大阪高等裁判所 昭和60年(ネ)2418号 判決
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、各自、控訴人に対し金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五五年八月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人興亜火災海上保険株式会社(以下、「被控訴人興亜火災」という。)は控訴人に対し金八〇〇万円及びこれに対する昭和五五年八月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
5 前記第二ないし四項につき仮執行の宣言。
二 被控訴人ら
主文と同旨。
第二 当事者の主張
当事者双方の主張は、次に訂正・付加するほかは原判決事実摘示欄の記載と同一であるから、これをここに引用する。
1 原判決三枚目裏二行目末尾の次に「なお、本件罹災建物は、その再築に当たり再利用が可能な部分はなく、建築基準法の枠外のいわば不適法建築物にすぎない。」と、同四枚目表一一行目の次行に「本件建物は火災にもかかわらず、その躯体鉄骨の一部は錆止め表面塗装を施すことにより、外壁の一部はそのまゝの状態で、それぞれ再利用が可能であり、その残存価額は八一七万九〇〇〇円である。」と各付加する。
2 同四枚目裏一行目冒頭の「本件」から次行の「所有物件であった。」までを次のとおり改める。
「本件住宅火災保険契約の締結時、すなわち昭和五四年一一月一二日当時、本件建物は波田正夫の所有ではなく、武広勲の所有であった。
なお、本件建物は昭和五四年三月末ころには既に所有権の目的物となりうる建造物であった。そのころ、本件建物の建築請負業者松本組が倒産により同建物の建設工事を中断するに至ったが、その時点において右建物は既に地業及び基礎工事、主体鉄骨工事(柱、梁、屋内階段、床鉄板貼り)、外壁ALC板(軽量気泡コンクリート板)工事が完了しており、未完工事は屋上防水工事のほか各階土間コンクリート打工事など屋内工事を残す状態であった(乙第一〇、第一一号証)。」
3 同四枚目裏一二行目の「譲渡担保としてではあるが」を「譲渡担保として左記条件で」と改め、同五枚目表四行目の「住宅火災保険契約を締結した。」の次に改行のうえ次のとおり付加する。
「 記
① 源治正勝(以下、「源治」という。)は京都相互銀行より二〇〇〇万円を借り受け、これを波田正夫(以下、「波田」という。)に貸し付ける。
② 波田は担保として本件建物及びその敷地の所有名義を源治に移転するものとし、右土地については直ちに、右建物については完成後登記手続をすること。
③ 弁済方法は担保として譲渡した本件建物及びその敷地の賃料名義をもって土地賃貸借契約書添付の「支払一覧表」(乙第四号証の五)のとおり昭和五九年八月二七日限り元利金を源治方に持参して支払うこと。
④ 借入金完済の時には、譲渡担保物件である本件建物及びその敷地の所有権を波田に返還すること。
⑤ 波田が前記分割弁済を一回でも違約した場合は即刻明渡しをなし、期限の利益を失うとともに前記土地建物の所有権の返還約定は失効し、その返還を求めることはできないこと。
ところが、波田は昭和五四年一〇月下旬ころ資金難に陥り前記約定にある同月二七日以降の分割弁済金の支払いを怠ったので、右譲渡担保契約により波田の有する本件建物取戻権は失効し、源治が本件建物所有権を確定的に取得した。したがって、波田が本件住宅火災保険契約を締結した昭和五四年一一月一二日には同人は本件建物の所有者ではない。
そこで、源治は右波田への貸付資金を回収するため、昭和五五年四月一〇日本件建物をその敷地と共に控訴人に譲渡したのである。」
4 同五枚目表四行目の「その後も、波田正夫は」から同七行目末尾までを削除する。
5 同枚目裏一行目の「事実に反するので、」を削除し、同四行目の「波田正夫」を「仮に本件建物の所有権が波田にあったとしても、同人」と改める。
6 同七枚目裏末行の「所有権移転登記」を「所有権保存登記」と訂正する。
7 同九枚目表七行目の「本件建物につき所有者として表示登記をなし」の次に「(本件建物は同月一〇日ころには所有権の目的となりうる構造を具えた建物であった。)」と、同末行の「これを源治正勝に譲渡したものであり」の次に「、」をそれぞれ挿入する。
