大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)880号 判決 1984年12月26日
控訴人
西岡正美
右訴訟代理人
猪野愈
被控訴人
株式会社金沢物産
右代表者
金澤光雄
右訴訟代理人
東浦菊夫
広瀬英二
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴入の負担とする。
事実
第一 申立
一 控訴人
1 原判決中控訴人に関する部分を取り消す。
2 被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨。
第二 当事者双方の主張
次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示中控訴人に関する部分と同一であるからこれを引用する。
一 原審主張の補正
原判決二枚目裏九行目の「よつて」の次に「滞納処分により」を、同最終行の「協会の」の次に「根抵当権に基づく」をそれぞれ加え、同行末尾から同三枚目表一行目の冒頭にかけての「強制」を「不動産」と改め、同三枚目裏九行目の「賃借し、」の次に「同日その引渡しを受け、」を加える。
二 当審における控訴人の法律上の主張
1 滞納処分と民事執行とは、執行機関、清算の対象者及び手続の細目を異にする異種執行であり、滞納処分による差押えは民事執行法五九条三項に定められた差押えに該当しないから、滞納処分庁を同条二項の差押債権者と解することはできない。したがつて滞納処分による差押えに短期賃貸借を禁止する効力があるとはいえない。
そうだとすれば、本件において、京都市(中京区役所)がした滞納処分による差押え(以下「本件滞納処分による差押え」という)が存在するからといつて控訴人の短期賃借権に影響することはなく、控訴人は短期賃借権を被控訴人に主張することができる。
2 又滞納処分が先行し、滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律(以下「滞調法」という)一三条により後行の民事執行手続につき続行決定がなされた場合において、先行の滞納処分による差押えに劣後する短期賃借権は、後行の民事執行手続における当該不動産の売却によつて消滅するものではない。即ち
前記1記載のとおり滞納処分による差押えは民事執行法五九条三項に定められた差押えには該当せず、滞納処分庁は同条二項の差押債権者でもない。
そして滞調法が必要とされること自体が両手続の異種性を前提としており、滞調法による続行決定の制度が、先行手続の存在により進行を禁止された後行手続自体の続行即ち進行の開始を意味し、民事執行手続において先行事件で行つた手続を後行事件が引継ぐ民事執行法四七条の続行とは意味を異にすること、滞納処分が先行していても、続行された民事執行の手続においては、交付要求をすることなしでは、差押国税等に対する配当を受けることはできず、滞納処分による差押登記の抹消も、売却に伴う所有権移転登記とともに執行裁判所が嘱託してなされるのではなく、登記官が行うとされている点からみて、民事執行法八七条一項一号の差押債権者あるいは同法八二条一項三号の差押登記に含めて解釈する余地がないこと等に照らせば、先行の滞納処分も、それ自体としては後行の民事執行の手続において顧慮されるものではない。又更に滞調法が、強制執行等による差押えの登記あるいは仮差押えの登記後、滞納処分による差押えの登記前に登記された抵当権等が存する場合に、後行の滞納処分続行承認の決定による滞納処分の手続において民事執行法八七条二項、三項、九一条、九二条を準用し、他方滞納処分が先行し後行の民事執行手続を続行する場合において、その中間に存する抵当権等の処遇について何らの規定もおかなかつた理由として、滞納処分による差押えの効果を援用して右抵当権等を無視しなくとも手続上の混乱は生じないことがあげられていることからみれば、後行の民事執行手続においては、先行の滞納処分による差押えの効果を顧慮しないことを予定しているものといえる。
以上の点からみれば、先行の異種執行である滞納処分による差押えの効力を、後行の民事執行手続において直接援用しうるものではないというべきである。
そうだとすれば、本件において、滞納処分である京都市(中京区役所)の差押えの効力を、後行の民事執行手続である京都地方裁判所昭和五七年(ケ)第二四五号事件(以下「本件競売事件」という)において援用しえず、右事件において、本件建物が売却されたことによつて控訴人の短期賃借権は消滅するものではないから、控訴人は、本件建物の買受人である被控訴人に対して右短期賃借権をもつて対抗することができる。
三 被控訴人の答弁及び主張
1 控訴人の当審における法律上の主張は争う。
2 仮に控訴人の右法律上の主張が正当であるとしても、滞納処分庁が滞納にかかる国税等につき交付要求をしたときは、民事執行法五九条二項の類推適用により、先行の滞納処分による差押えに後れる短期賃借権は売却によつて消滅すると解すべきであるところ、本件競売事件において、京都市(中京区役所)は、交付要求をしており、控訴人の短期賃借権は、消滅している。
第三 証拠関係<省略>
理由
