大阪高等裁判所 昭和59年(行コ)45号 1986年4月24日
控訴人
大阪府地方労働委員会
右代表者会長
寺浦英太郎
右訴訟代理人弁護士
井上福男
右指定代理人
庄司正宏
同
岩佐博司
補助参加人
自交総連日本周遊観光バス労働組合
右代表者執行委員長
松本豊治
右訴訟代理人弁護士
芝原明夫
同
小林保夫
同
松尾直嗣
同
松村信夫
被控訴人
日本周遊観光バス株式会社
右代表者代表取締役
杉本敬一
右訴訟代理人弁護士
酒井武義
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用のうち、参加によって生じた部分を補助参加人の負担とし、その余の部分を控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。
被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二 当事者双方の主張は次のとおり附加・訂正・削除するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
一 原判決三枚目裏九、一〇行目「(ただし、第2判断2を除く)」を削除し、同六枚目表八行目「誇」とあるを「誇り」に、同八枚目表三行目「参加人組」とあるを「参加人組合」とそれぞれ訂正する。
二 補助参加人の主張(従前主張の補足)
1 バス労組と被控訴会社との間で主島の嘱託労働契約は合意されていた。
(一) 被控訴会社の昭和五六年九月当時の労働条件は次のとおりであった。
(1) 賃金(基本給)
被控訴会社においては、毎年春闘時ベア等を決定して勤続年数に応じた賃金表を作成し、勤続年数毎の賃金額は具体的に決定されていた。
(2) 一時金
一時金は毎年支給され、春闘時もしくは少し時期をずらして決められるが、一律部分と月単価(勤続年数)部分に分けて配分される。昭和五六年度は、一人当り一律部分六六万円を四五対五五に分けて、夏期二九・七万円、冬期三六・三万円とし、それに月単価(七〇八円)×勤続月数を勤続部分として算出したものを同比率で分けて一律部分に加えて各人支給額を決定するのである。
したがって、勤続年数(月数)が決まれば、一時金の額は決定されることになる。
(3) 残業保障
残業保障五〇時間は、賃金の一部として低賃金を補うための給付として労働条件化しており、賃金表にも具体的金額として記載されている。更に当時毎月の残業は五〇時間を超えるのが常態となっていた。
(4) 担当車輛
運転手の多くは、自己担当車輛があるが、それは全員ではなく、そのシステムは、新規入社したときは、担当車というものはなく、担当運転手が休んだときや、長距離の場合バスにスペア運転手として乗務することになる。そして空き車輛の発生や新車購入の場合、順次担当車輛が決っていくことになる。その基準的なものとして、入社後二年で新車を担当する権利、あるいは担当車が決って三年後には新車を担当する権利が発生するという形態がとられている。
(5) 配車(行き先)
被控訴会社では、前日の午後四時に、運行管理課が各人に行き先を指示している。そして行き先により発生する残業時間は、行き先の調整で平均化を図り、また、コースによる祝儀等はプール制をとって不公平をなくしていた。なお「吹田送迎バス」については、特定車輛は決められず、五〇~五五人乗りバスが適宜運行されている。
(6) その余の労働条件は省略する。
(二) 本件協定は実質的な定年延長として嘱託制度を利用しようとするもので、その内容は賃金水準を除き、その余の労働条件は従前の労働契約どおりとするものであるから、バス労組と被控訴会社との間で賃金水準が定まれば、五〇時間保障給、一時金についても決定されたことになるのであり、特に被控訴会社から異論が出されない以上賃金体系については定まったものと解される。
その他の労働条件についても従前の労働条件と同じであり、主島の担当車はサロンカー(三三三三)と決っていた。
2 仮にバス労組と被控訴会社との間で嘱託雇用の合意が未了であったとしても、嘱託雇用契約の成立を否定すべきではない。