8 同枚目裏四行目の「武広勲は、」以下同八行目末尾までを改行のうえ次のとおり改める。
「武広勲は、控訴人が本件建物を買い受けた昭和五五年四月一〇日当時、なお残工事を残して工事を続行中であった。すなわち、右当時の同建物は炊事場等の左官仕上げ、室内の板壁等の工事、室内照明器具の装置、畳、浴槽工事等を残すのみの段階にあり、あと一〇日から二週間程度で完成が見込まれ、九〇パーセント位の工程を終えたものであった。
そして、武広は四月一〇日以降は本件建物工事及び本件建設工事保険を控訴人に引き継ぐこととして、自らは控訴人の下請として本件工事の完成に参画することになった。
9 同枚目裏一〇行目の「その主張の日」から次行の「譲り受けたが」までを削除する。
10 同一〇枚目表一〇行目の末尾に「保険法制研究会が昭和四八年に発表した損害保険契約法改正試案六五〇条も、保険の目的物の譲渡についての書面による通知がなされなかったときでも、保険者は譲渡の日から一五日以内に発生した保険事故については免責されない旨を規定し、失権効回避のための猶予期間を設けることとしている。」を付加し、同枚目裏三行目冒頭から同八行目末尾までの全文を次のとおり改める。
「また、火災保険約款八条の解釈等について控訴人の見解を敷衍すれば次のとおりである。
保険の目的物が譲渡(売買)され、保険契約者が保険会社に対して住宅火災保険普通保険約款(以下、「火災保険約款」という。)八条一項に定める通知義務を負担する場合においても、一般に事前の通知が行なわれることはなく、譲渡の後に遅滞なく通知手続がされているのが通例であることは前述のとおりである。本件では控訴人が本件建物を買い受けた昭和五五年四月一〇日(木)の二日後である一二日(土)に火災事故が発生した。控訴人は一四日(月)に本件建物の火災事故を知り、被控訴人らは同日同事故を知り現場の確認と事故調査を開始し、この時点から、控訴人と被控訴人ら両社との間で後記のように保険金の支払請求について折衝が始まった。したがって、実質的に見れば、保険会社が保険金受領者の確定その他について誤認するなどの不慮の危険を生じるような事態はなかった。
右約款八条は、火災事故が売買の直後に発生したときでも、右通知義務違反のゆえに保険会社に免責の効果を付与するものと解すべきものとすれば、同条は商法六五〇条の趣旨と大きく隔り、保険契約者又は被保険者に著しく不利益となる。したがって、右約款八条二項の「前項の手続きを怠ったときは」の意義は、これを同約款七条の規定とパラレルに解し、「故意又は重大な過失によって」不通知のあった場合に限定して解釈すべきである。しかるときは、かかる通知義務違反の立証責任は保険会社にある。
そうだとすれば、控訴人は「故意又は重大な過失により」右通知義務を懈怠したものではないから、右約款八条二項を適用する余地はない。」
11 同一一枚目裏二行目冒頭から六行目までの全文を次のとおり改める。
「(一) 控訴人興亜火災について
控訴人代理人武田俊男、同苗村健次(以下、「武田」、「苗村」という。)は、昭和五五年四月一四日(月)午前一〇時三〇分ころ、本件火災現場において被控訴人興亜火災の近畿圏損害調査部火災保険新種調査課副主任山中秀之(以下、「山中」という。)らと会い、保険金の支払いについて話し合いを始めた。翌一五日波田正夫は火災現場において山中に対し、本件建物を同月一〇日控訴人に売却した旨を告げ、また、同日午後四時頃控訴人代理人武田、苗村は被控訴人興亜火災神戸支店を訪ね山中と会い、控訴人が同月一〇日本件建物を買ったことを話し、その売買契約書を提示した。山中は右建物の新しい登記簿謄本を届けてほしい旨を指示し、本件火災保険の譲渡承認手続及び保険金支払請求手続については調査の終了まで待ってほしい旨を答えた。同月一七日、武田は右神戸支店で山中に本件建物の登記簿謄本を届け、同月三〇日、控訴人代表者西口清美、武田、苗村は右神戸支店に山中を訪ね、同人から「今、保険証券の譲渡申請手続とか保険金請求をする必要はない。火災の原因が判明次第手続をとり保険金を支払う」旨の応答を得た。
