴人との間で昭和五四年七月五日控訴人を請負人、被控訴人を注文者として本件請負契約を締結したことは当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すると、本件請負契約は二戸一棟の建物の東半分を取り壊したうえその跡地に鉄骨造三階建の倉庫兼住宅を建築することを目的とするものであるが、控訴人は鉄骨工事業の許可を受けてはいるが建築請負業の許可を受けていないため、本件工事のうち鉄骨部分は自ら施工したものの、その余は建築請負業者である訴外渡辺工務店こと渡辺伊佐男に下請させたこと、控訴人は初めに被控訴人からその知合いの大工に書かせたという図面(一)(原判決添付のもの。後に図面(二)、(三)、(四)という場合も同じ)の間取図案を示されたが、自ら部屋数を多くした図面(二)の間取図案を作成して示し、結局階段の位置等を被控訴人の案のとおりとすることとしたうえ概ね図面(二)の間取図による建物を建築することとして本件請負契約を結んだこと、建築確認申請に際し、控訴人は被控訴人に諮ることなく、自らの判断で前記の訴外渡辺の依頼した二級建築士訴外植田良樹をして図面(四)の間取図、立面図を含む設計図書を作成させて申請を行わせ、昭和五四年八月三日建築確認を得たが、建築確認申請書には建築基準法に適合するよう実際建築しようとしている建物より奥行を短くし床面積を小さく建物を表示したこと、控訴人はこれよりさき同年七月一二日ころから旧建物の取毀し作業を始め、本件建築工事に着手し、同年八月一三日鉄骨組立を了し、工事を進めたが、同年一〇月五日付で大阪市建築局建築指導部監察課長から被控訴人に対し、建築中の建物が建築確認申請書に表示したところと著しく相違し建築基準法に違反するとして、工事の施工を中止すること等を内容とする違法建築物措置勧告が為されたこと、それにもかかわらず控訴人は工事を強行し、翌五五年三月中に鉄骨造三階建建物として、内装、外装を含め、予定された最後の工程まで終了し、いちおう外形上は建物を完成したこと、本件建物は陸屋根の屋上に洗たく機置場たる小部屋を設けてあるほかはほぼ図面(三)のとおりの間取りの建物であるが、建築確認申請書の表示と比較すると、間口(東西)は4.3または4.4メートルと近似しているものの、奥行(南北)で約4.35メートルも大きく建築面積で約1.5倍もあること、以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

三ところで<証拠>によると、本件建物は、原判決添付図面(三)のとおり南北に細長い建物であつて、東西両側に四本づつ鉄骨角柱を立て、H型鋼を梁として渡して基本構造とするものであるところ、その柱、梁および基礎という重要部分に次のような欠陥があることが認められる。

1  基礎部分の欠陥

前記建築確認申請書で予定された本件建物の基礎はいわゆるベタ基礎であつて、建物敷地全面を深さ一一〇センチまで掘り起し、二〇センチの厚さに栗石を敷きつめて捨てコンクリートを流したうえに、厚さ約二五センチの鉄筋コンクリートの礎版を作り、その上に東西四本づつ八本の柱下基礎およびこれを「目」の字の型につなぐ地中つなぎ梁(いずれも礎版を含め高さ九〇センチ)を鉄筋コンクリートで作ることとされており、礎版全体が建物の自重および積載重量を受けとめ、さらに栗石が均等にその重力を地面に伝えるという構造で、その強度計算に基き設計されていた。

ところが現実に建てられた本件建物では右の礎版が施工されず、柱下基礎とつなぎ梁だけのいわゆる布基礎が作られた。このため基礎底面積は、礎版施工の場合が建築面積と同じ58.05平方メートルある筈であつたのに対し現実には約20.8平方メートルくらいで、申請書の計算による必要面積の三六パーセントていどしかない。

