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大阪高等裁判所 昭和60年(う)453号 判決 1985年9月12日

主文

原判決中、判示第一の罪に関する部分を破棄する。

被告人を原判示第一の罪について懲役八月に処する。

被告人の本件控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、検察官永瀬栄一作成の控訴趣意書及び弁護人内橋裕和作成の控訴趣意書記載のとおりであり、検察官の控訴趣意に対する答弁は右弁護人作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

一検察官の控訴趣意第一(法令の解釈及び適用の誤りの主張)について

論旨は、要するに原判決は、被告人には原判示第一の罪とその余(第二、第三)の罪との間に確定裁判が存する関係上二個の刑を科するに当り、原判示第二及び第三の罪につき懲役一年二月の実刑を科しながら原判示第一の罪につき懲役一年、三年間刑執行猶予の猶予付刑を言渡したが、刑法二五条、二六条、二六条の二及び二六条の三の各規定を総合して考察すると、法は実刑と執行猶予の併存を許さない趣旨と解されるから、右のように併合罪に当たらない数罪を同時審判する場合、その一つについて実刑を科する以上、他の罪につき執行猶予の言渡をすることは許されないものと解すべきであるとして、原判決には右のように懲役刑の実刑と執行猶予付刑を同時に言渡した点において、法令の解釈及び適用に誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない、というのである。

よつて、所論にかんがみ記録を調査し検討するに、原判決が被告人に対し所論指摘のような裁判をしたことは明らかであるが、このように一個の判決で二個の自由刑を言渡す場合、一つの刑を実刑とし、他の刑に執行猶予を付することは、これを禁ずる明示の規定はなく、刑法二五条の執行猶予の要件にも直接抵触するものではない。

所論は、刑の執行猶予制度の本来の目的が、短期自由刑の弊害を避けるとともに、他面その取消を警告して、その者の善行保持を要請し、同時にその者に希望を持たせることによつて再犯防止の刑事政策的目的を達成しようとする点にあるとし、一つの判決で実刑の執行と他の刑の執行猶予期間の進行との競合を当然のこととして是認する原判決の法解釈は、執行猶予制度の右のごとき刑事政策的意義を没却するもので違法であるというのであるが、執行猶予の刑事政策的意義が右のようなものであるとしても、本件のような事例のすべての場合がこれに当たるものではない(例えば、実刑の刑期が執行猶予期間に比較して極めて短い二〜三か月の場合)のみならず、執行猶予制度の存在意義は決して右にとどまるものではないと考えられるので、所論のような抽象的な本質論のみからこの問題を消極に解することにはたやすく賛同することができない。

また、所論は、前示措置を是認する見解に従うと、被告人が実刑部分についてのみ控訴し、これが後に実刑のまま確定した場合には、被告人が控訴を申立てたために、かえつて先に確定した執行猶予が取消されるという不都合な結果を生じることにもなるというのであるが、そもそもこのような場合は執行猶予の必要的取消事由を定めた刑法二六条二号には当たらないと解する余地があるほか、控訴審において反対に実刑が執行猶予に変更されることもないわけではないから、右の批判はその一部の場合にしか当たらないというべきである。

更に、所論は、原判決が確定すれば、その実刑の言渡しの結果、刑法二六条一号により、原判示確定判決の執行猶予が取消され、その結果同法二六条の三により更に原判決の執行猶予が取消され、結局、実刑と同時になされた執行猶予の言渡しは意味を失うことになるのであつて、これはとりも直さず、原判決の法解釈の誤りを露呈しているものというべきであるというのであるが、既に中間の確定判決の執行猶予期間が経過している場合などは、所論のような形での執行猶予の取消しはなし得ないのであるから、右の批判もその一部には当たらないというべきであり、これをもつて、一般的に、実刑と執行猶予付刑の同時言渡しが違法であることの論拠とすることはできない。

次に、所論は、刑法の関係各規定、とりわけ同法二六条の三が「前二条ノ規定ニ依リ禁錮以上ノ刑ノ執行猶予ノ言渡ヲ取消シタルトキハ執行猶予中ノ他ノ禁錮以上ノ刑ニ付テモ其猶予ノ言渡ヲ取消ス可シ」と規定しているのは、執行猶予と実刑が併存し、実刑の執行中に執行猶予期間が進行するがごときは、もともと、執行猶予制度と相容れないものとしなければならず、そこで、本条では前二条の規定によつて取消しえない執行猶予があるときは、その執行猶予を取消すべきものとしたのであり(刑事裁判資料八二号二四八頁)、最高裁判所も同旨の見解をとつているものと解せられる、すなわち、最高裁判所第二小法廷昭和五五年二月二五日決定(最高裁刑集三四巻二号四四頁)は、刑法二六条の二第二号による執行猶予の取消しと右取消しを原因とする同法二六条の三の取消しを同時に行うことができるとの判断を示した際「刑の執行と執行猶予の併存を避けようとする刑法二六条の三の趣旨に照らすと……」と判示し、刑法二六条の三は、刑の執行と執行猶予との併存を認めないものであるとの見解を示しているというのであるが、しかしながら、同条の直接の法意は、二個以上の執行猶予が併存している場合に、その一方の猶予が取消された場合には、他の一方の猶予を取消すことを規定し、実刑と執行猶予の併存を「避けよう」としているものに過ぎず、この規定があるからといつて、実刑と刑の執行猶予の併存をあらゆる場合において違法とし、実刑と刑の執行猶予の同時言渡しをも許さない趣旨としているものとは解されない(右二六条の三で取消し得ない執行猶予刑との併存は適法である)。