右の諸事実によれば、山中は、被控訴人興亜火災の代理人または機関として、波田及び控訴人から口頭による本件建物の譲渡の通知を受けた上、控訴人に対し保険金の支払義務を負うことを承認したものというべきである。
仮に山中が右の権限を有しなかったとしても、控訴人が山中の発言を被控訴人興亜火災の意思表示と信ずるについて正当な理由があるというべきである。
(二) 被控訴人日動火災について
控訴人代理人武田は、昭和五五年四月一四日(月)午前九時ころ、被控訴人日動火災神戸支店に本件建物の火災事故が発生したことを連絡し、翌一五日、同武田、苗村は右神戸支店を訪ね同支店火災・新種保険損害調査主査土田俊介(以下「土田」という。)と面談し、同人に対し本件建物は昭和五五年四月一〇日に控訴人が取得したこと、同建物については武広工務店こと武広勲が引き続き工事することになっていたことを伝え、かつ保険金の請求手続及びこれに関する保険証券の裏書承認手続について教えを求めたところ、土田は火災原因等を調査中なので暫く待ってほしい旨を答えた。同月二二日、武田、苗村は右神戸支店で土田に会い、保険の譲渡承認申請用紙を受領し記入要領の説明を受けると共に、本件建物の焼失状況を色付けにした図面の提出方を求められた。同月二五日、控訴人代理人武田は右色付図面を提出した。同月二九日、武田は右神戸支店において土田と面談し「明日、控訴人代表者と一緒に来てほしい」旨求められた。翌三〇日、控訴人代表者西口は、武田、苗村、武広の代理人井上睦と共に被控訴人日動火災神戸支店において土田と会い、その際、同人は、同被控訴人の保険は他社のそれとは性質が違うこと、その保険が武広から控訴人に譲渡されていることを了解したこと、出火原因が放火でなければ保険金を支払う(譲渡承認手続は保険金請求と同時でよい)こと、保険金の取り分について武広と控訴人間で協定書を出し、保険金の請求は一本化してほしいこと等を述べた。そこで、控訴人は昭和五五年六月五日、控訴人・武広間の協定書を右神戸支店に提出した。
右の諸事実によれば、土田は、被控訴人日動火災の代理人または機関として、保険の目的物件の譲渡の通知及び譲渡承認裏書の請求についての控訴人の手続懈怠に対する責問権を放棄し、控訴人に対し保険金の支払義務を負うことを承認したものというべきである。
仮に土田が右の権限を有しなかったとしても、控訴人が土田の右発言を被控訴人日動火災の意思表示であると信ずるに足りる正当な理由があるというべきである。」
12 同一二枚目裏九行目全文を次のとおり改める。
「(被控訴人興亜火災の反論)
被控訴人興亜火災近畿圏損害調査部(大阪市南区南船場四―一―九所在)は、昭和五五年四月一四日(月)午後九時過ぎに神戸支店より本件火災事故発生の通知を受け、同日午後一時三〇分ころ、同調査部員山中は木下鑑定人、営業担当者らを同道して本件現場に赴いた。したがって、山中が同日午前一〇時三〇分ころ本件現場で武田、苗村らに会ったことはない。翌一五日、山中は本件現場に赴き、同所で初めて波田と会い、その後前示調査部に戻ったので、神戸支店に立ち寄ったことはない。同月一七日、山中は再調査のため現場に行ったが神戸支店には寄っていない。武田から同支店で登記簿謄本を受領したことはない。同月三〇日、山中は神戸支店に行ったことはなく、控訴人代表者西口、武田らと会ったこともない。
(被控訴人日動火災の反論)
一 支払の承認について
控訴人の代理人であると主張する武田は、保険代理店を営むものであって、土田から保険金請求手続を教えて貰うまでもなく知識はあったものであり、又譲渡承認の書類も常時所持していた筈である。
被控訴人日動火災は、武田から本件建物の焼失状況の色付図面を受け取ったことはなく、そうした図面を徴する例は皆無である。四月二九日は祭日であり神戸支店は休みであり武田と土田が面談できる筈もない。
なお、被控訴人日動火災の担当者は控訴人から昭和五五年四月末日頃口頭で保険金請求の予告を受けたが、請求書の提出による正式な請求手続はなされていない。また、同被控訴人は同年五月中旬頃控訴人から保険契約上の権利譲渡承認請求書の提出を受けたが、その内容は譲渡人を源治正勝とするものであり、武広から控訴人に譲渡した旨の譲渡承認請求書の提出を受けたことはない。」
13 同一二枚目裏一〇行目冒頭の「一」を「二」と、同一三枚目裏一行目の「二」を「三」と、それぞれ改め、同一四枚目裏九行目の「保険金」を「保険料」と、同末行の「譲渡人」を「譲受人」と、それぞれ訂正する。