しかも右柱下基礎とつなぎ梁は、鉄筋を籠状に組んで連結しなければならないのに、本件建物では、他所で組んで来た鉄筋を運びこんで設置しただけであつて十分に連結されていない疑いがある。ことに西側部分は、当初二戸一棟の旧建物を分断して残つた隣家との関係もあつて四本の柱下基礎を作つたのみで南北につなぐつなぎ梁は作られなかつたところ、被控訴人の抗議により、鉄骨柱などの組立も終つた後になつて、つなぎ梁部分が施工されたが、これでは建物の荷重を柱下基礎から分散して受けることが無く効果がない(もつとも、控訴人本人尋問の結果によると、当初から柱下基礎と共に深さ四〇センチの梁を作つたが、被控訴人の要求で鉄骨組立の後に、つなぎ梁部分を切断したうえ、深さ七〇センチの梁を作り基礎の鉄筋の露出したものと熔接したというのであるが、仮りにそのとおりであつたとしても、右のような施工では梁の下の地面や栗石の転圧は不可能であつたと思われるし、コンクリートの打設が不十分となることは必至であり、基礎との連結もとうてい十分なものとは思えない)。

さらに被控訴人およびその依頼を受けた一級建築士石井修二が掘削して調査した西側北から三番目の柱下基礎の付近では、捨てコンクリートは無く、栗石も少ししか敷かれておらず、しかも十分転圧されておらず、下部の鉄筋が露出しているほどであるうえ、コンクリートが十分突き込まれなかつたための空洞もできているという状況であつた。

なお、本件では、被控訴人側が事後に調査した右の基礎部分を除いては、施工された基礎がどのような構造を有するのかを認めるべき的確な証拠がなく、それが構造計算上十分な強度を有することの証拠はない(控訴人本人尋問の結果中には、西側を除いては、柱下基礎は六〇センチ四方、つなぎ梁は幅四〇センチとし、いずれも深さ一二〇センチとした旨の供述があるが、これを裏付ける図面や配筋リストも提出されない)。

2  柱脚と基礎との連結

柱を乗せるベースプレート(鉄板)は、それぞれ、基礎のコンクリートの中に埋め込まれたアンカーボルト四本によつて柱下基礎に固定されなければならないところ、被控訴人側が調査した前記の西側北から三番目の基礎においては、視認することのできた取付位置三ヵ所のうち一ヵ所はアンカーボルトがあつたもののナツトが簡単にゆるんでしまい、一ヵ所はアンカーボルトがなく、ナットのみボルト穴の上に熔接してあり、他の一ヵ所にはボルトもナットもないという有様であつた。しかもベースプレートと柱脚の接合にはサイドプレート、ウイングプレートによる補強が不可欠であるのに、直接熔接してあるのみであり、さらに柱脚はベースプレートの中心になく、基礎の中心からはずれている。

このような取付では、柱は建物に水平方向の力が加わつた場合、熔接部が割れたり、ベースプレートが曲つたり、あるいは柱が基礎からはずれる危険性が多分にある。

3  柱、梁の強度

前記確認申請書の添付図面等に記載された柱、梁の質量は、その図面どおりの建物であれば強度計算上安全基準を満たすものであるけれども、本件建物は右確認申請書の建物に比べ間口で0.1メートル、奥行で4.35メートルも大きいものであるにもかかわらず、柱の数は同じでそれだけ梁は長くなつている。ところが柱は右申請書のそれよりも細く断面積も少い物が使われているし、梁も肉厚が薄い物が使われ断面積が少くなつている。

なおこの点についても、右のような柱や梁であつても構造計算上安全基準を満たすといいうる証拠はない。

4  柱と梁の接合方法

本件建物の各柱と東西にわたす梁とは熔接により接合する方法(剛接合)が採用されているが、この場合梁から柱に加わる力が熔接部分に局部的に加わり柱が破断しやすくなるため、柱に節プレートを補強したうえで梁を熔接するという補強手段が不可欠であるのに、本件工事の場合節プレートを用いず、柱と梁とを直接熔接しており、鉄骨構造の初歩すら無視した接合となつている。

また、右と異なつて南北方向の梁はボルトを用いるピン接合法で柱と接合されているが、この場合は梁と柱とが自由に角度を変えうるので、これを防ぐためブレース(筋かい)を使用する必要があるのに、本件工事の場合南北方向にはブレースが全く使用されておらず、構造原理を無視した極めて不安定なものとなつている。

