大阪高等裁判所 昭和62年(ネ)2521号 判決 1989年2月22日
控訴人
株式会社貴紫モード
右代表者代表取締役
大城明
右訴訟代理人弁護士
大音師建三
被控訴人
株式会社シンワ
右代表者代表取締役
堀川頼子
右訴訟代理人弁護士
谷口稔
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人は控訴人に対し金二四三五万五八〇四円及びこれに対する昭和六〇年八月一四日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。
三 控訴人のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じこれを一〇分し、その九を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
五 この判決の第二項は仮に執行することができる。
事実
第一 申立
一 控訴人
原判決を取り消す
被控訴人は控訴人に対し金二七八七万〇二三〇円及びこれに対する昭和六〇年八月一四日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者双方の事実上の主張
次のとおり、削除、訂正、付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する。
一 原判決事実摘示の訂正
原判決二枚目裏一二行目の「被告に対し」を削除し、三枚目裏三行目の「修理代金等」を「修理代金」に、五行目の「四〇七九万五五一二円」を「四一三一万三〇八二円」に、四枚目裏六行目の「主張として」を「主張して」と、九枚目裏一〇行目の「被告」を「控訴人」と、それぞれ訂正する。
二 控訴人の当審における主張
1 本件取引の当初、控訴人は被控訴人に対し、売却できた商品につき、納め値(消費生活協同組合等への販売価格)の三〇パーセントを被控訴人に還元するから残りの七〇パーセントを毎月二〇日締めで支払うよう求めたことはあるが、控訴人の仕入価格がいくらであるかを表示したことはない。仕入価格は商売上の秘密に属するもので、被控訴人の作成にかかる甲第六号証以下の書証にもまったく記載がなく、控訴人が辻田に仕入台帳の一部を見せたのは本件の紛争が生じた後である。これらのことから、被控訴人が控訴人の仕入価格に五パーセントを上乗せした金額を支払っていたとの原審認定の誤りであることは明らかである。
2 原判決は、消費者からの代金回収の危険が被控訴人の負担に帰すること、販売に要する諸経費を被控訴人が負担することを本件契約が販売委託契約でないことの根拠としているが、前者は商法五五三条を無視した議論であり、後者は或程度の商人は販売に関する経費は自ら負担するものであること、とくに問屋的な商人は人件費をも負担するものであることを知らない議論である。
3 原判決は、翌月の支払期限までに返品をせず、かつ他の展示即売会場に転送することにつき控訴人の了解を得なかった商品については、被控訴人が買受ける旨の意思表示をしたものとみなされ、被控訴人はその商品の代金を支払う義務を負うことになると認定した。しかし、被控訴人の従業員の作成した甲第一一号証(返品書)によれば、控訴人は昭和五八年二月に倒産しその後被控訴人に商品を納入していないのに、同年四月一一日や五月一四日に返品した旨の記載があるし、甲第一六号証(委託返品書)によれば、昭和五七年の一〇月や一一月に納入した商品が昭和五八年三月六日に返品されたことが記載されている。これらのことは、返品の時期に制限がなく、返品が全く自由であって、原判決認定のように買受けたものとみなす取引でなかったことをあらわしている。
4 控訴人の商品の大半は服部国雄商店から販売委託を受けたものであり、これを被控訴人に再委託していたものである。このことは被控訴人も知悉していたので、控訴人が不渡手形を出して後は、被控訴人は再委託商品を直接右服部商店に返却している。これは、本件取引が商品の委託販売であって一般の売買でなかったことを示すものである。
5 被控訴人自身も他に商品の販売をする際は委託販売契約を利用していた。このことは被控訴人の社印の押してある契約書案である甲第九、第一〇号証から明らかである。
三 被控訴人の当審における主張
