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大阪高等裁判所 昭和60年(ネ)1507号 判決 1986年8月28日

控訴人 松野利男

右訴訟代理人弁護士 兵頭厚子

被控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 杉谷義文

同 杉谷喜代

主文

一  原判決中被控訴人に関する部分を次のとおり変更する。

二  被控訴人は控訴人のために、本判決確定の日付をもって、別紙記載の謝罪文を、昭和五六年一二月末日現在における社団法人大阪府宅地建物取引業協会所属の全会員に対し郵送せよ。

三  被控訴人は控訴人に対し、金六〇万円及びこれに対する昭和五七年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  控訴人のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分しその一を被控訴人、その余を控訴人の負担とする。

六  この判決は第三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決中被控訴人に関する部分を取消す。

2  被控訴人は控訴人のために、本判決確定の日付をもって、原判決添付別紙一記載の内容の謝罪文を、昭和五六年一二月末日現在における社団法人大阪府宅地建物取引業協会(以下「本件協会」という。)所属の全会員に対し郵送せよ。

3  被控訴人は控訴人に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五七年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

3  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

原判決事実摘示中当事者双方に関する部分のとおりであるからこれを引用する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  原判決摘示請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  同請求原因3のうち、被控訴人が控訴人を誹謗中傷する本件第四文書を本件協会の全会員らに送付し、さらに控訴人の顧客に対し直接控訴人を誹謗中傷したとの点につき、以下検討する。

1  被控訴人が控訴人の顧客に対し直接控訴人を誹謗中傷したとの点は本件全証拠によるもこれを認めることができない。

2  《証拠省略》によれば、本件第四文書が昭和五六年一二月中旬本件協会の会長田中祐次郎や、同協会及び同協会支部の役員らに送付されたこと、当時控訴人は右協会の研修委員会委員長であって右協会各支部において研修の講師として講義を行っていたことが認められ、これに反する証拠はない。そして、本件第四文書が差出人を大阪府宅建協会生野・天王寺・東成地区有志一同とする本件協会の会長田中祐次郎宛の書面であり、控訴人の地位を研修部長と、さらに控訴人が本件協会の各支部で講義をしていたと記載していることは《証拠省略》により明らかであり、右符合からすると、本件第四文書の作成に本件協会の会員が関与したと認めるのが相当である。

《証拠省略》の各筆跡とを対照すると、その筆跡は同一であることが認められ、右各証拠に、《証拠省略》によれば、本件第四文書には控訴人が本件協会の研修部長として不適格者である旨の記載部分があること、被控訴人は控訴人とともに本件協会東成支部の会員であり、同支部の評議委員をしており、右同趣旨のことを本件協会の東成支部の評議委員会などで発言していたこと、本件第四文書が封入されていた封筒の宛名及び差出人の筆跡が被控訴人が出した昭和五六年の年賀状の宛名部分の筆跡と同一であることが認められ、これに反する証拠はない。

右認定の事実によれば、本件第四文書の筆跡と被控訴人が出した年賀状の宛名部分の筆跡とが同一であるだけでなく、被控訴人は本件協会の会員であって、これまで本件第四文書と同一趣旨の発言をしていた事実が認められ、右事実関係及び後記被控訴人が原審における相被告乙山春夫(以下乙山という)に本件協会の会員らの住所を教えてその送付を手助けした事実からすると、特段の事情がない限り、被控訴人が本件第四文書の作成又は送付に関与したと認めるのが相当である。