右嘱託雇用の交渉は、賃金(一時金を含む)の基準を勤続七年の水準にすること、残業手当の五〇時間保障、勤務態様(バス乗務員として従来と同様の勤務をすること)など担当車輛を維持するか、スペア運転手として乗務するかを残して具体的な合意をみていたので、少なくとも参加人組合から被控訴会社に対し従前の合意内容により嘱託雇用の履行を申し入れた昭和五六年一〇月三日には、主島の嘱託希望に照らしスペア運転手としては合意をみることが出来たはずである。
然るに被控訴会社は、主島の参加人組合加入の故に従前の合意を撤回して嘱託雇用契約の成立を妨げた。
三 右主張に対する被控訴会社の認否及び反論。
右主張をいずれも否認する。本件協定は「賃金体系」等について労使双方が合意に達することを要請しているのであるから、嘱託乗務員の賃金体系を構成する各部分(基本給、一時金、時間外保障給)について個別的に話し合い、その合意ができなければ労働条件の要素たる賃金についての合意が成立したといえないところ、時間外保障給については具体的に労使交渉の対象にもなっていなかったのであるから、その余につき述べるまでもなく、賃金体系の合意はない。
また観光バスの乗務員にとって行き先、担当車輛は乗務員の物心両面にかかわる軽視できない労働条件であり、この点の合意もなかった。
第三 証拠
原審及び当審記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 当裁判所は被控訴人の本訴請求のうち本件命令1項中の金員支払を命じた部分の取消請求は理由があるので認容すべきであると判断するが、その理由は次のとおり訂正するほか原判決理由説示(但し原判決一〇枚目表四行目以下同裏一〇行目まで〔労判四三六号34頁2段3行目~末行〕を除く)と同一であるからこれを引用する。
1 原判決一一枚目裏七、八行目「一二号証の一」とあるのを「一二号証」に改め、同一四枚目表六、七行目「同四四号証の一ないし三、」の次に「弁論の全趣旨により原本の存在・成立の認められる丙第五号証、弁論の全趣旨により成立の認められる丙七号証の一、二」を、同一〇、一一行目「同主島虎之助」の次に「、当審証人太田孝志」を、同一五枚目裏初行「老人ホームへの送迎の専従とし」の次に「(したがって主島をデラックス車の担当からはずすことになる)」を、同三行目「そこで、」の次に「昭和五六年七月三〇日の第二回協議会において」を、それぞれ加える。
2 原判決一五枚目裏八行目「そして、」以下同一六枚目表一一行目まで〔35頁3段22行目~4段10行目〕を次のとおり改める。
さらに同年八月五日の第三回協議会において、担当車輛と一時金問題が交渉され、バス労組は主島の意向に従い定年前と同じ条件を要求したが、被控訴会社は一時金については相当程度考慮してよいが、定年後の主島を遠方に行かせるのは無理があるとして担当車輛については右要求に応じられない旨回答した。その後同月末までに小委員会方式で一、二回担当車輛を主な問題として交渉が続行され、バス労組は担当車輛につき被控訴会社の譲歩を迫ったが、被控訴会社はその回答を留保し、さらに交渉を継続することになった。八月末の最後の交渉段階では、賃金を勤続年数七年の乗務員の賃金とすること、労働条件が折り合えば主島を嘱託として雇用することの一応の合意はあったが、その他の労働条件については具体的に合意をみるに至っていなかった。また時間外手当五〇時間の保障給については交渉の対象にもなっていなかった。もっともほとんどの乗務員は残業時間が月五〇時間を超えていた。
ところで、定年前の主島は中型のデラックスな観光バス(サロンカー)を担当車輛に割り当てられ、遠方の観光地や温泉地をめぐっていたが、このように担当車輛と行き先とはセットになって密接な関係を有し、担当車輛の有無、良否は行き先や残業手当、走行手当等の賃金だけでなく、チップ、リベート等の収入(もっとも祝儀等はプール制にして公平を図っていた)にも影響し、被控訴会社においては基本給の差が少ないこともあって、基本給が高いことよりも担当車輛が良いものを希望する乗務員が主島を含めて多かった。また担当車輛如何は実質的収入のみならず、乗務員の精神的満足にかかわり、いずれの乗務員にとっても軽視できない労働条件であった。
バス労組は担当車輛問題について、その要求を貫徹させるため点検闘争を組んででも被控訴会社からその譲歩を勝ち取る計画を有していた。