そればかりでなく、一個の判決で二個の自由刑を言渡す場合、その一つの刑に執行猶予を付し、他の刑を実刑とすることは、一般的には異例の処置であることは否めないとしても、確定裁判にあたる罪とその余罪とが同時審判を受けなかつたことにより、量刑において被告人がことさらに不利益を被る場合のあり得ることを考慮するとき、例外的にではあつてもかかる不合理を可及的に救済するために、裁判所に対し自由裁量の余地を与える方向への法解釈をすることが至当であると考えられ(同趣旨、仙台高等裁判所昭和二九年三月九日判決―高刑集七巻三号二九〇頁、広島高等裁判所昭和四〇年七月二九日判決―高刑集一八巻四号四六二頁、東京高等裁判所昭和五一年一〇月七日判決―東京高裁刑事判決時報二七巻一〇号一三八頁)、前示のような実刑と執行猶予の自由刑の同時言渡しも必ずしも常に違法として許されないものとすべきものではないと解される。

以上のとおりであるから、原判決が被告人を判示第二、第三の罪につき懲役刑の実刑に処しながら、同第一の罪につき懲役刑に処したうえこれに執行猶予を付したことには、所論のような法令の解釈及び適用上の誤りはない。論旨は理由がない。

二検察官の控訴趣意第二及び弁護人の控訴趣意(各量刑不当の主張)について

検察官の論旨は、原判決がその判示第一の罪につき刑の執行を猶予したのは軽きに失し不当であるというのであり、弁護人の論旨は、原判決が原判示第二、第三の罪につき懲役一年二月の実刑に処したのは重きに失し不当であるから、破棄して再度刑の執行を猶予されたいというのである。

そこで各所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、本件各犯行は、被告人が、交際中の阪本裕美と古島新吾が情交関係を結んだことを聞知し、これに因縁をつけて右古島から現金一〇万二〇〇〇円を喝取し(原判示第一の事実)、次いで暴力団組員ら二名と共謀のうえ、交通事故を偽装して保険会社から保険金名下に金三二〇万三五〇〇円を騙取し(同第二事実)、更に右同様保険会社から金一三〇万円を騙取した(同第三事実)という事案であつて、原判示第一のものを含めいずれも犯行の動機に特に酌むべき点がなく、その態様も悪質といわなければならないうえ、原判示第三の犯行については被告人が主導的な役割を果たしていること、また被告人は原判示第一の犯行前、これと併合罪の関係にある窃盗罪を犯し、昭和五八年一二月奈良簡易裁判所で懲役一年、三年間刑執行猶予の判決を受けながら、その猶予期間中に更に原判示第二、第三の各犯行を重ねたものであり、遵法精神に欠ける点の認められることなどに照らすと、原判示第二の犯行における被告人の役割が従属的なものであり、その利得額も金二五万円程度に過ぎないこと、原判示第一の被害金員は事件発覚後直ちに被害者に弁償し、原判示第二及び第三の各被害については原判決前に自己の各取得部分にほぼ見合う金三〇万円及び金七〇万円をそれぞれ弁償し、更には原判決後残債務金二八五万六五〇〇円及び金二九万円をそれぞれ分割弁済する旨約して各訴訟上の和解を遂げていること(なお、原判決後右各和解成立前にも現金合計一〇万円余を弁償していること)、その他被告人の反省、悔悟、就業状況、家庭の事情など弁護人指摘の諸事情を十分勘案しても、原判示第二及び第三の罪について再度刑の執行を猶予すべきものとは認められず、またその刑が刑期の点で重きに過ぎて不当であるとも考えられない。次に原判示第一の罪の刑については、前記のような犯行の動機、態様、喝取の金額及びそれが原判示確定裁判を経た罪の後犯されたものであること、その他検察官主張のような諸事情にあることに照らし、被害全額が弁償されるほか答弁書記載の被告人に有利な諸事由のあることを勘案しても、なおこれに対し原判決のように刑の執行を猶予することは相当でなく、原判決はその点において刑の量定極めて軽きに失するばかりか、懲役一年の刑に、他の懲役刑の実刑言渡しと同時に執行猶予を付した点において、右執行猶予制度の精神にもとる極めて妥当を欠く点もあるものというべく、いずれにしても破棄を免れない。

したがつて、この点に関する検察官の論旨は理由があるが、弁護人の論旨は理由がない。

よつて、原判決中、原判示第一の罪に関する部分については刑訴法三九七条一項、三八一条によりこれを破棄し、同法四〇〇条但書に従い次のとおり判決し、原判示第二、第三の罪の部分については同法三九六条によりこれを棄却することとする。

原判決認定の原判示第一関係の事実(確定裁判の点を含む)に法律を適用すると、原判示第一の所為は刑法二四九条一項に該当し、右は原判示確定裁判のあつた罪と刑法四五条後段の併合罪にあたるので、同法五〇条によりまだ裁判を経ない右第一の罪について処断することとし、前記情状を考慮のうえその所定刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処することとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石田登良夫 裁判官梨岡輝彦 裁判官白川清吉)

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