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大阪高等裁判所 昭和59年(ラ)417号 決定 1985年1月31日

抗告人

近畿ビルサービス株式会社

右代表者

田村禎男

右代理人

谷野祐一

相手方

近鉄ハイツ新宿管理組合

右代表者理事長

井澤聖

右代理人

松井繁明

主文

原決定を取り消す。

本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

一本件抗告の趣旨は「原決定を取り消す。」というものであり、その理由は別紙記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1(一)  一件記録によれば、原決定理由三項(一)ないし(四)(原決定二枚目表一行目冒頭から同裏最終行末尾まで)認定の事実が認められ、基本事件の訴訟物である委託管理費請求権による支払債務が商行為によつて生じた債務であり、その請求原因にかかる抗告人会社と相手方組合との間の建物の管理委託に関する合意が「支店」の実質を備えた抗告人会社東京営業所の取引に該当するとの判断及び右委託管理費の履行場所についての合意の成立は認めえないとの原決定の判断は首肯することができる。

そして、原決定は、以上の認定判断に基づき、商法五一六条により、基本事件における訴訟物である委託管理費請求権の義務履行地は、抗告人会社の本店所在地ではなく、その東京営業所の所在地であり、したがつて基本事件は、原裁判所の管轄には属さず、東京地方裁判所が管轄裁判所である旨の判断をしている。

(二) ところで、商行為によつて生じた金銭債務の履行場所は、商法五一六条一項により原則として債権者の現時の営業所であるが、支店でなした取引については同条三項によりその支店が営業所とみなされるところ、右にいう支店は同条一項と対比して「現時」の支店と解すべきであり、支店において取引がなされた場合でも、その後、その支店が廃止され右支店の所在地に支店が存在しなくなつたときは、同条一項により本店が義務履行の場所となるものと解するのが相当である。

今、これを本件についてみるに、原審における証人藤田晴雄、上野山尚三の各証言によれば抗告人会社東京営業所は、昭和五八年八月一日をもつて別会社となつたことが認められるところ、それにより同日以降抗告人会社東京営業所が廃止されたのか否か、あるいは抗告人会社が同日以降も東京都に営業所(支店)を有していたか否かは記録上明らかではない。

そうすると記録により明らかな基本事件の訴えが原裁判所に提起された昭和五八年一二月一五日当時、東京都に抗告人会社の営業所(支店)が存在したか否かが明らかではないというべきであるから前記委託管理費の義務履行地が東京都であるとは直ちに断定することはできない。仮に同日当時、東京都に抗告人会社の営業所(支店)が存在しなかつたとすれば、抗告人会社の本店所在地である大阪市が義務履行地となり、基本事件につき原裁判所が管轄権を有することとなる。

2  よつて基本事件が、原裁判所の管轄に属しないとしてなした、これを東京地方裁判所に移送する旨の原決定は失当であるので、これを取り消し、東京都内における抗告人会社の営業所(支店)の存否、さらには民訴法三一条に定める事由の存否につき審理をつくさせるため本件を大阪地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(村上明雄 寺﨑次郎 安倍嘉人)

〔抗告の理由〕

一、申立人は相手方に対し昭和五七年七月一日から昭和五八年一月末日迄七ケ月分の委託管理費四、二九九、九四三円の残金二〇八、一三三円の支払を求めて義務履行地を管轄する大阪地方裁判所に訴を提起した処、相手方は管轄違の抗弁を提出し本件訴をその管轄裁判所たる東京地方裁判所に移送されたい旨申立てた。

二、大阪地方裁判所は本件義務履行地は抗告人(原告)会社東京営業所の所在地であつて抗告人会社本店の所在地ではない事及びこの商法五一六条の規定も当事者間に別段の合意があればその適用を排除されるがこの合意を認めるに足りる証拠がないとして左記事由を述べて東京地方裁判所に移送する旨の決定をした。

而してその事由とする要旨は藤田晴雄証人によると、抗告人(原告会社本店所在地の大阪市天王寺区内にある三菱銀行上六支店の原告会社の当座へ振込む方法で送金するとの合意が成立した旨の供述部分及び相手方(被告)組合が昭和五七年一二月二八日と同五八年一一月の二回に亘り右三菱銀行上六支店の原告会社の当座預金口座へ振込んだ事実から右供述部分が措信するに足りその供述通りの合意の成立を認めうるのが相当であるかの如くである。