そこで、右特段の事情の有無につき判断するに、被控訴人は、《証拠省略》において、右年賀状は宅地建物取引業者又は建築業者間を廻っていわゆる便利屋的仕事をしている近藤秀雄という者に、名簿を渡して同人が用意していた裏面印刷済の年賀状葉書に宛名を書いて持ってきてもらったものに、自己の住所・記名判を押して出したものの一部であり、同人との取引は右一回きりである旨供述するところ、《証拠省略》によれば、被控訴人の筆跡の特徴と《証拠省略》の筆跡の特徴とは異なることが認められ、右によれば、右年賀状は被控訴人の直筆ではないといわざるを得ず、被控訴人の右供述のうち年賀状が代筆により作成されたとの点は立証充分である。しかし、右代筆者が近藤秀雄であり、同人との関係が右年賀状の代筆を依頼したときだけであるとの点については、《証拠省略》によれば、右近藤秀雄なるものの存在自体疑問があり、さらに、いずれも被控訴人が出した年賀状であることに争いのない《証拠省略》によれば、《証拠省略》は昭和五六年の、《証拠省略》は昭和五七年の年賀状葉書であるが、右各裏面の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます」「元旦」の各文字及び「梅にうぐいす」の文様を各対照すると、右はいずれも右各文字及び文様が一体となった同一印判により顕出されたものであることが認められ、右同一印判が昭和五六年、昭和五七年の年賀状に使用されていることからすると、近藤秀雄との取引は一回きりであったとの被控訴人の供述自体疑わしく、しかも、本件第一ないし第四文書の投書やその影響に関する供述部分は被控訴人の本件協会東成支部での地位と後記四1において認定の本件協会及び同協会東成支部での右投書に対する対応状況を考えると不自然であって、被控訴人の前記供述はにわかに措信し難く、右年賀状が代筆により作成されたとの前記事実からだけでは右特段の事情があったとはいえず、他に右特段の事情を認むべき証拠はない。

3  本件第四文書は前記控訴人が本件協会の研修委員会委員長の適格を欠くとの記載の外に、控訴人が顧客を欺瞞して物品を巻き上げた疑いがあるとか、脱税計画の疑いが充分であるということを主要な内容とするものであることは《証拠省略》により明らかであり、右内容が控訴人の社会的名誉及び信用に関係するものであることはいうまでもなく(なお控訴人の右詐欺及び脱税については本件全証拠によるも認められない。)、右文書が本件協会の役員らに送付されたことは前記認定のとおりである。右認定事実によれば、被控訴人は、前記内容の文書を第三者に送付すれば控訴人の名誉や信用を毀損することを認識しながら、本件第四文書を前記名宛人に送付し、控訴人の名誉や信用を毀損したものと認められ、右により被った控訴人の損害を賠償すべきである。

三  同請求原因3のうち、被控訴人が乙山を教唆又は幇助して、虚偽内容の本件第一ないし第三文書を本件協会会員らに送付せしめたとの点につき、以下検討する。

1  《証拠省略》によれば、乙山は、本件第三文書(但し、同文書の「皆様この件どう思ひますか」という頭書部分を除く)を作成して、昭和五六年一一月ごろ本件協会会長、本件協会苦情処理委員会委員長、社団法人全国宅地建物取引業保証協会大阪本部長、全国宅地建物取引業協会連合会会長、兵庫県など大阪府近隣の各府県の宅地建物取引業協会、本件協会の多数の会員のみならず東成警察署、大阪府警察本部防犯部生活課、東成税務署、大阪府建築指導部建築指導課などの諸官公庁へも送付し、本件第一、第二文書を作成して同年一二月中旬右の送付先のうち本件協会の会員を除いた送付先(以下「本件協会及び諸官公庁」という。)へ送付したことが認められ、これに反する証拠はない。

2  本件第一ないし第三文書は控訴人がその営業の機会を利用して乙山を欺罔し、同人所有の土地を騙取し転売して多額の利益を得たということを主要な内容とするものであることは《証拠省略》により明らかである。

そこで、右各文書の内容の真実性につき判断するに、《証拠省略》によれば、原判決二一丁表六行目から二六丁裏五行目までの事実(原判決理由のうち本件第一ないし第三文書の真実性に関する認定事実)が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によれば、控訴人が乙山を欺罔して同人所有の土地を騙取したとはとうていいえず、本件第一ないし第三文書はその内容の主要な部分が虚偽であるといわざるを得ない。