第三 証拠関係<省略>
理由
一当裁判所も、控訴人の本訴各請求は理由がなく、これを棄却すべきであると判断する。その理由は次のとおり訂正・付加するほかは原判決理由欄の記載と同じであるから、これをここに引用する。
1 原判決一六枚目表一一行目の「波田正夫」の次に「こと催徳斗(以下、「波田」という。)」を挿入し、同行の「昭和五五年四月一〇日」を「昭和五五年四月一二日」と訂正し、同一二行目の「被災したこと」の次に「(以下、「本件火災事故」という。)」を、同末行の「住宅火災保険契約」の次に「(甲第一号証の保険証券参照。以下、「本件住宅火災保険契約」という。)」をそれぞれ挿入し、同枚目裏四行目の「保険金」を「本件住宅火災保険契約に基づく保険金」と改め、同行の「―について」を削除する。
2 同枚目裏六行目の「波田正夫」の次に「が本件建物を自己の所有物件であるとして同人」を、同一七枚目表三行目の「検討するに、」の次に「右当事者間に争いのない事実に、」をそれぞれ挿入し、同四行目冒頭の「成立について争いのない」から同二〇枚目裏三行目末尾までの全文を次のとおり改める。
「<証拠>を総合すると、次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 波田は、昭和五四年一一月一二日、被控訴人興亜火災との間で同人を建築中の本件建物の所有者、本件建物を保険の目的物として本件住宅火災保険契約を締結した。
(二) 波田は、昭和五三年一一月ころ、本件建物の新築工事を企画し、これを兵庫民営工務協同組合に請け負わせたところ、同協同組合は本件建物の基礎工事と主要鉄骨工事を終え同年一二月二九日上棟式をすませたが、同月三〇日倒産した。そこで波田は右協同組合の下請業者であった松本組こと松本正也に右工事の残工程を請け負わせたが、松本も本件建物の外装工事をほぼ終えたところで昭和五四年三月末倒産した。そのころ、本件建物は地業及び基礎工事、主体鉄骨工事(柱、梁、屋内階段、床鉄板貼り)、外壁ALC板(軽量気泡コンクリート板)工事を完了していたが、屋上防水工事、内装工事、外装工事残、電気、ガス、給排水衛生等の各種設備工事等の残工事は一時中断の状態となった。
(三) 波田は、本件建物の工事を続行しようとしたが資金が足りなかったので、昭和五四年八月二九日、井上睦(倒産前の兵庫民営工務協同組合の本件建物についての担当者であった。)の紹介で知った源治から二〇〇〇万円を借り受けることとし、同人と以下の約定で建設中の本件建物とその敷地を譲渡担保に供する旨合意した。すなわち、① 波田は、譲渡担保として本件建物及びその敷地を提供することとし、敷地については直ちに所有権移転登記手続をし、本件建物については工事完成後に所有権移転登記手続をすること、② 弁済方法は担保として譲渡した本件建物とその敷地の賃料名義で昭和五四年九月二七日から同五九年八月二七日までに元利金を毎月分割弁済の方法で支払うこと、③ 借入金完済時には源治は波田に本件建物とその敷地所有権を返還すること、④ 波田が右分割弁済を一回でも怠った場合には期限の利益を失なうと共に同人は右土地建物を即刻明渡し右土地建物の所有権返還約定は失効すること等である。
(四) 波田は、昭和五四年八月三一日、源治から二〇〇〇万円を借り受けたが、同年一〇月下旬、右分割弁済金などの支払いが不能となった。このころ、本件建物は工事工程の約八〇パーセントを終え、入居可能な状態となった。
(五) 波田は、昭和五四年九月五日、武広勲に対して本件建物の残工事を請け負わせた。ところが波田はその後右のとおり支払不能となったので、武広は井上らと相談のうえ、右請負工事代金を確保するためには本件建物を完成させて請負人たる武広名義で所有権保存登記を得るのが良策であると考え、残工事を進めて同年一二月一一日波田に無断で武広勲名義の表示登記手続を、同月二〇日、同人名義で所有権保存登記手続を各了した。
(六) 本件建物の譲渡担保権利者である源治は、右表示登記の存在に気付き、同年一二月一六日、武広に右工事代金七〇〇万円を支払って同人から本件建物の所有権移転登記を得る旨の承諾をとり、同月二〇日、同日付武広からの売買を原因とする所有権移転登記手続を経由した。なお、源治は同月二五日東京海上火災保険株式会社と本件建物につき住宅火災保険契約を結んだ。