1 本件取引は、被控訴人が控訴人より仕入れた商品を被控訴人の費用と計算において他へ売却処理し、その売買より生ずる損益はすべて被控訴人に帰属させるという関係にあった。したがって、販売手数料なる観念を容れる余地のない取引実態であった。
2 返品が許されるからと言って売買でないことになるものでないことは、書籍、薬品等の事例に見られるとおりである。本件取引においては、納品の締切日は厳守され、それまでの返品は自由であるが、その後の返品は認められなかった。ただし、双方の都合ないしは合意による解約、返品扱いは若干存在した模様であるが、一般の商事売買において通常見られる程度のもので格別異とするに足りない。控訴人の援用する返品に関する資料も、その作成日付が締切日の後であるとしても、現物扱いの日付と解約・返品申出の日が一致するわけのものではなく、控訴人の倒産後取引全部の整理の必要が生じて特異な扱いをした分も含まれている。したがって、それらの資料は返品自由の特約があったことを証明するに足るものではない。
第三 証拠の提出援用認否<省略>
理由
一控訴人がかつて毛皮・皮コート類の販売を業としていたこと、被控訴人がかつて衣料品・毛皮・皮コートの販売を業としていたことは当事者間に争いがない。
二1 <証拠>を総合すると、次のとおり認めることができる。
(1) 控訴人は、昭和五四年四月ころ、もと帝人のソウル支社長で被服業界にかなり顔を知られている辻田進治を雇用し、その後同人に副社長の肩書を使用することを許し、毛皮類商品の出張販売に当らせ、同人及び佐々木(旧姓永田)義之は全国各地の消費生活協同組合等の展示会場に出向き、控訴人又は控訴人の契約する協同組合等の主催する展示会において、販売を行うのを常とした。毛皮類商品は一品ごとの価格が高いところから、業界においては販売委託の形で取引する場合が多く、控訴人会社においても、大部分の商品は服部国雄商店ほか四社からの委託商品であった。毛皮類の小売価格にはいろいろな種別があり、控訴人会社においては、黒上代と呼ばれる一般の消費者価格は仕入価格の四倍程度、赤上代と呼ばれるものは消費生活協同組合の組合員に対する販売価格で黒上代の七〇パーセント程度、生活協同組合そのものへの納め価格は、課税品は赤上代の六〇パーセント程度、非課税品は赤上代の七〇パーセント程度であった。
(2) このように、出張販売は、形式的には利益率が甚だ高いけれども、実際は遠隔地への出張に要する費用、展示会場の賃借料、広告費、協同組合に支払う費用等多くの経費を要し、それほどの利益をもたらすものではなかったばかりでなく、辻田は控訴人会社における待遇に不満を抱いて独立して営業を行いたいとの意向を示したため、同人が控訴人会社を退職する話がもちあがった。しかし、同人は自分一人で営業するほどの資金力を有していないため、かねて知合いの被控訴人会社の当時の代表者塀川義憲に援助を求めた。
(3) 被控訴人会社は、もともと衣料品卸商で、毛皮類を取り扱った経験はなかったが、右堀川は、辻田から話を聞いて荒利益の大きい毛皮類の営業に乗り出す気になり、辻田及びその部下の佐々木を控訴人会社から引きとって雇用し、従前の得意先等を引き継いで毛皮類商品の出張販売を行うこととし、将来は辻田を独立させて会社とし、被控訴人会社からその会社に商品を供給する形態にすることも了解した。そして、昭和五七年九月ころ、控訴会社代表者大城明、被控訴人会社代表者堀川及び辻田の三者間において、①辻田及び佐々木が控訴人会社を退職して被控訴人会社に就職し、当面従前と同様の形態で毛皮類の出張販売を行い、被控訴人は右営業を事実上辻田に委せる②商品の供給は主として控訴人より受けその商品を委託販売する③取引は毎月二〇日に締め切ってそれまでの一か月間に売却した商品を控訴人に報告し、売却できなかった商品は返却するか再委託を受けて次の展示会場へ転送する④売却できた商品につき被控訴人より控訴人に支払うべき金額は消費生活協同組合等への納め価格の七〇パーセントとする(それ以上は被控訴人の収入となる)⑤被控訴人は当月二〇日に締め切った一か月分の売得金を翌月の二〇日限り支払う等のことが合意された。
