大阪高等裁判所 昭和62年(行ス)11号 決定 1987年10月27日
抗告人
兵庫県
右代表者知事
貝原俊民
右代理人弁護士
俵止市
同復代理人弁護士
寺内則雄
相手方
金必玉
相手方
鄭呈
相手方
鄭倫
主文
原決定中、抗告人に対し鄭判秀の免職に関する伊丹市教育委員会の内申書の提出を命ずる部分を取消す。
相手方らの、右内申書の提出を求める申立は却下する。
理由
1 本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。
2 当裁判所の判断
一当裁判所は、鄭判秀の免職に関する伊丹市教育委員会の内申書は、民訴法三一二条一号の引用文書ではなく、同条二号の引渡、閲覧請求文書でもなく、また、同条三号前段の利益文書でもないと判断するものであつて、その理由は、原決定理由説示のとおりであるから、その該当部分〔原決定二枚目裏一二行目から同三枚目表一三行目までと同三枚目裏八行目から同四枚目表六行目までと同一枚目裏四行目から同一一行目まで(ただし、原決定二枚目表六行目の「内申をもつて」を「内申をまつて」と改め、同裏一二行目と同三枚目表一二行目と同三枚目裏八行目から九行目にかけてと同九行目から同一〇行目にかけてに各「本件議事録」とあるを「本件内申書」と読替える。)〕を引用する。
二相手方らは、本件内申書は民訴法三一二条三号後段の法律関係文書に当たる旨主張するので判断する。
一件記録によれば、本件内申書は兵庫県教育委員会が、県費負担教職員である鄭判秀を解職するに際し、伊丹市教育委員会が兵庫県教育委員会に対し提出した内申書であつて、右内申書は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和三一年六月三〇日、法律第一六二号)三八条一項に定めている「都道府県委員会(都道府県教育委員会)は市町村委員会(市町村教育委員会)の内申をまつて県費負担教職員の任免その他の進退を行うものとする。」との規定によつて、伊丹市教育委員会が鄭判秀の解職につき兵庫県教育委員会に対して提出した文書であることが認められる。
ところで、市立学校の県費負担教職員の任免その他の進退については、県教育委員会が市教育委員会との協働関係を維持しつつ、その任命権を行使することが、県費負担教職員の人事行政の適正かつ円滑な実施のために必要であるところから、県費負担教職員が市の職員として、市の設置する学校において市教育委員会の監督のもとに職務を行つている以上、県教育委員会は、右法条の規定により、市教育委員会の内申書をまつて、市立学校の県費負担教職員の任免その他の進退について任命権の行使を行うものであるが、必ずしも市教育委員会の内申の内容に拘束されるものではなく、県教育委員会は自らの判断と責任において任命権を行使することができるのである。すなわち、県教育委員会は市教育委員会の内申書を参考資料として斟酌するにすぎず、市立学校の県費負担教職員の任免その他の進退について、自ら判定してその結果だけを外部に公表するものであるから、右内申書は県教育委員会が判定を内部的に形成する際に、斟酌すべき資料にすぎないものである。したがつて、本件内申書は、もつぱら所持者である県教育委員会が県費負担教職員の任免その他の進退について判定をする際に、参考とするために作成された内部的文書であると解するのが相当である。
してみると、本件内申書は、鄭判秀と県教育委員会との間の任免という法律関係のために作成された文書であるけれども、所持者である県教育委員会が任免の判定をする場合に参考とするための内部的文書であるから、民訴法三一二条三号後段にいわゆる「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書には該当しないものといわなければならない。
三よつて、右と理由を異にし、抗告人の本件内申書の提出命令の申立を認容した原決定は理由がないからこれを取消し、右申立を却下することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官上田次郎 裁判官阪井昱朗 裁判官川鍋正隆)
別紙 抗告の趣旨
一 原決定中、抗告人に鄭判秀の免職に関する伊丹市教育委員会の内申書の提出を命ずる部分を取り消す。
二 相手方らの昭和六二年二月二三日原裁判所の第五四回口頭弁論期日における後記文書の提出を求める申立は却下する。