(七) 控訴人は、昭和五五年四月一〇日、全工程の約九〇パーセントを終えほぼ完成の域にあった本件建物をその敷地と共に譲渡担保設定者波田の承諾を得て同権利者源治から買い受け、翌一一日各所有権移転登記を経由し、その後売買代金も完済した。これにより波田は源治に対する債務の総てを返済し、同人との清算を結了した。
以上認定した事実によれば、昭和五四年一一月一二日本件住宅火災保険契約が締結された当時、本件建物は基礎工事、主体鉄骨工事及び外壁取付け工事が完了し、屋上防水工事、内装工事、外装仕上げ工事及び諸設備工事等を残すのみであって、不動産としての建物と称し得る状態になっていたものであり、武広は本件建物につき右の残工事を請け負ったに過ぎないことが認められる。したがって、同人は建築中の建物の所有権を取得し得る請負人に該当しないことが明らかであるから、同人を所有者であるとする被控訴人興亜火災の主張は採用に由ないところである。本件建物は波田の注文により建築されたものであり、他に特段の主張もないから、本件建物所有権は、その不動産としての完成と共に波田に帰属すべきものであるところ、波田と源治と間において右のことを当然の前提として譲渡担保契約が締結され(源治が直ちに本件建物の所有権移転登記手続を求めなかったのは、法律の誤解によるものと思われる。)、波田が譲渡担保設定者、源治が譲渡担保権利者であり、同年一〇月下旬に波田が被担保債務の分割弁済金を不払いしたので譲渡担保契約の約定に基づき源治は本件建物の所有権返還約定から解放され同所有権を確定的に取得したことになる。しかしながら、源治自身は譲渡担保の実行手続に着手せず、他に特段の事情も窺えないから、同人が負担すると認められる清算義務も未履行の段階にあり、源治が本件建物所有権を確定的に取得したというものの、これは、譲渡担保の性質上、譲渡担保の実行権限を獲得した意味に過ぎず、同人が換価処分を完結するまでは波田において被担保債務全額を返済すれば、本件建物所有権を受け戻すことができる関係に立つと解される。
そうであるとするならば、譲渡担保設定者である波田は、譲渡担保の実行手続の完結するまでは、本件建物の所有者利益を有するものであり、本件住宅火災保険契約の関係では所有権者であると解することを妨げないというべきである。したがって、波田が保険契約者となり、同人を本件建物所有者とする本件住宅火災保険契約は締結当時事実に反するところなく、火災保険約款一一条一号にいう他人のために保険契約を締結する場合ではないから、同条により無効であるとの被控訴人興亜火災の主張は採用することができない。」
3 同二〇枚目裏七行目の「原告は」から同八行目の「譲り受けたこと、」を「先ず、控訴人は昭和五五年四月一〇日に譲渡担保設定者である波田の承諾のもとに同権利者源治を介して本件住宅火災保険契約の目的である本件建物所有権を売買により取得し、翌一一日右所有権移転登記を経由したことは前認定のとおりであり、同事実関係によれば、波田から源治を介して控訴人へと本件保険契約上の権利も譲り渡されたものと認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。また、」と改め、同一二行目の「されており」の次に「(一項)」と、同二一枚目表二行目の「いること」の次に「(二項)」と各挿入し、同行の「本件住宅」から同四行目の「譲り受けながらも、」までを削除し、同末行の「成立につき争いのない」を「前掲」と、同枚目裏六行目の「解説書を送付して」を「解説書の送付を受けて」と、同七行目の「与えていた」を「与えられていた」と、同八、九行目の「認められる」を「認められ」と、同一二行目の「ので、特段の事情のみられない本件においては、」を「、右認定に反する証拠はない。したがって、他に特段の事情の認められない本件においては、」とそれぞれ改める。