しかしながら一方右供述につき直接これを裏付ける書面、その他がない事実と証人上野山尚三がその様な合意の成立を極力否定し当時管理費の額をいくらにするかの点に集中して結局合意に達しないまゝ終つたから履行場所のみ合意が成立する事等あり得ない旨証言しいわば水掛論の様になつている事及び右二回の送金は決算期の都合で送金先を照会して右口座を知つたと窺える事を理由として履行場所の合意の成立を推定せしめるのが困難だとするものである。

三、しかし右決定は左記事由により合意の判断を誤つたもので失当である。

即ち右決定が上野山尚三の証言で判断する如く管理費の額の点に交渉が集中していたのに履行場所だけ合意したいという事ではなく履行場所の合意は額の交渉とは別個の契約の変更に由来している。

抗告人が第四準備書面でも述べ又右藤田晴雄証人が証言する如く昭和五七年三月二八日相手方管理組合が成立した後同日付で各区分所有者と抗告人会社間との管理委託契約を継続する事にしたもののこれは同年六月末日までであり、同年七月一日以降は別途協議する事とされて覚書が交されたがその後右契約の一部につき重大な変更があつたのに結局口頭だけで書面化されなかつた。

而してこの変更というのは本件で一番問題とされる管理委託費を含む管理費や修繕維持積立金の集金、受託保管義務及び管理委託費の支払、共益費用の支払等の一切の支払義務が昭和五七年七月一日より抗告人会社の管理委託契約に定める管理業務より除外された事である。これは変更契約書こそ作成されなかつたが現実に昭和五七年七月一日より右変更通りに双方で履行されて来たという事実によつて明らかであり、上野山証人も認めるところである。

従つて管理委託費の履行場所については右契約の際に合意されたという事を主張しているものであつて、管理委託費の額の折衝とは別個の問題であり、この額の如何にかゝわらず、履行場所は右変更の際に合意されたと抗告人は主張しているものである。

而もこの点については証人藤田晴雄も右当初管理委託契約書の第四条と第五条が右の通り変更されこの管理業務が抗告人会社の管理業務中よりなくなつた時に当然管理委託費の支払につき履行場所も合意したと証言しておるものであり、一方上野山証人も右変更の際管理委託費の支払につきどう支払うかの話は当然あつた事とその履行場所についても言つたという事は認めながら大阪へ送つてくれとは言われないと否定する態度をとつているという事は右に述べた処より信用出来ず藤田証人の証言が信用出来るというべきであつてこの合意の成立は右その後の二回の現実の大阪への相手方よりの送金と相まつて充分認める事が出来、且右契約の変更の内容よりすれば極めて合理的であるというべきものである。

而も従来抗告人の方で管理委託費を保管中の管理費の中から処分して大阪の本社へ送金していたのに右変更により抗告人会社は管理業務をしながら管理費の集金、保管、支払という金銭面を一切せず金は全部相手方が集金して保管し且支払するという事になれば管理委託費の支払をどうするかという事は当然の議題であり抗告人からこれを申し出て話し合い出来て当然の事であるのにこれだけ放置して合意しなかつたという上野山の証言こそ不自然である。

又右二回の相手方の送金も相手方の主張通りの事由であり且一方的に抗告人の了解なしに送金したものであるから当然東京営業所へ持参又は送金してもよい筈である。

しかるに大阪の本社口座へ送金した事実を見ても予め履行場所の合意が出来送金口座を通知されていたとみるのが自然である。

藤田証人も証言する如く東京営業所には全く何の通知もせず不知の間に大阪本社へ相手方の一方的な計算で送金しているのであるのにその直前に振込口座を聞いたとする上野山証人の証言こそ信用出来ないというべきものである。

以上の事由によつて前記当初契約第四条と第五条の変更の際支払者が相手方に変更されたのであるから管理委託書の履行場所についても合意があつたと見るべきは当然であつて右決定は履行場所の合意の成立につき判断を誤つたものと言うべきである。

よつて抗告人は右決定の取り消しを求める為本抗告に及んだものである。

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