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大阪高等裁判所 昭和62年(う)1252号 判決 1988年5月11日

本店の所在地

滋賀県草津市新浜町三五〇番地の六

株式会社アパレル

(右代表者代表取締役 小沢政治)

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和六二年九月二八日大津地方裁判所が言渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 永瀬榮一 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人井上隆晴作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官永瀬榮一作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、原判決の量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するのに、本件は、衣料用織維製品の製造販売等を目的とする被告人会社(資本金五〇〇〇万円、従業員約六〇名の株式会社)が、昭和五七年度ないし五九年度の三事業年度において、所得金額は合計六億七五六〇万六三四九円で、これに対する法人税額は合計二億七六七〇万九〇〇〇円であるのに、これを過少に記載した原判示虚偽の法人税確定申告書を原判示所轄税務署署長に対して提出し、もって法人税合計二億一七六七万九九〇〇円をほ脱した法人税法違反罪の事犯であるところ、本件各犯行は計画的で、その手口・態様は悪質であり、ほ脱回数及び平均七八%余に及ぶほ脱率、特に、ほ脱税額が合計約二億余円と多額であることなどに照らすと、被告人会社の刑責は軽視し難いといわなければならない。所論は、被告人会社が延滞税、重加算税を含め合計四億九二八二万円余を支払っていること、本件脱税によりいわゆる裏金として留保された金員の殆どは前役員三名の賞与、接待・交際費、前役員であった原審相被告人大原逸男による株式投資等に流用されたもので、被告人会社が利得したものはなかったこと、被告人会社は役員を一新し、実質的に新会社と目すべきであることなどを挙げて原判決の量刑は余りに過酷であるというのが、延滞税等の支払と罰金とは制度の趣旨を異にして、延滞税等の支払を有利な情状として考慮するについてはおのずから一定の限度があるといわねばならず、本件脱税により前役員らが個人的に私腹を肥やしたものであれば、それは同人らに対し別途求償すべき筋合のものであって、とりたてて量刑上有利な事情ということはできず、役員を一新し実質的に新会社とみられることなど所論指摘の被告人会社に酌むべき諸事情を十分考慮に容れても、被告人会社を罰金五〇〇〇万円に処した原判決の量刑が不当に重いとは認められない。論旨は、理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 重富純和 裁判官 川上美明 裁判官 生田暉雄)

昭和六二年(う)第一二五二号

○控訴趣意書

被告人 株式会社 アパレル

右の者に対する法人税法違反被告事件について、左のとおり控訴の趣意を陳述する。

昭和六二年一二月二五日

弁護人 井上隆晴

大阪高等裁判所

第二刑事部 御中

原判決は、被告人に対して罰金五、〇〇〇万円の刑を言渡したが、つぎの理由よりしてその量刑は不当であり、破棄されるべきである。

一、法人税法一六四条一項の両罰規定は、法人の代表者らの行った脱税の所為について結果的に法人を処罰するものであり、法人自身からみれば、代表者らの心ない所為によって結果責任を負わされることとなり、その意味において事情によっては法人が被告者の立場にあるとも見うるのである。してみれば、両罰規定に基づく処罰に当っては、当該法人の置かれた状況を仔細に検討し、法人に対しどの程度の結果責任を問うべきかを個々に判断して量刑されるべきであって、単に脱税額の多寡だけによる一律的な基準でもって量刑されるべきではない。しかるに、本件において原判決は、法人たる被告人の以下に述べるような状況を斟酌することなく、脱税額の多額を根拠に、被告人に罰金五、〇〇〇万円もの重い刑罰を科しているのであり、到底納得しうるものではない。

二、被告人は、本件脱税に関して、つぎのとおり合計四億九、二八二万一一三円の税金を支払済みである。

法人税

本税 二億二、二六四万九、七〇〇円

延滞税 二、六三五万六、三〇〇円

重加算税 六、六七九万二、〇〇〇円

法人事業税、県民税

本税 五、六七〇万八、一〇〇円

延滞金 二、七二九万七、九〇〇円

重加算金 一、八五七万六、三〇〇円

法人市民税

本税 二、八二五万八、〇二〇円

延滞金 二八六万七、七〇〇円

重加算金 一、八五七万六、三〇〇円

源泉所得税

本税 二、八七六万五、五九三円

延滞税 五三二万三、〇〇〇円

加算税 九二二万五、五〇〇円

これら税金の合計額は、本件の未申告所得金額五億一、一三八万七、八四〇円の約九六パーセントに該当し、未申告所得金額のほとんどが税金に費やされてしまう結果となっているのである。また、本税を除く延滞税、延滞金等の合計額にしても、一億五、六四三万八、七二〇円もの多額に及んでおり、これらの支払を余儀無く借入金によって済ませている被告人として、すでに相当厳しい償いをさせられているのである。

三、本件脱税によって留保された所得金は、役員の裏報酬等に七、〇〇〇万円余、接待交際費および寄附金に一、七〇〇万円余が使われ、その他若干のものを除いた多くが大原元社長の株式取引に流用されたのであるが、そのうち最終的に被告人のものとなったのは、大原元社長が取引していた株式の売却によって得られ、法人本税の支払に充てた二億三、〇〇〇万円ほどにすぎないのである。したがって、本件脱税によって法人たる被告人そのものが利したところは全くないのであり、すべて当時の三役員が個人的に利得していたのである。それだからこそ、被告人は、前述のとおり、法人本税以外の税金の支払は借入金によってせざるを得ない状態であったのである。しかも、これら三役員に対する不当な利得金の返還や損害金の請求は現在手続を進めているものの、三役員の現在の財産状態からしてそれほど期待しえないのであり、結局その多くが被告人の回収しえない損害となってしまうおそれがあるものと考えられるのである。このような被告人の事情についても、量刑上充分に斟酌されるべきである。

四、被告人会社では、本件脱税の実行者である大原元社長、桃園元専務取締役、土屋元常務取締役がいずれも脱税発覚後に責任追及を免がれるために退任したことにより、現在残された役員らによって経営が行われているのである。このように悪質な旧経営陣とは全く関係のない状態になり、謂わば換骨奪胎した形で新経営陣による経営が行われるようになったということは、被告人のような小会社においては、実質的に新しい会社になったと評価し得るのであり、その意味において、脱税当時の被告人と現在の被告人とは実体においては別異の会社であると見ることも許されるものと考えらるのである。してみれば、旧経営陣の本件脱税の所為に基づいて、結果として実体として異なる現在の被告人を処罰することとなる本件においては、それらの点を考慮してその量刑には相当な斟酌がなされるべきである。

五、被告人は、衣料品の訪問販売を主たる業務としているのであるが、本件脱税本件の発生により、ことにその新聞報道によって、信用を大きく失墜し、それが訪問販売組織の沈滞をもたらして経営上多大の打撃を受けたのであるが、それに加え、旧役員が退任後、被告人に対し中傷、組織崩し等の妨害を繰り返しているため、現在非常に苦境に立たされているのである。そのようなことのために、被告人の昭和六二年三月末の決算は五、〇〇〇万円余の赤字となっており、新経営陣の必死の努力にも拘らず被告人の将来の立ち直りは予断を許さないものがあるのである。そのような状態の被告人に対する五、〇〇〇万円の罰金は余りにも過酷であり、致命的ですらある。勿論本件脱税に対する処罰は止むをえないとしても、それがため被告人の経営が成り立たなくなるとすれば、所謂「角を矯めて牛を殺す」結果にもなるのであり、前述のごとき被告人の諸状況をも勘案するとき、量刑において相応の配慮がなされて然るべきである。

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