5  梁の継手工法

本件建物では梁と梁をつなぐ方法として、その両端に添板をあてたうえ、添板のボルトを強く締め梁と板との摩擦力を利用して接合する高力ボルト工法が用いられているが、この方法に不可欠の、接合部分の錆、ごみ、油、塗装の除却が為されておらず摩擦力が小さくなつているばかりか、ボルトの締めつけも弱く容易に緩めることができるほどで、ボルトがナットの中に沈んでいるものもあるなど粗雑な接合が行われており、ボルトのひつかかりによつてかろうじてつながつている状態であつて、将来破断するおそれがある。

6  その他

本件工事がいちおう終了してから二年も経たないうちに、建物の揺れのために屋上の各所や壁面に、通常の収縮クラックとは異なる多数の亀裂が生じ、各階とも雨もり等により内壁にしみを生じ、一部は崩落するに至つていて、本件建物は現状のままでは使用不能である。

7  補修費用等

右のような欠陥を補修するとすれば、一部づつ取り毀して結局全面的に作り替えるという方法しかなく、これに要する費用は請負代金の二倍を越す三二〇〇万円にも達する。したがつて、今後の処理としては、一たん本件建物を取り毀したうえ、再度建物を建築するほかはなく、取り毀し費用としては三五二万一一〇〇円程度を要する。

以上のとおり認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

四控訴人は、本件請負代金額は極めて低廉なものであつて本件建物は代金に相応な建物であるとか、建築確認申請書添付図面と現実に建築される建物とが異なるのは建築業界の慣行であるとか主張するが、仮りに代金額が相対的に低廉なものであつたとしても、右のような欠陥を有する建物を施主が注文するはずはなく、本件建物が契約の本旨に副う建物でないことは前段認定に照らし明らかなところであつて、控訴人の右主張はいずれも理由がない。

控訴人はまた、被控訴人は鉄骨組立が終つた昭和五四年九月ころの段階で一級建築士から本件建物が危険であることを警告されながらこれを控訴人に伝えず、建物の完成後にその欠陥を主張するのは信義則に反する旨主張する。しかし、控訴人は、建物の建築を請け負つた者として、被控訴人の言動いかんにかかわらず、自らの責任において危険性のない建物を建築すべき義務があるはずであるばかりでなく、当審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は昭和五四年九月頃一級建築士より本件建物が危険な建物である旨警告せられ、そのころこのことを控訴人に伝えたにもかかわらず、控訴人は「大丈夫、大丈夫。」と述べ、敢て従前からの設計どおり工事を続行し、本件建物を完成したことが認められる(この認定に反する当審における控訴人本人尋問の結果は措信し難い)から、控訴人の右主張も採用できない。

五さらに<証拠>によれば、本件建物は、被控訴人が所有する大阪市西成区旭三丁目一四番一、公簿面積81.68平方メートル、実測面積71.54平方メートルの土地上に建築されていること、本件建物の建坪面積は59.85平方メートル、延床面積は179.55平方メートルであること、右敷地は、用途地域区別は準工業地域に、防火地域区別は準防火地域に各指定されていること、本件建物は、前記のとおり大阪市建築局建築指導部監察課長から、昭和五四年一〇月五日付で建築基準法六条、五二条、五三条、五六条の規定に適合しないことを理由に、建築主事の確認を受けるまで工事の施工を停止し、敷地内に法定の空地を確保し、前面道路幅員による高さ制限に抵触する部分を除却し、容積制限に抵触する部分を除却する措置をとるように勧告がなされていることが認められる。右事実によれば、本件建物は、建築基準法五二条に定める容積率、同法五三条に定める建ぺい率に違反する建物であることが認められる。もつとも、本件全証拠によつても、本件建物に接する前面道路の幅員、隣地境界線までの水平距離等が判明しないので、同法五六条に違反するか否かは明らかではない。

