大阪高等裁判所 昭和60年(く)152号 決定 1985年11月22日
主文
原決定を取消す。
理由
本件抗告の趣意は、前記検察官作成の「抗告及び裁判の執行停止申立書」に記載されたとおりであるから、これを引用する。なお、これに対する答弁は、別添の弁護人原滋二作成の答弁書記載のとおりである。
所論にかんがみ一件記録を検討するに、昭和六〇年一一月一八日右弁護人から原裁判所に対し、被告人に対し勾留執行停止の決定を求める旨の申立がなされたこと、その申立の理由は、被告人が同月二四日に行われる実弟の結婚式に出席したいというものであること、及び、原裁判所が、右申立を受けて、被告人の勾留の執行を同月二三日午後一時より同月二五日午前一〇時まで停止する旨の原決定をしたことが記録上明らかである。そこで、原決定の当否を考えるに、一件記録により認められる、被告人の本件勾留の理由及びその必要性、被告人の本件逮捕前の生活状況、現在の被告人の家族関係などに照らすと、弁護人の答弁における主張を考慮しても、本件において、被告人が実弟の結婚式に出席させるため勾留の執行を停止することが適当であるとは認められない。したがつて、被告人に対する勾留の執行を停止した原決は相当でないというべきである。本件抗告は理由がある。
よつて、刑事訴訟法四二六条二項により原決定を取消すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官環 直彌 裁判官髙橋通延 裁判官野間洋之助)
抗告及び裁判の執行停止申立書
(別紙)
一、被告人については、次に記載するとおり、勾留執行停止を適当とする理由がないことは明白である。
1 勾留理由の存続を前提としながら、被拘禁者の身柄を解放する制度としては、身柄確保の面で勝れている保釈という制度がある以上、勾留の執行停止は、保釈が不可能ないし、不相当であつて、しかも事案自体から刑訴法第九五条所定の条件および裁判所の定めた条件のみで、勾留理由存続の事実に対処することができる場合ないし結果的に罪証隠滅、逃亡等の事実が発生してもなお被告人らを拘禁状態から解放すべき緊急かつ切実な必要性がある場合に活用される制度である。
2 そこで、被告人金仁について、右必要性があるかどうかについて考えるに、次のような事実がある。
(一) 被告人の身上、経歴について検討すると被告人は、昭和五九年九月ころ、父が経営する喫茶店等の営業資金を使い込み、これが原因で、父といさかいを起こして、その住居地であつた大阪市東淀川区大隅一丁目二番二一号の家を出、その後、定職に就かず、山口組系小西一家中津組々員華山昭夫の手伝いをし、生活費を稔出していたもので、住居地もそのころから定まらず、同人の友人宅を転々としてきたものである。
また、被告人の家族関係は、かつて、妻子がいたものの、昭和五二年ころ、離婚し、以後単身でぶらぶらしていたところ、逮捕される半月前から女性と同棲するに至つているというものである。
即ち、一応住居はあるものの、不安定なそれというべき状態で、特に資産がある訳でもなく、要するに、これまでの生活状況は不安定そのものというべきである。
(二) 被告人についての勾留事実は、いわゆるクレジットカードにより商品を騙取しようとしたが、これを遂げなかったとの詐欺未遂の事実であるが、これに続いて起訴された事実から明らかなように、他の共犯者とともに、起訴事実と同様のいわゆるクレジットカードにより多数回にわたり物品を騙取したとの事実も認められ、その他にも捜査中の同種事案、窃盗事件、覚せい剤使用事案等の余罪があるもの(別添電話聴取書記載のとおり)である。
(三) このような状況からすると、被告人は、常習的に詐欺等の犯罪を他人と共謀するなどして敢行してきたもので、前記、被告人の生活状況をも加えて考えると、逃亡のおそれ極めて大きいといわざるを得ないのである。
3 ところで、弁護人の被告人については、その勾留の執行を一時停止されたいとの理由の要旨は、単に、被告人が実弟の結婚式、披露宴に出席しなければ、親族、実弟の体面を損い、また、その門出に汚点を残すというにある。
