大阪高等裁判所 昭和62年(ネ)2221号 判決 1988年9月14日
控訴人
株式会社京都マイショップ
右代表者代表取締役
田中寿徳
右訴訟代理人弁護士
赤木淳
被控訴人
平塚助信
右訴訟代理人弁護士
三木孝彦
同
山崎優
同
三好邦幸
同
川下清
同
河村利行
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を左のとおり変更する。
2 被控訴人は、控訴人に対し、四一一万八六六〇円及びこれに対する昭和六一年六月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
3 控訴費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。
4 仮執行の宣言
二 被控訴人
主文と同旨
第二 当事者の主張
左のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の付加、訂正)
(一) 原判決二枚目表について、六行目と七行目の間に「第二 主張」と付加し、末行の「差いた」を「差し引いた」と改める。
(二) 同四枚目表三行目の「引いた」の次に、「残額のうち」と付加する。
(三) 同七枚目表末尾から二行目の「ゴミ撤去費用」の次に、「金二万円」と付加する。
(四) 同別紙物件目録二行目の「鳥羽」を「鳥飼西二丁目四六〇―一九所在」と改める。
(控訴人の主張)
(一) 控訴人は、原審において主張したとおり、昭和六一年三月末日までに自己の営業を廃止して本件建物内の什器備品を搬出し、本件建物の明渡しを終了したと信じている。同月末日をもって明け渡すことは予め決まっていたのであるから、被控訴人は、これに立ち会い、控訴人から出入口の鍵の返還を受けるのと引き換えに控訴人に対して敷金を返還すべきであった。ところが、被控訴人は、次の借主が未だ見付かっておらず、従って返還すべき敷金の用意ができていなかったためであろうが、あえて立ち会わず、その後も、元の倉庫への原状回復という難題を持ち出して明渡しを受けることを引き延ばしていたのであって、いわば受領遅滞の状態にあった。なお、元の倉庫の状態に原状回復を求めるのは、借家法の強行規定に反する違法な要求である。
被控訴人は、同年五月二七日に次の借主との間に賃貸借契約を締結したのち、初めて控訴人に対して右鍵の返還を正式に求めるようになったが、右原状回復の要求はなお維持していた。すなわち、被控訴人は、原状回復に藉口して敷金の返還を渋っていたことが明らかであったから、控訴人が鍵を返還して本件建物を明け渡したからといって、これと引き換えに敷金が返還されることは期待できなかった。
右のとおり、被控訴人は、自らは契約を誠実に履行しようとする姿勢がなく、言い掛かりをつけて控訴人を非難しているのであって、控訴人は、これをもって権利濫用、信義則違反と主張するものである。
(二) 被控訴人において同年四月一日以降本件建物を利用できなかったのは、控訴人から右鍵の返還を受けていなかったからではなくて、次の借主が見付かっていなかったからである。次の借主が見付かっていない以上、その間賃料相当損害金は発生していないし、被控訴人において、控訴人に対し、倉庫への原状回復要求を維持したまま、賃料相当損害金の請求をするのは権利の濫用である。
なお、原判決は、被控訴人が同年六月二八日まで本件建物を利用できなかったとするが、事実の誤認である。
(三) 原審において造作と主張したもののうち店舗前面のアスファルト舗装は、控訴人において有益費を出捐したものであって、控訴人はその償還を求める。また、造作として電気設備、看板、水道を付加する。
(被控訴人の主張)
(一) 控訴人の右(一)、(二)の主張は争う。
(二) 控訴人の右(三)の主張について
有益費償還請求権については、これを排除する特約がある(原審で主張のとおりである。)。
控訴人主張の造作買取請求権は、本件に現れた次の(1)ないし(4)の事実に鑑みると、成立しない。
(1) 控訴人が本件建物を営業目的に使用していたこと
(2) 控訴人は、約一〇年間本件建物を賃借したもので、投下資本の回収を終えていること
(3) 控訴人は明渡義務を遅滞したものであって、債務不履行によって解除された場合と同等の背信性があること
(4) 控訴人は原状回復義務の免除を被控訴人に懇請していたものであり、右事実は、有益費の償還請求ないし造作の買取請求をしない代わりに、建物をそのまま明け渡すことを求めていたと解すべきであること
第三、証拠関係<省略>
理由
当裁判所も、控訴人の本訴請求は、原判決認容の限度で理由があるから右限度で認容し、その余は失当として棄却すべきであると思料する。その理由は、左のとおり付加、訂正するほか、原判決の理由説示と同一であるからこれを引用する。
(原判決理由説示の訂正)
(一) 原判決九枚目表八行目の「被告が」を「控訴人が」と改める。
(二) 同一〇枚目表について、初行の「機」を「桟」と、五行目の「原告」を「被控訴人」とそれぞれ改める。