一本件建物は、訴外人の所有であつたが、昭和五六年一〇月二九日、京都市(中京区役所)が滞納処分によりこれを差押え、同月三〇日その旨の差押登記がなされたこと、その後、本件競売事件において京都地方裁判所が、昭和五七年六月二八日不動産競売開始決定をし、同年七月一日その旨の差押登記がなされ、次いで、被控訴人が、入札して昭和五八年七月一五日売却許可決定を受け、同年八月一〇日代金を納付してその所有権を取得したことはいずれも当事者間に争いがない。
二控訴人は、昭和五七年六月一九日に、訴外人から、本件建物のうち控訴人占有部分を、期間を三年と定めて賃借しその引渡を受けた旨主張するところ、もし、そうだとすれば、<証拠>によると、本件競売事件申立の基礎となつた訴外京都信用保証協会の根抵当権は、昭和五五年三月六日に設定され同月七日に登記がなされたものであることが認められるから、本件滞納処分による差押えがなければ、民法三九五条により、控訴人主張の短期賃借権は、本件建物の買受人である被控訴人に対抗しうることになる。
そこで、控訴人主張の賃借権が、本件滞納処分による差押えによつてその効力に消長をきたすものであるか否かにつき検討する(なお地方税等の滞納処分については地方税法により国税徴収法に規定する滞納処分の例によるものとされているから、以下一般論については特に限定することなく説示することとする。)。
1 滞納処分は、納税義務者の財産を強制的に換価して換価代金から租税債権の満足をはかることを目的とする手続である。このように滞納処分が租税の徴収を目的とするものであることから、不動産に対し滞納処分による差押えがなされたからといつて、そのことのみにより直ちに不動産の使用収益までも禁止する必要はなく、滞納処分により差押えられた不動産については、通常の用法により使用収益することができるとされている(国税徴収法六九条)。しかし他方差押えによつて把握された換価価値に影響を及ぼすような処分までも許すことは前記目的とは相反することとなるから、このような処分は許されないものと解され、したがつて滞納処分による差押登記後になされた処分は、滞納処分庁である国または地方公共団体に対抗することができないものといわねばならず、滞納処分による差押えについても処分禁止の効力がある。そして滞納処分による差押えに関し、短期賃借権の保護を目的とした民法三九五条のような規定もないから、控訴人は、本件滞納処分による差押え登記後に設定されたとする控訴人主張の短期賃借権を滞納処分庁である京都市(中京区役所)に対抗しえない。
よつて右説示と異る控訴人の主張は失当である。
2 当事者間に争いのない前記請求原因事実に照らせば、本件競売事件においては、滞調法二〇条、一七条により準用される同法九条一項による続行決定がなされて手続が進められたものと推認される。
ところで控訴人主張のとおり、滞納処分と民事執行とは異種執行であることから、滞納処分による差押えは民事執行法五九条三項に定める差押えに該当するものとはいえず、又滞納処分庁が同条二項の差押債権者に該当するものとも解しえない。そして民事執行手続において不動産が売却された場合には滞納処分による差押えは、滞調法によりその効力が失なわれることになるが、滞納処分が先行し、後行の民事執行手続において滞調法による続行決定がなされて民事執行手続が進められた場合における先行の滞納処分と後行の民事執行との中間に設定された短期賃借権の帰趨については何らの定めもない。
確かに、控訴人主張のとおり、滞納処分と民事執行とは異種執行であり、滞調法による続行決定が後行の民事執行手続自体の続行を意味し、先行手続を引き継ぐものではないこと、滞納処分による差押えが先行していても、続行された後行の民事執行手続においては、滞納処分による差押えにかかる国税等についても交付要求をしなければ配当等にあずかれず(滞調法二〇条、一七条、一〇条三項)、更に民事執行手続において不動産が売却された場合における滞納処分による差押登記の抹消は、裁判所書記官の嘱託によることなく、登記官の職権によつてなされること(滞調法三二条)等に照らせば、滞調法による続行決定により手続が進められる民事執行手続においては、先行する滞納処分による差押えもただそれだけでは、何らの影響を与えることはなく、その結果として先行する滞納処分による差押えの効力したがつて処分禁止の効力も当然にはその後設定された権利に消長をきたすものではないとも解しうる。しかし本件においては、<証拠>によれば、京都市(中京区役所)は、本件滞納処分による差押えにかかる地方税等につき国税徴収法八二条一項により交付要求をなしその支払を受けたことが認められ、このような場合においては、先行の滞納処分による差押えによつて把握された換価価値の実現をはかる必要があり、先行する滞納処分による差押えに劣後する権利は売却によつて消滅するものと解するのが相当である。したがつて控訴人主張の短期賃借権は、本件競売事件において、本件建物が売却されたことにより消滅したものといわねばならず、この点についての控訴人の主張は失当である。
以上によれば、控訴人は、その主張する短期賃借権をもつて、本件建物の買受人である被控訴人に対抗することができないものといわねばならない。
三よつて被控訴人の控訴人に対する本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は正当であつて控訴人の本件控訴は理由がないから民訴法三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(村上明雄 堀口武彦 寺﨑次郎)