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大阪高等裁判所 昭和60年(う)1059号 判決 1986年3月19日

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人谷口正信作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、量刑不当を主張し、被告人に対し禁錮刑をもつて処断した原判決の量刑は重きに失するので、罰金刑を選択して処断されたい、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果を参酌して案ずるに、本件は、友人夫妻らと南紀白浜に赴いた被告人が、普通乗用自動車を運転して帰阪途中の昭和五九年一一月四日午後一時半ころ、原判示の和歌山県日高郡由良町地内の国道四二号線を時速約五〇キロメートルで田辺町方面から和歌山市方面に向け進行中、原判示の本件事故現場の約六キロメートル位手前で睡気を覚えて前方注視が困難な状態になつたのに、運転を中止することなく右状態のまま運転を継続した過失により、ゆるやかな左カーブの手前で一瞬仮睡状態に陥り、自車をセンターラインを超えて対向車線内に進入させ、折から同車線内を進行してきた白井清徳運転の普通乗用自動車(以下白井車ともいう)の右後部側面に自車右前部を衝突させ、次いで、白井車の後続車で、被告人車との衝突を避けるため道路左側端に避難措置をとつた森山欣哉運転の普通乗用自動車(以下森山車ともいう)の右前部に衝突させ、よつて右森山車に乗車していた者のうち、運転者森山欣哉に対し加療約三三一日間(うち入院加療約六週間)の頭部外傷Ⅱ型等の、大月晴義に対し加療約二五九日間の顔面挫傷等の、その余の二名に対し加療約二一日間及び約二〇日間の各傷害を負わせ、被告人車の同乗者のうち二名に対し加療約一週間及び約七九日間の各傷害を負わせた事案である。

先ず本件過失の程度、態様等をみるに、被告人は事故現場の手前約六キロメートル位の地点から睡気を覚え、以後何度か先行車の後部がかすんでみえる状態に襲われたのであるから、その時点で直ちに運転を中止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、漫然運転を継続した結果、交通の頻繁な幹線道路において仮睡状態に陥り、自車を対向車線内に進入させ、自己の走行車線内を正常に進行してきた原判示の相手方車両に自車を衝突させて本件事故を惹起するに至つたものであり、事故現場道路は幹線道路であるとはいえ、片側各一車線(各巾員三・三メートル)のみからなる巾員のさして広くない道路で、相手方車両において本件事故を回避しうる余地はなく、本件事故は、相手方には何ら過失の認められない、被告人の一方的過失により発生した事故というべきである。そして被告人は、右のように仮睡状態に陥る以前に睡気を催していながら、格別恕すべき事情もないのに、小休止、或いは同乗者と運転を交替するなどの措置に出ることなく、漫然運転を継続したものであつて、被告人の本件過失は大きいといわざるをえない。

さらにまた、惹起した結果をみても、幸い白井車には受傷者なく物損のみにとどまつたが、自車及び森山車に乗車していた合計六名に上る多数の者に対し、それぞれ原判示の各傷害を負わせたものであり、かつそのうえ、うち二名の受傷程度は、前示のように加療約三三〇日間或いは約二五九日間と加療期間が長期間に及ぶものである。

以上の諸事情に徴すると、被告人の刑責には軽視できないものがあり、受傷者中、入院加療を伴つたのは、前示のように森山一名のみであり、爾余のものはすべて通院加療で治癒するに至つたものであること、被告人は本件事故を深く反省し、各被害者ら、とくに相手車の被害者らの下に足繁く見舞いに訪れて謝罪と慰謝につとめ、その結果、原審当時において、当時なお後遺症の有無、程度が未確定のため最終的な示談に至らなかつた前記の森山及び大月の関係を除き、その余の被害者全員との間で、いずれも円満に示談が成立していること、そのほか右示談未成立の二名の者を含む被害者全員から被告人の寛大処分を望む嘆願書が提出されており、なお原判示二台の相手車両の車両損害についても、いずれも示談成立済みであること、被告人には従前本件同種の前科はもとより、前科は皆無であること、被告人は大学卒業後、高校教諭として七年間大阪府立高校の教壇に立ち、その教育に傾ける情熱、意欲にはみるべきものがあり、今後も教員生活に打ち込みたいとの強い念願を有していること、被告人が本件につき禁錮以上の刑に処せられるときには、地方公務員ないし高校教諭としての資格を喪失することになる事態(地方公務員法一六条二号、二八条四項、教育職員免許法一〇条、五条一項四号参照)となること、被告人はこのことを深く憂慮し、罰金刑による処断を衷心から望んでいること等、被告人のため酌むべき一切の事情を十分斟酌しても、本件につき禁錮刑を選択し、被告人を禁錮一〇月執行猶予三年に処した原判決の量刑は、原判決時を基準とする限り、重過ぎるとまではいえない。

しかし、当審における事実取調べの結果によると、原判決後、被告人は更に被害弁償に努力し、昭和六〇年一一月二九日付で、前記森山及び大月との間で、治療費以外に慰謝料その他の示談金として、右森山に対し、既払いの一一九万八一一四円のほかに一〇三万九六五〇円を、右大月に対し八三万二九三二円を支払つて、それぞれ円満に示談成立をみたほか、更に、被告人は右両名を含む森山車関係の負傷者四名全員に対し、前示の各示談金とは別個に被告人の自己負担による見舞金合計七五万円、そのほかに中坊に対し森山車の車両損害の追加弁償金として二〇万円を支払い、前記四名の者から改めて嘆願書が提出されていることが認められ、これら原判決後の事情をも併わせ考慮すると、本件に対し、現時点においてもなお罰金刑を選択処断するのが相当とまでは認め難いところであるが、原判決の前示量刑をそのまま維持することは、刑期及び執行猶予期間の点において酷に失するものと認められる。

よつて、刑事訴訟法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決することとし、原判決の認定した事実にその挙示する法条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官家村繁治 裁判官田中 清 裁判官久米喜三郎)

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