3 原判決一九枚目表一〇行目「バス労組太田」から同末行「説得し、」まで〔36頁3段14~16行目〕を「主島に対し、バス労組の太田は九月二一日、同労組が要求した以上の嘱託雇用条件は参加人組合の松本が如何に頑張っても勝ち取れるものではない旨述べ、また同労組の長田は同月二五日、担当車輛は従前どおりで話ができつつある旨述べて、それぞれ参加人組合への加入の翻意を説得した。」に改め、同裏一〇行目〔同末行〕に続けて「もっとも右「仮集約」とはバス労組側における仮の集約であって、被控訴会社との間で何らかの仮調印(合意)をした意味ではない。」を加える。
4 原判決二一枚目裏末行から同二六枚目裏四行目まで〔37頁2段2行目~38頁3段6行目〕を次のとおり改める。
5 右認定事実によれば、バス労組と被控訴会社との間において、労働条件さえ折り合えば主島を嘱託雇用すること、本件協定でいう賃金体系のうち勤続七年の乗務員給とすることがひとまず合意されたものの、その余の賃金体系である時間外保障給、一時金、及び重要な労働条件となる担当車輛、行き先についてはいまだ合意に達していなかったから、結局主島の嘱託雇用契約はその要素の合意を欠き形式的にも実質的にも成立していなかったと解するのが相当である。
右認定2(4)イの事実も、バス労組が嘱託雇用の合意を取り付ける自信を持っていたことや、同労組の力量をやや誇示していることを窺わせるに過ぎず、右判断を左右しない。さらにバス労組と被控訴会社との間で右認定以上に合意があったと認めるに足りる証拠はない。
参加人は、本件協定が実質的な定年延長として嘱託制度を利用するもので、賃金水準を除きその余の労働条件は従前の労働契約のとおりとなる旨主張するが、前記のとおり、本件協定は被控訴会社と組合が労働条件、賃金体系、その他の事項を話し合い双方が合意できた場合、一年間嘱託として雇用する旨の内容であって、従前の労働条件がそのまま嘱託雇用のそれになることを約したものではないから、参加人の右主張は到底本件協定の解釈として採用できるものではない。
また右合意未了部分は重要かつ多くの労働条件に及んでいることや、バス労組と被控訴会社の交渉の経緯、参加人組合の力量等に照らし、被控訴会社が参加人組合の申し入れに従い嘱託雇用の交渉を再開していれば、参加人の当審主張2の嘱託雇用契約が昭和五六年一〇月三日(交渉申し入れ日)から同五七年九月二五日(嘱託雇用契約終了予定日)までの間に合意成立したと解することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
6 原判決二七枚目表八行目以下同三四枚目表七行目まで〔38頁3段29行目~40頁3段14行目〕を次のとおり改める。
(二) ところで控訴人、補助参加人は、被控訴会社が参加人組合に加入した主島を定年後に嘱託雇用しなかったことが労組法七条一号、三号の不当労働行為に該当する旨主張していると解することができる。
(三) 労組法七条一号の「不利益取扱」の存否を判断するに当っては、従来の先例や慣行との比較、他の労働者との比較、その他諸般の事情を総合して実質的に判断すべきであるところ、前記のとおり本件協定に基づく嘱託雇用は先例がなくて主島が初めてのケースであり、バス労組と被控訴会社間において主島の嘱託雇用契約は形式的にも実質的にも合意成立に至っていなかったし、参加人組合と被控訴会社間においても同契約は合意成立に至っていたはずであるとはいえないのであるから、主島を嘱託雇用しなかったことが右「不利益取扱」に該当しないことは明らかである。
そうすると、参加人組合に加入した主島を嘱託雇用しないことが、参加人組合の弱体化を企図した支配介入行為(労組法七条三号)と解することも出来ない。
二 以上の次第で、本件命令1項中金員支払を命じた部分は事実を誤認し、ひいては労組法七条一号、三号の適用を誤った違法があるので、右部分の取消を求めた本訴請求部分は理由があり認容すべきである。
よって、右と同旨の原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、控訴審における訴訟費用につき民訴法八九条、九四条に従い主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 乾達彦 裁判官 宮地英雄 裁判官馬渕勉は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 乾達彦)