(4) このようにして控訴人と被控訴人との取引が始まり、控訴人は商品を辻田の指示する展示会場へ送付し、辻田は被控訴人の名でこれを売却し、またはこれを他の者に再委託して売却させ、毎月二〇日に締め切り、販売ずみの商品の明細を控訴人に報告し、販売できなかった商品は返送するか、他の展示場で再度販売を試みる商品はその旨控訴人に通知した。控訴人は、売却ずみの報告のあった商品につき、毎月前記の基準で計算した額の支払いを請求していた(報告もれの商品があったからといって、それを直ちに被控訴人が買いとったものとみなして代金の請求をするというようなことはなかった。)が、同年一二月ころ、辻田は、従前の基準による支払いでは採算が合わぬとして苦情を言い、支払を渋ったので、控訴人会社代表者は被控訴人会社代表者と話し合った末、控訴人の方で譲歩し、控訴人に対する支払額を控訴人の仕入価格に一八パーセントを上積みした額まで引き下げることを認め、昭和五八年の初めころ、仕入台帳の一部を示し、はじめて右仕入価格を明らかにした。被控訴人は、控訴人より仕入れた商品を更に他へ委託販売に出す場合があり、また、控訴人以外の他の三社ぐらいからも商品を仕入れていた。
(5) 控訴人が被控訴人に対し、販売委託として、昭和五七年一〇月ころから昭和五八年二月ころまでに供給し、被控訴人において同年四月ころまでに販売した商品は原判決添付別表1ないし12のとおりである。同表中「コスト」とは控訴人の仕入価格で、その合計は金二二三七万二三六〇円であり、「売得金」又は「売価」とは右金額に一八パーセントを上乗せした金額で、その合計は金二六三九万九三八四円である。これに対し、被控訴人が控訴人に対し支払った金額は金一三四四万二八五二円である。
(6) 控訴人が被控訴人に対し、販売委託として、右期間中に供給し、被控訴人から販売ずみの報告がなかった商品(被控訴人において在庫を認めたものを含む。)は、原判決添付別表13ないし16のとおりであり、同表のコスト(仕入価格)の合計は金一二三六万九六〇〇円である。
(7) 控訴人会社は、昭和五八年二月被控訴人からの代金不払いが主たる原因となって不渡手形を出し、同年三月ころ以降被控訴人に商品を供給することができなくなり、取引は事実上終了した。そのころ、被控訴人は、控訴人の請求金額は高額にすぎ、控訴人の仕入価格に五パーセント程度上乗せした額が妥当であると主張し、また控訴人のいう仕入価格そのものが適正でなく、他社の同種商品に比べて高額に過ぎるとして、支払いを拒否するに至った。
以上のとおり認めることができる。
2 被控訴人は、右認定に反し、本件取引は商品の販売委託でなくして通常の売買である旨主張する。しかし、前示甲第六号証は被控訴人が控訴人に交付した販売報告書であるが、これには一品ごとに販売日時、販売場所、控訴人の付した商品番号、課税品・非課税品の別、控訴人自身が他より委託を受けた商品である場合においてはその表示、控訴人の付した消費生活協同組合の組合員価格、組合仕入価格が記載されていること、同第七号証も前同様の報告書であり、これには「受託商品」なる記載もあること、同第三号証は控訴人会社の伝票控であるが、これには「委託伝票(本社控)」(不動文字)と表題が付され、委託先名として被控訴人会社の名が記載されていること、同第二号証は控訴人が被控訴人に渡した商品のリストであるが、その備考欄には一品ごとに商品の送り先を記載しており、黒上代、赤上代等の価格をも記載していること、同第九号証は本件取引開始当時辻田自ら作成し控訴人に交付した本件取引についての契約書案であるが、これには「委託売買基本契約書」と表題がつけられていること、同第一三、第一四号証は被控訴人から控訴人に宛てた返品明細書であるが、これにも「委託返品」「委託商品返送明細」なる記載があること、<証拠>によると、控訴人が被控訴人に供給した商品の多くは服部国雄商店から販売委託を受けていた商品であったところ、被控訴人はそのことを知っていたので、控訴人の倒産後、その商品の一部を直接服部商店に返還していること等のことが認められ、これらの諸点に前認定のような本件取引開始までの経過、毛皮類商品業界における委託販売取引の一般性を勘案すると、本件取引は商品の販売委託であって売買ではないと認めるのが相当であり、これと相反する趣旨の当審証人堀川義憲の証言及び原審における被控訴人会社代表者尋問の結果は信用できず、右代表者尋問の結果により成立を認める乙第三号証は一方的に被控訴人ないし辻田の言分を記載した書面にすぎないと認められるから、右認定の妨げとならず、ほかに右認定に反する証拠はない。