しかしながら、一般に兄弟姉妹等の出席予定者が、仕事の都合、その所在、その健康状態などの理由により、結婚式、披露宴に出席できないとの事態は、まま起りうることであつて、特段、不思議な事態として重大視すべきものとは思われない。被告人が犯罪を犯し、その必要性があつて勾留されているとの対比において考えると、実弟の結婚式等に出席できないとしても、この程度の事態は、やむをえない事態であつて、ことさらに人情に反するものとは考えられない。
実父母、実子等が死に直面している場合とか、その葬儀の場合とは、大きく事情を異にするというべきである(被告人は、実弟の結婚式に出席できなくても、他の方法あるいは、後に、実弟を祝福する方法はいくらでもある。被告人弁護人が一時勾留を停止されたいとの事由として述べる点は、人の情よりも体面を重視した感が多分にあるものである)。
4 昭和五九年以降の大阪地裁における勾留執行停止決定の実務的運用にかんがみても、本件について、勾留の執行を停止すべき適当な理由があるとは思われない。
5 以上、検討していたところから、本件について、被告人の勾留の執行を停止すべき「適当な理由」があるものとは到底認められない。(なお、本件については、その理由の前提事実についても疎明が十分でないものと思料する)
よつて、本件抗告に及んだものである。
答弁書
弁護人 原 滋 二
一、被告人には勾留の執行を停止すべき理由があるから、抗告を却下していただきたい。
被告人が勾留の執行を停止されたいと希望する理由は、弟の結婚式への出席のためである。
検察官は、実父母、実子等が死に直面している場合とか葬儀の場合と結婚式を同等に扱うべきでないと主張されるが、格別疎遠な仲であるとか外国に居住しているというような特殊な例を除いて、兄弟姉妹の結婚式に出席して祝福するということは、一生のうち数限られた機会であるから、これを熱望することは人情として当然のことであり、葬儀の場合と区別しなければならない理由は無い。
被告人は在日韓国人であるが、韓国人は親族のつながりを大切にする美風を有し、結婚式には多数の親族が遠方からも参集する。
被告人は長男として、弟の祝福の為に参集してくれる親族に応接すべき立場にある。
被告人は前科も無く、両親とともに平穏に生活してきたが、昨年営業資金を使いこんだことから父といさかいを起こして家を出たため、本件共犯者らと行動をともにするようになつて、犯罪を犯すに至つた。しかし、被告人及び両親は再び同居生活をして更生を図ることを誓つている。それにもかかわらず、長男として弟の結婚式にも出席出来ないようでは、今後の親族との交際の上で、又、被告人自身の精神面において、更生の妨げとなるおそれがある。
二、被告人には逃亡、証拠湮滅のおそれは無い。
被告人は両親の家を出たとはいつても音信が途絶えるとか居所不明ということではなく、逮捕時の居所は、父が賃借している住宅であつた。
逮捕後、両親弟妹が面会する折に被告人は迷惑をかけたことを謝罪しており、逃亡してこれ以上迷惑をかけることなど考えられない。
被告人は逮捕直後から、犯罪となるべき事実は全て積極的に説明している程であるから、証拠を湮滅するおそれは無い。
三、検察官は、勾留執行停止は保釈と比較して身柄確保の点で劣るので、例外的に緊急かつ切実な必要性がある場合に限定すべきであると主張される。その論は全く正当なものであるが、被告人においては、その責任によらず、保釈手続によりがたい事情がある。
被告人は昭和六〇年八月五日に逮捕され、既に三ケ月半を経過しているにもかかわらず、追起訴が完了していない。当初検察官の説明では一〇月上旬に追起訴完了予定とのことであつたが、後に一一月中旬に追起訴完了予定と変更され、今日に至つても未了である。
被告人は全て認めているので、早期に追起訴が為され次第保釈申請をする心算であつたが、右の事情により勾留執行停止を申請した次第である。