4 同二二枚目表五行目の冒頭から同二三枚目裏末行の「その内容を検討するに、」までの全文を次のとおり改める。「本件においては、波田、源治及び控訴人の三者が了解して、波田から源治を介して控訴人へと本件建物を譲り渡すことにより波田と被控訴人との間の本件住宅火災保険契約上の権利をも控訴人に譲り渡したものと見るべきことは前示したとおりである。かかる場合における波田と源治との間の譲渡担保設定契約関係を商法六五〇条、約款八条との関連においてどのように解すべきかは暫く措き、先ず波田と控訴人との間の本件建物の譲渡並びに保険契約上の権利の移転問題について考察を進める。
商法六五〇条一項は、被保険者が保険の目的を譲渡したときは、同時に保険契約により生じた権利を譲渡したものと推定する旨を定めている。この規定は、被保険者の交替が生じると共に保険契約を存続させることにより従前の保険料を有効に利用し消費者の便益を図ろうとするものであり、保険契約の目的を譲渡した者とこれを譲り受けた者との関係を規律するものであると解すべきである。右譲渡した者と譲り受けた者の双方と保険会社の関係は民法四六七条により対抗要件を具備しているか否かという形で処理されるので、商法六五〇条一項と民法四六七条とはともにその存在意義を有するものである。
商法六五〇条二項は、同条一項が保険契約者又は被保険者の利益を守るため保険契約の存続を図ろうとしたこととの均衡上、一定の要件のもとに保険者の利益を守ろうとするものであり、保険の目的の譲渡が著しく危険を増加したときは保険契約はその効力を失う旨を明らかにする。また、保険期間中危険が保険契約者又は被保険者の責に帰すべき事由によって著しく増加したときは、保険契約はその効力を失うこととされている(商法六五六条)、そこで、保険契約の目的の譲渡(例えば、売買)が仮に危険を増加させたとしても、それが「著しい」ものでないかぎり、保険契約が当然に失効することはありえず、かかる場合、譲受人が保険会社に対して民法四六七条にいう対抗要件を具備しなければ、保険契約により生じた権利(保険債権)の譲受けを主張できないわけである。
本件の場合、控訴人は波田から本件建物所有権を取得したもの、即ち、自己の責任において保険の目的の譲渡を受けたものであるが、それが「著しい危険の増加」の場合に当たるとの主張・立証はないので、保険契約の当然失効は、問題となりえず、保険契約上の権利(保険債権)は波田から控訴人に承継され、右権利の移転を被控訴人興亜火災に通知するか又はその承諾を得ることにより始めて保険会社に対抗できることとなり、この場合、同被控訴人は控訴人に対して損害填補の責任を負うことになる。
ところで、保険契約の当事者間において普通契約約款により右と異なる約定に従うことは契約自由の原則により認められるところ、本件では次に掲記する約款により商法、民法の規定とは別の定めがあるので、この点を検討する。」
5 同二四枚目表五行目の「書面をもって」を削除し、同枚目裏二行目の「右約款」から同二六枚目表六、七行目の「権利の移転の場合には、」までの全文を次のとおり改める。
「右約款八条との関係で本件の事実関係を見ると、前示したにように、波田は昭和五五年四月一〇日に本件建物を譲渡したので、約款八条一項本文の「その責に帰すべき事由によるとき」に該るので波田又は控訴人はあらかじめ右譲渡の事実を保険会社に通知し(書面による必要はない。)、保険証券に承認裏書請求の手続をとるべきところ、これを怠るうちに四月一二日本件建物の火災事故が発生したことは前示したとおりである。したがって、約款八条二項によれば、被控訴人興亜火災は右損害を填補すべき責任を負わないことになる。かかる結論は、著しい危険の増加があるとはいえない本件において、控訴人に対して保険契約が当然失効したのと同様の効果をもたらすので、右約款八条二項は商法六五〇条、六五六条の立法趣旨と対比して保険契約者又は被保険者にのみ一方的に不利益を課する苛酷な規定であるとの見方もありえないわけではない。
しかしながら、本件住宅火災保険約款八条の文言を検討すると、同条は、危険の著しい増加がある場合であると否とを問わず、一般的に、三つの限定列挙された通知すべき事実について保険契約者又は被保険者に対して通知義務を課し(一項)、その懈怠に対しては一定期間の免責という法効果を定め(二項)、通知の受領後における保険者が契約解除の自由を留保することを定めている(三項)。右約款八条二項は、商法六五〇条二項が保険の目的が譲渡された場合に危険が著しく変化又は増加したとき保険契約は当然に失効する旨を定めているのと対比するときは、危険の著しい変化又は増加のある場合については保険契約者又は被保険者にとり利益に緩和されており、別言すれば、この限度で商法六五〇条二項の適用を排する意味をもち、危険の著しい増加のない場合については逆に厳しい側面を有する。約款八条三項も右同様に保険契約者又は被保険者に利益となる面と不利益となる面が併存する。
