大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)2175号 判決 1987年9月16日

控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)

畑山繁夫

右訴訟代理人弁護士

高田勇

井原紀昭

中村潤一郎

被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)

丸協運輸株式会社

右代表者代表取締役

小林次男

被控訴人(附帯控訴人、前同)

菊地進一郎

右両名訴訟代理人弁護士

木村祐司郎

主文

本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の、附帯控訴費用は控訴人の、附帯控訴費用は被控訴人らの各負担とする。

事実

第一  申立

(控訴について)

一  控訴人

1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2 被控訴人らは控訴人に対し、各自金一三九二万六八一六円及びこれに対する昭和六〇年一二月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

4 仮執行宣言

二  被控訴人ら

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。

(附帯控訴について)

一  被控訴人ら

1 原判決中被控訴人ら敗訴部分を取り消す。

2 控訴人の請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

二  控訴人

1 本件附帯控訴を棄却する。

2 附帯控訴費用は被控訴人らの負担とする。

第二  主張

当事者の主張は、控訴人において、「控訴人としては、原判決で認定された損害額一八八〇万六〇四一円、並びに被控訴人らの抗弁1(一)(原判決一三枚目裏九行目冒頭から一一行目末尾まで)を認めた点(右損害のてん補として、控訴人が被控訴人丸協運輸株式会社より五万九一一一円、関東自家用自動車共済協同組合より一八〇万九〇三五円の各支払を受けたとの認定)については不服がなく、被控訴人らの抗弁1(二)(原判決一三枚目裏一二行目冒頭から一四枚目表一二行目末尾まで)を認めた点(控訴人が東京海上火災保険株式会社より所得補償保険金一四四二万円の支払を受けたことを理由として、休業損害一三九二万六八一六円を控除すべきとの認定)のみが不服である。」と述べ(原審における請求額二五四八万二四一六円と、原判決認容額三三一万一〇七九円及び右不服申立額一三九二万六八一六円との差額八二四万四五二一円については、請求を減縮した。)、被控訴人らにおいて、「控訴人の治療期間は長きにすぎ、そのかなりの部分は本件事故と相当因果関係がない。」と述べ、また、次に補正するほかは、原判決事実摘示中、本件当事者に関する部分と同一であるから、これを引用する。

一  事実摘示中、各「原告畑山ひろみ」とあるを各「訴外畑山ひろみ」と改める。

二  三枚目表一行目の「同乗の」の次に「普通乗用」を加える。

三  七枚目裏一行目の「操縦士」を「航空機関士」と改める。

四  九枚目表九行目の「両名」を「ら」と改める。

五  一四枚目裏末行の「所得補償保険については、」を「所得保障保険は、損害保険ではないから商法六六二条の適用はなく、このことは現に」と改める。

六  一五枚目表一行目の「実状であるから」を「実状であることからも是認されるし、仮に同条の適用があると解する余地があつたとしても、右実情等からするならば、所得補償保険契約を締結するに際し、契約当事者間には、同条の適用を排除するとの黙示の合意が成立していると認めるのが相当であり、このように認定することなく」と改める。

第三章 証拠<省略>

理由

一当裁判所も控訴人の被控訴人らに対する請求は、原判決が認容した限度において正当として認容し、その余を失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次に補正するほか、原判決理由説示中、本件当事者に関する部分と同一であるから、これを引用する。

1  理由説示中、各「原告ひろみ」をいずれも「訴外ひろみ」と改める。

2  一七枚目表七行目の「因果関係」の次の読点を除き、同行の「原告繁夫」以下を同行の次に改行する。

3  一八枚目表一〇行目の「市民病院」を「市立病院」と改める。

4  一九枚目表一行目の「右肩部、右手、」を「右肩部より」と改める。

5  二一枚目裏一行目の「温炎」を「温灸」と改める。

6  三〇枚目裏五行目冒頭から三一枚目裏六行目末尾までを次のとおり改める。

「保険契約に基づいて給付される保険金は、生命保険であると損害保険であるとを問わず、保険契約者が払い込んだ保険料の対価たる性質を有し、たまたまその損害について第三者が損害賠償義務を負う場合にあつても、右損害賠償額の算定に際し、損益相殺の法理により控除されるべき利益にあたるものではなく、ただ、損害保険の場合には、保険金を支払つた保険者が商法六六二条所定の保険者の代位の制度により、その支払つた保険金の限度で第三者に対する損害賠償請求権を取得する結果、被保険者等は保険者から支払を受けた保険金の限度で第三者に対する損害賠償請求権を喪失し、その第三者に対して請求できる損害賠償額が支払を受けた保険金の額だけ減少するに至るものである。