右認定事実によれば、被控訴人は、このように建築基準法の定める基準に適合しない本件建物工事につき、完工後検査済証の交付を受けられず、その使用を許されないことになるのであるから、このような建築工事によつては建物建築工事請負契約をした目的を遂げることはできないことになる。したがつて、控訴人と被控訴人とが本件請負契約において、その目的内容等諸般の情況に照らし、特に建築基準法の定める最低基準と異なるような工事を契約したと認められるような特段の事情のない限り、右の建築基準法に違反する点は工事の瑕疵にあたるというべきである。

この点について、控訴人は、被控訴人から建築基準法に違反することを承知のうえで本件建物を敷地一杯に建てるよう注文指図を受けたものであると主張する。しかし先に第二項に挙示した証拠によれば、被控訴人は本件建築工事を注文する際に控訴人の示した図面が建築法規に適合しないことをよく知らなかつたものと推認することができ、他方、控訴人は、被控訴人から図面(二)による建物の建築工事を請け負つた際に右設計仕様では建築基準法に違反することを十分知りながらその事実を被控訴人に知らせることもせずに工事に着手し、大阪市建築局建築指導部監察課長から被控訴人に対し、違反建築物措置勧告がなされたことを知つた後も、そのまま工事を強行したものと認められる(これと相反する原審における控訴人本人尋問の結果は措信しない)ところである。してみれば控訴人は被控訴人の注文指図に基いて建築基準法に違反する本件建物の建築工事をしたものではないから前記特段の事情が存在することになるものではなく、控訴人の主張は失当である。

六思うに、請負契約においては、目的物が完成して請負人より引渡しの提供を受けた以上、注文者はこれを受領し請負代金を支払うべき義務があり、かりにその物に瑕疵があつても、その瑕疵の修補を請求し又は修補に代わる損害賠償の請求をなしうるは格別、代金そのものの支払を免がれることができないのが本則であるが、目的物の瑕疵が極めて重大であつてほんらいの効用を有せず、注文者が目的物を受領しても何らの利益を得ない場合は、仕事が完成していない場合に準じ、注文者は請負代金の支払を拒むことができるものと解するのが相当である。けだし、右のような場合は仕事がまだ完成していない場合と実質的に異なるところはなく、かかる場合に注文者が必ず目的物を受領して代金を支払う義務があるものとすれば当事者間の利害の均衡を失し有償双務契約の本旨に反すると考えられるからである。これを本件についてみるに、前認定のとおり、本件建物はいちおう外形的には完成したが、主幹部分に重大な欠陥があり、現状のままでは建物としての使用に堪えず、この欠陥を補修するとすれば請負代金額の二倍以上の費用を必要とし、むしろ本件建物を一たん取り毀して再度建築するほかはないばかりでなく、本件建物は容積率及び建ぺい率において建築基準法に違反しており、官庁より検査済証の交付を受けられず、その使用が許可されない建物であるというのであるから、実質的にみれば、注文にかかる建物が完成していない場合と何ら差異はなく、近い将来において使用に堪える建物が引渡される見込みも存在しないものというべきである。そうとすれば、被控訴人は控訴人に対し、本件建物の受領を拒絶し、かつ、中間金三五〇万円を含む請負残代金七〇〇万円すべての支払を拒みうるものといわなければならない。

七してみると、その余の点につき判断するまでもなく控訴人の本訴請求は理由がなく、棄却を免れない。

よつて、控訴人の本訴請求を排斥した原判決は結論において正当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(今中道信 露木靖郎 下司正明)

物件目録

所在 大阪市西成区旭三丁目一四番地

家屋番号 一四番一

構造 鉄骨造陸屋根三階建車庫居宅床面積

一階 59.85平方メートル

二階 59.85平方メートル

三階 59.85平方メートル

損害計算書(55.1.1〜58.12.31)

賃料収入 22萬円(5戸分)×48(月)

=1056萬円

敷金運用益 300萬円(5戸分)×0.06(年間運用利率)

×4(年)=72萬円

建物土地の公租公課、管理費は4年間で約150萬円と推定する+−=978萬円

(注) 1階の1戸については敷金100万円、家賃8万円、2・3階の合計4戸については敷金50万円、家賃35,000円

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