しかし、一部分において商法六五〇条二項よりも厳しいところがあるからといって、直ちに一部無効であると即断すべきではなく、約款八条全体、さらには他の約款の規定との関連も全体的に考察したうえ、保険制度の特質をも併せ考えて判断すべき事柄である。
本件住宅火災保険契約上の権利(保険債権)の移転は民法四六七条にいう通知又は承認という対抗要件を具備してはじめて保険会社に対抗できることは前に述べたが、約款八条一項は、右対抗要件の具備を要する場合及びその手続として、前記限定列挙された事実が生じた場合に、これを予め又は事後に遅滞なく通知し承認裏書請求手続をとるべきことを定め、もって前記民法の包摂・代替しようとするものであり、その趣旨は、保険契約の存続、同契約上の権利の移転についての効力・対抗問題、保険者の契約続行の可否を決める判断資料の確保等、異次元の多面的な利益の調整を合理的に図ることを目的とするものであると解すべきである。すなわち、」
6 同二六枚目表七行目の「保険会社は」の前に「①」と挿入し、同一一行目の「なお、」を「②」と、同枚目裏二行目の「目的物の譲渡の場合、」を「③」とそれぞれ改め、同四行目の「被告日動火災が主張するように、」を削除し、同一〇行目の「さらに」の次に「④」と挿入し、同行の「保険目的物の」から同二七枚目表四、五行目の「また」までの全文を削除し、同六行目の「手続ともいえない」の次に「。」を挿入し、同行の「ので、」から同一二行目末尾までの全文を改行のうえ次のとおり改める。
「したがって、対抗要件の具備を確実にするため等の目的からこの通知義務を定める約款八条一項は合理的なものであり、同条二項は一定期間の免責を定めるが右通知義務、承認裏書請求の懈怠に対する制裁としては必要最少限のものと解され、同条三項も危険が著しく増加した場合でも保険契約を当然無効とはしていない(なお、同約款九条参照)。もっとも、以上のように約款八条全体を通覧するときは、とくに本件のように著しい危険の増加があるとはいえない場合、商法六五〇条二項の趣旨よりも保険契約者又は被保険者に対して厳しく不利益を招来する点が一部あることは否定し難い。しかし、商法六五〇条は、その一項が譲渡人が従前支払って来た保険料を効率的に利用し保険契約の存続をできるだけ確保しようとする一方で、その二項は保険者が著しく危険が増加して不利益な立場に陥るときにはその契約上の拘束を排除することを認めるものであり、これらの規定と約款八条との比較は、関係者の利害が錯綜した複雑な様相を呈するものの、商法の右規定等だけによる場合より、前示した多面的な利益調節を目的とする約款八条による場合の方がその法的処理はより穏健できめ細かい配慮が認められ、全体としては右約款の定めによる方が保険者又は被保険者に利益をもたらすものと解される。
また、約款八条の一部に譲受人らに厳しく不利益な部分があるとすれば、これを排除するような限定解釈を採るべきであるという考えは、以下の次第で採用し難い。すなわち、本件住宅火災保険約款は一つの体系的整合性のもつものであり、それは行政官庁の認可を得て成立しており(保険業法一条、一〇条)、保険契約の内容を規律する約款は一般消費者の利益を守ると共に保険の大量、画一、迅速処理の要請、保険会社の健全な経済的合理性の配慮との調和を図るものであり、約款の文言解釈は明快にして平明にすべきである。そして、限定解釈は文言上明記されていない要件を加えて解釈しなければ当該約款の条項の有効性に強い疑いを持たざるを得ない場合に限られるべきところ、本件では、前示したところから明らかなように、かかる特段の事情も窺えない。」
7 同二八枚目表三行目の次行に次のとおり付加する。
「5 支払の承認について
控訴人は、被控訴人興亜火災の社員山中秀之が控訴人に対して前示承認裏書請求の手続をしていないことを不問に付して本件火災事故による損害填補することを承認した旨主張する。そこで、山中の本件事故後の行動を見ると、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