(三) 同一〇枚目裏三行目及び一一枚目表末尾から五行目の各「接渉」を、各「折衝」と改める。
(四) 同一一枚目裏六行目の「少くとも」を削除する。
(五) 同一三枚目裏末尾から四行目の「被告が」を「控訴人が」と改める。
(六) 同一四枚目裏末尾から二行目の「二一日間」を「二〇日間」と改める。
(七) 同一五枚目表末尾から二行目の「七七万三三三円」を「七七万三三三三円」と改める。
(当審において付加する理由説示)
(一) 控訴人は、控訴人において昭和六一年三月末日に本件建物を明け渡した旨、被控訴人においてこれを争うのは権利濫用、信義則違反である旨主張するが、右各主張の採用できないことは引用にかかる原判決理由説示のとおりである。
控訴人の主張中には、本件賃貸借契約においてその終了の場合の原状回復の特約がなされていることが違法である旨の部分があるが、右原状回復の特約をもって直ちに違法ということはできない。すなわち、建物の賃貸借契約を締結するにあたって、賃借人にその終了の場合の原状回復義務を予め課することによって、借家法中の強行規定を実質的に潜脱することとなる場合には、右特約の効力は疑問であるが、そうでない場合には右特約の効力を否定する理由はないというべきである。
本件においては、原判決説示のとおり、本件建物は倉庫として建築され、控訴人が賃借する前も倉庫として使用されていたものであって、控訴人がこれを賃借して自己の営業のために店舗として使用するにあたり、被控訴人において控訴人に対して店舗として使用するために必要な模様替をすることを認めると同時に、控訴人において賃貸借契約が終了した場合には本件建物を原状に復して返還する旨約束したことは、借家法の精神に悖るものとはいえず、有効なものとみるべきである。
また、控訴人の主張中には、控訴人の本件建物の明渡し義務と被控訴人の敷金返還義務とが同時履行の関係にあることを前提とすると解される部分があるが、右両義務は、特約のない限り(本件において右特約は認められない。)、同時履行の関係に立たず、控訴人の本件建物の明渡し義務を先ず履行すべきものであった(最高裁昭和四九年九月二日第一小法廷判決・民集二八巻六号一一五二頁参照)から、右主張部分を前提とする控訴人の主張も失当というべきである。
要するに、控訴人において、昭和六一年四月一日以降も本件建物出入口の鍵を被控訴人に返還せず、本件建物の事実上の支配を継続していた以上、本件建物の明渡しがなされたとはいえず、その間被控訴人から控訴人に対して原状回復の要求がなされていた事実は右の結論を何ら左右せず、被控訴人について権利濫用ないし信義則違反の事実を認めることもできない。
(二) 控訴人の当審における前記(二)の主張も、これを採用することができない。
(三) 控訴人の主張する有益費の償還請求ないし造作の買取請求について検討するに、控訴人が本件建物についてなした模様替は、もと倉庫であった本件建物それ自体の価値を増加し、又はその使用の便宜のために造作を付加したというよりは、控訴人のなす営業の便宜のためになされたものというべきである。このような改造工事又は造作の付加については、被控訴人としては当然これに同意しなければならないとは解されず、賃貸借契約の締結にあたって、右改造工事又は造作の付加について同意は与えるが、賃貸借契約が終了した場合には原状に復して返還するよう求めることも許されるというべきである。本件についての原状回復の特約の趣旨は右のように解すべきであり、本件において控訴人は右特約によって有益費の償還請求権及び造作の買取請求権を予め放棄したものであって、この合意は右に示した趣旨に合致する限度において有効なものというべきである(すなわち、右特約があっても、本件建物を倉庫として使用する場合においても有用な造作を控訴人が付加した場合には、被控訴人はその買取請求を拒むことはできない―すなわち、強行法規に反するものとして特約は無効である―が、控訴人の営業の便宜のために付加された造作については、控訴人は買取請求ができない。なお、有益費の償還請求についての民法の規定は強行法規とは解されないから、控訴人は有益費については予め放棄したものとみるべく、この事前放棄の合意は有効と解される。)。
そして、控訴人が付加したと主張する造作は、電気設備を除いてその余はいずれも控訴人の営業の便宜のために付加されたものとみるべきであり、電気設備についてもその具体的な主張がないため控訴人においてその買取請求権を有するものかどうか明らかではない(なお、弁論の全趣旨によれば、控訴人の付加した造作は、控訴人の営業のために長いものは一〇年間近く使用されたものであって、その大部分が次の賃借人によって取り除かれていることが認められるから、その残存価額がいかほどであったか疑問である。)。
以上により、控訴人主張の有益費償還請求及び造作買取請求はいずれも理由がない。
以上により、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官今富滋 裁判官妹尾圭策 裁判官中田昭孝)