そこで、本件の所得補償保険契約の性質、ひいては商法六六二条所定の保険者代位の適用の有無について検討する。成立に争いのない乙第八号証の四(東京海上の所得補償保険普通保険約款)によれば、所得補償保険は、被保険者が傷害又は疾病を被り、そのために就業不能になつたときに、被保険者が被る損失について保険金が支払われるものであること(一条)、保険金の額は、就業不能期間一か月につき、保険証券記載の金額か、或いは平均月額所得額の小さい方であること(五条二項)、原因及び時を異にして発生した身体障害による就業不能期間が重複する場合、その重複する期間については重ねて保険金を支払わないこと(七条)、保険期間中、保険事故以外の原因により所得をうることができる業務に従事しないなどのときは、保険契約は効力を失うこと(一八条)、重複保険契約がある場合、保険金分担条項があること(二七条)がそれぞれ認められる。右各条項を総合するならば、所得補償保険は、被保険者の傷害又は疾病そのものではなく、そのために発生した就業不能という保険事故により被つた実際の損害(不定額)を保険証券記載の金額を限度としててん補することを目的とした損害保険の一種と解すべきであり、右約款上損害保険と解することの妨げになる条項は存在せず、実際の損害の有無又はその額いかんを問わず、一定額を支払う生命保険や傷害保険とは明らかに異なるものであつて、これらの保険と同断することはできない。右約款には、保険者代位の定めがないとはいえ、所得補償保険が損害保険の一種と解される以上、商法六六二条の規定が当然適用されるというべきである(なお、右約款の三二条には、「この約款に規定しない事項については、日本国の法令に準拠します。」との定めがある。)。

これを本件についてみるならば、東京海上(保険者)は、控訴人(被保険者)に対し、被控訴人菊地(第三者)の不法行為により傷害を被り、そのため就業不能となつた控訴人の損失として一四四二万円の保険金を支払つたものであるから、商法六六二条の規定により、右金額の限度で、控訴人の被控訴人らに対して有する損害賠償請求権を取得するところ、控訴人の休業損害(就業不能による損失)は右金額を下回る一三九二万六八一六円であるから、東京海上は右金額全額を取得し、その結果、控訴人は、被控訴人らに対して有する休業損害賠償金一三九二万六八一六円全額を喪失し、もはや右金員を請求することができない。

控訴人は、所得補償保険について、保険者が第三者に対する保険者の代位権を行使しない実務上の取扱いを前提として主張を展開するが、保険者が右代位権を行使しない実情にあるとしても、被保険者の第三者に対して有する権利を保険者が取得していること自体は否定することができないものであつて、右実情にあるからといつて、右約款の諸条項から認定された所得補償保険契約の性質に何ら変化をきたすものではないし、保険契約当事者間において、商法六六二条の適用を排除するとの黙示の合意の成立を認める余地もなく、また、右代位権の不行使の結果、第三者が利得することがあつても、それによつて損失を被るのは被保険者ではなくして保険者であり、被保険者の支払つた保険料は保険金の支払を受けることと対価関係に立つてその目的を達成しているのであるから、被保険者の損失において第三者が不当に利得することもなく、結局のところ、控訴人の主張はいずれも採用し難い。」

二以上によれば、控訴人の被控訴人らに対する請求を各自三三一万一〇七九円及びこれに対する昭和六〇年一二月一一日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度で正当として認容し、その余を排斥した原判決は相当であつて、本件控訴及び附帯控訴はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官荻田健治郎 裁判官道下徹 裁判官渡部雄策)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例