被控訴人興亜火災近畿圏損害調査部火災新種調査課の副主任であった山中秀之は、大阪市南区にある右調査部事務所において昭和五五年四月一四日(月)午前九時ころ本件火災事故を知り、同日午後一時ころ本件建物のある火災現場に赴き調査に着手したが、波田と会うことはできなかった。山中は翌一五日再び現場に赴き波田と面談し、一六日消防署係官に面談調査し、一七日、東京海上火災保険の担当職員から本件建物の所有名義人が控訴人であることを知らされ、直ちに神戸地方法務局御影出張所に行って本件建物の登記簿謄本を取得し、その甲、乙区欄を見て前記認定のとおり複雑な権利関係となっていることを知った。この間、山中は自社神戸支店に立ち寄ったことはなく、武田、苗村と会ったこともない。そして四月一八日、三〇日に山中は神戸支店に出張したことはなく、同支店で武田、控訴人代表者西口清美と面談したこともない。
以上の事実が認められ、当審における控訴人代表者本人尋問の結果により成立を認めうる甲第二四号証(の①ないし⑦、西口清美作成の業務日誌。なお、甲第一五号証の一ないし三はその一部を抜粋したものである。)中右の認定に反する記載部分は、右書証の他の記載部分と対比検討すると、その記載時期には疑問を残すところがあり、その信憑力は薄弱であるといわざるを得ず、当審証人武田俊男の供述中右の認定に反する部分は曖昧で矛盾点があり、また自ら甲第一五号証の一ないし三により記憶を喚起したとのべる点等から、また原審及び当審における控訴人代表者本人尋問の各結果中右の認定に反する供述は前示甲第二四号証と同一であり、いずれも前掲各証拠と対比して採用し難い。
以上の事実に鑑みれば、控訴人の支払承認の抗弁はこれを認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、控訴人の右抗弁は失当である。
8 同二八枚目表一一、一二行目の「―について」を削除し、同枚目裏三行目の「原告」を「原本」と、同一〇行目の「実質的に見れば」から次行の「解しうるけれども、」を、「武広は、同人の表示されない内心の思惑として、控訴人が主張する建設工事保険契約を考えていたのかも知れない。」と、同二九枚目表九行目の「実務の実情・」を「実務的には」とそれぞれ改め、同一〇行目の「ことが認められ」の次に、「、」を挿入し、その次から同末行末尾までの全文を「以上の認定事実に徴すれば、本件保険契約の種別は住宅火災保険契約と認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。」と改める。
9 同三〇枚目裏七行目の「うかがわれるし、」を「うかがわれる。」と改め、同三一枚目表一行目の「い))」の次に「。」を挿入し、その次の「し、」から同六行目の「認められないので、」までの全文と同八行目の「(なお、」から同一一行目の「認められない)」までの全文をいずれも削除する。
10 同三二枚目表一〇行目の「(なお、」から同末行の「受理を拒んでいる)」までの全文を削除し、同三三枚目表二行目の「特別の反証」を「特段の反証」と改め、同九行目冒頭から同一二行目末尾までの全文を次のとおり改める。
「3 控訴人は、被控訴人日動火災の社員土田俊介が右承認裏書請求の手続をしていないことを不問に付し本件建設工事の保険金支払いを承認した旨を主張する。しかし、右事実に副う<証拠>は前に説示したと同様の理由からその信憑力はいずれも薄弱であり、原審証人井上睦は右主張に副う供述をするが、いずれも、原審証人土田俊介の証言とこれにより真正に成立したと認められる丙第三号証と対比するとき、未だ右主張事実を認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、控訴人の右抗弁は採用に由ないところである。」
11 同三三枚目表末行の「3」を「4」と訂正し、同枚目裏六行目の「右1・2」の次に「・3」と挿入する。
二よって、右と結論を同じくする原判決は相当であり、控訴人の本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大和勇美 裁判官久末洋三 裁判官稲田龍樹)