との裁判を求める。
抗告の理由
一 原決定
相手方らは本件原裁判所の第五四回口頭弁論期日(昭和六二年二月二三日)において、後記「文書の表示」記載の文書につき同日付をもって文書提出命令の申立てをなし、原裁判所は、右申立てのうち鄭判秀の免職に関する伊丹市教育委員会(以下「市教委」という。)の内申書(以下「本件内申書」という。)の提出に係る申立て部分につき、本件内申書が民事訴訟法第三一二条第三号後段に規定する「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタ」文書に該当するとして、昭和六二年六月一一日付決定をもつて抗告人に対し本件内申書の提出を命じ、その余の相手方らの申立てを却下し、右決定は同年同月一三日抗告人に送達された。
二 抗告人に本件内申書の提出を命ずる原決定を不当とする理由
本件内申書の所持者は抗告人の行政機関である兵庫県教育委員会(以下「県教委」という。)であり、抗告人と挙証者との「法律関係」は給与支払義務の根拠となる公務員関係である。
そして、右「文書」たる内申書の性格は、県教育委員会がその任命権を行使するにあたって「服務監督権者である市町村教育委員会の意思をこれに反映させる」ための文書である(昭和六一年三月一三日最高裁第一小法廷判決、判例時報一一八七号二四頁以下。)
したがって、内申が、県教育委員会が県費負担教職員について任命権を行使するための手続要件をなすものであるとしても、内申自体の性格は一つの意見の表明であって、それによって法律関係に消長をきたすものではない。
さらに、県教育委員会の任命権の行使は、内申を参考とはしても、独自の判断でなされるものであり、内申の内容によってその任命権の行使が拘束されるものではない。
のみならず、前記最高裁判決は、特別の事情のある場合には、内申がなくとも任命権を行使しうることを肯認しているのである。
右の次第であるから、内申が任命権行使の手続要件であるとしても、内申書が提出されたからといって、そのことによって公務員関係に変動を生ぜしめるものではなく、公務員関係の変動は一に任命権の行使によって生ずるものである。
したがって、本件内申書が挙証者と所持者との法律関係につき作成されたとする原決定は明らかに誤っている。
三 また、前項の外、「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタ」文書の解釈に当たって考慮すべき事項
① 本件内申書は抗告人の行政機関である県教委が所持するものであるが、抗告人代表者である知事と教育委員会との、地方自治法及び地方教育行政の組織及び運営に関する法律によって所管事項を異にし、相互に独立の行政機関とされていることから、抗告人に本件内申書の提出を命ぜられても、その代表者たる知事には、本件内申書の提出を県教委に命ずる権限がないこと。
② 本件内申書の作成者である市教委は、抗告人とは別個の地方公共団体の行政機関であり、その人事に関する意見を抗告人が公開の法廷に提出することは、抗告人が他の地方公共団体の行政機関の人事に関する秘密を公開することになること。
③ 鄭判秀の解職について、市教委から県教委に内申がなされたことは、鄭判秀が解職された当時の伊丹市教育委員会学校教育課長である長谷川清の昭和五三年九月二九日における証言(調書五一丁表)によって既に立証されていること。
④ 相手方らは、本件内申書の有無について、本文書提出命令によらずとも証人等により立証が可能であること。
等々の諸要素を考慮すれば、本件内申書を民事訴訟法第三一二条第三号後段に規定する「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタ」文書に該当すると解することは妥当でないというべきである。
四 なお、右の他、本件原裁判所の第五五回口頭弁論期日(昭和六二年四月二〇日)に、抗告人の同日付意見書において述べた主張を併せて抗告の理由となすものである。
五 以上の次第で、本件内申書を、民事訴訟法第三一二条第三号後段の「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタ」文書に該当するとして、抗告人に本件内申書の提出を命じた原裁判所の決定は違法であるからすみやかに取り消されるべきであり、また、相手方らの本件内申書の文書提出命令申立は理由がないからこれを却下すべきものと考える。