3  《証拠省略》によれば、本件第三文書は同年一一月ごろ本件協会及び諸官公庁をはじめ本件協会の多数の会員に、本件第一、二文書は同年一二月中旬本件協会及び諸官公庁に、本件第四文書も同じころ本件協会の会長をはじめ右役員らに各送付されたこと、本件第二文書には「他の親切な宅建業の方々の助言により申立及び救済願を申立てました」との、本件第四文書には「別添消費者申立のとおり」との各記載部分があり、さらに両文書には訴外会社と控訴人の事務所とが同一住所であるとの新たな事項が共に記載されていること、本件第一、第三文書が封入されていた封筒の宛名には、本件協会及び社団法人全国宅地建物業保証協会が作成した非売品である右協会及び本部に所属する会員の会員名簿中の各会員の住所、氏名や関係官公庁、在阪各種団体一覧表中の住所、団体名が切り抜かれてそのまま貼付されているが、乙山は本件協会及び右保証協会とは無関係であることが認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実に合わせ、前記二2において認定した事実を総合すると、被控訴人は乙山の本件第一ないし第三文書の作成又は送付に関与したものと認めるのが相当であり右関与の程度は右認定事実からすると少なくとも乙山が本件第一ないし第三文書の送付先の氏名及び住所を教えたことが推認され、右認定を左右するに足る証拠はない。

4  本件第一ないし第四文書は控訴人が営業の機会に詐欺を行なったという犯罪行為に関するものであることから控訴人の社会的名誉及び信用に関係するものであることはいうまでもない。被控訴人の行為が乙山をして多数の本件協会の会員らへの送付を容易ならしめるというものであり、右は民法七一九条二項の幇助行為に該当するものというべく、被控訴人には乙山が名誉毀損行為を行なうこと及びこれを幇助する各認識があったものと推認せられ、従って被控訴人は乙山の名誉毀損行為を幇助したものとして民法七一九条二項により共同行為者とみなされ、同条一項の共同不法行為者の責任を負い、控訴人の被った損害を賠償すべきである。

四1  そこで控訴人の被った損害につき判断するに、右については原判決理由四1「原告の被った損害」における認定及び判断(原判決二七丁裏六行目から同三〇丁表四行目まで)と同一(但し、同二七丁裏六、七行目の《証拠訂正省略》、同二九丁裏一行目、同一一行目、同三〇丁表二行目の各「本件第一ないし第三文書」を「本件第一ないし第四文書」と各訂正し、同二八丁表一二行目の「送付され、」の次に「本件第四文書が、同じころ、本件協会の会長及び役員らに送付され、」と同丁裏二行目の「利益を得たという趣旨の」の次に「、本件第四文書がさらに控訴人に脱税の疑いありという趣旨の」と、同第二九丁裏五行目の「本件第一、第二」の次に「、第四」と各付加する。)であるからこれを引用する。

2  前記認定したとおり、控訴人は、本件第一ないし第四文書が送付されたことにより、多大の精神的損害を被り、かつ現在も同業者や顧客からの信用が低く評価され非常な損害を被っていることが認められるから、被控訴人に対し、控訴人の名誉や信用を回復するに適当な措置を求めることができるものといわなければならない。

控訴人に対する名誉毀損行為が本件協会の会員を中心に本件第一ないし第四文書を送付することにより行なわれ、本件協会所属の全会員が右文書の送付を認識していると認められることは前記認定のとおりであり、右名誉毀損行為の内容や影響からすると、控訴人に対し、本件第一ないし第四文書が送付された当時である昭和五六年一二月末日現在の本件協会の全会員に宛て本判決確定の日付をもって謝罪文の郵送を命じることは控訴人の名誉や信用を回復するに適当な措置であると認められる。そして、これまで認定してきた諸事実からすると謝罪文の内容は別紙記載のとおりとするのが相当である。

3  前記認定した控訴人の損害状況及びその他本件にあらわれた諸般の事情に前記のとおり謝罪文の郵送を命じたことを勘案すれば控訴人が本件第一ないし第四文書の送付により被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料額としては金六〇万円が相当である。

五  よって、控訴人の請求は、被控訴人に対し、主文第二項の謝罪文の郵送を求める部分並びに慰謝料として金六〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五七年二月一一日から支払済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないので棄却することとする。

六  そうすると右判断と一部異なる原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 乾達彦 裁判官 宮地英雄 横山秀憲)

<以下省略>

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