3 もっとも、前認定の取引態様よりすると、被控訴人は売渡し先から受領した代金をそのまま控訴人に引き渡して別に一定の手数料を受けとるのではなく、控訴人があらかじめ設定した基準により計算される金額又は控訴人の仕入価格に一定の利益を上乗せした金額を控訴人に支払えば足り、被控訴人が個々の商品をいくばくの代金で売るかはさしあたり問題ではなく、いわゆる黒上代、赤上代、消費生活協同組合への納め値等の価格以下で売却することも妨げないので、典型的な販売委託とは趣きを異にする面がないでもないが、被控訴人は結局において商品の所有権を取得してその対価としての代金債務を負担するという法的地位に立たず、他に売却できなかった商品は控訴人に返還することができ、商品買受けに伴なう売れ残り・値下り等の危険を一切負担しないのであるから、本件取引契約は売買とは相容れぬ契約であると言うほかはなく、むしろ委託を受けて他人所有の商品を売り渡す契約であると認めるのが相当であり、被控訴人が前記のような形態で取得する利益も委託を受けて商品を販売したことに対する報酬たる性質を失うものではないと解することができる。
三すると、被控訴人は控訴人に対し、他へ売却した商品の売却代金の引渡義務の履行として、仕入価格の1.18倍である金二六三九万九三八四円を支払う義務があるが、これに対し金一三四四万二八五二円の弁済があったことは控訴人の自認するところであるから、これを控除すると、金一二九五万六五三二円となる。また、控訴人が被控訴人に供給した商品中売却の報告のなかったものは、当然控訴人に返還すべきであるが、弁論の全趣旨に照らし、それら商品は、そのころ他に処分されたか服部商店その他へ返還されたか紛失したかのいずれかであって、返還不能となっているものと認められるから、商品の返還に代えて損害の賠償をなすべきであるところ、その損害の額はその仕入価格(前記の表中のコスト)の合計である金一二三六万九六〇〇円が相当と認められる。ただし、控訴人はこの損害額として金一一三九万九二七二円を主張しているにとどまるから、この範囲において右請求を認容することとする。
してみれば、被控訴人は控訴人に対し、以上の合計金二四三五万五八〇四円を支払う義務がある。
四控訴人は、そのほかに毛皮類商品の修理代金であるとして金三一万七五七〇円の請求をしているところ、<証拠>によれば、控訴人は被控訴人より、毛皮類商品の修理を依頼せられ、昭和五七年一〇月七日ころより昭和五八年三月一〇日ころまでの間に、右甲号証記載の商品の修理をして引渡したことが認められる。しかし、その修理の代金額を認定すべき証拠がなく、むしろ控訴人会社の担当者であった大城昇自ら「修理代をいくらで契約したか分らない。修理代は月ごとにまとめて請求明細を送っているが、それが見当らない」等証言していて、その代金額をまったく確定することができないので、この請求は認容することができない。
五被控訴人は、抗弁として、被控訴人・控訴人間の商品取引代金等は全額支払ずみである旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。被控訴人はまた、本件債権は民法一七三条一号の債権にあたるとして消滅時効を援用するが、前認定のとおり、本訴請求債権中前記一二九五万六五三二円は販売委託契約に基づき発生した債権で民法一七三条一号にいう「卸売商人及び小売商人が売却したる商品の代価」に該当せず、また、前記一一三九万九二七二円は債務不履行に基づく損害賠償債権であって、いずれも二年の短期消滅時効にかかる権利ではないから、右抗弁も理由がない。
六そうだとすると、控訴人の本訴請求は、金二四三五万五八〇四円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和六〇年八月一四日から完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲において理由があり認容すべきであるが、その余は理由がなく棄却すべきである。
しかるに、原判決は、控訴人の請求を全部棄却したものであるから不当であり、本件控訴は一部理由がある。
七よって、以上の趣旨に従い原判決を変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九六条、九二条、仮執行宣言について同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官今中道信 裁判官仲江利政 裁判官上野利隆)